2006年01月25日
ちょっと一休み
1月25日
ネズミは増えすぎると集団で水に飛び込み自殺すると言うが・・・。人間も増えすぎるとそういう行動を起こしかねない。皆でやれば怖くはないと言う心境か?今までの戦争が良い例かもしれない。
ライブドワに自殺者がでた。耐震偽造も同じである。すべて金と欲がらみで、大きく言うと現代社会の仕組みでもある。企業も何のことはない、前年以上の利潤を上げるために行なっているだけである。人間無明の世界に生きていると言うが・・・。集諦という、もっと欲しがる欲望,渇愛であるが、その深みに入ると、もう逃げることができないと言う。これから逃げるには、「こだわらないこと」、「執着しないこと」と釈迦は解いている。
福岡さんの言うように、何もしない、必要以上のことはやらない、「人間には目標なんかもとからありはしない。」のんびり昼ねをしているのが一番。堀江氏も小島氏も現代社会人も「何を目標にしているのか?」これを何と考えるか?・・ひと休みをして斜にかまえる時間を持たなければ・・・。
ネズミは増えすぎると集団で水に飛び込み自殺すると言うが・・・。人間も増えすぎるとそういう行動を起こしかねない。皆でやれば怖くはないと言う心境か?今までの戦争が良い例かもしれない。
ライブドワに自殺者がでた。耐震偽造も同じである。すべて金と欲がらみで、大きく言うと現代社会の仕組みでもある。企業も何のことはない、前年以上の利潤を上げるために行なっているだけである。人間無明の世界に生きていると言うが・・・。集諦という、もっと欲しがる欲望,渇愛であるが、その深みに入ると、もう逃げることができないと言う。これから逃げるには、「こだわらないこと」、「執着しないこと」と釈迦は解いている。
福岡さんの言うように、何もしない、必要以上のことはやらない、「人間には目標なんかもとからありはしない。」のんびり昼ねをしているのが一番。堀江氏も小島氏も現代社会人も「何を目標にしているのか?」これを何と考えるか?・・ひと休みをして斜にかまえる時間を持たなければ・・・。
2006年01月19日
わら一本の革命ー2
自然農法 を読む
自転車操業という言葉がある、走っている限りは倒れないと言うことであるが、現代はいやがおうでも走り続けなければならない、しくみに取り入れらている。キリストはパンのみに生きずにあらずと言っているが・・。アメリカでは依然として、石油で農産物を作り、世界に売りつけて儲ける。実際の農民は豚のえさに等しい食事をして、貧困にあえいでいる。石油が止まった時に一番さきに崩壊するのは目に見えている。だからブッシュ政権は血眼になる。戦争も辞さない。食糧がアメリカの戦略兵器ともなっている。農業が戦争まで発展するとは思われないがそれが現実である。人間は食べなければ生きていけない、どんなに金を儲けても、六本木ヒルズ族になっても・・。農業に利潤を追求した時から、悲劇がはじまる。農民はその歯車にのせられ、朝から晩まで働かされ、要求された作物をしたすら作る。福岡さんは言う。自分は何もしないことをするために、しないように、しないようにしてきただけだ。40年かかって、人間には目標なんか元からありはしない。何をしなければいけないと言うことも一つもありはしなかったんだ。人間が勝手に設定しただけにしかすぎない。豊かになる、幸福になると言う錯覚を起こして、仮の目的をこしらえただけに過ぎない。何もしなかったら、いちばんつまらん、生きがいのない生活かというと、どっこいそうじゃない、反対だ、と。何もしない。何も目標がない。のんびり昼寝しておって、一番愉快な世界はそこに展開されてくるのだ。人間はなにもしないようにするしかないんだ。もしも自分が社会運動をするとすれば、なにもしない運動をするしかしょうがない。すべての人がなにもしないようにしたら、自然に世の中は平和になるし、豊かになるし、言うことはなくなってしまう。
この本は1983年に出版されたものであるが、いまだ世界の情勢は変わっていないが、むしろ悪化の一途をたどっているといえる。
自転車操業という言葉がある、走っている限りは倒れないと言うことであるが、現代はいやがおうでも走り続けなければならない、しくみに取り入れらている。キリストはパンのみに生きずにあらずと言っているが・・。アメリカでは依然として、石油で農産物を作り、世界に売りつけて儲ける。実際の農民は豚のえさに等しい食事をして、貧困にあえいでいる。石油が止まった時に一番さきに崩壊するのは目に見えている。だからブッシュ政権は血眼になる。戦争も辞さない。食糧がアメリカの戦略兵器ともなっている。農業が戦争まで発展するとは思われないがそれが現実である。人間は食べなければ生きていけない、どんなに金を儲けても、六本木ヒルズ族になっても・・。農業に利潤を追求した時から、悲劇がはじまる。農民はその歯車にのせられ、朝から晩まで働かされ、要求された作物をしたすら作る。福岡さんは言う。自分は何もしないことをするために、しないように、しないようにしてきただけだ。40年かかって、人間には目標なんか元からありはしない。何をしなければいけないと言うことも一つもありはしなかったんだ。人間が勝手に設定しただけにしかすぎない。豊かになる、幸福になると言う錯覚を起こして、仮の目的をこしらえただけに過ぎない。何もしなかったら、いちばんつまらん、生きがいのない生活かというと、どっこいそうじゃない、反対だ、と。何もしない。何も目標がない。のんびり昼寝しておって、一番愉快な世界はそこに展開されてくるのだ。人間はなにもしないようにするしかないんだ。もしも自分が社会運動をするとすれば、なにもしない運動をするしかしょうがない。すべての人がなにもしないようにしたら、自然に世の中は平和になるし、豊かになるし、言うことはなくなってしまう。
この本は1983年に出版されたものであるが、いまだ世界の情勢は変わっていないが、むしろ悪化の一途をたどっているといえる。
2006年01月13日
わら一本の革命
わら一本の革命 福原正信著
弥生時代紀元前3世紀から600年の農耕はどうだったのだろう。当然化学肥料、耕運機、農薬さえもないが、稲作作業は延々とつづいてきた。それでも何故耕運機や、農薬、化学肥料がいるのか?近代農法はまず耕すありき、化学肥料、農薬をまき、、耕運機、トラクターと資金がいる。水利権もいる。とにかく何千万と資金がいるのだ。労力を掛けたわりには儲からない。就農者には資金を貸す制度があるが、返すことにはかわりがない。福岡さんはこの道60年以上は超えると思う。鎌一本、身をもって自然農法を実践して、生産量も近代農法よりはるかによいのに、認めない、促進しない農政。不耕起、無肥料、無農薬、無除草はメカーが、儲からないからか?それによる圧力か?それによる自然破壊は取り返しがつかない。過疎化された農村・・。かれは生きていれば93歳、俗世を嫌い山小屋に身をかくして、残りの時間を大切にしたいとのこと。とにかく一度は読まなければならない本である。
弥生時代紀元前3世紀から600年の農耕はどうだったのだろう。当然化学肥料、耕運機、農薬さえもないが、稲作作業は延々とつづいてきた。それでも何故耕運機や、農薬、化学肥料がいるのか?近代農法はまず耕すありき、化学肥料、農薬をまき、、耕運機、トラクターと資金がいる。水利権もいる。とにかく何千万と資金がいるのだ。労力を掛けたわりには儲からない。就農者には資金を貸す制度があるが、返すことにはかわりがない。福岡さんはこの道60年以上は超えると思う。鎌一本、身をもって自然農法を実践して、生産量も近代農法よりはるかによいのに、認めない、促進しない農政。不耕起、無肥料、無農薬、無除草はメカーが、儲からないからか?それによる圧力か?それによる自然破壊は取り返しがつかない。過疎化された農村・・。かれは生きていれば93歳、俗世を嫌い山小屋に身をかくして、残りの時間を大切にしたいとのこと。とにかく一度は読まなければならない本である。
2006年01月08日
自然農
年はじめ 自然農去年は、ひたすら作物を作ることの、研修らしきものをしてきたが、如何に作るか、必要以上にいるのか?と疑問に突き当たる。自然農という「耕さず、肥料・農薬を用いず、草や虫を敵としない」。自然の理に沿った農。これは化学農法の弊害にきずいての天然農法。今風原始農法とも言うのか、無肥料・不耕起、鎌一ポンで農をするという画期的な農法である。むしろ哲学の領域に入った哲人農と言えるかもしれない。それは土地の環境をかえずに、あるがままにそのちに適した作物を植えて、生育に必要な最低限の部分に手を貸すと言う考え方、米や野菜も自然の営みに沿うように育てていく、生き物との共存で生育させるというもの。自給自足の、生産量には関係ない、あるがままに生き、こだわらない宗教農ともいえる。

