2009年08月06日
エヴァンゲリオン再考<渚カヲル>(画像あり)
最後の『使徒』が、人の姿をしていたことに、深く興味をそそられました。それも、渚カヲルと名乗る美しい学生服の少年。
驚いたことに、彼は、碇シンジ君とうちとけて、親友以上の関係になってしまっていた。
碇シンジ君は、その渚カヲルこそが『最後の使徒』であることを知り「裏切られた」と感じ、深く傷つくとともに、その心の傷を消し去るかのように、激しい怒りとともに、渚カヲルが操る、弐号機と激しく闘いますよね。
そして、ついに碇シンジ君の乗る初号機の右手に、渚カヲルを握ってしまう。
つぶしてしまうことは、実にたやすい。
しかし、ずいぶんと長い沈黙と、微動だにしない初号機。
碇シンジ君の激しい葛藤が見て取れましたよね。
最後の『使徒』が人の姿をしているだけでも、抹殺することに、激しい抵抗があったと感じます。
それが、ひとたびは、親友以上の接触をした相手。
それまでは『使徒』が出現すれば、即座に出撃して殲滅(せんめつ)すれば良かった。
というよりも、必死だった。
無我夢中でしたよね。
命懸けですもんね。
常に人類の存亡が懸かってましたもんね。
結果として、渚カヲルを、エヴァ初号機の右手で握りつぶした碇シンジ君でしたね。
「だって『使徒』だったから」
そう『最後の使徒』渚カヲルを握りつぶさなかったら、世界が崩壊していた筈。
更に『人類補完計画』の命運もかかっていた。
それでも、渚カヲルを殺した碇シンジ君の心の苦しみは、想像を絶するほどに強烈なものだったはず。
私はふと思いました。
『最後の使徒』渚カヲルを抹殺する行為は『碇シンジ君の決断』が入っていると。
つまり、それまでは、どこか仕方が無いから闘っていた碇シンジ君が、初めて、自分で決断し、自分で「この世を守る」ということを選択した瞬間であると。
それは、なんとなく、仕方なしに生きていた碇シンジ君が、初めて、きっぱりと「生きること」を決断した瞬間ではなかったかな?と感じたのです。
そして、あらゆる過去との決別の瞬間ではなかったのかな?
とも感じました。
最後の使徒が消えて『人類補完計画』が始まりました。
碇シンジ君は「生きること」を引き受け、そして、自分の心の闇と向き合うことになりますよね。
最終的には、ついに、ありのままの自分を認め受け入れることに成功する。
作者の願いがそこに込められているように感じました。
『エヴァンゲリオン』は、年齢を問わず、すべての大人になることや、自分を好きになれない(自己同一視が困難な)人達へ(チルドレンへ)向けたメッセージなのではないのかな?
そんなふうに感じました。
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