2008年03月27日
補足:PROTO-TYPE BROMPTON
1〜4タイプのPROTO-TYPE BROMPTONを紹介しましたが、本国サイトにBROMPTON社の歴史と各モデルの経緯が記事になってますね。このブログでMk-2かなと思っていたものが初代モデルとしてカウントされ1986年頃にMk-2(Mk-2という呼び方は非公式だそう)として、ほぼ現行のBROMPTON(アルミのハンドル、フロントキャリアシステム、オリジナルのタイヤまでMk-3と言っても見分けがつかない)の形をしたものがリリースされたようです。
ちなみに現行のMk-3と呼ばれるものは、2000年からのモデルのようです。
2008年03月13日
PROTO-TYPE BROMPTON 5

前回と同年頃のBROMPTON。これらはMARK-2と呼ばれていたのでしょうか?(現在のモデルはMk-3と呼ばれる。)
このBROMPTONはなかなか興味深いプロトタイプだ。
折畳みの固定部が現行のネジ式ではなく、レバー式(BD-1やDAHONのそれと似たような仕組み)なのだ。それ以外は、前回のものとほぼ一緒だ。(フロントキャリアがついてはいるが)
ワンタッチで折畳み部を固定することが出来るレバー式は確かに便利で、他の折畳み自転車のそれを見て、なんでBROMPTONはレバー式にしないのだろう?などと思ったこともあったが、ちゃんと試行錯誤してたのね。
双方試した結果、原始的ではあるけど確実に固定できるネジ式を選択したのでしょう。おそらくレバー式は当時(80年代)技術的に固定力や強度、耐久力ともに十分でなかったとも考えられるし(現在のDAHONのレバーは研究尽くされ外観、強度、固定力なども十分なものとなっている)ネジ式と比べ、レバー式はかなり仰々しく見た目を損ねている。
ついでにサドルにもバネがついており、乗り心地に貢献している。
まだハンドルはステム部と固定されていたり、フレームのカーブがキツかったりまだ現行のモデルに到達するまで、少しの進化を要するがすでにBROMPTONのロゴが決定されているし、一番BROMPTONらしいと言われる赤黒ツートンカラーの採用といい、ここにBROMPTONのベースが極まったといっていい。
'75年のプロトタイプもそうだが、この'80年モデルはなおさら手にしたい一台だ。手に入れることができるのなら、何もいじらずこのまま生涯の友として乗ってみたい自転車だ
プロトタイプの写真は'06モデルの広告写真を担当したOlivier Pascaudというプォトグラファーの作品
2008年03月09日
PROTO-TYPE BROMPTON 4

最初のプロトタイプから8年の月日が経った1983年製のBROMPTON。
この8年間でアンドリューを取り巻く環境とBROMPTON自体も大きく変わる。
BROMPTONのアイデアの売込みがうまく行かず、彼自身でいよいよBROMPTON社を起こすことになるのだ。
彼はこのことについて、「売込みにしっぱいしてしょうがなく…」なんて軽く言っているが、どれほどの苦渋と後のない決断に悩まされたのかは想像に難くない。
BROMPTON本体はというと、アイデアの完成度、そしてデザインも絶頂に達した。
前回までのポストの無骨なプロトタイプは'80年まで続いたというから、3年でここに到達したということだ。
わずか3年たらずでこの形を得ることができたのはおそらく彼一人の力だけではあるまい。あのメインフレームのカーブの底から、もう後のないアンドリューの鬼気迫る気迫と決断、日夜繰り広げられであろう彼とそのブレーンとの熱いやり取りが伝わってくる。
して、このモデルは発の量産モデルとなり2年の間に400台生み出されるが、資金繰りなど様々な問題から製造は中止される。しかし、アンドリューの情熱は燃え尽きることなく'87年に再会。
ここからBROMPTON社とアンドリューの躍進が始まるのである!!
2008年03月05日
PROTO-TYPE BROMPTON 3
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前回ポスト同様、 1975年製造のBROMPTON。
電装関係の追加と、折畳み時にハンドルが抜けにくくされていたり、メインフレームの折畳み部分の改善(?)が見られる。少しではあるが、フォルムにも洗練された感がある。
同年にフレーム形状の異なるものが存在するということは、試行錯誤をかねてこの他にも数点のプロトタイプが存在していたのでは?と思わせる。
機会があれば、跨がってBROMPTONの歴史を踏みしめてみたいものだ
2008年03月03日
PROTO-TYPE BROMPTON 2
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1975年にアンドリュー・リッチーが完成させた初めてのBROMPTON。(エイムック社のミニベロ街乗りスタイル
アンドリュー・リッチーの夢と希望とが詰まったこの自転車は、”優雅”と形容される現在のBROMPTONの形とは似ても似つかない無骨なフォルムだ。
しかし…というかやはりというべきか驚くのは折畳機構が基本的なところで(後輪をぐるっと前にまわし込みフレームとハンドルを折り畳むシステム)まったく変化していないということ。さらにゴムブロックのサスペンションや折りたたみ時のチェーンテンショナー,リアキャリアにいたるまで揃っているのである。当時のアンドリューのBROMPTONにかける本気の想いが伝わってくる。
BROMPTONはすでに完成された自転車であったということだ。
この折りたたみという部分に関しては、比類を見ない自転車であるとあのモールトンの生みの親であるアレックス・モールトンも認めているところであるという。
それを、自転車については(プロダクトというものについすら)無知だったんじゃないかと思われる彼がここまでのものを造ってしまったのに、ただ驚くばかりである。(逆にそれがこの発想を生み出したのかもしれない)
このあと、アンドリュー・リッチーはメーカに売り込むのだが結局どこにも受け入れてもらえず、自分自身でBROMPTON社を作ることになるのである。この間に苦難の日々があったわけだが、コレは良い結果となったのではないだろうか?
ともあれ、彼の最良の選択のおかげで僕らはBROMPTONに出会って乗ることができた。
ありがとう、アンドリュー!!
