鮎釣り師にとって、解禁日は特別な日で
どんなに重い病気で床に伏している人でも
その日になると、起き上がって竿を握ると言われている。私も例に漏れず、平成2年より15年連続で入川を果たしている。
しかしながら、鮎釣りを始めた平成元年の解禁日だけは
師匠でもある私の弟が、
「他の釣り人の迷惑になる」という理由で断念した。
代わりに行ったのは、びわこ競艇場だった。
その日は丁度八景賞の初日、
当時習っていたヨーガ教室の先輩を誘って、早朝より乗り込んだ。
そして迎えた12R。
(って、途中はどうなってん!)
1号艇に立山一馬。2号艇以下は名もない(って、それはチョット失礼やろ!)
B級戦士。
専門誌の予想は、本命信頼率70%。
「立山にイン。鬼に金棒」と書いてあった。
それまで、渾身の予想をことごとく外していて
隣で観戦していた先輩は、恐れをなして1Rも投票する事が出来ないでいた。
それだけに、私の素晴らしさを凄さを、いや競艇の面白さを知ってもらう為には
どうしても最終レースは当てる必要があった。
そして一緒に喜びを分かち合う為にも、例え100円でも
投票してもらう必要がある。
私の手元には、既に5000円しかなかったが、安心させる為に
迷わず一点張りで6−5を購入。
そして「今から数分の内に、この券が3万円になりますから見ていて下さい!」
と言って、先輩の目の前にかざした。
「絶対に来よるのか?」と先輩が言った。
「はい!(・・・たぶん)」と答えた。
そして、ついに先輩は生まれて初めて「勝ち舟投票券」という物を手にした。
(いわゆる「舟券」の事です)
レース展開は、いたって平凡。
スタートは、横一線。
・・・5艇が。
起こしの遅れたイン・立山はドカ遅れ。
2コースの木村に、一気に捲られた。
(捲ったというより、2コースから逃げた感じだった。障害物にもならず)
鯉ヘルペスに感染し、河原に打ち上げられた鯉の屍骸のように
放心状態の私の横で、必死に声援を送る先輩。
「あそこから抜きよんの?」
・・すいません、先輩。勝負と言うのは最後まで分かりませんが
競艇の場合、大差どん尻の舟が1着になる事はありません・・と
小さく心で呟いた。
結果は5−4で5000円台の高配当。
しかし数日後の優勝戦。
皮肉にも、このレースもイン・立山、2コースに木村。
そして、きっちりこの二人の1、2着で決まった。
・・・あれから16年。
今日のびわこの優勝戦で、99年以来の優勝を決めた立山の勇姿を見て
そんな事を思い出した。
(本文中は敬称略しました)