July 02, 2005

流れゆく川・・・








この下に続く四篇は、このところ心にあった、感性についての考えを、充分には纏められないままに殴り書きしたものです。
直接には写真に関係しませんが、「表現者」その感性と言う視点で連関を試みています。
整理された内容ではありません。




俳句と日本人に関する一考察・小論・・・の序説の前書きの下書き その一

『行く川の流れは絶えずして しかももとの水にあらず』 (鴨長明)
名文の代表例の一つでしょうか。

鴨長明のことはほとんど知らないのですが、このあまりに有名な一行に関しては、さすがに耳に心に残り続けています。

名文の名文たる由縁は、人の心を、人生を、悠久の時の流れから、宇宙の真理に至るまでを、一行一文で現わしてしまう凄さだと思います。

キラキラとした青春の中での、エネルギーと情熱に満ちた言葉にも魅力はあります。
しかし、暮らした歳月の中で「自然」と一体化した枯れた筆の境地には、やわらかい手触りで人の心を打つものがあります。
そうしてわずかな言葉にも、時に千年を超えた命が宿るようです。

文章というものに、なぜこのような力が備わるのか、いまだにはなはだ不可解です。
なぜなんでしょう・・・

透明で美しく、それでいて何ものをも持ってしても犯すことのできない、強靭な膜に覆われた一行の文字の連なり。
それを前にする時、ひたすら無為に馬齢を重ねてきたわが身を、ふと振り返ってしまいます。

そこでこの際、名文をものにできない恨みに、老いの中でギラギラとした仮想青春をおくるのもまた一興かな・・なんて、異次元世界へ自己逃避しながらの日々を暮らしています。



この項は、ペンギンさんの「南極読書大陸」文章に思ったことですが、コメントの文字数制限にかかってしまったので、TBといたしました。
 

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