学生の頃のノートは、人生の大移動(結婚、育児、引越し等)のドタバタに紛れてなくしてしまったので、今使っているものは、ごく最近のもの。
それでも、いちばん初めに書き止めたものは、今でも憶えています。
忘れもしない「栴檀の花の薄紫 ほのかなる夕べに匂い」という一節で始まる、三木露風の「栴檀」という詩でした。
それまで岩波の児童書ばかり読んでいた子供でしたので、中学にあがって国語の授業で触れた明治の詩歌、藤村や与謝野晶子に傾倒していた時期だったからでしょう。
特に晶子の歌は大好きで、そのノートにもいっぱい書き止めてありました。別に本を持っているんだから、わざわざノートに写す必要なんてないような気もするんですが、お気に入りだけ抜書きしては、ひとり悦に入ってたんですね。
その晶子の歌で、忘れられない思い出があります。
高校生の頃でした。
通学のために乗っていた井の頭線の車内でのことです。
空いていたので、シートにゆったり腰掛けられた私は、かばんからあの詩歌ノートを取り出して、眺めていたんですね。
その時、私の隣には、ちょっと軽そうな(ごめんなさい)カップルが座っていました。
髪の毛も赤く染めていて、じゃらじゃらした服を着ていて、ガムかなんかくちゃくちゃしててみたいな、典型的な感じの。
「あ、ちょっと苦手だな」なんて、その時は思ってました。
そのカップルの女の人のほうが、私のひろげていたノートを横から見ていたらしいんですね。
そして、突然、話しかけてきたんです。
「ね、ね、ちょっと、ちょっと、この歌、何てヒトがつくったのっ?!」
あまり唐突に話しかけられたので、私はビックリして
「あの、その、えっと」と口ごもりました。
隣では、彼氏が「オイ、何やってンだよ、はずかしいじゃんか、やめろよ」なんて言ってます。
すると女の人は「いいじゃン、ほっといてよ。アタシは、この歌に感動したんだからねっ。」と彼氏に言ったのです。
そして、また私に向かって、「ね、教えてよ、その歌の作者の名前」と尋ねてきました。
「あ、よ、与謝野晶子です。」
「え、ちょっと待って、メモるから漢字も教えてよ」
女の人は、可愛い手帳をバッグから引っ張り出して、綺麗にマニキュアを塗った指で、私が教えるとおり「与謝野晶子」と書きこむと、赤い唇でにっこり笑って「サンキュ。アタシ、このひとの本、買ってみるわ」と言い、渋谷の雑踏に吸い込まれて行きました。
その時の歌が、晶子の有名な歌
いとせめて燃ゆるがままに燃えしめよ斯くぞ覚ゆる暮れて行く春
です。
晶子の歌は、やっぱりこんなに凄いんだ。
歌には、ひとを感動させる力があるんだ。
そう心から思った出来事でした。
そしてまた、若さゆえの潔癖で、どうしても外見で人を判断しがちだった傲慢な自分を深く反省したのもこの時でした。
着ているものや髪型で、そのひとの内面を決め付けるのはやめよう。
そう思うようになったのは、この事があってからでした。
そしてまた、「こんな詩歌が好きです」「こんな本が好きです」なんて薦めたがる、お節介なブックトーク性癖も、この時の出来事が心に残っている事も理由のひとつにあるのかもしれないと、最近思うのです。
「この本いいよね」
「この詩素敵だね」
ひとつの詩歌や本をめぐって、色んなひとと感動を分け合うとき、ちょっぴりだけどその方たちと近づけたような気がして、嬉しくなるのです。
あの時の女の人は、どうしているかしら。
晶子の歌を憶えていてくれているといいな。