2007年06月01日

お知らせ〜参加してね〜

昨晩、書き込みしていたら、途中で切れちゃいました。(智紀くん、何で?)

先生は、なんやかやと声が掛かり動き回っています。(引っ越しもままならずに。)

さて、お知らせです。
*6/10(日)14:00〜17:00
東区福祉センター3階大会議室(電話:082−263−8443)駐車場は、東区民センター可能。
講演会と感想発表会かな。参加費千円。
講師;工藤良(30歳。元暴走族総長。今は青少年の更正のため「田川ふれ愛義塾」主宰。福岡市在住。)
テーマ;「逆転のボランティア〜オレも非行少年だった〜つながりのなかで変われる!」
主催:虹の会(非行と向き合う親たちの会)

悩み苦しみ辛い思いをしてきたお母さんたちが、一緒に考えようと立ち上がっています。
本当は、子どもたちが一番苦しんで居るんです。その事が分かるまでの親に成長しないと、子どもを応援できません。
「ゆかたまつりのとうかさん」も近いです。広島の子どもたちは、さて、どんな様子を見せてくれるのでしょうね、今年は。


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2007年05月26日

今日は暑かったですね。

広島市は、今日、30度を超える真夏日を記録しました。引っ越し先の家に帰るのがとても嫌でした。なんか落ち着かないんですよね。テレビも映りが悪いです。仕方ないので、前の家に行き「白鵬の優勝決定」場面を観ました。(ボロテレビが2台あって、1台は転居先に〜この映りが悪い〜。1台はまだ元の家にセットしたまま。)

今月末までには、そのテレビも含めて残りの荷物を運ばなくてはいけません。大台車1回分くらいです。(やんなっちゃいますね。)

話は変わります。今日は、広島市教職員組合(全教)の定期大会に来賓として招待されました。
「ひろしまの子どもを守る実行委員会」(保育・療育・教育関係の父母、保護者と勤務者で組織する市民団体)の実行委員長として招かれました。

退職して2年2ヶ月、正規の会議に招かれたのは初めて。「元気な姿を見て貰いたい。あれも話したい、これも話したい。」と懐かしい仲間に会える喜びで気持ちは膨らむばかり。
原稿を書いていたら、4枚にも5枚にもなりました。与えられた時間は7分です。どうしようと、朝になってしまいました。

仕方なく、「1.子ども実行委員会とは。2.先生たちの出番を待っています。3.障害者自立支援法と憲法」の3点に絞ることにしました。

朝、原チャリ(若者言葉:原動機付き自転車の略)に乗り、エンジンを入れたのですが、何か変だな、と気がつきました。ヘルメットではなく「平和帽子」を被っていました。

私の順番になり、「お久し振りです。私の顔を見て、懐かしいなあ嬉しいなあと思ってくれている仲間の人がいますね。」と切り出したら、頷いてくれました。心が舞い上がりました。

話で1と3は言えた気がしました。大事な2を抜かしてしまいました。ストップウオッチを見ると、もう8分過ぎています。慌てて終わりました。

教員現職のとき、執行委員会、役員会、中央委員会、定期大会などで、仲間の顔を見て元気を貰っていました。しんどい勤務状況の中でも、集まってくれる仲間に「有り難い」と感謝していました。とりわけ、討論・討議では「こんなに元気ですよ。」の発言にすごく励まされていました。一方には、病気や精神疾患に追い込まれる仲間も年々増えていた現実もありました。(私も、その一人でもありました。)乗り越えることが出来たのは、集まってくれる仲間たちが居たからです。

話の2のところで、そのお礼も言いたかったのに。肝心な部分を抜かしてしまい、後で後悔するばかりでした。
でも、今日は素敵な日でした。ワクワク感を持たせてくれた組合仲間に、感謝です。
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2007年05月01日

リヤカー代わりに大台車!

「エザゴリーひとなす日記」を読んでくれていたという教え子の修司くん(今年47歳になるのかな。石ころ学級)は、4/27日に早速訪ねて来てくれたそうです。(私は留守)

今日5/1日、メーデーから帰り一寝入りしていました。修司くんが再び来てくれました。「リヤカーは、ないですね。」(探してくれていたんだと思うと、それだけで感激でした。)

「自分の会社に、一畳分位の大きさの台車ならあるけど、使ってみますか?」ということです。
(私は、鉄製の重そうな台車をイメージしました。)そして、一瞬悩みました。
「先生が使われるかもと思い、今日ペンキ塗りしているんだけど。」ということでした。

明日5/2、届けて貰うことになりました。どんな台車かどきどきします。一人で使いこなせるのかな?(3日は、憲法集会を諦めて、頑張ってみようか、と思います。)

4日には、友人一人と教え子二人が来てくれる予定です。軽ボックス車もあるし、人手がほしいなあ、と思います。4日に来られる人は居ませんか?11時〜16時頃を作業時間にと考えています。(午前10時半までに電話してください。)
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2007年04月27日

教え子からのメールが増えた!

4月1日の日記の続きにもなるのかな。
3月末で全員が18歳を迎えて、4月からは新しいスタートをした教え子たち。M小で3,4年を担任した子たちです。
「18歳からのスタート、お喋りの会」を2回程企画しました。飲み会は出来ないので、昼食会にしました。結果としては、8人と出会えました。これも嬉しいことでした。

さらに喜ばしいことは、35人の中で20人からの連絡があったことです。電話・葉書そしてメールでした。中には「先生、北海道の大学です。」があり、びっくりしました。お母さんが、北海道に私からの手紙を、送ってくださったのです。有り難いことだと思いました。

教え子メールが増えたので、学校・学級毎にまとめています。方法を知らないので、「エザゴリーひとなす日記」を作ってくれた「歯車学級のトモキくん」に、教えてもらいました。

上手く繋がらないグループもあります。それに、今までのメールから、グループ分けするのも大変です。追加の仕方が分からないので、またトモキくんに、助けてもらわないといけません。

「出会い40年のグリコ学級」と「卒業35年の石ころ学級」を一つのグループにしてみました。分かる範囲で発信してみました。届いたのです。嬉しいですね。

グループをもっともっと作りたくなりました。
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2007年04月18日

とうとう引っ越しです。

築50年を越える今の借家です。
障子・襖もまともに開閉が出来ません。
雨漏りもひどくなりました。建築士の見立てでは、瓦の拭き直しも出来ないし、リフォームも無理では、ということでした。

私の寿命位までは大丈夫かなと思っていました。
家主さんも建築士からの助言を気にされて、転居を促されました。毎日が悩みでした。

今月末から、来月に掛けて、次の借家に転居します。同じ町内です。今度は、荷物の整理に悩んでいます。リヤカーがあると一番便利なのですが。誰か、貸してくださる方はいませんか?
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2007年04月14日

郵政民営化での自民党議員だったのに!

今の与党国会議員は、昨年9月に、小泉前総理が「郵政民営化」を国民に問うと言って、解散総選挙をしたはずです。

反対した自民党議員を除名し、刺客候補者を立ててまで強引に選挙をしました。

公務員でもない郵政職員(公社員〜独立採算)を、「公務員バッシングを利用し、公務員削減の理由」で、小泉イズムに乗せられた国民でした。

広島6区の亀井静香と堀えもん対決に、象徴的に見ることが出来ました。

その国会が、憲法改悪を目指す「国民投票法」までも、採決するという与党議員の「感覚と考え」に大きな疑問と怒りさえ覚えます。

多数を摂れば何をしても好いというので有れば、民主主義の否定にも繋がります。「少数意見の尊重」こそ、民主主義の基本です。

しかも、「改憲」には、国民の声としても公聴会陳述者の圧倒的な人が、「慎重審議」を公述したのです。与党推薦の公述人もですよ。

広島選出の中川自民党幹事長が、安倍総理・総裁を動かし、「戦争できる国づくり」を推進しています。

ヒロシマの市民として、県民として、原爆慰霊碑の前に立ち、考え会いたいと思います。
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2007年04月09日

憲法を守り、活かす勢力奮闘!

市長選では、市民の良識が発揮されたと思います。4人の候補者の中で、「憲法を守る」事を明言していたのは、只一人でした。
選挙関係のマスコミは、この点には全然ふれません。日本のマスコミの弱さを改めて思いました。

県議選では、合併のため、市議選でも定数削減があり、個人的にはとても不安でした。私の願う勢力は、ぎりぎりでしたが現有を確保しました。
その努力は、市議会において「議員提案権」をも手に入れることになりました。

私が所属する「ひろしまの子どもを守る実行委員会」としても、“保育・療育・教育”の条件整備向上に向けて、市民運動を広げ、前進させる重要性が出てきたと考えています。

当選した市長は「市民の声を聞き、市民のための市政を」と話していました。その姿勢を確かめるためにも、市民運動を充実させたいと考えています。

そのためにも、当面は「改憲手続き法案」をストップさせることは、重要な課題です。某政党の「憲法草案」と「日本国憲法」とを読み比べる学習は、とても大切です。
Posted by ezagori62 at 18:37  |Comments(0)TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月03日

今度は、教え子からの“突然”

この3月末で、全員が20歳になったクラスの夏ちゃんから、4/1の夜、メールが届きました。(1995年度・’96年度に3,4年生担任)

秋田まで空手の修行に単身で出かけていた藍さんと言う子がいます。けがの治療のために、大分まで帰省する(中学の時、家の事情で大分に転校。)途中、広島に寄る事にしたそうです。

明日の4日「夕食お喋り会」をするので、私にも案内のメールが届いたのです。
「先生が参加してもいいのかな?研究会もあるし。」の返事をしました。
「先生と一緒に喋りたいんだよ。研究会は何時に終わるの?」と聞き返されました。

こうなると、お人好しの私です。研究会を途中で抜け出す気持ちになりました。

夏ちゃんは短大を出て、仕事に就いているはずなのに。仕事始めで、慌しいはずなのに。「友だちを、本当に大切にする子なんだなあ!」と改めて思いました。
突然でも声を掛けてもらえる私は、幸せ者です。感謝しないといけませんよね。


今、二つの事で重い気分にあります。一つは「選挙」です。この度は、「怖さと不安」が募っています。(努力はしているつもりですが。)
もう一つは、「転居」です。今の借家が超古くて、家主さんから「危険なので次を探して欲しい。」と言われています。

でも、明日は楽しくお喋りしましょう。折角の出会いですからね。


Posted by ezagori62 at 22:59  |Comments(2)TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月01日

「案内」葉書、出して良かったなあ!

結果報告をしておかないといけませんね。
女子3人・男子3人と私の7人の集まりでした。18歳を超えると大人の顔になるんだなあ、としみじみ眺めていました。不思議なことに、だんだんと3,4年生の頃の顔に見えてきました。一人ひとりが、あの可愛い顔です。私一人が心の中で微笑んでいたのではと思います。

この学級は、私が担任した中で、それぞれがバラバラに成長した2年間だった気がしています。男子は運動部熱心な子とそうでない子。女子は好きなグループがそれぞれ存在している感じでした。
ただ、武ちゃんを「長縄大会のクラスマッチで、どう参加させるか。」という時期だけは、集中と団結を発揮したクラスでした。

当時、バラバラ感(私だけの思い?)を克服したいと願いました。夏休みには「ファミリープール」(小5・6・中1の3回)、比治山の「まんが図書館」(弁当もって2回)、江波山の「気象館見学と遊び」など、担任を離れてからも企画しました。

こんな思いでもあるクラスでした。祐莉さんからの手紙を貰った時(3/24)、思いついたのが「18歳からの出発!昼食お喋り会」でした。今、連絡しておかないと、本当にバラバラになる気がしたのです。

集まった6人は、8年間の空白を埋めるのに苦労している様子でした。共通の思い出を掴みきれなかったのでしょう。楽しんでいるのは私だけ?後日メールが来たのは、広島を離れる辰ちゃんだけでしたからね。

今回の、突然の知らせを出して良かったと思ったのは、集まった6人を含めて、15人もの教え子から、電話・メール・葉書が来たことです。これは予想を越えた人数でした。

「案内」を出して、最初に連絡が来たのが、竜くんからの電話でした。

私「わあ、竜くん。自衛隊に入ったんだってね。」
竜「先生、なんで知っとるん?」
私「誰かに、話してもらったような気がするよ。お喋り会出られるの?」
竜「ごめん先生。29日から入隊なんじゃ。行かれんのよ。」
私「ほうか。先生こそごめんな。28日にすればよかったのにな。大変じゃの。竜くん、無理だけは絶対にするなよ。な。」
竜「わかった。」
私「体を壊すなよ。20歳になったら、一緒に飲もう。話を聞かせてくれよな。」


私の頭には、某政党の「憲法草案」が浮かんでいました。第9条の改悪で、「自衛隊を自衛軍に」するというものです。「軍隊は戦争をすることが仕事であり役目です。」

“教え子・その子・その孫に銃を持たせない!”という信条をもつに至った私自身の生き方を貫く活動を頑張らなければと、改めて考えさせれました。

6人の中で、ただ一人就職する裕太くんが、予定時刻より早く来てくれていた。このことも嬉しいことでした。私も早めに行き、二人でお喋りしておけばよかったのに、と後悔しました。
初任給は13万円と言ってました。仕事が続くかどうかはわからない、とも話していました。

教え子仲間に出会うことは「若返り薬」です。でも、彼らがおかれている現実は、厳しいものです。大学進学を決めたものの、まずはバイト探しに動いている子も多くいます。

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2007年03月25日

お喋り会の案内、突然に!

この日記に以前、登場している武ちゃん、敦ちゃん、辰ちゃん、裕太くんたちと同じクラスの祐莉さん、卓くんからも進路報告が届きました。(1997年度〜98年度・3,4年生担任)

この子たちと今、会っておかないとの思いが沸きました。広島を離れる子・仕事につく子・進学の子・浪人する子などバラバラになります。

そこで、“18歳からの新たな出発!昼食おしゃべり会”を思いつき、葉書を出しました。

近場の喫茶店を会場にして、案内しました。辰ちゃんは、週末には広島を離れるので事前に連絡しておきました。だから、一人は確実です。敦ちゃんは、自動車教習に行っているから無理。
さてさて、何人集まるのかな?喫茶店には4〜5人と話していたのですが。案内葉書は明後日には届くだろうけれど。突然過ぎますね。

「後悔先に立たず」よりも、「思い立ったが吉日」の心で、つながりを切らずに済みますよね。来てくれる人数よりも、葉書を出せた自分を褒めておこうと思います。
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2007年03月08日

“感激より不安の方が”

今日は、武ちゃんの卒業式でした。1月にお母さんと約束していたこともあり、大事な教え子の一人でもあるし。昨夕は、花屋さんで花束をお願いしておきました。今朝は、5時半には目が覚めました。

当時の同級生、敦ちゃんと辰ちゃんが一緒に来てくれるのも、楽しみでした。今朝も冷え込みました。「体育館に珍しく暖房が入るからね。」と。

会場に行き、受付を済ませて、後ろを向くとお母さんグループがお喋りをしていました。武ちゃんのお母さんを見付けたので、「お母さん、来ましたよ。友達二人も一緒です。おめでとうございます。」と言いました。一瞬お母さんが、笑顔になるのに、間がある気がしました。(うん、何?)お母さんは、二人に進路のことを尋ねていました。「そうねえ、楽しみですねえ。」と話していました。
「先生、実はね。留年出来ないか、学校に尋ねたんですよ。だめだって言われましたけど。」と、小声で話されるお母さん。

式後、フリータイムがありました。花束を渡すと「ありがとう。」を。「おめでとう!」というとオーム返しの「おめでとう。」の武ちゃんでした。友達二人に挟まれたときの武ちゃんの笑顔は最高でした。敦ちゃん・辰ちゃんのこと覚えているのかな?と思ったほどでした。

お母さんと話していて「小学校・中学校の式では、もの凄く感激したんですよ。でもね、先生。今日は涙も出ないんですよ。不安が大きくて。今までは親同士で話せたし、先生方にも聞いてもらえたし、落ち着ける場があったんですよね。体は悪いし、よくヒスを起こすんですよ。この間も、電車で武が突然、高笑いをしたんです。側にいた人がすうっと離れるんですよね。」などと、しんどそうに話されました。

(そうか。これからは、全て親の責任として降りかかってくるんだ。親子での本当の闘いは、こらからなんだ。)改めて感じた私でした。

今日、この学校を卒業したのは41名。全国ではどれくらいの人数なんだろう?この子たちだって隠された能力があるはずだ。
成長する我が子を、安心して喜べる世の中になっていない。
悔しさばかりで、悶々とした気持ちになっている私が居ました。

敦ちゃん・辰ちゃんと3人で、昼食摂りながら
当時のクラスメイトを一人ずつ思い出し、3時間近くお喋りをしました。もし、今日の式に一人で来ていたら。どんな気分で帰宅していたのだろう?(自分の気持ちを誤魔化したことになるのかなあ、、、?)
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2007年03月07日

「給食まつり」へ集まって!

3月18日(日)に、鷹の橋商店街アーケード街を利用して「給食まつり」をもちます。先生は、「まつり実行委員長」です。
11時から「ポンポコ座の和太鼓」でオープニングです。3分間の挨拶をします。小学生の空手演技の発表もあります。
試食は、揚げパンなどで500食準備します。これは、並び順です。
その他に、親子でのゲームコーナーなども、店だしします。すべて無料です。

人集めが課題です。歴史のある鷹の橋商店街に少しでも活気を取り戻したい願いもあります。

実行委員はボランティアです。宣伝ビラ配布も大変です。11日(日)朝9時45分頃市役所前に来られる人はいませんか?車の人は、市役所北側から駐車場に入れてください。自転車・バイクはなんぼでも駐輪できます。警備の人に何か言われたら、「市職労です。」といってください。先生は、40分から50分、市役所前に立っています。
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2007年03月05日

辰ちゃんも、ありがとう!

辰ちゃん、卒業おめでとう!広島を離れての大学生活に挑戦ですね。進路決定も重ねておめでとう!!裕太くんに続いての連絡で、先生感激です。丸々3年ぶりの声でしたね。
それに、武ちゃんの卒業式に一緒に行ってくれること、本当にありがとうね。敦ちゃんも喜んでいます。8日、市役所前向かい側ですよ。たのしみです。
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2007年03月01日

裕太くん、電話ありがとう!

今日も疲れて帰宅しました。

その疲れを癒してくれる電話が入りました。
「先生、。。です。」「おう、裕太くんか。今日卒業式じゃったよの。おめでとう!」「うん。先生ありがとう。ほいで、就職に決めたんで、先生に知らせとこう、思うたんよ。。。。会社なんじゃ。」「そうか、社会人のスタートになるんじゃの。大変じゃの。」「まだ実感はないけどね。」「当たり前じゃわ。まだ仕事にいってないんじゃけん。」「そりゃそうと、Tくん覚えとるかいの?8日が卒業式なんじゃ。一緒にいけんかいの。」「ごめん。自動車免許を取りに行くんで、空いとらんよ。」「よし、分かった。免許も仕事もがんばるんで。20歳に成ったら飲もうな。先生も後2年、がんばるけん。電話、ほんとにありがとう。嬉しかったよ。」

1997年(平成9年)・98年に、3〜4年生を担任した子です。思いもしなかった電話で、浮き浮きした楽しい気持ちになりました。
この時の学級通信名は「お手紙」だった気がします。夏休みには、ファミリープールへ何度かいったクラスでした。
「お手紙クラス」のみんな、今日、卒業した子たちには、“おめでとう!”を言います。まだ頑張っている子には“しっかりね!”を贈ります。

エザゴリ日記を読んでくれている教え子さん、コメントを書き込んでくださいね。
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2007年02月19日

ドキドキの体験!

久し振りの書き込みです。

2月16日(金)に、貴重な体験をしました。
広島市議会文教委員会で、「請願の趣旨説明」をしたのです。憲法第16条の「請願権」の行使になるのでしょうね。自分で気付いたことではなく、他の人に言われての発言でした。

請願項目は、「1、学校給食を全て直営の自校調理方式に。2、食材に地産地消を積極的に」の2点でした。議会請願には、紹介議員が必要です。1/31日に、市議会の各政党・会派を巡り、依頼しました。公明党、社民党系、無所属の議員は、2には賛成だが1には賛成できないとの返事でした。自民党系は、見向きもしてくれません。
ある政党の5人が紹介議員として署名してくれました。2/1に議会事務局に届けを出して、16日の文教委員会の日を迎えました。
「豊かな学校給食を実現する市民の会」会長という役にあることからの動きでもありました。

発言時間は、5分を目途にということでした。
前夜、原稿を書いてみると、400字詰めで4枚を越えました。発言練習で読み上げてみると、8分30秒も掛かりました。短くするのに苦労しました。わずか5分の発言で、これ程悩んだのも初めてのことです。

これまでもいろいろな場面での発言で、原稿通りに読んだことは一度もありません。喋り出すと原稿とは別物になるのが、私の喋りです。この不安も大きいことでした。「趣旨説明者へのお願いの3項目目に、『発言は、要領よく簡潔に5分程度に』」と明記してあります。
以下、発言を書いてみます。

“広島市中区江波南1丁目28の2に在住する江崎勝之です。「豊かな学校給食を実現する市民の会」の会長をしています。宜しくお願いします。
みなさん、「学校給食の思いでは?」と尋ねられたら、どんなことが思い出されますか。(30数名の教育委員会関係者と議員8名、傍聴者を見回しながら)
私は、1944年・昭和19年、長崎市内で生まれ満1歳で被爆しました。佐賀の「がばいばあちゃんの話」でもありませんが、小学校の時、友達が残したパンや休んだ子のパンを持って帰ると「ようがんばったとね。よか、よか。」と褒められ、ニコニコ顔のおふくろを思い出します。

私は幸いなことに、広島の旧市内で小学校教員として38年間勤めさせて貰い、一昨年定年退職しました。ずっと自校調理の学校でした。
自校調理の良さは、「あつ、あつ感と温かさ感」です。みそ汁など汁物の時、「先生、あつっ!」(身振り手振りをしながら)と言いながらふうふうする様子は、デリバリーやセンター方式では味わえません。
食べるのが遅い子、苦手な子もいました。他の子は片付けて遊びに出ています。私は側で声を掛け励まします。遅れて給食室に一緒に行きます。「遅くなってごめんなさい。頑張って食べたよ。」と言わせます。すると調理員さんから「よう頑張ったねえ。」と温かい声が掛けられます。センター方式やデリバリーでは、絶対に出来ないことです。
あるお母さんと子どもの声ですが、中学校です。4時間目終了が12時40分、13時10分には業者が回収に来るということで、食べる時間は正味10分程度だそうです。その上、「まずい、冷たい、油が固まって、おかずと果物の臭いがまじって」の声が出ています。
業者サービスに学校間格差が随分あるようです。給食課にお願いしたい。「きちんと実態を掴んでほしい。」(課長の顔を見ながら)

昨日、市教委設置の「安全でおいしい給食推進検討委員会」が1年半10回の委員会を終了しました。「報告書」案が作製されました。ある委員さんが「おいしいの検討ができなかったことが残念。」と話されました。もし、「おいしい」が話されていたら、デリバリー方式は大きい話題になっていたでしょうね。報告書は「次代を担う子どもたちの健全な心身の育成と豊かな人間形成のため、さらに学校給食が充実したものとなるよう努められることを期待する。」と結んであります。
この推進委員会委員長をされた広大大学院の林先生が、会の終わりの感想で、「食を大切にすることで、家庭・地域との子育ての輪ができる。」と話されました。

市民の会が請願しています2つのことは、戦後の苦しい中で「子どもたちの成長」を願い1954年・昭和29年制定された「学校給食法」や一昨年制定された「食育基本法」の趣旨とも合致するものです。
各議員の皆様には、未来の宝であるひろしまの子どもたちのためにも、本請願の採択をお願いして、私の趣旨説明とします。有り難うございました。”

席に戻ると、傍聴の仲間が「5分30秒は掛かったよ。」と言いました。ストップウオッチをポケットに持っていたのに。
討議されて、裁決では一人だけが賛成で、他の委員は継続審議の表明でした。議員の会期が終了するので、継続は否決と同じ意味でしかありません。誤魔化しの態度表明です。悔しい!

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2007年01月29日

テレビ「東京タワー」を見ていたら。

今日も奮闘しました。
広島市議会の開会にあたり、「豊かな学校給食を実現する市民の会」会長として、議長に請願を提出しました。要旨の1「すべての学校を自校方式で直営で。」要旨の2「地産地消を積極的に」という2点です。そのため、市議会議員の所属する会派(政党)10数会派を戸別訪問して、「紹介議員」への依頼をして回りました。対応は会派によって様々でした。熱心に聞いてくれる・ハイハイと聞き流す・政策と異なる・2点目はいいけどもう一つはねえ・などなどでした。いい体験をしました。

タイトルに戻ります。夜、9時前に帰宅。夕食を準備してテレビを付けました。初めて見る番組でした。食べ飲みながら何となく見ていると、1月8日の「成人おめでとう!」会を思い出しました。(1/9「20歳になったら飲もうね。約束守れたのかな?」の日記参考に)
Rくんが涙を流したことです。彼も東京へ出て2年目、苦しさ辛さの積み重ねを体験していました。テレビ番組の「まーくん」と重なりました。まーくんには、同郷の同級生仲間が居ました。Rくんにはそれがありません。苦しさ辛さを一人で耐えているのかな、と思うとしんどくなりました。一昨年、東京へ出ている時、お父さんが亡くなりました。私と同じ年齢でした。
Rくんは、お母さんを視ながら悩んだのではと、想像しています。
現実はドラマのようにはいきません。でも、若者が夢や目標を追い求めるのは当然であって欲しいと考えています。今の世は、若者にも生き辛いです。夢も希望も目標も持ち辛いです。

この問題でも私には何もしてやれることはありません。遠くから“体を壊さないで”と祈るだけです。そして、次の言葉を贈ります。
“一日生きることは、一歩前に進むことです”
(日本人初のノーベル賞受賞・湯川秀樹)

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2007年01月26日

どんな励ましができるの?

年賀状やメールのやりとりの中で、“どう励ませばよいのだろう?”と悩んでいます。

一つ目は、お母さんへのメッセージです。子どもは、この3月で「養護学校高等部」を卒業します。9年前、3,4年生を担任していたとき、障害児学級から私のクラスへ、交流学習に来ていた子です。卒業後は、安佐北区の作業所へ通います。お母さんの送迎が必要なのです。聞くところでは、お母さんの体調が万全ではなさそうです。どんなメッセージを贈ればいいのでしょうか?
卒業式には、私は参加します。Tくんが私を覚えているかは分かりません。お母さんは、とても喜んでくださっています。

二つ目は、4月から高校3年生になる子へのメッセージです。年賀状の返事に電話がありました。「先生、実は父さんが亡くなったんだ。去年の9月。白血病と膵臓癌を患っていて、車を運転していて、脳梗塞で倒れた。」ということです。「今一人暮らしだけれど、高校も行っているし、大学進学を目指し、塾にも通っているよ。」と(明るく)話してくれました。7年前、4年生の1年間を担任した子です。「先生も一人暮らしだから、何時でも泊まりに来ていいからね。」とは言ったのですが。彼にどうメッセージを贈ればいいのでしょうか?
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2007年01月09日

20歳になったら飲もうね。約束守れたのかな?

今は、成人の日の翌日です。午前3時40分。

M小勤務で、3・4年を担任したクラスです。
4年生は、10歳になる学年です。社会科の時間に、北海道から九州までの鉄道を南下する課程で、きっかけは覚えていませんが、「20歳に成ったら飲もうね」と話したクラスです。

昨日の8日は、成人式の日でした。あれから10年、早い月日の流れでした。北は秋田から南は鹿児島まで、子どもたちは広がっています。
秋田に行っている子(中1で大分へ転校)の呼びかけで、集まることになりました。私への情報は、1次会に3人でした。私はある店の予約を6人にしていました。Yくんが彼女を連れて来てくれたので、6人になりました。(ホッ)

成人式の日には、N中の同窓会ということで、集まりにくいことを、初めて知りました。事前のメールで、2次会店を知らせておきました。
21時を過ぎて、集まり始めました。(その店は、休みにするというのを、お願いして開けてもらっていました。)結局は10人が集まりました。私を含めて11人、1次会のYくんを含めると、12+1の人数になります。

秋田のIさんは、「掲示板」で「たくさんの人が来てくれて、本当に楽しい時間が過ごせました。冗談を言い合ったり、真剣な話をしたり、涙有り、笑い有りの4時間でした。集まってくれてみんな本当にありがとう。みんなバラバラやけど、絶対一人とかやないからな。このクラスなら、誰か困ったら支えることができる。一人で悩まずみんなで解決しよう!今日一番思ったことでした。」と書いていました。

子どもたちが、そう思えたのなら、それでいいと考えます。
私が、悩みに悩んでいるMくんに話したことは、「今から、それぞれ人生のスタートを切る。今、きみが悩んでいることを、みんなもこれから悩むことになる。ここにいるクラス仲間は、きみのことを心配している。そういう友がいることを信じて欲しい。そして、きみは、後退などしていない。悩むことは、前進しているんだ。自分で自分を見付けるプロセスなんだよ。悩まない人間は、人間ではないよ。、、、、、」と語りました。彼は涙していました。涙の意味は、私には分かりません。でも、友がいることは、分かってくれたはずです。

「20歳に成ったら飲もうね。」の約束は守れたのかな。子ども(大人?)たちは、私に「寄せ書き」をプレゼントしてくれました。喋る間に、飲む間に、歌う間に書いてくれたものです。
この子たちに出会えて良かったな、と今読んでいるところです。(3割バッターには成れなかったけれど)




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2007年01月03日

今年も、少しずつ進もうと!

2007年、時計を視ると、もう2日が過ぎています。地球の自転・公転が早くなっている気がします。

改めまして、新年おめでとうございます。良いスタートになりましたか?
私は、相も変わらず年賀状書きに追われています。昨年の11月中旬には印刷が終わっていたのに、12月29日から書き始めました。宛名とミニメッセージの手書きで、時間が掛かります。教え子中心に200枚近くは書けました。(一昨年よりは一歩前進。)4つの学校の教え子には書けたのですが、残りが3クラス分はあります。
元日・2日を迎えてみると、教え子以外の方から、たくさん届いていました。慌てて約100枚ほどのお礼状を書きました。教え子には絶対書かなきゃ、と思っています。
ということで、今年もゆっくりしか進めない私です。宜しくお願いします。

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2006年12月22日

大好きなドラマが終わりました。

これまでの日記とは異なります。
NHKの朝ドラも見ています。
週1のドラマで好きなものが三つありました。3番目が「14才の母」。2番目が「僕の歩く道」。
1番目に好きだったのが「Dr.コトー」(チャンネルは嫌いですが)でした。「歳を経ると涙もろくなる」は、本当ですね。タオルを片手に一生懸命に観ました。「コトー」の木曜日は、会議などが終わると急いで帰宅しました。“命の重さ・人への優しさ・医師としての勇気”を、私はテーマとして受けとめました。昨晩の最終回で、コトーは、友人の医師に「偽善者」と批判されます。私は、私への批判に聞こえました。

教員として生きてきたつもりの私ですが、教育・教職員に対する管理統制が強まるなかで感じていました。私は「人として子どもの前にたっているのか。仮面を付けた教員としてなのか。」が、心の底にありました。それを振り払う為に、学級通信を「優勇記」と名付けました。子どもたちにも、保護者にも「人としての優しさと生きる勇気」を持って欲しいの願いもありました。

コトーの番組を観ながら思い出した言葉があります。40年前の教員採用面接の時、「あなたは、山奥がいいですかそれとも島がいいですか?」と問われたことです。私は、僻地教員としてスタートするんだと、思い込みました。(結果は全然違いましたが、、、。)
もし、【だった】としていたら、教員生活はどんな展開をしていたのだろう?38年間続いていなかったかも。そのような気がします。
Posted by ezagori62 at 23:47  |Comments(7)TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする