2009年06月25日
花それぞれに美しく
その間に母は点滴に行っていたんですが、よく効く飲み薬との併用の効果もあってか、徐々にましになりつつあるようです(^^;) CRPが15もあったら、本当は「入院しなさい」レベルなんですよね。
もう、経済的なこととか、家族の性格とか、あれこれと細やかに考えてお手伝いしてくださるケアスタッフの方々に恵まれて、うちは本当に幸せだと思います(^.^)
母もしばらく点滴に通いますし、しばらくは毎週Eさんがお手伝いに来てくださるそうで、安心すると同時に、やっぱり感謝の極みですね〜。ありがたいです。
私も疲れてないというと嘘になりますし、朝から微熱も出てたんですが、お風呂の手伝いでかなり強引に動いたし、もう下がったかな?と思います。ただし、足も腕もガクガクで、もう買い物に行く気力もなくて、久しぶりにお昼はほかほかのお弁当を届けてもらいました。久しぶりで、これも美味しかったです〜。
余力がないなりに、なんとかしようと考えているんですが、まわりの援助も非常にありがたいですね。どうやって感謝の気持ちを伝えるべきかなあ、と、ふと考えてしまいました(^^;)
友人のブログで話題になっていたことで、自分なりの思いをちょこっと書こうかなあ、と。
美の追求と美容整形の話ですね。
なんらかの事故や病気などで、傷付いた部分をもとに戻す、というのが本来の形成外科の仕事だよね、と私は考えております。不自由を補うための工夫も大歓迎ですが、そういう理由じゃなくて、ただ「今以上に綺麗になりたい」というだけで、整形するっていうのはどうかなあ?と思っております。
私の信念は「神さまの仕事にデッサン狂いはない」ということですので、人それぞれの個性の中に、美点や長所を見いだすことが出来ないのは、まわりの人たちの感受性が貧し過ぎるせいだと思っております。
まわりと比較しても仕方がありませんし、自分なりの個性で自分なりの自然な姿でいるのがベストだと思いますしね〜。実際にご本人が気にしているほどに外見の欠点なんか目立たないし、どうってことないものなんですよね〜。
まあ、確かに世の中に美男美女はいますけど、その人たちはちょこっとまわりの人たちに「眼福」という幸せを与える才能に恵まれたんですね、きっと。個性というか、「美」は彩りのひとつにすぎませんし〜。比較するのも意味がないことです。外見が必ずしも美形じゃなくても、その人なりに美点を大事に生かせばいいし、それがなによりも魅力になるんですが…。そういうことに気付けないと本人もまわりの人間も不幸なままです。
芸術家的な視点で見ると、どの人にもその人だけの美がありますし、それを見つけられないのは、ちょっと恥ずかしいですよね。私は死ぬまでずっと繊細な美の発見能力を大事にしたいと思っております。
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