2012年02月12日

育児が嫌になった、と思う日のぬかるみ。

育児がいやになった、と赤ちゃんの首を絞めたというニュース、先ほど。

育児が、嫌になる日はしばしば訪れる。どうやってやり過ごしたかも覚えていない、良いアドヴァイスもない。きれいごとなら幾らでも言えるが。

今、育児が辛い人に、やがて報われる日が来るとも言えない。子供は10歳になっても20歳になっても、30歳になったとしても、多くの悩みや苦しみを連れて来る。

完全に、楽しく満たされて嬉しい、そんなゴールがあるとも言えない。

ただ、忙しく、食べさせて着せて寝せて洗って、その繰り返しと、わんわん騒いで、叱って褒めて疲れて、の繰り返し・・・・・・。


次男が幼稚園のある朝、ベランダの鉢植えの蕾をじっと見てから、
『ママあ、このお花、お花さこ お花さこ、思ってるのね』と言ったことなどを思い出す。
そういう詩を聞く日が、あったことは覚えている。

さくら
(新宿御苑で以前撮った、サクラ。)
Posted by マダム・ルゥルゥ at 20:57  |Comments(2)TrackBack(0) | 発達の岸辺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月06日

もう一つの高校受験、発達の岸辺。

学習院の、多動傾向の児童かと思われる件の公表が先行してしまい、内親王が在籍されていてもいなくても、私立公立を問わない教育の現場の変容が、関係者の胸の痛みを刺激する学期末となった。

さて私には嬉しいニュースが。発達障害の学習を手伝うきっかけにもなったA君が15歳となり、高校受験の深い悩みの時季をご両親も突破し、進学を希望していた高校に合格した。バースデー
特別支援教育を主眼とした公立高校の職業科への進学となった。発達に悩みを抱えるケースは増え続け、この高校の倍率も高く、本当に心配だった。不合格となった場合は、低倍率の普通高校への進学しか道がなく、カリキュラムへの適応は厳しいものが予想された。受験というと、学力成績と偏差値の話題になるが、もうひとつの、情緒の適応に課題を抱える親子の受験期にも、社会全体の理解が欲しい。

A君も小学校中学年までは学習内容の咀嚼はあったが、段々に理解が留まってゆき、特学をご家庭が希望されなかったので様々な障害にぶつかった。
しかしA君、『先生におめでとう言われてとってもうれしい』3月を迎えてくれた。わーい(嬉しい顔)

せんせいなんか死んじゃえと我噛みし子に春巡り来て プレゼント


Posted by マダム・ルゥルゥ at 13:04  |Comments(0)TrackBack(0) | 発達の岸辺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月29日

夏休みの終わりと、学習の遅れ

まもなく始業式ビル。発達がゆるやかな子供のお母様と話していると、宿題を親子合作でっていうか、通常の学級に行っている場合はもう、親がくっついて仕上げているわけで大変ふらふら特に、読書感想などの、漠然とした具体性のない作業は、かわいそうになってくる。本人のプライドを傷つけない範囲で、やらせる事ができにくかったものは担任に連絡してもいいと思う。始業式が楽しみであってほしい。
 
宿題を型どおりに揃えることより重要なのは、新学期の持ち物で、ダンボール箱や籠で『あしたのよういだよボックス』みたいに作って視覚で確認させながら目入れておくのは効果がある。
多動傾向が強い場合は、どうしても忘れ物で調子が悪くなってくる場面が新学期は多い。白い絵の具が無くなってて出てこない→お友だちに貸してと言う→ちょっとあとでね、という答えで不安定になり→お友だちの絵の具を飛ばしてしまったり、それでわあわあ騒ぎになる、っていうようなことがしばしばある。文房具の欠落は立ち歩きに繋がるので、揃っているときちっと集中できる力も崩れてしまう。「あとで貸しますからちょっと待ってて」とかいう漠然とした指示で不安定にもなる。家庭で保管していた物を順次学校に持ってゆく場合は授業計画に沿っていることが多いから、絵の具や色鉛筆、細かいところでは体育帽のゴムひも(噛んでのびたり切れたりしていることが多い)の付け替えなど、一緒に見てみましょう。
すごくいい絵を、絵の具たっぷり使って描く子が多いのでアート絵の具は忘れず補充してあげてほしい。白、肌色など減りやすいですし。コンパスや鋭利なものは「使わないときは先生におあずかり袋」などで工夫してる方も多い。

夏休みの最後は、どこでも大変。お父さんが工作してるおうちも日本中そこかしこわーい(嬉しい顔)
発達障がいだけで大変なのではなく、緩急の切り替えは様々に大変ということ。でもなるべく気持ちが崩れない用意をしておき、2学期も一日一日を大切にしましょうね。一日がたくさん積み上がって未来ですものね。私もがんばります手(チョキ)

ペン(子供達からの暑中見舞いで、落涙してしまったのはAD児童で反抗の強いタイプのD君、お父さんと自転車旅行でキャンプをして165キロ走ったよ、って晴れ。D君もえらいけど、お父様えらい!!私が切望していた有り方を本当に実践してくれました。ご自身もいろいろあったのにもうやだ〜(悲しい顔)。夏は子供が少年になり、父がより父として深まる、輝く季節であったことが写真から発光していました。ぴかぴか(新しい)
Posted by マダム・ルゥルゥ at 14:39  |Comments(0)TrackBack(0) | 発達の岸辺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月20日

それは世界への、激しい片思い。AD/HD 

発達の続きです。やっとです。遅くなっております。
AD/HDの子供で深く関わったことがあるのは男児で3名です。
これは悪戦苦闘の歴史で、彼らに謝りたい事沢山あります。専門書とか講習では出て来ない局面が、学校や集団の(周囲が次々騒々しく場面転換されてゆく)中では突如あり、大人の対応もいっぱいいっぱいになってしまうんですね。第一に危険回避、次に事態の収拾、であって、どうしても子供達の心を優しく解いてゆくのは後回しになってしまうのです。これは未だに正解がありません。ですので偉そうな事は書けません。多動の面に関しては。私も怪我だらけ野球

ただ、観察していて強く感じるのは、この子は、激しく人々に認めてもらいたい!深く理解されたい!その強い欲求に突き動かされて、果てない片思いをしている日々なんだな、という事。実は普通に我々も、疎外感や孤独感を抱えて、やや諦めもして、やり過ごしてることって多いわけですが、その空虚を実際埋めてゆきたいわけなんですね、きっちりと彼らは。

C君(小学校5年生)、もう朝からずっと手を上げています。授業でわかったことは『ハイ!』少しわからなくてもまあ『ハイ!ハイ!』全然分らなければ『どういう意味ですか?ハイ!!』というわけで、周囲にとってはひたすらうるさい。先生もしょっちゅう当ててあげて『そうです。さすがC君正解ですよ』と。その瞬間は大満足。しかし他の人もたくさん当たると途端に不安になり、もっと承認して欲しい。結果、大声で、立って教壇のそばまで行って手を上げる。これを1日中やるエネルギーたるや。演劇
遊びもそう、仲良くみんなみたいに遊びたい、しかし、常にボールが自分に来ないし、待ったり構えたりのルールに忍耐が弱いからイライラしてきて乱暴する。言いたいのは『ねえ聞いて!ねえ遊んで!みんなが大好き!』・・・通じないっす。押し倒された子が泣いてるんじゃ、ねえ。
 ですから、それ以外の場面で役割を与えて(おそうじやお当番など、学習したことはしっかり続ける子が多い)達成感、自己肯定感を積み重ねてゆくことが必須です。落ち着いた気持ちの時に共同作業で制作したり。
しかしそのようなノウハウは魔法のように事態を解決しませんから、まあにぎやか、にぎやか。よく私は個室で、静かに計算練習などさせながら『そんなにずう〜っと手を上げてると疲れない?』と笑って聞きました。『ぜんぜんっ!手をあげないと疲れるもん』との由。わーい(嬉しい顔)なるほど、なるほど。

他にも、家庭的な不幸も重なった1年生のD君など、冷静に語れない児童もいます。
数年来おつきあいの腕白E君もいます。
医療にかかるのもお金がかかるし、有名なところは予約で満杯、小さい弟妹のいるママには難題です。担任の先生もヘトヘト(この子だけの対応なら研修とかもあるが、教室は大人社会の歪みが押し寄せるカオス)。情緒障害の受け入れ教室は少ない。他。・・・こういうの、自民対民主の図式では片付かない、今のこの国の行政の急務ですよ。
また重要なのは、彼らの兄弟姉妹の心の鬱屈への配慮です。同じ学校で奇矯な兄弟の行為を目にして、無表情、あるいはいたわりの声かけ、などで通り過ぎる彼らの小さい後姿ったら。もうやだ〜(悲しい顔) 

書ききれませんが、よく考えると、理解されたい・快く遊んでもらいたい・こっちを向いてほしい、これって、そう、私たち全員の気持ちですよね。この原初的な能動のコンクジュースみたいな子供達が、AD/HDの中にいると思っています(違う現われの場合もありますが)。どうぞ、お声かけして、お話してみて下さい。どこか懐かしい気持ちを持った子達に気づかれるでしょう。喫茶店

Posted by マダム・ルゥルゥ at 09:22  |Comments(2)TrackBack(0) | 発達の岸辺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月07日

自閉症のまなざし、光と水。(発達の岸辺)

発達の続きです。自閉症とひとくくりされても、自閉症じゃない人が千差万別であるように、千差万別のDNAや生育歴、家庭や教育環境があるのは当たり前で。
また若干の自閉傾向がある例から、知的な遅さや他の発達特質と混ざっている例などまで、とても簡単には語り切れないと思います。
ただ私が数年来付き合っている二人を見て思うことを。二人ともいろいろ話し合いを重ねて、新しい進路で元気に過ごしていて、今は運動会などを毎年応援に行くのが楽しみです。でもこの子達は私の恩師であって、多くのことを学ばせてくれた友人です。ご両親とも戦友にしてカンパニー。

 A君は高学年になっても、雨上がりの校庭が大好き。お砂場が池のようになると突進してゆき、チャイムが鳴っても黙々と造形(?)芸術行動に一心不乱。私もカンネンして縁に腰掛けて鑑賞。『A君、教室にゆきますよ』という声も弱まりがち、工業地帯別産業の暗記よりも今は、土と水に歓喜していることの方がよっぽどいいや、なんて思う私の内なる声が、ちゃあんとA君にばれてる。自閉症の子はこちらを見ませんが、見る以上に感じていて、お見通し。見ていると、池を造り山を盛り道筋をつけ、大きな池にはぽこんと浮くものが。『これなあに?』『ネッシーだよ』、小学校の校庭からネス湖に飛んで行けて、私はとても嬉しかったです。小雨続く日のつまらない校庭が、わくわくの森であることも知って雨
 B君は学力の遅さも加わり、発語も難しかったですが、泥んこは嫌いで、水と光が好き。まぶしげに憧れるように空の方向に顔を上げているのを見ると、私には何も見えないのですが、光の綾なす音楽があるのを知りました。
校内のあらゆる場所にそれらはあって、毎日一巡したものです。特に水槽の前は大好き。無理に引き離してもパニックになるので、『やすみじかんはきんぎょにゆくよ』と決めると実に安心していました。
 こないだ学生服のA君が、バス停にいるのを発見。雨上がりに落ちていた木の枝を降って、水を落として見ていましたわーい(嬉しい顔)さすがに今や、バスには枝を持って入りませんでしたけどね。『さよならあ〜』と叫んだら『さよならあ〜』と応えてました。全然見てなくても見てるんですよ。

水や光、気配、これらにセンシティブな子達を見かけたら一緒に楽しんでみて下さいね。喫茶店

Posted by マダム・ルゥルゥ at 09:10  |Comments(0)TrackBack(0) | 発達の岸辺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月01日

発達障害児の親の夏休みは。

 夏休みの真面目企画で少しゆきたいと思っています。
発達に特質のある子供達の学習のお手伝いをして、既に6年超となりました。
私が勉強した20年前は、千人に対して数名の発現率と言われていましたが。今や増えているのは周知の事実ですね。これは何らかの神様からのメッセージを、携えて来てくれている子供達なのでは?と思えるほどに。プレゼント
 
ペンさて夏休み、日頃は規則的には学校に行っている子供が、毎日いることで疲れてきちゃいましたもうやだ〜(悲しい顔)、と保護者の方に言われます。これは定型発達の子の親だって同じよ、と言っても、それは全然違う重さに感じるのです。
他の兄弟や近隣児童のようにお友だちと遊んだりできないので、常に親が余暇活動を提供し続けることに疲労感が増しますね。お金もかかります。
先日、以前教えた子のお母さまから『こないだ病院で、やさしい言い方だったけど、もっと理解してあげてねみたいなことをゆう先生に、この子を一晩預けてあげますから理想どおりみていれますかっ?て言ってしまいそうになっちゃいました』と言われました。反抗的な多動の多い男の子です。
受容しましょう、声を荒げず具体的に静かに話しましょう、とかいろいろ言われるわけです。本にも書いてあるわけです。しかし、多動や、学習の遅れ、コミュニティとの不和、などに悩む親に、その上神の如き態度をとれと言われては、へこむ日も多くなります。
またご家庭の安定こそが大事とは分っていても、普通の家庭だって子供の扱いでは喧嘩になるんですから、発達に悩みを抱えていればあれこれ不協和音も出るのは、当たり前です。
学問的なノウハウを読むと、単独の、その子との対応が書かれていますが、日常というのは、その子が暴れている時に夕食を作らなくてはならなかったり、他の家族の世話も迫られていたり、複数の事がらを一緒にかかえるものなのです。
ですから、8月になり、涙と汗が混じる夏休みと思います。でもその日々の中で、ひとつひとつの事をこなそうとしている、お母さまやお父さまに頭が下がります。
でも可愛いでしょう?優しいですよね、この子達は。実はけっこうご両親を心配していますね。まあ、今日は怒鳴りまくってしまったとしても「かわいい!」「ごめんね」と正直に、おやすみしてあげると、新しい朝が来る気がします。きちんと認められることを求めている、実は人間の根源的なものを、正直に出している子供達です。

現代に彼らがいてくれる意味は、実は大きいのです。私が思うそれらを書いておこうと思います。次回へ。喫茶店

Posted by マダム・ルゥルゥ at 15:50  |Comments(0)TrackBack(0) | 発達の岸辺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月12日

リタリンからコンサータの切り替えで錯綜する現場

AD/HD児童のリタリン服用がコンサータ錠に切り替わりつつある。
リタリンもコンサータも塩酸メチルフェニデートであることに変りはなく、効果の持続が違うと聞く。今までリタリンを飲んでいた児童は明らかに、3時間ほどで多動と衝動が増し、飲み足すとまた30分ほどでズーンって沈んで行く感じがあって心配なときもあったが(急な押さえつけからくる副作用などが)、これからはゆっくり16時間効果があると、のこと。
言い換えれば、平均化して多動ということで、衝動性が強いADの場合の衝動が消えている時間がなくなる、ということに。現実に見ていて危なっかしく目が離せず、不安になる(良い効果が発現している例も多くあるだろうが)。
 不安が募る保護者が医師に相談しても、日本の医師にとっても新薬であるから明解なアドヴァイスが得られず余計に不安になっていたりする。アメリカの事例などはインターネットで調べている保護者の方が詳しかったりする。まだ難しいところである。
・・・衝動性が消えている時間に信頼関係を印象づけて、強まる時間への基盤としてきたが(私の場合は)、全体的なフワフワ感の中で導くのは慣れていず、悩ましい。
手探りです。
しかし教育現場も医師も、親を不安にさせてはいけない。ADの子のアンテナはぴぴっと張っていて敏感耳周りがゆったりすることが肝要。

『あのねえ先生、またボク落ち着かなかったら、お薬変えるかもしれないよ』なんてゆうから、ホロリときます。たらーっ(汗)

Posted by マダム・ルゥルゥ at 16:47  |Comments(0)TrackBack(0) | 発達の岸辺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする