2011年03月18日

<追悼> ハーブ・カネ氏 安らかに

未曾有の大震災となってしまいました、3/11の東北地方太平洋沖地震。
いまでも、世界中の人たちが、心から胸を痛め祈り続けている毎日です。

その数日前、突然の訃報がありました。

ホクレアは、1975年3月8日に誕生しました。その誕生に精根をつぎ込まれた、
まさに、「ホクレアの父」ともいえる、ハーブ・カワイヌイ・カネ氏が、
その、35年後の同じ日、2011年3月8日に、天国へ召されました。82歳でした。



kane 1



ハーブ・カネ氏の有名な絵のひとつです。





ハーブ・カネ氏については、こちら過去の日記もご参考ください。

☆ホクレアの名前の由来
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/8500130.html
☆ホクレア建造計画は3人、プラス1人から始まる
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/8885650.html
☆ナイノア・トンプソンの運命の瞬間
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/8946939.html




計り知れない素晴らしいご功績に敬意を表し、心からご冥福をお祈りいたします。

ホクレアは、現在、世界平和を願う目的を込めた"世界航海"に向けた準備中で、
その公式サイトには、ホクレアのブログがあります。
そこに書かれていました、ハーブ・カネ氏についてのご報告記事を、
恐縮ながら和訳させていただきましたので、ご紹介させてくださいね。



私たちは、私たちの尊敬するもうひとりの親であり、私たちの貴重な年長者が、
天に召された事を大きな悲しみとともに、ここでご報告いたします。
ハーブ・カワイヌイ・カネ氏は、ハワイアン・ルネッサンスを推し進める先導者として
活躍されました。
私たちの未来を築く、私たちの古くからの遺産(ハワイアン文化)を
復興させてこられました。

彼のビジョンは、ポリネシアン航海協会の創立だけでなく、
何千ものハワイアンたちの誇りを再発見させました。
古代ホクレア号の復活・古代ハワイアン文化や芸術などの教授を含め、
私達が現在、自分たちの宝として大切に思っているものの多くは、
彼の先見の明による指導から引き継がれてきたものなのです。
ホクレアの最初の船長としての彼が、
ホクレアの誕生日を次の世界への旅立ちの日として選んだのは、
全くもって彼にふさわしいと言えるでしょう。

私たちの祈り 感謝とアロハは、いつも
ハーブとディオン・カネと、彼らのオハナとともにあります。

本当にありがとうございます、アナカラ・ハーブへ。 愛をこめて。



ホクレア・ブログ(原文です)のサイトはこちら
http://www.hokuleawwv.org/voyagers/blog/2011/03/herb-k%C4%81ne-he-hulu-makua




harb kane









ハーブ・カワイヌイ・カネ氏の素晴らしい絵画がこちらでご覧になれます。
http://www.herbkanestudio.com/gallery/



この訃報に、愕然とし、ショックと悲しみに沈んでおりましたが、その直後に、この大震災がありました。
信じられない巨大地震に大津波と、その爪痕の多大な被害、さらには原発の危険という、非常事態の日本となっています。

被害に遭われた方々のご冥福を心からお祈りいたします。
そして、現在避難中の方々、ご自宅でもライフラインがまだ不完全で日々の生活を苦悩させている方々、そして、現地で復旧にむけて命がけで働いているすべての方々に、一刻も早い平穏な日々が戻ることを、毎日心からお祈りし、できることから、私も函館より頑張ります。

この大きな危機を、みんなで助け合って、乗り切らなければちっ(怒った顔)
頑張りましょう手(グー) 日本人手(チョキ)



Posted by kagari(プリン) at 22:26  |Comments(0) | ホクレア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月12日

《おしらせ》 世界に一冊だけの本・展 エピローグ

生まれて初めてつくった自分の手作り本、
今日、会社の帰りに、出展していた"まちセン"から持ち帰りました。


honten1







「第五回世界に一冊だけの本・展」は1000名もの来場者だったそうグッド(上向き矢印)


このような機会をくださった"手作り絵本工房ののか"さんはじめ
スタッフの方々に、本当に感謝です黒ハート

その今回、出展した『ホクレアのはじまり』ですが、
なんと、4枚も、感想メッセージをいただくことができましたわーい(嬉しい顔)exclamation×2


honten2








そのうちの1枚は、わたしの親友で、本製作の際にいろんな相談をしていた
親友のYちゃんでしたが、
あとの3枚は、お名前がないため、どなたかわからず、、、

でも、余計、こんなつたないわたしの本を、あの沢山の素敵な本の中で
時間を費やして17ページも読んでくださったんだなーと思い
無茶苦茶、うれしくて、、、、泣いてしまいましたもうやだ〜(悲しい顔)ぴかぴか(新しい)

ここで書いても伝わらないかもですが、、、

ありがとう==================================キスマークキスマークキスマーク黒ハート黒ハート黒ハート黒ハート黒ハート



自分の納得できる速さでしか進めませんが、、、、、
しっかり思いを持って、頑張って続けて行こう♪

 って 思いました手(チョキ)わーい(嬉しい顔)

Posted by kagari(プリン) at 20:42  |Comments(2) | ホクレア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月16日

《おしらせ》ホクレアの本を作りました

できたぁ〜♪ はあ〜〜〜

という、湯気がほやほやと立っているようなくらい
できたばかりですが・・・・・

ずっと取り組んでいた本が、やっと完成しました。
念願の本本、、、


「ホクレアのはじまり」 というタイトルです。



BOOK1










わたしの生き方の真髄である、ハワイの実在するひとつのカヌーのお話。
古代の海洋民族は、風だけで動く小さい船(カヌー)で自由に大海原を航海していました。
それを現在になり、ハワイで復元されたのが「ホクレア」というカヌー。


たたの船の話ではなく、日本を、世界を平和にするため、地球を守るため。
差別もない、本当に調和のとれた人格を持たなくては。
本当の人の価値とはなにか、過去があって今があり、未来がある。


これからの未来を担う、すべて子どもたちに、知ってほしいお話です。
そんな願いをこめましたぴかぴか(新しい)

こちらのブログで、日々つぶやいてた内容を
子どもたちにもわかりやすく、簡単な文にして
もっと大まかなお話に、まとめたものです。
そして、、、なんと、、"絵"も描いてしまったわーい(嬉しい顔)あせあせ(飛び散る汗)


BOOK2











全くへたくそな絵ですが、思いはズッシリ込めました手(チョキ)
"絵本"というよりも、"語り本"みたいです。

綴じ紐を外すと、紙芝居のようにもなる工夫しました。
紙は、「象さんのうんこ」で作った100%手作りのスリランカの古紙です。
すべて"鉛筆ペン"で手書きすることにこだわってもみました。



10/29から11/7まで開催する
"第5回 世界に一冊だけの本・展
"に出品しますので、
ぜひ、見に来てください
場所は、函館のまちづくりセンターでっす

全17ページの本なので、できたらじっくり読んでほしいと
切望しておりますっ

ずっとわたしの貧困な能力にすばらしいアドバイスをしてくれた
お友達みんなに、心から感謝感謝ですハートたち(複数ハート)



はぁ、、、、、今は、頭が真っ白状態の、達成感を感じてまっす


龍馬伝をずっと観ているので、、、
高杉晋作の思い、、日本を平和に。。。の志も、
ラストスパートで、びっしり入ったかもでするんるん
Posted by kagari(プリン) at 21:49  |Comments(10) | ホクレア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月14日

<追悼> マウ氏 安らかに

突然の訃報がありました。

こちらで、お話させていただいていた、偉大なる伝統航海術師マウ・ピアイルグ氏が、
ご自宅のあるサタワル島で、現地時間の7月12日、天に召されたそうです。
享年78歳とされています。

病をお持ちということを以前ちらりとは耳にしたことがありました。
でも、本当に本当に悲しすぎる出来事です。

ホクレアの公式ブログに、そのマウ氏に対しての報告が書かれてありました。

このブログは英語(一部はハワイ語)のみですが、一人でも多くの日本の方々にも読んでいただきたいと思い、誠に勝手ながら和訳させていただき、こちらに記載させていただきたいと思い立ちました。
しかし、わたしは英語が堪能ではないので、通訳の友達に添削していただきました。(お忙しいところ早速していただき本当にありがとうございました。)

かけがえのないマウ氏の偉大な叡智とともに、その精神的で温かい生き方の教えをも、
しっかりと次の世代に残してずっと繋げていかなくてはと、心に深く感じました。

本当にマウ氏に、心から心から感謝申し上げます。



下記がその和訳です。お読みいただけたらとてもうれしいです。


**************************************************

非常に大きな悲しみとともに、本日偉大なマスター航海術師であられたマウ・ピアイルグ氏がお亡くなりになったと言うニュースをここで皆様にお伝えしなくてはなりません。

皆から愛情をこめて、パパ・マウと呼ばれていた彼が偉大な人物だったと言われる所以は、彼が類いまれな航海技術、もちろんその技術が素晴らしいものだったのは言うまでもありませんが、その技術を持っていたと言うだけではありません。

パパ・マウの偉大さは、彼の深いマナ(ハワイ語。「超自然的で神のような力」のような意味)を伴った、精神と神秘性の豊かさから認められていたのです。

彼が持っていた広大な知識というのは、今後も次世代へと永遠に受け継がれていく大切な知識でしたが、それを彼は惜しげもなく、大きな優しさを持って世界中の人々に分け与えてきました。

古代ポリネシアの人々がその誕生からずっと彼ら独自の文化・技術として受け継いで来た大切な古代航海術を知る、長い長い歴史の最後の一人として、パパ・マウは、次世代を担う若者たちを自身の翼の中に招き入れ、古代ポリネシアの世界を彼らが理解出来る様に教え始めたのです。

その愛情こもった教えを通して、この新しい世代の航海術師達は、新しい目線で世界を見始める様になりました。

たとえ、あまりにも巨大なパパ・マウの知識なために、その全部は次世代に渡りきることができなかったとしても、わたしたちは彼と過ごした時間に対して、永遠に多大な感謝を持ち続けるでしょう。

そして今、この先はわたしたちが責任を持って、わたしたちの住む環境に対する真実を見直し、若者達に教え続けて、もう二度とこれらの伝統が失われてしまうという危険にさらされないように、パパ・マウの教えを構築し、受け継いでいかなくてはなりません。


<パパ・マウへ>
   どうもありがとうございます 
   穏やかに安らかにマナをお与えください
   あなたへ、わたしたちからのアロハを捧げます


**************************************************
《HOKULE'A WORLDWIDE VOYAGE》ホクレア公式ブログ
- Our Inspiration:Mau Piailug -
http://www.hokuleawwv.org/voyagers/blog/2010/07/our-inspiration-mau-piailug
 (原文があります)



そして、ホクレアクルーの内野加奈子さんのブログには、
ナイノア・トンプソン氏からのわたしたちへのメッセージが、UPされていました。
こちらもとても心に響きます。
ぜひ、こちらもお読みいただければと思います。


《ホクレア、日本へ》内野加奈子さんのブログ
- ナイノアからのメッセージ -
http://kanauchi.exblog.jp/10968031/




mau















*Honolulu Star-Advertiser誌webより写真をお借りしました




過去日記はこちらから↓

☆ホクレア 再出発への儀式
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/9555580.html

☆ホクレアの恩師 マウのお話<後編>
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/9411952.html

☆ホクレアの恩師 マウのお話<前編>
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/9262247.html

☆伝統航海術のお話
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/9227911.html

☆ホクレアと、エディ<後編>
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/9166379.html

☆ホクレアと、エディ<前編>
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/9153965.html

☆ホクレアの神聖な進水式のこと
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/9080896.html

☆ナイノア・トンプソンの運命の瞬間
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/8946939.html

☆ナイノア・トンプソンの生い立ち
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/8933794.html

☆ホクレア建造計画は3人、プラス1人から始まる
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/8885650.html

☆ホクレア・ハカ
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/8612748.html

☆ホクレアの心がわかる本
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/8537575.html

☆ホクレアの名前の由来
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/8500130.html

☆ホクレアが生まれた理由
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/8490762.html

☆ブログタイトル 改めました生活 〜Live Aloha〜」へ
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/8478576.html

Posted by kagari(プリン) at 22:57  |Comments(0) | ホクレア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月11日

ホクレア 再出発への儀式

いよいよ、ナイノアにとって、再出発の航海手(チョキ)

今日は、その際に執り行われた、とても神聖で伝統的な出航の儀式について、お話したいと思います。ちょっとだけ頭でイメージしながら読んでみてくださいねわーい(嬉しい顔)



1980年3月7日日曜日、ホクレアのタヒチに向けての出航の儀式が行われました。

前回の悲しい失敗を乗り越え、ホクレアは、今回の儀式で「聖別」をすることになりましたぴかぴか(新しい)

儀式では、木で出来た巨大なアヴァの器が用意されました。
まず、ほら貝が吹かれ、ハワイ語で祝福のチャント(祈り)が唱えられました。
そして、引き続き、アヴァの儀式へ。肩にティーの葉で作られた短い肩掛けをし、頭にはパラパライの葉でできたレイを身に付けたホクレアのクルーの一人サムが、用意されたアヴァの器から、ココ椰子の殻で中のアヴァをすくい、クルーの一人一人に飲ませていきました。このココ椰子の殻は、「イプ・オ・オハナ・オ・ワア(カヌーによって繋がれた家族が乗った船)」と言われ、団結を意味しているそう手(グー)
この儀式は、古代の方法を取り入れたもので、根底にあるのは「オハナ」、すなわち、古代のハワイ社会の基となる「家族」の考え方を示しているそうです家

ちなみに、アヴァ(awa)というのは木の名前で、カヴァ(kava)ともいい、この木の根っこから搾り取った液を飲むそうです。南太平洋地域で昔から儀式などで飲まれているものです。泥水みたいな感じだそう、、、ふらふら。味はやや苦くて舌がしびれるような感じがするそう。じゃあどうして飲むのかがく〜(落胆した顔)と思いますが、このアヴァは鎮静作用があり、お酒を飲んだような良い気持ちになりリラックスするそう。ハワイでもタトゥーをするときにも飲んだりして痛みを和らげるそうですよわーい(嬉しい顔) またトンガでは男性と既婚の女性しか飲めない神聖な飲み物だそうで、独身女性が円陣を組んで座っている中に入って一人一人に差し出すんですってexclamation(これは実際にトンガに住んでいた私の友達から聴いた話ですがあせあせ(飛び散る汗))


アヴァ(awa)

awa








それから、サムはナイノアたちに、2つのレイフルフル(鳥の羽で作ったレイ)を贈りました。これはホクレアの2本のマストに括り付けられるものです。風に吹かれて風向きがよくわかります台風


そして、ナイノアは立ちあがり、マウの元へ行き、語りかけました。

「あなたは私たちを鼓舞し、力を与えてくれました。あなたは海に生きましたが、我々は違いました。我々はあなたの子どもです。これから、私たちの学びが始まります。私たちは航海をしなければならない。さもなければ永遠に、私たちは言葉を奪われたままとなるでしょう。」


そして、サムは、ママネの木(ハワイ固有種)から彫られた2体の男女の像を浄めました。男性の像は「カネ・オ・ホクレア」と呼ばれ首長を象徴し、女性の像は「ワヒネ・オ・モオ・オ・マルウルオレレ」と呼ばれ目撃者を象徴するもの。この2体は、現在もホクレアの航海に欠かせないもので、常に航海を見つめ見守ってくれていますぴかぴか(新しい)
この2体がホクレアのマヌ、すなわち船体の左右後方のそそり立った部分に括りつけられ、2本のレイフルフルは、それぞれ2本のマストに括り付けられた後、ほら貝の音色で儀式が終わりました。

古代においては、このような出航の儀式によって霊的に陸地から切り離され海に結びつけられると、航海カヌーのクルーたちは陸地に残る人々と離れて過ごし、船出にふさわしい時を待つのだそうです手(パー)


いかがでしょう。イメージされましたかわーい(嬉しい顔)?
2体の男女の像については、その写真を載せますね。

こちらが男性「カネ・オ・ホクレア」

kane








こちらが女性「ワヒネ・オ・モオ・オ・マルウルオレレ」

wahine









どちらも、ホクレアの守護神といわれていますわーい(嬉しい顔)
どんな印象を抱かれましたでしょう。この像の持つ深い意味はまたいつかお話したいなと思いまするんるん



次回は、いよいよ、再出発の航海のお話をしたいと思います手(パー)



**参考書籍 = 青土社「星の航海術をもとめて-ホクレア号の33日-」
 著:ウィル・クセルク(訳:加藤晃生)


過去日記はこちらから↓ぜひ

☆ホクレアの恩師 マウのお話<後編>
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/9411952.html

☆ホクレアの恩師 マウのお話<前編>
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/9262247.html

☆伝統航海術のお話
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/9227911.html

☆ホクレアと、エディ<後編>
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/9166379.html

☆ホクレアと、エディ<前編>
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/9153965.html

☆ホクレアの神聖な進水式のこと
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/9080896.html

☆ナイノア・トンプソンの運命の瞬間
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/8946939.html

☆ナイノア・トンプソンの生い立ち
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/8933794.html

☆ホクレア建造計画は3人、プラス1人から始まる
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/8885650.html

☆ホクレア・ハカ
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/8612748.html

☆ホクレアの心がわかる本
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/8537575.html

☆ホクレアの名前の由来
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/8500130.html

☆ホクレアが生まれた理由
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/8490762.html

☆ブログタイトル 改めました生活 〜Live Aloha〜」へ
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/8478576.html

Posted by kagari(プリン) at 20:23  |Comments(0) | ホクレア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月11日

ホクレアの恩師 マウのお話<後編>

前回に続き、後編ですわーい(嬉しい顔)

マウがサタワル島へ去ってしまってから、その後の1978年3月に
ホクレアの2度目のタヒチ航海が計画されました。
その伝統航海師には、そう、ナイノア・トンプソンが選ばれましたぴかぴか(新しい)


nainoa



ナイノア・トンプソン

*ハワイ州観光局HPよりお借りしました。


最初のタヒチ航海の成功に感動したナイノアは、その後、本を読み、ハワイ大学で授業を受け、プラネタリウムなどに通い、ひたすら自身で伝統航海術を学んでいたのです。
そして、その2度目の航海で、以前お話した、エディを失うというホクレア最大の悲劇を生んでしまいますもうやだ〜(悲しい顔)

 ☆ご参考☆
 《ホクレアとエディ<前編>》 http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/9153965.html
 《ホクレアとエディ<後編>》
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/9166379.html

ナイノアの心の傷は大きく、もうホクレアの航海は辞めようと思うまで絶望し、引きこもってしまいますグッド(上向き矢印)

しかし、
ナイノアのお父さんの言葉に、目が覚め、元気と使命感が再び燃え始めるのでした右斜め上右斜め上

「ホクレアに乗り続けなさい。航海は誰のためにするのだ。自分のためではない。これから生まれてくる子ども達のためだ。私たちの成功が必要なのだ。それが強さの象徴となり、彼らの希望となるだろう。」 
*「祝星『ホクレア号』がやって来た」 著: 内田正洋 氏 より抜粋しました

ちなみに、、ナイノアのお父さんの叔父さんは、あの有名なサーファー、"デューク・カハナモク"氏です手(パー)

そして、ナイノアは、成功するためにはマウの力が必要と強く思い、マウを探しに行き、心から伝統航海術の伝承を懇願しました。

その数ヶ月後、心が通じ、マウはハワイに来てくれましたexclamation×2

そして、マウとナイノアの2人の訓練が2年ほど続きました手(グー)

後日、ナイノアのお母さんがマウに来てくれた理由を尋ねたら、マウはこう答えたそう。

「私のところへやってきたナイノアの眼を見た。その時思った。私が教えなくても彼は行くだろう。しかし、私が教えなかったら、彼は死んでしまうだろう。」

出直し2度目のタヒチ航海が1980年と決まったある日、いつもの訓練しているある海岸で、マウはナイノアに質問しました。

「島が見えるか。」

その島とは、もちろんタヒチ島のこと。
物理的には見える距離ではないですから、ナイノアはマウの質問の真意を察知し、

「心の中でなら見えます」  とナイノアは答えました。

「その島を絶対に見失ってはいけない。」

と、この言葉で、マウからの伝承は終了したそうですぴかぴか(新しい)


ナイノアは、知識も心も、大きく大きく成長したのですねわーい(嬉しい顔)

その後、その出直し2度目のタヒチ航海が出発となります。
ナイノアは、マウと果たしてどんな航海をするのでしょうかるんるん


そのお話はまた、次回にね手(チョキ)


揺れるハート揺れるハート揺れるハート揺れるハート揺れるハート

過去日記はこちらから↓ぜひ

☆ホクレアの恩師 マウのお話<前編>
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/9262247.html

☆伝統航海術のお話
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/9227911.html

☆ホクレアと、エディ<後編>
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/9166379.html

☆ホクレアと、エディ<前編>
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/9153965.html

☆ホクレアの神聖な進水式のこと
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/9080896.html

☆ナイノア・トンプソンの運命の瞬間
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/8946939.html

☆ナイノア・トンプソンの生い立ち
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/8933794.html

☆ホクレア建造計画は3人、プラス1人から始まる
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/8885650.html

☆ホクレア・ハカ
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/8612748.html

☆ホクレアの心がわかる本
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/8537575.html

☆ホクレアの名前の由来
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/8500130.html

☆ホクレアが生まれた理由
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/8490762.html

☆ブログタイトル 改めました生活 〜Live Aloha〜」へ
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/8478576.html

Posted by プリン at 22:00  |Comments(0) | ホクレア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月13日

ホクレアの恩師 マウのお話<前編>

前回お話した、伝統航海術のお話に続くのですが、
ホクレアの恩師である、伝統航海師マウ・ピアイルグについて、今日はお話したいと思います手(グー)


とうとうポリネシアには伝統航海師はいなくなってしまい、世界中を探すこととなりました。

ハーブ・カネたちは、たまたま出かけた知り合いの結婚パーティで、その新郎方に、伝統航海師を探していると、たまたま相談したら、
知ってるよわーい(嬉しい顔)」と、ちょうどそこへ、新婦の叔父であり、たまたまサタワル島からハワイへ来ていた、マウを、その場であっさりと紹介したんですってexclamationぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)(”たまたま”が3回も!)

そして、この古代からの航海術が、サタワル島があるミクロネシアでも消えてしまうのではという危機感をずっと抱いていたマウ。

運命の糸を感じるエピソードですよねぴかぴか(新しい)


ただ、問題は、ホクレアの航海は、ハワイからタヒチという、北半球から南半球への航海。
マウはベテランの航海師ですが、それは北半球のみで、南半球への航路ではいつも目印にしている北斗星がない。そして、タヒチまでは4000キロの航海で、いつもの5倍超の距離。それに鳥や風や潮の流れも全く違う未知の海

それをわかっているのに、引き受けたマウは、「とてつもない勇気」を持っていたことがわかりますねぴかぴか(新しい)

ちなみに、ハワイとタヒチ、そしてマウの住むサタワル島の位置は下記の地図でどうぞ。


map



(↑クリックで、大きい地図が開き見やすくなります)

このように、タヒチは赤道を超えたところにあります。

そこで、マウは、ハワイのオアフ島にあるビショップ博物館の中のプラネタリウムで勉強し始めます手(チョキ)
なんて近代的な勉強方法ふらふら

もともとは、その家だけの秘伝の術として、子どものころから毎日のようにカヌーで海へ行き、体感し、そして、親や祖父から「星の歌」をひとつずつ教えてもらい記憶していき習得するもの。しかし、マウは、このプラネタリウムの星で、ハワイからタヒチまでの星についてをしっかり習得してしまうのですexclamation×2 本当にすごい黒ハート


そして、ホクレアは、そのマウと共に、タヒチへの初航海へ出航となります。
1976年5月1日。「ハワイ・アロハ」の歌が歌われて、出航しましたダッシュ(走り出すさま)


「船長は、君らの父さんであり母さん。彼はいつ食べるか、いつ寝るか教える。彼の言うことを聞きなさい。そうすれば幸せになる。すると行くべき島が見え、そこに行ける。」(「ホクレア号について語ろう!」Tarzan特別編集 より転記しました)

これはマウがクルーに話した言葉です。


そして、ホクレアは初航海を見事成功し、無事予定どおり伝統航海術によりタヒチへ到着グッド(上向き矢印)

タヒチでは、民衆から熱烈な歓迎をうけますハートたち(複数ハート)

しかし、、マウは、帰路の航海を突然辞退し、「もう君らとは関わりたくない。二度とハワイには行かない。」と言い残し、サタワル島に帰ってしまいましたがく〜(落胆した顔)

いったい、なにがあったのでしょうあせあせ(飛び散る汗)あせあせ(飛び散る汗)あせあせ(飛び散る汗)

実は、ハワイからタヒチまでの航海の中で、船内では、白人のクルーたちとハワイアンのクルーたちとの間で、酷い確執ができてしまったのだそうふらふら

ホクレアの中は、親子の関係どころか、バラバラとなっていたようなんですねふらふら

マウのいないハワイまでの帰路は、しかたなく、通常の天文航海というやり方でハワイへ戻ったのだそうバッド(下向き矢印)
その時の帰路のクルーの一人だったのが、ナイノアでした。ナイノアは、往路の航海のクルーではなかったせいか、その事件よりも、どちらかというと、この伝統航海術というもののすごさに、とても大きな感動を感じていたそうですぴかぴか(新しい)


ホクレアは、せっかく出会えたマウが去ってしまい、クルーたちの気持ちもバラバラとなり、どうなってしまうのか、、、、、、exclamation&question ナイノアはexclamation&question


この結末は、また後日、後半でお話したいと思いまするんるん


過去日記はこちらから↓ぜひ


☆伝統航海術のお話
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/9227911.html

☆ホクレアと、エディ<後編>
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/9166379.html

☆ホクレアと、エディ<前編>
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/9153965.html

☆ホクレアの神聖な進水式のこと
http://blogs.dion.ne.jp/alohanui/archives/9080896.html

☆ナイノア・トンプソンの運命の瞬間
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☆ナイノア・トンプソンの生い立ち
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2010年02月28日

伝統航海術のお話

また今晩も、ちょっとだけホクレアのお話にお付き合いくださいねわーい(嬉しい顔)


ちょっと話がもどります。

そもそもホクレアが建造された大きな目的は、
古代の伝統航海術の素晴らしさを証明するため。
その叡智をホクレアに与えたとても大切なナイノアの恩師がいます。

まず、「伝統航海術」についてですが、大体こんな感じだというのがとてもわかりやすく説明されている本がありますよexclamation


tarzan1





「<ホクレア号>について語ろう」Tarzan特別編集
    (2004.5.30発行 ¥1300)


全編にわたり、沢山の貴重な写真とともに、とてもわかりやすく、ホクレアについて語っているんです手(パー)

その中に、この伝統航海術についても、イラスト入りで説明している数ページがあるんですよ。
こんな感じです↓


tarzan2






目に見える目標に向かって進んでいくことはできますが、全く見えない数百キロも先の遥か
遠くの島へ航海をするわけで、、、「いったいどうやって・・?」って思っちゃいますよねふらふら

数千年も前の昔の話だもの、、、海図や世界地図もないし、羅針盤もエンジンもないあせあせ(飛び散る汗)

でも、素晴らしい術がちゃんとあり、だからこそ、タヒチからハワイへと人類が移住していったのですねわーい(嬉しい顔)

では、その「伝統航海術」を少しお話してみますわーい(嬉しい顔)


まず、昼間は太陽、夜は月や星を頼りに、終日通して、波・風・雲・鳥・匂いなど、海上で見たり聴いたり感じたりできるほぼ全ての自然から、そのシグナルを受け止めるという方法
星を頼りにするというところから、「スター・ナビゲーション」とも言われ、進む道を探し出すので「ウェイ・ファインディング」とも言われます。

たとえば、太陽晴れ
春分の日と秋分の日は、太陽は真東から昇り、真西に沈みます。春分の日から夏至までは、日の出と日の入りの位置がだんだんと北寄りになり、夏至で最も北に寄ります。そして、その後は秋分の日を超して冬至まではどんどん南寄りとなります。冬至からまた夏至までは北へ。その際に東と西がわかります。そして毎日正午には、必ず南と北を結ぶ子牛線に届き、そこで北と南もわかるのです。

たとえば、星ぴかぴか(新しい)
北の空には北斗星があり、南の空にはます。そういう目印の星を覚えていきます。ハワイの真上にはアルクトゥールス(ホクレア)という星があり、タヒチの真上にはシリウス(アア)という星があります。そういう星に合わせて、主要な星をどんどん覚えていくのです。さらに、代々、「星の歌」という歌を習い、その歌詞で星を暗記していくというものなんだそうですよ。星の位置を覚えたら、今度は自分の身体を使って、緯度を測ります。手の指2本分が3度というような目安を自分の体型に合わせて経験から覚えていくそうです。そしてカヌーの尖った先端を進路の方角を定めるキーもするそう。カヌーの船体に傷をいくつかつけて、その方角に何か(月とか)をあわせて東西南北知ることもするそうです。さすがです黒ハート

たとえば、雲曇り
海上よりも陸上のほうが温度が高いため、上昇気流がおこり、島の上には雲ができる。その発想から、空にぽっこり雲が浮かんでいるということは、その下には島があるという目印になるのです。

たとえば、鳥ー(長音記号2)
鳥はその種類によって、40キロ、50キロ・100キロなど続けて飛んでいられる距離があり、それを知っていれば、鳥が飛んでいたらその何キロ圏内には必ず陸があるというわけですね。

たとえば、匂い犬
え・・? そう、臭覚。
自然のシグナルに神経を研ぎ澄ますことにより、五感もどんどん敏感になってきて、潮の香の中に微妙に混じってくる木の香や真水・草の香を感じ取れるようになり、そうなると陸地が近いという目安になります。


そして、伝統航海師はその全てを毎日すべて記憶していきます。それで、今日はどちらの方向にどのくらい進んだかという計算をして、それを毎日毎日、記憶を積んで積んで、その記憶により、今どこまで自分達が来たかという判断をして、これからどちらに進むのかをまた判断し指示するというわけです手(パー)
だから、伝統航海師は基本的に寝ないんですってがく〜(落胆した顔)
寝ると、どの方向にどれだけ進んだかわからなくなるから、、、
ものすごい集中力と記憶力ですねexclamation×2


そして、ホクレアが建造された1975年には、ハワイにはその術を持っている方はもういなかったそうです。
その後、とうとう、ハワイを含むポリネシアに一人もいなくなってしまいました。

しかし、ホクレアは、ミクロネシアのカロリン諸島にあるサタワル島に住む、マウ・ピアイルグという伝統航海師と運命的に出会うのです。当時世界中に現存する伝統航海師6人のうちの一人ひらめき


その運命的なマウとホクレアの出会いは、そののち、いろんな事件とともに、とても大切なものを次世代に残してくれ、そしてナイノアに繋がっていきますわーい(嬉しい顔)

「ハワイとか、タヒチとか、サタワルとか、、、、遠い遥か彼方の島のお話だなあっ」
と思いますが、日本も同じ太平洋に浮かぶ島なんですよねわーい(嬉しい顔)




恩師マウについての、いろんな事件のお話は、次回に!



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☆ホクレアと、エディ<後編>
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☆ホクレアと、エディ<前編>
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2010年02月04日

ホクレアと、エディ <後編>

前回の続きですわーい(嬉しい顔)

エディは、ホクレアに出会ってから、ますます、ハワイアンとしてのアイデンティティーを求めるようになり、音楽と海に夢中となっていきました右斜め上

音楽といえば、エディは、ハワイアンに受け継がれているハワイの伝統的な「スラックキーギター」を学び、いつも弾きながら歌っていたそうでするんるん

海といえば、エディは、サーフィン、そしてホクレアでした。失われつつある、ハワイアンの伝統航海術を勉強することに夢中でした。

エディはナイノアから伝統航海術を学び、ナイノアはエディからスラックキーギターを学んでいたそうです。とても二人は心がつながった仲だったそうですハートたち(複数ハート)

そして、ホクレアの二回目のタヒチ航海へのクルー募集が始まり、エディはすぐに応募しました。何百人もの応募者から12人が選ばれます。

「タヒチの島影が水平線に姿を現す瞬間が観たいんだ」

と、深く熱い想いをナイノアへ語るエディ。

そして、そのクルー選考の日、エディは、訓練生たちの前で、愛用のギターを弾きながら自作の歌を歌いました。


 "民族の誇りホクレア、 風をうけてカヌーは進む

 思いのままに海原を駆ける、 凛然たるその姿よ

 勇気と自信を与えてくれる、 希望の星、ホクレア
 
 大海原を乗り越えて、 輝く星に導かれ 民族の故郷タヒチへと

 そして再びハワイを目指し、 ホクレアは突き進む"



彼が歌い終わったとき、全員が涙を浮かべていました。

そして、エディは、ホクレアのクルーに選ばれます。

1978年3月16日、タヒチへの出航の日。とても時化状態の海であったのに、かなり前からすべての出航準備をこの日に合わせてきたため、どうしても出航をとりやめない運営側に、やむなく屈し、なんとかナイノアたちクルーは、ホクレアにてハワイを出航しました。

その数時間後、夜中近かった真っ暗に荒れ狂う海で、浸水し、降ろしきれていなかったセイルに強風が吹きつけて、一瞬で転覆してしまいましたがく〜(落胆した顔)

「救急隊を呼びに行かせてくれ」

すぐに、エディがそう申し出ました。しかしキャプテンは、危険すぎるため許しませんでした。

でも再びエディは、キャプテンに申し出ました。協議激論の末、「エディに行かせよう」と、皆は不本意ながら合意をするのでした。

1978年3月17日午前10時30分頃、エディとクルー全員が手をつなぎ合い、無事を祈りました。

「エディなら奇跡を起こすかもしれない。エディならできる。きっとラナイ島まで行くだろう」

「俺は大丈夫だ。すべてうまくいくよ」

そして、ロングボード乗り、エディは漕ぎ出しました。

そして、二度と、エディは戻ってきませんでした。


しかしその後、その日の最終と思われる定期便の飛行機が、ホクレアを発見しました。そして、その1時間もしないうちに、沿岸警備隊のヘリコプターが到着し、クルー全員が救助されたのです。まさに奇跡のようなことでしたぴかぴか(新しい)

救助されたばかりのヘリコプターの中で、真っ先にナイノアは、「エディが戻ってこない」と、そのままエディの捜索をただちに手配し、すぐに捜索が始まりました。ハワイ中の人たちが捜索を続けました。しかし、エディは二度と戻ってきませんでした。

エディは、ヒーローなんかになるために救助に出たのではありません。絶対に自分はなんとかできると確信し、仲間の命のために、自らを危険に投じたのです。

ホクレアが発見された奇跡は、エディの魂が救助を呼び寄せてくれたのでしょうぴかぴか(新しい)


1978年4月1日、ワイメア・ベイでエディの追悼式が行われ、その日は、"エディ・アイカウの日"と制定されました。いまでも、ワイメア・ビーチ・パークには、エディの碑があり、皆がレイや花を捧げ、皆に温かく大事にされています黒ハート


eddie5







そして、ホクレアを生み出したポリネシアン・ボヤージング・ソサエティーにより、ホクレアの左舷の操舵パドルが、エディに捧げられましたexclamation×2

ホクレアには、「エディ・アイカウ」の名前のプレートがその部分にしっかりと設置されています。

ホクレアの航海の時は、いつもエディがそばにいて見守ってくれているのです黒ハートぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)


eddie3










もっと知りたいと思った方は、ぜひこの本「エディ・ウッド・ゴー!!」を手にとってみてくださいねわーい(嬉しい顔)

書籍名:エディ・ウッド・ゴー!! ハワイの海に消えた永遠の英雄伝説「エディ・アイカウ物語」
著者:StuartHolmesColema著
GeorgeNawa訳






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2010年01月31日

ホクレアと、エディ <前編>

今日は、世界中の沢山の人に敬愛されている、伝説のサーファーであり、元ホクレアのクルーのエディについて、お話しまーすわーい(嬉しい顔)

ホクレアが誕生した進水式を、沢山の群衆の中で観ていて、そのホクレアに一瞬で夢中になった人がいました。
彼の名前は、エディ・ライアン・ハナイ・アイカウ。ハワイの伝説のサーファー、ウォーターマンとしても、サーフィン大会「エディ」などで、名前を耳にしたことがあるかもしれませんね。
「EDDIE WOULD GO!!」というステッカーが貼っている車をハワイで見かけたことはありますか? 「エディなら行くぜ!!」という意味ですが、この言葉は彼の生き様をとてもよく表し、いまでも彼はハワイの人たちに敬愛されているんだなぁって感じます揺れるハート

エディのことをよく知るには、素晴らしいこの書籍を読んで戴くことを強くオススメします。


「エディ・ウッド・ゴー!!」 スチュアート・ホルムス・コールマン著

eddie






今日は、こちらの本を参考にさせていただき、お話したいなと思いますひらめき




彼のお父さんは純粋なハワイアン、お母さんはハーフのハワイアンだそうです。6人兄妹の次男としてマウイ島のカフルイで生まれました。その後、家族でオアフ島へ移住し、愛に満ちた家族の中で育ち、エディもとても家族を大切に思う生き方をしていたそうですハートたち(複数ハート)

エディは、歩けるようになると同時に泳ぎも覚え、次第にサーフィンの世界へのめりこみ、その後、誰一人恐怖で乗れないようなノースショアの巨大な高波を悠々とロングボードで乗りこなし、伝説を作りあげるほどの名手となりますが、性格はとても謙虚で大人しく、頼もしいリーダー精神を持ち、そして愛にあふれた人だったそう黒ハート

エディは、高波で危険なワイメア・ビーチの初代ライフガードに抜擢されます。その任期した3年間は溺死者はゼロだったそうですよ右斜め上。しかし、エディは報告書を出しませんでした。

エディは、ハワイ民族の常として「Ha’a ha’a」という慣習に従って生きていたのです。それは、「謙虚を旨とし、功績を誇らず」というハワイアンの古い教えの一つなのでした。
「人を助けて荒海から救い出す。そして無事に帰ってもらえればそれでいい。」

人一倍海の恐怖を知り、海を心から敬愛している、真のウォーターマンなのでした。地元の人の間で、エディは、「キング・オブ・ワイメア・ベイ」とまで呼ばれ愛されていたそうですぴかぴか(新しい)

しかし、時にはハワイアンということで、有色人種として人種差別を受け、深く心を傷つけていたそうです。

だからこそ、ホクレアに、「光」を見たのでしょうか雷


エディは、早速ホクレアのタヒチへの初航海というプロジェクトにボランティア志願し、一生懸命働き始めました。

「よう、俺は家族のためにタヒチに行くんだ。絶対に行くんだ。」と強く強く心に誓うエディ。ここで、ナイノアと出会い、お互い引き寄せあっていくのでした。

しかし、エディは、初航海のクルーには参加しませんでした。エディは何か納得がいかなかったそう。

そしてホクレアは、とうとう1976年5月1日、タヒチへ初出航します。サタワル島のマウ・ピアイングによる、地図もなくエンジンもなしで自然の力だけで航海をする伝統航海術で、無事6月4日、タヒチへ到着しますが、船内では、エディの予想通り、白人のクルーとハワイアンのクルーとの対立が勃発してしまいますふらふら。その復路は、マウが心傷つき出航の前にサタワルへ飛行機で帰ってしまいがく〜(落胆した顔)、西洋式航海術に頼らざるをえませんでした。
復路のクルーとして参加したナイノアは、その事実に傷つくちっ(怒った顔)も、その間、星を見続けて、その様子を頭に刻んでいくのでした。


次回は、そんなエディの後編を、またお話したいと思いますわーい(嬉しい顔)



eddie2










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2010年01月03日

ホクレアの神聖な進水式のこと

あけまして おめでとう ございます!
すっかり年が2010年になってしまいましたが、
前回の続きを、お話したいなと思います。

そしてホクレアは、
数年間の設計期間のあと、約9ヶ月をかけて、とうとう完成します手(チョキ)
ポリネシアン航海協会を立ち上げた、以前ご紹介した3名の夢とともにわーい(嬉しい顔)

「計画的な伝統航海術という科学的な問題を証明したい」というベン・フィニー。
「冒険的な航海そのものに期待胸に抱く」トミー・ホームズ。
「失われつつあるポリネシアン文化の復興」をめざすハーブ・カネ。

そして、完成したホクレアは、1975年3月8日に、進水式をされました。

場所は、オアフ島の東部にある"クアロアビーチ"。
ここは、古くからハワイアンの聖地とされているところでした。たとえば、古代の船乗りたちが、マナ(ハワイ語で特別な力みたいな意味)を頂くためにここを通過し、通る際、セイルを低く降ろしてその土地に敬意を表していたということだそうぴかぴか(新しい)

ハーブ・カネの提案で、この進水式を、ハワイアンの伝統的しきたりにそって行われましたハートたち(複数ハート)

ほら貝が吹き鳴らされ、祝福のチャント(祈りの言葉)を行い、そして、
「エ ホウ マカウカウ!」(準備はいいか?)
「エ アル イケ」(一緒にやろう!)
と掛け声がかけられたあと、10トンはあるホクレアは、クルーたちに押されると、丸太の上を通り、スーーーっとブルーグリーンの海面へ突き進みました。
全長約19メートルのホクレアは、遠い先祖の世界から未来に旅立つタイムマシーンのように。
(「星の航海術をもとめて」著:ウィル・クセルク より要約しました。)




hoku





(写真は、ポリネシアン航海協会HPより転載させていただきました)



そして、その儀式の一部始終を、沢山の群衆の中でじっと見つめていた、一人の男性がいました。

「美しいぴかぴか(新しい) まるで、生きた工芸品のようだ」

数世紀もの眠りから突然覚めた民族の誇り、そのハワイアン・ルネッサンスを象徴する美しい女性のようなホクレアに魅せられてしまいます。

その男性の名は、エディ・アイカウ。彼については次回詳しくお話したいと思いますわーい(嬉しい顔)



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2009年11月16日

ナイノア・トンプソンの運命の瞬間

前回のお話の続きですわーい(嬉しい顔)


ナイノア氏は、先住ハワイ人のおばあさんと、ヨシさんという日系二世の漁師さんと、ほとんどの幼少時代の時間を過ごしたようです。

おばあさんが、先住ハワイ人として生まれ育ち、自慢のカヌー乗りのハワイ人の祖父の話をするときと対照的に、大好きなフラを禁じられてハワイ語を話すことも禁止され罰せられ差別をずっと受け続けてきたという話をするのを聴き、その話をするときの、おばあさんのとても辛そうな顔を見続けて。子どものナイノアはやるせない気持ちが募り、やがて大人になるにつれ、静かな怒りとなっていったそうですちっ(怒った顔)

そして、ヨシさんから教えてもらった、海の楽しさ。カヌーの楽しさるんるんるんるん


それから、学生になったナイノア氏は、近所のカヌークラブへ通いだしました。そして、そこへ、そのクラブの近くの川の向こうに ホクレア建造の中心人物のひとり、ハーブ・カネがたまたま住んでいました。それも、すごい運命ですよね!

カネは、その時は小さな二艘を繋いだ双胴型のカヌーを持っていて、それらをひとつに繋ぎ、それで航海をしてもらう漕ぎ手を捜しに、ある日そのクラブに訪れました。

ナイノア氏は、ただ単にカヌーのことをもっと知りたくて、立候補したそう。


そして、ある晩、カネは学生のナイノア氏と、クラブのコーチをお家の夕食に招きました。

「ハワイ人の祖先は、どこから来たと思う?」

カネは、東南アジアから、木と植物の繊維だけで作られた双胴型のカヌーで、風の向きに逆らって、逆にその風の力を利用し、東のタヒチへ、さらに北のハワイまでやってきた自分達の祖先のお話しました。
偶然ではなく、すでに、持っていた素晴らしい技術と、伝統的な航海術があり、それを自分達は証明するんだと。

そして、カネは夜空に向かって語ります。

「さあ、みんな、星を頼りに航海していると、イメージしてごらん」

伝統航海師たちは、星を知り尽くしていたんだよと、カネは教えてくれます。そして、ある「星の航路」を案内しました。それは、まさに、ハワイ人がタヒチからやって来た道だったのです。


その時、、、ナイノア氏に、人生を大きく変える出来事が起きました雷ひらめきぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)

彼の自身の言葉です。

「私たちが誇りをもって、祖先が成し得たことを、いま再び成し遂げたら、祖先の威厳の誇りと、そしていま私たちの威厳と誇りを取り戻せるのではないだろうか。この航海が私の人生を変えることになると、私は本能的感じました。ほんの一瞬のひらめきが、私の血の中で眠っていたものを揺さぶり、呼び覚ましたのです。
 人が人である証。私が私である証。それをつかむための航海。」


そして、その翌年、ナイノア氏は、ホクレアが完成したとき、タヒチ航海のクルーの一人に選ばれたのでした。



そして、実はこんな私にも、このナイノア氏の言葉一つ一つが、まさに自分にとっても「気付き」を生みました。
自分とはなにか、、、パアっと炎が灯ったように、なにか、心が居場所を見つけたような気持ちがしました。


いよいよ、ホクレアが完成するお話を、次回は語りたいなあと思いまするんるん





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2009年11月11日

ナイノア・トンプソンの生い立ち

ホクレアの建造に特に深く関わっていた3名の方々をお話してきましたが、

カヌーや船には全くのシロウトな私が、なぜに、
どんどんとホクレアに魅かれてしまったといいますと手(パー)

それは、この方の本物のアロハ・スピリットが大きな要因のひとつとなっていると断言できるほど。

それは、ナイノア・トンプソン という一人の男性。

ナイノアを理解するのにピッタリの、ぜひご紹介したい書籍があります。
『ホクレア号が行く-地球の希望のメッセージ‐』
著者:ナイノア・トンプソン/山内美郷 写真:モンティ・コスタ 出版社:ブロンズ新社 


nainoa








写真も美しいこの本の"まえがき"に、こんな記載があります。

それは、すばらしいナイノアの言葉をぜひ多くの日本人に、そして世界の人たちにも読んでもらいたいと思いがやっと伝わり、ついに彼の自宅で取材をしている山内さんに対しての返答でした。

「この本は、私の本ではありません。いま私がこうしてあるのは、私を育ててくれた『師』と呼ぶべき多くの人たちのおかげです。この本は、その人たちの本でもある。だからその人たちに失礼のないように、つくりたいのです。」

そんな自分の生きる定規をしっかりと持つナイノアは、これまでのホクレアの航海の数々をさせ、真のクルーを育てて、次世代に航海術を繋げていく活動をし続けている、ホクレアの活動の中心人物です手(チョキ)

是非、多くの方に本当に読んでいただきたいハートたち(複数ハート)。。
読んだあとは、ナイノアの強い温かい魂に触れ合う感動を覚えると思いますぴかぴか(新しい)

そんなナイノアについて、この本より抜粋してみますね。



本を読むと、彼は、ホクレアの航海を成し遂げ、次世代に伝えつなげるためにこの世に生まれたのではないかという必然的な縁を<私はとても感じるんです右斜め上

彼は、ハワイの酪農家のお家で生まれ、先住ハワイ人と欧米人・中国人の血を持ち、ご両親はとても忙しい方々で、ほとんど純粋な先住ハワイ人だった祖母と過ごしていたそうです。と、同時に、自宅の近所に住んでいた、日系二世のヨシさんというおじさまとともに、多感な幼少期を過ごします。


そして、ヨシさんは、仕事は牛乳配達だったのですが、実は海にもとても通じている漁師のおじさんだったそうで、ナイノアは、一緒に釣りをしたり、6歳になると、ヨシさんにカヌーに乗せてもらい始めたようです。そして、沢山の海のことを体感とともに毎日教えてもらったのだそう。
ある日、ヨシさんは、ナイノアに、こう言われたそうです。
「大人になったら、ナイノアも子ども達に海のことを教えてあげるんだよ」


そんな中で育ってきたナイノア・トンプソン。

そんなある日、少年になったナイノアに、本能的ひらめきが、起こることとなりますひらめきひらめき



このお話のドラマチックな続きは、次回にかわいい



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☆ホクレアの心がわかる本
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☆ホクレアが生まれた理由
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2009年10月26日

ホクレア建造計画は3人、プラス1人から始まる

わたしは、泳ぎも苦手で、カヌーの専門家でもないのに、ホクレアと出会い、本当に、洗礼を受けたようなフラッシュを浴びてから、いろいろなホクレアについての書物を読み続けています。
専門家でもないわたしですが、そんなわたしに、なぜかとても心の深いところに響いたホクレアのこと、わたしの視点で、またひとつずつお話を聴いていただけたらと思います。

またまた続く、ホクレアのお話。
夜更けに、眠れないとき、なにげなくお話をし始めたのに耳をかたむける、そんな気軽な気持ちで、またお付き合いを夜



この、世界へ向けたメッセージを持てるほどの
「ホクレア」は、もともとは、3人のメンバーから始まったそうです。

"ベン・フィニー"
彼は、カリフォルニア出身で、サーファー・セイラーで小さい頃から海でずっと遊んでいた子どもだったそう。
その当時は、古代のポリネシア人は、南米のほうから、
たまたま漂流したどり着いた人たちだという説が定説で、それに疑問を持ったようです。海をずっと慣れ親しんで育ったベンには、漂流でこんな沢山の人たちが太平洋の島々に拡散するだろうかと。とても素晴らしい航海術を持っていた海洋民族たちだったはずと。
そして、ベンは、カリフォルニア大学の人類学者からハーバード大学で考古学者へとなり、自説についての研究が始まったそうです。

"ハーブ・カワイヌイ・カネ"
彼は、歴史家で、画家であり、ハワイの伝統文化や、古い歴史上の事物を題材としたアート作品でいまでも広く知られています。キラウエア国立公園の中のジャガーミュージアムにある、ハワイ島に住む女神のペレを美しく力強く描いている絵を書かれた方。女神ペレの美しい黒髪が溶岩にも見えるような情景。ご存知の方も多いと思います。ハーブもまた、さまざまな古い書籍や絵に深い興味を持ち、古代ポリネシアン人の拡散は、素晴らしい叡智があったからと確信し、それを証明する夢を抱き持っていました。星の道があると信じていました。

”トミー・ホームズ”
白人ながらハワイで生まれた、アウトリガーカヌーの第一人者でした。彼は、後ほどホクレアの永遠のクルーとなるエディ・アイカウに、サーフィン中の事故の際に救助してもらい、一命を取り留めるという運命的な出来事を体験している方です。

この3人が、古代ポリネシア人は、南米からの漂流ではなく、偉大な航海術を持ってアジアのほうから新しい島をしっかり目指して拡散してきた素晴らしい海洋民族だったという、当時は反逆的ともいえる自説を証明すべく、ホクレア建造にむけて、立ち上がったそうです手(チョキ)

そして、その後のホクレアの航海のためのすべての管理を続けてきた「ポリネシア航海協会(PVS)」を創立されたのですぴかぴか(新しい)1973年のことです。

と、、、ここで、決して忘れてはならない方がおられます。
なんと、日本人ひらめき
”篠遠 喜彦 教授”
彼は、ハワイにあるビショップ博物館で、ポリネシア考古学をずっと研究し続けている日本人です。
とくに、ポリネシアの人類の拡散については、考古学の研究によって現在いろいろなことがわかってきていますが、そのための多大な功績をもたらした教授です。
この篠遠教授が、顧問となりました。



このように、発足時は、3人いや4人の方々の強い信念で、始まったのですね。

いろいろホクレアについて本を読んでいくと、本当に、なにかすごい力がここまでひっぱって行っているように思います。そうなるために、こうなったという。

やはり、「ホクレア」は本当にマナのあふれたカヌーなのだと、また、わたしは思ってしまうのでしたわーい(嬉しい顔)


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2009年07月28日

ホクレア・ハカ

さて、これまでホクレアの誕生のお話を、すこしずつさせていただいてきました。


そして、今日は、、、
「ホクレア・ハカ」について、お話したいなと思いますひらめき


古代ポリネシアンカヌーには、必ず、「そのカヌーの名前」の他に、「カヌーのための木を採取する時の儀式」、「チャント」、「ハカ」が必要といわれています。


「カヌーのための木を採取する時の儀式」というのは、
木が育つその大地と、その木へ、感謝とともに、カヌーを作られていただくことを許可していただくという意味の神聖な儀式だそう。むやみに木を切ることは言語道断なこと。木にも森にも尊い命があるからという考えなのですね。

「チャント」というのは「祈り」という意味で、それぞれのカヌーへの想いこめた祈りの言葉だそうです。

そして「ハカ」とは、ニュージーランドの先週民族であるマオリ族が威嚇として踊る迫力のある踊りでもあります。
ニュージーランドのラグビーチームが試合前に行う踊りは一度は見たことがあるかもるんるん
「カ マッテー カ マッテー カ オラ!」って膝をたたきながら叫び踊るやつです手(グー) 
それが「ハカ」です手(グー)


そのカヌーごとに、固有の「ハカ」が作られるそうです。
そして、全て、カヌーが建造される前に、無くてはならないものとも。

なぜなら、儀式を行い、名前を決めて、カヌーの為にチャントとハカを何度もすることによって、そのカヌーに少しずつ命が強く宿っていくからなのだそうですぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)

ハワイでカヌーのために作られるハカは、メラネシアの文化が、古代の人々がしだいにカヌーによって、ポリネシアへ伝えてきたものではないかと思われます。

「ハカ」は"自分達が何者なのか、どんなカヌーなのか、どれだけ強い力を持つか"という主張や思いを威嚇しながらも相手に伝えるという意味もあるそうです。

カヌーが完成し、航海に出てから、目的地の島に到着した際に、上陸する前に、必ずその島の人たち対して、カヌーの上でクルー全員で「ハカ」が行なわれます。そして、島側でも、同様に島のハカをして、お互い確認しあうのが正しい儀式のようです。


ハカは、カヌーにとっては、ずーっと欠かせないもので、クルーが必ず代々受け継いでいくものとされています。


では、ホクレアのために作られた「ホクレア・ハカ」をご紹介しましょうるんるん


「Hokule'a Haka(ホクレア・ハカ)」

written by ケリィ・タウア

Holo i ke kai (hoe hoe, hoe hoe)
Holo o ka i'a (hoe hoe, hoe hoe)
Ho'i ike kai (ku'e ku'e, ku'e ku'e)
Wa'a Hokule'a
E o e ka wa'a
E o Hokule'a
Ku


〇海ら木を運びおろしカヌーを建造する
△修靴謄ヌーができたら漕いで沖まで行く
5たちのすむ外洋にでたらセイルを張る
で箸僕匹蕕譟波長を合わせ生活する



実際にホクレア・ハカを見ると、その「漕ぐ」というのが、よくわかりますよ。
そこには、「全ては自らの力で前に進むことから始まる。海に向かって漕ぎ出すときこそが、人間の本当の強さ、勇気だ」という、古代ハワイアンの持つ強さを伝えているのも、またよくわかります。

そしてホクレア・ハカは、他のハワイアン・カヌーに作られたハカの中でも、”優美”なものだともいわれています。それがまたホクレアをよく表現しているなあと、わたしは思いました。


カヌーを造ること自体はそれほど難しいことではない。
むしろ、カヌーを維持していくことのほうが試練だ。
木を切り倒したとき、我々は木の生命を犠牲にして、その命を託されてカヌーを造る。
その木で造ったカヌーには生命が宿る。だから、我々はそのカヌーを次の世代に
ちゃんと引き継いでいかなければならない大きな責任がある。
1つのカヌーを造ったら7世代先まで責任を持つ、それが私たちの考えだ


と、ホクレアのキャプテン、"チャド・パイション"は語られてます。(「NALU」2009年3月号より転載いたしました)

古代ハワイアンにとって、カヌーは、単なる「乗り物」とは全く違うものだと考えられている価値観が、とても感じることのひとつだと思いますわーい(嬉しい顔)

ホクレアとは、そういうカヌーなのですよねぴかぴか(新しい)

わたしは、直接ホクレアに会うとき、その「命」をいつも強く感じるんです。皆様も、たぶん会うと感じられると思いますよ。

では、実際に、ホクレアのクルーの皆様による、ホクレア・ハカを、是非ご覧くださいわーい(嬉しい顔)手(チョキ)
YouTubeでこんな素敵なシーンを見つけられました。
シェアしてくださった方に感謝です。

*2007年4月日本航海の到着先沖縄での歓迎パーティにて








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2009年07月04日

ホクレアの心がわかる本

今日は、とても素敵な本を紹介しまするんるん

ホクレアには、日本人のクルーがいらっしゃいます。

え!?って驚いた方もいますよね。

そう、ホクレアは、とても日本と関係があるカヌーなんです。

その日本人クルーは、草原の緑のような、爽快な青い海をかけめぐる潮風のような、

そんな、笑顔がキラキラ輝くぴかぴか(新しい)、さわやかで、ナチュラルな、そして、

なんと、とても華奢〜な、美しい女性なんです目

「内野 加奈子」さんとおっしゃる、海洋写真家でもあり、

珊瑚の研究もされているという才色兼備な方なんですわーい(嬉しい顔)

その方が、日本人として初めて、2007年のホクレア日本航海のとき、

クルーとして、ハワイ島から日本まで、航海されました。

もう一人、日本人男性で荒木汰久治さんとともに、

立派に航海をされました。

日本航海のときに、日本人クルーがいたということは、とても素晴らしいことです。

それは、その航海についての意義や、航海状況、そして、日本へ到着したときの感情など、

わたし達日本人と同じ文化で育った方々の体験したことをお話してくださるので、

とてもその時の気持ちや状況が、生々しく感じられるということだとも思います。

ハワイアンのクルーの気持ちも、実際のニュアンスにとても近い表現で、

わたし達に、日本語で伝えることができることも、

本当にそのままの事実が、活き活きと伝わりますよねグッド(上向き矢印)


そんな、活き活きした言葉で、加奈子さんは、この日本航海について、

一冊の本にまとめて、出版されています。


「ホクレア 星が教えてくれる道~ハワイの伝統カヌー、日本への軌跡~ 」
著者/訳者名:内野加奈子/著 出版社名:小学館 発行年月:2008年07月
販売価格:1,680円(税込)
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9B%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%82%A2-%E6%98%9F%E3%81%8C%E6%95%99%E3%81%88%E3%81%A6%E3%81%8F%E3%82%8C%E3%82%8B%E9%81%93~%E3%83%8F%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%81%AE%E4%BC%9D%E7%B5%B1%E3%82%AB%E3%83%8C%E3%83%BC%E3%80%81%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%B8%E3%81%AE%E8%BB%8C%E8%B7%A1~-%E5%86%85%E9%87%8E-%E5%8A%A0%E5%A5%88%E5%AD%90/dp/4093877777


kanakosan










とにかくとても優しい語りで、ゆっくりとホクレアをお話されている文章なので、

ホクレアのこと、何も知らなくっても、本当に気持ちがシンクロしてしまいます。

さらに、加奈子さんは、海洋写真家。プロなんです。もう写真が美しいぴかぴか(新しい)

目線が、ホクレアの船上なんです。そして、とても優しく美しい瞬間の数々、

加奈子さんの見事な感覚で、一枚の芸術と思える写真ばかり。



1ページずつ、読み終えてしまうのがもう勿体無くって、ゆっくりゆっくり、

言葉を噛み締めながら、大事に読みました。こんなふうに

感じる本は、生まれて初めてでした。



本当に、おすすめでするんるん

日本人ならば、おそらく「何かに気付く」と思いますわーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)


合わせて、

この、わたしのブログのトップのページの右上に加奈子さんのブログを

リンクさせていただきましたが、

「ホクレア、日本へ」
  http://kanauchi.exblog.jp/



加奈子さんの、言葉の優しさが、さらによくわかるプログです。

内容も、心に響き、あたたかい気持ちになれますので、

ぜひ、こちらも読んでいただきたいなと思いますわーい(嬉しい顔)黒ハート

加奈子さんは、このわたしのつたないプログも、

ハワイから、応援してくださってるとのこと。

頑張るぞ〜〜〜グッド(上向き矢印)グッド(上向き矢印)グッド(上向き矢印)


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2009年06月22日

ホクレアの名前の由来

ところで

どうして、このカヌーに、「ホクレア」という名前がついたと思いますか?


そして、カヌーに名前をつけるということも、お話したいです。


ポリネシアン地域では、カヌーはとても大切なものでした。

カヌーが生活には欠かせないものだったから。

漁をするときのカヌー、他の島へ渡るときの航海カヌー。

本当に、毎日毎日カヌーは生活の中にいました。

ハワイでは、航海カヌーを建造するときは、まず、名前が必要になります。

名前をつけることで、そのカヌーに、「命」が生まれます。

とても、興味深いことだなって思います。

それだけ、大切にするものだったのですね。


北斗七星の、ひしゃくの柄の先をほぼ同じ長さに伸ばした所には、

現代の星座図では牛飼い座の一等星、

「アルクトゥールス」として知られている星があります。

ハワイの頭上を通る星として、実は昔からポリネシアの航海術には、

無くてはならない存在であった星なのでした。


その星「アルクトゥールス」のことをハワイ語で、「ホクレア」といいます。

その星は、オレンジ色に輝き、日没後に東の空から登ってきます。

前回お話しましたが、学者のベンは二人の仲間とともにホクレアを作りました。

その二人のうちの一人、ハーブ・カネは、画家の立場から、

古代カヌーに強く惹かれていました。

彼は、ずっと長く、そのカヌーの美しい姿をいろんな書物などから調べて、

そして、素晴らしい絵に描き続けていました。

「いつか、こんな古代カヌーを本当に作りたい」

そんな願いと、学者ベンの、古代の卓越した航海術についての実証したい強い願いと、

ハワイという島で、ぴったり出合ったんですね。

そして、カヌーに名前をつけようと、ずっと考えていたハーブ・カネは、

ある日、夢を見ました。

それは、パーっと、突然強い光りが目の前に輝く。

それは、まさに、その、ハワイの真上に輝く「ホクレア」

目覚めたハーブ・カネは、この夢から、

この、自分達の夢のカヌーに、「ホクレア」と名づけたのだそう。

ハワイでは、夢の話を、とても予言のひとつとして、

大事にする習慣があったそうです。

まさに、予知夢が、神様から授かったのですね。




ちなみに、日本では、、、

「〜丸」という名前がほとんど付けられています。

どうしてかなって、ちょっと調べてみましたよ。

いろんな説がありましだか、わたしはこれがピンときました。


『出航した港へ必ず帰ると云う縁起担ぎから「丸」が慣習的に付けられます。

Uターンなどと同じ意味合いで、「○」は必ず同じ所へ戻れるのです』



なるほど♪

ハワイの伝統とともに、合わせて、日本の伝統なども、

調べていくと、また、興味多いものを感じちゃいますね。




「ホクレア」は、もちろん、日本の空でも、肉眼で見えるんですよ。

春の星座なので、来年のお楽しみになりますが、、、


こちらの星座図をご参考に、晴れた星空には、
見つけてみても楽しいですねぴかぴか(新しい)

コツは、北斗星を見つけたら、北斗七星を探してください。

それが見えたら、それを”ひしゃく”と見立てると、

柄の部分を、その曲線なりに、ずーっと伸ばして目を追ってみて。

ややオレンジっぽい、キレイな星。それが「ホクレア」ですよわーい(嬉しい顔)


seiza




*「県立ぐんま天文台」さんのホームページより、転載させていただきました。ありがとうございます。




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2009年06月19日

ホクレアが生まれた理由

「ホクレア」
この、ハワイのカヌーの名前です。2本のマストがある、二つのカヌーをローブでつなげた双胴型で、エンジン・コンパス・レーダー・無線・海図・トイレも持たない、古代式伝統航海カヌーの形を復元したカヌーなのです。


3







これは、ハワイ語で、「HOKULE’A」
「HOKU(ホク)」は星。
「LE’A(レア)」は喜びとか、嬉しいという感情。
なので、日本語では、「喜びの星」となります。
どうして、この名前がつけられたのかは、またのちほどお話したいと思います。

どうして、「ホクレア」は生まれたでしょう目


たとえば、、、ちょっとイメージしてみましょうか。

函館から、天気の良い日は津軽半島が見えます。
そこに行きたいなーと思ったら、目に見えているから、その場所の方向へ向かって船を進ませたらいいですよね。

では、函館ではなく、、、ハワイ諸島だったら、どうでしょうか。

もちろん、ハワイ諸島内のことじゃなく、他の国の島へ向かって行くって、できそう?



4


ご存知のとおり、ハワイ諸島は、太平洋の中でも、恐ろしいほど、なーんにもないところに、
ポッカリと浮かんでいる、地球上で最も孤立している諸島。






まったく、外国の島なんて、、見えないのですふらふら

そこへ、いまから、約1000年前に、遥かなる大洋を越えて移り住んできた
海洋民族がいたのです。

どうやって、彼らはたどり着いたのかしら。

ずっと、世界中で、謎だったそう。

海は、波があり、潮の流れがあるでしょう。
ふつうに、海に浮かべた物って、それぞれ、その流れにしたがって、漂っていくんですよね。

そうやって、人々も、「漂流」されてきたと、
ずーーーーーっと学者の先生たちも、信じてたのです。

でも、どうも、そうと言い切れないような考古学上のいろんな発見が、
ポリネシアン海域でされはじめました。

「どうやら、かなり高度な技術を持って、しっかりと島があるとわかってて、
見えない島に向かって、古代の海洋民族は、自由に船を動かして、
行きたい方向に進めながら、島にたどり着いてきたんだ」

と、いう考えに行き着いた、ひとりの学者がいましたわーい(嬉しい顔)

そして、いろんな研究の末、その学者のベンは、二人の仲間とともに、
「ホクレア」を作り、そして、そのハワイアンの先住民族が持っていた、
そのすごい航海術を、その「ホクレア」で実際に航海してみせて、
その事実を証明してみせようって、思ったのです。


そう、「ホクレア」が生まれた理由は、
最初は、古代のハワイの航海術を証明するために、
古代式の形にこだわった復元カヌーとして作られたわけです。
1975年3月8日のことでした。

そして、「ホクレア」は、最初の航海に、
翌年の1976年4月、4000キロ離れた、
南半球のタヒチへの航海へ、いよいよ出発するのです手(チョキ)



2



*↑この絵はポリネシアン航海協会ホームページより転載しました



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2009年06月15日

ブログタイトル 改めました生活 〜Live Aloha〜」へ

アロハ

プログのタイトルを、今日から、改めました。

「函館から ホクレア生活 〜Live Aloha〜」

です。

明日は、わたしが、ホクレアという
とても特別なカヌーに、運命的な対面をした日。

2007年6月16日です。

この日から、わたしの人生が、180度変わりました。


今年で2年目になります。

その日を、もう一度、心に見直しておきたくて。

そして、ささやかながら、わたしの言葉で、

これから、その、不思議な力に包まれた

ホクレアについて、お話を、、、

したいなって思います。


ちょっとずつですが、お話を聴いていただければ、

そして、もしかして、

心に、チラっとでも、、響いた言葉がありましたら、

一緒に、こんど、函館の空の下で、

ホクレアの星を眺めながら、

おいしい、ハワイのコナコーヒーを飲みませんか。


どうか、よろしく、

お願いしま〜すぴかぴか(新しい)







hokuleaworld

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2009年03月23日

ハワイ州誕生50周年記念テレビ番組が放映されます

私がよく役立てているホームページ
+Hawaii さんのおすすめ情報より抜粋です!
http://www.plus-hawaii.com/

一足先に、北海道で放映になり、感動し涙涙でした。
ホクレアクルーの内野加奈子さんも出演され、彼女のハワイ移民への
尊敬の思いが語られています。
なんと、ホクレアの大海原を航海するすばらしい映像もあり、
日本航海の時の映像まで見られます!!
そして、マノアDNAのおかあさんが、初めて訪れた、自身の父親の
育った広島へ。感激の故郷への帰省です。感動でした。。
ぜひ、ご覧くださいね!


コピーします
* * *

ハワイ州誕生50周年記念テレビ番組
   「アロハ!私のオハナ〜出会いは時を越えて〜」

ハワイ州誕生50周年を迎える記念番組のお知らせです。

1868年(明治元年)、ハワイに向けて横浜港を出発した商船には、大きな希望と夢を抱いた153名の日本人が乗り込みました。その後、政府間協定による官約移民で移住が本格化し、10年間でおよそ2万9千人もの日本人が、ハワイへ渡ったと言われてい ます。

今年る2009年は、ホノルル市と広島市の姉妹都市提携50周年の年でもあり、広島県は、多くの移民を送り出した県のひとつです。番組では、ハワイ州観光局のキャンペーンソングを歌うハワイのファミリーバンド、マノアDNAとその祖母が、自らの祖先が住んでいた広島県を訪ねます。そこで彼らが初めて知る親戚たちとの出会いを通じ、ハワイの発展に貢献した日系移民の想い、オハナ(ハワイ語で家族)の絆、故郷を思う気持ちや平和の尊さをお伝えします。

【番組タイトル】
「アロハ!私のオハナ 〜出会いは時を越えて〜」

【出演者】
マノアDNA + 内野加奈子(ホクレア号クルー)

【ナレーション】 小林克也

【放送局・日時】

テレビ新広島   3月28日(土) 14:30〜15:25
テレビ愛媛    3月28日(土) 14:30〜15:25
岡山放送    3月28日(土) 15:00〜15:55
山陰中央テレビ   3月28日(土) 15:00〜15:55
高知さんさんテレビ   3月28日(土) 15:00〜15:55
BSフジ   3月29日 (日) 18:00〜18:55
テレビ神奈川   3月28日(土) 15:00〜15:55
北海道文化放送   3月20日(金) 14:05〜15:00
テレビ西日本   3月20日(金) 14:05〜15:00

【ハワイ州観光局ホームページ】
http://www.gohawaii.jp/


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