チャネリング能力が目覚め始めたひとが、よく偽のスピリチュアルガイドと繋がってしまうのを見ます。
今までも、わたしが誰かを癒す際に、依頼者に取り憑いている偽ガイドの妨害を受けたことが度々あります。
わたしと接すると、自分が取り除かれてしまうからでしょう。物理的に会う機会を無くそうとしたり、嘘情報をバラまいたり、また否定的な感情に働きかけたりしてきます。
とかく、わたしは偽ガイドに嫌われます(結構なことですが)。
そもそも、チャネリングというものは誰でももっているものだと思います。あとは言語化が得意だったり、視覚化、または他の感覚にある意識エネルギーを変換させることができるとき、それをチャネリングできたと言い出すことが多いようです。
ですが‥‥もともとのソースがいいものかどうかが問題であり、表現力や才能が問題ではありません(人々はこればかり重要視します)。どのような意識と繋がってしまうのかが問題です。
凶悪犯罪で、『声に命じられた』とか言うのがありますが、ああいうひとでもチャネリングできるわけです。
ですから、まず自分自身の心の成熟さが第一なんです。
本当に大切なメッセージがもたらされても、その重要性を理解する自分がいないのなら、高次の意識と繋がるわけがありませんし、馬の耳に念仏でしょう。
そうしたわけで、世の中にはレベルの低い現世ご利益オンリーなスピ系が流行るわけです。また、どうでもいい天使や神と呼ぶ存在と繋がる方法ですね。どれもくだらないものですし、無い方がよいものです。
もともと、チャネリングによって、自分が満たされると考えたのが失敗です。動機がすでに自己中心的なんですね。ポジティブか、ネガティブかではありません。
わたしの霊的会話は、相当に落ち込んでいた時期に書いたものですが、自分だけの苦しみでなく、全生命に共通する部分について、つねに問いかけていました。
質問者が神として問うものであるとき、答えるものも神しかあり得ません。
ですから本当に本当に自分次第なんです。
よいメッセージを語る『口』が重要なのではありません。よく自身のガイドのすごい名前をひけらかし、虎の威を借るなんとやらなひとがいますが、ああいうひとは何も肝心なことがわかっていません。
正しいメッセージのインスピレーションがあるのなら、小さな子どもの何げない正直な一言でもいいわけですし、不意に聞こえる誰かの声、アニメ作品のセリフ、猫の何げない仕草、風に歌う樹々の葉音でもいいのです。
ですから大切なのは、『口』よりも『耳』です。
より純粋で透明な‥‥
相手がガイドだから、神だから、天使だから重要なわけではありません。
もしも相手が偽りだったらそのまま騙されますからね(大抵嘘なんですが)。
このことを知るのは本当に重要です。
つまり天使や神を好み、また求めるひとのほとんどは、じつはそうした存在を本当の意味で知ろうとしたことがなく、また愛したこともないということですから。
わたしは誰もかれもがチャネリングや瞑想をするべきとは思いません。
相応しくないひともいますし、時期でないひともたくさんいます。
また、本人が成功と錯覚する、大きな失敗に落ち入ることもあるでしょう。
最悪、精神や人生が破壊されてしまいます。
誰でも簡単に〜できるなんていう宣伝文句なんてとんでもないことです。
真面目で誠実なひとは、もうそれだけで、自分の身の回りにあるありとあらゆるものが師となりますから、特別能力などなくていいのです。
いや、それこそがチャネリングと言えるでしょう。
霊的なことに詳しい必要もないですし、独自のやり方で、相応しいスタイルとペースで、大切なことを身につけていくことができるのです。
それは知識や学習に依ることのない、真の学びですし、それこそが瞑想なのです。