May 22, 2005
40代はクールでニヒルで無責任らしいです。
↓ふ〜ん。
内田樹の研究室/2005年05月22日 忙しい週末
一応、自分の世代(私は1961年生)のことを言われているようなのでチェック。
前段はたぶんおっしゃる通り。ただ後段がちょっと違うかな、という気がします。「悪いのは誰だ?」と言うことがあっても、たぶん本気で言ってはいない。みんな大なり小なり悪いし、悪くないし・・・という感じですかね。「責任」については捉え方が違っているのでしょう。内田さんが考える「責任」と40代世代が考える「責任」のエリア規定にちょっと差がある、ということではないでしょうか。それはたぶん、信じるものの違いではないかと。ついでに言えば、「自省」なんて、基本的に他人に悟らせることではないと思いますし。
それ以前にこうしたおおざっぱな世代論自体を笑ってやり過ごすというのが「クールでニヒルな」人々の常だと思うのですがね。つまり言葉が届いていないと。
何か40代の人に嫌な目にでも遭わされたのだろうか?
内田樹の研究室/2005年05月22日 忙しい週末
あらゆる世代は先行世代の「前者の轍を踏まない」というかたちで走路を選択する。
そのせいで、いまの40代のみなさんは、「ややこしい人間関係に過剰にコミットしない」ということを世代的党是とされて今日の日をお迎えになったのである。
それは言い換えると「オレのことはほうっておいてほしい」「好きにやらせてくれ」「所属組織に対するなまじな忠誠心のようなものを期待しないでくれ」「私生活に干渉しないでくれ」「他人がどうなろうと、オレの知ったことではない」的なクールでニヒルな方々がこの世代には相対的に多いということを意味している。
別にそれはそれでよろしいのだが、彼らはやはり日本が国民国家として安定期にはいった時代にお育ちになったので、「かなり効果的法治されている」ことや「通貨が安定していること」や「言論の自由が保障されていること」などを「自明の与件」とされていて、それを「ありがたい」(文字通りに「存在する可能性が低い」)と思う習慣がない。
そのような与件そのものを維持するためには「水面下の、無償のサービス」(村上春樹さんのいうところの「雪かき仕事」)がなくてはすまされない、ということについてあまりご配慮いただけない。
だから、この世代の特徴は、社会問題を論じるときに「悪いのは誰だ?」という他責的構文で語ることをつねとされていて、「この社会問題に関して、私が引き受けるべき責任は何であろう?」というふうに自省されることが少ないということである。
一応、自分の世代(私は1961年生)のことを言われているようなのでチェック。
前段はたぶんおっしゃる通り。ただ後段がちょっと違うかな、という気がします。「悪いのは誰だ?」と言うことがあっても、たぶん本気で言ってはいない。みんな大なり小なり悪いし、悪くないし・・・という感じですかね。「責任」については捉え方が違っているのでしょう。内田さんが考える「責任」と40代世代が考える「責任」のエリア規定にちょっと差がある、ということではないでしょうか。それはたぶん、信じるものの違いではないかと。ついでに言えば、「自省」なんて、基本的に他人に悟らせることではないと思いますし。
それ以前にこうしたおおざっぱな世代論自体を笑ってやり過ごすというのが「クールでニヒルな」人々の常だと思うのですがね。つまり言葉が届いていないと。
何か40代の人に嫌な目にでも遭わされたのだろうか?
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