2007年06月30日

大祓(真清田神社)・写真

今日は六月晦日で、神社における大祓が斎行された日である。午前中の仕事後に、愛知県一宮市・真清田神社さんの大祓を奉拝してきた。
大祓とは、6月と12月の晦日に半年間の穢れを人形代(ひとかたしろ)に移して棄却し、清浄な状態になって生命力の復活を祈る儀式である。
古来、律令制下において、神祗官に百官を集めて天皇の身の穢れを除いて健康を祈る儀礼と、宮域に溜まっている人々の罪や災気を祓う国家的儀礼から始まったようだ。古来より日本人が、穢れを嫌う潔癖的な性善説の民族であったから生れた儀礼であろう。なぜなら、人は神のワケミタマであって、本質はアカキ、キヨキ、ナオキ、タダシキものだという人間観があったからだという。であるから、穢れはこの本質の輝きを曇らせるから、曇りを取り除くことで生命の本来の輝きが復活するというわけだ。
元々は宮廷で行なわれていた行事が、神社が行なうことで保存されていることも特筆すべきであろう。
六月晦日の大祓が終わると、平成19年度も半分終わったのだと実感する。一年は早いものだ。
添付写真は、神職さんが撫物としての人形代を押し当てているところ。(Nikon D80+VR18-200mm)
《参考文献》 【神道】井上順孝(新曜社)、【神道の本】学研ブックスエソテリカNo.2
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2007年06月29日

ムラヴィンスキー・エディション(10CD)

注文しておいたエフゲニー・ムラヴィンスキー指揮のCD10枚組が、宅急便で今日届いた。
曲によっては手持ちのCDと重複するが、CD未発売のハチャトゥリアン:交響曲第3番が含まれるのが嬉しい。(今月26日発売)
それに手持ちのCDとは曲によっては録音年月日が違うのも、聴き比べできて嬉しい。例えばブルックナーの交響曲第九番は1980年1月30日録音版を持っているが、今回のCDは1978年1月1日の録音だ。
10枚のCDの録音は1946年から1983年までと、巾がある。ムラヴィンスキーの円熟期から晩年までの足跡を簡単に辿ると思えば、ボックス入りのセットは価値が有る。
オランダのBrilliant Classics製で、¥4,621也。輸入版とはいえ、CDも安くなったもんだ。
一日1枚づつ聴いていこう。暫く楽しめる。
収録曲は、下記の通り。  (業務連絡;S根、こんなん出たぞ)

レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
ソビエト国立交響楽団
 エフゲニー・ムラヴィンスキー(指揮)
CD-1
チャイコフスキー:
・弦楽セレナード ハ長調 op.48(録音:1947年3月17日)
・『くるみ割り人形』組曲 op.71a〜3曲(録音:1948年3月11日)
・幻想曲『フランチェスカ・ダ・リミニ』 op.32(録音:1972年1月27日)
CD-2
・交響曲第5番ホ短調 op.64(録音:1982年11月18日)
・『眠りの森の美女』〜パ・ド・ドゥ(録音:1948年3月11日)
・イタリア奇想曲 op.45(録音:1949年2月1日)
CD-3
・グラズノフ:交響曲第4番変ホ長調 op.48(録音:1948年3月2日)
・R.-コルサコフ:『見えない町キーテジと乙女フェヴローニヤの物語』〜4曲(録音:1949年4月2日)
・グリンカ:『ルスランとリュドミラ』序曲(録音:1965年2月23日)
・シテインベルク:道化師の踊り(録音:1946年10月25日)
・シテインベルク:Dance of Gillina(録音:1946年10月25日)
CD-4
・サルマノフ:交響曲第2番ト長調(録音:1983年3月11日)
・ハチャトゥリアン:交響曲第3番(録音:1983年3月11日)
・リャードフ:交響詩『バーバ・ヤーガ』 op.56(録音:1983年3月11日)
・ムソルグスキー:モスクワ河の夜明け(録音:1983年3月11日)
CD-5
・ショスタコーヴィチ:交響曲第5番ニ短調 op.47(録音:1982年11月18日)
・ジヴォトフ:Heroic Poem(録音:1946年11月11日)
CD-6
・バルトーク:弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽(録音:1965年2月23日)
・ストラヴィンスキー:『ミューズを司るアポロ』(録音:1972年1月27日)
CD-7
・ワーグナー:ジークフリートの葬送行進曲(録音:1947年2月14日)
・ワーグナー:『トリスタンとイゾルデ』前奏曲と愛の死(録音:1978年3月30日)
・プロコフィエフ:『ロメオとジュリエット』第2組曲(録音:1983年3月15日)
CD-8
・ブルックナー:交響曲第9番ニ短調(録音:1978年1月1日)
CD-9
ベートーヴェン:
・交響曲第4番変ロ長調 op.60(録音:1949年3月14日)
・交響曲第2番ニ長調 op.36(録音:1940年)
CD-10
・モーツァルト:『フィガロの結婚』序曲(録音:1962年2月23日)
・ウェーバー:『魔弾の射手』序曲(録音:1952年11月29日)
・ビゼー:『カルメン』第4幕への前奏曲(録音:1946年11月23日)
・ビゼー:『アルルの女』〜ファランドール(録音:1946年11月23日)
・ドビュッシー:夜想曲〜『雲』、『祭り』(録音:1952年12月28日)
・ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲(録音:1965年2月23日)
・スクリャービン:交響曲第4番『法悦の詩』(録音:1959年4月21日)
(自宅でCDケースを撮影) by HP【舞!組曲】www.photoland-aris.com/myanmar/ 

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2007年06月28日

メトロヒルズ三重 嬉野温泉


metorohi.JPG24日、伊雑宮の御田植祭の帰りに寄ったのが、伊勢道の一志嬉野ICから約3Kmの「メトロヒルズ三重 嬉野温泉」(添付写真)。
メトロポリタン倶楽部というゴルフ場に隣接した大きな建物の一階に、その温泉がある。泉質はナトリウム塩化物炭酸水素塩泉である。料金は¥900だが、フェースタオルにバスタオルは貸してくれる。浴場は綺麗だし、露天風呂も大きいが、WEBによると内湯の三つのうち温泉は真ん中だけと読んでいたので、試しに真ん中で湯を舐めると確かに塩っ辛い。だが、露天風呂に塩辛さは無く、真水の加温のようだ。そのことについての記載掲示は一切無かった。
建物は大きく、上の方はかつて1994年開業の「ホテルアメリカーナ」として営業していたらしいが、バブル後にほどなく営業を止めて現在は休館で、温泉だけが営業している。隣接した建物では、ラスベガスショーもやっていたらしいが、こちらも廃墟だ。温泉のある旧ホテルの建物も、実際には上の客室部分は休館だから、廃墟のような雰囲気だ。ロビーもだだっ広いが、うつぼな感じで、怪しげな雰囲気だ。なれど一歩温泉施設に足を踏み入れるとカラオケの音が無料休憩所から大音量で流れ、活気はあるようだ。ただ、湯上りに聴きたくも無いカラオケを聴かされるのは、たまったものでない。風呂はイイのだが、早々に退散した。
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2007年06月27日

伊雑宮御田植祭(2)竹取神事

三重県志摩市磯部町・伊雑宮「御田植祭」における、『竹取神事』での一コマ。
早乙女・田道人が苗取りの後、御料田の西中央に立つ大団扇(ゴンバウチワ)又は翳(さしば)が倒れた後、翳の先端に付いている忌竹を男衆が翳を三周引き回しながら奪い合う。
翳が倒れる前に御料田に入った男衆は乱闘するかの如く泥田で暴れまくり、頭のテッペンから全身、泥だらけとなる。
御料田の西に立つ「太一」の翳に、泥だらけの神事、、、なんとか考察(っていうか感想)を考えないと、UPできない(汗)。頑張るぞぉ〜。
(添付写真は、今月24日撮影、Nikon D80+VR18-200mm)
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2007年06月26日

伊勢路の天の岩戸(2)・写真


amanoiwadoise2.JPG伊勢市の猿田彦神社前から志摩市磯部町への伊勢道の途中に、「高天原」と呼ばれる地域がある。そしてその中には、「天の岩戸(岩屋戸)」という窟がある。伊勢道から脇道で1.5Kmも車で走った駐車場に車を置き、歩いて約250mで「天の岩屋戸」に着く。
うっ?!これが天照大御神が御隠れになった岩戸かっ(汗)。
高さ1m程の鳥居の背後には高さ0.5m程の窟が開口し、清水が流れ出ている(添付写真)。
この岩屋戸が伊勢神宮の125社とは関係が無いことは、昨日の拙Blogでも記した。志摩市のクレジットが入った案内板には、この清水は『日本名水100選』にも選定されているということだ。日量31,000トンの湧出水は神路川に流れ込み、志摩住民の生活飲料水の源になっているという。
当然、飲料水だけでなく農耕などにも使われるだろうから、志摩市の背後にそびえるこの神路山は昔の民のイメージでは、名前の通りに神々の住まう山であったろう。添付写真の鳥居の右手の上方には祠もあったが、山を背景にしており、山ノ神を祀る祠のように思えた。現在は「天の岩戸」と称する窟も、元々は龍神(水ノ神)を祀る祠であったのだろう。山と水ノ神は、野の民の生活を潤し、田植えの頃には田の神として野に降りてくる。
神路川の下流には伊雑宮の御田植祭の斎田もあるが、民の信仰には山ノ神に水ノ神、そして祖霊の住まう山に、田ノ神の野という思考があったとしても不思議ではない。
なお、この写真の鳥居の場所から更に300mも山中に歩くと風穴があるようだが、薄暗い雨の中を歩いて蛇に遭遇するのはイヤだ(涙)。今回は、そちらは未訪問だ。
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2007年06月25日

伊勢路の天の岩戸(1)・写真

伊勢西ICで出て、猿田彦神社前から伊勢道を走り、志摩市磯部町へ向った。伊雑宮での御田植祭の撮影のためだ。
伊勢道、、以前、家族を志摩スペイン村へ連れて行ってから15年ぶりに走るが、その時は気が付かなかった『天の岩戸』の案内看板が途中にあるを見かけ、復路に立ち寄った。
伊勢道から対向車ともすれ違いに困難な脇道に入り、約1.5Kmも走る。すると鳥居が現れた(添付写真)。
鳥居の形態は伊勢神宮と同じ、「伊勢鳥居」型であるが、鳥居の両脇には狛犬が、、、。なんだか違う気がする。伊勢神宮の別宮、摂社などで狛犬は見かけない。さもあろう、『天の岩戸(岩屋戸)』とは申せ、説明看板には、志摩町役場や志摩町観光協会のクレジットが書いてあった。伊勢神宮関連の125社には、まったく関係ない史跡である。有名な天の岩戸(岩屋戸)は、宮崎県高千穂町の天岩戸神社に大きな窟が存在するだけでなく、他にもあるらしいが。
ちょうど内宮と伊雑宮の中間地点の山中のこの辺りは、天高原とも云われるらしい。うむ〜〜、、、だ。
車でサミットを越えると、伊勢道は小川に沿って磯部町に下る。この川は「裏五十鈴川」とも云うそうだ。
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2007年06月24日

伊雑宮御田植祭(1)


izouBlog1.JPG今日は三重県志摩市磯部町の伊雑宮(伊勢神宮皇大神宮別宮)の御田植祭の奉拝・撮影に行ってきた。
天気予報では午後3時ころから雨であったが、午前8時に着いた時には、既に雨。
今年から斎田が以前の場所の横に移転して、屋根が付いた参拝者席が出来上がっていた。ただ参拝者の方々の邪魔にならない位置から撮影しようと思うと、既に置き三脚が7〜8本並んだ後ろしかない。むろん屋根の無い露天だ。置き三脚の先客カメラマンの後ろから、脚立に立って撮影するポジションを確保する。
さて、ポジションを確保したら、伊雑宮に参拝である。
添付写真は朝の9時ころ、境内での巫女さん。深い森の緑に乳白色の傘が美しい。
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2007年06月23日

シュエダゴンパゴダ5月の日 ・写真


shuyoko.JPG5月の太陰暦の満月の日、シュエダゴンパゴダ(ミャンマー、ヤンゴンの仏塔)は、多くの参詣者で賑わう。この日は仏陀の生涯の三つの祝福すべき出来事の日の一つと考えられている。三つとは、誕生・成道そして涅槃である。多くの参詣者は境内にあるインド菩提樹の根元に水を掛けて、この記念日を祝う。

添付写真は、シュエダゴンパゴダの中央の仏塔を背景に、ヤンゴンの女のコをポートレート撮影した。
空の部分だけ、コッキンのハーフグレーフィルターを掛けて撮影した。
(Nikon F5、20mmF2.8D、EBX;2002年5月撮影)

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2007年06月22日

豪雨を突いて ・写真

雨が全く降らない乾季(11〜3月)のミャンマーへ何回か訪れると、その対極の雨の季節(6〜10月が雨季、4、5月は暑季)に行ってみたくなる。激しい雨の中を走る機関車の姿も捉えずに、ミャンマーは表現できないと思ったからだ。だが、雨の降り方は半端でなかった。バケツをひっくり返したという表現をよくするが、雨傘など全く役に立たない。
この日、20年前の古いコロナのタクシーはクーラーも壊れて効かず、滝のような雨水を避けるために窓を閉め切って走る車内はサウナのようであった。雨中ではゴアテックスのレインコートも役に立たず、コートの内部では流れる汗と吹き込んだ雨で、服も体もべタベタだ。濡れて腕に張り付くコートがいまいましく、これならコートも必要なかったと小言も出る。
咽返るような熱気と豪雨の中、ニャグハシ発バゴー行きの汽車が、カリ駅を発車した。あまりの豪雨に、車の中から窓を開けて撮影することにした。F5は防滴構造とはいえ、水中カメラのニコノスが欲しくなるような濡れ具合だ。これは堪らん。ドライバーに豪雨の車外に立たせて、後部座席の窓に傘をささせた。ドライバーはズブ濡れだが、なんとか豪雨の中の汽車を撮影できた。雪と違って雨は写り難い。なれどその暗さこそ、雨季の激しさを物語り、満足する1枚となった。
(ミャンマー、カリ〜バゴー間にて、1998年6月;Nikon F5、80−200mm、コダクローム200プロ)
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2007年06月20日

率川神社の今 ・写真

17日に「ゆり祭(三枝祭)」が斎行された率川神社(奈良市本子守町)さんは、その祭典の僅か一週間前に「本殿修築並びに境内整備事業」竣工祭が斎行されたばかりであった。
幕末期に建造された現在の社殿も140年が経過して傷みが激しくなったので、保存修築のために大々的な保存修理が行なわれていたのだ。本殿は持ち上げてコンクリートの基礎に基壇を据付たり、柱や梁の腐食箇所の修理だけでなく、屋根檜皮の交換などもされた。本殿のみならず、社務所の新築に東屋や公衆便所の立替も行なわれた。
添付写真は本殿で、中央が媛蹈鞴五十鈴姫命、向って右側にその御母神の玉櫛姫命、左に御父神の狭井大神をお祀りする。
しかし、、社殿の屋根のテッペンが、今回の事業で作られたアクリル板の覆屋で隠れてしまった。斎庭が雨天でも支障が無いように屋根が設置されたのだが、社殿の鰹木や千木まで見えなくなってしまったのは、惜しい。あと1m高い覆屋だったら、、、と思ったのだが、、、。
「ゆり祭」の日に、拝殿より斎庭と本殿を拝する方向で撮影。
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2007年06月19日

率川神社ゆり祭、七媛女 ・写真


nanaoto.JPG一昨日の奈良市本子守町、率川神社さん例祭「ゆり祭(三枝祭)」での、七媛女(ななおとめ)さんの写真。
神武天皇が狭井川の近くを通りかかった時、七人の乙女がユリを摘んでいた。その中の一人を見初められ皇后に迎えられたのだが、その姫が五十鈴姫で、率川神社の御祭神である。
その野でユリを摘む七人の娘を七媛女(ななおとめ)と称する。午前中は神社での神事で、午後からは神社から近鉄奈良駅まで往路復路重複しないコースでのべ約3Km、風流傘を先頭に、七媛女・ゆり姫に稚児の行列が出る。神社出発は午後1時半で、帰着は午後3時。
添付写真はその行列での撮影。
HPには、できるだけポートレート写真的なコマでUPしようと、写真の選択中。
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2007年06月18日

率川神社ゆり祭の随伴員 ・写真


kasamochi.JPG昨日の奈良市本子守町、率川神社さんの例祭「ゆり祭(三枝祭)」にて撮影させて頂いた、七媛女さんに供奉する随伴員の女のコ。
写真の左側に、七媛女さんに差し掛ける朱傘が畳まれて写っている。

(業務連絡)
昨日は何枚も写させて下さいまして、ありがとうございました。
HPには、この写真とは違う写真でUPさせて下さい。
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2007年06月17日

率川神社ゆり祭(三枝祭)

今日は大神神社(奈良県桜井市)さん摂社の、率川神社(奈良市本子守町)さんの例祭「ゆり祭(三枝祭)」であった。
率川神社社殿は文久2(1862)年造替であるが、保存修理のための本殿修築・境内整備が終わり、今月11日に竣工祭が斎行されたばかりである。
ゆり祭で奉舞される巫女さんによる「うま酒みわの舞」は斎庭で舞われるが、その上には覆屋が樹脂板で出来上がっており、雨天にも対応している。が、写真的には覆屋の支柱が入り、苦しい撮影であった。
午後からは七媛女・ゆり姫さんらの神幸行列を追っ掛け撮影してきた。
(自宅発04時43分、率川神社着06時18分
率川神社発15時08分、自宅着18時10分) by HP【舞!組曲】www.photoland-aris.com/myanmar/
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2007年06月16日

真清田神社「尾張造り」 ・写真

今月9日の「中日新聞」夕刊に、『尾張造り再建50年 真清田さんに夢紡ぐ』として、戦後一宮市の繊維業最盛期に再建された真清田神社さんの尾張造り社殿についての記事が掲載されていた。
真清田神社(愛知県一宮市)さんのお社は、昭和20(1945)年7月の空襲で鳥居を残して焼失。本殿が再建されたのは昭和32(1957)年で、その建築様式は本殿・祭文殿と拝殿が一直線に並ぶ「尾張造り」で再建された。建築材には百本に数本しか無いような立派な樹齢300年にもなる檜が用いられている。これほど立派に尾張造りで建造だれたお社は、その後には類を見ない貴重な建築で、昨年には国の文化財建造物に登録されたという。
ただ繊維で発展した一宮市も、真清田神社さんを復興した頃の勢いは無く、真清田さんを復興した時の気持ちを再建50年の今こそ甦らせたいという。
真清田神社さんでは今秋に、五十周年記念式典が斎行される。
添付写真は、昨年の一宮市の『七夕まつり』における真清田神社さん境内。写真中央のやや下に、拝殿の建物が写っている。境内内部にも特設舞台や屋台にお化け屋敷などが多くが設置され、駅前から神社までのアーケード街も夜遅くまで多くの人で賑わう。
今年の一宮市『七夕まつり』は、7月26(木)〜29(日)である。楽しみだ。
余談ながら、熱田神宮さんも明治26年までは尾張造りであった。その後に伊勢神宮さんと同じ神明造りに建て替えた。
Photo by【舞!組曲】www.photoland-aris.com/myanmar/
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2007年06月15日

伊勢神宮 月次祭、興玉神祭 ・写真

今日から25日まで、伊勢神宮「月次祭」が斎行される。この時季、一般参拝者は少なく、薄暗くなった境内は静寂に包まれている。午後4時半頃、報鼓の先触れが神域に響き渡るが、深い森に響く太鼓の響きは戦慄的でもある。添付写真では報鼓の後方、約80mを興玉神祭(おきたまのかみさい)に御奉仕される神職さんが既に参進されている。月次祭の前段階の御ト(みうら)を斎行するにあたり、内宮ご正宮の地主神(又は猿田彦命ともいう)をお祀り申し上げるのが興玉神祭である。
添付写真では神職さんは傘をさした雨中の参進で、「雨儀(うぎ)」である。昨日入梅したが、今日の伊勢の天気はどうであったろうか。御奉仕される神職さん方には当然雨は降らない方がよいだろうが、「雨儀」ならぜひ撮影に行きたいと思っていた。ただ、今月は週末カメラマンとしての撮影出撃が相次いでおり、半日の有給休で行くことさせ憚られ、今季の月次祭・興玉神祭、御トは奉拝・撮影することができなかった。
添付写真は2年前の6月15日撮影、伊勢神宮内宮神楽殿前にて(Nikon D70+80−200mmF2.8D)
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2007年06月14日

コンクリートの空間 ・写真

建築中の部屋の隅へ、窓も取り付けられていない処から夕陽が差し込む。
ミャンマーのヤンゴン市で撮影(2004年3月)

NEW拙HPに、伏見稲荷大社「田植祭」の写真7枚をUPしました。どうぞ御高覧下さい。
HP【舞!組曲】www.photoland-aris.com/myanmar/
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2007年06月13日

蒙古(元)から逃げた王の仏塔 ・写真


tayouLine.JPGバガンの「タヨウピイェーミン・パゴダ」と呼ばれるこのパゴダ(パヤー;仏塔)、建立した王にしたら不本意な名前であろう。それを訳すと、「蒙古(元)から逃げた王の仏塔」となる。
その王はスイードゥー王であるが、1283年の蒙古(元軍)の来襲に抗せず、南部ミャンマーへ逃走した。そして元に和睦の申し入れをするが、王は実の子に毒殺される。元の支配下の雲南政府はバガン王朝の復興に努めるべく、バガン王朝の血をひく王子が即位させて王とした。が、ビルマ族のバガン王朝の弱体化は著しく、やがてはシャン族に支配されることとなった。
「蒙古から逃げた王の仏塔」と呼ぶのは、ビルマ族にとって屈辱的経緯となった、弱虫王という蔑称の意味もあるのかもしれない。
その「蒙古から逃げた王」が建立したパゴダ(仏塔)で、ミャンマーの女のコを撮影した。背後斜めからの光がラインライトとなって、美しかった。
(ミャンマー、バガンにて、2003年9月撮影;Nikon F5、50mmF1.4D、EBX)
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2007年06月12日

伏見いなり寿司 ・写真

伏見稲荷大社の「田植祭」に訪れた日は、自宅での朝食後の午前6時40分に出発して、伏見稲荷さんには午前8時40分に到着した。早々に斎田で撮影ポジションを確保したが、斎田での御田植まで5時間近くある。午前10時半、まだ昼食時間というには早いが、早目に食べておくことにする。参道をブラブラと歩いて、入ったお店は門前町の「祢ざめ屋」さん。これぞ伏見稲荷スペシャルという組み合わせで注文した。雀の串焼き&いなり寿司。いなり寿司の注文の時は、一人前で宜しいですか?と訊かれたが、十分過ぎる数のいなり寿司が登場した。
さて、いなり寿司だが、発祥の地は伏見稲荷ではなく愛知県の豊川稲荷らしいから、意外である。WEBで調べると、『狐は鼠の油揚げが好物で、狐を捕まえる時には鼠の油揚げを用いていた。そこから稲荷神に代用した豆腐の油揚げを供えるようになり、それが狐の好物になった。』 このWRBの解説は、稲荷神社は狐が御祭神と誤解している。狐=稲荷神の眷属神なのだが、、。それはともかく、一言でいうなら油揚げは狐の好物だからで、狐が御神体か眷属神かという立場は、いなり寿司の立場には関係無いことだが(苦笑)。では、雀は?こちらは伏見稲荷スペシャルバージョンに間違い無いようだ。稲を食い荒らす雀を食って懲らしめてやろう、ってのが雀を食べ始めた動機らしい。後付けの理由のように思うけど(笑)。
(今月10日撮影;by HP【舞!組曲】www.photoland-aris.com/myanmar/
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2007年06月11日

伏見稲荷へ参拝したら、雀

伏見稲荷大社(京都市伏見区)前の参道両側には、沢山の土産物屋や食堂が並ぶ。何処からともなく、芳ばしい匂いが漂ってくるのは、あちこちの店頭で焼き鳥を焼いているのだ。焼き鳥、、それもスズメにウズラである。実は昼食にも雀焼きを一串(二羽)食ったが、「田植祭」を奉拝・撮影後に、もう一串食おうと楽しみにしていた。添付写真は、その撮影後にオヤツに食べた時の雀焼きの写真(昨日撮影)。
雀は岐阜県の田舎に住んでいた小学生低学年の頃によく食べたから、懐かしい好物である。なれど最近は食べれる所が本当に少ない。焼きあがった雀は、頭も脚もむろん体も骨ごとバリバリかじる。それが美味い。ミャンマーのマンダレー市には、炭火焼の屋台の食堂が沢山並んでいる。そこで雀を食って以来、6年ぶりの雀であった。ミャンマーの雀は、もうひと回り大きかったが、スズメでも種類があるのだろうか。今回食べた雀は小ぶりだが、身が締まっていて美味かった。 by HP【舞!組曲】www.photoland-aris.com/myanmar/

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2007年06月10日

伏見稲荷大社 田植祭 ・写真

伏見稲荷大社(京都伏見区)さんにおける、「田植祭」を奉拝・撮影してきた。
ご神事が本殿において13時からで、神田では14時からである。ただ12時半頃から土砂降りとなり、祭場にテントを設置したり、雨脚の様子見からか、僅かに遅れた。幸い、神職さん神楽女さんらが参進される頃には雨が止み、晴れてきた。ただ神田に光が当たり神楽女さんは日陰で、露出が難しい条件となった。おまけにテントの存在も惜しい。いつの日か、リベンジしたいものである。
〔自宅発06:40、伏見稲荷大社着08:43
伏見稲荷大社発15:14、蒲生野の湯着16:07
蒲生野の湯発17:29夕食休憩を経て自宅着19:35〕by HP【舞!組曲】www.photoland-aris.com/myanmar/
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Posted by gagaku at 21:38  |Comments(4)TrackBack(0) | 神事 , 能楽・雅楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする