2012年02月09日
千葉中央から袖ヶ浦<Vol.5>
木曜日
今朝、新御茶ノ水駅に着く千代田線内で、素晴らしい心遣いの人を見た。
電車が新御茶ノ水に着く前に、私が網棚からバッグを下した時、1mほど離れたところに立つ人がふっと吊皮寄りに体を寄せ、後ろに間を空けてくれた。
電車内で内側の人が降りるのを察して、わずかでも身を引いて、通り易くする。
わずか五寸ほどだが、その気遣いがとても嬉しかった。
土曜日の散歩を振り返る。(姉ヶ崎から袖ヶ浦)

姉ヶ崎神社。
女の子が、鳥居の所で振り向いて、深くお辞儀をしてから歩いて来た。
大きな鳥居は、杉の木で出来ている。
石段を登り社へ向かうと、茅の輪潜りがあった。
約15分ほど、社の周囲を石段を登ったり降りたりした。

姉ヶ崎駅の椎津川に架かる鉄橋。
袖ヶ浦駅からは、R16沿い内側の緑地を、内房線を眺めながら歩く。
今週末は、ここをC61が走る。
試運転のC61を狙って、長浦の駅まで、あちこちにカメラを据えた「撮り鉄」の姿があった。
長浦駅付近では、踏切近くに大勢の「撮り鉄」が待機。その訳は後で目撃した。
JRの警備の方に、「この近所の方ですか」と聞かれ、「いいえ」と答えると「車は何処に置かれていますか」と聞かれた。
まさか正直に「千葉から歩いて来た」と云っても、一般人の常識外だからはぐらかした。


海浜公園への道は、ちょっと南国風。
海浜公園の妙な形の展望台は、螺旋階段を登ると、扇形の展望デッキが広い。
アクアライン・海ほたる・幕張のビル群、遠くに東京スカイツリーも望める。
羽田空港に降りてくる飛行機は、脚を出してゆっくりと高度を下げてくる。
そろそろ太陽が、傾いてきた。
午後4時半、袖ヶ浦駅に向かって、散歩の終了。
今日の日常
今朝、新御茶ノ水駅に着く千代田線内で、素晴らしい心遣いの人を見た。
電車が新御茶ノ水に着く前に、私が網棚からバッグを下した時、1mほど離れたところに立つ人がふっと吊皮寄りに体を寄せ、後ろに間を空けてくれた。
電車内で内側の人が降りるのを察して、わずかでも身を引いて、通り易くする。
わずか五寸ほどだが、その気遣いがとても嬉しかった。
土曜日の散歩を振り返る。(姉ヶ崎から袖ヶ浦)
女の子が、鳥居の所で振り向いて、深くお辞儀をしてから歩いて来た。
大きな鳥居は、杉の木で出来ている。
石段を登り社へ向かうと、茅の輪潜りがあった。
約15分ほど、社の周囲を石段を登ったり降りたりした。
袖ヶ浦駅からは、R16沿い内側の緑地を、内房線を眺めながら歩く。
今週末は、ここをC61が走る。
試運転のC61を狙って、長浦の駅まで、あちこちにカメラを据えた「撮り鉄」の姿があった。
長浦駅付近では、踏切近くに大勢の「撮り鉄」が待機。その訳は後で目撃した。
JRの警備の方に、「この近所の方ですか」と聞かれ、「いいえ」と答えると「車は何処に置かれていますか」と聞かれた。
まさか正直に「千葉から歩いて来た」と云っても、一般人の常識外だからはぐらかした。
海浜公園への道は、ちょっと南国風。
海浜公園の妙な形の展望台は、螺旋階段を登ると、扇形の展望デッキが広い。
アクアライン・海ほたる・幕張のビル群、遠くに東京スカイツリーも望める。
羽田空港に降りてくる飛行機は、脚を出してゆっくりと高度を下げてくる。
そろそろ太陽が、傾いてきた。
午後4時半、袖ヶ浦駅に向かって、散歩の終了。
今日の日常
2012年02月08日
千葉中央から袖ヶ浦<Vol.4>
水曜日
日産のリーフのCMが目立つ。
いくらCO2排出量0だからといっても、あんな不細工な形の車は持ちたくない。
100万円あげると云われても、嫌だね。
土曜日の散歩を振り返る。(浜野から市原)
村田町の泉福寺が見える内房線の踏切を渡って、緩やかにうねるような公園を行くと、端にこの石碑があった。
もしかして、ここは昔の村田川の跡か。


八幡宿のベイシアでトイレを借り、八幡運河沿いから立体交差の下を渡って、五井海岸公園へ向かう。
浅い運河沿いの道は、湾岸道に面した国内各社の自動車ディーラーの裏口で、中古車も並んでいて見ていて楽しい。
五井海岸公園は、習志野から幕張までの香澄公園と同じような、湾岸道路に沿って養老川まで続く緑地帯。
あまりにも道がまっすぐで、面白みに欠ける。
養老川を渡るのに、湾岸道に出て養老大橋を渡る。五井の駅の方へ行くことは、あまりに遠回りなので却下。
養老川は、河口に近いこの橋では、とても川幅が広い。
橋を渡った先には、卯の起公園。
柵の隙間から、公園に入れた。
公園の端(正規の入口側)に、このモニュメントがあった。
「ハマグリの碑」という文字は読めたが、設置の趣意を標した文書は、標示が汚れていて判読できなかった。
公園の駐車場から道の向こうは「市原緑地公園」。
緑地の中の道を進むと、テニスコートや陸上競技場・野球場がある。
この建物は、体育館らしい。
川か運河沿いに緑地は続いていて、前川を渡り椎津川沿いにそって行きR16沿いの橋を渡ると、サッカー場があった。
R16との間に、高いコンクリートの壁があり、車の音から逃れられた。
今の冬の間はスケート場になっているプールもある、姉ヶ崎公園だった。
道を挟んだ向かい側は、出光の施設。
川沿いをイエローハットのところで左に折れて、姉ヶ崎の駅の方へ向かった。
時刻は12時半。
<続く>
今日の日常
日産のリーフのCMが目立つ。
いくらCO2排出量0だからといっても、あんな不細工な形の車は持ちたくない。
100万円あげると云われても、嫌だね。
土曜日の散歩を振り返る。(浜野から市原)
もしかして、ここは昔の村田川の跡か。
八幡宿のベイシアでトイレを借り、八幡運河沿いから立体交差の下を渡って、五井海岸公園へ向かう。
浅い運河沿いの道は、湾岸道に面した国内各社の自動車ディーラーの裏口で、中古車も並んでいて見ていて楽しい。
あまりにも道がまっすぐで、面白みに欠ける。
養老川は、河口に近いこの橋では、とても川幅が広い。
柵の隙間から、公園に入れた。
公園の端(正規の入口側)に、このモニュメントがあった。
「ハマグリの碑」という文字は読めたが、設置の趣意を標した文書は、標示が汚れていて判読できなかった。
公園の駐車場から道の向こうは「市原緑地公園」。
この建物は、体育館らしい。
川か運河沿いに緑地は続いていて、前川を渡り椎津川沿いにそって行きR16沿いの橋を渡ると、サッカー場があった。
今の冬の間はスケート場になっているプールもある、姉ヶ崎公園だった。
道を挟んだ向かい側は、出光の施設。
川沿いをイエローハットのところで左に折れて、姉ヶ崎の駅の方へ向かった。
時刻は12時半。
<続く>
今日の日常
2012年02月07日
千葉中央から袖ヶ浦 <Vol3>
火曜日
田中防衛大臣が、いろいろと話題に上げられている。
今朝07日の読売新聞の「編集手帳」、まさにその通り。コーヒー飲んでしゃっきりしてくださいよ。
土曜日の散歩を振り返る。(蘇我から浜野)
蘇我のケーズデンキの横から蘇我駅の西口へ、大きな歩道橋を渡る。
7・11の角を右へ折れ、水路の交差点を左に折れると陸橋が見えた。
陸橋はJRの線路を跨ぐ跨線橋で、左にカーブする線路が外房線、右の真っ直ぐ延びる線路が内房線。
10日から12日は、この内房線をC61が1日1往復する。
蘇我の地名の由来にもなった神社。
蘇我比咩(ひめ)神社は、日本武尊命が東国遠征の際に亡くなった蘇我氏の姫(比咩)の霊を慰めるため、応神天皇が蘇我氏を下総国造に任命、蘇我氏の氏神である春日神社、比咩神社を祀り創建したといいます。延喜式巻九神祇神名帳にも名神小社として記載される古社。
千葉教育委員会の標示板が無ければ、とてもそんな風には見えない。

蘇我2丁目の7・11でトイレを借りて、湾岸道路を蘇我陸橋の海側を進むと、港側の「ビオトープ蘇我」へ向かう陸橋の下の貨物線の踏切に出る。
地図に拠れば上の陸橋を渡らずとも、ビオトープに行ける。そう思って道を進むと、「この先港湾地区に付き、関係者以外立ち入り禁止」の標示があり、警備員が立っていて出入りする車両をチェックしている。
やむなく後戻りして、線路を跨ぐ陸橋に上りビオトープへの道を進むが、東京電力のグランドの先にこの「閉鎖中、関係者以外立ち入り禁止」の看板。
がっかりして、湾岸道路に戻った。
すぐ先の信号の三叉路を渡り、湾岸道から県道へ。浜野川を渡って、本行寺へ。
境内の池は、凍っていた。
幼児を連れた人たちが、次々とやってくる。お寺の横に、保育園があるからだ。
若い可愛い女の子の保母さんが、明るく「おはようございます」と挨拶してくれる。
写真は、古い本堂らしい。文明元年(1459年)開祖の、由緒ある古刹。
天正18年(1590年)と昭和20年の2度、戦火で焼失し再建されているそうだ。
りっぱな梵鐘がある。
浜野川の塩浜橋を右手に折れて、内房線の鉄橋に向かう。

ここを10日から12日に、C61が走るのかと思うと、わくわくする。
線路のすぐわきの家々は、いい迷惑なんだろうなぁ。
狭い道を通りぬけ、線路を跨ぐ錆だらけの歩道橋を渡る。
線路見下ろせる良い場所だが、階段は錆びて穴が開き下の地面が見える。
浜野駅を通り過ぎ、立体交差の道を越え、細い道の踏切に出る。
そこには、JR関係の警備員が2人いて、踏切を見張っていた。
「たいへんですねぇ、来週の本番には大勢押しかけるんでしょうね」と、声をかけたら苦笑いしていた。
<続く>
今日の日常
田中防衛大臣が、いろいろと話題に上げられている。
今朝07日の読売新聞の「編集手帳」、まさにその通り。コーヒー飲んでしゃっきりしてくださいよ。
土曜日の散歩を振り返る。(蘇我から浜野)
7・11の角を右へ折れ、水路の交差点を左に折れると陸橋が見えた。
陸橋はJRの線路を跨ぐ跨線橋で、左にカーブする線路が外房線、右の真っ直ぐ延びる線路が内房線。
10日から12日は、この内房線をC61が1日1往復する。
蘇我比咩(ひめ)神社は、日本武尊命が東国遠征の際に亡くなった蘇我氏の姫(比咩)の霊を慰めるため、応神天皇が蘇我氏を下総国造に任命、蘇我氏の氏神である春日神社、比咩神社を祀り創建したといいます。延喜式巻九神祇神名帳にも名神小社として記載される古社。
千葉教育委員会の標示板が無ければ、とてもそんな風には見えない。
地図に拠れば上の陸橋を渡らずとも、ビオトープに行ける。そう思って道を進むと、「この先港湾地区に付き、関係者以外立ち入り禁止」の標示があり、警備員が立っていて出入りする車両をチェックしている。
やむなく後戻りして、線路を跨ぐ陸橋に上りビオトープへの道を進むが、東京電力のグランドの先にこの「閉鎖中、関係者以外立ち入り禁止」の看板。
がっかりして、湾岸道路に戻った。
境内の池は、凍っていた。
幼児を連れた人たちが、次々とやってくる。お寺の横に、保育園があるからだ。
若い可愛い女の子の保母さんが、明るく「おはようございます」と挨拶してくれる。
写真は、古い本堂らしい。文明元年(1459年)開祖の、由緒ある古刹。
天正18年(1590年)と昭和20年の2度、戦火で焼失し再建されているそうだ。
りっぱな梵鐘がある。
浜野川の塩浜橋を右手に折れて、内房線の鉄橋に向かう。
線路のすぐわきの家々は、いい迷惑なんだろうなぁ。
狭い道を通りぬけ、線路を跨ぐ錆だらけの歩道橋を渡る。
線路見下ろせる良い場所だが、階段は錆びて穴が開き下の地面が見える。
浜野駅を通り過ぎ、立体交差の道を越え、細い道の踏切に出る。
そこには、JR関係の警備員が2人いて、踏切を見張っていた。
「たいへんですねぇ、来週の本番には大勢押しかけるんでしょうね」と、声をかけたら苦笑いしていた。
<続く>
今日の日常
2012年02月06日
千葉中央から袖ヶ浦まで<Vol2>
月曜日
土曜日の散歩を振り返る。

千葉中央駅から新宿公園を真っ直ぐ貫き、R16を長い歩道橋で渡ったところのポートアリーナ。
手前はラジコンのサーキットか。
ぐるりと、大きな建物が3つ取り巻いている。東奥の建物は2Fが空き家だ。
妙なクワイの化け物のようなオブジェは、「SKY SEED]と銘板があった。
港側中央の建物の回転ドアを押して入ると、大きな吹き抜けの空間でほんのり暖かい。
1Fの床の2・3段の階段に、若者が3人座っていた。まだ7時15分頃なので、この建物がなんだかさっぱり分からなかった。
京葉線の高架下の道を進み、交差点で信号を港側へ渡り、千葉ポートタワーを眺める。
2m近い高さのコンクリートの壁があり、海には直接近づけない。
この先、港の方へ行っても工場や倉庫ばかりのようなので、三菱自動車のほうへ進んだ。
スリックカート場がある。珍しいなと思っていると、直に「関係者以外立入禁止」の表示のある防潮扉に突き当たり、左に折れて京葉線と湾岸道(R357)の下を通って、ぐるぐると迂回して橋の歩道を渡り湾岸道路を市原方面へ歩く。すぐ横を大きなトレーラーが、道を震わせて走って行く。
寒川町2丁目の信号を渡り京葉線をくぐると、フェスティバルウォーク蘇我。
ここから右手はJFEの工場、左手にティップネスやレストラン、アリオなどが延々と続く。建物は皆背が低い。
商業施設が並んでいるが、皆横に広く間隔も広い。アリオからケーズデンキまで、1km以上離れている。
子供連れで来たのでは、歩いて移動は大変だろう。
ペットボトルやお弁当をいれたコンビニの袋を提げて、若い男達がぽつぽつと歩いてくる。
他に行きかう人は、殆どいない。

大きな看板とオブジェがある。ハーバーシティというと、すぐ連想するのは神戸のハーバーランド。
鉄鉱石から溶鉱炉で作られるのは銑鉄で、それに酸素や石灰を利用してしなやかな鋼にする工程が製鋼。
その際に、溶けた鋼とともにスラグが出来る。そのスラグを回収するのが、スラグ鍋という。
このスラグ鍋は、平成7年まで川崎製鉄の製鋼所で実際に使用されていたものだそうだ。
この大きさは、迫力満点。
蘇我駅西口への交差点の向こうに、「フクダ電子アリーナ」が大きい。ここはJEF UNITEDのホームグラウンド。
アリーナの先にテニスコート。地図に依ればこの先は整備中のスポーツ公園らしいので、信号を左に折れて蘇我駅の先の内房線と外房線の分岐点を見に行った。
<続く>
今日の日常
土曜日の散歩を振り返る。
手前はラジコンのサーキットか。
ぐるりと、大きな建物が3つ取り巻いている。東奥の建物は2Fが空き家だ。
妙なクワイの化け物のようなオブジェは、「SKY SEED]と銘板があった。
港側中央の建物の回転ドアを押して入ると、大きな吹き抜けの空間でほんのり暖かい。
1Fの床の2・3段の階段に、若者が3人座っていた。まだ7時15分頃なので、この建物がなんだかさっぱり分からなかった。
2m近い高さのコンクリートの壁があり、海には直接近づけない。
この先、港の方へ行っても工場や倉庫ばかりのようなので、三菱自動車のほうへ進んだ。
スリックカート場がある。珍しいなと思っていると、直に「関係者以外立入禁止」の表示のある防潮扉に突き当たり、左に折れて京葉線と湾岸道(R357)の下を通って、ぐるぐると迂回して橋の歩道を渡り湾岸道路を市原方面へ歩く。すぐ横を大きなトレーラーが、道を震わせて走って行く。
ここから右手はJFEの工場、左手にティップネスやレストラン、アリオなどが延々と続く。建物は皆背が低い。
商業施設が並んでいるが、皆横に広く間隔も広い。アリオからケーズデンキまで、1km以上離れている。
子供連れで来たのでは、歩いて移動は大変だろう。
ペットボトルやお弁当をいれたコンビニの袋を提げて、若い男達がぽつぽつと歩いてくる。
他に行きかう人は、殆どいない。
鉄鉱石から溶鉱炉で作られるのは銑鉄で、それに酸素や石灰を利用してしなやかな鋼にする工程が製鋼。
その際に、溶けた鋼とともにスラグが出来る。そのスラグを回収するのが、スラグ鍋という。
このスラグ鍋は、平成7年まで川崎製鉄の製鋼所で実際に使用されていたものだそうだ。
この大きさは、迫力満点。
アリーナの先にテニスコート。地図に依ればこの先は整備中のスポーツ公園らしいので、信号を左に折れて蘇我駅の先の内房線と外房線の分岐点を見に行った。
<続く>
今日の日常
2012年02月05日
木道・下総基地・清水口白鳥の池
日曜日
北総歩こう会が、新鎌ヶ谷から清水口の調整池まで、粟野の木道と下総基地を経由するウオーキングイベントを行うという。
ならばと、その場所を先行して歩いてみた。
鎌ヶ谷市制記念公園の入口の右の坂を下りR464の橋の下を潜ると、粟野の公園予定地の林の中の道になる。
この道を行くと、粟野保育園の信号のある交差点にでる。
そこを、北部小学校のほうへ向かう。ウォーキングイベントの場合、この先の道は歩道が狭いので、コースとしては少々不適当だ。
暫く道なりに歩くと、横断歩道のところを左折。民家の前を通り過ぎると、大津川の小川に鉄の橋が架かっている。
橋を渡りすぐに左手に下り、小川沿いを流れにそって進むと、この木道に出る。
左が、大津川の流れ、奥に見えるのが、鎌ヶ谷市北部公民館。
木道を進むと、その北部公民館の端の狭い通路を通って、道に出る。
ここから先、北総歩こう会は、どういうルートを考えているのか、興味深々。
私は、車が通り抜けできない道を選ぶ。
県道船橋我孫子線から、沼南高柳局の前を通って東へ進むと、この砂利道に突入する。
下総基地の飛行場の北側の端にあたり、誘導灯のラックが並んでいる。
スケジュールが合えば、頭上を飛んでいくP3CやYS11が見られる、迫力満点な場所。
ここから、基地の入り口の前を通り、道を下っていくと白井市冨塚の交差点に辿りつく。
7・11もあるから、いろいろ便利。
私は、西輪寺と来迎寺を訪ね、旧白井ブランデー工場のある折立橋へ行き、河原子橋から平塚の延命寺まで行ったが、折立橋から神崎橋を遡れば清水口の調整池はすぐそこ。

今日も調整池には、白鳥見物の人が多く訪れていた。
パッと見た感じは、10羽以上がいたようだ。
平塚の延命寺から木下街道の途中、お馴染みのこの犬に久しぶりにあった。
寒そうに震えていた。
今日はそんなに寒くないと思うんだけど、ぶるぶると小刻みに震えていた。
今日の日常
北総歩こう会が、新鎌ヶ谷から清水口の調整池まで、粟野の木道と下総基地を経由するウオーキングイベントを行うという。
ならばと、その場所を先行して歩いてみた。
この道を行くと、粟野保育園の信号のある交差点にでる。
そこを、北部小学校のほうへ向かう。ウォーキングイベントの場合、この先の道は歩道が狭いので、コースとしては少々不適当だ。
暫く道なりに歩くと、横断歩道のところを左折。民家の前を通り過ぎると、大津川の小川に鉄の橋が架かっている。
左が、大津川の流れ、奥に見えるのが、鎌ヶ谷市北部公民館。
木道を進むと、その北部公民館の端の狭い通路を通って、道に出る。
ここから先、北総歩こう会は、どういうルートを考えているのか、興味深々。
私は、車が通り抜けできない道を選ぶ。
下総基地の飛行場の北側の端にあたり、誘導灯のラックが並んでいる。
スケジュールが合えば、頭上を飛んでいくP3CやYS11が見られる、迫力満点な場所。
ここから、基地の入り口の前を通り、道を下っていくと白井市冨塚の交差点に辿りつく。
7・11もあるから、いろいろ便利。
私は、西輪寺と来迎寺を訪ね、旧白井ブランデー工場のある折立橋へ行き、河原子橋から平塚の延命寺まで行ったが、折立橋から神崎橋を遡れば清水口の調整池はすぐそこ。
今日も調整池には、白鳥見物の人が多く訪れていた。
パッと見た感じは、10羽以上がいたようだ。
寒そうに震えていた。
今日はそんなに寒くないと思うんだけど、ぶるぶると小刻みに震えていた。
今日の日常
2012年02月04日
東京湾沿いは暖か
土曜日 (立春)
千葉から袖ヶ浦まで歩いて見た。
最寄駅の西白井駅の、夜明け前。
空の色が、赤から次第に変わっていくさまが、綺麗に見える。
ココロモチ、寒さがユルイ気がした。
京成津田沼で京成線に乗換え、千葉中央駅まで行く。
幕張を過ぎる頃、朝日が射してきた。

千葉中央駅を出ると、新宿公園。なだらかな坂の陸橋”さざなみばし”を渡ると、千葉ポートパーク。
ビルの谷間で、日が射さないから、ここまでは肌寒い。
ポートスクエアの中を通り抜けて、京葉線の高架の下の道へでる。
今日は暖かかった。
なるべく車の通行の少ない道を選んで、袖ヶ浦まで歩いた。
途中、浜野駅から内房線沿いには、JRの委託を受けたらしい警備の人が、あちこちにいた。
線路が良く見える場所には、カメラを携えた人たちが沢山。
来週10日〜12日に、JR千葉は姉ヶ崎千葉みなと間でC61を運行する。
それの予行演習に、撮り鉄たちが来ているのかと思った。
午後3時18分頃、長浦から袖ヶ浦間に、C61が走っていくのを見た。
試運転をしているらしい。あの撮り鉄たちは、それを狙って来ていたのだった。
C61が走り去った後、あの石炭の煙の匂いが、懐かしかった。
遅い昼食後、袖ヶ浦海浜公園へ。
袖ヶ浦駅から内房線に乗り、帰路に着く。
駅のホームから、遠くに富士山が見える。
袖ヶ浦駅の周りには、本当に何もない。
R16は、袖ヶ浦の車検場から内房線を跨いで内陸に登っていく。
街の中心は、そのR16沿いにあるらしい。
今日の日常
千葉から袖ヶ浦まで歩いて見た。
空の色が、赤から次第に変わっていくさまが、綺麗に見える。
ココロモチ、寒さがユルイ気がした。
京成津田沼で京成線に乗換え、千葉中央駅まで行く。
幕張を過ぎる頃、朝日が射してきた。
ビルの谷間で、日が射さないから、ここまでは肌寒い。
ポートスクエアの中を通り抜けて、京葉線の高架の下の道へでる。
今日は暖かかった。
なるべく車の通行の少ない道を選んで、袖ヶ浦まで歩いた。
途中、浜野駅から内房線沿いには、JRの委託を受けたらしい警備の人が、あちこちにいた。
線路が良く見える場所には、カメラを携えた人たちが沢山。
来週10日〜12日に、JR千葉は姉ヶ崎千葉みなと間でC61を運行する。
それの予行演習に、撮り鉄たちが来ているのかと思った。
午後3時18分頃、長浦から袖ヶ浦間に、C61が走っていくのを見た。
試運転をしているらしい。あの撮り鉄たちは、それを狙って来ていたのだった。
C61が走り去った後、あの石炭の煙の匂いが、懐かしかった。
駅のホームから、遠くに富士山が見える。
袖ヶ浦駅の周りには、本当に何もない。
R16は、袖ヶ浦の車検場から内房線を跨いで内陸に登っていく。
街の中心は、そのR16沿いにあるらしい。
今日の日常
2012年02月03日
寒い寒いというけれど
金曜日 (節分)
朝5時52分からのNHKの天気予報ラストの映像、朝の薄明かりに映える東京タワーが美しい。
天気予報の際の中継が嬉しくて、毎朝この時間はNHKを見る。
乾燥した低温は、インフルエンザウィルスの活動を助ける。
だいぶ流行しているようで、私の右隣の席の同僚は「風邪で休みます」と、朝電話があった。
その2時間後、こんどは左隣の同僚が次第に風邪声になり、午前中に「体調が悪いので帰ります」。
彼は、普段「デブは風邪ひかない」と豪語していたのに。
実は昨日の午後、わが課で事務所にいたのは、私と両隣の同僚の3人のみ。
午後3人で、いろいろ話をしていたので、インフルエンザなら3人とも危ない。
もっとも、誰が感染源か。
最も元気な、私かもしれない。
「なんとかは、風邪ひかない」というから。
今日の日常
朝5時52分からのNHKの天気予報ラストの映像、朝の薄明かりに映える東京タワーが美しい。
天気予報の際の中継が嬉しくて、毎朝この時間はNHKを見る。
乾燥した低温は、インフルエンザウィルスの活動を助ける。
だいぶ流行しているようで、私の右隣の席の同僚は「風邪で休みます」と、朝電話があった。
その2時間後、こんどは左隣の同僚が次第に風邪声になり、午前中に「体調が悪いので帰ります」。
彼は、普段「デブは風邪ひかない」と豪語していたのに。
実は昨日の午後、わが課で事務所にいたのは、私と両隣の同僚の3人のみ。
午後3人で、いろいろ話をしていたので、インフルエンザなら3人とも危ない。
もっとも、誰が感染源か。
最も元気な、私かもしれない。
「なんとかは、風邪ひかない」というから。
今日の日常


