2011年01月09日

狼少年的なマスコミや知識人 !

 日本の大きな累積国債による金利上昇を心配し、中世地中海の都市国家ジェノバの没落となった、スペイン衰退に伴う“金利急上昇”を“現在の日本と対比”し、「金余りの超低金利に安住し、リスクを忘れたジェノバは今の日本に通じる。」との“論”は、“中世ヨーロッパの歴史”や“経済の本質”を良く理解していないことから生じている。

 1625年ジェノバの金利急上昇は、単なるスペイン衰退時における、属国としての都市国家ジェノバの没落による金利急上昇ではない。
 確かに、ジェノバの銀行家がスペインの中央銀行の役目を果たし、スペインの資金調達を助けたことによって、覇権国スペインと都市国家ジェノバの繁栄をもたらした。
しかし、そのスペイン王家が衰退し債務不履行に陥ることでジェノバ没落が決定的となった。

 1522年フランス領になっていたジェノバはスペインにより独立した( スペインの属国となる )。
地中海で競争関係にあった貿易国ベネチアを抜き、スペインの中央銀行の役目を果たすようになったジェノバは、この時から、スペインと共に二人三脚で繁栄の道と衰退の道を歩むことになる。
 スペインは16世紀中期から17世紀前半にかけ「黄金の世紀」と呼ばれる繁栄期になる。
特に、フェリペ二世のとき最盛期を迎える。
新大陸の植民地やポトガルを併合し南米やアフリカやインドの一部までを植民地にしたことによって、「太陽の沈まぬ帝国」と云われるまでになるのである。
 ところが、1588年アルマダの海戦で、「無敵艦隊」と呼ばれた、このスペインの艦隊がイングランド(イギリス)海軍に破れ制海権を失った為、その後、多くの植民地を大英帝国に奪われることになるのである( この時から「日の沈まぬ国」の代名詞は大英帝国にとって代られる )。
 国力を支えていた、“植民地の豊富な富”が他国に奪われると云う事は。
現在でいえば、“経済力”である資本力や産業力の大部分が失われてしまった状態なので、この経済力喪失は、当然、「金利など急上昇」し、スペイン経済やその中央銀行役をしていたジェノバ経済は崩壊した。
 単なる、「“債務不履行”や“金利の急上昇”」の問題ではないのである。

 リーマン・ショック後の経済破綻国に対し「売り」で大きな利益を上げた禿鷹ファンドの強欲投資家たちは、次の「売り」で儲けられる国を鵜の目鷹の目で探し、累積債務の大きな日本もその標的になっている
 ところが、日本を標的にし、なんどか「売り」を試したが、ことごとく失敗している。
  欲の皮ばかり突っ張り、経済の本質的な知識も無く、ただ、マネーゲムに長けた者どもでは、当然の結果である。
 いくらゼータを分析し、あれこれ悲観的な要素ばかりを検討しても「経済の本質」を理解してなければ、意味が無いのだ。
日本でも10年位前、投資会社で為替取引に知識のあったものが作家になり「日本国債」と題し、本を出版、狼少年的に“すぐに日本は財政破綻する”と云い、あろうことか、冷静・知的に判断しなければならない知識人やマスコミまでこれに乗り、当時、大きく世論を煽った。
 国民や政府が財政赤字に注意を払うようになったのは良かったと思うが。

 この中世の都市国家ジェノバの金利上昇を、現在の国家と対比するとすれば、現在の米国がピッタリだ( 理論的な詳しい説明は、前記ブログ「経済政策の取れない米国!」10・12、を再読して下さい )。
 
イギリスも同様で。
第2次世界大戦後の英国は、それまでの経済力の喪失で、大戦の戦費調達は英国の経済力をはるかに超えた経済負担をもたらす。
現在の日本の様に、政府債務のGDP比は2倍位になった。
70年代になると、英国は、経済力が完全に失われる。
 経済力である資本力や産業力が失われれば、当然、経常収支も赤字に転落する。
そうなれば、当然、インフレと不況が共存するスタグフレーションに陥る。
国営企業のスト頻発、ごみ収集の停滞、公共交通のマヒ・・・。“英国病の時代”となってしまったのだ。

90年代、経済力が失われていた“英国の復活”は。
80年代後半からの、サッチャーとレーガンによって行われた、世界的な過剰流動性と世界的な金融緩和に追髄する、規制緩和である( この金融の規制緩和は、経済力の喪失した両国に、「人のフンドシで相撲を取るといった」経済力ある他国の資本を利用する事による、繁栄を一時的にもたらすことになる )。
 経済力が失われた英・米国が、世界的なこの動きをつくり出し、いまだ残っていた世界的な金融センターである“シティ”を利用し、過剰流動性の世界で起きた投機マネーを引き寄せ、世界を破壊する事となった世界的マネー・ゲームを取り込み、世界的なマネー・ゲームのセンターとして潤った姿だったのだ。

 しかし、そのマネー・ゲーム経済も、今、崩壊した。
それは、マネー・ゲームによって破壊された、英国やアイルランドなど今日の姿である。
これらの国は、再び、“英国病の時代”が始まるだろう( サッチャーやレーガンの時代から、今日まで、このマネーゲームを煽ってきたマスコミや知識人はどのように責任を取るのか )。
繁栄は今、この過剰流動性によって驚異的な経済成長をしている新興国のみになったが。
その新興国でも、特に中国がバブル状態で、この新興国の崩壊も近付いている。

 現在の日本は、円高により国内での製造が難しくなり、新興国に工場を移転、新興国の技術力向上に貢献し産業力は少し失われてきたが、いまだ貿易収支は黒字で、海外での産業の所得収支など資本投資や投資収益などの収入による長期の経常収支黒字が見込まれ、さらに大債権国としての地位はいまだ不動のものである。
 問題は、ただ、累積の財政赤字が大きいだけである。
しかし、今後、高額所得者や消費税などに課税する余地は大きい。
これで、どう経済が崩壊すると言うのだ。たかが10年や20年では、どうなると言う問題ではない。
只、「歳出の半分以上を新規国債で購うと云うのは異常な事態ではある」ので、減税ばかりしてきた前自民政権の弊害を改め、課税強化は当然のことでしょう。

マスコミや知識人は、今日の日本が大きな赤字財政にもかかわらず何とか持ちこたえているのは、“大きな個人資産(約1400兆円)”だと言っている( この外、日本企業の現・預貯金などの内部留保は、200兆円位あるようだ )。
 確かに、無いよりあった方がよいのは事実だが、そうではない。
 この事は、米国の“家計”の債務残高の推移を見れば分かる。
 大恐慌が始まった当時の米国(1930年頃)は、“民間債務の対GDP比は200数10%位で現在の300%”に近く、その頃の米国民は、現在と同様、借金まみれだったのだ( これは米国民のマネーゲーム体質にあるのかもしれない。 現在の日本の様に、1400兆円位の大きな個人資産など無かったのだ )。
 この大恐慌を機に、米国は大きく財政赤字に傾いてゆく。
国民に預貯金など無くとも、その頃の米国は、経済力(資本力・産業力)があり公債の発行は可能だったのだ。
実際、問題無く国債を発行、不況や第二次世界大戦の戦費を購い、次の60年代の経済成長をもたらした( 大きな家計の債務残高は、次の成長に向かい始めた1950年頃、対GDP比50%位に減少している )。

 前記の“ジェノバ”などの問題は、現在のギリシャやアイルランドや英国や特に米国などの方がピッタリ当てはまる( これらの国は、「IMFに背中を押されるように国内改革に追い込まれた」くらいでは済まないのだ。韓国は、現在の韓国企業の活躍を見ても分かるように、“産業力”が付いてきたためすぐに立ち直り財務問題は簡単に解決した )。
 英国や米国は、産業力や資本力が失われ、日本ほどではないが大きな財政赤字を抱えている。経済力が失われているため、日本など裕福な資本力など経済力のある国からの資本流入に頼っている。
英国も米国も、このような経済政策を長期に続けるわけにはゆかず、いずれ資本流入が無くなってくるだろう。
そうすれば、自国の中央銀行が経済力の裏付けない紙幣を印刷し国内にジャブジャブ発行する事になる。
 これらの国こそ、ジェノバと同様に金利が急上昇、経済の崩壊がおとずれるだろう。
 





「後記」

 現政権の執行部は、自己の政策の不味さや決断力などの無さの支持率低下を、他の者の問題を指摘する事で、自己のマズイ政策や器の無さを国民の目から逸らそうとしている。
 国民は、決断力や判断力など器無く、「国家国民の為」と云い、実際は、ただ地位や権力に執着する姿を、白けた気持ちになっているのですよ。
そんなに国民は馬鹿ではないですよ。
 本当に「国家国民の為」と云う(思う)のなら、ただただ世論におもね、減税ばかりしてきたその姿勢を改め、先ず、自ら、自分たちの高額所得に課税し(元に戻し)、低所得者に配慮した消費税課税に踏み切ったらどうですか。
それで、政権の座から落ちても「国家国民の為」の政治家として、本望ではないか。
支持率を上げようと、ネット番組に生出演。
自分のことばかり述べ反論投稿を無くした番組だったと言う。取り巻き連中の甘い言葉(情報)ばかり聴き、それ以外の情報はシャツトアウトだ。
 こんな事で支持率がアップすると思っているのだろうか。民主党は今度の統一地方選で全滅するだろう。
人は、地位や権力を持つと、その人々に近づき、様々な甘い言葉やおべっかを焼く人々の甘い言葉に乗せられ、辛い言葉の人を排除し、知らず知らずに、誤った判断をしてしまうものです。
 昔、亡き親父は「功、人の甘い言葉は気をつけよ。苦い言葉ほど薬と思い聞け」と、よく私に云っていたものです( 今、考えても偉い父だったなと思う )。

 マスコミや知識人は、“今は、明治維新に匹敵する時代の転換点だ”、などと云い世論を煽り、開国だとか言って、相も変わらず、何か規制などを解除すればよくなるような世論つくりをしています。
 それに、首相も簡単に乗せられ「第三の開国」などと云っていますが、現代の時代は、その程度の簡単な時代ではなく、我々人類がこの地球に現れ活動しているその中において、大人口の新興国の経済成長による地球の資源枯渇や環境破壊などで、我々人類は”成長の限界”に陥ったのです。
 この事により、我々は、今まで経験のしたことのない、“有史以来の時代の転換点”にある。
 古代マヤ文明の人々が、マヤ暦で示し、現代文明の興亡に警告を発しているのは、このことをはっきり理解しているからなのです。

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