2005年12月13日

紀行文ー東福寺 龍吟庵


11月12京都西沢 072.jpg10月15日 東福寺塔頭 龍吟庵
龍吟庵は1291年に大明国師の開創とされている。
現存最古の住宅風方丈建築とされている。常時公開はされていず、このシーズンだけらしい。作庭は昭和39年重森三玲氏のであるが、東福寺方丈の庭園も昭和14年の作庭、枯山水式の禅宗庭園である。何故昭和の時代に作庭なのか,開祖の時に庭園ができて無かったのか?良く分からない。竜安寺の石庭は有名であるが、この龍吟庵は一般公開はあまりしていないので、それほど知れ渡っていないようである。
西庭にあたるこの枯山水庭園は寺名に因んで龍が海中から黒雲を得て昇天する姿をあらわしているとのこと。青石中央が龍頭、白砂と青砂は雲紋、竹垣は稲妻を表象している。
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2005年12月12日

紀行文ー東福寺


11月12京都西沢 062.jpg11月13日 東福寺 本堂 竜

東福寺と言えば臨済宗の大本山であるが、摂政九条道長が1255年造営し、聖一国師を開山に仰いだとされる。その後火災のため、昭和九年に再建その時の堂本印象による天井画である。堂本といえば日本画から抽象画まで多彩な画風で知られているが、この竜のように水墨画は珍しいかもしれない。寺院で天井画は必ずと言うくらい、竜であるが、どうも仏法を守護するという古代インドの神々で天竜八部衆のひとつとされている。
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2005年12月11日

番外編 高館 義経堂


17年佐藤邸上棟ョ 058.jpg9月15日 義経堂
この地で義経は1189年に四代泰衡に攻められ31歳で自害することになるが・・・。この義経堂は500年後の1683年義経をしのんで、仙台藩主四代伊達綱村が建立したものであると言われている。
三代秀衝の死後わずか2年で四代泰衡は頼朝に攻められ平泉は滅んだ。泰衡も義経と組めば平泉もいくらか長続きしたか、歴史が変わったかもしれない。
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番外編 高館・義経堂


17年佐藤邸上棟ョ 060.jpg9月15日 義経堂

NHKドラマ義経も最終回9月に訪れた義経最期を迎えた場所が高館、この辺に居を構えていたとのこと、今は高圧線が走り、変電所もあり、どの辺かは分からない。表面階段を上がった高台に義経堂はある。高台に上がると、北上川と束稲山が一望できる。
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2005年12月09日

小野町編 豆腐


10月29〜30日小野町体験ツアー 094.jpg10月30日 豆腐体験 6
豆腐が固まったら、重しと蓋を取り、仕上げ布に包んだままそっと上に抜きあげ、水の中に移して、仕上げ布をとり、30分ぐらい水にさらす。(ニガリのアクが抜ける。)
ミキサーと石臼でかけた豆腐の試食をしたが、やはり石臼の方が石の重さの圧力で肌理が細かく、クリーミイな味であった。
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小野町編 豆腐


10月29〜30日小野町体験ツアー 087.jpg10月30日 豆腐体験 5
10分ぐらいすると全体が凝固して豆腐ができるので、お玉で豆腐つくり器に、すくい入れる。上側を仕上げ布で覆い、押し蓋をして重しをかけて水を切る。重しは800g〜1kgくらいが適当。重しが軽いと柔らかくて壊れやすい豆腐ができる。
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小野町編 豆腐


10月29〜30日小野町体験ツアー 084.jpg10月30日 豆腐体験 4
絞り汁を深鍋に再度いれ、60〜70度にする。(この温度が最大のポイント、温度が低いと固まらない)このなかに前もって作っていたニガリ液を手早く板に沿って入れ、2回ほどかき混ぜる。(混ぜすぎると固くて薄い豆腐になる)見ているうちに全体が凝固し始める。
小学校時代に授業で豆腐作りの経験はしたのだがニガリを入れることは覚えていた。
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小野町編


10月29〜30日小野町体験ツアー 076.jpg10月30日 豆腐作り体験 3
煮あがった汁を呉こし袋にあけ絞る。絞り汁が豆乳。袋の中に残ったのがオカラ(熱いので板の上に置き、全体重で絞る。)
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小野町編ー豆腐


10月29〜30日小野町体験ツアー 069.jpg10月30日 豆腐作り体験 2
バケツに入れた石臼、ミキサーにかけた生呉、またはヒキゴを水800cc加えた湯に入れゆったり、かき混ぜながら煮る。沸騰してくると泡があがってくるので火を弱くし5〜6分煮る。
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小野町編ー豆腐

10月30日 豆腐作り体験−1
10月29〜30日小野町体験ツアー 066.jpg
前日湯沢温泉旅館にとまり(20度ぐらいの鉱泉)夜はさすがに高原だけあり、コタツ、寝具は毛布に掛け布団2枚敷布団2枚で結構重かった。早朝8時30分から午前中の作業であった。10月末であるが、矢大臣山からの風はもう寒風に近かった。
支援センターの方が、特産の青ばた豆を昨夜から水に付け、家庭用にミキサーと、電気臼を用意してくれていた。ミキサーには同量の豆と付け水をいれ粉砕、臼には豆を入れ生呉を2種類作った。これを湯の入った深鍋に表面に湯が隠れるようにいれ、沸騰してきたら泡があふれてくるので火を弱くして5〜6分煮る。
奥にミキサー、電気臼(電気轆轤を改良している)、深鍋がある。
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2005年12月06日

仙台貸農園研修記ー23 義兄の畑


11月16〜17日山形、仙台 059.jpg11月17日 義兄の畑のマルチ
冬季に入るので霜対策にこれからはマルチをしないといけない。育苗の根が、霜で持ち上がり切れてしまうのでマルチで保温し、栽培しないとほとんどがやられてしまう。我が畑でも、これから植えようとした耕地の表層1cmぐらいは霜で白く固まっていた。冬場のマルチは黒のポリエチレンでよく、熱の吸収、保温もよい。畝には消石灰、鶏糞をあらかじめ撒き、耕してその上にマルチングを施した。幅1400cmのポリの四隅を留め、土で埋める簡単な作業である。ある程度太陽にさらせば地温も上がり殺菌にもなる。時間的には1時間ぐらいの作業である。
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仙台貸農園研修記ー23我が農園2


11月16〜17日山形、仙台 058.jpg11月17日 義兄の畑
この日は、まる1日労働してしまった。義兄の作物棚の解体、さらにマルチ用、畝造り、久しぶりに鍬を握ったので、腰にだいぶ負担がきた。義兄の畑の土は4年、山砂を大分いれたとのこと、我が土壌と比べると、サラサラ土壌である。前はオーナが山砂を用意してくれたとのこと、今年は堆肥と米ガラだけである。やはり山砂を入れなければサラサラ土壌にはならないのか?菜園士の畑でも、ダイコンは大分大ぶりのものができていた。
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仙台貸農園研修記ー23我が農園 


11月16〜17日山形、仙台 047.jpg11月17日 義兄の畑
義兄はこの農園ではベテランである。4年の年期があり大先輩といえる。菜園士と比べるとまだまだであるが、いろいろと菜園士とは作物の話はするらしい。右の棚にはハヤトウリが成っているが、ここにはつるムラサキ、ニガウリ、ハヤトウリの3種類がうえられ、6月ごろの最初はムラサキ、夏場はニガウリ、後半はハヤトウリが毎日のように収穫されたようで、3種類の生存競争みたいに幾重にも重なって成ていた。最後はハヤトウリが千成と言うぐらい収穫できたとのこと。霜も降り始めたので解体することになり援農した。つるムラサキはまだ葉が青々していたが、ニガウリは完全に枯れていた。ハヤトウリは根株が大きく、木のように硬く、さらに大地に根を張っていたので,容易に掘り起こすことができなかった。いま義兄の作業はマルチングしたものに玉葱用の穴空けをしているところである。
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2005年12月05日

仙台貸農園研修記−21菜園士2


11月26〜27日山形仙台 043.jpg11月27日 菜園士の畑・ ブロッコリー
11月17日の畑から大根は完全になくなり、ブロッコリーに変わった。ブロコリーはキャベツの変種で茎の頂部の花の蕾を収穫して食べるものだが、ビタミンC、カロチン、鉄、カルシュウムなどが豊富で栄養価の高く彩りもよく、人気がでた野菜のようです。収穫は2月頃までで寒さに強いといえます。冬場はこの作物がメインになりそうです。

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仙台貸農園研修記ー22菜園士


11月26〜27日山形仙台 037.jpg11月27日 菜園士の畑
前回11月17日から10日後の畑であるが、菊(もってのほか)は取り入れられ、キャベツは2つあまり、白菜は半分ほど収穫されている。シュンギク、奥のほうれん草は青々しく大きく立派に成長している。トンネルには遅蒔きの小松菜の芽が3cmほど育っていた。だんだんと畑も殺風景になり、そろそろ冬の準備に入る時期でもある。
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2005年12月04日

寒冷地住宅ー16 完成検査


11月26〜27日山形仙台 032.jpg11月26日 完成検査−試泊
26〜27日と山形に竣工検査と試泊をしました。一番重要な寒さ対策が出きているかの確認である。夜間電力による蓄電方式によるレンガを暖め、放熱する蓄熱式暖房器を入れましたので家全体が24時間22度に保たれ、(これは28度ぐらいまで設定できるが)夜明けの温度が下がる時でも変わりませんでした。
母屋はガスストーブによる自火暖房なので、局所しか暖まりません。なんといっても空気の質が格段に違うのがわかります。クリーンエネルギーなので空気を汚すことなく、湿度も保たれているので高齢化の体にはとても良いと思います。施主からも快適という言葉が出ましたので、まず一安心です。地温利用、高気密、高断熱なので,省エネにもなります。地球温暖化対策に、太陽電地を利用した暖房器になればさらに良いのですが、雪国には日照時間が少ないので効率に少々問題があるかも・・・。

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2005年12月03日

寒冷地住宅ー16


11月26〜27日山形仙台 007.jpg11月26日 米沢 雪囲い
11月末の米沢周辺の民家の植木の雪囲いであるが、豪雪地帯だけあって、丸太で植木の周りを囲っている。金沢あたりでは縄で保護している程度だが、スケールが違う。やはり5月の連休まで雪が残るだけのことがある。積雪に耐えるだけの物でないと使えないのだろう。山は紅葉が終わり、枯れかかっているが、これから半年寒い冬眠の時期に入り、屋根には雪下ろし用の梯子が取り付けられている。
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ベランダ編ー2


11月30hi 004.jpg11月29日 野沢菜(あおな)
10月13日種蒔きした作物が大きくなった。何のタネを蒔いたか、分からず少々あせった。葉型が分かったので、タネ袋で判明した。畑でも2ヶ月も前からだとタネ袋をさしてないと何の葉か分からないことが多い、経験を積まないと1年生では無理かもしれない。1.5ヶ月なので収穫までには年明けになりそう。このタネもオーストリア産、長野の野沢菜が何故、漬物を食べないオーストラリアで、タネの販売はサカタのタネだが・・・。タネ産業もあるが日本はだいじょうぶか?
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2005年11月29日

ベランダ編ー


20051129164586fb.jpg11月19日  ビタミン大根検証
8月31日仙台畑にアメリカ産緑大根種蒔き、9月14日発芽確認、11月23日に畑より成長確認のため抜いてみる。3、5ヶ月にて25cmぐらい、根先部分は粘土層にぶち当たり、何本かの根毛だけが伸びようとしている・・・。これでは大根君は大きくなれない。大根十耕していないのと、田圃の跡地なので、水はけの問題が影響しているように思われる。ジャガイモ,サツマイモにしても耕し方が浅く、又窒素の多い田圃跡では無理のよう。それと牛糞はいいのだが、山砂が不足しているようだ。さらさら土壌には山砂が不可欠であると認識した。来年は補充をすることを確認。「作物は 土壌づくりが 肝心要」
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紀行記ー平等院 3  阿弥陀如来


200511296778df12.jpg11月13日 何故 阿弥陀如来か?
阿弥陀堂の本尊は藤原時代を代表する仏師定朝の晩年の傑作と言われているが、貴族好みに、優雅で気品に満ちているようである。エジプト時代からある程度の、権力と地位を築くと死に対する恐怖感、来世にたいする往生する方法など、時の権力者は常々に考えることだが・・。この「阿弥陀如来」は人間が悟りの境地に達するのは限りなく困難であり、死に対する絶望的恐怖感から思考されたらしく、念仏することにより、現世を回避し来世に往生し、また臨終の時に来迎してくれると言われている。この時代の浄土信仰は貴族社会に深く浸透して阿弥陀如来と阿弥陀堂建築が盛んになった時期でもある。
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