2012年01月28日

協議

久しぶりの時事ネタです。オートポイエーシス論的には、協議も当然社会システムの一種です。ルーマンの分類で言えば、対話(相互作用)システムになります。目的は、参加者間での、協議の後のコミュニケーション・コードのすり合わせ。参加者が共通のコードでコミュニケーションし、相互の齟齬が出ないようにすることです。もちろん、実際には協議で合意した後でも、合意はコード表象のレベルでしか生じませんから、互いの対応すべきコードが違っているということはありえます。それだけに、協議の参加者に期待されるのは、前提認識の共有と、合意したコードの遵守に他なりません。まず、前提となるシステム状態の理解が一致していなければ、協議コミュニケーションの連鎖が不確実になります。無論、協議の過程で認識をすり合わせるということは可能ですが。そのためには、参加者が自分の認識を他の参加者に開示することが不可欠です。これが隠されたままでは、そもそも協議をする意味がありません。次に、協議の結果合意されたコードが参加者全員の間で少なくとも次の協議までは維持されることが期待されます。したがって、そこには、相手がコードを確かに維持するという信頼も必要です。そもそも信頼できない相手とは協議ができませんね?そして、過去に合意したコードに違反したことのある相手というのは、信頼できる相手とはなりえないわけです。合意したはずのことを勝手に反故にされるのでは、協議しても無駄ですから。

国会で野田総理が消費税増税に関する事前協議に応じるよう野党に呼び掛けています。これそもそもおかしいですよね。法案は与党が作って国会に提出するものです。その与党案に対して野党が対案を示し、国会で審議するというのが筋でしょう。どちらも通らないというなら、解散して国民に信を問えばいい。これが憲政の常道というものだと思うのですが。しかも、与党が信頼して協議のできる相手かどうか極めて疑問です。次のニュースが飛び込んできました。

年金財源、試算示さぬ方針 増税議論への影響懸念

野田政権は26日、民主党の新年金制度に必要な財源の試算などの全体像を野党側に提示しない方針を固めた。自民、公明両党は消費増税法案を今国会で審議する前提として、試算の公表を要求しており、両党が反発するのは必至だ。

http://www.asahi.com/politics/update/0127/TKY201201260769.html

認識の共有を拒否するのでは、上述したように、協議を可能にする条件が整いません。これでは協議と言うより、めくら判を押せというようなものです。また、合意したコードの遵守という点でも与党は落第。次のニュースが証拠です。

新手当法案の全容判明 名称は「子どものための手当支給法」 自公、反発必至
2012.1.23 11:17 (1/2ページ)[野田首相]
 子ども手当に代わる新手当を平成24年度から支給するため、政府が通常国会に提出する児童手当法改正案の全容が22日、明らかになった。法律名を「子どものための手当支給法」に改め、法律の定義や支給要件を旧子ども手当支給法と同じ条文に置き換えるなど、子ども手当“継続”を強く印象づける内容となっている。子ども手当を廃止した上で児童手当を拡充するとした民主、自民、公明3党の昨年8月の3党合意を骨抜きにしており、法案成立を目指す3党協議で自公両党が反発するのは必至だ。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120123/stt12012311200001-n1.htm

野党との協議の結果合意したことを事実上反故にしています。こんな相手では信頼できないのが当たり前。ましてや、この協議申し入れの意図は、消費税増税の責任を野党に押し付けようという露骨なもの。野党が協議に応じないのは当然ですね。そもそも、総選挙のマニフェストさえ守る気がないのは、次の動画を見れば明らかですし。


野田総理 マニフェスト 書いてあることは命懸けで実行
http://www.youtube.com/watch?v=y-oG4PEPeGo
Posted by autopoiesis at 13:22  |Comments(6)TrackBack(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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この記事へのコメント
こんばんは、はじめまして。
佐賀大学病理部医師の明石といいます。
数年前から貴ブログを読ませていただいています。難解なオートポイエーシス理論を理解したいと思って勉強中です。先生の著作を昨年購入しました。
私、外科医を9年間やった後に、手術イラストを描くために病理医に転向したものです。手術の経験を解き明かすのに、アフォーダンスとオートポイエーシス理論が使えそうだと考えて、勉強中です。お時間のあられるときに一度御覧頂けると嬉しいです。先生の頭脳から、どうみえるのかご意見を伺えれば幸いです。
Posted by 明石道昭 at 2012年02月06日 21:24
>>明石道昭さん

はじめまして。まさに手術のような現場において起きる現象を記述するための理論がオートポイエーシス論です。手術中の医師の体の動き、患者の状態の診断に基づく術式の選択、手術に参加する医師や看護師や技師たちのチームワーク、すべてオートポイエーシス・システムの作動であり、普通の理論では述べきれない、勘、コツ、熟練を要するものですから。一度佐賀大病理部のホームページも覗いてみます。拙著についてご質問がおありでしたら、また気軽にコメントしてみてください。
Posted by 山人 at 2012年02月24日 00:14
コメントありがとうございます。
 先生から、「まさに手術のような現場において起きる現象を記述するための理論がオートポイエーシス論」とおっしゃっていただき、嬉しく、わくわくしています。
 私も手術の世界に9年間どっぷりとつかっていましたが、オートポイエーシスの中に住んでいると、かえって、それがオートポイエーシスであると解ることが難しい気がします。先生がおっしゃっている「カン、コツ、熟練」の中に、文言化されない、実に豊富な内容が動いていることを感じていました。人が一生をかけて悔いない、その豊かな実質を解き明かしたい。そしてそれを表現として表したいと強く願っています。
 下記に私の手術イラストブログを掲載しています。稚拙な論理ですが、手術の構造を私なりに言葉にしています。一度ご覧いただけると幸いです。
http://shine348.blog123.fc2.com/blog-category-7.html
Posted by 明石道昭 at 2012年03月12日 20:03
>>明石道昭さん

ブログ拝見しました。イラストを見て感じたことは、ここには運動コードが描きこまれている、ということです。描かれた手は止まっていません。漫画的な動線が描かれているわけでもないのに、それがわかるのはなぜなのでしょうね?もしかするとこの手は次の動作の準備を現在の動作と同時にしようとしている、次の動作を織り込んでいる手だからかもしれません。医師にとって現在の動作そのものはいわばすでに終わったものなのであって、焦点は次の動作に当てられているはずです。
オートポイエーシスとアフォーダンスについて言うと、観察者の視点からオートポイエーシスを語ろうとすると、必然的にアフォーダンスになります。システムの自律性が、見えている外部に転写されて見えるんです。このため、システムは外部が与えてくる情報に応じて作動しているような錯覚が生じます。明石さんの言うように、手術を傍から見ているとアフォーダンス、自分で参加しているとオートポイエーシスになるのはこのためでしょう。「手術は技術の積み重ねでは到達できない。手術内世界の住人になることで専門的主観的予見を共有することが必要」という言葉大いに参考になります。手術している医師の実感というのは、オートポイエーシスにとって格好の素材ですので、こちらも勉強になりました。
Posted by 山人 at 2012年03月20日 22:14
はじめまして。最近、オートポイエーシス入門を読んだものです。ブログでは難しい議論がなされていますが、全然関係ないこと聞いていいですか?僕は将来学者になりたいのですが、学者というのは、大学に給料をもらうサラリーマンなのでしょうか?それともフリーランスで雇われていて、確定申告などをする職業なのでしょうか?給料制のような気もしますし、本などを出版したら確定申告するのかなという気もします。変な質問ですが、仲のいい学者の知り合いもおらず、本を読んだ山人さんに聞こうと思いました。学者の給与体系を知っておきたいと思ったもので。もしよかったら教えてください。
Posted by 宮本 at 2012年04月01日 22:42
>>宮本さん

はじめまして。学者ではなく、教授、准教授、講師、助手、研究員などというのが職業として見たときの身分で、これらは大学や研究所に雇われているサラリーマンです。非常勤講師は一年契約ですけども。学者というのは学問システムの人格の名称であって、必ずしも職業ではないのですよ。その証拠に、十分な資産さえあれば、何かの職業に就かなくても、学会への参加や、学問的著作によって学者にはなれます。デカルトなんかそうだったんですけど。昭和天皇なんかもその内でしょうか?大学へ就職せず、他の職業で生計を立てていた学者もいて、ライプニッツ、スピノザ、ルソー、ヒュームなんか有名ですが。学問をしながら、それを教えることで生活できるという点で、大学へ就職することが多いですけどね。印税は源泉で引かれてるので、確定申告はしてません。
Posted by 山人 at 2012年04月08日 11:44
 
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