2010年03月10日
Grant
大学に出て仕事。
午前中は書類仕事をやって、午後から大学院生のゼミをやり、
その後学部のゼミ生の卒論指導を行う。
院生のゼミは実証のところが終わり、考察課題が抽出されて
大変によい出来であった。
夕方に学会事務局の方から連絡があり、ニューズレターの執筆依頼を受ける。
(こういうのも仕事のうち)
年度末なので、科研関係の書類をやっと片付けて、夜八時半過ぎに研究室を退室。
ところで、この「科研費」という言葉
学生諸君も含め、皆さん聞き慣れない言葉だと思うが
これがいったい何か、ご存じだろうか?
正式には「日本学術振興会科学研究費補助金」といい
要するに、自分の研究に必要な研究費を、国(と言っていいと思う)が補助してくれる制度である。
ただ、これは最近行政では流行の「競争的資金」というやつで
要するに、申請したからと言ってもらえる、とは限らない。
しかも国立大学だけでなく
全国の高専、短大、大学、それも私立と公立と国立問わず
研究者番号が付与される研究機関に属していれば、誰でもが応募できるので
広く一般の研究者に開かれた研究資金として、毎年給付を求めて全国から応募が殺到するのであるが
(写真は科研費の応募説明会の様子。このように、私学など他大学からも多数参加者がある)

重要なのは、国立大学では
この「科研費」なんぞ取っていて当たり前、
取っていないと、研究者どころか、人間扱いすらしてもらえない、という点である!
確かに、国立大学が5年ごとに国から受ける「中期計画評価」のなかには
「外部研究資金の獲得」、つまりぶっちゃけていえば、科研費を含めてお宅の大学は研究費いくら取りましたか??という項目があり
当然、科研費は優秀な研究と認定された研究者や研究計画に集まるから
この資金の獲得額は、そのまま大学の研究活動の指標として用いられるわけである。
そこで、勢い大学としては
「科研とれ!」「とれないまでも申請しろ!」「申請するからには取ってこい!」みたいな王政復古の大号令が全学部にかかることになり
うちの大学でも例えば医学部では100%、工学部でも90%以上
文系の我が学部でも、70%以上の教官が科研費を申請している。
(採択率は知りませんよ)
しかしまあ、これが大変で…。
研究テーマや研究内容はもとより、研究目的、研究方法、年次計画を細かく指定の申請書に記入し
しかも各年次毎に何をやるのか、またどんな軽費が必要かの計画を立て
最終的に目されるアウトプット、それがどのように有効に活用されるか、出版するのか否か、研究協力機関、それにこれまでの経歴に研究業績まで
それはもう、事細かに作成すべき書類があり、その労はある教官をして「研究者イヂメ」と言わしめるほど、負担のかかるものなのである。
それでも、その申請をして科研費が当たった場合はまだいい。
外れた場合は、その計画がどの程度評価されたのか、をA,B,Cの三ランクに分けて結果通知が大学に知らされ
それはまことしやかに口コミで広がったりするものだから
その結果、毎年「C」しかもらえない教官の立場は、誠に冷ややかものとなる。
しかも、この外部資金の獲得のために、大学は申請したら何万円、採択されたら何万円、不採択でもAランクだったら何万円の補助を個人研究費(これは大学が各教官に支出するもの)に上乗せしてくるので
ホントにもう、科研をとれるかどうかは、研究者にとってはお金だけでなく、自分の立場を守るためにも、死活問題なのである。
幸いにして、私は自分の研究を評価していただいて、三年計画の科研費をいただいているが
今年が二年目、次年度(4月から)が計画の最終年次になるので、今年は翌年に向けてまたもや科研の申請書を書かなければならない。
医学部や工学部になると、かなり大きな金額のお金になるが
私のようなチマチマした研究だと、三年間でまあプリウス一台分くらい
それでも、やれ図書だ、調査だ、出張だ、謝金だとなんやかやとじたばたしていたら
あっという間に資金が減ってゆく。。。
私の場合には、この科研費の他に、県から限界集落の地域造りの実験モデルの研究資金、
また大阪からも若干ではあるが地域における相談援助活動の理論モデル構築の資金をもらっているので、
それに大学から支弁される毎年の個人研究費を足すと、それなりの金額になるが
それでも毎年あくせくと働いていたら、しっかりと使い切ってしまう。
その他に、大学や文部科学省から、特色あるプロジェクトや魅力ある研究プランに対して拠出される競争的資金もあり、
またこういうことやったらどうでしょう、とかうっかり言うと、それ書いて出せ!みたいな話に往々にしてなり
気がついたら一年間お金の申請書ばっかり書いていた、という事態に陥ってしまう。
本当に、研究が仕事だなあ、と思うし
まあ研究で食っていきたくて、この仕事に就いたわけだが
なんだか思っていたのと違うなあ、というか
やりたい研究をやりなさい!というよりも、
はよ(大学の)役に立つ研究せんかい!!と、追い立てられているようで
ちょっと違うんじゃないかなあ、と思うこともないこともない。
私が研究費を余り外さないのは、
北欧にいたときに、あちらの先生から
「グラント(研究資金のこと)の取り方はこうやってやるんだ」と
事細かに教えていただいたからで
そういう意味では、あちらはやはり競争社会だから、
勝つための方法というか、資金取ってくるためのセールスポイント
こういうところが新しくて、こういうことをやったら、こういう結果が出ますよ、という
いわゆるプレゼンには全く長けている。
しかも私のような器用貧乏
ちょこっと英語がしゃべれて、北欧ともアメリカともコンタクトがあって
地域から個人に至るまで対象範囲が広くて
しかもフィールドとの連携が深い、ということになると
どうしてもユーティリティプレーヤーというか
サッカーで言えばボランチみたいな、守備と攻撃参加と両方やりますみたいなポジションになるので
使いやすいというか、使われやすいのは確かであろう。
その結果、一生懸命ピッチを走り回っては
フォワードにパスばっかり出しているポジションに位置づけられるというわけである。。。
学生諸君、何で私がいっつもばたばた走り回っているかわかったかね!
…まあ、自分のやりたい仕事して
それであくせく忙しい、というなら有り難い、というか贅沢な話だと思うが
こう見えて、結構世の中のためになること考えて仕事やってるんですよ、という
自己肯定のお話である(笑)。
しかしまあ、研究者、というよりも「研究屋」にならないよう
自分の思想や論理を売ってまで、研究費の獲得に走らないよう
そこだけは、大げさに言えば研究者の良心として
譲らずに持っておきたいと思う。
あ、それと
確かにスウェーデンの帰りにパリに寄ったりしてますが
北欧の分は仕事なので公費ですが、パリの三日間はしっかり
「私費」でさっ引かれてますからね!(号泣)
午前中は書類仕事をやって、午後から大学院生のゼミをやり、
その後学部のゼミ生の卒論指導を行う。
院生のゼミは実証のところが終わり、考察課題が抽出されて
大変によい出来であった。
夕方に学会事務局の方から連絡があり、ニューズレターの執筆依頼を受ける。
(こういうのも仕事のうち)
年度末なので、科研関係の書類をやっと片付けて、夜八時半過ぎに研究室を退室。
ところで、この「科研費」という言葉
学生諸君も含め、皆さん聞き慣れない言葉だと思うが
これがいったい何か、ご存じだろうか?
正式には「日本学術振興会科学研究費補助金」といい
要するに、自分の研究に必要な研究費を、国(と言っていいと思う)が補助してくれる制度である。
ただ、これは最近行政では流行の「競争的資金」というやつで
要するに、申請したからと言ってもらえる、とは限らない。
しかも国立大学だけでなく
全国の高専、短大、大学、それも私立と公立と国立問わず
研究者番号が付与される研究機関に属していれば、誰でもが応募できるので
広く一般の研究者に開かれた研究資金として、毎年給付を求めて全国から応募が殺到するのであるが
(写真は科研費の応募説明会の様子。このように、私学など他大学からも多数参加者がある)

重要なのは、国立大学では
この「科研費」なんぞ取っていて当たり前、
取っていないと、研究者どころか、人間扱いすらしてもらえない、という点である!
確かに、国立大学が5年ごとに国から受ける「中期計画評価」のなかには
「外部研究資金の獲得」、つまりぶっちゃけていえば、科研費を含めてお宅の大学は研究費いくら取りましたか??という項目があり
当然、科研費は優秀な研究と認定された研究者や研究計画に集まるから
この資金の獲得額は、そのまま大学の研究活動の指標として用いられるわけである。
そこで、勢い大学としては
「科研とれ!」「とれないまでも申請しろ!」「申請するからには取ってこい!」みたいな王政復古の大号令が全学部にかかることになり
うちの大学でも例えば医学部では100%、工学部でも90%以上
文系の我が学部でも、70%以上の教官が科研費を申請している。
(採択率は知りませんよ)
しかしまあ、これが大変で…。
研究テーマや研究内容はもとより、研究目的、研究方法、年次計画を細かく指定の申請書に記入し
しかも各年次毎に何をやるのか、またどんな軽費が必要かの計画を立て
最終的に目されるアウトプット、それがどのように有効に活用されるか、出版するのか否か、研究協力機関、それにこれまでの経歴に研究業績まで
それはもう、事細かに作成すべき書類があり、その労はある教官をして「研究者イヂメ」と言わしめるほど、負担のかかるものなのである。
それでも、その申請をして科研費が当たった場合はまだいい。
外れた場合は、その計画がどの程度評価されたのか、をA,B,Cの三ランクに分けて結果通知が大学に知らされ
それはまことしやかに口コミで広がったりするものだから
その結果、毎年「C」しかもらえない教官の立場は、誠に冷ややかものとなる。
しかも、この外部資金の獲得のために、大学は申請したら何万円、採択されたら何万円、不採択でもAランクだったら何万円の補助を個人研究費(これは大学が各教官に支出するもの)に上乗せしてくるので
ホントにもう、科研をとれるかどうかは、研究者にとってはお金だけでなく、自分の立場を守るためにも、死活問題なのである。
幸いにして、私は自分の研究を評価していただいて、三年計画の科研費をいただいているが
今年が二年目、次年度(4月から)が計画の最終年次になるので、今年は翌年に向けてまたもや科研の申請書を書かなければならない。
医学部や工学部になると、かなり大きな金額のお金になるが
私のようなチマチマした研究だと、三年間でまあプリウス一台分くらい
それでも、やれ図書だ、調査だ、出張だ、謝金だとなんやかやとじたばたしていたら
あっという間に資金が減ってゆく。。。
私の場合には、この科研費の他に、県から限界集落の地域造りの実験モデルの研究資金、
また大阪からも若干ではあるが地域における相談援助活動の理論モデル構築の資金をもらっているので、
それに大学から支弁される毎年の個人研究費を足すと、それなりの金額になるが
それでも毎年あくせくと働いていたら、しっかりと使い切ってしまう。
その他に、大学や文部科学省から、特色あるプロジェクトや魅力ある研究プランに対して拠出される競争的資金もあり、
またこういうことやったらどうでしょう、とかうっかり言うと、それ書いて出せ!みたいな話に往々にしてなり
気がついたら一年間お金の申請書ばっかり書いていた、という事態に陥ってしまう。
本当に、研究が仕事だなあ、と思うし
まあ研究で食っていきたくて、この仕事に就いたわけだが
なんだか思っていたのと違うなあ、というか
やりたい研究をやりなさい!というよりも、
はよ(大学の)役に立つ研究せんかい!!と、追い立てられているようで
ちょっと違うんじゃないかなあ、と思うこともないこともない。
私が研究費を余り外さないのは、
北欧にいたときに、あちらの先生から
「グラント(研究資金のこと)の取り方はこうやってやるんだ」と
事細かに教えていただいたからで
そういう意味では、あちらはやはり競争社会だから、
勝つための方法というか、資金取ってくるためのセールスポイント
こういうところが新しくて、こういうことをやったら、こういう結果が出ますよ、という
いわゆるプレゼンには全く長けている。
しかも私のような器用貧乏
ちょこっと英語がしゃべれて、北欧ともアメリカともコンタクトがあって
地域から個人に至るまで対象範囲が広くて
しかもフィールドとの連携が深い、ということになると
どうしてもユーティリティプレーヤーというか
サッカーで言えばボランチみたいな、守備と攻撃参加と両方やりますみたいなポジションになるので
使いやすいというか、使われやすいのは確かであろう。
その結果、一生懸命ピッチを走り回っては
フォワードにパスばっかり出しているポジションに位置づけられるというわけである。。。
学生諸君、何で私がいっつもばたばた走り回っているかわかったかね!
…まあ、自分のやりたい仕事して
それであくせく忙しい、というなら有り難い、というか贅沢な話だと思うが
こう見えて、結構世の中のためになること考えて仕事やってるんですよ、という
自己肯定のお話である(笑)。
しかしまあ、研究者、というよりも「研究屋」にならないよう
自分の思想や論理を売ってまで、研究費の獲得に走らないよう
そこだけは、大げさに言えば研究者の良心として
譲らずに持っておきたいと思う。
あ、それと
確かにスウェーデンの帰りにパリに寄ったりしてますが
北欧の分は仕事なので公費ですが、パリの三日間はしっかり
「私費」でさっ引かれてますからね!(号泣)
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