建築学者の五十嵐太郎さんが自身の日記で森川さんのアキハバラ論に対する否定的的見解を表明している。(50's THUNDERSTORM 2005-03-18)
五十嵐さんはアキハバラ論に直接反論しているわけではない。
「comic 新現実vol.3」という雑誌の森川嘉一郎へのインタビューにおいて大塚英志によるアキハバラ論批判が展開されたのを受けて、その批判に共感を示しているのである。
「秋葉原論を批判するのは結構簡単」「建築(意匠)論って、そんなにいい加減なものかという大塚の問いに対し、とくに反論を言わないのは、建築論のパブリックイメージを悪くしている」という手厳しい言葉も添えられていた。
もしかしてこれは五十嵐vs森川の建築論戦が勃発したということですか?最大トーナメントでいえば稲城文之信(日本拳法)対ロバート・ゲラン(プロボクシング)ってことですか?リアル建築家トーナメントキタ---!と俺も根が2ちゃんねらーなものでつい野次馬的な期待をしてしまう。さっそく「comic 新現実」を入手して問題の記事を読んでみた。
うーん、これは確かにすごい。いやインタビュアーの大塚英志って人が。なんなんだこの人は。最初っからケンカ腰で森川嘉一郎にくってかかってます。これはもはやインタビューとは言えない。
「comic 新現実」には森川さんにだけでなく漫画家のみなもと太郎さんに対するインタビューもあり、森川インタビューの次のページから掲載されている。この二つを読み比べると大塚氏がインタビュアーとしていかに尋常でない態度だったのかが理解できるだろう。森川氏・みなもと氏がほぼ同じ意見を述べている部分があるにもかかわらず彼が全く別の対応をしているからだ。
例えば手塚治虫の影響力に関して。
みなもと:「でもほんとは、これだけの面子(手塚治虫の後にデビューした手塚より年上の漫画家たち:俺注)がそろっていれば、手塚治虫が出てくる前に一つの時代を築けてる。手塚の影響なしにどんな画風になっていたかが見たかったね。もっとアメリカのアニメっぽいものになっていただろうとは思うけど」
大塚 :「なるほどね。ぼくはもう手塚のセル画線を刷り込まれちゃった子供だから、こういう人たちの絵が古臭いというか、手塚っぽくないので、それだけでもう目が拒否してた記憶があります」
この対話では当時の日本の漫画家にとって「アメリカのアニメ(ディズニー)を”変容させた”手塚の画風」の影響がいかに大きかったかをみなもと氏が認識している。
これに対して大塚氏は「なるほどね」と同意している。
そして森川氏もインタビューで同じく「手塚が変容した部分」の重要性を指摘している。だが森川氏に対しては大塚氏はなぜか「そもそも手塚はディズニーの徹底したエピゴーネンなわけでしょう」と反論しているのだ。
ちなみに森川氏へのインタビューはみなもと氏に対するものからほぼ一ヶ月後に行われている。
「侘び・寂び」に関して。
みなもと:「生真面目だとギャグも真剣に考えちゃうのかなあ。俺、他の本にも描いたけど、利休の「わび・さび」だって随分ギャグが入ってるんです」
大塚 :「そうですね。たとえば江戸時代の妖怪も全部パロディキャラクターですよね」
最近の若いモンは日本の伝統をマジメに捉えすぎていて面白くない、「わび・さび」だってギャグだよ、という対話をしていたのである。その大塚氏が一ヵ月後に森川氏の「侘び・寂び・萌え」を外国人に向けた計算高い東洋的プレゼンテーションであると批判するのはどういうことだろう。
このみなもとインタビューには他にもこういう対話がある。
大塚 :「”秋葉原らしい”と秋葉原そのものをまんまコピーするように描くことは違うんですよね」
みなもと:「どこにもない脳内秋葉原で、この場所にこの建物はないけど、この町はどう見ても秋葉原だ、という絵を描ける人の方が、やっぱり偉いという気がするよね」
みなもと:「コミケには変な奴が出るのね(笑)。それこそ、日本中の缶ジュースを片っ端から飲んで記録してる奴もいるし……」
大塚 :「そういうのありますよね(笑)」
みなもと:「変てこな研究本がたくさんある。常識人がやれないことをやるからバカは尊いのよ。歴史始まってからそうでしょ?」
こんな対話をしていた当事者が森川アキハバラ論を寛容に受け止めることが出来ないのは奇妙なことではないか。
この2つのインタビューを続けて読むと、つくづく今の大塚氏の年代に腹が立ってくる。彼らは日頃から「最近の若い奴は面白くない、もっとブッ飛んだアイデアを期待している」と口では言っている。しかし実際に下の世代から新しい考えが出てくると、必死になって潰しに来るのである。大塚氏はオタクについて語ることは自分の世代の既得権益だとでも思っているのだろうか。
大塚氏の森川アキハバラ論に対する批判の中には論じるべき内容のものもあったとは思うのだが、最初から相手を全面否定する態度では議論が深まるわけもない。五十嵐さんは「官僚のように質問をかわしていた」というが、フツーなら森川さんは席を立っていてもおかしくなかったのではないか。むしろこんな失礼なインタビュアーに最後までよく付き合ったよなあ、と思うのである。
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