2007年06月20日

全部コイズミが悪い

「何でも民営化の小泉路線の罪は重大」とゲンダイネットが報じている。
http://news.www.infoseek.co.jp/gendainet/society/story/19gendainet02032328/
このフレーズはマスコミの論調だけでなく、実生活でも耳にする場合が多い。
一番多いのはウチのオヤジ。
その最大の根拠は自分の年金から来ていると思われる。

自衛隊生活三十余年のオヤジは、先に引退した先輩方の悠悠自適なセカンドライフを散々目にして、自らの老後もそういった生活が送れるものと勝手に解釈していた。
ところが国鉄民営化の際、大赤字だった国鉄共済年金は堅実運営だった国家公務員共済に統合され、その時に支給額の大幅見直しが行われた。
堅実に運営してきてかなりの支給額が見込めた国家公務員共済は、ずさん運営で大赤字破綻必至の国鉄共済の受け皿になったワケだ。
「それもこれもあのクソコイズミの・・・」
というのがオヤジの常套句になっているが、果たしてこの統合をしたのは「コイズミ」のせいだろうか。
そもそも悠悠自適のセカンドライフを送る諸先輩方は、現役時代のポストを生かした「しかるべき外郭団体」へ天下りし、ソコで年金支給まで過ごしたことがその後の生活に影響していたのではないだろうか。
たしかに「天下り規制」と「入札談合追放」を進めたのはコイズミであり、その後の引退組がそういう甘い汁に肖りにくくなったのは事実であるが、そういったコネクションを嫌って引退後組織から離れたのはオヤジの方。
となれば、まるきり「コイズミが悪い」とも言い切れないのではないだろうか。

「構造改革で規制緩和をいつまでも続けるから、こんなことになってしまった」
とボヤくのは東京都内で営業するタクシーの乗務員さん。
総量規制で新規参入をことごこく拒み、駅前で新聞広げてりゃいいお気楽商売にしてしまったのは、タクシー業界の方ではないだろうか。
規制緩和により新規参入が容易になり、運送業で行き詰まったトラック会社がタクシー増車を続けている。
ドライバーには2種免許を取得させ、荷物が無ければタクシーで街を流させる。
真面目に流せば、会社はソコソコに儲かるオイシイ事業なのだ。
増車を続けなければ、その後の増車で不利になるので、需要に関わらず増車は続く。
保有台数に対して昼間の稼働率を求められるので、年金生活者を固定給で雇って昼間の運行を任せる。

稼げるのは運賃割増になる夜間。
とはいえそれだけでは稼ぎが足りず、また何処の会社でも労働条件はたいして変わらず、今の職場にもこれといった愛着もないから、2年勤めると会社を退職する。
と、増やし過ぎた車を稼動させる為に求人難のタクシー会社をすぐに紹介されて、支給されるべき失業保険給付額の8割を、支度金として受け取ることになる。
ボーナスも退職金もほとんど無くなった今のタクシー業界では、この支度金がボーナスみたいなものだと言う。
確かに、会社勤めしていれば勝手に掛けられ、勝手に天引きされる雇用保険料であるから、貰った方がトク。
なのだが、こんな浮草稼業にしてしまったのは、取りも直さず労働分配率の低いタクシー会社そのものだろう。
果たしてタクシーが余っているのは、「コイズミ」が悪いのだろうか。

みんな、そんなマスコミの論調を真似して「コイズミが悪い」と言っているのだろうけど、そんなマスコミの報道姿勢についてココで上手い事言っている某掲示板の書き込みを貼り付けておこう。
9 :名無しさん@八周年:2007/06/19(火) 10:07:37
妥協して落しどころを探ると・・・骨抜き、玉虫色
強引に押し通すと・・・・・・・・独裁

部下に大きな権限を与えて任せると・・・丸投げ、無責任
官邸主導で進めると・・・・・・・・・・独裁

決断下すと・・・なぜ今なのか、慎重に議論すべき、他に大事なことがある
保留すると・・・また先送りか

支持率上がると・・・ポピュリズム、人気取り
支持率下がると・・・もっと国民の声に耳を傾けよ

靖国行くと・・・右派、軍歌の足音、いつか来た道
行かないと・・・公約破った

閣僚人事の予想があたると・・・新鮮味がない、地味
はずれると・・・・・・・・・・また小泉流サプライズの手法、実務派を使え

拉致問題取り組む前・・・北と仲良く、友好壊すな
取り組み後・・・・・・・なんでもっと早くやらなかったの、まだまだ足りない全員戻せ

北朝鮮に強い態度取ると・・・暴発するぞ
協調すると・・・・・・・・・弱腰

規制緩和すると・・・競争激しい、
しないと・・・・・・既得権益にメス入れろ

株価下がると・・・景気悪くなった、なんとかしろ
株価上がると・・・格差広がった、なんとかしろ
  
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2007年06月18日

ローカルルール

070617_173926.JPGIKEA(イケア)が凄いらしい。
と、いうコトで、行ってきた。
どうスゴいって、北欧のデザイナーによる機能的な家具と生活雑貨が安く、また大量に展示されているらしい。

湾岸線船橋あたりを走ると見える、紺地に黄色の文字ででっかく「IKEA」と書かれた看板がそれだが、この船橋の方は周辺道路が死ぬほど混むようで、過去に途中で断念したことがある。
なので今回は、第三京浜港北インター近くの、港北店に行って来た。
別にこれと言って買わなくてはならない家具があるワケではないが、ソフトクリームが50円らしいから、ハナシの種にそいつだけ買っても悪くないだろう。

建物上階の広大な駐車場に車を止めて、エスカレーターで店内に入る。
「ニトリ」のように目的の商品が置いてある階を目指すのではなく、徒歩での来店者と同じ一階のメインエントランスに導く明確な導線がある。
エントランス正面に二階のショールームへ上がるエスカレーター、置くに広いトイレ、手前は会員カードを作成するカウンターとなっている。

これは全てを見てから気付いたコトなのだが、駐車場からエントランスへ降りる下りエスカレーターの脇に「イケアは商品を安く提供するため、家具を組み立てられていない状態で販売しています。中には、組み立ての難しい家具もありますが、安く提供するためご了承ください。」という趣旨の表示がある。
この段階では「ああそうかい」くらいの認識でしかないのだが、この、「安く提供するために、客も手を貸して協力してくれ」というローカルルールの存在こそが、このお店全体の特徴であるのだ。

それはエントランス入って早々にあるお得な会員カード作成カウンターから適用されていて、会員カードがないと買った商品を入れる紙袋すら20円の実費になるというのに、それら会員の特典は壁に書いてあるだけで、欲しい場合には置いてある申し込み用紙に必要事項を記入して、投函箱に入れなければならない。
入り口にハケンのお姉さんが雇われていて、「ご入会いかがですか?」なんて微笑みかけてくれる、ららぽーとみたいな温さは無いのだ。
それに、奥にあるトイレもドアが何故か手動だ。
このご時世に自動ドアぐらい付けないのかよ、も今思えば、客が手を貸すローカルルールの現れなのだろう。

エスカレーターで二階のショールームへ上がると、ソコは延々と続く文字通りの「ショールーム」。
かなり明確な導線に従うと、相当な距離を歩かされる羽目になる。
それはちょうどDFSみたいなものだが、違いは上級者向けにショートカットルートも設定されているというコト。
ただ、有ると分かっていても気付かない程見事に溶け込んでいるので、雰囲気に圧倒された初心者は間違いなく全ルート制覇だろう。

全ルート制覇の先には広いカフェがあって、オッサンがカレーライスとか美味そうに食ってるんだけど、そのカレーがドコにあるのかは分からない。
で、ベーグルとドリンクバーのセットを買って、数に充分余裕のある席に座れば、雰囲気はかなり上等のカフェにあっさり満足してしまう。
こういう場所に付き物のうるさいジャリが気にならないのは、託児所がある為だからだろうか。
大型ショッピングモールに有りがちな、フードコートの仁義なき席取りもない。
これで平日会員カード提示でコーヒーサービスなら、「穴場」ではないだろうか。

満腹して一階に降りれば、今度は雑貨売り場。
「安い」という気もするが、目を引く逸品はそれなりのプライス。
まあ「めぼしいものを掴んで」といったトコロだろうか。

ついに到着したレジは高速道路の料金所といった雰囲気。
ここで、買い物カゴの替わりに使った「黄色い袋」の意味が分かった。
購入した商品を入れる袋は「青」。
色で未会計商品を分けていたのだ。

と、前に並んだ客は一生懸命買った商品をベルトコンベアに載せている。
それもチェッカーがスキャンしやすいように、バーコードを上に向ける徹底ぶり。
それが、「手を貸せ」というローカルルールの最大のものらしいのだ。
ベルコンに流したら今度は下流に回って、会計済みの商品をパッキングしなくてはならない。
と、やおら携帯電話を取り出し、先回りしてパッキングを手伝わない嫁を罵倒し始めた。
ココが詰まると次の人が会計出来ない。
厳しいローカルルールだ。

その光景をニヤニヤしながら指差していたワタシが、テキパキと自分が買った商品をベルコンに並べ始めると、「お前もやるんかい」と嫁に突っ込まれた。
それが暗黙のルール、ローカルルールなのだ。

分かりにくいローカルルールを、空気を読みながら察知して買い物する行為が、Mっ気の強い日本人にウケたのか、それとも煩わしい店員が付き纏う、セルフに劣るフルサービスの具現化がこれなのだろうか。
ともかく、空気を読めていないオッサンに、露骨にイラつくカフェのお姉さんが印象的な、イケア港北店だった。

ローカルルール大いに結構だが、もう少し分かりやすく、書いておいて欲しい。
それから「カフェ」は、ニトリさんもそのままパクっても、いいのではないだろうか。


  
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2007年06月17日

小心者

あまり、胃腸は強いほうではない。
だから、ガキの頃から常に「下り気味」だった。
なので、出掛けるとなると、その緊張も相俟ってか、いつも以上に「催す」。

とはいえ、催したらすぐにレベル99-限界寸前、というワケではなく、レベル60程度の「あれ?ちょっと行きたいかな?」くらいからその兆候は始まる。
なので、この段階から入るべき「物件」を物色し始めるのだが、余裕のあるこの段階では、かなり物件に対する要求も高く、なかなか条件を満たすと思えずに、何件もの好物件をスルーしてしまう。
メンテナンスの気配が無い公衆トイレ、簡易トイレの類いは敬遠の四球だ。
あと、周囲に人の気配があると出来ないタチなので、出入りの激しい駅のトイレもノーサンキュー。
マックも、比較的清潔なのは知っているが、どうも飲食店舗での用足しは店の人に気兼ねしてしまって宜しくない。

余談になるが、先日マックの無線LAN目当てに何も買わずに客席に座り、盗電までしていた基地外が店から注意され、「虚偽広告だ」と騒いで叩かれていたが、この時「トイレを借りたってコーヒーぐらいは買う」という意見が大半だった。
ちなみに店員のハナシでは、平然と無断借用する輩が最近では多いらしい。
別の問題だが、ホームレスが客に紛れて施設の無断使用をする場合が増えていて、大抵は「気にしない」ように対応しているらしいが、何も言われないのをいいことに図々しくなるのがこういう連中の傾向なので、これも困ったものだと思う。

それはそうと物件のハナシ。
パチンコ屋も新し目の大型店となると、ホテル並みの豪華さと行き届いた清掃で好ましいのだが、最近では玉を弾く習慣も無くなって足が遠のく。
それに、2流以上のホテルも悪くはないが、分かりにくい奥の方にある場合が多く、あんまりウロウロしてると客室係に捕まってしまうし、お礼のコーヒーが結構高く付いたりするので、これも鉄板とは言えない。
先日高速道路のパーキングで、オッサンたちが個室に順番待ちの行列を作っていたが、こんな待たれている状況ではとても無理。
狙い目は高級百貨店の、あんまり人の来ない婦人モノ売り場のトイレみたいな、そんな場所。
そんな贅沢なコトを言っているうちに、催し指数はレベル90を超え、油汗を拭きながら緊急避難場所を探し回るハメに。
こんなハンカチ王子はイヤだ。

紳士用の個室は婦人用とは違って目的がハッキリしているので、汚れ方も尋常ではない。
そんな洋式に座るくらいなら、膝の痛みを堪えて和式も、とは地獄の自由選択。
今日もそんな葛藤に悶えながら、ひたすら自宅を目指すコトとなる。
こんなワタシは、小心者なのだろうか。  
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2007年06月14日

キャディ

横峰良郎氏が、民主党から参院選比例区へ出馬を表明した。
「ヨコミネ」と聞いてピンと来る人もいると思うが、「さくらパパ」と言えば了解する人も多いだろう。
そう、話題性一番、女子プロゴルファーにしてはオシャレな出で立ちと、最終日に総崩れするプレーで有名な横峰さくら選手のオヤジだ。
パターが苦手なさくらちゃんでもいい。
とにかく、「負けず嫌いのさくらを発奮させる為(本人談)」にラウンド中罵倒し続け、ブスっとした娘がイライラしながらラウンドする後を、バックを担いで追いまわす姿で有名になった、名物キャディのオヤジだ。

このオッサンの、女子プロゴルフ界の選手層の薄さに目をつけ、娘達にゴルフ漬け英才教育を施し、ソコからトーナメント上位に名を連ねる選手を育成した実績は認める。
常に話題を作り続け、風前の灯火だった女子プロゴルフに世間の関心を集め、男子プロ以上の注目を集めたゴルフ界への貢献度も認める。
ただ、このオッサンに政治を託したいと思うかと言えば、それはハナシは別。
知名度だけで集票を狙う民主党の姑息な手段。
たとえその姑息な手段が「意外に効果的」であったとしても、話題性に頼る選挙戦略は即ち自らの政策を否定していることにはならないだろうか。
政権を担いたいのであれば、「年金問題」を夏の参院選の争点にしたいのであれば、この年金問題を解決できるような「案」を提示するべきだろう。
責任追及だけが野党の役目ではない。

対して自民党比例区の目玉候補が、中山恭子さんという御歳67歳になるオバチャン。
小泉政権時代からの首相補佐官であり、拉致問題での活躍は「この人あり」と言われる人らしいが、正直あまり知らない。
「聞いたことがある」と言った方が妥当だろうか。
その最大の功績である「拉致問題」についてだが、それも意地悪な言い方をすれば「そういうポジションに就いていたから」とは言えないだろうか。
いずれにしても、「拉致問題」を再三政治利用してきた安倍晋三氏の姿勢は到底賛同できるものではなく、また「拉致問題」だけが国政ではない。
その問題で活躍したいなら、このまま首相補佐官として、次代の内閣総理大臣の下でもご尽力頂くのが筋と思うが、どうだろうか。

たしかに、何の知名度もない候補者が、いかに崇高な政治理念の基で立候補したトコロで、当選などありえないのが現実。
タイゾー議員のようなタナボタ当選は、「祭り」の状況でしかあり得ないハナシだろう。
だからと言ってマスメディア露出度の高い著名人になることが、政治家になる最短ルートというのもいかがなものかと思う。
そんな風潮を肯定(つまりいずれはその流れに乗りたい気満々)するオズラさんと、「落ち目の人が引き受けるタレント候補はカッコ悪い」と言い切ってしまう室井佑月嬢の掛け合いが、なんとも印象的な朝だった。
民主主導、タレント候補優勢という製作側の意図に反する、元祖オマタで考える女性のストレートな感想は、言い得て妙で痛快だったりする。

みんなのゴルフ4
2,580円 / メディアワールド
  
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2007年06月13日

ワタミの介護

話題の2ショット「コムスン」の文字が世間を騒がせている最中、「ワタミの介護」という新聞広告がやけに目立って見えた。
と、コムスンの事業譲渡先として名乗りを上げているとの報に、「やはり」と思った。

「ワタミの社長がスゴイらしい」
そんなハナシを聞いたのはほんの数年前。
株主総会では自ら司会を務め、株主からの提案にその場で「採用します」、「採用しません、何故なら・・・」と即答する姿勢で人気を集めている、と。

禁煙居酒屋など様々な飲食店を展開した後、経営の行き詰まった学校法人を買収。
「今の教育には一言ある」として陣頭指揮にあたり、登校時校門での挨拶を励行しているという。
と、程なく教育再生会議の委員に選出され、ガタガタ騒いでいたと思ったら、こんどはコムスンの受け皿として、有料老人ホーム事業を継承したいと言う。

昨今「悪の権化」として釈明に追われるグッドウイルグループの折口雅博会長兼最高経営責任者(CEO・「CEO」というのも、もう陳腐になってきたが)にしたって、派遣労働を広義に解釈した安易なフリーターの増殖に貢献し、その「搾取するモデル」が殊更にチヤホヤされて経団連理事(まあ、「経団連」という団体自体の存在意義が希薄になりつつあるのだが)にまで登りつめた、「ちょっと前まで時の人」であったことに間違いはなく、そんな人気者にはことごこくコンタクトを取る安倍シンゾーとの2ショット写真は、「ネットで話題になっ
ている」らしい。

「介護」というものの家族の負担を軽減すべく創設された介護保険制度は、その意義こそ崇高なものであったが、制度運営の為に量産されたケアマネージャーと、ケアマネージャー自身とは利害の関係がない要介護認定。
それに、等級によって若干の違いはあるものの、在宅介護においてその自己負担は実に1割というオトクな制度は、制度の濫用と過剰請求の温床となり、制度の崩壊はついには介護が必要な状況でも介護認定のされにくいという、まさに本末転倒の事態となった。
トコロで介護保険報酬の過大請求については、今回のコムスンがオリジナルのように言われているが、そんな手法は2年も前から新聞を賑わす陳腐な手法。
通常過大請求発覚と同時にトンズラする事業者が多い中で、「行政処分が下る前に事業所廃止届けを出す」という部分のみがコムスンのオリジナルであって、「あくどい」とされる部分であろう。

では訪問介護事業は旨みの無い事業なのであろうか。
現場にはヘルパーさんの不足から劣悪な労働環境があるという。
悪条件から離職率が高く、それが人手不足の負の連鎖を加速させる。
しかしその問題は、単に「労働分配率」にあるとは言えないだろうか。
つまり、この事業で社長がポマードを塗ったアタマに高級なセビロを着て、経団連なんて活動に参加できるほどの収益性はないというだけのハナシではないだろうか。
(もっともグッドウイルグループの売上の大半はハケン、次いで介護であとはチョボチョボらしいが。)

結局何が言いたいって、「ワタミ」「ワタミ」と有り難がるんぢゃねぇ、ってコト。
急成長した社長というものは、ひとたび落ち目が出れば、幾らでも叩くほどにホコリが舞う。
そういうもんぢゃないか、という話なのだ。
それが証拠に、「お客様のクレーム対応に社命を賭けています」と豪語するワタミの、飲食店舗ってハナシほどにもなく「たいしたコトない」ぢゃないか。
そんなことを、ポマードっ気の無いアタマでテレビ出演の折口氏を見ていて思った。
これも、「平身低頭謝罪に奔放している」演出なのだろうか。  
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2007年06月12日

需給バランス

需要と供給の絶妙なバランスによって、市場と市場価格は成り立っている。
少しでも供給過剰になれば価格は暴落するし、需要が上回れば価格は高騰する。
この為商工業品はオンライン化された物流システムでガチガチにコントロールされ、末端需要に少しでも変化があれば、すぐにメーカーにバックオーダーが入る仕組みになっている。
それでも、ほんのふとしたコトでメーカー欠品が出てしまうのだから、マーケットの群衆心理は数学では計り知れないものがある。

ただ商工業製品であれば、よほどの原料枯渇でもしない限り再生産は可能であり、その部分を逆手に取った「限定品」が、市場で途方もない高値を付けたりする。
メーカーが意図的に「品薄感」を出して市場価格を高める手法も、最近ではセオリーになりつつある。
むかし先輩から、「メーカーとはひたすら市場シェアを求める生き物であり、数を売ってナンボなんだ」と教え込まれたのを思い出すが、需要が頭打ちの世の中では価格を上げることによって売り上げを伸ばすしかない。
きっとアタマの中では、
売上=販売数×単価
という計算式が、何十回も何百回も繰り返されているコトだろう。

これが農業品となると、「天候」と「収穫期」という要素が加わるので、小豆先物相場がギャンブルと呼ばれるくらい、価格の見通しが立たなくなってしまう。
昨今のバイオエタノール需要により大豆相場価格は2倍となり、アメリカの大豆農家は収穫した大豆を出荷しようとしない。
原料に窮した日本の豆腐メーカーは中国の農家を囲い込み、通常の5割増で買い上げる。
囲い込みに選ばれたラッキーな農家は、作付面積の限りを大豆に転用する。
いずれ、他の先物にもこの影響は及びだろうし、大豆の需要も飽和するだろう。
それまで価格は乱高下だ。

どうも今年は、商品にならないクズの戴き物が多いと思ったら、房州びわは未曾有の豊作らしい。
以前豊作白菜の廃棄処分が勿体ないと話題になったが、高級果物の房州びわならそれは尚更で、いくら供給過剰とはいえ丹精込めて作ったびわは流石に廃棄できない。
市場では余り直売所でも売れ残る。
かくなる上はインターネットにその販路を見出だそうとするのだが、冬のみかんほどには浸透していないびわ。
わざわざインターネットオークションで取り寄せてまで欲しいという需要はまだ少なく、価格も市価の6掛けといったトコロ。
クズものは1円スタートの1円落札という、なんとも寂しい展開だ。
「運賃に手間かけて取り寄せて、店で買うより若干安い」という相場感覚は、ここにも健在なのだ。

ここで生産農家なら必ず言うコトバが、「そんな値段なら売らない方がマシ。」
市場価格を崩してまで売るくらいなら、捨てた方がいいのか。
はたまたどうせ捨てるくらいなら、幾らかでも換金した方がいいのか。
第三者のワタシからすれば、世間のびわの認知度浸透度を考えれば、まだまだ潜在需要を引き出して販売数を伸ばせる時期だと思うのだが、生産者はどうもそうでもないらしい。

農業にとって市場原理とは、まさにギャンブル。
しかしそのギャンブル、パチンコより面白そうだ。  
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2007年06月08日

マイノリティ・アラート

久し振りに共産党の志位さんがテレビに出てきたと思ったら、陸上自衛隊内の情報保全隊なる組織が、イラク派兵に反対する市民運動などを調査、情報収集していたとして、これが集会、結社、言論の自由を脅かすと自慢げに発表していた。
見ていて問題だと思ったのは、その情報収集活動よりもむしろ文書漏洩のほう。
いくら秘密扱いではないとは言え、調査対象の当事者に入手されては「情報保全隊」の名前が泣く。
陸自の大失態以外の何ものでもないだろう。

ソビエト連邦の崩壊により、イデオロギーによる対立軸は描きにくくなり、またカネにもならなくなった。
時代は国家対国家によるイデオロギーの対立ではなく、国家対テロの経済的支配を目的とした表向き宗教紛争へと移ってきた。
その中で、「反戦」を掲げる市民運動を煽動して、現政権を批判する世論を盛り上げようとするならば、それは「テロ」とまでは言わないが、今後そういう活動になりかねない「テロの種」と見ることは可能であって、その動向を把握する必要は当然発生する。

そもそも、そういう活動から知名度が上がればいずれは政治の舞台に、なんて下心ミエミエの活動家センセーが、名指しで資料化されることに異論を唱えられようか。
そして、今回騒ぎ立てた日本共産党にすれば、いくらイデオロギーの対立軸は崩壊したとは言え、「共産党」を名乗っている以上は監視の対象となって当たり前だろう。

確かに、当事者は当事者なりに国を思ってのコトだろうが、結果として先の大戦に国を導いたのは軍部の暴走。
全てをベールに包んで暗躍する公安の活動だけでも気味が悪いトコロに、軍諜報部まで動き出し、不都合なものは全て排除する「美しい国」作りを提唱する宰相と来れば、軍靴の響きが聞こえて来なくもない。
さらにこんなコトを書いていたばっかりに、ある日突然連行される憂き目に遭う危惧も、無くはない。
そういったことへの警鐘として、いちいち「憲法違反」と騒ぎ立てる玄関先のスピッツの様な存在も、必要と言えば必要なのかも知れない。

ただ、こういうアラーム機能は決して多数派にはなり得ないというのも、大衆のバランス感覚であって、間違って多数派となってしまった共産・吉田万三氏の足立区政などは、退いて2期目の区長選でも引き合いに出され、また批判されている。
確かに、歳入の乏しい中で歳出の半分以上を福祉民生関連に支出しては、財政が逼迫して当たり前だろう。
また蛇足だが、メディア規制が持ち上がる度に「言論の自由」を振りかざすマスコミは、その主張の根拠が自らの保身でしかないことがミエミエで、その部分が日本共産党とは似て非なる所以だろう。

ともかく、この程度では来たる参院選には何の足しにもならないだろうけど、永遠の少数派日本共産党も頑張って欲しい。
まずは党名変更のイメージ戦略から。  
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2007年06月06日

八王子

「ハンカチ王子」として昨年の甲子園を席巻し、当然のようにプロ行きを期待されながら、あっさり早稲田大学に進学してしまった斎藤選手。
「プロ」として大成するかどうかも確定的ではなく、大成したとしても現役で活躍できるのはせいぜい15年。
引退後もコーチや監督、スポーツキャスターとして生計を立てられる選手は稀で、ほとんどの選手はサラリーマンとしての第二の人生を模索している。
そんな現実を考慮すれば、「大卒」という肩書きをプラスして、しかもプロに転向するかしないかの判断を最大4年後まで先送りした彼の行き方は、「かなり打算的」とも見ることができる。
対してプロ入りを表明し、大人の事情でつくられたドラフト会議により、本人の希望に関係なく球界随一の弱小球団楽天イーグルスに入団してしまった田中投手と比べれば尚更だ。

当の斎藤投手はというと、「ハンカチ」のイメージを払拭すべくそのハンカチは祖父母にプレゼントし、6大学野球では1年生として入学早々からマウンドに上がり、「神宮球場の空席をなくする」の口約通り、優勝を決する早慶戦ではプロ野球を加えても歴代2位となる観客動員を記録した。
ひねくれ者のワタシとしては、入学からこれだけ野球漬けの毎日でナニを勉強してんだか、これで「早大卒」ってんだから世間の早大卒も安くなったもんだ、と皮肉のひとつも言ってみたくなる。
とはいえあの神宮球場を満員にして、風前の灯火だった大学野球にスポットライトを当てたというだけでも、彼の功績は只ならないものがあるだろう。

青田買いが横行して有名選手の大学進学を許さず、大学野球を廃れさせたのは他ならぬプロ野球界だ。
大学への推薦入学が決まっていた桑田投手をプロ入りさせ、以後「PLから大学への推薦入学はなくなった」ということで、PL学園への入学希望者すら減らしてしまった、そんな横暴ぶりが嫌気されたということなのだろうが、「魅せてナンボ」の「プロ」が、一介のアマチュア選手一人に負けてしまう現状というものを、どう考えているのだろうか。

また、そのネーミングが合っているのかどうか定かではないが、高校生にしてゴルフツアーで優勝してしまった「ハニカミ王子」こと石川遼選手の出場している関東アマチュア選手権が、平日開催にも関わらずとてつもないギャラリーを集めて大盛り上がりしている。
藍ださくらだと盛り上がっている女子ゴルフ界に比べて、片山選手意向人気低迷にあえぐ男子プロゴルフ界からすれば、「救世主」のような存在なのだろうが、「なぜ客が入らないか」について主催者は考える必要があるだろう。
その大盛況に呼応して、にわかファンによる傍若無人ぶりを問題視する声も上がっているが、「ルールが分かりにくい」「暗黙のルールが多すぎる」「閉鎖的だ」というのはゴルフ全般について言えることだし、そもそもその苦言を呈している自称ゴルフファンのオッサン達ですら、はたして自分達のゴルフマナーはどうかと言えば、胸を張って言える人はどれくらい居るというのであろうか。
「暴言を吐く」「つばを吐く」「グリーン上で喫煙する」「タバコを投げ捨てる」「ラウンド途中で試合放棄する」
そんな傍若無人なスター選手を、その人気だけで重用してきた協会の責任は重い。

いずれの場合にも言える共通のことというのが、スポンサーの方だけを向いて観客、ファンをないがしろにしてきたその運営姿勢にある。
ハンカチが18歳、ハニカミは15歳というのに、それでも「観る」側のことを終始気にかけたコメントを発する二人の王子を見ていて、そんなコトを思った。
ちなみに表題は、「○○王子」というキャッチーなネーミングを問われて、デーブ・スペクター氏が出した答え。
こういうセンス、ちょっと好きだ。

名将野村監督の指導によって実力を付け、「プロ」として通用しつつある田中投手の判断の明暗はともかく、今後の活躍を期待したい。  
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2007年06月04日

種は・・・

070604_112731.JPG枇杷(びわ)を使った民間療法が、注目されているらしい。
枇杷の葉を使った温湿布は関節痛などのほか、三大成人病の筆頭である「がん」にも効果があったということで、末期の進行性がんを患い、担当医から能動的な治療を放棄された患者さんなどが、文字通り「すがる思い」でこのびわの葉を求めている。
また種は、花粉症、アレルギーなどに効果があるとされている。

とはいえこのハナシは南房総にある実家でのこと。
南房総において「房州びわ」は特産品である。
つまり、身の回りにびわが潤沢にある状況から編み出された、活用法ではないかと思っていた。
「びわの温湿布をしていたヒトが、“たまたま”末期がんと呼ばれる症状から回復したのではないか」
「びわの種を食していたヒトが、“たまたま”花粉症アレルギーから開放されただけではないか」
つまり、その行為と結果に根拠のある必然性は、はたしてあるのかということ。
疑り深い性格のワタシは、活字化されたもの、科学的な成分分析、権威ある学者の見解、などがあればそれらを自分なりに咀嚼して判断する。
しかしながら情報源が“口コミ”、それも最も胡散臭い“かあちゃんの井戸端会議”となれば、それは果たして「大丈夫か?」と疑ったきり、それ以上のものにはなかなかならない。
その口コミによれば、どうやら「種」のほうに、その効能が多くあるとされているらしい。

季節はびわの収穫時期であり、繁忙期の手伝いに枇杷山へ上がるご近所さんも少なくない。
細心の注意を払って栽培されるびわは、とはいえ傷が付きやすく、また傷がついては商品としては出荷できなくなる。
観光で訪れれば傷ひとつないきれいなびわを手土産にすることしかできないが、ご当地に居を構えるとその「くず」を頂ける機会が少なくない。
先日おじゃましたお宅でも枇杷山を持っているそうで、写真はそちらで頂いた売り物にならないびわ。
その方には珍しくもなく、「一口かじって甘いものしか食べない」びわであっても、ワタシにとっては有り難い頂き物となった。

知り合いに骨髄移植が必要な血液の病気を抱えた人がいて、試しにびわの種を一日一粒食したところ、その数値がみるみる改善。
今では担当医は移植手術を見合わせて経過を見守っているという。
欲しいのは「種(たね)」
そう言わんばかりに、立て続けに4個、5個とびわを完食し、その種だけを大事に集めている母をみていたら、“果肉が邪魔”という本末転倒の状況にツッコミを入れたくもなった。
ともかく、「効く」というので、花粉症を患うワタシも無理矢理一粒というコトになったのだが、これがどうしても飲み込めない。
体が、「食べては駄目だ」と言っている様だ。

せっかくだが貴重なびわの種は、花粉症ごとき患うワタクシではなく、もっと必要としている人に譲ることにしよう。
道の駅枇杷倶楽部で、足湯(無料)に浸かりながら、そんなコトを考えた。
ココの足湯、快適な割に知る人は少なく、利用者少なめ。
オススメです。

おどろきの高鮮度!房州びわ袋びわ手詰め1段箱
4,000円 / 南房総びわ問屋



  
Posted by dubrock at 11:28Comments(4)TrackBack(0)

2007年05月30日

Power For living

今年始めに、日ハムのヒルマン監督などを起用したCMで話題になった冊子。
キリスト教の布教をしているらしいが、この冊子を“無料配布”しているアーサーS.デイモス財団がなんたるかも不明で、10億とも言われるその広告費からも何やら胡散臭いニオイがする。
それで、キリスト教はともかく、その冊子に興味を持ったとしても、「取り寄せた」というヒトは少ないハズだ。
住所と氏名をを知らせたコトで、後々高額の寄付金を集られる羽目になっては堪らない。

先日街を歩いていると、教会の前にその「Power For Living」が置かれていた。
そして「ご自由にどうぞ」とある。
それで、手にとってみた。
「カルト」として世間が知り始めた頃の大川隆法や麻原彰晃の本に比べれば、それほど怖いカンジはしない。
あれらは、手に取っただけで洗脳されそうな、そんな雰囲気を放っていたのを覚えている。
それに比べれば、たいしたコトはない。

中身はというと、冒頭の「人生の目的とは」を問う価値観に関する記述。
それぐらいが真新しいものであったろうか。
その序章を「キリストの導きに従い、神に全てを委ねる生き方こそ最上」と締めくくってからは、聖書の言葉をやたらと引用するキリスト系の布教本にありがちな展開。
冒頭に並ぶ日本人でも知っていそうな有名人達のコトバに惑わされなければ、コレで即入信、というのはちょっと虫の良い話ではないだろうか。

ただその序章において、ヒトは人生の目的を経済的な成功であったり、地位であったり、名声であったりと、間違った場所に置いてしまう傾向にあると、具体的なたとえ話から分かりやすく書かれている。
ではその人生の本当の目的が、「神に全てを委ねる生き方」であるとは思わないが、たしかに経済的な成功や地位や名声が、即ち「人生の幸福」ではないという主張には共感する部分が大きい。
(とはいえ、貨幣経済の世の中において、多少の「お金」が必要なことは間違いないとは思うが。)

「東のムネオ、西のマツオカ」と呼ばれた松岡利勝氏の自殺が、世間を騒がせている。
農家に生まれ、大学は農学部。
農林水産省に入省し、国会議員となって後も、ずっと農林畑を歩む。
そして安倍内閣において、念願叶って農林水産大臣となる。
「末は博士か大臣か」とむかし出世の代名詞に言われていた、その大臣の地位を勝ち取った氏の最後は、地元に奥さんを残して遠く離れた東京の地で、一人迎えることになった。
同著の論理によればそれは、「人生の目標」をミスリーディングしてしまったことに起因するということになるだろう。
本人はともかく、内助の功でその働きを支えつづけた奥方が、遠く離れた熊本の地でその訃報を耳にする、その心境とはいかほどのものだろうか。
例え覚悟していたとて受け入れられるものではあるまい。

このハナシは緑資源機構の前身の公団元理事山崎氏の転落死を受けて、その「死んでも隠したかったコト」がナントカ還元水の使途ではなく、こちらの問題であることが分かってきた。
関係者の相次ぐ自殺に地検の重要証拠紛失と来て、ネットでは陰謀説が囁かれ「粛清」の文字が飛び交っているが、真実は藪の中にあり明らかになることはないだろう。
ちなみに伊吹文科相の「死人に口なし」発言は誤用。
安倍首相の発した「慚愧(ざんき)に耐えない」の「慚愧」は、「自分の見苦しさや過ちを反省して、心に深く恥じること」の意。
両者がその意味を知っていて敢えてそのコトバを使ったのであれば、ハナシはかなり違う方向に向かうコトとなる。  
Posted by dubrock at 07:31Comments(6)TrackBack(0)