February 19, 2012

ダイちゃん。

箱に入れて連れて来られた数匹の仔犬の中から、
一匹を選び、その犬を飼うと決めたのは、私だった。

その数年前に可愛がっていたシェルティ(シェットランドシープドッグ)が亡くなり、
ようやくその悲しみから立ち直った私達家族が、知り合いに「もし里親の声がかかったら教えて」と
頼んでいた同じ犬種の仔犬達だった。

そして、私が選んだ仔犬と暮らし始めた数日後。

仔犬を紹介してくれた知り合いから、
その仔犬は障害を持っている可能性があるから、他の仔犬と代えましょうか?
という連絡を受けた。

母が、まず私に『どうする?』と聞いた。

『どうする?って…どうもしないよ。この仔を飼うって決めたんだから。
障害が出るかも、って、出ないかもしれんのでしょ?』

と聞き返す私に、母は

『でも、出るかもしれんよ。何かあったら、それでもちゃんとお世話してあげられるの?』

と冷静に諭した。

話したり、泣いたり、話したり、泣いたり、、、

母は、気持ちはわかるけど、よく考えるんよ、と何度も言ったが、
結局、私の想いは変わらなかった。

この仔、と抱き上げたその時から、もぅ私たちは家族だったから。

結局、気持ちの変わらない私に母も賛同してくれて、父を説得し、その仔を飼うことになった。

小さな小さなその仔に、私は 大きく、たくましく育ってくれるよう、

ダイちゃん

と名前を付けた。


それから、7年。


ダイちゃんは、シェルティにしては少し大きいと言われるほど、大きく、たくましく育ってくれた。

怖がりで甘えん坊だったけど、とても優しく、賢い子だった。

いつもそばにいて、私たち家族を楽しませ、癒してくれた。

私が結婚して 離れて暮らすようになってからも、実家に帰る度にとてもうれしそうに飛んできてくれ、
その生き生きとした表情を、今でも覚えている。


ダイちゃんが家族になってから、7年目の2月19日の朝。
・・・今から、10年くらい前のことだ。


私の自宅に、実家から電話がかかってきた。

なんとも思わずとった電話から聞こえてきたのは、泣いている姉の声だった。

それは、ダイちゃんが事故に遭って、もう危篤状態だという知らせだった。

もうだめだ、と泣いて取り乱す母と姉に、諦めないで、心臓マッサージは?獣医さんは??と
こちらも泣きながらいろいろ言ったような気がする。

とにかく、すぐに飛んで帰りたかった。

まだ、結婚して2年目くらいの頃で子供もおらず身軽だったので、リーダーに電話をして事情を説明したら、すぐに実家に帰らせてもらえた。

実家に着いた頃、もぅダイちゃんは息をしていなかった。
身体は固くなりはじめていたけれど、少し温もりが残っていて、それが、ほんとうにつらかった。

もしかしたら、間に合ったかもしれない、何かできることがあったのかもしれない、と思えて、
涙がとめどなく流れた。

だんだん冷たくなる身体を、母と姉と私で、優しくなで続けた。
父は会社に行っていなかったが、ダイちゃんの事故は出勤前の出来事だったので、
そばにいたくてもいられず仕事に行った父の気持ちを考えるとまたつらくなった。

そのあとのことは、ぼんやりとしか覚えていない。

父も一緒に、家族でダイちゃんを埋葬し、たくさん、泣いた。たくさん、ありがとうを言った。

数年間、母はダイちゃんを失った悲しみからなかなか立ち直れず、苦しんでいた。
父は、そんな素振りは見せなかったけれど、自分のダイちゃんへの想いと、母のこととで苦しんでいたと思う。

いつも夕方散歩に連れて行っていた時間に、一人で、よく散歩に出かけていたようだ。

家族の前では涙はほとんど見せたことがない父だが、きっと、一人でたくさん泣いたと思う。

離れて暮らす姉や私は、ダイちゃんとの思い出が詰まった家にいなかった分、父や母ほど苦しむことはなかったけれど、それでも、やはり実家に帰ると、ダイちゃんのいない現実を認めざるを得なくなり、つらかった。

あちらこちらで、似た犬を見る度、泣いた。

私たち家族にとって、それほどダイちゃんの存在は大きく、深かった。


今も、ダイちゃんと暮らした日々のことを想うと、心がほっかり温まり、
でも、同時にダイちゃんが亡くなった日のことを想い、涙がとまらない。


2月19日は、大好きだったダイちゃんの、命日。

3年前までは、この日が来る度、つらかった。


でも、3年前から、それが少し変わった。

3年前の2月19日、私は、病院で、陣痛の真っ最中だった。


結婚して8年、母になることを諦めかけていた私に芽生えた、新しい命、
ちびはなちゃんの、出産予定日だったのだ。

予定日を聞いた時、運命だと思った。
ダイちゃんのことを考えると、出産に自信が持てた。
きっと、守ってくれると思ったから。

そして、3年前の2月19日の朝に、私は入院し、一昼夜陣痛といきみに耐え、
翌日20日に、ちびはなちゃんを産んだ。


2月19日は、大好きだったダイちゃんが亡くなった日だけど、

ダイちゃんに守ってもらって、出産に臨んだ、特別な日でもある。


だから、悲しいだけじゃない。


さよなら、今までありがとう、の日。


ありがとう、いつもありがとう、の日。


今も大好きだよ、ダイちゃん。


Posted by hanachoco at 23:08  |Comments(2) | はな、日々の思い。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

February 18, 2012

あさって。

P1000459.JPGちびはなちゃん、3歳になりまする。

ママ、張り切って飾り付け。

ちと早すぎるか(笑)

ま、でもお祝いムードはいくら盛り上がってよいでしょ(*´ω`*)

ちなみにお誕生日のお祝いは明日する予定。

リーダーが、珍しく日曜にお休みなので☆

お誕生日ケーキは、いつものお店に予約しました♪

本当は手作りしてあげたいんだけど…
私が上手においしくできないのと、
そのお店の米粉ふわふわスポンジ、あっさり生クリームに、家族全員がトリコなのです…(*´艸`*)

ふふふふふふふふ…

いろんな意味で 楽しみ♪

Posted by hanachoco at 16:39  |Comments(0) | ちびはなちゃん育児日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

February 01, 2012

フード、「シニア」タイプへ。

フードの買い置きがなくなったので、いつものショップで注文。

7歳になってから、フードをシニアタイプに切り替えるか・・・迷いながら
結局 1歳〜6歳の健康維持用 を購入していました。

今年8歳になるチョコですが、特に胃腸や毛並みなど目立った不調もなく、
若い時に比べて、黒い毛と白い毛の境目がぼんやりしてきた、とか
若干 のんびりになった、とか(笑)
そういうのはあるけれど、それくらい。
ありがたいことに、元気いっぱいです。

だから、シニア、っていう言葉の響き的に、まだ切り替え早いかな?・・って思って
切り替えるタイミングを逃してました。

今回、思い切って シニア を注文。

チョコが不調だから、ではありません☆

ただ、やっぱり 1歳〜6歳 と 7歳以上 そして 10歳以上、と
フードが分けてあることを考えれば、見た目に老いてるとかじゃなく、見えない部分で
その年齢に合ったというか、必要な栄養って少しずつ違うんだろうし
きちんと年齢に適した栄養を与えてあげたいと改めて思ったから。

なにより、まだまだ、元気で長生きしてほしい。

今回の切り替えで、今まで以上に 元気に年齢を重ねてくれるといいな、と思います☆



シニアに切り替えても、やっぱり混ぜてます(*^-^)↓