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    <title>木　家　社会</title>
    <link>http://blogs.dion.ne.jp/bwe/</link>
    <description>木を育て、木を使い、家を作り、木を始まりとした社会を目指して</description>
    <language>ja</language>
    <docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs>
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    <itunes:author>bwe</itunes:author>
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      <link>http://blogs.dion.ne.jp/bwe/archives/10767336.html</link>
      <title>３６ヵ国中３４位</title>
      <pubDate>Thu, 24 May 2012 11:07:48 +0900</pubDate>
      <description>幸福度の調査としてOECDが国別順位を発表した。総合では２１位であり昨年より２つ順位を落とした。調査指標の中の「仕事と生活の両立」が３４位であり３６ヵ国中３４位でありそのひどさが分かる。「仕事と生活の両立」とは要するに長時間労働であることを示している。先進国だけでなく新興国もその調査の対象となっており、いかに日本の労働条件が悪いかである。新興国には日本での労働基準法の役割の法を整備していない国もあるだろう。それなのに下から数えたほうが早いという順位である。法を無視した国の怠慢..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
幸福度の調査としてOECDが国別順位を発表した。総合では２１位であり昨年より２つ順位を落とした。<br />調査指標の中の「仕事と生活の両立」が３４位であり３６ヵ国中３４位でありそのひどさが分かる。<br />「仕事と生活の両立」とは要するに長時間労働であることを示している。先進国だけでなく新興国もその調査の対象となっており、いかに日本の労働条件が悪いかである。新興国には日本での労働基準法の役割の法を整備していない国もあるだろう。それなのに下から数えたほうが早いという順位である。<br />法を無視した国の怠慢の他ならない。<br />今放送されているNHKの朝ドラは父親が大学医学部の先生という設定である。その先生の帰宅がいつも夕方の明るい時間である。帰宅して家族がそろって夕ご飯を食べる。そんな光景は今の時代考えられない。いつからこんな遅くまで仕事にきゅうきゅうとする時代になったのだろうか。戦後の物資のない時代に、腹を減らしていた時代に何かがあったと言えば、夕方に父親が仕事から帰ってきて家族がそろって夕ご飯を食べたことではないだろうか。<br />このブログでも何度でも言っている。日本の復興は労働時間の短縮を行うことから始めなければならない。週４０時間の労働だけでは食べていけないというのであれば、そもそも国としてもはや機能していないことを示している。要するに末端の人たちにしわ寄せをして何とか国を維持していこうとしているだけである。今論議されている消費税の増税も同じ次元である。消費税の増税は行わなければならないのは確かであるが、その目的はどんな言い訳をしようとしても末端の人たちにしわ寄せをするだけのものであり、国としての時間稼ぎでしかない。<br />さて一国民はこれからどのようにしていくのだろうか。まずは国に対する尊厳をなくす。国に対し、より多くのものを要求するだろう。払うべきものをはらっているのであるから当然という思いである。そして次に、払うべき税金などをいかにごまかすかに腐心しだすことになる。国を対立するものとした認識を持つことになるだろう。<br />今回の調査では「安全」の指標では１位であったが、今後治安はどんどん悪くなってくるだろうから、幸福度は下がる一方である。<a name="more"></a>

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            <category>社会一般</category>
      <author>bwe</author>
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      <link>http://blogs.dion.ne.jp/bwe/archives/10764901.html</link>
      <title>フェイスブックとは</title>
      <pubDate>Tue, 22 May 2012 10:53:07 +0900</pubDate>
      <description>フェイスブックの企業の時価総額がトヨタを超えるという。株価を株数でかけた数字であるから現実のものではないが、全く理解ができない。ブログまでは何とか利用しているが、その後のミクシー、ツウィッター、そしてフェイスブックはいまだ活用はしていない。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス）の部類のもののようであるが、何者なのかがまだ理解できていない。そもそも人と人とのつながりを特に必要としていない者にとっては、別段どうでもよい機能である。ブログまではこちらからの意見表明であるか..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
フェイスブックの企業の時価総額がトヨタを超えるという。株価を株数でかけた数字であるから現実のものではないが、全く理解ができない。<br />ブログまでは何とか利用しているが、その後のミクシー、ツウィッター、そしてフェイスブックはいまだ活用はしていない。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス）の部類のもののようであるが、何者なのかがまだ理解できていない。<br />そもそも人と人とのつながりを特に必要としていない者にとっては、別段どうでもよい機能である。ブログまではこちらからの意見表明であるから、社会に何らかの発信をする手段であるから、だれ一人として読んでくれなくてもそれは仕方がない。最初から多くの人に関心を持ってもらおうとは思っていないから。<br />ブログでもコメント欄があるが、コメントがあれば返答はするがなくてもなんとも思わないし、もしコメントが多ければうんざりすることになるだろう。<br />SNSなどのコミュニティーを最初から目的としているものは面倒くさくて最初から参加はしない。確かに意見交換の手段としてはいいのだろうが、それはメールのような個人的な形で行えば良いと思っている。特に、パソコン通信の迷惑メールなど全くなかった時代のことが一番よかったのかもしれない。連絡し合った以外全くメールがなく、連絡待ちの時メールがある知らせの表示があった時などわくわくしたものである。<br />つまりフェイスブックのどこに価値があるのかが理解できないでいる。単なる株の儲けあいの手段としてあるのではないかというのが結論としてある。はたしてフェイスブックが１０年後に残っているのか、そのことが心配でもあるし、だれがババを残すのかが問題となるのだろう。<a name="more"></a>

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            <category>社会一般</category>
      <author>bwe</author>
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        <item>
      <link>http://blogs.dion.ne.jp/bwe/archives/10751735.html</link>
      <title>外国資本による森林買収</title>
      <pubDate>Sat, 12 May 2012 19:19:05 +0900</pubDate>
      <description>平成２３年内の外国資本による森林買収事案の調査結果が林野庁のホームページで報道された。「外国資本による森林買収に関する調査の結果について」http://www.rinya.maff.go.jp/j/press/keikaku/120511.htmlせれ以前の事例も分かっている。「外国資本による森林買収に関する調査の結果について」http://www.rinya.maff.go.jp/j/press/keikaku/101209.html何ともはやわずかな買収にすぎない。それも..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
平成２３年内の外国資本による森林買収事案の調査結果が林野庁のホームページで報道された。<br />「外国資本による森林買収に関する調査の結果について」<a href="http://www.rinya.maff.go.jp/j/press/keikaku/120511.html" target="_blank">http://www.rinya.maff.go.jp/j/press/keikaku/120511.html</a><br />せれ以前の事例も分かっている。<br />「外国資本による森林買収に関する調査の結果について」<br /><a href="http://www.rinya.maff.go.jp/j/press/keikaku/101209.html" target="_blank">http://www.rinya.maff.go.jp/j/press/keikaku/101209.html</a><br />何ともはやわずかな買収にすぎない。それも北海道のリゾートがらみである。<br />外国資本により森林が買収され森林環境に問題が生じる。水資源が失われるなど行政機関及びマスコミまで惑わせた結果がこの程度にすぎない。<br />バカらしくて笑ってしまうとともに、シンクタンクと称するまやかしに付き合うことはない。もっと森の環境は本質的に荒廃してきていることが問題であるのに、何を考えているのか。外国資本でなく日本人が山を荒廃させている。その解決手段も見いだせずに悪化の一途である。他国の責任ではなく自らの責任であることを思い知ることである。<a name="more"></a>

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            <category>社会一般</category>
      <author>bwe</author>
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      <link>http://blogs.dion.ne.jp/bwe/archives/10746056.html</link>
      <title>近自然森づくり</title>
      <pubDate>Tue, 08 May 2012 10:00:46 +0900</pubDate>
      <description>「近自然森づくり」とは、国が取り組んでいる「森林・林業再生プラン」とは方向を大きく異にしている。「森林・林業再生プラン」は林業の機械化により生産性を上げコストの削減で林業を産業化としようとするものである。ドイツやオーストリアの模倣であるが、はたして日本になじむのか。机上だけの検討であり大いに疑問に感じている。「近自然森づくり」はまだ取り組まれつつある初期の段階であり、その成果は先のことであり今は分からない。そして機械化や作業道の整備などの目に見える変化でなく林業の根本の見方に..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
「近自然森づくり」とは、国が取り組んでいる「森林・林業再生プラン」とは方向を大きく異にしている。<br />「森林・林業再生プラン」は林業の機械化により生産性を上げコストの削減で林業を産業化としようとするものである。ドイツやオーストリアの模倣であるが、はたして日本になじむのか。机上だけの検討であり大いに疑問に感じている。<br />「近自然森づくり」はまだ取り組まれつつある初期の段階であり、その成果は先のことであり今は分からない。そして機械化や作業道の整備などの目に見える変化でなく林業の根本の見方にかかわるものであり、具体的に何が違うのかが分かりにくい。<br />機械化や作業道の整備は機械の使い方や作業道の整備の方法などの習得で何とかなるのだろうが、林業の根本を変えるのはそれに従事する人そのものの能力が関係しマニュアル化できるような簡単なものではないことは確かである。<br />では日本の林業でどちらが適しているかと言えば、昔から取り組んできたのと方向が近い「近自然森づくり」ではないかと思っている。しかし、一部では残っているのかもしれないが、日本古来の林業で成功している例をあまり知らない。経済的に成り立たなかったのではないかと考えている。<br />「近自然森づくり」のモデルとしてはスイスの林業とされているが、それもスイスのフォレスターの取り組みをモデルとしており、システムとして確立されたものではないようである。「近自然森づくり」を取組みつつある研究会は日本のあるべき姿をこれから模索するのであり、決して真似をするだけのものではないことを期待している。<br />実は私の林業の考えの出発点は拡大造林された杉や檜、カラマツの管理放棄された林業地をどうするかとの問題から出発している。間伐を行い広葉樹の二次林を誘導し針広混交林による森林環境の良い森を作り出すことを最初の目標とした。補助金で間伐を行うことで解決するのであれば良いのであるが、それでは何も生み出さないことは今までの経験で分かっている。そのため補助金ではない別の手段を作り間伐を行い新たな林業を模索することにつなげないかと考えている。その新たな林業が何なのかは分からない。<br />「近自然森づくり」の取り組みを知り、何らかの方向が見いだせるのではないかと大いに期待しているところである。<br />「近自然森づくり」は補助金などには全く関係はなく、自らの努力しかない。そんな難しいことに取り組もうとする林業地はほとんどないだろうと推測しているが、今の利益より将来に期待して努力することが今の閉塞の時代は大事である。<br />「近自然森づくり」に取り組もうとしている林業地がうまくいくように私の技術を活用できないかと今考えている。<a name="more"></a>

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            <category>林業</category>
      <author>bwe</author>
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        <item>
      <link>http://blogs.dion.ne.jp/bwe/archives/10739798.html</link>
      <title>バイオマスの利用とは</title>
      <pubDate>Thu, 03 May 2012 22:21:34 +0900</pubDate>
      <description>オーストラリアの研究機関が豚の排泄物を燃料に変える装置を開発した。中国には７億頭の豚が飼育されているとされており、その糞が肥料として利用されているのは１０分の１に限られている。開発された装置は糞からバイオガスを生成するものでバイオガスは料理や暖房に使われる。そしてその残材も肥料として農家に提供される。この装置はバイオリアクター「PooCareTM」といい、長さ３０メートル、高さ１０メートルの大型装置であるのに開発費用は３万５０００豪ドル（約２９０万円）で、すでに中国の農場に一..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
オーストラリアの研究機関が豚の排泄物を燃料に変える装置を開発した。中国には７億頭の豚が飼育されているとされており、その糞が肥料として利用されているのは１０分の１に限られている。<br />開発された装置は糞からバイオガスを生成するものでバイオガスは料理や暖房に使われる。そしてその残材も肥料として農家に提供される。<br />この装置はバイオリアクター「PooCareTM」といい、長さ３０メートル、高さ１０メートルの大型装置であるのに開発費用は３万５０００豪ドル（約２９０万円）で、すでに中国の農場に一基稼働している。<br />新聞報道でその真偽は定かではないが、これが本当のバイオマスの利用ではないだろうか。容易に導入可能な装置の価格、捨てられて環境悪化の原因となる糞を利用するのであるから原料のコストはわずかである。いやそれより環境悪化を考えればコストはかからないより利益が出るといってもよい。<br />それに引き換え日本のバイオマスの利用は億円を超える装置、さらに原料となるものも大きなコストがかかる。とても持続可能ではないし、無駄の塊にすぎない。<br />金をかけることが研究開発ではない。そのことが全く分かっていない。<a name="more"></a>

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            <category>社会一般</category>
      <author>bwe</author>
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      <link>http://blogs.dion.ne.jp/bwe/archives/10736225.html</link>
      <title>規制緩和と規制強化</title>
      <pubDate>Tue, 01 May 2012 09:20:13 +0900</pubDate>
      <description>経済回復の手段として規制緩和がすぐに取り上げられる。もちろん意味のない規制が残っている場合もあるが、多くは何らかの意味があって規制がある。派遣労働の禁止を緩和したことにより、今までと異なる労働形態が生まれた。それまでは働く場所と働く雇用先が同じ形態から、雇用先を別会社にする請負がまず現れた。直接雇用をしたくない企業の手段である。下請け、孫請けと雇用条件はどんどん悪くなっていく。どうせ雇用条件は悪くなっているのだからと、偽装請負の問題と合わさり派遣労働を認めることとなる。派遣労..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
経済回復の手段として規制緩和がすぐに取り上げられる。もちろん意味のない規制が残っている場合もあるが、多くは何らかの意味があって規制がある。<br />派遣労働の禁止を緩和したことにより、今までと異なる労働形態が生まれた。それまでは働く場所と働く雇用先が同じ形態から、雇用先を別会社にする請負がまず現れた。直接雇用をしたくない企業の手段である。下請け、孫請けと雇用条件はどんどん悪くなっていく。どうせ雇用条件は悪くなっているのだからと、偽装請負の問題と合わさり派遣労働を認めることとなる。<br />派遣労働の一番の問題は労働関係が明確でないということである。責任の所在が明確でない。そして働き方がいろいろあるほうが良いのではないかというような訳のわからない理屈でそれを正当化する。マスコミも同じく長いものにまかれる。<br />働き方が正社員の一日８時間労働のワンパターンのみでまかなえないことは誰でもが分かることであるが、それで派遣労働を認めるということにはならない。なぜだと言えばそれは労働強化になり、賃金の低下をもたらすことになるからである。<br />派遣労働を認めるならば、それと引き換えに「同一労働同一賃金」の明確な縛りがなければならない。それを取り締まる規制強化が同時に行われなければならないのは当然のことである。<br />規制緩和をすれば競争が行われ適正な価格形成がなされる良い面があるが、その反面今までの利益を確保しようとするために価格の低下をすべて労働に振り向けることになる。そうなるのが最初から分かっていることで、そのデメリットの是正を制度として一体で取り組んでいなければならない。<br />今回のバス事故を見ても起こるべくして起こった事故であり、事故のひどさから制度の問題として取り上げられつつあるが、以前から事故は起こっているのであり、問題は分かっている。しかし、その改善は一向に進まない。<br />規制緩和と同時に規制強化する部門は労働関係である。適切な労働時間、休息などが適切にとられているのか、これらのことを国は何も行っていない。<br />この国は本当に無責任な国である。働く人をまず第一に考えない国は歴史が示す通り崩壊する。戦後の最大の良かった点は労働関係が整えられたことである。労働者の権利が正当に扱われたことである。それがなんなのだろうか。どんどん戦前のあの労働者を無視した国になろうとしている。<br />企業が生き残ろうがどうであれ、働く人たちがどうしようもなければ国は成り立たない。今の自分はまだ大丈夫と思っているかもしれないが、いずれその境はどんどん少数側に進んでいく。恵まれない大多数側に落ちた時に怨んでもしょうがない。恵まれない人たちは努力が足りないと思っていた側であったのだから。<br />この国の在り方、方向が変な方向に向いていることに早く気が付かなければならない。早く気が付かなければもはや取り返しはできない。その時期は切迫している。いやもはや手遅れかもしれない。<a name="more"></a>

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            <category>社会一般</category>
      <author>bwe</author>
          </item>
        <item>
      <link>http://blogs.dion.ne.jp/bwe/archives/10732024.html</link>
      <title>理解不能</title>
      <pubDate>Sat, 28 Apr 2012 09:47:55 +0900</pubDate>
      <description>調達価格等算定委員会は経済学者や環境関連に属する５名の委員で構成されている。業界内部のそれぞれの仕事の仕組みは全く理解されていない。太陽光発電、風力発電、地熱発電などの他の仕事と関連がない部門はそれでも良いのかもしれないが、ことバイオマスについてはそういう訳にはいかない。木材の調達価格において未利用間伐材等の３３．６円と一般木材の２５，２円との差は一体何なのだろうか。その区分の判別においてトレーサビリティシステムでの証明書によるとされている。未利用間伐材が山の中で一般木材での..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
調達価格等算定委員会は経済学者や環境関連に属する５名の委員で構成されている。業界内部のそれぞれの仕事の仕組みは全く理解されていない。<br />太陽光発電、風力発電、地熱発電などの他の仕事と関連がない部門はそれでも良いのかもしれないが、ことバイオマスについてはそういう訳にはいかない。<br />木材の調達価格において未利用間伐材等の３３．６円と一般木材の２５，２円との差は一体何なのだろうか。<br />その区分の判別においてトレーサビリティシステムでの証明書によるとされている。未利用間伐材が山の中で一般木材での利用と区分でもされているような取り扱いである。山の木材を利用するべく搬出すれば一般木材となり、利用せずに放置されているのが未利用間伐材等である。<br />山の中では未利用間伐材とするかどうかはどうでもなる。つまり最初の認識が間違っている。委員たちは未利用間伐材と通常利用されている木材とは最初から異なる木材と思っているのである。<br />利用されている木材つまり区分での一般木材は利用しやすく木材の品質が良いから山から搬出され利用されているのに過ぎない。<br />もし、未利用間伐材等でのバイオマス利用での調達価格が木材本来の利用による価格を上回れば、確実に一般木材としてではなく未利用間伐材として区分され木材での利用としては最低のエネルギーでの利用に至ってしまう。<br />もしこんな案が通り、バイオマス発電が立地されたとしたら、林業は壊滅するだろう。木材のほとんどは輸入したものしか流通しない。<br />それは当然高値のバイオマス発電でのチップでの利用で今後２０年間林業が食べていくからである。そしてそれが終わった時、山は荒れ果て林業がもはや何もなくなっていることになる。<br />こんな想像など検討委員会の委員は何も感じてはいないだろう。最初から知らないことなのだから。そして、その過ちを是正する人たちもはたして出てくるだろうか。木材が高値で売れればよいという人ばかりであれば、未来はどうでもよいことで、今の生き残りだけであれば、それを放置するだろう。<br />林業界から間違いであることの主張が出てくることを望んでいる。<a name="more"></a>

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            <category>林業</category>
      <author>bwe</author>
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      <link>http://blogs.dion.ne.jp/bwe/archives/10729560.html</link>
      <title>国が国を亡ぼす</title>
      <pubDate>Thu, 26 Apr 2012 09:07:55 +0900</pubDate>
      <description>補助金制度はあくまでも事業が軌道に乗るまでの一時的なもののはずである。それがいつの間にか予算要求が通る限り継続されるものとなってしまった。予算の原案は財務省で作成されるから細部にわたる予算の内容は政治的な政府では関与せずにましてや国会では内容さえ知らない。省内部の予算要求で認められ、財務省でその要求が認められれば事業が継続し続ける。３年間で見直すという一応の縛りはあるが、名前や目的などをその時のトレンドを盛り込めば実質の中身は同じでも継続することができる。補助金があること自体..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
補助金制度はあくまでも事業が軌道に乗るまでの一時的なもののはずである。それがいつの間にか予算要求が通る限り継続されるものとなってしまった。予算の原案は財務省で作成されるから細部にわたる予算の内容は政治的な政府では関与せずにましてや国会では内容さえ知らない。<br />省内部の予算要求で認められ、財務省でその要求が認められれば事業が継続し続ける。３年間で見直すという一応の縛りはあるが、名前や目的などをその時のトレンドを盛り込めば実質の中身は同じでも継続することができる。<br />補助金があること自体で事業が成り立つ産業が出てくることになる。その産業とは林業である。林業以外にもたくさんあるだろう。<br />一度補助金頼みに落ち込んでしまえばその産業はもはや立ち直ることはできない。後は補助金の増減でその産業は浮き沈みを繰り返し、補助金の消滅でその産業は息の根が止まる。しかし、補助金がある限りかすかな息をし続ける。<br />補助金があることによりその産業は衰退する。国が国を亡ぼしていることに他ならない。<br />再生エネルギーの買い取り価格の案が策定された。その中に木質バイオマスで未利用木材バイオマス　３３．６円２０年とある。未利用木材バイオマスとは間伐などで山に捨てられた木材のことである。<br />価格が高くて良かったなどととても言えない。未利用木材バイオマスの内、多くは本来利用すべき木材なのである。いかに利用するかという努力がなされないまま、間伐でもらえる補助金を目的に切り捨て山に放置しているのである。<br />高値で未利用木質バイオマス由来の電力が取引されることになれば、バイオマス発電が立地されることになるだろう。そして下手をすれば今まで本来の木材に利用していた木材までもが木質バイオマス利用と称して最低の利用手段であるエネルギーとしての利用に替えられてしまうかもしれない。<br />そして２０年後制度の終わりとともに、未利用木質バイオマスのエネルギーの利用はコスト割れとなって終了、もちろんその時には木材本来の利用も何もなくなっている。国が国を亡ぼす典型的な事例となることだろう。<a name="more"></a>

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            <category>社会一般</category>
      <author>bwe</author>
          </item>
        <item>
      <link>http://blogs.dion.ne.jp/bwe/archives/10725951.html</link>
      <title>石油化学と木材</title>
      <pubDate>Mon, 23 Apr 2012 12:17:17 +0900</pubDate>
      <description>石油資源の枯渇と価格の高騰から、それに代わる資源開発という話題がすぐに持ち上がる。エタノールしかり、生物由来のプラスティックしかり。それらはあくまでも可能性のある将来の技術であり、今すぐに事業化できるというものではない。事業化の可能性を知るには、今の技術でどれだけの生産量が上がるかですぐにわかる。すなわち、木材であれば木材１立米でどれだけの生産量になるかである。その生産量で今のその製品の価格から木材１立米の価格の一段階が分かる。その価格からその製品を生産するのにかかるコストを..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
石油資源の枯渇と価格の高騰から、それに代わる資源開発という話題がすぐに持ち上がる。<br />エタノールしかり、生物由来のプラスティックしかり。<br />それらはあくまでも可能性のある将来の技術であり、今すぐに事業化できるというものではない。<br />事業化の可能性を知るには、今の技術でどれだけの生産量が上がるかですぐにわかる。すなわち、木材であれば木材１立米でどれだけの生産量になるかである。その生産量で今のその製品の価格から木材１立米の価格の一段階が分かる。その価格からその製品を生産するのにかかるコストを差し引けば実質の価格が出てくる。<br />木質エタノールでもメタノールでも、木質プラスティックでもその一段階の木材価格があまりにも安価であることが判明するはずである。つまり、製品の価格が安いために木材価格が当然安くなってしまう。製造コスト云々の問題ではない。最初から事業として成り立たないのである。<br />木質バイオマスの利用と称してエタノールの製造プラントやリグニンの製造プラントが木材の利用を何とかしようとする地方で立地されている。そしてそのプラントに大きな期待を持っている。<br />水を差すようで悪いが、その期待は何の根拠もないものであることがすぐにわかるだろう。研究開発は行う必要がある。しかし、今すぐに地域経済を何とかしようとする手段としては到底役には立たない。ある市でそれのプラント建設における補助事業で詐欺的な問題が生じている。何億円もかかったと称せられるプラントのなんと貧弱な前でその市長と知事が視察を行っているが、何の疑問を感じていない。問題が表面化して刑事事件に発展するようであるが、最初から怪しいと思わないのだろうか。<br />バイオマスにかかわる国の事業のほとんどは失敗とされている。国自体の調査の結果であり間違いはない。数千億円の税金がどぶに捨てられたのである。いや高速増殖炉の「もんじゅ」など数兆円であることから比べれば安いものかもしれないが、何ともこの国の無策ぶりにいかんともしがたい脱力感にある。<a name="more"></a>

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            <category>木の使い方</category>
      <author>bwe</author>
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        <item>
      <link>http://blogs.dion.ne.jp/bwe/archives/10719539.html</link>
      <title>なぜ木材本来の利用が進まないのか</title>
      <pubDate>Wed, 18 Apr 2012 16:46:50 +0900</pubDate>
      <description>木材単価が安いから木材を利用しない。林業側からすればそういう理由である。利用する側からするとほしい木材が簡単にそろわない。少し高くてもいつでも調達可能な輸入材を使ってしまう。木材利用の現状はこのようなものである。そこで木材単価が安くても林業が成り立つ仕組みを作ればよいとして「森林林業再生プラン」が国で立案されている。林業サイドの改革で何とかしようとする取り組みであるが、はたしてうまくいくのだろうか。つまり安い国産材を用意すればおのずと国産材が利用されるだろうとの期待に基づいて..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
木材単価が安いから木材を利用しない。林業側からすればそういう理由である。利用する側からするとほしい木材が簡単にそろわない。少し高くてもいつでも調達可能な輸入材を使ってしまう。木材利用の現状はこのようなものである。<br />そこで木材単価が安くても林業が成り立つ仕組みを作ればよいとして「森林林業再生プラン」が国で立案されている。林業サイドの改革で何とかしようとする取り組みであるが、はたしてうまくいくのだろうか。つまり安い国産材を用意すればおのずと国産材が利用されるだろうとの期待に基づいている。うまくいくまではいつもの通り補助金のバラマキを続けるしかない。うまくいくまで補助金が続けられるのだろうか。<br />いや補助金が国産材の利用をしにくくしている張本人かもしれないのである。国の進めようとしている方向が現状の木材利用のままを継続するものであれば、利用しずらい木材利用の形が温存され続けることになる。<br />消費者側でほしい木材の規格と、生産者側で生産している規格にそごがあればいくら大量に生産しても利用されないかもしれない。しかし、補助金による支えがあるからいつまでたっても変更されない。いずれどうしようもなくなって林業が倒れることになってしまう。<br />林業サイドの生産者側からの取り組みだけでなく消費者側からの取り組みが相互に連携した政策がなければダメなのではないかと。<br />国産材の利用がなぜ進まないのかの理由を遅まきながら見つめなおさなければならない。これだけ長期間何もできないのであるからこの国ではできないのであろう。悲観的に見ている。<a name="more"></a>

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            <category>林業</category>
      <author>bwe</author>
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      <link>http://blogs.dion.ne.jp/bwe/archives/10719215.html</link>
      <title>問題の本質</title>
      <pubDate>Wed, 18 Apr 2012 09:32:28 +0900</pubDate>
      <description>問題の本質が何も分かっていない。今日の読売新聞の一面に木材が話題にあげられている。その内容の感想である。記事ではオ－ストリアのある修道院の事例を紹介している。そこには今までの林業だけでなく熱供給事業を始めたことで燃料という付加価値が加わったとある。そして「堆肥くらいしか使い道がなかった細枝や樹皮に燃料という付加価値が加わった」と言わせているのである。そして国内の例として「年間２０００立方メートルが出る間伐材は収集・運搬コストがかかることからほとんど利用されておらず・・・」とし..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
問題の本質が何も分かっていない。今日の読売新聞の一面に木材が話題にあげられている。その内容の感想である。<br />記事ではオ－ストリアのある修道院の事例を紹介している。そこには今までの林業だけでなく熱供給事業を始めたことで燃料という付加価値が加わったとある。そして「堆肥くらいしか使い道がなかった細枝や樹皮に燃料という付加価値が加わった」と言わせているのである。<br />そして国内の例として「年間２０００立方メートルが出る間伐材は収集・運搬コストがかかることからほとんど利用されておらず・・・」としている。<br />つまりこの記事の言いたいことは間伐材の未利用な資源を燃料として活用すれば新たな産業が生まれ雇用が創設できるのではないかということであろう。<br />この記者は未利用の間伐材がどのようなものなのかを知っているのだろうか。まさか間伐材が修道院での細枝や樹皮と同じものと思っているのだろうか。<br />もし、修道院の林業の担当者に日本の間伐材が捨ててある現状を見せれば日本という国のなんと資源を無駄にする国であるのかと驚くことであろう。<br />木材本来の利用と併せてついでに細枝が搬出され製材の過程で樹皮が出てくる。細枝や樹皮の利用はあくまでも木材本来の利用がその前提になければならない。その一番肝心なことが全く無視されている。間伐材の取集・運搬コストがかかるのであればその分は税金から補助金で補てんしなければならない。燃料による利用で他のエネルギーと競合で負けるのであればまたその差額を補てんしようと考える。今まで何度となく失敗の繰り返しである金のバラマキである。日本が世界一の借金国であるのに。<br />問題の本質は、なぜ木材が木材本来の利用で活用できないかである。バイオマス利用などという燃料の利用はそのことが解決しなければ議論することではない。マスコミはなぜ次元が低い分析しかできないのだろうか。それにより世論が間違った方向へと誘導されることに、そして国がより悪くなる方向へと進むことへ暗澹たる思いである。<a name="more"></a>

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            <category>林業</category>
      <author>bwe</author>
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      <link>http://blogs.dion.ne.jp/bwe/archives/10708698.html</link>
      <title>地熱発電と自然保護</title>
      <pubDate>Tue, 10 Apr 2012 09:48:50 +0900</pubDate>
      <description>地熱発電は火山と関係してその候補地の多くは国立公園内にある。国立公園には保護を必要とする場所を特別保護地域として指定している。その保護の重要度において公園内では垂直に熱源に井戸を掘れずに斜め掘りが採用されるという。なんとばからしいとは思わないのだろうか。海の干潟や原生林に覆われた山岳地帯であれば人の手を入れないのは理解できる。しかし、火山の噴火で形成された火山地帯に何の自然保護があるのだろか。人の手により何か工作物が作られても一度の噴火によりすべて破壊されてしまう。破壊するこ..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
地熱発電は火山と関係してその候補地の多くは国立公園内にある。<br />国立公園には保護を必要とする場所を特別保護地域として指定している。その保護の重要度において公園内では垂直に熱源に井戸を掘れずに斜め掘りが採用されるという。<br />なんとばからしいとは思わないのだろうか。海の干潟や原生林に覆われた山岳地帯であれば人の手を入れないのは理解できる。しかし、火山の噴火で形成された火山地帯に何の自然保護があるのだろか。人の手により何か工作物が作られても一度の噴火によりすべて破壊されてしまう。破壊することが自然であればその地に人の手が入っても何ら問題はない。<br />火山地帯の地熱発電は自然保護などの意味のないことより当然優先すべきである。<br />また、次に問題とされるのは温泉への影響である。もちろん温泉の影響を避けるべきであるが、そうかといってその可能性があるから地熱を利用するのに反対するのには納得がいかない。地熱発電は本来、熱源のほんの一部の利用でしかなく熱水は外部には出されない。温泉のように外の川に温水を流すというようなものではない。<br />日本の確実なエネルギー資源として地熱がある。それを利用しなくてどうするというのだろうか。<a name="more"></a>

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            <category>社会一般</category>
      <author>bwe</author>
          </item>
        <item>
      <link>http://blogs.dion.ne.jp/bwe/archives/10707374.html</link>
      <title>日本デフレの最大の原因</title>
      <pubDate>Mon, 09 Apr 2012 09:19:44 +0900</pubDate>
      <description>日銀の金融政策の失敗から日本はデフレを脱却できないとよく経済評論家から解説されている。日本のデフレの本質はそんなところにはないと確信している。もちろん金融でインフレ政策を取ればデフレを緩和することは可能である。しかし、本質が解決されていなければ歪んだ形での見せかけの改善でありデフレの状態は変わらない。では日本デフレの本質はどこにあるかと言えば日本人の労働の在り方の大きな変化にあると考えている。労働をコストとして位置づければコストを下げることが優れた経済と認識される。非正規の雇..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
日銀の金融政策の失敗から日本はデフレを脱却できないとよく経済評論家から解説されている。日本のデフレの本質はそんなところにはないと確信している。もちろん金融でインフレ政策を取ればデフレを緩和することは可能である。しかし、本質が解決されていなければ歪んだ形での見せかけの改善でありデフレの状態は変わらない。<br />では日本デフレの本質はどこにあるかと言えば日本人の労働の在り方の大きな変化にあると考えている。労働をコストとして位置づければコストを下げることが優れた経済と認識される。非正規の雇用形態の拡大、労働基準法を無視した長時間労働の放置。それらはグローバル経済で企業を生き残させるためとの名目で戦後の労働政策を戦前の形に変えようとする動きである。<br />マスコミでよく取り上げられる事業の成功例は表面的には何か経営者のカリスマ的な所をあげつらっているが、実質は何のことはない。働く人たちの無理な労働により他との差別化をしているのに過ぎない。<br />資本主義経済の下ではどのような手段でも可能とすれば、真っ先に労働条件は切り下げられてしまう。企業活動での公正な取引を守らせるのと同じように、労働での一定の基準を守らせなければ、その資本主義経済は社会のための制度ではなくなっていく。アメリカやヨーロッパでの先進国ではこの両輪を絶対に守ろうとする。しかし、日本では海外との関係にある公正な取引は守らざるを得ないが、国内問題の労働条件はないがしろにされていく。<br />過重労働により企業の利益を上げて勝ち組になれば、他もそれに負けないようにするためには同じく過重労働を課していく。その負の連鎖が今の日本経済である。結果、労働が関係する部門の物価は下がり続ける。流通、販売、飲食など労働集約的な事業形態がその典型である。そして実質の賃金が下がり続け、消費も下がり続けることになる。デフレが止まらない。<br />ここですぐに日銀の金融政策が問題として取り上げられる。日銀よりも国内法の労働基準法の確実な運用を行うことが日本デフレの解決策でありそれしかないのである。<br />表面的に儲けている企業をその内実も理解しないままマスコミが取り上げ賛美することに、その隠れた問題を見逃していることに、まだこの国の多くは気が付いていない。ましてや戦前の労働の在り方が正しいと信じている、その価値観を持った石原東京都知事や橋下大阪市長などの政治風土に国の変化を委ねようとしている。<br />また、何回同じ失敗を繰り返すのか、この国の人たちはまだ分からないのだろうか。<a name="more"></a>

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            <category>社会一般</category>
      <author>bwe</author>
          </item>
        <item>
      <link>http://blogs.dion.ne.jp/bwe/archives/10704472.html</link>
      <title>感心する新たな取り組み</title>
      <pubDate>Sat, 07 Apr 2012 10:10:27 +0900</pubDate>
      <description>今日の朝のNHKの番組で地方の売りに出ている施設を買取り、理想郷としようとする取り組みが紹介されていた。各地からその地に移り住んできた人たちがそれぞれの生き方を模索している。はっきりしていることは会社に勤めて生活をしようとする人たちではないことである。感心したのは施設の買取の方法である。１万坪の広さの土地を有するのであるから地方であっても山奥でない限りそれ相当の値段がする。とても一個人では手が出ない。その解決策としてインターネットで同じ趣旨に賛同した人たちを募ったのである。そ..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
今日の朝のNHKの番組で地方の売りに出ている施設を買取り、理想郷としようとする取り組みが紹介されていた。<br />各地からその地に移り住んできた人たちがそれぞれの生き方を模索している。はっきりしていることは会社に勤めて生活をしようとする人たちではないことである。<br />感心したのは施設の買取の方法である。１万坪の広さの土地を有するのであるから地方であっても山奥でない限りそれ相当の値段がする。とても一個人では手が出ない。その解決策としてインターネットで同じ趣旨に賛同した人たちを募ったのである。その具体的な方法は定かでないが、一人でできないことも同じ気持ちを持つ人たちが集まれば十分に可能であろう。それを思いつき実現したことに感心したのである。<br />会社に勤めるだけが人生ではない。もちろん人を大事にした会社であれば良いのであるが、今のご時世、人を消耗品として扱うことにより生き残りを図る会社も多数ある。<br />国がまともな働き先を作ることが出来ず、いやそれよりか悪質な労働がまかり通る会社を野放しにしている何の役にも立たない状況にある。真面目な話、労働を所管するべき厚生労働省自体が職員を大事にしているとは到底思えない。<br />人が生きるためには衣食住が絶対に必要であり、特に住をまず最初に確保しなければならない。その住とはコストが掛かってはならない。賃貸住宅などもちろんダメである。そうかと言って都会の一等地の固定資産税が大きくかかるところも同じくダメである。一番いいのはその家に住むのに一銭も掛からないのがベストである。住にコストが掛からなければ後は衣と食をどうするかに腐心すればよい。<br />ただ、前記の例で問題として残るのは病気や教育などの金銭での負担がかかるのをどうするかである。病気になれば金がかかる。高等教育を受けさせようとすればやはり金がかかる。前記の例では３０代の若い人達であるが、歳を取っても今のまま維持できていくのかが課題となる。<br />北欧のように医療費、教育費が無料な国であればこの生き方で持続可能であるが、はたしてこの国ではどうであろうか。しかし、雇用がないこの国では、雇用があってもまともな雇用でないこの国では、この取り組みは新しい生き方として考える必要がある。<a name="more"></a>

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            <category>社会一般</category>
      <author>bwe</author>
          </item>
        <item>
      <link>http://blogs.dion.ne.jp/bwe/archives/10700702.html</link>
      <title>原発事故とがれき</title>
      <pubDate>Wed, 04 Apr 2012 09:53:32 +0900</pubDate>
      <description>原発事故による放射能拡散、その影響によりがれき処理ができないでいる。放射能被害は福島県内に限る問題と国はしているが、他県のがれきも一向に解消には向かわない。安全性の判別不可能な放射能、その安全性を担保するべき国への不信感からがれきの受け入れに反対する人たちが多い。直接的に反対をする人たちは一部であるが、発言をしない多くの人に暗黙の賛同があることがその反対を無視できなくなっている。国の今までの原発事故の対応の能力から国への不信感が広がったのであるから、国民の認識不足と国民へ責任..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
原発事故による放射能拡散、その影響によりがれき処理ができないでいる。<br />放射能被害は福島県内に限る問題と国はしているが、他県のがれきも一向に解消には向かわない。安全性の判別不可能な放射能、その安全性を担保するべき国への不信感からがれきの受け入れに反対する人たちが多い。直接的に反対をする人たちは一部であるが、発言をしない多くの人に暗黙の賛同があることがその反対を無視できなくなっている。<br />国の今までの原発事故の対応の能力から国への不信感が広がったのであるから、国民の認識不足と国民へ責任を転嫁することはできない。<br />産業においてのがれきと同じ影響を受けているのが木材業である。福島県の南部は林業と木材加工業が盛んな地域である。そこでの木材生産において発生する木くずの処理ができない状況に至っている。それは隣接する栃木県も同じようである。<br />木を伐採し製材する過程において発生する端材、特に樹皮は放射能汚染を直接受けたと思われるところでありその処理ができない。今はそれを山積みしている状況にある。いずれそれは続けることができなくなる。つまりは木材加工は福島県、及び栃木県ではできないということになる。<br />がれきと同じくこの木くずの処理も国は未だ解説手段を持ち得ていない。<br />この問題はより地域を拡大するおそれがある。木材は自然のものであり全て処理できることが優れた素材であったのが、危険物と同じく処理の困難性、コストの問題が出てくれば、福島県を中心としたより広い地域に林業から始まる一大産業がなくなるということである。<br />次から次へと問題が出てくる。それを何も解決できない国。意味のない議論で時間だけ経過して責任を放棄する政治。いや政治の責任ではない。それを選んできた自らの責任でもある。国民ひとりひとりの責任である。それを自覚しない限り、また同じことの繰り返しである。<br /><a name="more"></a>

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            <category>社会一般</category>
      <author>bwe</author>
          </item>
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