2007年09月03日
「一万年、後…。」公開日程のお知らせ
沖島勲監督・脚本の映画『一万年、後…。』が、九月八日(土)から九月二十一日(金)まで、ポレポレ東中野でレイトショー公開されます。連日、21時からの上映です。詳しくはこちらのサイトを。
沖島勲監督『一万年、後…。』公式HP
http://1mannengo.hibarimusic.com
恥ずかしながら沖島監督の作品を観るのは、ぼくはこれがはじめて。しかも試写会には行けず、YYKプロダクションから映像資料を送って頂き(この場を借りて山川宗則さんにお礼を申し上げます)、ビデオで観たのですが、試写会に行けなかったのが悔やまれます。この作品の映像と音響のコラボレーションは、映画館で体験すべき。映画ファンならずとも、現代美術や現代演劇、あと音響系の音楽の好きな方などにも観てほしい作品です。映画というよりも、上質なコンセプチュアル・アートに接した印象があります。ぼくも上記期間中に、なんとか一度は自腹で観に行きたいです。
内容は公式サイトに譲るとして、ビデオで観た感想を言えば「高密度」のひと言です。まず脚本が極めて精巧。現在と未来(一万年後だよ!)、さらに「昔ばなし」的過去の視点を交錯させながら、日常の風景を──撮影現場もろとも──そのままフワリと宇宙規模の虚空に浮き上がらせ、人間規模の常識をどんどん脱臼させてゆくスリルとユーモアが実に愉快です。さらに、室内劇的な舞台に映像を重層的に絡めた演出、空間的・時間的な<間>を的確にキャッチした撮影と編集、立体的な音響の造形、どこを切っても本当に密度が高い。それでいて、この高密度な設定の底から湧き出してくる「哲学的」な情景は、なぜか心の奥底にしんみりとしみてくる優しさがあります。監督が思索する宇宙の時間とぼくの日常の人間的な時間とが、どこか意識の奥の方でつながるような快感を覚えました。
ぼくの特に好きなシーンを二つ挙げれば、途中の劇中劇のような場面の弾むような身体的感覚と、「人間が誰も見ていない風景、でもそこにある風景」がぽっかりと浮かんでくる静かな場面でしょうか。でもこの映画を観た人は、必ず作品のどこかに、自分の存在の記憶と親しくつながる場面を見つけることができると思います。『一万年、後…。』というタイトルだけはあります。時間というものの不思議な存在を、ほとんど生理的な快楽として感じ、考えることのできる映画です。
あとひと言付け加えるなら、この映画には「時間」というモチーフと並んで、「戦争」というモチーフがあります。ここから作品を解釈していっても面白いはずです。ラストは少し謎めいていて、いろいろ深読みできますが、ぼくには沖島監督が考える本来の時間の姿がここに現れているように思えます。そしてこのラストから「戦争」というモチーフをあらためて振り返ると──ストーリー上でも実際に関連しています──、またいろいろ考えさせられるのです。
沖島勲監督『一万年、後…。』公式HP
http://1mannengo.hibarimusic.com
恥ずかしながら沖島監督の作品を観るのは、ぼくはこれがはじめて。しかも試写会には行けず、YYKプロダクションから映像資料を送って頂き(この場を借りて山川宗則さんにお礼を申し上げます)、ビデオで観たのですが、試写会に行けなかったのが悔やまれます。この作品の映像と音響のコラボレーションは、映画館で体験すべき。映画ファンならずとも、現代美術や現代演劇、あと音響系の音楽の好きな方などにも観てほしい作品です。映画というよりも、上質なコンセプチュアル・アートに接した印象があります。ぼくも上記期間中に、なんとか一度は自腹で観に行きたいです。
内容は公式サイトに譲るとして、ビデオで観た感想を言えば「高密度」のひと言です。まず脚本が極めて精巧。現在と未来(一万年後だよ!)、さらに「昔ばなし」的過去の視点を交錯させながら、日常の風景を──撮影現場もろとも──そのままフワリと宇宙規模の虚空に浮き上がらせ、人間規模の常識をどんどん脱臼させてゆくスリルとユーモアが実に愉快です。さらに、室内劇的な舞台に映像を重層的に絡めた演出、空間的・時間的な<間>を的確にキャッチした撮影と編集、立体的な音響の造形、どこを切っても本当に密度が高い。それでいて、この高密度な設定の底から湧き出してくる「哲学的」な情景は、なぜか心の奥底にしんみりとしみてくる優しさがあります。監督が思索する宇宙の時間とぼくの日常の人間的な時間とが、どこか意識の奥の方でつながるような快感を覚えました。
ぼくの特に好きなシーンを二つ挙げれば、途中の劇中劇のような場面の弾むような身体的感覚と、「人間が誰も見ていない風景、でもそこにある風景」がぽっかりと浮かんでくる静かな場面でしょうか。でもこの映画を観た人は、必ず作品のどこかに、自分の存在の記憶と親しくつながる場面を見つけることができると思います。『一万年、後…。』というタイトルだけはあります。時間というものの不思議な存在を、ほとんど生理的な快楽として感じ、考えることのできる映画です。
あとひと言付け加えるなら、この映画には「時間」というモチーフと並んで、「戦争」というモチーフがあります。ここから作品を解釈していっても面白いはずです。ラストは少し謎めいていて、いろいろ深読みできますが、ぼくには沖島監督が考える本来の時間の姿がここに現れているように思えます。そしてこのラストから「戦争」というモチーフをあらためて振り返ると──ストーリー上でも実際に関連しています──、またいろいろ考えさせられるのです。
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