2010年03月27日

絶景、ぜぇっけぇい〜京都二日目後半〜

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 午後は、息子が一番楽しみにしていた慈照寺・銀閣の参観から始まった。

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 参観券を求めて行列が出来る程、銀閣は、金閣以上に混んでいた(-_-;)
 望外に、本堂と国宝・東求堂をガイド付きで、特別拝観する事が出来た上に、銀閣の屋根も葺き替えられたばかりだと聞いた。言われれば、杮葺(こけらぶき)の屋根は、真新しく濃い茶色だった。苔が生すと、色がすぐに変わってしまうそうだ。

 銀閣は、足利義政の山荘東山殿に造営された観音殿の事で、3代将軍義満が建てた金閣、西本願寺の飛雲閣と併せて『京の三閣』と呼ばれる。
 書院造につながる和風の住宅風意匠が取り込まれており、東山文化の代表的建築物である。
 金閣になぞらえて慈照寺観音殿が銀閣と呼ばれるようになったのは江戸時代以降の事で、金閣と通称される鹿苑寺舎利殿には金箔が貼り付けられているのに対し、銀閣と通称される慈照寺観音殿には銀箔は使用されていない。
 「当初は名前のとおり銀箔を貼る予定だったが、幕府の財政事情のためにできなかった」という説や、「銀箔を貼る予定であったが、その前に義政が他界してしまった」という説がある。ちなみに、悪妻として名高い日野富子は資金援助を一切しなかったらしい。

東求堂(とうぐどう)の拝観は、言葉に出来ないぐらい感動した。国宝の上を歩いたのだ\(^o^)/
 義政の持仏堂で、1486年(文明18年)の建立である。池に面して建てられ、大きさは3間半四方。正面左は方2間の仏間、右奥は義政の書斎(同仁斎とよばれる)である。書斎の北側に設けられた付書院と違棚は現存最古の座敷飾りの遺構であり、書院造や草庵茶室の源流として、日本建築史上貴重な遺構である。
 書院には、義政が使っていた当時と同じ様に、硯や筆、花が飾られ、情緒を盛り上げていた。

 錦鏡池(きんきょうち)を中心とする池泉回遊式庭園は、「苔寺」の通称で知られる西芳寺庭園(夢窓疎石作庭)を模して造られたとされるが、江戸時代に改修されており、創建当時の面影はかなり失われているらしい。「銀沙灘」(ぎんしゃだん)、「向月台」と称される2つの砂盛りも、今のような形になったのは江戸時代後期とされている。
 従って、本堂や東求堂が、義政の生活空間をより忠実に残していると言える。

 何度来ても、新しい発見があるのが、京都のようだ。


 
哲学の道は、
Posted by dexy at 23:53  |Comments(0)TrackBack(0) | 管理人の世迷言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

禅宗の庭園巡り〜京都二日目前半〜

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 朝6時半、目覚めると外は雪景色だ(-_-;)

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 幸い、道路には積もっていないが、木々や建物の屋根は、白く雪化粧をしている(-_-;)
 自家用車の温度計では、−3℃。道路凍結を心配したが、スリップする事無く、京都へ入る事が出来た。
 天気が回復したら、哲学の道を歩く事になる。

 本日最初の参拝は、龍安寺。
 円融天皇の勅願寺である円融寺の跡地といわれ、平安末期に藤原実能がここに山荘を造り、敷地内に寺を建て徳大寺と称したという。これ以後、実能一族は、徳大寺を姓としたという。
 宝徳2(1450)年に、時の管領で応仁の乱の東軍大将だった細川勝元が徳大寺家の山荘を譲り受け、妙心寺の義天玄承(ぎてんげんしょう)を招いて建立したといわれるのが現在の龍安寺である。江戸時代初期には塔頭は21もあった大寺だったが、その後の大火などで、多くを失った。

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 30年前の参拝では、静かで色の少ない禅寺という記憶だったので、整備された歩道や桜やユキヤナギなどの花々の出迎えが、意外だった。
 山門は、仁和寺や知恩院のそれと比して小さく、両端に竹垣が設けられた石段が現れる。この竹垣は、「龍安寺垣」と呼ばれて、この寺独特の作りだ。

 見所は、勿論、枯山水の方丈庭園。島(陸地)を模した15の石が5ヶ所に配置されているが、何処から見ても全ての石を見る事が出来ない。一つが見えると、一つが隠れるというわけだ。

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 朝一番に来た理由は、人の少ない内に、じっくり腰をかけて、眺めるためだった。この庭は、何度見ても奥深い。ノリツッコミの様な自問自答が、浮かんでは消える。

 室町幕府に仕えた相阿弥の作庭とも伝わるが、定説が無い事が、この石庭をより一層神秘的なものにしている。

 所詮、人は、全てのものを見渡す事が出来ないと言う事を体現しているものと、私は理解していたが、石庭手前に有った模型を見て、今回ふと気付いた事が有った。

 上から見れば、15石は全てを数える事が容易なのだ。

 考え方や見方を様々変える事が、真理を見つける唯一の方法なのだと教えているのかもしれない。

 今となっては、作者から答えを請う事が出来ないから、正解は無いが、それこそが作者の意図かもしれない。『禅問答』は、こうした自問自答を是とするものだ(-_-;)

 そもそも、全てを見渡す必要が有るかとも思えてくる。

 嫁や息子に言っても、変人扱いされると困るので、自問自答は、心の奥にしまっておく(-_-;)
 次は、等持院
Posted by dexy at 20:30  |Comments(0)TrackBack(0) | 管理人の世迷言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月26日

あられの降る街〜京都初日〜

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 午前7時前に、京都へ到着\(^o^)/
 
 虫のお世話もちょっとお休み、巡礼の様な旅行が始まる(-_-;)

 真冬の様な寒さの中、京都南ICを下りると、出迎えてくれたのは『東寺』の五重塔。
 「京都だぁ〜」と一気にテンションが上がった\(^o^)/

 早い時間から参拝出来る寺院は限られているので、西本願寺へ向かう。

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 写真の安土桃山時代の絢爛豪華な風情を今に伝える『唐門』は、1630年頃、伏見城から移築したものといわれている。
 「唐門」には驚くほど数多くの動植物の彫刻が見られる。それらは精緻を極めており、極彩色である。
 この門があまりにも美しく、日が暮れる事も忘れて見とれてしまうという事で「日ぐらしの門」とも言われている。
 門の金具には、菊の紋章が使われており、この門が、勅使門として造られた事をうかがわせる。

 西本願寺は、親鸞の末娘の覚信尼が文永9年(1272年)に京都大谷に造った「大谷廟堂」が本願寺の起源であるとされ、大谷廟堂が「本願寺」と称するようになったのは覚信尼の孫覚如の時代であるといわれている。

 その後、比叡山と対立し、寛正6年(1465年)に本願寺は破壊されたため、文明10年(1478年)に京都山科に本願寺が再建されたようであるが、これも天文元年(1532年)に焼き払われたため、現在の大阪城付近の大坂石山に移り、石山本願寺が創られようである。

 11代顕如は石山本願寺を本拠として元亀元年(1570年)に織田信長と11年に及んだ合戦を開始したが敗れ、和歌山の鷺森、和泉貝塚や大坂天満と転々とした後、天正19年(1591年)に豊臣秀吉から現在の地を与えられ、翌年に御影堂が完成したとされている。

 嫁と息子は、手当たり次第に目に付くものを写真に撮っている。国宝の飛雲閣が、遠目でしか見られなかったのは残念だったが、荘厳な阿弥陀堂と御影堂を観て、早朝からの読経を目の当たりに出来た事は、二人にとっても、意味の有る事だったと思う。

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 写真の総門は、寺の敷地の外、堀川通の真東側にある。昔は、ここからが西本願寺の敷地だったのだろう。総門の東側の通りには、仏壇屋が軒を連ねる門前町の名残があり、その先には、東本願寺が有る。
 睡眠不足の私の反対をよそに、「お東さん」へも元気に歩いて向かう事となった(-_-;)

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 写真は、世界最大『級』の木造建築だそうだ。
 東本願寺も西本願寺も元々は一つだったが、1592年、本願寺十一世法主・本願寺顕如(けんにょ)は、死ぬ前にすでに長男の教如(きょうにょ)が十二世法主になっているのにもかかわらず、豊臣秀吉の支持を受けた三男の准如(じゅんにょ)を跡継ぎにした。遺言に従って、教如は隠居したが、1602年、教如は徳川家康から、京都に寺領をもらい、これが東本願寺となり、真宗大谷派とも言われている。
 『家康』ゆかりと聞くだけで、テンションが下がる私だが、時の権力者にすがらないと、寺の維持は難しいのが現実だ。
 かの法隆寺でさえ、廃仏毀釈が吹き荒れた明治維新の折には、天皇家へ貴重な秘仏を寄進して、そのご加護を賜っている(-_-;)
 人の思い一つで、大きなお堂や塔が作り上げられ、人の思い一つで、それらが塵灰に帰するとは、何とも無常だ。
 この旅行は、勝者の歴史を巡る旅にもなりそうだ(-_-;)

 8時過ぎたので、教王護国寺・東寺へ移動した。同寺は、平安初期に弘法大師空海に下賜され、真言密教の根本道場として栄え、中世以降も、弘法大師に対する信仰の高まりとともに「お大師様の寺」として庶民の信仰を集めるようになり、今日も京都の代表的な名所として存続している。
 教王とは王を教化するとの意味であり、教王護国寺という名称には、国家鎮護の密教寺院という意味合いが込められている。
 中世以後の東寺は後宇多天皇・後醍醐天皇・足利尊氏など、多くの貴顕や為政者の援助を受けて栄えた。 文明18(1486)年の火災で、主要堂塔の殆んどを失うが、豊臣家・徳川家などの援助により、金堂・五重塔などが再建された。何度かの火災を経て、東寺には創建当時の建物は残っていないが、南大門・金堂・講堂・食堂が南から北へ一直線に整然と並ぶ伽藍配置や、各建物の規模は平安時代のままである。

 「不二桜」をはじめ、桜も7部咲きで、見事なものだったが、東寺の国宝・金堂で、京に来て初めて仏像を拝む事になった。
 金堂は、東寺の中心堂宇で、諸堂塔のうちもっとも早く建設が始められ、東寺が空海に下賜された弘仁14年(823年)までには完成していたと推定される。
 当初の堂は文明18(1486)年の土一揆で焼失し、その後1世紀近く再建されなかったが、慶長8(1603)年、豊臣秀頼の寄進によって再建したもので、奉行として片桐且元が任にあたった。
 入母屋造本瓦葺きで、外観からは二重に見えるが一重裳階(もこし)付きである。建築様式は和様と大仏様(天竺様)が併用され、貫や挿肘木を多用して高い天井を支える点に大仏殿の特色が見られる。
 ここに安置されている本尊の薬師如来坐像と日光菩薩・月光菩薩の両脇侍像を拝見する事が出来た。

 木造薬師如来は、中尊の像高2.88メートル、台座と光背を含めた総高は10メートルに達する巨像で、中尊の光背には七仏薬師像を配している。台座の懸裳の下には薬師如来の眷属である十二神将像が配されている。
 仏師康正の作で、日本の仏教彫刻衰退期である桃山時代における佳作である。薬師如来像が左手に薬壺を持たず、坐法が左脚を上にする降魔坐である点、台座を古風な裳懸座とする点などに復古的要素が伺えると言われている。

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 久し振りに観る薬師如来と日光・月光菩薩なので、正直圧倒された。
 この3体の仏様は、400余年の間、どれだけ多くの人達の願いを受け止めてこられたのだろう。
 人の業は深く、仏の慈悲も深いものだ(-_-;)

 初京都に興奮気味の二人の為に、出来るだけ多くの名所を案内したいと思っているが、この金堂の薬師如来や、次に観た講堂内の21体の仏像の前では、一日中、お顔を拝見していても、私は飽きないだろう。
 講堂内の仏様の配置は、密教の世界観を描いた曼荼羅図を凡人が理解出来るようにと、空海が仏像を立体的に配置したものと言われている。

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 昭和40年までの千年間は秘仏として公開されていなかった秘仏のうち15体は国宝で、信心がない私にも、圧倒的な存在感と、作者の信心を伝えてくれる。21体の内訳は、五仏(五智如来)と五菩薩・五明王・四天王に帝釈天と梵天を加えたもので、空海没後4年を経た承和六(839)年6月15日に完成、開眼された。
 火災消失・地震倒壊などにより、中央の五智如来と菩薩の中心である金剛波羅蜜多菩薩の計六体は後補されたが、他十五体は全て平安前期を代表する国宝だ。
続きは、三十三間堂
Posted by dexy at 23:31  |Comments(0)TrackBack(0) | 管理人の世迷言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ほとけの顔

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 仮眠をとって深夜1時、息子の中学卒業と高校合格を記念して、家族三人、京都に旅立った。

 ナビで検索した走行距離は、495km(-_-;)

 旅行全体では、1,500kmは走るであろうが、曲がりなりにも、嫁が運転免許を取った事と、嫁の両親が同居してくれたおかげで、獣達5匹を残しても、心配無く家を空ける事が出来る。息子に京都を見せるにも、良い頃合だと思った。

 息子と嫁は、初めての京都と奈良の旅で、何を感じてくれる事だろう。

 私は、3年前にお得意様の延暦寺への墓参に同行しているが、個人旅行となると、20代の頃以来となる。

 11歳の時に、初めて京都・奈良を修学旅行で訪れて以来、私は何度も、この街を訪れた。
 数多の仏の顔と、古い建物から、多くの事を学び、勇気付けられた。

 何より、古い歴史を残すこの街を知れば知るほど、日本人としての誇りを持つ事が出来た。約1500年も前から、この国には、ほとけに祈り、心の安らぎを求める文化が有ったという事を、この街は、教えてくれる。

 繊細な仏像の数々は、優れた技巧もさる事ながら、御仏のありがたいお顔を前に手を合わせると、自分の悩みや苦しみが、小さなもののように感じられ、何度も心が軽くなった。
 
 数百年もの間、終日拝まれ続けている御仏は、いったいどれくらいの人数の願いを聞いた事だろう(-_-;)

 そして、古く大きな木造建築の数々は、人の心が作り出した金字塔である。今の私には、想像も出来ない艱難辛苦を乗り越えて、人々は、巨大な金堂や本堂を築き、何百年も守り続けてきた。
 建物を目の当たりにし、屋内の冷たい床を歩くたびに、私は、彼らの心の強さと「ひたむきさ」を感じずにはいられない。

 人の心は、不可能を可能にする。

 そんな勇気も、この街は与えてくれる。

 ほとけの顔と甍のなみから、私達は何を感じ、何を学ぶ事が出来るだろう。

 私は、息子の成長を感謝しながら、手を合わせて回りたい。そして、初心を洗い直し、磨く事が出来ればと思っている。 
Posted by dexy at 00:57  |Comments(0)TrackBack(0) | 管理人の世迷言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月25日

聴講生

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 息子の高校合格を期に、夫婦で、『社会人聴講生』として『自然と農業』の科目に応募した。
 定員16名のところに、51名の応募が有ったらしく、抽選となったが、『めでたく(?)』私は当たり、嫁は外れた(-_-;)
 このくじ運の良さは、他に使いたかった気もする(-_-;) 
 
 生まれて初めて、公立学校の生徒となる。
 教育に金をかけても、当の本人は、馬鹿息子になってしまったが、教育熱心だった両親のお陰様を思わずには、いられない(-_-;)
 
 4月2日に、入学式より早く初登校となり、授業内容等を聴かされるという。
 『聴講生』になってみると、果たして一年通して授業に参加し続ける事が出来るか、はなはだ不安になってくる。その上、息子の前で、あまり醜態は見せたくない。

 まぁ、なるようにしかならないが、「40の手習い」は、身に付くかどうか、期待と不安が入り混じる。

 10代の頃には、思ってもいなかった40代の現実が、また一つ記憶に残る事となった。
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Posted by dexy at 23:24  |Comments(0)TrackBack(0) | 管理人の世迷言 , 息子ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月22日

三戦連発!

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 OP戦、驚異の3戦連発!!
 高橋由伸が22日、横浜とのオープン戦最終戦で、左翼ポール直撃の4号2ランを放った。3試合連続本塁打は、3シーズンぶり。
 「無事、オープン戦を終えられたのはよかった。とりあえずは試合に出られて、結果も後半によくなってきてちょっとずついい方向にきているのでは、と思います」と由伸も手応えを感じている様子\(^o^)/

 オープン戦14試合に出場し、打率・469、4本塁打、7打点。

 開幕まであと4日\(^o^)/
 由伸の先発出場も、夢ではなくなった\(^o^)/

 でも、由伸にとって、開幕は通過点にすぎない。完全復活へ挑む長いシーズンが始まる。

2010年03月20日

ドラッカー

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 仕事の合間に、NHKのクローズアップ現代「よみがえる“経営の神様”ドラッカー」を観た。

 20年も前、新聞社に内定をもらって、経済部記者をあこがれていた頃、彼の著作を読み漁った記憶が蘇ってきた。

 バブル絶頂期で、新聞紙面もパソコンで作る様になってきた時代に読んだ彼の著作は、少々時代遅れの感覚があった。

 20年後、終身雇用制が崩壊して、大手企業では、労働者が『モノ』の様に総務部で管理されるようになった今の時代に、彼の思想に触れると、会社にとって、本当に大切なものは何かという事が、分かる気がする。

 自分自身の経験値の差か、駆け出しの社会人と、20年目の社会人の差かもしれないが、見応えのある番組だった。

 昔読んだ彼の著作は、今は手元には無い(-_-;)

 改めて、本屋さんで探してみよう。 

2010年03月19日

思いやり

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 井土ヶ谷の交差点に有る靴屋の前で、前に歩いていた初老の女性が、展示して有った靴を引っ掛けて落としたが、気付かない。

 後ろを歩いていた20代前半の女性は、さりげなくその靴を拾い上げて陳列棚に戻した。
 当たり前のように、戻した後は、交差点を渡って立ち去った。

 
 21時過ぎに自宅に帰る途中、坂道を自転車で帰る青年がいた。小さな自転車だったので、ヨロヨロと動き、左折しようとしていた私の車をさえぎった。
 それでも彼は、申し訳なさそうに、ペダルに力を込めて、速度を上げてくれた。

 何とも、清清しい人達に出会えた。

 交差点を曲がろうとしても、小走りになってくれる思いやりのある歩行者は、めっきり減った。
 中には、携帯電話を眺めながら、周囲には気を配らずに歩く危ない人達も少なくない(-_-;)

 そんな世知辛いこの頃だから、今日の二人の様な、ちょっとした思いやりが、とても心に残る。
 見落としがちな小さな事だけれど、心がほっこり暖かくなった。

 育ちがいいというか、品行方正というか、まだまだ日本人の美徳は、滅んではいないようだ。

 佳日なり

Posted by dexy at 22:08  |Comments(1)TrackBack(0) | 管理人の世迷言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月16日

ギフト

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 お値打ちの宿泊プランが有ったので、義父の誕生日を口実に、山下町のニューグランドホテルへ、嫁の両親を招待した。

 最初は、固辞していた父だが、出発した今日は、喜んでくれていた。

 親になると、親の気持ちが良く分かるようになる。

 嫁を育ててくれた感謝、
 自分を見守ってくれている感謝、
 夫婦の先輩として、導いてくれる感謝、

 言葉ではウマく言い表す事が出来ないので、小さなギフトに感謝の気持ちを込める。
 
 暖かい春の日差しが、ギフトをやわらかく盛り上げてくれたのが、ありがたい。 
 唯一の心配は、二人きりでは、久し振りの横浜散策らしいので、中華街あたりで迷子にならない事を願う。
Posted by dexy at 14:40  |Comments(0)TrackBack(0) | 管理人の世迷言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月14日

竜・馬・鹿

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 竜馬を気取る政治家は、鹿に縁があるようだ(-_-;)

 鳩ぽっぽ弟が、14日のフジテレビの報道番組で、自民党の現状について「賞味期限切れだ。新たに『新自民党』でも『自民新党』でもつくり、出直さないといけない」と言っていた(-_-;)
 自民党の政権復帰に向けた再生は困難との認識を示した事になる。その上で、「(新党の)覚悟は完全にできている。連休前だろう」と、4月末からの大型連休前の新党結成を目指す考えを明らかにした。
 
 正味期限が切れているのは、自分自身だという事には、全く気付いていないらしい(ToT)

 更に鳩二号は、記者団に「新党によって政界再編の起爆剤になりたい」と決意を述べ、谷垣総裁に批判的な、与謝野馨元財務相や舛添要一前厚生労働相と新党結成を視野に入れているようだ(-_-;)

 渡辺喜美氏が自民党を離党した時には、あれだけ批判をした人達が、わずか一年でこれだけ変節するとは、驚きだ。
 「与謝野さん、舛添さん、みんなが一緒になれるように、わたしは坂本竜馬、接着剤だ」と、弟は、平成の坂本竜馬を気取ってみせた(ToT)

 彼は、『竜馬』ではなく、竜の尻尾にしがみつく『馬鹿』だ(-_-;)

 馬鹿は、自分の事は平気で棚に上げて、他人の批判を堂々と出来る。この手の政治家がいる限り、日本の政治は良くならない。
 選挙対策で、集合離散を繰り返す前に、国会議員の定数と給与を削減して欲しいものだ。

 弟は、「恥」という言葉を知らないらしい。続きを読む
Posted by dexy at 15:20  |Comments(2)TrackBack(0) | 世事独断 , 管理人の世迷言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月11日

団欒

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 昨夜は、卒業式を前に、通常授業も無くなって、手持ち無沙汰の息子を肴に、嫁と三人で、ゆっくり食事を取った。

 息子の思い出や将来の話しが盛り上がり、あっという間に時間が過ぎた。

 大人の階段をゆっくり上っている息子は、照れくさそうに、私達の話しを聞いてくれた。

 感謝、感謝
Posted by dexy at 06:06  |Comments(0)TrackBack(0) | 管理人の世迷言 , 息子ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月10日

経営者

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 この頃、『経営者』という言葉の意味をつくづく考えさせられる。

 その責任と使命について、考える。

 責任の取り方や、何を優先するべきか、何を守るべきかを、あれこれ考える(-_-;)

 守るべきものは、自分の立場ではない。
 
 対外的には、乗務員の業務に関しては、常に管理責任を問われる。

 大切なものは、何か。

 自問自答の日々が、しばらく続きそうだ(-_-;)
Posted by dexy at 06:56  |Comments(0)TrackBack(0) | 管理人の世迷言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月08日

今年も

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 なかなか声を聴かなかったので、気にしていたが、今年も、『春告鳥』の泣き声を聴く事が出来た\(^o^)/
 大島桜の蕾も膨らみ、春の足音は、たしかに目に見えるようになった。 
 若鳥のほうは、「法、法華経」とは鳴けず、ぎこちない鳴き方が、何とも愛くるしい。

 昨年は、泣き声を頼りに、眼をこらして探すと、若鳥を見つける事も出来た。今年も、散歩がてらに春告鳥を探してみよう\(^o^)/ 
 
Posted by dexy at 12:04  |Comments(0)TrackBack(0) | 管理人の世迷言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月02日

ストレス解消法

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 仕事で鬱憤がたまり、ムカムカしたら、ストレス解消に、私はよくカラオケに行く。

 昨夜は、4時間近く、嫁と二人で、小部屋に籠もって歌いまくった(-_-;)
久し振りに『蝋人形の館』等を怒鳴り散らした(-_-;)
 おかげで今朝は声がかれている(-_-;)

 嫁の計らいで、ビールを飲めたので、帰りは素面の嫁の運転。今年、初めての運転だった(-_-;)

 わずか2kmの道のりが、長く感じられた。

 

2010年02月24日

春近し

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 ちょっと遅めに起きたら、春がやってきていました\(^o^)/

 庭のユキヤナギは、今年も白く咲き乱れ、粉雪のように美しい。

 こんな日には、仕事に行くのが、億劫になります(-_-;)

 しびれる毎日が続きますが、自分が選んだ道。

 前に進むしかありません(-_-;)
Posted by dexy at 09:45  |Comments(0)TrackBack(0) | 管理人の世迷言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月23日

忙中閑無し

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 嫁の両親の引越しを手伝う為、5時前に起きて千駄木入り。
 8時過ぎに来た引越屋さんとの間には、ちょっとした反故があり、ゴタゴタしながら引越作業。

 ようやく梱包が終わり、千駄木を出発したのは、正午過ぎ。

 一時事務所に戻り、給与の準備。

 再び自宅の引越を手伝って、事務所に入ったのは、15時。そこから延々と事務手続き(-_-;)

 途中、仲間の不平・不満を受け付けたり、リフォームの打ち合わせが来たり、思うように仕事もはかどらない(-_-;)
 わがままは、誰にでも有るが、自分の話しだけして、相手の意見を聞けない奴には、術が無い(ToT)

 給与明細の作成が終わったのは、20時過ぎ。

 引越作業を終えた家族が一杯やっている『萬屋』に合流したのは21時前。

 長い一日、つくづく仕事は『闘い』だと、思い知らされた(-_-;)
 現実を知らない者達の誤解や偏見とは、これからも戦っていかなければならない(-_-;)
 「閑」の無い一日だったが、家族とのせわしない団欒でも、気分転換は出来た。家族との時間が、疲れた心と体を癒してくれている。 
 

2010年02月22日

ペンキ屋さん

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 23日に嫁の両親と同居する事になったので、今日は、廊下のクロスを模様替え\(^o^)/

 気分一新して、家族をお迎えしようと思っている。

 10年住んで、廊下の壁紙もあちこちに傷がある。

 全部替えると費用もかかるので、気持ちを込めて、息子と二人で一日がかりで、水性ペンキを塗ってみた。天井や床にペンキが付かない様に養生するのが手間だったが、何とかかんとか出来上がった。

 仕事から帰ってきた嫁には予想以上に好評だったが、ご両親には、気に入ってもらえるかなぁ(-_-;)

 玄関には、『柔らか戦車』のソフビに変わって、鍾馗様の人形と義経八艘飛びが図柄の凧を飾った。鍾馗様は、目力が凄い立派な人形で、先ほどまで、格好が、そっくりなので、『関羽像』だとばかり思っていた(-_-;)ごめんなさい

 邪気を払う『鍾馗様』と商売が天高く上がる様にと凧を飾る。都合よく神をお祭りした気がしなくもないが、玄関がきりっとしまると、身も引き締まる。

 家族が増えると、楽しみも増える。
Posted by dexy at 10:14  |Comments(0)TrackBack(0) | 管理人の世迷言 , 息子ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月12日

代表

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 冬季五輪が開かれる\(^o^)/
 日本からは94選手(男子49、女子45名)が参加する。
 出場出来る選手にとっても、出来なかった選手にとっても、多くの競技者にとって、五輪は目標で有っただろう。

 出場選手は、そんな選手達の思いを束ねた競技の代表であると同時に、国の代表でも有る。

kokubo.jpg
 そんな国の代表の一人の若者の服装が、話題になっている。写真は、スノーボード・男子ハーフパイプ(HP)の国母和宏選手だ。
 日本選手団の公式ブレザーは着ているものの、ネクタイを緩め、ズボンを腰はき、シャツのすそも出していた(-_-;)
 日本オリンピック委員会(JOC)や全日本スキー連盟(SAJ)には、批判の声が多く寄せられ、SAJは10日に行われた選手村の入村式に、国母選手の出席を自粛させた。
 国母選手は謝罪したものの、「反省してまーす」と語尾を伸ばすなどした事が、更に物議をかもし、SAJは、国母選手の推薦を取り消す事も検討したという(-_-;)21歳の成人として、あまりにも自覚が足りなかった。

 若者には、人気の有るスノーボードは、確かに『おしゃれ』で派手なイメージがある。本人は「イケてる」と思ったのかもしれないが、国の代表として、五輪に出場するという自覚が、彼には、足りなかった。

 自費で出場する大会ならば、どんな服装で行動しようが、本人の勝手だ。しかし、五輪での行動は、国のスポーツ選手として、守らなければならないルールがある。彼の服装は、自己主張であり、国の代表としての自覚より、自分の気持ちを優先するという彼の本心の表れだったのだろう(-_-;)
 
 「競技に集中して欲しい」と一部では擁護する事も有るが、競技をする前に、彼に期待してきた人達の信頼を裏切ってしまった。
 
 若者の暴走は、時には力にもなる。今回は、どうだろうか。

  五輪の橋本団長の温情に応えられるか。
Posted by dexy at 22:27  |Comments(0)TrackBack(0) | 管理人の世迷言 , 世事独断 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月23日

名作と記憶

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 Amazon.comで、DVDを買った。

 数枚購入した中で、一番最初に来たのは、「Sting」
 
 P.ニューマンとR.レッドフォードが詐欺師を演じる名作だ。

 十数年ぶりに映画を観ると、俳優達の所作や服装に憧れた自分の記憶が、蘇ってくる。

 今になると、授業をサボって名座画に朝から晩まで入り浸っていた頃の銀幕の名優達が、「人生の勉強」をさせてくれた気がする。
 
 しばらくは、十代の名画を集める事に凝りそうだ(-_-;)

 追憶ではなく、自分の成り立ちを知るために。

2010年01月22日

犬も喰わない

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 犬も喰わない、今年初の『夫婦喧嘩』(-_-;)

 口では負けないDexyと
 大声では負けないKatsが
 ぶつかるので、大騒ぎになる(-_-;)

 原因は、ちょっとした事だが、お互いに気が強いので、引かなくなる(-_-;)

 でも、今回は、二人とも、息子の受験までには、仲直りしようなんて、気を使っていたりする。

 夫婦って不思議だ。
Posted by dexy at 11:56  |Comments(0)TrackBack(0) | 管理人の世迷言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする