2010年06月04日

千羽ときさんからリクエストがありました

 掲示板に以下のようなカキコミがありました。
【213】 はじめまして 千羽とき メール   2010年5月11日 22時6分

  他サイトでみた黙説法という単語を検索してPoint of Viewさまに辿りつきました。何の知識もなく長編を書こうとして泥沼から抜け出せない千羽です。

分量にも圧倒されますが、既読部分だけでも色々と衝撃的でした。
特に起承転結よりも遥かに分かり易いストーリーの解説が勉強になりました。

先ほど、描写法の項目も読ませて頂きました。
結論としては、説明と描写の両方を使って描写するのが良いという解釈しました。ですが、今一どうやればいいかイメージできません。

勝手ですが、もっと具体的な例文を載せていただけると理解し易いかと思います。


 遅くなりました。申し訳ありません。ずっと落ち着いて執筆できなかった……。

 さて描写ですが……実は《描写の次》ばかりやっていたせいか。今じゃ頭で考えずに、無意識のうちに描写を使うようになったせいか。描写技術というのが具体的に何なのか、忘れかけて、説明できなくなっていました。あっはっは。
 描写に関して、「いい塩梅でザクッとやるんだ!」としか説明できないのに、自分でも気が付いた時はそりゃー焦った焦った。

 おかげでイチから描写の理論を思い出すのに苦労しました。で復習してから、プロットをまとめて、今まさに描写講座の追加を執筆中です。
 ちょっぴり分量が増えてしまいそうですが、もうじきUPできると思いますので、もう少しだけお待ちくださいね。
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2008年06月19日

休まざるを得ない

今日、モノに蹴躓いて足首をひねった。
現在、すんごく痛い。
椅子に座ってパソコンにいたら、そのうち足指まで痺れてきた。

もう駄目、作業無理。
湿布を貼って休んでます。
……次エントリの草稿をまとめたらな。

ところで構造主義教室だけんども。
どうも余計で間延びになっちゃうかもしれないけど、
応用例まで一気にやっちゃった方が良いかね?
それとも一度、きちんと構造について教えた方が良いか。

どーしよ?
Posted by hamalog at 00:16  |Comments(2)TrackBack(0) | 執筆中 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月29日

これも更新しなきゃ病ですか

長いのを書こうとすると準備に手間がかかる……。
かと言って、ブログの更新に空白を作りたくから、ちまちまエントリを書いていると、
更に準備期間が長引いてしまうし。

むう。悩むところだなあ。
もうちょっと段取りを考えなければ。

とりあえずは、いつまでもニコニコ動画を見ていないで、
何でも良いから作業を進めろと言うことですね。わかります。
いやー、最近はアングラ系のボーカロイド楽曲発掘が面白くって、面白くってwww

何たる駄目人間…… orz

そんじゃま、今ボクてば「てつがくのおはなし」をしたくなっているので、
ちょっくら書き進めてきまーす。
Posted by hamalog at 23:50  |Comments(0)TrackBack(0) | 執筆中 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月24日

「初音ミクでSSを書いてみた」反省会

その1:http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/6720832.html
その2:http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/6745670.html
その3:http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/6782829.html
その4:http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/6813554.html
その5:http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/6820860.html
その6:http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/6832871.html
その7:http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/6851675.html
その8:http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/6863081.html
その9:http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/6873783.html
その10:http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/6882534.html
その11:http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/6892650.html
その12:http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/6895710.html
その13:http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/6900730.html
その14:http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/6903999.html
その15:http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/6908125.html
その16:http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/6912517.html
その17:http://blogs.dion.ne.jp/hamalog/archives/6921939.html

■1
 小説を書いて、体調を崩しちゃいけませんよねー。無理いくない。

■2
 人から「はまさんってもっと知的な方だと思ってたんですけど、本当はすっごくオタクだったんですね」と言われました。わたしゃ昔っから変わってないっつうの。やれと言われれば、それこそ「初音ミクと日本の戦後スキームについて」とかお題に論文を書くことだって出来るっつうの。

■3
 舞台を電脳世界なんて特殊な場所にしてしまったおかげで、ビックリするほど風景描写が出来なかった。おかげで移動の描写に苦労した。
 あと、ミクに関する性格設定が、ビックリするほどなかった。これは何かね。主人公が無個性になる症候群と言うやつですか? 他のボーカロイドに比べて、ミクだけキャラ立ちが中和されている気がする。もっと事前に用意しておけば良かったと後悔。

■4
 苦手だったから始めたアクション研究だったけど。もう飽きた。と言うかアクションのみで、全150枚はない。ありえん。
 きっと読むほうもグダグダだ。マニアックなネタにも程があった。今度からは自重する。やっぱり万人受けですよねー。

■5
 でも次はもっと巧く描く。

■6
 もともとは同人誌即売イベントへ出すために書き上げた原稿ですが。ボクが出たのは3月9日に行われた「ヒメノツキ」と言う、地方にしては珍しい美少女系同人誌即売会でした。
 今だから公開できる。表紙は「むぱーず」のたなべ君に素敵な首領パッチを描いてもらいました。

s-donmiku3.JPG
 理想通りです。GJ。
 そして肝心のイベント当日ですが。ボクは申し込みを忘れていたので、知り合いにスペースを間借りさせてもらい、さあ開幕。しかし……結果は惨憺たるものでした。
 分かってたんですよ。「同人誌即売会で小説は売れない」って。これはもう鉄則ですよ。それを何、期待していたのやら。地方イベントにしては客はなかなかに多い。何人か表紙で目にとまり、手に取ってくれる人もいる。だけど中身を見ると「なーんだ、小説か」で読んですらもらえない。
 結局、買ってもらえたのは二人。これでも大戦果に入るくらいでしょう。ただ……何もすることがないのに、ひたすら座っているだけ、と言うのは本当に辛かった。プチ拷問です。
 でもま、小説同人って、そんなものですよねー。

■7
 実は本を作るに当たって、ページレイアウトに凝りたかった。でもWordではページ設定に限界があったので、わざわざ今回のためにパーソナル編集長と言う、DTPソフトを買っていました。
 だが簡単に使い方を把握できず。結局はWordを使うことにしました。ホントにWordは簡易DTPソフトとしては優秀なんだよなあ……。でもパーソナル編集長を活用してもみたいし。その意味ではまたいつか、本を作ってみたいかも。

■8
 実は今回の小説を書くに当たって実験的に、種々様々な小手先の技を織り込ませてもらってたんですよ。それこそ、まだ公開してない技法に、死ぬまでタネを教える気のない技法。そして今回のために、新しく作った技法。
 本当はもっと即興で内容に合わせた技法を作れるようにならないといけないのだけど。まだまだボクは下手糞なので、いちいち技法を作っては、メモしていた。そのメモが溜まってしまったのですね。
 中でも特異な技法がありまして。いやボク今回のためにわざわざ、「東方projectみたいな弾幕を小説で描写するための技法」を作っていたのです。
 東方を知らない人に説明しておくと。同人でシューティングゲームを作ってらっしゃる東方projectと言うサークルさんがいまして。その「弾幕シューティング」と言う概念はなかなかに魅力的だった。じゃあ自分も弾幕小説を書いてみたいなあ。もっと言うと、小説で弾幕を描いてみたかった。でも参考にすべき小説なんて知らないし。だったら自分でイチから技法を構築しておくか。と言う経緯があったのですね。
 あとの詳細はwikipediaを参照してください。もしくはYou Tubeのリプレイ画像を御覧ください。

 ただし問題もあった。ボクはあんまり東方を知らなかったのです。どのくらい知らないかって、「うはwww 兎耳ブレザー萌えー」と言うくらいに初心者ホイホイ。あとチルノ可愛いよね、可愛いよチルノ。
 ……ともかくだ。小説で二次創作を書くには、深く設定を読み込まなければならない。でも東方には参考になる資料が少ない。反射神経のないボクには、ゲームのクリアも無理。じゃあ新しく世界観をでっち上げて、東方とは別のキャラに弾幕を使わせるか。東方の世界やキャラなどの設定に、自分は参加できないかもしれないが。小説で弾幕を描写することだけは可能だろう。
 以上のような理由で、初音ミクを弾幕使いと言う設定にしたのですわ。
 で、話の本題にようやく入るのですけどー。
 弾幕描写の実例は作品を参照してもらうとして。不慣れだったからあの程度だけど、もちろん次があればもっと巧くやる。だけど、たぶんボクはもう二度と、弾幕描写技法を使う機会がない。
 だって弾幕なんて特殊な攻撃方法、「東方っぽい世界観」の下でないと、使えないのですもの。でボクは東方を詳しく知らないから、東方で二次創作を書けない。ニコニコのキャラに弾幕を使わせる、なんて裏技も一回きりのものでしょうし。
 とは言っても大した技法じゃあないんですよ。理論と言うよりは、まだ研究資料の段階。コツ程度のもの。役に立つやらどうやら。でもこれ以上の追求もする気はない。ただ捨てるには勿体ない。
 パーソナル編集長もあることだし、冊子として文学フリマに出店することも考えたけど。文学フリマに東方、ってのも需要があるかどうか怪しい。第一、今回のイベント参加で思い知った。同人誌即売イベントでは、作品を見てくれる人が少ない。
 ……と言うわけで、いまボクは悩み中。誰かリクエストとかありませんか。下記の選択肢から選んでくだされ。
1:せっかくだから文学フリマで売れば良いじゃない。
2:ブログでフリー公開しろ。
3:俺にだけくれ。
4:zipでくれ。
5:むしろzunでくれ。
6:どうでも良いから別の作品を書け。

Posted by hamalog at 00:58  |Comments(4)TrackBack(0) | 執筆中 , 創作(二次的) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月03日

ぴーんち

長い間、癌を患っていた叔父が、今日の昼頃に亡くなりました。

それでちょっと……今度の日曜に行われるイベントまでに、原稿を上げられるかどうか。雲行きが怪しくなってきました。

さあ、どうするかなあ。


追記:
本日、叔父の通夜がありました。でボクは抜け出して帰ってきたわけですけど。
葬式は水曜とのこと。
用事が立て込んで忙しくなれば、原稿を書く暇がなくなり、
下手すると間に合わなくなるかなー、とか危ぶんでいました。

そこで叔父の家まで車で行く途中。
じゃあ新しい短編でも今から書くしかないかなあ。
でもネタの準備なんてないし、これから考えるしかないか。
到着→アイデアだけなら浮かんだ。

と言った状況でしたが、どうもボクの出る幕じゃないらしいです。
ですから、とりあえずは今のまま、完成まで頑張ってみます。

そして気が付くと、現在のすぐ後の続きではなく、
筆が乗ってしまったため、もっと後のシーンを先に書き終えてしまった罠。

orz
Posted by hamalog at 18:05  |Comments(0)TrackBack(0) | 執筆中 , 実況中継 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月23日

執筆中のぐち

またまた分量が、長くなーる、長くな〜る。
はっ! これは何者かの呪いか!?

そんな、現実逃避してみる日常の一コマであった。
orz
Posted by hamalog at 02:00  |Comments(2)TrackBack(0) | 執筆中 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月25日

小説技術メモ/冒頭

今、はまさんノートの冒頭編を読み返していたのだけれど……
(ちなみに冒頭だけで、ルーズリーフ2枚分ある)

これが唯一と言う理想の冒頭なんて存在しないのだね。
ケースによっては、ある技法が効果的にもなれば、
逆効果にもなったりする。

なんせ、冒頭に関する注意事項てのが、
全て読むと矛盾したものばかりになっているんだわ。

だから、存在するのは、
場合場合によって、最適な効果を狙った冒頭だけである。
のだろうね。

やっぱし。

2007年03月30日

視点講座下書が全部終わったよ!

 おっしゃー。視点講座の構想が最後まで終わったー。ただし最後の回はブログの方では公開しなーい。
 しかし「構想」に過ぎない、と言うのが悲しいところだね。だってこれから清書しなくてはいけないのだから。分量としては、400字詰原稿用紙30〜50枚程度かな?
 ……先は遠いな。

 その合間に、スケール技法や、テンポ技法や、比喩技法の詳細について説明。『ハイパーアマチュア』再開の用意もしてある。書きたいエッセイの小ネタもある。そして、秘かに新展開の構想も暖めている最中。
 なんだ、まだまだ書くことはあるじゃないか。

 書きたいことが尽きず。また、書いたものを発表する場もある。人生って楽しい喃。


 あと、本家サイトの方も少しだけ整理しておきました。後々のためにも。
Posted by hamalog at 00:08  |Comments(0)TrackBack(0) | 更新情報 , 執筆中 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月29日

視点講座下書:やってはいけない! こんな物語外視点

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■■やってはいけない! こんな物語外視点
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 だからまず、《物語内視点》の焦点子は、物語外を知り得ない。
 すると一人称で「俺たちをあんな悲劇が襲うなんて、今はまだ知らなかった」と言う一文はありえない、と言うことになる。これは《物語内視点》ではなく、《物語外視点》による文章である。なぜなら物語内の存在には、未来に起こる出来事を知りようがないからだ。《物語内》とはそのものが既に、描写対象なのである。
(視点講座11より)
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■物語外視点はまず禁じ手となる。
●物語外視点は全ての物語内存在に対して、自己言及となる。つまり自己言及にならない物語外視点は、まずない。
 《例》「オレの作ったキャラクター、めっちゃ萌え萌えやろー」


●基本的に物語外視点は禁じ手。
●物語外視点は自己言及。
 《例》「つまらない会話だった」→描写しろ
●描写≒作者が勝手に判断を下さない。読者が想像し入り込む余地がなくなる。読者に任せる。
●作者が読者の感想まで代弁してしまうのが「語り」。

●「その時はまだ彼らを悲劇が襲うことになるとは、誰も知るよしがなかった」(予告)
●「彼は人間なので……」(作者の主観)
●「ところで私は作者なのだが、ここで説明しておかねばなるまい」
●「読者であるあなたはどう思うだろうか」

●視点には《物語内》と《物語外》とがある。
●そのことを意識せずに、《物語外》存在である語り手が、無意識に物語に関する情報を垂れ流したとしたらどうなるだろうか。

■語りの弊害
●意見となり、客観性に欠けた文章となる。事実とは限らなくなる。
●自己言及。→物語自体への自己言及例:予言
●現実に引き戻される。
●NO!代弁

●「語り」により状況説明を行うと、まず失敗する。
 《悪例1》「彼は山田太郎、どこにでもいる普通の高校生だ」
 《悪例2》「だがこの事件が大いなる物語の序章に過ぎなかったとは。神ならぬ身の彼らに、今はまだ知るよしもなかった」

●一人称の物語外視点:内面描写は○。
●三人称の物語外視点
 ×:介入。説明。(客観性が必要なのに、意見/主観になってしまう)
 ○:語り(要、表出レベル)

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■物語外視点は自己言及になるが、効果も持っている。
●物語外視点は特殊技法。
・一文のみにする。
・全体なら:一人称になる、実験作になる、講談の読み聞かせになる

●一人称の特長=同化(→問答無用)
●語り=一人称の読み聞かせ
●「語り」も読者に同化させる必要がある。
●「誰か人の意見」ではダメ。世界の常識。読者を考えさせない。

●語りの主張=問答無用の断定 《例》「自分はこう感じているから、読者も同じように思え」
●逆に、「判断/意見の提示=自己言及」では弱くなる。ギャップ。視点の狂い。
☆物語世界全ての総意を代弁する。文句は言わせねえ。
・「彼はナイスガイじゃないかな?」→「彼は世界中の誰にとってもナイスガイであって、文句は言わせない」(語りだとこう聞こえる)

●語り=断定、ゆえに説明文に近くなる。
●イメージをゆがめないために
・描写による補足を行う
・事実性を

●物語内と物語外、使いこなすと便利。幅が広がる。
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■語りが可能な場合
●作者自身が物語について意識的に語る。
●自己言及にならない。
●「物語自体」に対する、異化効果を狙う。→メタ

●どうやら「語りによる描写」には、「描写の意味化」と同じような効果があるようだ。でも「描写の意味化」は、とても危険な技法だ。将棋や囲碁で例えるなら「強手」みたいなもので。使いこなせれば、必殺の武器となろうが。少しでも間違えれば、「悪手」に転じてしまう。その意味では「語りは描写で」と言う、一定の法則が見付かったのは、大きな一歩なのかもしれない。引き続き開発・研究を進めよう……。
●どうやら、「語り」は描写の一部として行う程度で丁度良いらしい。もしかすると、「語り」は描写対象に対して付加させるイメージを増幅させる効果があるのかもしれない。
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●シメ:物語そのものに対して、メタは仮定の存在に過ぎない。そのメタである物語外視点がなぜ必要なのか。
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2007年03月24日

視点講座下書:「語り」の文体について

●なぜ物語外視点は必要なのか
→語り文体。全ては物語外視点になる
→メタ


(↓メモ:やっぱり、これと「やっては!」の方を「メタとは何か」の前に配置しよう)
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■■もの - かたり
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●《語り》とは何か。
・独自の主観を持つ語り手による視点。
・一人称でもない限り、焦点子は基本的に(限りなく)無人格/客観である。だが、「語り=作者」なので、三人称でも有人格/主観となる。
・存在しないわけではない。 《例》落語などの口演
・古来の物語は「語り」だった。ゆえの「強み」もある。

●どの人称も《語り》のバリーションに過ぎない。要は、作者の設定する《語り手》が「何」のつもりになって、代弁して物語を語るか、だ。

■話法
●一人称:「美しい景色だ」直接話法→語り手自身が読者に語りかける。
●三人称:「美しい景色だ(とAは思っている)」自由間接話法→語り手が代弁して読者に伝える。
●二人称とは、「作者の語りかけ」/三人称の一形態にすぎない。

■離れているか、近付いているか
●一人称だから、三人称だから、と言うのは意味がない。
●作者〜焦点子〜描写対象の距離。
・作者と語り手の距離(一人称のみ)
・語り手と焦点子の距離
●同一存在であるか or 他人事であるか。自分自身について語るか or 代弁して語るか。

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●主観:判断(=断定)「……に違いない!」語り手の意見のみ。ベタ。読んでいて判断を下さなくて良いので簡単。身近に実感できる。
●客観:伝聞(=推測)「……らしいよ?」他人の意見を含む。想像の余地がある。読者自身が判断を下す。冷静に観察できるので、事実性が高まる。

■合一した焦点子(一人称)の効果
●同化効果(簡単に読める)
●主観的。
●主人公に感動移入させたい場合に。

■遊離した焦点子(語り、三人称)の効果
●間接話法
●異化効果
●間違っていない→客観性の演出。説得力が出る。
●メタになる。物語構造を工夫できる。(→メタとは何か)
●多面描写
●物語としての可能性を追求できる。表現の幅が広い。
●物語そのものを見せたい場合に。

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●一人称も三人称も突き詰めれば《語り》となる。
・一人称が書けない人間は三人称も書けないし、三人称が書けない人間は一人称も書けない。
・一人称が書ける人間は三人称も書けるし、三人称が書ける人間は一人称も書ける。
●《語り》は難しい=一人称も難しい、三人称と同じくらいに
→難しさは「やってはいけない!」で説明しておこう。

●一人称だから主人公と同一化して感情移入できる、のではない。感情移入「しか」出来ないのだ。
●三人称の視点操作は表現の幅となる。同一化することはないが、距離は自由自在。
・近づけた後に遠ざけたり、遠ざけた後に近づけたり。ギャップを付けることで、半端な一人称よりも感情移入させることが出来る。 《例》ツンデレ
・近づけるだけ、感情移入だけが能ではない。
●一人称も究めれば
・より深い同一化。
・視点操作できる範囲は狭いが、その中で高度な振幅をさせる。
●小説文を追求してから一人称を書け。簡単だから一人称を書く、と言うのは怠けている。


■シメ
●主客の差=どこに注目するか。どこに注目してほしいか。=物語の焦点(フォーカス)



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■参考資料
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●異化とは、本来違う世界で、違う意味に使う言葉を、本来の意味以外の使い方をして、そのものの本質に迫るいい方のテクニックである。
●同化とは、認識を過度に自動化し、認識の努力を最大限節約するという技法である。異化の対立概念である。
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●直接話法:文章の中で他人の言葉を引用するとき、「 」を使って、そのままの形で書き表す表現方法。 《例》「お早うございます」と彼は言った。
●間接話法:他人の言ったことを文章の中に表現するとき、そのまま引用することをしないで、書き手の立場からその内容を間接的に述べる話法。 《例》彼は朝の挨拶を述べた。

■間接話法が有効になる場合とは
●ある登場人物がほかの登場人物に、すでに読者が知っている事柄について説明しなければならないとき。
●ある登場人物が別の登場人物に、読者がくわしく知る必要のない事柄を説明しなければならないとき。
●長い会話文が、二、三の間接話法の使用で、いっそうリズミカルになり、面白くなるような場合。

●自由間接話法:思考内容を報告のような形で(三人称、過去形)描写しながら、語彙は思考の主体である登場人物に合ったものを用い、より形式ばった物語の語り方で必要となるような伝達節を省略する。 《例》彼は、おはようと朝の挨拶をした。
・この手法は、読者にとって間近に読み取れそうな意識の描写を可能にするが作者の声を完全に拭い去りはしない。

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2007年03月23日

視点講座下書:メタフィクションとは何か

●なぜ物語外視点は必要なのか
→語り文体。全ては物語外視点になる
→メタ

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■■メタフィクションとは何か
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●メタとは何か。

●メタ【meta】他の語の上に付いて複合語を作り、超越した、高次の、の意を表す。「―言語」「―メッセージ」
●メタフィクション【metafiction】小説について考える小説。小説を批評する小説。

●物語そのものが持つ、法則や慣用について論じたり説明するために、わざと従来の物語作法の土俵を踏み外して書かれた物語が、メタフィクションである。
●小説そのものに対して言及した小説を、メタフィクションと言う。メタフィクションが成立するには、自己言及の問題として、物語外の存在が介入しなければならない。つまり、作者と読者である。だが読者のことは描写できない。ので、作者自身が「語る」ことになる。
●例えば、通常、物語の登場人物は、自分が「物語」内の住人であると意識することはない。当然、その物語に「作者」がいることも知らない。フィクション内人物は、そのフィクションの位相の外に現実と言う別の局面があるとは「夢にも思わない」のである。
●と共に、登場人物や語り手だけではない。聞き手にも、物語の存在を支えるための役割がある。それが《物語契約》である。
●《物語契約》とは、物語の存在を支え、物語の形式に影響を及ぼす語り手と聞き手の間の合意である。叙述と言う行為は一種の取引なのだ。
 《例1》「お利口でいてくれると約束するなら、お話をしてあげよう」
 《例2》一夜の延命のための話。(アラビアンナイト)
●物語を読む上での「お約束」。「そのようなもの」として読む。
 《例》擬人化された黒ネズミは人語を話し、二足歩行する。だが、そのネズミの飼っている犬はワンワンと吠えるだけ。
●「メタフィクション」とは、「フィクションに関するフィクション」と言う意味になる。

●視点とはメタ的概念である。

●物語の用途=メタ的思考
 《例》独白、カメラ、読み聞かせ、実況中継、日記、書簡(手紙)、回想、語り、伝聞

●視点の設定=メタ的問題=小説に関する小説。その物語が何に関するものなのか。
●視点とは(既に)「その小説が何について書かれたものであるか」についての、作者自身の意思表明。視点の設定は作者に出来る、唯一のテーマ表出法である。
・描くべきモチーフなどは、最初から決まっているも同然。ストーリーは変えられない。干渉できない。
●ゆえに、視点の設定は、作者のできる、唯一にして最大の介入なのだ。
●重要!:テーマは視点に込めろ!→これは読者にも機能的な効果があっての話なのだ。
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2007年03月22日

視点講座下書:客観的な一人称

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■■客観的な一人称
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●作者と語り手は違う存在。
次は→焦点子と語り手も、違う存在である。

●一人称の主人公と、物語の語り手とは、別モノである。
●小説文体は基本的に「語り」=伝聞体
●一人称における作者と作品の距離=「語る自分(外)」と「語られる自分(内)」。
●焦点子すらも実は、描写対象に過ぎない。

●話し手の「私」と作中人物の「私」との分裂の、その距離は主人公の意外な冷静さを助長させてくれる。
 《例》性交の最中に童話を思い出す。本当ならそんな暇はない。
 《例》一人称で:「私は悲しむ」/「自分が悲しんでいる」

●また客観的な一人称も度が過ぎると、三人称になる。つまりは《登場人物外特定視点》に限りなく近づく。
●一人称と三人称に明確な区別はない。

●一人称とは、「作者が今ある自分」について語っているのではない。
●「今ある自分」が「他の自分」について語っている。
 《例》回想

●同じ「綺麗な夕日」でも「一人称での語り」と「作者の語り」とでは効果が違ってくる。受けるイメージが違う。

●一人称には、三人称と物語外視点。2方向に移動できる。客観か、第三者の主観か。

●いま読者が読んでいる小説がフィクションにすぎないと言う事実をその小説の中で読者に意識させる。→作者が介入する
●小説の中の出来事に対して、それより一段階高い水準(メタレベル)に視点を設定する。
●ユーモラスな感覚や、異化効果を引き出す。
●遊離した焦点子の技法は、異化効果を狙って使う。

●おまけ:一人称の理想
・一人称は思考の流れ。
・一人称の描写は、主人公の眼からまわりを追うのが醍醐味。
・主人公独特の視点、感性を描く。
・一人称の文章は主人公というフィルターを通して語られるので、単なる事実ではありえない。主人公にとっての事実、ひょっとして錯覚または勘違いである場合も多い。

●「私は青ざめた」ではない。「私は悲しい」でもまだ正確ではない。
 《例》「私は可愛い」
●だから一人称では、自己紹介が難しいと言われている。
●実際はいくらでも手段はあるのだが。例えば、描写とか。



↓↓(補足として)
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■■暮葉さんの質問に対する返答
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 【113】 どうも、初めまして。 暮葉紅葉 メール   2006年2月21日 22時4分

  こんばんは。そして、どうも初めまして。暮葉紅葉と言う者です。以後どうぞお見知りおきを……。
 POVには去年の夏ごろからちょくちょくお邪魔しておりましたが、こうして書き込みをするのは初めてです。自分もオンライン小説家の端くれですので、ここの小説講座はとても参考になってます。正直、はまさんのように理論的な文章を書けることが羨ましいです……。
 (ブログを見ている限り)色々と大変そうですが、これからも頑張ってください。
 
 ところで、少し疑問に思ったことがあるので、質問したいと思います。
 一般に、一人称視点で書かれた作品を読んでいる時に思うことなのですが、最近の作品だと、よく主人公が中・高校生という「子供」である場合が多いですよね。そんなとき、地の文で「誤謬」・「邂逅」・「淘汰」などの難しい熟語が普通に出てくるときがあります。自分は、これらにいつも首をかしげます。
 「一人称」の場合、地の文では、自分が感じたことを描写するわけですよね。となると、主人公はそれらの言葉の意味を知ってなければならない。最近の子供が、果たして「誤謬」等を正しく認識しているのでしょうか……。それとも、このような疑問を抱くこと事態、自分は何かしらの暗黙の了解を破っているのでしょうか。
 どう思いますかね? お暇があれば、で構いませんので、考えてくださると嬉しいです。それでは。
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●その「暗黙の了解」を読者に納得させていない作者が悪い。
●絶対にやるなとは言わないが、難しいので慎重に。でなければ止めておけ。

●語り手と焦点子の不一致。同一化していない。離れている。=説明的になる
●子供のボキャブラリーでは説明できない。→説明として表現すれば良い、と言うことになる

■実は「客観的な一人称」と同じ
●焦点子と語り手が離れるほど、客観的になる。
・感情移入しづらくなる
・事実性が強調される
●神の視点にならないよう注意→あとで説明する

●「暗黙の了解」をどうやって読者に納得させるか。
 《例》大人の口調で、子供が焦点子→特定の三人称
 《例》回想なら○。実況中継なら×。
●観察→大人びている。/自分自身→子供のまま

■「焦点子と語り手の食い違い」技法の効果
●1:異化効果……以下としての注意事項が必要。ムズい。
●2:パースペクティブ……ムズい。
 ・パースペクティブについてはまた後日説明する。
 ・≒つまりは「一人称の遠近」の問題なのだ。

●正直お勧めできない。
●焦点子と語り手とはイコールの存在ではない。
●焦点子と語り手。両者が遠く離れるごとに、文章は客観的になる。
●物語の構造 or 作品のコンセプト自体に、視点設定の理由を埋め込まなくてはならない。
●(一瞬なら効果としても許されるが、全体にこの技法を使うのは高度)

●焦点子と語り手とが遊離した視点文=物語外視点 or 客観的な一人称となる。
●「物語外視点」と「客観的な一人称」とは基本的に同質(≒)の存在。

■証明:語り手と焦点子とは違う存在であることを証明せよ
●《例》一人称での「実況中継」
●「物語内時間」と「物語外時間(読むスピード)」とは違う。
●文章では「思考の流れ」を忠実に追いかけることは出来ない。
●情報の取捨選択が行われている。


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 ……やばい。異化効果、物語の速度、話法。説明しなくてはいけないことが、わんさと出てきてしまった……。

Posted by hamalog at 00:23  |Comments(0)TrackBack(0) | 執筆中 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月20日

視点講座下書:語り手とは何か

■神の視点
●完全な《神の視点》はありえない。机上のみで存在する、仮定の存在である。数学で言うところの虚数のようなもの。実在はしないが、存在を仮定していないと文学は語れない。

●《神の視点》は、全ての描写対象に対して、絶対的な客観視のみしか行えない。
●神の視点=無人称=主観ゼロ。
●主観がないと、判断も下せない。「ポストが赤い」と言う文章すら書けなくなる。

●同様に、完全な主観もありえない。つーか、読めない。
 《例》俺文学、俺語、「羽がjんいおうfあ$kfjんあlkf。>」

●《神の視点》とは、「作者の代弁」に過ぎない。
●「神の視点=作者の意見」と言うわけでもない。
●物語外視点=作者の代弁>作者自身の言葉>神の視点
●効果の違いによって、使い分けているに過ぎない。

●物語外視点=自己言及
●自己言及による断定=正しさを持たない。間違い/代弁になってしまう。
●読者が感じるべき印象すら、決めつけてしまう
●自己言及は《判断》であるべき。

●必ず語り手が存在する。無人称は仮定に過ぎない。必ずどこかで「語り手の判断」を介することとなる。
●無人称は「主観の極力排除」であって、どうやっても主観はゼロにはならない。ゆえに視点の操作が必要となる。

●一人称で「私は彼が美しいと思った」のは事実文になる。
●三人称で「彼は美しい」のは自己言及になる。
●神の視点での主観描写……世界すべての人間が、彼を美しく思わなければならなくなる。

●一人称で
・自己への客観=意見となり、正しくない。自己言及。
・描写対象(他者)への主観は、「そう思っている」となる。つまり、自分自身の心中を通じて描写対象を見ている。
・「そう思う」のは事実だから、間違ってない。
●三人称で
・三人称に「自分」はいない。
・他者への三人称=語り手の意見となる=正しくない


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■語り手とは何か
●物語と言う虚構の世界に対し、現実の作者は「語り手(ナレーター)」と言う擬似人格を仮に設定する。それではじめて、物語内の出来事を記述することができるようになる。
●読者は《語り手》を通じて、物語内の世界を知ることができる。

●語り手は映画で言うならば、カメラのようなもの。視聴者も登場人物も存在を意識することはない。だが描写対象を観察するために必要なので、仮の存在として認められる。日本風に言い換えれば、黒子と言うことになるだろう。

●作者(ライター)と語り手(ナレーター)とは違う。同じものと考えてはいけない。
●作者が思った通りに書くのとは違う。
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2007年03月19日

視点講座下書:物語外視点とは何か

●《物語外視点》とは何なのか。

●焦点子が物語世界の外に存在していた場合に《物語外視点》となる。これは例えば、全知全能の神様や、物語の内容を回想する語り手が、焦点子であった場合に相当する。物語内の世界には存在しない、無関係な焦点子が《物語外視点》だ。
●一方、焦点子が物語世界の内側に存在していると、《物語内視点》となる。これは、焦点子が物語の中の誰か。例えば、誰か登場人物の立場になって、代わりに物語を語ってくれている場合。もしくは、登場人物自身が焦点子である場合。これは一人称とも言うが。以上の場合に《物語内視点》となる。
●《登場人物外視点》とは、誰でもない語り手が、(登場人物の)代わりに物語内の描写対象を観察している場合を指す。《登場人物外視点》での焦点子は、物語に干渉しない第三者であり、観察のみを行う存在である。
(視点講座10より引用)

●物語外視点は、不特定視点でありながら同時に、限りなく特定視点に近くなる。作者自身の主観が介在されるからだ。
●つまり「物語外視点=作者の視点」。
●物語外視点とは、物語の作者が好き勝手に語っている状態を言う。

●物語外視点による主観描写は、常に自己言及となる。
●物語内の存在は、物語外の存在を知り得ない。
●焦点子が物語内に位置する場合、物語外の存在を描写することは出来ない。
●物語外視点の焦点子は、物語内も物語外も、全てを描写することが許される。物語外視点の焦点子は、物語内に対して、全知の存在である。

●物語外視点の実例
・「その時はまだ彼ら(私たち)は、行く手に困難が待ち受けているとは思いもよらなかった」
・「ところで私は作者だが……」
・「読者である、あなたはどう思うだろうか」

●物語外視点は、読んでいて、現実に引き戻される。(原理は後で教えよう)→同化

Posted by hamalog at 23:53  |Comments(0)TrackBack(0) | 執筆中 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月16日

視点講座下書き:構想ができた

 残り最後までの流れがつかめた……。
 でも気が付いたら、視点移動のテクニックに関する説明が入らなくなってしまった。うわ、どうしよう。もう良いか、また「高度な技法」で説明するとしよう。
 しかし、説明が無茶苦茶に回りくどい。その上、大雑把な構想なので、書いている内にま〜た内容が変わってくる恐れもあるし。
 ある日ボクは、視点に関して、すんげえ発見をしたわけなんですね。多分ですけど、文壇の偉い人でもまだ発見していないような、そりゃあもう、すんげえ発見ですよ。その結論を言いたくて視点講座をやり始めているのに……なんでこんなに手こずるのやら。
 まあ良いや。

 ちなみに、こんなことを語る予定です。
●物語外視点とは何か。
●語り手とは何か。
●語り手(ナレーター)と作者(ライター)。
●物語外視点はなぜ必要か?
●メタとは何か。
●物語が語られる仕組み。
●やってはいけない! こんな物語外視点
●主客の効果
●ラスト:視点が最高の小説技術である理由

 あと今、『ハイパーアマチュアと、プチクリと、マイドリーム』も残りの構想をささっとまとめ作業中。
 風邪で数日、執筆活動に集中出来なかっただけだと言うのに、勘が狂って仕方がないや。はよ取り戻そう。
Posted by hamalog at 00:31  |Comments(0)TrackBack(0) | 執筆中 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月03日

今後の方針

 とりあえず、教育に関して言いたいことは出尽くしました。もう教育について語ることも、まずないと思います。……ってか、「もののついで」に語り出した教育論だったけど。何でこんなに長くなったのやら。

 まあいいか。

 さて次はー! 書いている途中になっている作品を、全部終わらせよう。そのついでに、書きたいことが出来たら、随時更新してゆく。さあて、過去ログを読み直すとするか。

 と決意も新たにするのであった。
Posted by hamalog at 21:58  |Comments(0)TrackBack(0) | 執筆中 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月20日

はま受験がようやく \(^o^)/ オワタ

 最初はさあ、ごくごく簡単なものだったんだよ……。
「はまさーん、小論文ってどう書けば良いの?」
「原稿用紙を三分割すれば書きやすいんじゃね?」
「わかったよ、はまさん! 明日はホームランだ!」

 でもこれってブログで公開したら面白いと思って書き始めたんだ。2〜3回も書けば良いかなーって。でも大学の恩師に「論文を書くときは自分がなぜこの論文を書こうと思ったのか、序論をきちんと書きなさい」と教えられていた癖が出てきて、どんどん量が増えてくる。

 最終的には400字詰め原稿用紙で、226枚って……。
 ボクはバカか。 orz

 その間にも相談を持ちかけてくれた当人は、さっさと大学合格を決めてしまうしね。そう言えば今日、親戚の子がめっちゃ高偏差値の大学に合格したとの報せを聞きました。(ちなみにボクは親族血縁にはこのブログの存在を知らせていません。)何にせよ、めでてえ話です。
 まだどこにも受かっていないと言う方は……まあ何だ……強く生きろ?



 さてこの後は、まだちょっと教育関係について、脳内に残っている知識があるから、さっさと総ざらえするつもりです。それで、もうボクの教育論は終わり!
 そうしたら、書いている途中になっている作品を書き上げちゃおうと思います。

 今の目標は、脳みその中にあるコトバを全部吐き出してしまうこと。それこそ、書きたいことがなくなってしまうくらいに。
 がんばりまっす。

2007年01月26日

高度な技法:筆が止まった場合の対処法(2)

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■筆が止まった場合の対処法(2)
■難易度 : ★ ☆ ☆ (初歩)
■前提技術:序破急のモデル
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 「高等な技術」と言う謳い文句ですが、まずは基本から。小説を書く際に役に立つ、ごく身近で簡単なコツからお教えして行きましょう。
 誰にでも経験があると思います。ついさっきまでスラスラと書き進めていられたのに、突然筆が止まってしまった。これからお教えするのは、そんな場合の対処法です。

 なぜ筆が止まったのか。原因はふたつ考えられる。
 ひとつは、自分がいま何を書いているのか、自分でも良くわからなくなってきたから。
 もうひとつは、先の展開を考えながら書き進めていたら、途中から先の展開に詰まってしまい、進まなくなった。

 「自分がいま何を書いているのか、自分でも良くわからなくなってきた」場合の対処法は別のところでお教えするとして。ここでは、ふたつめの「先の展開を考えながら書き進めていたら、途中から先の展開に詰まってしまった」際の解決方法をお教えします。
 気合と根性で乗り越えると言う手段もありますが、それは置いておくとして。

 まずは《序破急のモデル》を思い出してください。
 《序破急のモデル》は、全体をみっつに分けるのがミソです。《はじめ》と《おわり》があり、そのふたつを繋ぐ《途中》とがある。これは、全ての文章に言える基本構造[フォーマット]です。
 それならば。まずは、自分がどこのシーン展開に詰まってしまったのか明確にしてみましょう。

 《はじめ》と《おわり》なら、すぐに考えられます。《はじめ》とは今書いている、現在点と思っても良い。《おわり》とはこれから書こうとしている、目指すべき目標点と思えば良いでしょう。ただ目標点と言っても別に、そんな遠くを設定する必要はありません。せいぜいが数行先でも構わない。

 次に、点と点とを直線で結んだ図をイメージしてください。
 一点しか起点がないと、どこに線が向かうのか分かりません。しかし、点がふたつあれば、おのずと線の方向は決まってきます。
 つまりは、今の所や冒頭でつまずいたら、途中や最後から先に書いてしまえば良いじゃない、と言うことなのです。

 例えば「初めてのおつかいに行って帰った」と言う物語を書きたかったとします。しかし詳細な内容が思いつかない。
 そんな場合は、まず《途中》を考えてみましょう。
●初めてのおつかいに出発。
●お買い物する。
●帰宅。到着。

 と、少しだけ展開が明確になって、先が書きやすくなりましたね。しかし、これでもまだ書きにくいと言うのならば、更に《途中》を増やしてしまいましょう。
●初めてのおつかいに出発。
●店までの道程。
●お買い物する。
●帰り道。
●帰宅。到着。

 「初めてのおつかいに行って帰った」だけでは単なる《あらすじ》に過ぎませんでした。ですがここまで内容が詳細に決まってくると、一人前のプロット「っぽく」なったように見えないでしょうか。後は、随時《途中》を増やしてゆくだけです。
 馴れたら、ちょっとでも筆の止まった展開先を《ハコガキ》のように箇条書きで書いてしまう、と言う手段もあります。添削の難しい原稿用紙への手書きでは出来ない。訂正や挿入の簡単な、ワープロによる執筆活動独自の手法ですね。

 ちなみに、そもそも冒頭からして書き出せないと言う場合はどうすれば良いのでしょうか。
 作品中に出す予定はなくても、物語が始まる三日ほど前のストーリーを考えてみてください。行き詰まれば「起点を増やす」と言う基本は同じです。しかし別に、全ての《起点》を物語中に出して、読者に知らせる必要はありません。
 物語内世界だけに存在する《起点》や、作者だけが知っている《起点》もあるのです。

2007年01月09日

カテゴリ整理中

カテゴリ「はま受験」の記事に多く、「文学的」カテゴリも含んでいたのを、
「はま受験」だけにして「文学的」を外すことにしました。

理由は簡単。「文学的」の記事が多くなりすぎて、検索しづらくなってきたからです。
過去の記事を参照して何かやろうと思っても、「はま受験」だらけで邪魔なこと。

考えてみると基本的に「はま受験」は、文学者の立場から受験講座をやってみよう、と言うものです。
だから一応、「はま受験」は既に「文学的」に含まれるカテゴリだと思って、勘弁してください。

……それにしても、まだまだ「文学的」は多いな。
本当は「文学論」と「技術論」に分けてしまいたいのだけれど、実際にはその中間にあたる文学論が多々あるからなあ。
どうするべきか。
Posted by hamalog at 01:01  |Comments(0)TrackBack(0) | 執筆中 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月06日

新カテゴリ「幻想的」を設置しました

 ここしばらく、オリジナル・ファンタジー小説の世界設定を作っていました。すると不思議なもので。もののついでに、ファンタジーについて語りたくなってきたのです。どうやらボクは基本的に「語りたがり」みたいですから。
 と言うわけで、ファンタジーの世界設定を自分用に作っていて。そのオリジナル小説などとは関係ない内容なのだけれど、語りたいことがあったら。ファンタジーに関するエッセイ・コラムを書いてみようかな、と思います。
 すると、なにせ内容が特殊過ぎて、カテゴリ「文学的」でも、ちょっと合わないような気がするので。新しいカテゴリとして「幻想的」を増やしました。
 ただし余りに特殊な内容ゆえに、定期更新みたいなことは出来ません。思いついた時に書くと言うような、不定期更新となります。

 特殊特殊って一体どんな内容やねん、とお思いでしょう。具体的には、こんなのになります。ボクは本気だ。

 どうやらボクにとって「ファンタジーの世界設定」とは、こんなものみたいです。
Posted by hamalog at 19:32  |Comments(0)TrackBack(0) | 幻想的 , 執筆中 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする