2005年11月19日

市毛勝雄『高校生のための作文読本-小論文の書き方-』

1978年11月20日初版発行 有朋堂 明解シリーズ(109)大学受験名コーチ

誰しも、ある程度まとまった文章を書いたことがある人なら、文章読本の一冊や二冊手にしているだろう。私も大学の卒論を書く時には、文庫本になる前の本多勝一『日本語の作文技術』(1976年)を指導教官から薦められ、修論のときは当時出たばかりの『理科系の作文技術』(1981年・中公新書624)を買い、よく読み、頼りにした。また書く準備としては、パソコンなど無き時代、膨大な文献、情報整理のため、ベストセラーだった梅棹忠夫『知的生産の技術』(1969年・岩波新書)に従い、たくさんのカードを作った。

そして、もう一冊思い出深いのが『高校生のための作文読本』。発行年は1978年だが、私が買ったのは本に挟まれたレシートによると、1981年3月17日「本のアイエ」仙台駅前店。『理科系の〜』とおなじころ、M1(修士課程1年)のときである。

なぜ院生にもなって、大学受験の参考書を買ったかと云うと、実はこの著者は私が通っていた大学予備校の講師であった。本好き少年とは云えない私であったが、この先生のおかげで予備校時代は沢山の本を読んだ。それで大学に合格するとはおもえなかったから、受験のためと云うより、これからの人生のため、子供のころの絶対的な読書量の不足を埋め合わせるかのごとくに読んだ。

私が大学に入った年に、この著者は同じシリーズで『現代国語の読み方・解き方』(1975年)を世に上梓した。予備校で配られた「読書のための世界文学年表」がバージョンアップして付けられていて、そのごの私の読書をみちびいた。

なつかしさでつい『作文読本』も買った、ぐらいの記憶だったが、本棚の奥から引っ張り出したら「本のアイエ」のカバーはぼろぼろ、小口も手垢で汚れていた、結構ちゃんと読んでいたのかしら。
 予備校時代にこの先生から教えられた現代文の条件というのが、具体的な「数字」「人」「場所」を書くこと。そして、世の難しくて理解し辛い文章は「君たち」のせいでなく、その文章が悪いのだ、なにより事大主義を戒めた。私には、松浦武四郎とともに予備校の「恩師」の教えがいまでも拠[よりどころ]である。

本記事投稿にあたり、「市毛勝雄」の本を検索したところ、そのご教育関係の極めて多くの著作を書かれていることを知った。そして、さらにネット検索すると、早稲田大学や埼玉大学で教授をされ、いまは日本言語技術教育学会の会長として、ご活躍のようだ。慶賀に堪えない。

学生時代の私は、本のカバーの裏に朝日歌壇で気に入った短歌を書き留めておくのがクセだった。『作文読本』にも、二首書き写されていた。
 欲を出せば限りもあらず独り居に鱈の頭を煮て食はむかな
   仙台・小松武文(1981.3.22.朝日歌壇・馬場選第6首)
 「幸」の文字わが背に綴る君の指いとしみながらペダル踏みゆく
   南晃明(1981.5.3.朝日歌壇・近藤選第12首)

今朝は初雪、そろそろ鱈鍋の季節である。
Posted by (蚕) at 23:59  |Comments(0) | 論文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
 
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