2006年03月02日

何故恋愛をするのか

たまに恋愛なんて無くなればいいのにと思う。
恋愛さえなければどれだけ苦しまなくて済んだり、無駄な時間を無くせるか。
生きるだけなら恋愛なんて要らないし、子孫を残すだけなら恋愛なんて要らない。

それでも何故恋愛をしてしまうのか。

直感的には孤独への不安だと考えられる。
人は絶対的には孤独からは逃れられない。
でも相対的になら、もしくは一時的になら孤独で無い状態が得られる。

具体的には、もし誰かが一生孤独で無い状態を想像した場合、どんな状態を思い描くだろう?

例えば最も単純な例を挙げれば、親に先立たれる前に恋人を見付けて結婚し、そのまま一生連れ添えば、その人は一生孤独で無かったと言える。

では恋人ではなく友達だったらどうだろう。
一生連れ添えるだろうか?
これも直感的だが無理に思える。
友達の場合、共有するものが少なすぎるからだ。
価値観なら共有できるかもしれない。
でも、子供や生活まで一生共有する事は難しいだろう。

恋愛関係があればできそうだ。
お互いが好きであればあるほど、長く連れ添える気がする。
異性なら肉体関係もあるし、子供ができればお互いの子供だから共有できる。
自然と生活も共有するだろう。
多くの事を共に出来るので、長く連れ添える。

言い換えれば、恋愛に多くの事を期待していると言える。
実際に、恋愛でしか得られない幸福感や共有感はあるだろう。
もしかしたら恋愛相手に多くの事を期待しているのかもしれない。

他に恋愛をする理由が見あたらないから、多分そういう事なんだろう。

Posted by Rokuta at 03:50  |TrackBack(143) | 恋愛論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月17日

恋愛とは何か?

前に定義のところで恋愛とは「好きになったことから派生する行動全て。」と書いた。

これが恋愛だといっても良いのだが、もうちょっと掘り下げたい。

好きという感情自体は完結しているので恋愛をする根拠ではない。
人が恋愛をする根拠は他にある。
好きというのは恋愛を対象になる人の条件と言っていい。

つまり好きだから恋愛をするのではなく、恋愛をする時に好きな人を選ぶのだ。

逆説的だが真だ。
当たり前だが、好きな人全員と恋愛してたら大変なことになってしまう。
好きな人の中から恋愛対象を選ぶのだ。

では恋愛をする根拠は何か。
これは進化論で説明することも出来るだろう。
「よりよい種を残すために優れた同種との子孫を残す事の出来る種のみがこの世に存在する。」
この遺伝子が人間にも組み込まれているから人は恋愛をするのだ。

本当にそうかというと実は違う。
よりよい種を残すだけなら恋愛をする必要はないだろう。好きなだけで十分だ。好きな人とより多くの種を残せばいい。
だが実際にはそうはならない。

恋愛というのは好きな人との人間関係のことだ。
好きな人と付き合うためだったり、長く一緒にいようとするための人間関係を新たに築くことだ。
人間関係というのは面倒だ。しかもずっと一緒にいられる関係というのはとても難しい。
そしてその面倒なことをするに足る相手だというのが恋愛をするための根拠になるだろう。
逆にそういった面倒な人間関係がない場合でも恋愛に至りやすい。

人間が他の動物と違うところは、理性や社会規範に則って好きな相手との人間関係を築くところだ。それは秩序でもある。
自分が好きでも相手はそうでないかもしれないし、他の人が好きなのかもしれない。自分の親や友達はその人が好きではなく、反対されるかもしれない。付き合ったとしても意見が合わないかもしれない。相手の友達に嫌いな人がいるのかもしれない。
そういった人間関係で悩んだり上手く行ったり行かなかったりする。
それが恋愛をするという事だと言っていい。


Posted by Rokuta at 12:53  |Comments(0)TrackBack(10) | 恋愛論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月15日

人を好きになるというのはどういう事か


犬が好き
カツ丼が好き
ブランド物が好き
国語より算数が好き
猫ひろしより館ひろしが好き
スノボーよりスキーが好きー
ネズミは嫌いだけどミッキーマウスは好き


など人にはそれぞれ好きずきがあると思う。
辞書で調べると好きとは「心が引かれる」。


ではなぜ心が引かれるのだろうか。
上の例で考えればおそらく、癒されたり、美味しかったり、楽だったり、得意だったり、自慢できたりするのだろう。
ひっくるめれば自分を満足させてくれるからと言える。


つまり「好きになる」というのは


「自分を満足させてくれる物に心が引かれる事」


と考えていいと思う。



これは対象が身近な人の場合についても同じ事が言える。
個々を考えれば見た目が良かったり、優しかったり、面白かったり、知識があったり、社会的地位があったりなど理由は色々あるんだろうけど、ひっくるめてしまえば最初に例に出した好きと同じ事だ。

人と物では好きという気持ちが違うと感じるのは、対象が人の場合、特に自分との関わりが多い人の場合はイメージが一定でないから。
その場のシチュエーションもあるし、相手の機嫌もあるだろうし、もしかしたら天気も関係あるのかもしれない。
とにかく人はいつも同じ状態ではない。
その時々のイメージの違いが決定的に「物」とは違うところだ。


対象が人の場合は、関わるごとにイメージの情報を更新して新しくトータルでのイメージを作らなければならない。
そのたびに前よりその人を好きになるかもしれないし、そうでもなくなるかもしれない。
何とも思ってなかったり、嫌いだった人を好きになるのかもしれない。


「好き」の状態がほとんど安定しないところが好きな人の、好きな物とは違う最大の特徴だ。



と書くと違和感のある人は多いと思うけど、この時点では、まだ恋愛対象とは言えない。
「好きな人」が恋愛対象に発展するには他にも要素がある。

とにかく恋愛対象となる人のベースにはこの「トータルとして自分を満足させてくれるイメージがある」という要素があるのは間違いない。


Posted by Rokuta at 05:25  |TrackBack(26) | 恋愛論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

恋愛の定義

早速だけど、とりあえず恋愛の定義から入りたいと思う。
これがないと話が全くまとまらなくなるしね。

通常「恋愛って何?」と問われた場合何と答えるだろう?
「人を好きになる事」
「好きな人同士が付き合う事」
「またはその過程」
「またはその様子」
などだと思う。

今回の恋愛論についてはこれら全部を含めて広義に捉えようと思う。
これら一つ一つは意味合いは違うけれど、全てつながっている事だし、分けてみても結局は全てが全てに干渉してしまう事になるだろうから、ここは大きく構えて

「人を好きになった事から派生する行動全て」

と定義したい。


Posted by Rokuta at 05:22  |Comments(1)TrackBack(2) | 恋愛論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

前振り


こないだお店でお客さんと話してて、恋愛論を書いてみようかという話になった。

男の僕が恋愛論ってゆうのもちょっとなんだが、仕事柄お客さんと恋愛については良く話するので、一度体系的にまとめておこうという気になってみた。

僕自身の恋愛体験は普通だと思う。それ程多くもないし、少なくもない。
そんな僕が恋愛について語っていいのかどうかは分からないが、自分の経験と、他の人の話、その他見聞きした事などをあわせればある程度は形になるんじゃないかなぁ(自信はない
一つ言えるのは、僕が恋愛について結構考えているという事だ。

何でこんな物々しく前振りを入れてなかなか書き始めないのかというと、何だか長い文章になりそうだから。
おそらく結構な量になると思う。
いや、もしかしたらそれ程でもないか。
今のところ予想は付かないけど、ちょっとした会議の資料程度かもしれないし、小説一冊分になるかもしれない。
多分その間のいずれかだ。

長い文章、特に恋愛論を書くとなると僕にとってはちょっとした実験だ。
長いというのは情報量としては申し分ないが、ただ長ければいいというわけでもない。
多分一度書いたものでもあとから修正しながら書く事になうだろうし、もしかしたらずっと書きつづったものが全くの見当違いで、全て削除する羽目になってしまうことだってあるかもしれない。

そんな訳なので、ぜひ温かい目で読んで貰いたい。
でも、矛盾点や、解りにくい点、異議があればぜひコメントして貰いたい。
僕自身そういった指摘がないと旨くまとめる自信がないと言う事もあるが、あくまでこれは実験だし、成功に導くためにはいろんな角度からの検討が必要だから。

いずれにしてもこれは僕の個人的な考えであって普遍の定理ではないので、その事を頭の片隅に置きながら、なおかつ内容を咀嚼して読んでもらえると嬉しい。




テクノラティプロフィール
Posted by Rokuta at 04:35  |Comments(94)TrackBack(3) | 恋愛論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする