世界各国で日本の工業製品が市中に溢れている中で、顔の見えない日本人とよく言われる。これには、日本人が世界の各地を旅行しているにもかかわらず、街内であまり見かけないのも一因しているのではないだろうか。
日本の旅行会社が主催する海外旅行のパッケージツアーでは、日本人ツアー客は、市中のホテルではなく、都市部とは離れたリゾート地のホテルに招き入れられることが多い。したがって、ホテルにチェックインした後では、自力で市街地のレストランや夜の盛り場などに出かけることがほぼ不可能であることが多くなるのだ。
これでは、世界各地からのツアー客に比べて、日本人ツアー客の旅行先での行動範囲が狭まり、地元の人たちに日本人の顔が見えないという原因になっているのではないかと危惧されるのだ。
たとえば、マレーシアへの観光で、ペナン島のリゾート地、バトゥ・フェリンギなどのホテルに投宿した場合には、バトゥ・フェリンギの夜の屋台街くらいは、自力で散策できるかもしれないが、中心都市のジョージタウンに出かけることは、ほぼ困難になるであろう。
ところが、世界各地からペナン島に旅行に来ている人たちは、夕方から夜遅くまで、ジョージタウンの都市部に繰り出し、中心部のホテルのロビーやレストランは、外国人旅行者で溢れているのだ。ところが、その中には、日本人の姿はほとんど見られない。
ある旅行会社の現地ガイドにこのことを尋ねてみた。ガイドは、華人系の聡明な女性であった。なぜ、日本の旅行会社は、日本人ツアー客を、街内を避けて、辺鄙(へんぴ)なホテルに泊めるのか、をである。これではまるで、観光地の地元の文化から日本人をアイソレート(隔離)しているように思えるのだが、どうかと。
するとその現地ガイドは、日本人には言葉が通じない人が多く、何かの事件や事故に巻き込まれた場合に困るので、街に自由に出歩くことを、旅行会社としてはあまり歓迎していないのだ、と言うのである。それで、日本人ツアー客が勝手にはホテルを出にくい、リゾート地に泊めることが多くなるのだろう、ということであった。
これには、旅行会社を通してならば、有料でいろいろな所に案内できる、という含みがあった。ビジネスライクな話ではある。
しかし、ペナン島のジョージタウンには、たくさんの有名なホテルもあり、日本食レストランも多く、日本語が通じる店もある。また、簡単なコミュニケーションなら、身振り手振りでもできるのである。
せっかくの観光に異国を訪ねているのである。旅行先の人々の生の文化と、人々の実生活がかい間見えるチャンスがあったほうが、旅行としては楽しく、充実したものになるのではないかと思うのだが・・・。
このことには、何か日本の旅行会社の了見の狭い、利益第一主義の姿勢が透けて見えるような気がするのだが・・・。