2011年11月13日
「とある廃駅を定点観測する2011。」の巻。
久しぶりに「地域ネタ」を投稿します。
これまでにも何回か掲載していた、長崎県南島原市の「口之津」という駅の定点観測、
今年また少し写真が増えたので、ここで一気に掲載します。
(過去記事を切り貼りして書いてますので、「それ見たよ!」という方はすみませんm(_ _)m)
1.2007年
2007年5月のGW旅行の一行程の話です。
雨の中、熊本県天草市の鬼池港からフェリーで、
長崎県南島原市の口之津港に着きました。
口之津には「島原鉄道の駅」と「島鉄バスの停留所」がありました。
島原外港駅および島原駅まで、鉄道とバスが平行して運行されているようでした。
とにかく雨がすごかったのと、バスがたまたまタイミングよく来たので、そのバスに乗り、島原駅まで行ってしまいました。
「鉄道は次回乗ればいいや」と想っていて・・。
2.2008年
翌年(2008年)の5月に再度訪れたのですが、
その時には既に、島原鉄道の「島原外港」〜「加津佐」の区間が、
その年の4月1日をもって既に運行廃止となった後でした。
(「島原外港」〜「諫早」間は現在も運行中)
しかし、まさかそんなことになってるとはつゆ知らず(事前にあまり調べないんですよね(^^;)、
熊本県天草から船で島原に上陸。
フェリーターミナルの向い側に、この駅が見えました。
この時は、まさか廃止になったとは気づかず、「鉄道に乗る気満々」でした。

しかし、駅には駅員も客も誰もいません。
そして、以下の表示を見つけます。

うひゃ〜。
というわけで、「もう車両が走ることのない線路」です。

「用途のなくなった待合所」です。

この時点では廃止から1ヶ月しか経っていなかったのに、
もう既に、「ただの利用者の少ない駅」とはまた違った感じを醸し出していました。
3.2009年
「もう口之津駅から鉄道には乗れない」とはわかっていても、
何だか気になって、また行ってしまいました。

「あ、駅名表示板がなくなっている!」というのはすぐに気づいたんですが、
考えてみると、線路もなくなってますね(^^;
↓フェリーを降りた時、駅舎のたたずまいは運行当時と変わらずこんな感じだったので、

「いろいろと、当時のまま残っているか」と一瞬期待したのですが、残念です。
ちなみに、ガランとした待合室と「平成20年4月1日にて廃止」の貼り紙はそのままでした。

あ、でも少なくともこの時点までは、とにかく「駅舎は」残されていたのですが。
4.2010年
「こうなったら定点観測してしまえ!」と覚悟を決め、2010年もまた行きました。
天草からフェリーに乗り、口之津港で降りてびっくりしたのは、駅の場所がこんな風になっていたことです。

「おおっ、駅舎がない!」と焦って、「元ホームだったであろう場所」から撮ったのがこちらです。

どんどん「元がプラットホームだった」とはわからなくなってきてます。
5.2011年
「もうええやろ!?」という感じですが、また行ってみました。
ホームはもう、こんな感じです。

もう「以前ここに線路があった」とか全然想像できない様相になっていて、
ショックのあまり、
「以前・駅のあったところ」の写真を撮り忘れてしまいました(^^;
駅舎の横(2009年の駅舎の写真の向かって右側)の駐輪場だけは今も健在で、
かろうじてそれだけは撮りました(^^;

===
なぜ毎年こんな場所を訪れてるかというと、
多分、「2007年の時点で鉄道に乗らぬまま廃線になってしまったのがよほど悔しいから」なのだと思います。
まあこの路線も、
「普賢岳の噴火の時に一度廃止にして再度復活させたのを今回廃線にした」などもっと奥深い経緯があるようで(すみません詳細は不勉強なのですが)、
私のような一介の旅行者がノスタルジーで好き勝手言っててもしょうがないな、とも想ったりもしておりますが。
というわけで、だらだら長い定点観測レポート、
最後まで見てくださった方、もしいらしたらありがとうございました。
これまでにも何回か掲載していた、長崎県南島原市の「口之津」という駅の定点観測、
今年また少し写真が増えたので、ここで一気に掲載します。
(過去記事を切り貼りして書いてますので、「それ見たよ!」という方はすみませんm(_ _)m)
1.2007年
2007年5月のGW旅行の一行程の話です。
雨の中、熊本県天草市の鬼池港からフェリーで、
長崎県南島原市の口之津港に着きました。
口之津には「島原鉄道の駅」と「島鉄バスの停留所」がありました。
島原外港駅および島原駅まで、鉄道とバスが平行して運行されているようでした。
とにかく雨がすごかったのと、バスがたまたまタイミングよく来たので、そのバスに乗り、島原駅まで行ってしまいました。
「鉄道は次回乗ればいいや」と想っていて・・。
2.2008年
翌年(2008年)の5月に再度訪れたのですが、
その時には既に、島原鉄道の「島原外港」〜「加津佐」の区間が、
その年の4月1日をもって既に運行廃止となった後でした。
(「島原外港」〜「諫早」間は現在も運行中)
しかし、まさかそんなことになってるとはつゆ知らず(事前にあまり調べないんですよね(^^;)、
熊本県天草から船で島原に上陸。
フェリーターミナルの向い側に、この駅が見えました。
この時は、まさか廃止になったとは気づかず、「鉄道に乗る気満々」でした。

しかし、駅には駅員も客も誰もいません。
そして、以下の表示を見つけます。

うひゃ〜。
というわけで、「もう車両が走ることのない線路」です。

「用途のなくなった待合所」です。

この時点では廃止から1ヶ月しか経っていなかったのに、
もう既に、「ただの利用者の少ない駅」とはまた違った感じを醸し出していました。
3.2009年
「もう口之津駅から鉄道には乗れない」とはわかっていても、
何だか気になって、また行ってしまいました。

「あ、駅名表示板がなくなっている!」というのはすぐに気づいたんですが、
考えてみると、線路もなくなってますね(^^;
↓フェリーを降りた時、駅舎のたたずまいは運行当時と変わらずこんな感じだったので、

「いろいろと、当時のまま残っているか」と一瞬期待したのですが、残念です。
ちなみに、ガランとした待合室と「平成20年4月1日にて廃止」の貼り紙はそのままでした。

あ、でも少なくともこの時点までは、とにかく「駅舎は」残されていたのですが。
4.2010年
「こうなったら定点観測してしまえ!」と覚悟を決め、2010年もまた行きました。
天草からフェリーに乗り、口之津港で降りてびっくりしたのは、駅の場所がこんな風になっていたことです。

「おおっ、駅舎がない!」と焦って、「元ホームだったであろう場所」から撮ったのがこちらです。

どんどん「元がプラットホームだった」とはわからなくなってきてます。
5.2011年
「もうええやろ!?」という感じですが、また行ってみました。
ホームはもう、こんな感じです。

もう「以前ここに線路があった」とか全然想像できない様相になっていて、
ショックのあまり、
「以前・駅のあったところ」の写真を撮り忘れてしまいました(^^;
駅舎の横(2009年の駅舎の写真の向かって右側)の駐輪場だけは今も健在で、
かろうじてそれだけは撮りました(^^;

===
なぜ毎年こんな場所を訪れてるかというと、
多分、「2007年の時点で鉄道に乗らぬまま廃線になってしまったのがよほど悔しいから」なのだと思います。
まあこの路線も、
「普賢岳の噴火の時に一度廃止にして再度復活させたのを今回廃線にした」などもっと奥深い経緯があるようで(すみません詳細は不勉強なのですが)、
私のような一介の旅行者がノスタルジーで好き勝手言っててもしょうがないな、とも想ったりもしておりますが。
というわけで、だらだら長い定点観測レポート、
最後まで見てくださった方、もしいらしたらありがとうございました。

