2005年05月22日

鬼に金棒

鮎釣り師にとって、解禁日は特別な日で
どんなに重い病気で床に伏している人でも
その日になると、起き上がって竿を握ると言われている。私も例に漏れず、平成2年より15年連続で入川を果たしている。
しかしながら、鮎釣りを始めた平成元年の解禁日だけは
師匠でもある私の弟が、
「他の釣り人の迷惑になる」という理由で断念した。
代わりに行ったのは、びわこ競艇場だった。
その日は丁度八景賞の初日、
当時習っていたヨーガ教室の先輩を誘って、早朝より乗り込んだ。

そして迎えた12R。
(って、途中はどうなってん!)
1号艇に立山一馬。2号艇以下は名もない(って、それはチョット失礼やろ!)
B級戦士。
専門誌の予想は、本命信頼率70%。
「立山にイン。鬼に金棒」と書いてあった。

それまで、渾身の予想をことごとく外していて
隣で観戦していた先輩は、恐れをなして1Rも投票する事が出来ないでいた。
それだけに、私の素晴らしさを凄さを、いや競艇の面白さを知ってもらう為には
どうしても最終レースは当てる必要があった。
そして一緒に喜びを分かち合う為にも、例え100円でも
投票してもらう必要がある。
私の手元には、既に5000円しかなかったが、安心させる為に
迷わず一点張りで6−5を購入。
そして「今から数分の内に、この券が3万円になりますから見ていて下さい!」
と言って、先輩の目の前にかざした。

「絶対に来よるのか?」と先輩が言った。
はい!(・・・たぶん)」と答えた。
そして、ついに先輩は生まれて初めて「勝ち舟投票券」という物を手にした。
(いわゆる「舟券」の事です)

レース展開は、いたって平凡。
スタートは、横一線。


・・・5艇が。

起こしの遅れたイン・立山はドカ遅れ。
2コースの木村に、一気に捲られた。
(捲ったというより、2コースから逃げた感じだった。障害物にもならず)

鯉ヘルペスに感染し、河原に打ち上げられた鯉の屍骸のように
放心状態の私の横で、必死に声援を送る先輩。
「あそこから抜きよんの?」

・・すいません、先輩。勝負と言うのは最後まで分かりませんが
競艇の場合、大差どん尻の舟が1着になる事はありません・・と
小さく心で呟いた。
結果は5−4で5000円台の高配当。
しかし数日後の優勝戦。
皮肉にも、このレースもイン・立山、2コースに木村。
そして、きっちりこの二人の1、2着で決まった。


・・・あれから16年。
今日のびわこの優勝戦で、99年以来の優勝を決めた立山の勇姿を見て
そんな事を思い出した。



(本文中は敬称略しました)
 

この記事へのトラックバックURL

http://blogs.dion.ne.jp/baiduke/tb.cgi/1144286
この記事へのコメント
その先輩はその後どうですか?
生まれて初めて買った船券が外れた・・・。
二度とやらないか?のめり込んだか?
どちらでしょう?

自分は高2の時、初めて馬券を買いました。
(もう時効です・笑)
春の天皇賞でしたが見事に外れ!
それからギャンブルにのめり込みました。(笑)


Posted by ブン! at 2005年05月23日 15:04
十数年も前の事を、たった今体験したかのようにこと細かく語る事が出来るんですね。凄い記憶力ですね〜〜と感心していたら、私の連れに同じ様な事を出来る奴がいた事を思い出しましたよ。
重賞レースじゃなく、単なる賞金別定レースやのに馬名、騎手名はもとより、レース展開から馬番、配当金額まで事細かく聞かせてくれる。そして話は続き、聞きもせんのに、その勝ち馬の親の話に迄にも及んでいく。ギャンブラーの方って、記憶力抜群の人が多いのでしょうか〜?
Posted by 獣王 at 2005年05月23日 18:36
・ブンさん

高2ですか。意外と遅いですね。
私は(と言っても、これは当然保護者同伴ですが)
小学生でした。(笑
キタノカチドキが走っていました。たしか、菊花賞です。

実は、この先輩とは疎遠になっています。
当時のヨーガ教室は翌年、先生がお辞めになり
家がそれぞれ離れていた事もあって、だんだん会わなくなりました。
今頃、どうされているのか。
案外、ここを見ているかも(笑


・獣王さん

いや本当に、買ったレースの事は別にノートに書いている訳でもないのに
昨日の事のように覚えています。
しょっちゅう皆で反省会しているせいでしょうか(苦笑
上のブンさんへの返信にも書きましたが、
30年ほど前、初めて行った菊花賞の事もよく覚えていますし。
あの時は、グローブが欲しくてオッズだけ見て
80倍のものを200円買いました。
レース中は、おっさんに挟まれて苦しかったのを覚えています。(笑
Posted by かわうお at 2005年05月23日 22:10