July 05, 2010
今度の山が一番登りがいがあるね
オランダ戦後、うっかりテレビなどつけられなかった。
W杯の話題が、ニュースをはじめどんな情報番組で取り上げるかわからなかったからだ。
サッカーの大会中にこれほどテレビをシャットアウトしたことはない。
正直言うと、私はデンマーク戦とパラグアイ戦すらまともに見ていないのだ。
俊輔がもう出場しないであろうことが予想できたために見られなかった。
見る勇気がなかった。
だから、今回の日本代表の戦い方については何も書けない。
俊輔が戦っているというのに見届けることができないなんて、俊輔を好きになってから初めてのことだ。
俊輔、申し訳ない。
私がこれほどだったわけだから、俊輔自身の辛さはいかほどのものかと、そればかりが気になる毎日を過ごした。
もちろん俊輔は私なんかと違って強い男だから、逃げないでチームのために努力していたようだ。
その様子さえちゃんと見ていない私はファン失格だ。
日本代表がパラグアイ戦に敗れて帰国し、翌日の日刊の記事を読んで、私は泣けるだけ泣いた。
以下、この記事を引用する。(太字)
俊輔代表引退、耐えるのつらかった
俊輔のW杯が終わった。日本代表MF中村俊輔(32=横浜)が、パラグアイ戦後、代表引退を表明した。今大会は1次リーグのオランダ戦に途中出場しただけで終了。02年日韓大会はメンバー落ち、06年ドイツ大会は不調と、W杯とは縁がなかった。日本の司令塔、日本の頭脳と呼ばれたレフティーが、静かに代表の青いユニホームを脱いだ。
涙腺が緩みそうになった。試合後、泣くまいと思って報道陣の前を通ったが、実際に「代表引退」の言葉を耳にすると、万感の思いが交差する。こみ上げてくる涙をグッと抑えた。「次の代表? ないよ、オレは」。言葉が続かない。視線を落として、気持ちを整理しようと、歩き出した。しばらくして再び足を止めて静かに続けた。
「万感の思い」・・・この言葉を読んで私は号泣した。
この日、父はデイサービスに行き、幸い母も外出中で、私は誰にはばかることなく泣いた。
俊輔は、どこかで、一人になって、泣くだけ泣くことはできただろうかと思いながら。
中村俊 この大会はプレーヤーとしては何にも残せなかったね。不思議だね。02年は逆で、選手としてはよかったと思うけど、トルシエさんは人間としてベンチにおくのは難しいと判断した。今回はベンチでチームのために努力したけどね。サッカーの神様が僕をテストしたのかな。
「サッカーの神様」という言葉を俊輔が使ったことにハッとした。
小声で続けた。「耐えるのがつらかった…」。不慣れな控え組。最初は「左足首が痛いから仕方ない。足首さえ治れば…」と言い聞かせたが、痛みが消えても自分の立ち位置は変わらない。夜寝ようと電気を消すと、つらい現実に直面し、何度も電気を付けて考え込んだ。眠れない日が続く。逃げ出したい。でも、わがままは言えない。耐えるしかない。暗い自分を悟られたくない。宿舎では部屋にこもる日が続いた。マッサージの順番もレギュラー組を気遣い、後回しにしたこともある。ふっと気づくと、どんどん小さくなっていく自分がいた。楽しいはずの練習が、つらかった。
「小さくなっていく自分がいた」という箇所で一段と泣く。
俊輔と同じような夜を俊輔ファンたちも過ごしただろう。
おかげで私は、カメルーン戦後、生活のいろいろな面に影響があって困った。
ある意味、今も続いている。
このブログを書くことで、一段落したい。
大会前から「年齢的にも今回が最後かな」とは思っていたが、こんな形で終わるはずではなかった。「今回、使われなかったことは、02年の落選よりショックだった。02年は、これに比べるとかすり傷かな。中学時代にマリノスユースに上がれなかったことを超えたね」。サッカー人生の集大成と思っていたが、そのチャンスすらまともにもらえず、不完全燃焼に終わった。
記事の中で一番堪えた言葉・・・「かすり傷」・・・。
カメルーン戦後、オランダ戦の間に、とんぼさんと電話で話していた。
「2002年のときは“怒り”という感じだったけど、今回は“悲しみ”だね。2002年も泣いたけど、それって“悔しさ”からのものだったと思うのよ。俊輔を世界に見せたいという欲求が達成できないという悔しさ。でも今回はとにかく痛くて辛い。そして悲しさが自分を襲っている」というようなことをしゃべった。
とんぼさんも同じ様子だった。
俊輔ファンは皆同じなんだ。
大変だ。みんな耐えているか!
そうなのだ、2002年に感じた怒り、そして悔しさなんて、「かすり傷」に過ぎなかったね、こりゃ。
それに比べて今回は、ファンも「心が折れた」のではないだろうか。
「マリノスユースに上がれなかったことを超えたね」ということについてもとんぼさんとも同じことを話していた。
きっとこれはマリノスユースに上がれなかった挫折を超えているよねって。
眠れない夜、私はここ1年半くらいのことを思い出していた。
「俊輔は予防すべきだったのに・・・」と考えていた。
マリノスユースに上がれなかったとき以上のことが起こるかもしれない予兆は十分にあったのだ。
(・・・と、これについて書くとすっごく長くなってしまうので、機会があれば。オフ会などで話したい気分かもしれない)
「すべてが終わった今思えば、足首じゃないね。僕の実力がなかったね。本田みたいに1トップでも何でもできる選手じゃないとね」。00年シドニー五輪では希望したトップ下を中田英に奪われ、左サイドで出場した。大会後「自分の存在が戦術を変えられるくらいの選手になりたい」と悔しがった。日韓大会に落選し、司令塔として臨んだドイツW杯は体調不良で、不調に終わった。「オレは本当にW杯とは縁がないね。これも運命かな」としみじみと振り返る。
「僕の実力がなかったね。」の“実力”、どんな部分について俊輔は感じているのかが気になる。
私が「予防すべきだった」と思っていることと少しでもつながっているか、気になる。
W杯と縁がない理由は、W杯=代表を俊輔はずっと最優先にしすぎたからだと、これは心配していたことが現実になってしまった気がしてならない。
そこまで俊輔が代表を思っても、代表のほうは俊輔を裏切る(結果になる)かもしれないと。
私は俊輔ほどの純粋さを持ち合わせていないので、常にそれは心配だった。
それでも、オシムから岡ちゃんに代わってから4年間、積み上げてきたものの中でコンディション不良が理由で外されるのなら、俊輔も今回、大きな後悔くらいで済んだかもしれない。
しかし現実は、積み上げてきたものをまるで否定した格好のサッカーで外されたわけだから、俊輔のショックたるや想像を絶するわけだ。
それを知った上で、このほどの俊輔の「代表引退」発言があることを理解してほしい。
代表なんてさ、お前の力が要るからと乞われて、呼ばれて、どのポジションをあてがわれても自分本来のプレーをあまり難しく考えずにやればいいのさ、くらいのね、スタンスで臨んだほうがいいのにとずっと思ってはいたけれど、2006年以降の俊輔はある意味真逆で、代表を背負ってしまっていた。
何度も書いてきたことだけど、かつてジーコが言っていたように「自然にプレーしろ」だと思うんだ。
代表こそ、そう思っていたんだよ。
今、俊輔は、自分があれほどこだわっていた「代表」というものについて、どう振り返っているのだろう・・・。
人生、山あり谷あり。「次は山に登るよ」。不惑の年齢を過ぎても現役を張るカズ(三浦知良)を尊敬する。「ああいうサッカー人生は格好いい。オレにできるかな」。一世を風靡(ふうび)したスターが、第一線からは身を引いた。しかし、永遠のサッカー小僧が、燃え尽きることはない。
「次は山に登るよ」・・・本当にこう言ったのですね。
今、気持ちの整理と、サッカー観の整理(これからトライすることの目標作り)をしているところですね!
そして、カズの様に“長く”続けることを念頭においてくれているのですね。
「悔しい思いをした分、次に生かせないとね」と寂しそうに笑った。現役としての第2幕が、始まる。【盧載鎭】 [2010年7月1日8時42分 紙面から]
私たちファンは、ただあなたのプレーが見たいだけなんだよ。
本来のあなたのプレーをこれから見せ付けてほしい。
勝つだけじゃなく、最高のサッカーをマリノスで実現して、代表に呼ばれなくても日本最高の選手であることを示してほしい。
そうだよ、今度の山が一番登りがいがある!
それから、この日刊の記事を読んで、俊輔が途中で気持ちを切り替えてあの状況の中で精一杯チームのために努力したことについて、普通の社会人にたとえて自分にはできないと書いていた方のブログを読んだ。
そのたとえがとても秀逸で、私はすごく慰められました。
ありがとうございます。
俊輔、こうやってテレビを見ていて心を動かされた人たちも大勢いるよ。。。
W杯の話題が、ニュースをはじめどんな情報番組で取り上げるかわからなかったからだ。
サッカーの大会中にこれほどテレビをシャットアウトしたことはない。
正直言うと、私はデンマーク戦とパラグアイ戦すらまともに見ていないのだ。
俊輔がもう出場しないであろうことが予想できたために見られなかった。
見る勇気がなかった。
だから、今回の日本代表の戦い方については何も書けない。
俊輔が戦っているというのに見届けることができないなんて、俊輔を好きになってから初めてのことだ。
俊輔、申し訳ない。
私がこれほどだったわけだから、俊輔自身の辛さはいかほどのものかと、そればかりが気になる毎日を過ごした。
もちろん俊輔は私なんかと違って強い男だから、逃げないでチームのために努力していたようだ。
その様子さえちゃんと見ていない私はファン失格だ。
日本代表がパラグアイ戦に敗れて帰国し、翌日の日刊の記事を読んで、私は泣けるだけ泣いた。
以下、この記事を引用する。(太字)
俊輔代表引退、耐えるのつらかった
俊輔のW杯が終わった。日本代表MF中村俊輔(32=横浜)が、パラグアイ戦後、代表引退を表明した。今大会は1次リーグのオランダ戦に途中出場しただけで終了。02年日韓大会はメンバー落ち、06年ドイツ大会は不調と、W杯とは縁がなかった。日本の司令塔、日本の頭脳と呼ばれたレフティーが、静かに代表の青いユニホームを脱いだ。
涙腺が緩みそうになった。試合後、泣くまいと思って報道陣の前を通ったが、実際に「代表引退」の言葉を耳にすると、万感の思いが交差する。こみ上げてくる涙をグッと抑えた。「次の代表? ないよ、オレは」。言葉が続かない。視線を落として、気持ちを整理しようと、歩き出した。しばらくして再び足を止めて静かに続けた。
「万感の思い」・・・この言葉を読んで私は号泣した。
この日、父はデイサービスに行き、幸い母も外出中で、私は誰にはばかることなく泣いた。
俊輔は、どこかで、一人になって、泣くだけ泣くことはできただろうかと思いながら。
中村俊 この大会はプレーヤーとしては何にも残せなかったね。不思議だね。02年は逆で、選手としてはよかったと思うけど、トルシエさんは人間としてベンチにおくのは難しいと判断した。今回はベンチでチームのために努力したけどね。サッカーの神様が僕をテストしたのかな。
「サッカーの神様」という言葉を俊輔が使ったことにハッとした。
小声で続けた。「耐えるのがつらかった…」。不慣れな控え組。最初は「左足首が痛いから仕方ない。足首さえ治れば…」と言い聞かせたが、痛みが消えても自分の立ち位置は変わらない。夜寝ようと電気を消すと、つらい現実に直面し、何度も電気を付けて考え込んだ。眠れない日が続く。逃げ出したい。でも、わがままは言えない。耐えるしかない。暗い自分を悟られたくない。宿舎では部屋にこもる日が続いた。マッサージの順番もレギュラー組を気遣い、後回しにしたこともある。ふっと気づくと、どんどん小さくなっていく自分がいた。楽しいはずの練習が、つらかった。
「小さくなっていく自分がいた」という箇所で一段と泣く。
俊輔と同じような夜を俊輔ファンたちも過ごしただろう。
おかげで私は、カメルーン戦後、生活のいろいろな面に影響があって困った。
ある意味、今も続いている。
このブログを書くことで、一段落したい。
大会前から「年齢的にも今回が最後かな」とは思っていたが、こんな形で終わるはずではなかった。「今回、使われなかったことは、02年の落選よりショックだった。02年は、これに比べるとかすり傷かな。中学時代にマリノスユースに上がれなかったことを超えたね」。サッカー人生の集大成と思っていたが、そのチャンスすらまともにもらえず、不完全燃焼に終わった。
記事の中で一番堪えた言葉・・・「かすり傷」・・・。
カメルーン戦後、オランダ戦の間に、とんぼさんと電話で話していた。
「2002年のときは“怒り”という感じだったけど、今回は“悲しみ”だね。2002年も泣いたけど、それって“悔しさ”からのものだったと思うのよ。俊輔を世界に見せたいという欲求が達成できないという悔しさ。でも今回はとにかく痛くて辛い。そして悲しさが自分を襲っている」というようなことをしゃべった。
とんぼさんも同じ様子だった。
俊輔ファンは皆同じなんだ。
大変だ。みんな耐えているか!
そうなのだ、2002年に感じた怒り、そして悔しさなんて、「かすり傷」に過ぎなかったね、こりゃ。
それに比べて今回は、ファンも「心が折れた」のではないだろうか。
「マリノスユースに上がれなかったことを超えたね」ということについてもとんぼさんとも同じことを話していた。
きっとこれはマリノスユースに上がれなかった挫折を超えているよねって。
眠れない夜、私はここ1年半くらいのことを思い出していた。
「俊輔は予防すべきだったのに・・・」と考えていた。
マリノスユースに上がれなかったとき以上のことが起こるかもしれない予兆は十分にあったのだ。
(・・・と、これについて書くとすっごく長くなってしまうので、機会があれば。オフ会などで話したい気分かもしれない)
「すべてが終わった今思えば、足首じゃないね。僕の実力がなかったね。本田みたいに1トップでも何でもできる選手じゃないとね」。00年シドニー五輪では希望したトップ下を中田英に奪われ、左サイドで出場した。大会後「自分の存在が戦術を変えられるくらいの選手になりたい」と悔しがった。日韓大会に落選し、司令塔として臨んだドイツW杯は体調不良で、不調に終わった。「オレは本当にW杯とは縁がないね。これも運命かな」としみじみと振り返る。
「僕の実力がなかったね。」の“実力”、どんな部分について俊輔は感じているのかが気になる。
私が「予防すべきだった」と思っていることと少しでもつながっているか、気になる。
W杯と縁がない理由は、W杯=代表を俊輔はずっと最優先にしすぎたからだと、これは心配していたことが現実になってしまった気がしてならない。
そこまで俊輔が代表を思っても、代表のほうは俊輔を裏切る(結果になる)かもしれないと。
私は俊輔ほどの純粋さを持ち合わせていないので、常にそれは心配だった。
それでも、オシムから岡ちゃんに代わってから4年間、積み上げてきたものの中でコンディション不良が理由で外されるのなら、俊輔も今回、大きな後悔くらいで済んだかもしれない。
しかし現実は、積み上げてきたものをまるで否定した格好のサッカーで外されたわけだから、俊輔のショックたるや想像を絶するわけだ。
それを知った上で、このほどの俊輔の「代表引退」発言があることを理解してほしい。
代表なんてさ、お前の力が要るからと乞われて、呼ばれて、どのポジションをあてがわれても自分本来のプレーをあまり難しく考えずにやればいいのさ、くらいのね、スタンスで臨んだほうがいいのにとずっと思ってはいたけれど、2006年以降の俊輔はある意味真逆で、代表を背負ってしまっていた。
何度も書いてきたことだけど、かつてジーコが言っていたように「自然にプレーしろ」だと思うんだ。
代表こそ、そう思っていたんだよ。
今、俊輔は、自分があれほどこだわっていた「代表」というものについて、どう振り返っているのだろう・・・。
人生、山あり谷あり。「次は山に登るよ」。不惑の年齢を過ぎても現役を張るカズ(三浦知良)を尊敬する。「ああいうサッカー人生は格好いい。オレにできるかな」。一世を風靡(ふうび)したスターが、第一線からは身を引いた。しかし、永遠のサッカー小僧が、燃え尽きることはない。
「次は山に登るよ」・・・本当にこう言ったのですね。
今、気持ちの整理と、サッカー観の整理(これからトライすることの目標作り)をしているところですね!
そして、カズの様に“長く”続けることを念頭においてくれているのですね。
「悔しい思いをした分、次に生かせないとね」と寂しそうに笑った。現役としての第2幕が、始まる。【盧載鎭】 [2010年7月1日8時42分 紙面から]
私たちファンは、ただあなたのプレーが見たいだけなんだよ。
本来のあなたのプレーをこれから見せ付けてほしい。
勝つだけじゃなく、最高のサッカーをマリノスで実現して、代表に呼ばれなくても日本最高の選手であることを示してほしい。
そうだよ、今度の山が一番登りがいがある!
それから、この日刊の記事を読んで、俊輔が途中で気持ちを切り替えてあの状況の中で精一杯チームのために努力したことについて、普通の社会人にたとえて自分にはできないと書いていた方のブログを読んだ。
そのたとえがとても秀逸で、私はすごく慰められました。
ありがとうございます。
俊輔、こうやってテレビを見ていて心を動かされた人たちも大勢いるよ。。。
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この記事へのコメント
ocyaraさん、お久しぶりです。
私もocyaraさんと同じようなメンタルで日々を過ごしていました。
おかげでずっと体調悪いですよ(^_^;)
2002年のときは他人のためにここまで泣けるかというくらい涙したものですけど、それさえ「かすり傷」だったといわれると、本当に胸が痛くなります。
長らく俊輔を応援してる人はみな一様に気持ちの着地点を探してさ迷っているのではないでしょうか。
私は俊輔は代表から解放されたのだと思いたいです。
手かせ足かせとなっていた重い荷物を捨てて、一介のサッカー小僧に戻ってピッチを駆ける姿を早く見たいと、今はそれだけを願っています。
私もocyaraさんと同じようなメンタルで日々を過ごしていました。
おかげでずっと体調悪いですよ(^_^;)
2002年のときは他人のためにここまで泣けるかというくらい涙したものですけど、それさえ「かすり傷」だったといわれると、本当に胸が痛くなります。
長らく俊輔を応援してる人はみな一様に気持ちの着地点を探してさ迷っているのではないでしょうか。
私は俊輔は代表から解放されたのだと思いたいです。
手かせ足かせとなっていた重い荷物を捨てて、一介のサッカー小僧に戻ってピッチを駆ける姿を早く見たいと、今はそれだけを願っています。
Posted by うに at July 05, 2010 18:59
こんばんは。
泣いてしまうと読めなくなるので涙を我慢すると今度は代わりに鼻水が垂れる、この繰り返しでした。
本田・長谷部・長友といった選手が帰国後のインタビューで「このチームでずっと戦いたかった」と話すのを、良く聞きます。(馬鹿なマスコミがチームの雰囲気はどうでしたか?との愚問のせいですが)
イナが「チームが出来上がっていく(まとまっていく?だったかな)過程がわかった」と答えていた時に、俊輔、川口、楢崎といった06年を経験した控え組のチームに対する配慮を感じました。
中田ヒデがテレビにゲスト出演していたのですが(ナイナイの矢部が隣に居たり、色んな局に出てたぞ)、前回ではチームがまとまりきれていなかった云々と、話していました。
06年の問題点を当然俊輔も理解していて、代表への想いが強いから、「わがままは言えない。耐えるしかない。」とチーム全体のことを考え精一杯行動しながらも、心から血を流していたと思います。これは比喩でなく、本当に血が流れていく状態を彼は体感していたと思うのです(これは管理人さんも…)。
>積み上げてきたものをまるで否定した格好のサッカーで外された
本当にそうでしたね。運命の車輪は、自分のいない処で勝手にあらぬ方向へ廻っていく時ってありますよね。しかも、自分を巻き込んでいく。
>次の山が一番登りがいがある
勇気が出てくる言葉でした。Jリーグで晴々した表情でプレーをする姿をみたいですね。
泣いてしまうと読めなくなるので涙を我慢すると今度は代わりに鼻水が垂れる、この繰り返しでした。
本田・長谷部・長友といった選手が帰国後のインタビューで「このチームでずっと戦いたかった」と話すのを、良く聞きます。(馬鹿なマスコミがチームの雰囲気はどうでしたか?との愚問のせいですが)
イナが「チームが出来上がっていく(まとまっていく?だったかな)過程がわかった」と答えていた時に、俊輔、川口、楢崎といった06年を経験した控え組のチームに対する配慮を感じました。
中田ヒデがテレビにゲスト出演していたのですが(ナイナイの矢部が隣に居たり、色んな局に出てたぞ)、前回ではチームがまとまりきれていなかった云々と、話していました。
06年の問題点を当然俊輔も理解していて、代表への想いが強いから、「わがままは言えない。耐えるしかない。」とチーム全体のことを考え精一杯行動しながらも、心から血を流していたと思います。これは比喩でなく、本当に血が流れていく状態を彼は体感していたと思うのです(これは管理人さんも…)。
>積み上げてきたものをまるで否定した格好のサッカーで外された
本当にそうでしたね。運命の車輪は、自分のいない処で勝手にあらぬ方向へ廻っていく時ってありますよね。しかも、自分を巻き込んでいく。
>次の山が一番登りがいがある
勇気が出てくる言葉でした。Jリーグで晴々した表情でプレーをする姿をみたいですね。
Posted by ぴっぴ at July 06, 2010 02:37
ocyaraさん、ありがとうございます。
パラグアイ戦後、帰国映像帰国会見はおろか、日本代表に関するTVも見ていません。
必死に現実と向き合っている俊輔なのに、一緒に苦しさを闘えない自分の弱さが情けない毎日です。
>積み上げてきたサッカーをまるで否定した格好のサッカー
これは堪えました。パラグアイ戦、スカパーでコメンテーターとして発言していたオシムが最後に、“残念だ…非常に残念だ”。
がっくり肩を落とし、目にはうっすら涙が浮かんでいました。同じ思いだったのじゃないかと推測しました。
俊輔のコンディションが整わなかったのが、方向変換の1つの原因だとは思います。
しかし、途中で俊輔がコンディションが戻ってきたと岡田さんも認めているのに、今更かえれなかったとは・・・
結局、W杯を勝ち取った選手達(俊輔を含め、練習で絶好調だと伝えられていたケンゴ、内田など)や戦術を、信頼していなかったという事です。
23人も招集しながら、たった先発11人+数人で乗り切れると思った戦い方でした。
空しく、あれやこれや堂々巡りを繰り返しています。
近所の知人が、東京新聞に掲載された俊輔の献身を取り上げた記事切り抜きを、そっと自宅の郵便受けに入れておいて下さいました。
俊輔の流した血は尊いもので、その恵み、代価としてのベスト16を、若い選手達は感じ取ってほしいです。
このコラムのタイトル、それに尽きますね。
明日から練習復帰とか。高い山ほど登るのに勇気がいりますが、俊輔にはそれがある!
パラグアイ戦後、帰国映像帰国会見はおろか、日本代表に関するTVも見ていません。
必死に現実と向き合っている俊輔なのに、一緒に苦しさを闘えない自分の弱さが情けない毎日です。
>積み上げてきたサッカーをまるで否定した格好のサッカー
これは堪えました。パラグアイ戦、スカパーでコメンテーターとして発言していたオシムが最後に、“残念だ…非常に残念だ”。
がっくり肩を落とし、目にはうっすら涙が浮かんでいました。同じ思いだったのじゃないかと推測しました。
俊輔のコンディションが整わなかったのが、方向変換の1つの原因だとは思います。
しかし、途中で俊輔がコンディションが戻ってきたと岡田さんも認めているのに、今更かえれなかったとは・・・
結局、W杯を勝ち取った選手達(俊輔を含め、練習で絶好調だと伝えられていたケンゴ、内田など)や戦術を、信頼していなかったという事です。
23人も招集しながら、たった先発11人+数人で乗り切れると思った戦い方でした。
空しく、あれやこれや堂々巡りを繰り返しています。
近所の知人が、東京新聞に掲載された俊輔の献身を取り上げた記事切り抜きを、そっと自宅の郵便受けに入れておいて下さいました。
俊輔の流した血は尊いもので、その恵み、代価としてのベスト16を、若い選手達は感じ取ってほしいです。
このコラムのタイトル、それに尽きますね。
明日から練習復帰とか。高い山ほど登るのに勇気がいりますが、俊輔にはそれがある!
Posted by ざくろ at July 06, 2010 08:08
ocyaraさん、こんにちは。
やっとブログ更新されたのを拝見して、今回のことの辛さが、またひしひしと蘇ってきました。
02年の代表落ちが「かすり傷」という重さは、私も含め俊輔を見てきた人には、本当に胸を刺されたような痛さです。彼の心は血を流している。その状態でよくここまで耐えてくれたなあと、パラグアイ戦で負けたときに正直ホッとしました。
スポーツの世界は厳しいのだからそんなこと当たり前と言う人たちもたくさんいますが、選手のアイデンティティまで打ち砕いてもいいはずはないと思っています。
おそらく岡田さんは、俊輔をはずすとき、リスペクトをこめた説得をしていないと思います。だからこそ俊輔は自分の身の置き場までも悩まなければいけない状態になったのでしょう。
マスコミは、トップ選手も切られるということで選手達には緊張感が生まれ新しいチームワークが生まれたとほめて書いていますが、これは恐怖政治以外のなにものでもないわけで、成熟した先進国の代表の姿なんでしょうか。
傷ついている俊輔にずっとよりそっていたのが闘莉王だけだった。その彼が、日本代表では、やりつくしたかもしれないと言っているのは象徴的です。彼は代表に真剣に魂をかけているのが誰だったかを知っているし、その魂が傷つく一部始終を見てきたわけですから。
岡田さんに関しては、私はずっと懐疑的でしたから、(http://westcoast.exblog.jp/8267327)ocyaraさん同様に、俊輔が代表に重きを置けば置くほど心配でした。
ある意味、俊輔の無防備な人柄が、その危機を察知する邪魔をしたのかもしれません。信じているものから裏切られるというのは、初めてだったかもしれません。
自分の至らなさは自分の力で解決できますが、他者のありようは変えられません。
今俊輔の前に立ちふさがった壁は、今までとまったく違った種類のものだと思います。
しかし、この壁も、「中村俊輔」としてのすばらしいプレーでしか乗り越えられない気がします。他の手を使うのでは「中村俊輔」ではなくなると思うのです。
これからは、純粋に中村俊輔のサッカーを表現してほしいと思っています。
「中村俊輔、前にあってこそ!」
ボランチなんかに収まらず、いつまでも攻撃の一角を成すくらいの心意気で、蘇ってほしいと思っています。
永遠のサッカー小僧だろうが!
と、思いっきり強がって叫んでいる私は、実は自分を励ましているんです。ヤッパリツライ)
やっとブログ更新されたのを拝見して、今回のことの辛さが、またひしひしと蘇ってきました。
02年の代表落ちが「かすり傷」という重さは、私も含め俊輔を見てきた人には、本当に胸を刺されたような痛さです。彼の心は血を流している。その状態でよくここまで耐えてくれたなあと、パラグアイ戦で負けたときに正直ホッとしました。
スポーツの世界は厳しいのだからそんなこと当たり前と言う人たちもたくさんいますが、選手のアイデンティティまで打ち砕いてもいいはずはないと思っています。
おそらく岡田さんは、俊輔をはずすとき、リスペクトをこめた説得をしていないと思います。だからこそ俊輔は自分の身の置き場までも悩まなければいけない状態になったのでしょう。
マスコミは、トップ選手も切られるということで選手達には緊張感が生まれ新しいチームワークが生まれたとほめて書いていますが、これは恐怖政治以外のなにものでもないわけで、成熟した先進国の代表の姿なんでしょうか。
傷ついている俊輔にずっとよりそっていたのが闘莉王だけだった。その彼が、日本代表では、やりつくしたかもしれないと言っているのは象徴的です。彼は代表に真剣に魂をかけているのが誰だったかを知っているし、その魂が傷つく一部始終を見てきたわけですから。
岡田さんに関しては、私はずっと懐疑的でしたから、(http://westcoast.exblog.jp/8267327)ocyaraさん同様に、俊輔が代表に重きを置けば置くほど心配でした。
ある意味、俊輔の無防備な人柄が、その危機を察知する邪魔をしたのかもしれません。信じているものから裏切られるというのは、初めてだったかもしれません。
自分の至らなさは自分の力で解決できますが、他者のありようは変えられません。
今俊輔の前に立ちふさがった壁は、今までとまったく違った種類のものだと思います。
しかし、この壁も、「中村俊輔」としてのすばらしいプレーでしか乗り越えられない気がします。他の手を使うのでは「中村俊輔」ではなくなると思うのです。
これからは、純粋に中村俊輔のサッカーを表現してほしいと思っています。
「中村俊輔、前にあってこそ!」
ボランチなんかに収まらず、いつまでも攻撃の一角を成すくらいの心意気で、蘇ってほしいと思っています。
永遠のサッカー小僧だろうが!
と、思いっきり強がって叫んでいる私は、実は自分を励ましているんです。ヤッパリツライ)
Posted by windowhead at July 06, 2010 12:46
俊輔のメッセージ、来ましたね。待っていました、これを。言わずにいようと思っていましたが、本当のことを言うと私は盧載鎭さんの記事がウエットすぎてとても不満でした。(すみません、ocyaraさん、みなさん。)
中村俊輔、かく闘えり。という記事を書いてほしかった。
オシムと俊輔、この日本サッカーにおける奇跡のような人物2人によって日本のサッカーに新しいページが開かれるかもしれなかった、その夢はこのW杯では叶いませんでした。その実現のためにはどちらの1人も欠くことはできなかったのだ と今私は思っています。
俊輔はその夢の実現のために、オシムの分まで背負ってしまった。背負ったからこそ、あの岡田さんが俊輔を認めるようになり、俊輔とヤットそしてDFの中澤を呼んで、その夢の実現を世界を驚かせよう、と提案するに至ったと思うのです。でもその重責のストレスは俊輔の明るい自由なサッカーを蝕んでしまったのでは??ずっとオシムさんが、オシムさんが、と言ってきた俊輔のストレスを誰かが救えなかっただろうか。。と悩ましい。マリノスに帰ってきた時はもうすでに遅しの状態だった。最愛の家族を日本に返し、一人スペインで煮詰まっていってしまったのかも。電話で長友に細かくアドバイスしている俊輔のもどかしさを今になって理解するのです。でもその俊輔の挑戦、闘いの端はオシムの離脱だったと、今強く感じます。
きっとヤットは持ち前のこだわらないという「自然体」で過ごせたのでは?ocyaraさんの言う、俊輔のせこさが今回は災いしたのでは?と思っています。でもオシムの分まで何かを成そう、と思えばそこを突き詰めたのでしょう。日本のサッカーに奇跡を起こす歯車はギリギリ、止まってしまった訳ですが、その俊輔のチームメートへの一つ一つのアドバイスが一人一人のポテンシャルを高めて今回の代表のベスト16に繋がっていると確信しています。だから私は泣きません。俊輔、よくやったと絶賛したいのです。
そしてマリノスでも重荷なんて背負わないでくれ〜!!!そうすれば、未来は開けるよ〜
と叫びたい。
中村俊輔、かく闘えり。という記事を書いてほしかった。
オシムと俊輔、この日本サッカーにおける奇跡のような人物2人によって日本のサッカーに新しいページが開かれるかもしれなかった、その夢はこのW杯では叶いませんでした。その実現のためにはどちらの1人も欠くことはできなかったのだ と今私は思っています。
俊輔はその夢の実現のために、オシムの分まで背負ってしまった。背負ったからこそ、あの岡田さんが俊輔を認めるようになり、俊輔とヤットそしてDFの中澤を呼んで、その夢の実現を世界を驚かせよう、と提案するに至ったと思うのです。でもその重責のストレスは俊輔の明るい自由なサッカーを蝕んでしまったのでは??ずっとオシムさんが、オシムさんが、と言ってきた俊輔のストレスを誰かが救えなかっただろうか。。と悩ましい。マリノスに帰ってきた時はもうすでに遅しの状態だった。最愛の家族を日本に返し、一人スペインで煮詰まっていってしまったのかも。電話で長友に細かくアドバイスしている俊輔のもどかしさを今になって理解するのです。でもその俊輔の挑戦、闘いの端はオシムの離脱だったと、今強く感じます。
きっとヤットは持ち前のこだわらないという「自然体」で過ごせたのでは?ocyaraさんの言う、俊輔のせこさが今回は災いしたのでは?と思っています。でもオシムの分まで何かを成そう、と思えばそこを突き詰めたのでしょう。日本のサッカーに奇跡を起こす歯車はギリギリ、止まってしまった訳ですが、その俊輔のチームメートへの一つ一つのアドバイスが一人一人のポテンシャルを高めて今回の代表のベスト16に繋がっていると確信しています。だから私は泣きません。俊輔、よくやったと絶賛したいのです。
そしてマリノスでも重荷なんて背負わないでくれ〜!!!そうすれば、未来は開けるよ〜
と叫びたい。
Posted by ぼこ at July 08, 2010 00:47
↑加筆訂正します。
そうすれば、俊輔の未来も、マリノスの未来も開けるよ〜
そうすれば、俊輔の未来も、マリノスの未来も開けるよ〜
Posted by ぼこ at July 08, 2010 01:50
なんだかなぁ
あんたサッカー、好き?
俊輔のおかげで日本サッカーが足踏みしましたよね。
断固否定してこの過ちを繰り返さぬよう警鐘を鳴らし続けるべきでは。
あんたサッカー、好き?
俊輔のおかげで日本サッカーが足踏みしましたよね。
断固否定してこの過ちを繰り返さぬよう警鐘を鳴らし続けるべきでは。
Posted by SK2 at July 08, 2010 04:34
みなさまコメントを本当にありがとうございます。
レスが遅くなりまして、申し訳ございません。
みなさーん、お元気ですか〜!
>うにさん
おお〜、うにさんだ!
お久しぶりです。。。
コメントうれしいです。
>私もocyaraさんと同じようなメンタルで日々を過ごしていました。
>おかげでずっと体調悪いですよ(^_^;)
体調は戻られましたでしょうか。
私は、まだです。(笑)
>2002年のときは他人のためにここまで泣けるかというくらい涙したものですけど、それさえ「かすり傷」だったといわれると、本当に胸が痛くなります。
その通りです。
>長らく俊輔を応援してる人はみな一様に気持ちの着地点を探してさ迷っているのではないでしょうか。
「気持ちの着地点を探して」・・・まさにそうです。
ほんと、長らく俊輔を応援している人はみんなそうだと思います。
>私は俊輔は代表から解放されたのだと思いたいです。
>手かせ足かせとなっていた重い荷物を捨てて、一介のサッカー小僧に戻ってピッチを駆ける姿を早く見たいと、今はそれだけを願っています。
日本に帰国した頃、早く解放させてあげたいと思いました。
解放がまた、代表引退?!につながり、寂しいわけでもありますが。
ファンの気持ちは複雑です。
だからこそ、ファンはさ迷っているんですね。
うにさん、また会いたいです。
レスが遅くなりまして、申し訳ございません。
みなさーん、お元気ですか〜!
>うにさん
おお〜、うにさんだ!
お久しぶりです。。。
コメントうれしいです。
>私もocyaraさんと同じようなメンタルで日々を過ごしていました。
>おかげでずっと体調悪いですよ(^_^;)
体調は戻られましたでしょうか。
私は、まだです。(笑)
>2002年のときは他人のためにここまで泣けるかというくらい涙したものですけど、それさえ「かすり傷」だったといわれると、本当に胸が痛くなります。
その通りです。
>長らく俊輔を応援してる人はみな一様に気持ちの着地点を探してさ迷っているのではないでしょうか。
「気持ちの着地点を探して」・・・まさにそうです。
ほんと、長らく俊輔を応援している人はみんなそうだと思います。
>私は俊輔は代表から解放されたのだと思いたいです。
>手かせ足かせとなっていた重い荷物を捨てて、一介のサッカー小僧に戻ってピッチを駆ける姿を早く見たいと、今はそれだけを願っています。
日本に帰国した頃、早く解放させてあげたいと思いました。
解放がまた、代表引退?!につながり、寂しいわけでもありますが。
ファンの気持ちは複雑です。
だからこそ、ファンはさ迷っているんですね。
うにさん、また会いたいです。
Posted by ocyara@管理人 at July 10, 2010 14:58
>ぴっぴさん
>中田ヒデがテレビにゲスト出演していたのですが(ナイナイの矢部が隣に居たり、色んな局に出てたぞ)、前回ではチームがまとまりきれていなかった云々と、話していました。
ヒデ自身がそう言ってたんですか?
今回私が思ったことは、アテネ世代と北京世代の現代表クラスの選手は、案外プレースタイルがかぶる選手がいなかったということ。(これから出てくると思いますが)
黄金世代は、特に司令塔とか言われるタイプの選手が重なりすぎて、常に競争とライバル意識が強すぎ、どうしても常に誰かが落とされる状況だったため、難しかった面があったように思います。
そもそも、シドニー予選の頃、俊輔と伸二が競う合うのではなく、コンビのようになってくれたらと多くのサポが期待したものです。
それすら一度も実現できずに、ヒデ、俊輔、そして99年ワールドユース組みの競争意識がとうとう06年に悪い形で出たように思います。
結局、ヒデも俊輔も伸二も、そしてオガサも、誰もあの時幸せになれませんでした。
そして今回のチームにその中でただ一人、俊輔がいました。
結果、誰よりも辛い経験となりましたが、06年の問題点を俊輔が代表して清算したようにも思います。
それを今後のサッカー人生のプラスにしまくってもらえたらと思います。
>06年の問題点を当然俊輔も理解していて、代表への想いが強いから、「わがままは言えない。耐えるしかない。」とチーム全体のことを考え精一杯行動しながらも、心から血を流していたと思います。これは比喩でなく、本当に血が流れていく状態を彼は体感していたと思うのです(これは管理人さんも…)。
心から血を流して・・・
今回の悲しみは「血の涙」かもしれません。
俊輔のいう「実力」が足りないからどうこうというショックではなく、もっと人間的な部分。
追々ブログで触れていきます。
>中田ヒデがテレビにゲスト出演していたのですが(ナイナイの矢部が隣に居たり、色んな局に出てたぞ)、前回ではチームがまとまりきれていなかった云々と、話していました。
ヒデ自身がそう言ってたんですか?
今回私が思ったことは、アテネ世代と北京世代の現代表クラスの選手は、案外プレースタイルがかぶる選手がいなかったということ。(これから出てくると思いますが)
黄金世代は、特に司令塔とか言われるタイプの選手が重なりすぎて、常に競争とライバル意識が強すぎ、どうしても常に誰かが落とされる状況だったため、難しかった面があったように思います。
そもそも、シドニー予選の頃、俊輔と伸二が競う合うのではなく、コンビのようになってくれたらと多くのサポが期待したものです。
それすら一度も実現できずに、ヒデ、俊輔、そして99年ワールドユース組みの競争意識がとうとう06年に悪い形で出たように思います。
結局、ヒデも俊輔も伸二も、そしてオガサも、誰もあの時幸せになれませんでした。
そして今回のチームにその中でただ一人、俊輔がいました。
結果、誰よりも辛い経験となりましたが、06年の問題点を俊輔が代表して清算したようにも思います。
それを今後のサッカー人生のプラスにしまくってもらえたらと思います。
>06年の問題点を当然俊輔も理解していて、代表への想いが強いから、「わがままは言えない。耐えるしかない。」とチーム全体のことを考え精一杯行動しながらも、心から血を流していたと思います。これは比喩でなく、本当に血が流れていく状態を彼は体感していたと思うのです(これは管理人さんも…)。
心から血を流して・・・
今回の悲しみは「血の涙」かもしれません。
俊輔のいう「実力」が足りないからどうこうというショックではなく、もっと人間的な部分。
追々ブログで触れていきます。
Posted by ocyara@管理人 at July 10, 2010 15:23
>ざくろさん
ざくろさん、どうも、どうも。
>パラグアイ戦、スカパーでコメンテーターとして発言していたオシムが最後に、“残念だ…非常に残念だ”。
がっくり肩を落とし、目にはうっすら涙が浮かんでいました。同じ思いだったのじゃないかと推測しました。
ざくろさんがおそらくまだ読むことが出来ない(?)最新号のナンバーですが、、、オシムはインタビューで「俊輔にもう一度チャンスを与えるべきだ」とパラグアイ戦について言っていました。
私は、パラグアイ戦を最後まで見ていないので、戦術的にはなんともいえません。
何しろ私自身がもう俊輔の出番はないと確信して見れなかったくらいですから。
なぜなら、岡ちゃんの考えくらいわかっていたので・・・彼がもう使うはずはないと。
だからこそ腹立たしい。
岡ちゃんは本当に人を使うのもうまいが、切るのが下手すぎ。
サッカーに全人生をかけている人ならば最後にもう一度俊輔にチャンスを与える、オシムならそういうことかなと考えます。
>結局、W杯を勝ち取った選手達(俊輔を含め、練習で絶好調だと伝えられていたケンゴ、内田など)や戦術を、信頼していなかったという事です。
岡ちゃんは、彼らを信頼していなかったというよりも、予選の頃は「攻撃の戦術=俊輔」であり、でも俊輔もあれが俊輔の理想とする日本のサッカーでもなかったし、今考えると誰も責任取れない中でやっていた不幸があった様に思います。
本田の出現によって岡ちゃんは実はもっと前に本田システムを考えていたと私は思うし、でもそうすると今回の先発メンバーだけがはまったわけで、本田たち先発メンバーにとっても、予選を戦ったシステムの俊輔や内田たちにとっても、今回の23人の招集メンバーの顔ぶれは中途半端でした。
しかし、それがまたチームがまとまった?背景かも知れず(選手同士で話し合った!)、組織というのは不思議なものです。
また時間が経ったら、そして時間があるときに、いろいろ触れて行きたいと思っています。
これからもよろしく〜
ざくろさん、どうも、どうも。
>パラグアイ戦、スカパーでコメンテーターとして発言していたオシムが最後に、“残念だ…非常に残念だ”。
がっくり肩を落とし、目にはうっすら涙が浮かんでいました。同じ思いだったのじゃないかと推測しました。
ざくろさんがおそらくまだ読むことが出来ない(?)最新号のナンバーですが、、、オシムはインタビューで「俊輔にもう一度チャンスを与えるべきだ」とパラグアイ戦について言っていました。
私は、パラグアイ戦を最後まで見ていないので、戦術的にはなんともいえません。
何しろ私自身がもう俊輔の出番はないと確信して見れなかったくらいですから。
なぜなら、岡ちゃんの考えくらいわかっていたので・・・彼がもう使うはずはないと。
だからこそ腹立たしい。
岡ちゃんは本当に人を使うのもうまいが、切るのが下手すぎ。
サッカーに全人生をかけている人ならば最後にもう一度俊輔にチャンスを与える、オシムならそういうことかなと考えます。
>結局、W杯を勝ち取った選手達(俊輔を含め、練習で絶好調だと伝えられていたケンゴ、内田など)や戦術を、信頼していなかったという事です。
岡ちゃんは、彼らを信頼していなかったというよりも、予選の頃は「攻撃の戦術=俊輔」であり、でも俊輔もあれが俊輔の理想とする日本のサッカーでもなかったし、今考えると誰も責任取れない中でやっていた不幸があった様に思います。
本田の出現によって岡ちゃんは実はもっと前に本田システムを考えていたと私は思うし、でもそうすると今回の先発メンバーだけがはまったわけで、本田たち先発メンバーにとっても、予選を戦ったシステムの俊輔や内田たちにとっても、今回の23人の招集メンバーの顔ぶれは中途半端でした。
しかし、それがまたチームがまとまった?背景かも知れず(選手同士で話し合った!)、組織というのは不思議なものです。
また時間が経ったら、そして時間があるときに、いろいろ触れて行きたいと思っています。
これからもよろしく〜
Posted by ocyara@管理人 at July 10, 2010 15:42
>windowheadさん
>スポーツの世界は厳しいのだからそんなこと当たり前と言う人たちもたくさんいますが、選手のアイデンティティまで打ち砕いてもいいはずはないと思っています。
そこなんだよね。
私たちがさ迷い続けている理由はそのあたりだよね。
俊輔自身にも今回活躍できなかった責任はいろいろあるし、プレースタイルのことやコンディションについては私だって俊輔にいいたいことたくさんある。
レッジーナに移籍したときから、オブリガード!で言い続けてきたこともたくさんある。
それと今回の悲しみは別のことなんだよね。
そこが俊輔ファン以外にはわかってもらえないのかなって。
>おそらく岡田さんは、俊輔をはずすとき、リスペクトをこめた説得をしていないと思います。だからこそ俊輔は自分の身の置き場までも悩まなければいけない状態になったのでしょう。
ここだよね。
ここは真実を知りたい。
このあたりのことを俊輔は監督を判断するときにすごく重要視しますよね。
あるいは、帰国してレポートを提出してから、どうかなって。
俊輔に声を掛けるようなことを岡ちゃんはするかなって?
>岡田さんに関しては、私はずっと懐疑的でしたから、(http://westcoast.exblog.jp/8267327)ocyaraさん同様に、俊輔が代表に重きを置けば置くほど心配でした。
改めて読ませていただきました。
私もちらと自分のブログを省みてみたら、こんなこと書いてますね。
http://blogs.dion.ne.jp/3obri9/archives/6985428.html
岡ちゃんが就任するときには、それはそれは声を大にして反対してましたね。(http://westcoast.exblog.jp/8267327 と http://blogs.dion.ne.jp/3obri9/archives/6526935.html)
岡ちゃんが俊輔を使い続けているときも懐疑的な気持ちは捨て切れなかったし、だんだんと心配すらし始めまていました。
オシムだったら俊輔のコンディションを考えて呼ばなかった試合もあったでしょう。
でも、俊輔自身にも一試合でも呼ばれないことを嫌がったという責任があります。
それを一番俊輔に伝えたかったのに、俊輔は今改めて、最初のころにオシムが俊輔を呼ばなかった意図を深く理解しているのではないでしょうか。
>「中村俊輔、前にあってこそ!」
懐かしい!
>ボランチなんかに収まらず、いつまでも攻撃の一角を成すくらいの心意気で、蘇ってほしいと思っています。
ほんとにそうです。
時間が出来たらここ数年の俊輔のプレーを振り返り、次の山越えに付き合ってやろうじゃないかと思っています。
私はまだ俊輔は進化するつもりでいますからね。
>スポーツの世界は厳しいのだからそんなこと当たり前と言う人たちもたくさんいますが、選手のアイデンティティまで打ち砕いてもいいはずはないと思っています。
そこなんだよね。
私たちがさ迷い続けている理由はそのあたりだよね。
俊輔自身にも今回活躍できなかった責任はいろいろあるし、プレースタイルのことやコンディションについては私だって俊輔にいいたいことたくさんある。
レッジーナに移籍したときから、オブリガード!で言い続けてきたこともたくさんある。
それと今回の悲しみは別のことなんだよね。
そこが俊輔ファン以外にはわかってもらえないのかなって。
>おそらく岡田さんは、俊輔をはずすとき、リスペクトをこめた説得をしていないと思います。だからこそ俊輔は自分の身の置き場までも悩まなければいけない状態になったのでしょう。
ここだよね。
ここは真実を知りたい。
このあたりのことを俊輔は監督を判断するときにすごく重要視しますよね。
あるいは、帰国してレポートを提出してから、どうかなって。
俊輔に声を掛けるようなことを岡ちゃんはするかなって?
>岡田さんに関しては、私はずっと懐疑的でしたから、(http://westcoast.exblog.jp/8267327)ocyaraさん同様に、俊輔が代表に重きを置けば置くほど心配でした。
改めて読ませていただきました。
私もちらと自分のブログを省みてみたら、こんなこと書いてますね。
http://blogs.dion.ne.jp/3obri9/archives/6985428.html
岡ちゃんが就任するときには、それはそれは声を大にして反対してましたね。(http://westcoast.exblog.jp/8267327 と http://blogs.dion.ne.jp/3obri9/archives/6526935.html)
岡ちゃんが俊輔を使い続けているときも懐疑的な気持ちは捨て切れなかったし、だんだんと心配すらし始めまていました。
オシムだったら俊輔のコンディションを考えて呼ばなかった試合もあったでしょう。
でも、俊輔自身にも一試合でも呼ばれないことを嫌がったという責任があります。
それを一番俊輔に伝えたかったのに、俊輔は今改めて、最初のころにオシムが俊輔を呼ばなかった意図を深く理解しているのではないでしょうか。
>「中村俊輔、前にあってこそ!」
懐かしい!
>ボランチなんかに収まらず、いつまでも攻撃の一角を成すくらいの心意気で、蘇ってほしいと思っています。
ほんとにそうです。
時間が出来たらここ数年の俊輔のプレーを振り返り、次の山越えに付き合ってやろうじゃないかと思っています。
私はまだ俊輔は進化するつもりでいますからね。
Posted by ocyara@管理人 at July 10, 2010 16:10
>ぼこさん
コメントを書いてくださってありがとうございます。
>俊輔のメッセージ、来ましたね。待っていました、これを。
俊輔のメッセージを読むと、いつもほんとに大人だと思う。
いつも俊輔に励まされる俊輔ファンたちですよね。
俊輔から1つのチームになれたと言われたら、素直に納得出来るし、いろいろやったよ、の「よ」に癒されるし・・・(笑)
>言わずにいようと思っていましたが、本当のことを言うと私は盧載鎭さんの記事がウエットすぎてとても不満でした。(すみません、ocyaraさん、みなさん。)
中村俊輔、かく闘えり。という記事を書いてほしかった。
なるほど!
目からウロコでもあります。
さすがぼこさんです!
>オシムと俊輔、この日本サッカーにおける奇跡のような人物2人によって日本のサッカーに新しいページが開かれるかもしれなかった、その夢はこのW杯では叶いませんでした。その実現のためにはどちらの1人も欠くことはできなかったのだ と今私は思っています。
うんうん。
>俊輔はその夢の実現のために、オシムの分まで背負ってしまった。背負ったからこそ、あの岡田さんが俊輔を認めるようになり、俊輔とヤットそしてDFの中澤を呼んで、その夢の実現を世界を驚かせよう、と提案するに至ったと思うのです。
すごいなあ、ぼこさん。
>でもその重責のストレスは俊輔の明るい自由なサッカーを蝕んでしまったのでは??ずっとオシムさんが、オシムさんが、と言ってきた俊輔のストレスを誰かが救えなかっただろうか。。と悩ましい。
そう考えると理解できる気がする。
俊輔はしょっちゅう、代表のサッカーでは・・・みたいなことを言うし、そこが心配だった。
だから私はしょっちゅう「自然にプレーしろ」と書き続けてきた。
ある頃から、クラブでのプレーと代表でのプレーに違いが感じられた。
そして、それがエスパニョールに移籍してはっきり出てしまった気がしました。
>マリノスに帰ってきた時はもうすでに遅しの状態だった。最愛の家族を日本に返し、一人スペインで煮詰まっていってしまったのかも。電話で長友に細かくアドバイスしている俊輔のもどかしさを今になって理解するのです。でもその俊輔の挑戦、闘いの端はオシムの離脱だったと、今強く感じます。
ああ、いっそのこと岡ちゃんになってから俊輔外してくれて、そして俊輔はクラブに集中して、もっと海外で結果を残してもらい、そしたら代表からどうしても必要だからと乞われて・・・なんていうのが私の夢だったんですけどね。(笑)
>ocyaraさんの言う、俊輔のせこさが今回は災いしたのでは?と思っています。でもオシムの分まで何かを成そう、と思えばそこを突き詰めたのでしょう。
俊輔という人を思えば、仕方がない結果かもしれません。
せこさは諸刃の剣ですから。
>日本のサッカーに奇跡を起こす歯車はギリギリ、止まってしまった訳ですが、その俊輔のチームメートへの一つ一つのアドバイスが一人一人のポテンシャルを高めて今回の代表のベスト16に繋がっていると確信しています。だから私は泣きません。俊輔、よくやったと絶賛したいのです。
すばらしいです。
本気でそう思います。
本大会のピッチで輝くばかりが貢献ではない。
それが代表かもしれませんね。
これからクラブに専念するわけですから、おのずと本来のプレーを見せてくれるでしょう。
期待しましょうね。
コメントを書いてくださってありがとうございます。
>俊輔のメッセージ、来ましたね。待っていました、これを。
俊輔のメッセージを読むと、いつもほんとに大人だと思う。
いつも俊輔に励まされる俊輔ファンたちですよね。
俊輔から1つのチームになれたと言われたら、素直に納得出来るし、いろいろやったよ、の「よ」に癒されるし・・・(笑)
>言わずにいようと思っていましたが、本当のことを言うと私は盧載鎭さんの記事がウエットすぎてとても不満でした。(すみません、ocyaraさん、みなさん。)
中村俊輔、かく闘えり。という記事を書いてほしかった。
なるほど!
目からウロコでもあります。
さすがぼこさんです!
>オシムと俊輔、この日本サッカーにおける奇跡のような人物2人によって日本のサッカーに新しいページが開かれるかもしれなかった、その夢はこのW杯では叶いませんでした。その実現のためにはどちらの1人も欠くことはできなかったのだ と今私は思っています。
うんうん。
>俊輔はその夢の実現のために、オシムの分まで背負ってしまった。背負ったからこそ、あの岡田さんが俊輔を認めるようになり、俊輔とヤットそしてDFの中澤を呼んで、その夢の実現を世界を驚かせよう、と提案するに至ったと思うのです。
すごいなあ、ぼこさん。
>でもその重責のストレスは俊輔の明るい自由なサッカーを蝕んでしまったのでは??ずっとオシムさんが、オシムさんが、と言ってきた俊輔のストレスを誰かが救えなかっただろうか。。と悩ましい。
そう考えると理解できる気がする。
俊輔はしょっちゅう、代表のサッカーでは・・・みたいなことを言うし、そこが心配だった。
だから私はしょっちゅう「自然にプレーしろ」と書き続けてきた。
ある頃から、クラブでのプレーと代表でのプレーに違いが感じられた。
そして、それがエスパニョールに移籍してはっきり出てしまった気がしました。
>マリノスに帰ってきた時はもうすでに遅しの状態だった。最愛の家族を日本に返し、一人スペインで煮詰まっていってしまったのかも。電話で長友に細かくアドバイスしている俊輔のもどかしさを今になって理解するのです。でもその俊輔の挑戦、闘いの端はオシムの離脱だったと、今強く感じます。
ああ、いっそのこと岡ちゃんになってから俊輔外してくれて、そして俊輔はクラブに集中して、もっと海外で結果を残してもらい、そしたら代表からどうしても必要だからと乞われて・・・なんていうのが私の夢だったんですけどね。(笑)
>ocyaraさんの言う、俊輔のせこさが今回は災いしたのでは?と思っています。でもオシムの分まで何かを成そう、と思えばそこを突き詰めたのでしょう。
俊輔という人を思えば、仕方がない結果かもしれません。
せこさは諸刃の剣ですから。
>日本のサッカーに奇跡を起こす歯車はギリギリ、止まってしまった訳ですが、その俊輔のチームメートへの一つ一つのアドバイスが一人一人のポテンシャルを高めて今回の代表のベスト16に繋がっていると確信しています。だから私は泣きません。俊輔、よくやったと絶賛したいのです。
すばらしいです。
本気でそう思います。
本大会のピッチで輝くばかりが貢献ではない。
それが代表かもしれませんね。
これからクラブに専念するわけですから、おのずと本来のプレーを見せてくれるでしょう。
期待しましょうね。
Posted by ocyara@管理人 at July 10, 2010 16:36
>SK2さん
はじめまして。
でも、なんだかなぁ。
>あんたサッカー、好き?
「あんた」かいな。
あなた、でしょ!
私はサッカーと俊輔のサッカーを愛しています。
>俊輔のおかげで日本サッカーが足踏みしましたよね。
>断固否定してこの過ちを繰り返さぬよう警鐘を鳴らし続けるべきでは。
全然そう思っていないので、あしからず。
はじめまして。
でも、なんだかなぁ。
>あんたサッカー、好き?
「あんた」かいな。
あなた、でしょ!
私はサッカーと俊輔のサッカーを愛しています。
>俊輔のおかげで日本サッカーが足踏みしましたよね。
>断固否定してこの過ちを繰り返さぬよう警鐘を鳴らし続けるべきでは。
全然そう思っていないので、あしからず。
Posted by ocyara@管理人 at July 10, 2010 16:40
こんばんは、ご挨拶が不十分でした。
はじめまして。
>私はサッカーと俊輔のサッカーを愛しています。
そのようですね。さぞ俊輔の不甲斐なさ(劣化かな?いや元々こういう選手だし)に心を痛めていることとお察しします。
私はそもそも特別思い入れのある選手がいるわけでもないのですが”日本”サッカーの方向性に結構注意を払って見ている者です。
俊輔について言えば、とっくに終焉を迎えいたにも関わらずイタい発言を繰り返しマスコミを喜ばせているだけなのを見て悲しく思っておりました。
ただし岡田が俊輔を外して結果を残し名将扱いされることにも憤りを感じております。
>結果、誰よりも辛い経験となりましたが、06年の問題点を俊輔が代表して清算したようにも思います。
あなたのこの意見には賛同します。
06年のA級戦犯である俊輔をここまで放置し直前まで粛清できなかったことで岡田が大鉈をふるわなければならなかった、と。
結果誰よりも屈辱的な仕打ちが待ち受けていた。
俊輔は事ここに至るまで己の増長に気付かなかった。
>誰か選手が傷つかなきゃいいと思っています。
あなたの危惧は現実のものとなってしまいいました。
俊輔の傷心は今までの数々の上から目線発言と照らし合わせて考えると相当な恥辱である、と想像できます。
06年の俊輔、リーガでの俊輔を見てもはや期待できたファンなんていないでしょう。なのにマスコミの異常な持ち上げによって俊輔自身が勘違いしてしまったことは残念でなりません。
今後マリノスでの活躍を期待しておりますが、どうやっても活躍できるイメージが湧かない・・・
せめて子供じみた発言を自粛し、よい指導者になれるよう準備をしてほしい、と願っております。
岡田と似ているところ(他者を批判することで自己の権益を死守しようとする)があるのでそれも不安ではありますが・・・
はじめまして。
>私はサッカーと俊輔のサッカーを愛しています。
そのようですね。さぞ俊輔の不甲斐なさ(劣化かな?いや元々こういう選手だし)に心を痛めていることとお察しします。
私はそもそも特別思い入れのある選手がいるわけでもないのですが”日本”サッカーの方向性に結構注意を払って見ている者です。
俊輔について言えば、とっくに終焉を迎えいたにも関わらずイタい発言を繰り返しマスコミを喜ばせているだけなのを見て悲しく思っておりました。
ただし岡田が俊輔を外して結果を残し名将扱いされることにも憤りを感じております。
>結果、誰よりも辛い経験となりましたが、06年の問題点を俊輔が代表して清算したようにも思います。
あなたのこの意見には賛同します。
06年のA級戦犯である俊輔をここまで放置し直前まで粛清できなかったことで岡田が大鉈をふるわなければならなかった、と。
結果誰よりも屈辱的な仕打ちが待ち受けていた。
俊輔は事ここに至るまで己の増長に気付かなかった。
>誰か選手が傷つかなきゃいいと思っています。
あなたの危惧は現実のものとなってしまいいました。
俊輔の傷心は今までの数々の上から目線発言と照らし合わせて考えると相当な恥辱である、と想像できます。
06年の俊輔、リーガでの俊輔を見てもはや期待できたファンなんていないでしょう。なのにマスコミの異常な持ち上げによって俊輔自身が勘違いしてしまったことは残念でなりません。
今後マリノスでの活躍を期待しておりますが、どうやっても活躍できるイメージが湧かない・・・
せめて子供じみた発言を自粛し、よい指導者になれるよう準備をしてほしい、と願っております。
岡田と似ているところ(他者を批判することで自己の権益を死守しようとする)があるのでそれも不安ではありますが・・・
Posted by SK2 at July 12, 2010 00:18

