ポッドキャスティング365無料カウンター融資株主優待ランキング

2006年04月21日

クマガイソウ

武蔵丘陵森林公園に行って
クマガイソウを撮ってきた

クマガイソウ


クマガイソウはラン科アツモリソウ属である
和名は熊谷草で
袋状の唇弁を熊谷直実が背負った母衣に例えたものである
下の写真は熊谷直実

熊谷直実

一の谷の合戦で
義経軍の鵯越の逆落としで急襲され
総崩れとなって逃げる平家を追って
波打ち際を駆けていた熊谷直実は
美しい鎧兜を身にまとって海中に馬を乗り入れている武者を見つけた

直実が馬上から
浜へ戻ってくるよう呼ぶと
その武者は敵に背を見せるのを口惜しいと思ったのか
馬を反して戻ってきた

二人は打ち合いとなるが
直実は豪勇の武士であったので
難なく組み伏せてしまった
直実が首を掻こうとして相手の顔を見ると
女性と見間違えるほどに美しく
また自分の息子と同じ年齢くらいの少年であった

可愛そうになってその武者を逃がそうとしたが
その武者は「早く首を取れ」と言い張るし
そのとき味方の軍勢が到着したので
逃がすわけにゆかなくなり
涙ながらに首を打ち落とした

後になって
もっていた笛から
首の主が平敦盛であることが分かった
敦盛は笛の名手として有名であり
このとき僅か16歳であった
そして直実は43歳

直実は「武士の家に生まれてこなければ
このような辛い目にあわずにすんだものを」と嘆き
これがきっかけとなって後年出家して高野山に登った


下は水辺から折り返して直実との決戦に望む平敦盛

平敦盛

アツモリソウは
見たことはないが
図鑑の写真を見ると淡紅色で華やかである
こちらが属名になっている

 
この記事へのコメント
意味を伺って見比べてみると
確かによくできた名前ですね
『背負った母衣に例えた・・・』
そう見えます

いったい、誰が例えられたのでしょう
やはり、一の谷の合戦の悲しいお話を、
心に深く留めておられた方なのでしょうね
Posted by マロニエのこみち・・・。 at 2006年04月21日 21:51
今日は。

「クマガイソウ」
最近、野花を始めて、この花の名は知っていましたが、こんな大きな写真で見るのは初めてです。

それに、熊谷直実が絡んでいたとは、考えもしませんでした。アツモリソウもあるのですか、こちらは聞いたこともありません。

ノグサの名はそせぞれに、趣がありますね。

もっとも、外国から来る華やかな花にも、それなりの謂れがあるようで、花が好きな人は歴史や文化に詳しい、風雅の解る人が多いのでしょうか。

武者二人の絵、綺麗にスキャンできていますね。元の絵も立派な絵だと思います。「クマガイソウ」も良くとれていて、詳細にわかります。


Posted by 7wth2 at 2006年04月22日 16:40
マロニエのこみち…さん

少しウンチクを傾けますと
平安末期(直実、敦盛の頃)の母衣は広幅の布帛で
それを鎧の後にひらひらさせて飾り兼流れ矢除けにしていたそうです。
ここに載せた絵のような母衣が現れたのは室町時代だそうです。
中に籠を入れて膨らませてあるのです。
後世の人が直実や敦盛の絵を描くとき史実とは別に
この方がカッコよいと考えたようです。

ということで「アツモリソウ」「クマガイソウ」と名づけたのはかなり後世のようです。
平家物語を脚色して謡曲、幸若、浄瑠璃、歌舞伎が演じられるようになってからなのでしょう。
Posted by capucino at 2006年04月22日 18:24
7wth2さん

「クマガイソウ」は場所を選ぶというか、合った場所でないと育たない、栽培の難しい花らしいです。
私の近くの旧家の庭に群生していて、その花が咲くとNHKが来て撮っていき、ニュースの時に放送したものでした(大分昔のことです)。
放送を見ると、花を見せてもらいに行きました。
最近はNHKが来なくなり、私も行かなくなりました。

武者絵は検索でどこかの神社に奉納されているものを見つけ出しました。
数年前に「クマガイソウ」のことをいろいろと調べたことがあり、その時のファイルが残っていましたので、こうして書いたり載せたりしています。
Posted by capucino at 2006年04月22日 18:48
ところでcapucinoさん
くしゃみは出ませんでしたか?
今、他のブログで、この記事をご紹介したところなのです

http://blogs.dion.ne.jp/na2600_na/archives/3293099.html#comments
Posted by マロニエのこみち・・・。 at 2006年04月26日 21:44