2012年05月15日

写真 掲載誌 の御案内

私が撮影した写真が 一枚 掲載された雑誌が発売になりました。

ムー
「神々の記号と 古事記 大予言2012」
学研 ; 平成24(2012)年6月号 No.379      ¥730 (税込)
〜特集の「古事記」にちなんで、『日本の神々事典』という別冊が付き、素晴らしい号です。

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2012年05月13日

インド映画『ロボット』

昨日から上映が始まった インド映画『 ロボット 』を 昨日、「エアポートウォーク名古屋」の
ミッドランドシネマで観てきた。 (西春日井郡豊山町; 県営名古屋空港隣接)
インド映画を観るのは初めてだが この映画、制作費37億円というインドでは空前の制作費を
用いて、そして世界興行収入100億円という超話題の映画である。

(ストーリー)
ロボット工学のパーシー博士は、戦争で兵士の戦死を防ぐためのロボットを開発する。名前はチッティ。
そのロボットの承認前、火災から少女を助け出すが、単に助けただけで少女の名誉を守る配慮が無かった。
パーシー博士の恩師の同じくロボット開発者ボラ教授はパーシーの開発力を妬み、その事件を口実に非承認を
下したため、パーシー博士はチッティで感情を学習させる。感情を得たチッティは、パーシー博士の
フィアンセのサナに恋愛感情を抱き、パーシー博士と対立するようになる。インド軍の前での承認テストの時、
チッティは恋愛の詩を読み博士に恥をかかせる。怒った博士は、チッティーを壊して廃棄してしまう。
その廃棄部品となったチッティを拾ってきて再製したライバルのボラ教授は、チッティに従来の10倍の
破壊力を持たせた破壊兵器としてバージョンアップしてしまう。大量破壊兵器と化したチッティは、
同じバージョンの分身ロボットを大量に製造しロボット王国を創造して、サナをパーシー博士との
結婚式から攫ってきて無理やり王妃扱いにする。ロボット群の暴走を止めるべく、その王国に侵入した
パーシー博士。博士&インド軍 VS チッティらロボット群の混乱のバトルが始まった。

ストーリーだけ書くと、ありそうな話だが、その奇想天外の表現には驚愕と時として笑いの連続である。そして最後には、ホロリとさせてくれる愛すべき内容には驚いた。特撮SFスペクタクル映画は
アメリカ映画で散々あるが、これほど痛快でありながら驚きの内容は初めてである。美貌のサナ、そして
善良で知的なパーシー博士とロボット・チッティの二役も凄い。映画のノリが半端でなく、映画の中で
ロボット群のダンスシーンが入るなど、インド映画の特色も見応えある。映画音楽も迫力満点。
超お薦めの映画だから、映画好きの職場スタッフにさっそくメールで勧めてしまった。

添付写真上は、チケット。
添付写真下は、「エアポートウォーク名古屋」のアピタへの連絡橋から空港を撮影。建物自体が
以前の名古屋空港ビルを使っているため、面影が所々に残っていて懐かしい。駐車場となっている場所も、
かつての滑走路である。

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2012年04月30日

アサイーのジュース

アサイーなるフルーツを使ったジュースを、初めて知って飲んだ。
真野恵里菜ちゃんのブログで 真野ちゃんが飲んだのを知ったのだが、
探しても近所のスーパーやコンビニにも売っていなかった。 
だが先週土曜日に真野ちゃん出演の映画【わが母の記】を鑑賞後、成●石井に寄ったら有ったので購入。
一つは、「アサイーソイ:アサイーX豆乳 ブルーベリーミックス(195g、¥258)」で
もう一つは、「アサイーディライト:Wマンゴーパッション(195g、¥198)である。
値段は普通のジュースの倍だが、ドロリとした濃厚な味わいが美味く 価値あり。
メーカーは、フルッタフルッタ といい、アサイーというアマゾン産のフルーツを
使ったジュースを多々 扱っている。
真野ちゃんブログのおかげで、思わぬ美味しいジュースにめぐり合った。

添付写真は、真野恵里菜ちゃんのブログとアサイージュース。

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2012年04月28日

映画【わが母の記】観賞(真野恵里菜)

真野恵里菜ちゃん出演で、今日から上映の映画わが母の記】を観てきた。
真野ちゃん現場では中高年が多いとは云え、この映画鑑賞者の年齢層の高さに驚いた。
「夫婦50」 の割引で入った 私と妻 が最も若い観客の部類という、そんな客層だった。
文豪・井上靖(氏)の自伝的小説の映画化だから、おそらく文学ファンをも取り込んだ客層なのだろう。
撮影は井上靖氏の自宅で行われたのみならず、故郷など所縁の伊豆など足跡を尊重しながら撮影されている。
物語は井上靖(物語の中では伊上洪作)の幼少の頃に母に伊豆に捨てられたという記憶から始まる。
伊上が作家として成長していく過程で、フィクションのみならず家族をノンフィクションとして描く
作風の在りかたと家族の在り方のギャップに娘の琴子が疑問を抱く。伊上の父の死後に母の八重は
徐々に認知症を呈するようになる。殆ど自己認識が出来なくなった頃、八重は無意識の中で息子伊上について
独り言のように歌うように語り出す、、、その事実とは。。。(ネタバレのため伏せます)
映画の最中はあちこちからすすり泣きが聞こえてくるが、私は途中で涙が出ることは無かったが、
エンディングクレジットの時に ついに堪えきれず嗚咽が漏れてしまった。 
母・八重を誤解していた人生、それが氷解していく過程、遅すぎたその時期が残念ではあるが
誤解が解けることが伊上と八重の鎮魂に繋がるのであろう。
役所広司氏、樹木希林氏、宮崎あおい氏ら 3人の表情一つ一つに意味を篭めた名演技なればこそ
仕上がった、重厚な内容である。認知症になっていく過程が、家族の苦悩や苦痛として描かれていない
のは、認知症になっている本人が苦痛でないからかもしれないが。しかしながらその母親に振り回される
内容が続くのは音楽で云えば短調になりがちである。そこに登場する真野恵里菜ちゃん演じる
お手伝いさんの貞代。琴子の伊豆到着の時、顔を泥だらけにして清水で手を洗っているシーン、
そして母屋に靴も揃えず駆け込む田舎娘の姿で登場である。周りの喧騒を意に介さず蜜柑にお菓子
を頬張る貞代は、音楽なら長調。暗くなりがちなシーンに均衡を持たせてくれる、そんな存在だ。
映画に深みと巾を与える真野恵里菜ちゃんも見事な名演技だった。

添付写真は、チラシ・チケットそして右上の真野ちゃんは映画パンフレットの一部。

わが母の記
■キャスト
伊上洪作:役所広司
八重:樹木希林
伊上琴子(洪作の次女):宮崎あおい
伊上志賀子(洪作の長女):ミムラ
伊上紀子(洪作の三女):菊池亜希子
伊上隼人(耕作の父親):三國連太郎
伊上の妹で次女:南果歩
伊上の妹で長女:キムラ緑子
編集者の瀬川:三浦貴大
八重の面倒をみる女中・貞代:真野恵里菜

■スタッフ
監督:原田眞人
原作:井上靖
脚本:原田眞人

配給:松竹   公開:2012年GW

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2012年04月25日

没日

夕陽に輝く海に 鳥居 がシルエットで浮かび上がった。

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2012年04月24日

廃墟・ 土倉鉱山(5)

今月15日に訪れた、滋賀県長浜市木之本町金居原の土倉鉱山選鉱所跡の 5回目のUP。
我がプリウス君を駐車した場所の横には、国鉄バスの出口土倉停留所とバスの転向スペースがあった。
その横には鉱山神社があったらしいのが、おおよそと思われる箇所が推定できたにとどまった。
国道303号線の八草トンネル工事の時に、残存していた宿舎建造物などの大部分が破壊されたという。
明治から昭和中期にかけての産業を陰で支えた鉱山の遺構は、ごく限られたものとなっていた。
今でも金居原では、当鉱山で働かれた人が生活されているらしい。当鉱山従業員が鉱山神社の祭りで
行っていた内容がどのようなものであったか、興味深い。祭員がオコナイの地の出身者でも
勧農のオコナイの様式ではなかったはずだ。いつか訊ねられたらと思う。

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 建築物の基礎やU字溝が残る。
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 階段?の両側には石垣が残る。神社境内への入り口だろうか。踏み入れたら雪解けでぬかるみ、
靴がドロに埋もれてしまい撤退した。
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2012年04月23日

廃墟・ 土倉鉱山(4)

今月15日に訪れた、滋賀県長浜市木之本町金居原の 土倉鉱山選鉱所跡 の4回目のUP。
今回のUP写真は、選鉱所メイン建築物周囲の遺構。
 (
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 何の目的の遺構か不明。高さは埋もれた部分を入れても、1m50cmくらいだろうか。
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 昭和40(1965)年3月に閉山後、全く手を入れることなく崩壊にまかせられていた遺構の中で
唯一、手が加えられた場所。坑道への隧道口に、立入りできないよう鉄格子が組まれていた。
古写真を見ると、坑道内へはトロッコ軌道が敷設されていたようだ。
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杉野川には、護岸の石垣が崩れて残っていた。
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2012年04月20日

写真掲載書籍

私の撮影した写真が掲載された、 中学生の国語教材。

カラー写真や図が豊富で、教材だけにしておくのが惜しい本。
発行部数10万部でも、中学生向けゆえに一般には入手無理。
今になってこのような素晴らしい教材と手にすると、
いろいろ勉強できるだろうなぁ― と思える。
もう一度 いろいろと勉強し直したい中高年にも
最適な本だが。。。

国語 活用資料集】 新学社 平成24年4月発行

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2012年04月19日

廃墟・ 土倉鉱山(3)

今月15日に訪れた、滋賀県長浜市金居原の土倉鉱山選鉱所跡のUP 3回目。

この鉱山は明治40(1907)年に銅鉱脈が発見され、43(1910)年に田中鉱業が銅を採掘はじめた。
昭和9(1934)年に日窒鉱業が鉱山を買い取り、設備を近代化。
昭和15(1940)年に現在地に設備移転。月産100トン体制となる。
昭和32(1957)年、最盛期となり月産200トン。
昭和40(1965)年、銅鉱石の貿易自由化と低品質のため、閉山となる。

このような略歴であるが、最盛期には従業員の家族を含めて1,500人にもなる
鉱山集落ができあがっていたという。その鉱山では、週に一回の映画上映会
祭り、運動会や慰安旅行も行われており、集落内には共同浴場、映画館や
スーパーマーケットもあったという。過酷な労働搾取を想像するが、実は
けっこう当時としては先進的な街の在り方であったようだ。

添付写真は昨夜に続いて土倉鉱山選鉱所だが、より部分的な写真でUP。


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2012年04月18日

廃墟・土倉鉱山(2)

オコナイの撮影で訪れる湖北(滋賀県)で、気になっていた地名がある。
余呉町の上丹生と木之本町の金居原である。
共に鉱脈の存在を示唆する町名だからだ。オコナイのように勧農の儀礼が、実は鉱脈で潤った土地で
行われていたとしたら、誠に興味深いと思ったからだ。
上丹生には丹生神社も鎮座しており、水銀との関連が考えられる。しかし現地で訊ねたところ
水銀を産する鉱山は無いとのこと。この水銀を示唆する地名と神社が、どこから名付けられたか
興味深い。
金居原には名前の通りに金山でも有ったのかと思っていたから、鉱山跡が有ると知ったときは
してやったり! と思った。 土倉鉱山である。 しかしチョッと違うっぽい。
鉱山の所在地は現在でこそ金居原であるが、詳細には枝郷の土倉という地名の場所である。
もっとも土倉という地名も、地中に倉があるような豊かな、という意味である。
あるいはその地名も、鉱山が発見されてから命名された地名だろう。
その土倉鉱山、明治40(1907)年に銅鉱脈が発見だから、無茶苦茶に古いわけでもない。
金居原には旧名があったのが、町内に銅鉱脈が見つかったことでその場所を土倉と名付け、
町の名前を お金(かね)のある原っぱ という金居原に改名した ということなら納得できるが
それは現時点の調査前では想像に過ぎない。ともかく土倉鉱山の主採掘鉱物は銅であって、
金(Gold)は微量しか出なかったようである。

その土倉鉱山選鉱所跡には、昭和40(1965)年に閉山になるまでの建造物が遺構として残っている。
明治40年の開山時の鉱山選鉱所は現在の遺構よりさらに山中に有ったそうだが、雪害などで
犠牲者が多々出たために現在の遺構の場所に昭和15(1940)年に移動したようである。
よって現在の遺構は、築72年ということになる。閉山となって47年になるが、それだけの
期間でかくもコンクリートが廃墟になるものかと思う程、荒れ果てている。


今月15日 撮影
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2012年04月17日

廃墟・ 土倉鉱山跡へ(1)

一昨日(15日;日曜日)、奥琵琶湖パークウェイ(滋賀県長浜市西浅井町)で 妻と花見後、
長浜市木之本町の山間部へ国道303号線を通って向かった。
目的地は、木之本町金居原の 土倉鉱山跡 である。 
この場所、もう少しで八草トンネルを越えて岐阜県という滋賀県の県境である。
オコナイの撮影で2月に金居原を訪れた時には町中でも積雪が2mもあり、
訪れる人のいない土倉鉱山跡ともなると 冬の間は雪に埋もれて入ることが出来ないし、
さりとて熊出没注意の看板の立つこのエリアは 熊やらマムシの出没の恐れで
暖かくなってからは行きたくない場所だ。 となると、訪問可能時期は限られてくる。
新道となった八草トンネルの手前から隘路に入るが、まだ路肩には積雪が残っていた。
落石や倒木や雪を避けながら500mも走ると、更なる積雪に道は阻まれるが、その手前に広場がある。
ここに車を置き(昨日UPの下写真)、目指す 土倉鉱山跡まで200mくらいは徒歩で行く。
この広場、かつての国鉄バスが木之本〜土倉出口間を走っていた終点で、バスの転向の広場であった場所だ。
目指す鉱山跡へは、また積雪だ。積雪は30cmくらいが残るだけだが、靴が埋まる。
まさか4月も中旬に滋賀県で雪面を歩くとは思わなかったので、長靴は車に常備の一人分しかない。
長靴は 妻 に履いてもらい、自らは靴の中を雪だらけにして歩く。
歩いて行くと、昭和40(1965)年に閉山となった土倉鉱山選鉱所跡が 眼前に迫ってきた。


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2012年04月15日

奥琵琶湖パークウェイの桜

今日は 妻と 湖北(滋賀県)の 奥琵琶湖パークウェイ 方面へドライブしてきた。
朝食後との出発で、必ず寄らなきゃ の 国道8号線の塩津海道 あぢかまの里・水の駅へ。
ここで 超美味い ふなずし のスライスをおやつに食べ、他にも買い物などする。
この道の駅に入る「魚助」さんの 鮒ずし が食べたくなる禁断症状を満たしてから、
奥琵琶湖パークウェイへ。 ちょうど一年前に来た時に桜は全区間で満開であったが、
今年はどうであろうか。 菅浦まで琵琶湖沿いの桜街道を走ったが、場所によっては
2〜3分咲き。ただし菅浦周辺では満開と、ばらつきがある。
菅浦への途中では、添付写真の喫茶店併設のペンションに寄って休憩。ここも昨年寄った
お気に入りの場所だ。この眼下の桜は五分咲きくらいだ。
“おでかけ用” の マノジャージとマノリストバンド着用の拙後ろ姿を、
妻にコンデジで撮られていた(汗)。  マノ(真野恵里菜

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2012年04月12日

桜海老かき揚げ付き おろし蕎麦

今夜UPの 静岡県の大井川鐵道で撮影の復路、東名高速道の小笠PA(袋井〜掛川間)で食べた
桜えび かき揚げ付き おろし蕎麦」。
丼物もあるが、夕食の某予定があったので、あっさりと おろし蕎麦にした。
実際、日中は冷たいお蕎麦が嬉しい陽気であった。
桜えびのかき揚げは サクサクして美味。へっとりしないカリカリ感が美味しい。
新東名が開通すると 大井川へは島田金谷ICが直近となって、東名は利用しなくなる。
しかし東名には、ここの 桜えびかき揚げ や、日本坂PA の 「焼津さかな工房」の 刺身のように
リピーターとして食べたい品も有るのだ。やっぱりそのことを思えば、食べる目的で
時には東名も使うだろうな。。。

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Posted by gagaku at 20:41  | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月24日

今日の午後は映画

今日は午後から 妻と 名古屋市内まででかけ、ハロプロショップに寄ってから映画を観てきた。
映画は今日から上映の 森田芳光監督脚本の『 僕達急行 A列車で行こう』である。
出演は、 松山ケンイチ ・ 瑛太 ら諸氏。
鉄道ファンとして二人が出会い、そして友情と恋愛そして仕事で認め合い高めあう。
その要所要所で鉄道情景やヲタ的要素が散りばめられており、思わず笑みがこぼれて
共感する箇所も随所にある。かといって鉄道ヲタ向けだけの内容でなく、
恋愛奥手の二人のユルイ友情が微笑ましいローカル線的雰囲気の穏やかな映画だった。
鉄道に興味ない妻も楽しめる映画だった。

添付写真は 映画館への途中のハロプロショップで買った、マノボールペン。真野恵里菜

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2012年03月05日

講演のチェック

今夜、 今月中旬に 近江の祭礼 について 講演する 市民講座 の場所へ行って
会場の人の立会いの下、 画像チェックしてきた。
自分のPCでチェックしているのと、現場で写真を出すのでは、かなり違う。
会場で聴講している人の身になって眺めると、この写真構成で良いのかと改良点が出てきた。
予めチェックさせてもらって、良かった。
それと、聴講される人がどこまで単語をご存知だろうか、、、神饌くらいなら大丈夫だろう
幣帛はわかるだろうか、、、大麻は? 危ない物ではなく、祓具"おおぬさ”なのだが、、、
単語から洗いなおそうと思う。

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2012年02月29日

機関車のオマケ

昨日(2月28日)から販売されている 鳥居さん製 の BOSS ゼロの頂点 という缶コーヒーに、
蒸気機関車のミニチュアモデルが オマケ で付いている。
一缶には、 プルバックーカー全9種、 二缶セットには 添付写真のような モデルが付いている(全6種)。
プルバックカーは4種を Get。
ミニチュアモデルの方は、添付写真の C62 と C10 、そして ハチロク(58654)の三種を Get。
C62 が欲しいから、コンビニの冷蔵庫の奥の方まで さばきまくった。
ゼロの頂点 とは、糖質・脂質・カロリーがゼロである。いつもブラックを飲む私には、糖質ゼロでも
甘すぎるのだけど、オマケ目当てで買ったから飲まないと。。。

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2012年02月15日

さよなら左右田さん

今夜 帰宅後に WEBニュース をチェックしていて、残念な記事が目に入った。
俳優の 左右田一平さんが今月10日に死去されていたのだ。享年81歳。
私的には TV時代劇【新選組血風録(昭和40年放送)】【燃えよ剣(昭和45年放送)】や、用心棒シリーズ(昭和42〜44年)で馴染みであった。
飄々とした様に、人懐っこい笑顔は、時に正義感溢れる精悍な表情になる味の有る俳優さんだった。
血風録の斉藤一、燃えよ剣での裏通り先生も印象的だったが、用心棒シリーズでの栗塚旭氏、島田順司氏とは名トリオであった。
好きな俳優さんが去って逝かれるのは、寂しいものだ。
謹んでご冥福をお祈りしたいと思います。
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Posted by gagaku at 20:47  | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月11日

湖北雪景色

湖北(滋賀県)の雪景色。
遠景、民家の中にお寺の屋根が見える。それぞれの集落に、それぞれのオコナイ
湖北の祈りを感じさせる風景。
月明かりの神社。 雪、月、寺社、、、浄夜。

(業務連絡)オコナイでお世話になりました皆様、どうもありがとうございました。

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2012年02月07日

ホルモン焼きうどん

先週の土曜日、島根県松江市秋鹿の「おもっつぁん」を撮影には、午前の仕事後に飛び出した。
名古屋近郊から東名阪道、新名神、京滋バイパス、名神、中国道そして米子道と、ルートを辿る。
とりあえず中国道、岡山県の 勝央SA までノンストップで走って、ホルモンうどん で昼食と思ったが、
岡山県との県境になる兵庫県内の 上月PA に入った。ここは 蕎麦 や 丼 が以前はメニューにあった。それらが有れば、食べようかとも思ったのだが。
それらのメニューは消えていたが、「上月PA名物 ホルモン焼きうどん」の旗が目に入った。
あれっ? ホルモンうどん って、岡山県の津山市のB級グルメだからパクリかな、と思いながらも
勝央SA まで行かずに、ここで食べることにした。 うん、美味い! B級グランプリ受賞の津山市
ホルモンうどん と双璧だ。ここの名称は「ホルモン焼きうどん」、そして岡山県津山市近隣の勝央SAでは「ホルモンうどん」だ。
帰宅後にググってみたら、ホルモン(焼き)うどん は、その 上月PA のある兵庫県佐用町の名物としても売り出しており、
岡山県津山市と並ぶ名物なんだ。 B級グルメで有名になった津山市の専売ではないようだ。
ところで昨年の B級グルメ大会(B−1)でゴールドグランプリに輝いた ひるぜん焼きソバ、
米子道の 蒜山SA でいくら探してもメニューに無い。せっかくのB級グルメなのに、惜しいことだ。

添付写真; 中国道 上月PA(下) ホルモン焼きうどん
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2012年02月04日

長浜市内で夕食

先日の日曜日(1月29日)、「SL北びわこ」号を撮影後の夕食には、長浜城の近くの馴染みの店に寄ろうとしたが、生憎 臨時休業。
ならばと、やはり大好きな のっぺいうどん を食べに、黒壁の近くへ。
メニューに、これまでになかった一品を発見。 うぐいすし である。
うぐいすし、、、ふなずし 同様の馴れ(熟れ)寿司である。 メニューには、「長浜新名物」とある。
夏の びわマス と並び、冬の味覚の一角に登場させる企画なのだろうか。
うぐいすし は以前にも食べたことがあるが、久々である。
うぐい は小骨が多いし、身が硬い。醗酵期間を若干長くするなど工夫はあるのかもしれないが、
酸味が強くなってしまっており、好みの問題だろうが、やはり ふなずし の方が拙者的には好きである。
注文した もう一品は、赤コンニャク田楽。赤コンニャクも、近江の味。
このお店、 サバの熟れ寿司 も置いてあるなど、ユニークで楽しい。

滋賀県長浜市にて

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