2012年02月07日

歯の修理

昨日から歯医者さんに通ってます。
下の奥歯は子供の頃の虫歯の影響で前面被せてありました。
それがぶかぶか動き始めて食事のたびに歯茎に当たって痛かったのを我慢していたのですが、その我慢もかなりストレスになってきた。
諦めて歯科に行くと即刻切断して撤去。
残った歯のほとんどを削り取られてしまった。
そこからが現代の技術に驚いた。
まるで彫塑のように歯を復元していくのだ。
ぽっかり開いていた穴は見る見るバベルの塔のような土台が出来上がった。
後は型を取って被せるだけなのだけど、 歯根がかすかにでも残っているとこんなに復元できるのかと驚いた。
待つ間は型が出来るまで歯のクリーニングに通う。
歯石を久しぶりに取ってもらった。
新人の歯科衛生士さんはそっとそっとゆっくり静かにやってくれるのであまり痛くなかった。
だけど恐る恐るやっている彼女の気持ちが伝わって緊張しました。

無くなってしまった歯を思うと、子供の頃もっと歯磨きをまじめにして置けばよかったなあといまさら後悔する黒猫でした。

koube2.JPG
 
Posted by 黒猫 at 14:05  |Comments(4) | 健康

2012年02月06日

たくさんすることがあって焦ります

4月の娘の移動のための引越し日程が決まった。
娘のスケジュールは3月は中旬から横浜赤レンガ倉庫で卒業展覧会があり1週間は横浜。
終わるとと卒業式。
翌週から月末まで本社研修。
研修最後の日に神戸出発。
つまり月末の引越しは当然ながら無理、と言うことで引越しは前倒しの3月1日になった。
荷物を出すのは2月23日。もうすぐです。
先週礼金敷金と2ヶ月の家賃を払い込み、今朝契約書を投函。
鍵の受け渡しは3月1日。
家財を揃えるには一人で準備させられなくて着いていきます。

もう一件の準備することがある。
去年震災で流れた夫との退職旅行の手配です。
お互い行きたい所が西と東なので移動が多く今回もクリスマスマーケット同様ゲリラ旅行となりそうです。
それとそんなわがままなツアーはどこにもありません。
この10日ほど3社ほどに当たってコーディネーターと打ち合わせしていたのですが何とか希望に沿った飛行機とホテルが取れた会社があったので今朝、申し込みをした。
でもまだ夫がらみの旅行社から連絡が来ていないので土壇場でこの予定をひっくり替えされそうな予感がする。

私のやることはまだある。
確定申告。
夫の書類がまだ揃わない。

なんでもさっさと済ませてしまいたい私には待つと言うことが苦痛。
落ち着かない日々です。

sikuramen.jpg
種から3年かけて育てました。
こういうことなら気長に待てるんだけど。
 
Posted by 黒猫 at 14:30  |Comments(0) | 日記

2012年01月29日

扉の壊れた食器棚

ちょっと前の話になるのですが

クリスマスマーケットから帰国した私に夫が「びっくりしないでね」と言った。
何?私が日本にいない間にやばいことでもあったのかと思ったら
「これ」
tyoutugai4.JPG  tyoutugai.jpg

えっ?えっ!えぇ〜〜〜〜〜〜。
扉が外れてる。
みると真ん中の扉の上と下の蝶番が割れて真ん中のひとつでかろうじてくっついていた。
この食器棚の使用年数は23年。
一度扉の立て付けが悪くなり買ったお店で修理してもらったことがあったがその時の家具屋さんは廃業したのか建っていた場所にお店がもうない。
もう買い換えるしかないかと思ったとき引き出しに貼ってあるシールを思い出した。
それはこの食器棚の製品番号と全国家具工業連合会の電話番号があった。
しかし昔の電話番号は今は使えないので協会の名前をネットで探した。
ありましたありました。
そのHPには家具の修理をしてくれるところの紹介もありました。
年末だったにもかかわらずすぐに駆けつけてくれました。
ただ蝶番の形が独特だったので同じものは今はもう見つけられないとのこと。
同じようなタイプのものを探してそれの形にあわせて扉を削ってつけることになる。
そしてこの壊れた扉だけでなく同じように経年劣化した蝶番を使っている3枚とも同時に付け替えることになった。
この扉は3枚ともガラスから枠が外れかかっていたのでこの際建付け全体を直してもらうことになった。
23年も使っているとずれがかなり起こっていたのだ。
そして3枚の扉を取り外し持って行かれてしまった。

扉の無い食器棚は地震が来たら怖いけどいちいち扉を開け閉めしなくても片づけが出来るので意外に使いやすい。
そんな使い方にも1月半ですっかり慣れてしまった頃、修理が出来上がった。
職人さんが二人係で本体に取り付けてくれるとガラスにきっちりくっついた外枠は前のようにギシギシひっかること無く軽く開いたり閉じたり出来るようになりました。
また20年は使えそうです。
 
Posted by 黒猫 at 20:47  |Comments(2) | 日記

2012年01月21日

神戸行ってきました

娘の辞令を聞いてすぐ神戸行きを決断。
その週末には二人で神戸に行って部屋探しをしました。
地域の事情が良く判らないところに色々なうわさが私を悩ませました。
あまりに偏見的で気分のいいものではありませんが根強く残っているようです。
実際は違うはずだと思う気持ちとあまりにしつこく言われると本当に危ないところなのかと思う気持ちがごちゃ混ぜ状態。
気持ちがてんぱってしまい心配で眠れなくなりました。
たまたまシェルティでネットで知り合ったサムさんが住んでいるところが娘の会社に通う沿線だったので色々情報を提供してくださいました。
ポジティブなさむさんの判断は助かりました。
また夫の関係から紹介してもらった不動産屋さんの女性から治安の評価地図をいただいたことがとても参考になりました。
おかげさまで駅の入り口からすぐのマンションが決まりました。
駅の出入り口にはガードマンが2人も立っています。
駅周辺は商店街が広がりにぎやかで生活に困ることはありません。
思いのほか早く決まったので残った時間は神戸観光で過ごすことにしました。
泊ったのは元町だったので中華街がすぐ近くにあって春節祭でにぎわっていました。
ちょっと体調が優れなかったので外に出てはホテルに戻って休み休みの観光ですが中華料理も夜景も楽しめた夜でした。

koube1.JPG

koube3.JPG

koube5.JPG


koube4.JPG

黒い丸い物は黒タピオカです。
このデザートを食べたお店は工芸茶のお店で中国の茶道が楽しめました。
娘が離れていくのが寂しいのですがこれから神戸に行くことが多くなるかしら。
 
Posted by 黒猫 at 21:02  |Comments(2) | 日記

2012年01月14日

純粋培養の心配

娘が今年大学を卒業する。
郊外の里山の残るこの地に住み始めたころ娘はまだ幼稚園に行く前でした。
初めての親離れは幼稚園から、まだ指しゃぶりが直せずこっそりピアノの陰で指を吸う娘でした。
幼稚園から始まった家以外の生活は地元の小学校、中学校に進み交通手段をまったく使うことなくその環境は安全そのものでした。
高校もバスで3つ目の自転車で通える距離でこれもまったく交通機関を使いません。
18年間、住宅街の中の3km県内で育ちました。
思春期に繁華街のある町を通過せず都会の雑踏にもまれることなく過ごしたのに都会に憧れる衝動も起こらなかったようです。
さらに進んだ大学も東京都に属した山の中。
自宅からこれまた繁華街を通過することなく通うことが出来ました。
22歳までずーーーと自宅と学校の往復は健全そのものです。

就職が昨年の6月に決まり今年から初めて都会通勤をするのだなとちょっと心配していました。
ところがその心配は想像とは違った心配に変わってしまいました。
私も娘も通勤先はおおむね東京都内だと思っていたんです。
自宅通勤できると思っていたんです。

昨夜上ずった声で娘から電話がありました。
「お母さん、大変!勤務地が神戸だってメールが来た」

こうべ、コウベ、兵庫県?
あの平清盛の大河にいちゃもんつけた長のいる県?
震災があったところ?
だんだんと神戸という地名が頭の中でどんどん広がっていきます。
どこに住むの?社宅なかったよね。
親戚もいない。
一夜明けて私が不安いっぱいなのに気が付きました。
息子たちが家を出た時こんな不安な気持ちにならなかったのに・・・・・
正直に告白します心配です。

自分が散々親に心配かけたことようやく分りました。
 
Posted by 黒猫 at 10:06  |Comments(10) | 日記

2012年01月12日

2012落語はじめ

毎月最終週にTBSが主催し、国立劇場小劇場で開催されている落語研究会に足を運ぶようになって半年。
夫が徳島から帰ってきて一緒に落語を聞きに行くことが増ました。

寄席では演目をその日の客の雰囲気によってその場で決めるがここでは演目は決まっていています。
今夜の演目と出演者は
春風亭一之輔 初天神
柳家一琴 松山鏡
火炎太鼓 古今亭志ん橋
平林 柳家花録
雪の瀬川 柳家さん喬
でした。

春風亭一之輔さんの落語を聴くのは初めてでした。
3月に真打だそうで若手の上り調子の落語家のようです。
二十一人抜きの大抜擢とか。
新春にふさわしい初天神
入り方はいきなり父子が天神様の境内を歩くところから入りました。
飴屋、団子屋、凧屋と道筋は変わらないのですが親子の会話は大幅なアレンジでクスグリまくってました。
アップテンポでトス、スマッシュ トス、スマッシュのような親子の会話は受けていました。
が、なにか聴いていて落ち着かないんですよ。なぜでしょうね。
気に障ったのは下がり方でしょうか。
話が終わると軽く頭を下げたかと思うとさっと立ち上がり、あごを上に向けてすたすたすたと無表情で立ち去る姿が気に入りません。
せっかく暖めた席にスーーーと寒風が吹いた気持ちにさせました。

柳家一琴さんの噺では田舎者の口調がのんびりとゆったりと自然に聞こえていたかと思うと・・・すみません睡魔がやってきて気が付いたら終わりでした。

古今亭志ん橋さんの火炎太鼓はメリハリがなくだらだらと長い話が続きはっきり言うと退屈でした。
会場の中でも寝ていた人が多かった。

柳家花録さんで口直ししてさあ聴くぞという姿勢で挑んだのですがなにせ「平林」ですからね・・・なぜこんな噺を選んだのか・・・・(平林って寿限無のようなレベルの噺で前座さんがよく噺てます。)
まくらの飛行機の中の話も滑ってましたし、噺の内容も軽くてがっかり。
手抜きです。
なによーーー噺を聴きに来ているお客のことを考えてるのかなあ。

柳家さん喬さんの「雪の瀬川(下)」ははじめて聞いた噺でした。
円生が「松葉屋瀬川」の題で演っていた噺だそうでたぶん演じる人が少ないのでしょう。
上は聴いていないので年末にすでに収録されたのでしょう(体調が悪かったので年末この落語会に行っていない)
静かにとつとつと語る言葉からその風景が浮かび上がります。
落語というより一人芝居のような雰囲気に会場はシーーーーーーンと波ひとつ立たない水面のようでした。
前の4人で今夜来たことを半ば後悔していたのでこれだけで今日の落語会は充分だと夫が言ったのには私も同感でした。


 
Posted by 黒猫 at 10:01  |Comments(2) | 映画・落語・舞台

2012年01月10日

ゲリラ訪問

今日は何でお休みなの?
と朝から私はボケをかましていた。
「成人式だからだよ」と夫と娘に言われちまった。

大体1月15日を成人式ではなくしたところから私の成人式のカレンダーは狂ってしまった様な気がする。
やっぱり15日が成人式と思ったほうが気分的にすっきり収まるんだけど・・・・。
元旦は元旦、節分は節分、七夕は七夕と日本の記念の日は不動のものなのになんで成人式を移動式にしちゃったのか訳が分らぬ。

連休1日目、夫はゴルフ、私は三味線の稽古。
2日目はどこに行くこともなく家でだらだら。
3日目は夫を運転手にしてアウトレットにお買い物。
娘が社会人になってから着る服を買いにショッピングの日でした。
広いアウトレットモールを歩きすぎてくたびれたので夕食はその中で食べて帰りました。
家に帰ってティータイムをしていると電話が鳴った。
長男からでした。
「今近くに来てるんだけど飯ある?」
「え?今外食して帰ってきちゃった。何か作るよ」
「じゃあいいよ食べていくから」

1時間ほどしてお嫁さんとくーちゃん3人でやってきました。
お迎えしてすぐにっこりしたくーちゃんでしたが、今夜はどうしたことか家に入るなりギャン泣き。
どうしたのどうしたの?
激しく泣くくーちゃんにおろおろ。
いすに座らせるとさらに激しく腹の底から泣き叫ぶ。

ku9-2.JPG

おなかがすいたのかな?ちょっと待っててね。
大慌てで離乳食とみかんを絞ってジュースを作り食べさせた。
最初は泣きながら食べていたものの食べている間は涙も止まりほっと一安心。

ku9-1.JPG

これで大丈夫かなと思ったら甘かった。
再びギャン泣き。
次は必殺ママのおっぱいで笑顔に戻った。
だが今夜のくーちゃんは手ごわい。
何かの拍子でギャン泣きに逆戻り。
大人5人が入れ替わり立ち代りあやしても結局6番目のママの抱っこが一番。
やれやれ。
そうよねママが一番だよね。
滞在時間2時間のうち半分は泣き叫んだくーちゃんでした。
でもこれも赤ちゃんの居る生活の一部、来てくれただけで嬉しいです。
 
Posted by 黒猫 at 09:28  |Comments(6) | 日記

2012年01月08日

初稽古

syami.jpg2011年後半は病続きで新年も多少引きずっていますがこのまま弱りこまないように三味線の初稽古に行ってきました。
代々木上原まではちょっと遠いので内心びくびく。
1月も三味線に触ってないから五郎は忘却のかなたで不安いっぱい。

教室に入ると松の緑の稽古中で生徒は一人だけでした。
一応先生にはひと月練習してないことを伝えてあったので助手の先生に先に稽古をつけて貰いました。
いやーー細かなところはすっかり忘れてました。
「大丈夫ですよ大体覚えているから」と励ましてもらい一緒に稽古をするNさんが来たので初稽古が始まりました。

開口一番先生から「えー、今度3月10日に三味線の会をしますから開けといてね」
先生の会かしらと思って聞いていたら
「皆さんには全員で松の緑の前彈と桜桜を弾いて貰います。それからあなたたちは五郎、そして***大薩摩の譜面を後で渡しますから覚えて置いてください」
「えーーー?私たちが演奏するのですか?聞いていないよう」
「はい、今はじめて言いました」
ニコッ!
そんなにっこり言われても・・・・
「じゃあ松の緑弾いてみましょうか」
「えっえっ?もう暗譜したの忘れてます」
「大丈夫思い出すから、はいっ」

チチチンチンチンチンチチンツテン

ありゃりゃはじまっちゃった。
まったく忘れてるかと思ったら手が勝手に動くものです。
5・6割弾けたかも。
「ほらね、すぐ思い出しますから」
初稽古早々驚かされました。

さて五郎ですが大薩摩はまったく太刀打ちできません。
一つ一つのフレーズも覚えてないし音を塊で捉える必要があります。
長唄に入ってはさっき練習して思い出したので細かな忘れた箇所もありましたが何とか付いていくことができました。
このひと月体が辛くて三味線を出す気力が失せていたのに練習しなければとやる気が沸いてきました。

稽古が終わって立ち上がったとたん・・・
ふらっ!
息が苦しい頭がくらくらする。
へたへたっと座り込み。
脳貧血

よっぽど気を張り詰めて稽古してたようです。

 
Posted by 黒猫 at 21:25  |Comments(0) | 三味線

2012年01月02日

なんてシアワセなんだろう

120102_1809~03.jpg
息子たちが泊まった翌日はお嫁さんのご両親が挨拶に見えました。
娘がはじめて嫁ぎ先の実家に泊まりに行くので心配だったのかな?
まあ息子たちが居る時に来て頂いたので話題が途切れることがなくて良いですね。
だって両家にとって初孫のくーちゃんが居るんですもの。
すべて話題はくーちゃん中心です。
くーちゃんの一挙手一動に6人が反応します。
くーちゃんは満遍なくジジババ達に笑顔を向けていますが内心自分が一番好かれていたいのが本音。
お嫁さんのお母さんに抱かれているのを見ると、どんな笑顔なんだろうと気になります(^^ゞ
私以外の人に向ける笑顔を見ると微かなヤキモチの炎がポッと点るのですよ。

だから私が一番長く抱っこしていたかもしれません(爆)
いいよね、いいよね、だってーーー川越のほうには何日もお泊まりに行ってるから私よりたくさん抱っこしてるんだもの。

息子がお嫁さんのご両親を駅に送りに行く時は駅まで往復しても30分かからないから大丈夫だろうとくーちゃんを預かりました。
ちょっとだけ外につれて出ました。
公園で同じ月齢の赤ちゃん連れのご夫婦が声をかけてきました。
そういえば子犬の頃ロビンやリリーを散歩に連れて行くと同じペットを連れた人から話かけられたものですが、赤ちゃんにはこういうコミュニケーションを結びつけるものあるのですね。
抱っこして歩いているとあったかい。
くーちゃんのお目目がだんだんとろとろしてきました。
まぶたが開きそうになったり閉じたりしているまつげも可愛い。
そうするうちにすやすや眠ってしまいました。
腕の中で赤ちゃんが眠っていくときの感覚久しぶりに味わいました。
シアワセ♪

家に帰って寝かしつけた後1時間ほどして息子たちが帰ってきた。
久しぶりに二人になったので息子が子供の頃の思い出の場所(住んでいた社宅があったところ、幼稚園、小学校、中学校、遊んだ場所)をドライブして回っていたそうです。


夕食を食べて息子たちは帰っていった。
たった1泊でしたが短期間にものすごくエネルギーを使ったのでものすごい脱力感。
パソコンの前に座ったまま居眠りをしていた。
2日ですがもうこれでお正月が終わった気になってます。
 
Posted by 黒猫 at 15:41  |Comments(4) | 日記

2012年01月01日

赤ちゃんのいるお正月

お正月ですが次男も娘も4時頃まで寝正月だし、長男が来るのも3時過ぎるのでそれまでは初詣などを済ませ二人だけの正月を過ごした。

元日は長男がお嫁さんと孫のくーちゃんを連れて初めて泊まりに来る約束をしていました。
お嫁さんの実家には何度もくーちゃんを連れて帰ってるのでとっても羨ましかったのですがようやくうちにも赤ちゃんがやってきます。
私は歩行器を買ったりテーブル用のいすを買ったりしてくーちゃんのスペースを用意した。
6ヶ月なので離乳食のお野菜のマッシュやスープも作った。
夫は朝早くからまだ誰もいない和室を暖め始める始末それもハロゲンヒーターで・・・。
まだ早いというのを「くーちゃんが風邪をひくといけないから」と聞く耳持たず。
ハロゲンヒーターはやけどしたら怖いから片付けていたのに・・・
エアコンを使えばすぐに温まるからやめてと言うと今度は室温28度でがんがん暖め始める。
まだ10時だよ、早すぎるって・・・何度も和室に入ってストーブを消したりエアコンを消したり・・・まったく手がかかる。
4時近くになって長男一家がやってきた。
くーちゃんとは2月近く会っていなかったので人見知りで泣かれたらどうしようと心配したけど大丈夫でした。
話しかけると笑ってくれるし私が作った離乳食を怪獣のようにパクパク食べてくれました。
スプーンで次に運ぶまで待ちきれないのかアウーと叫ぶのでママは大慌てで口に運んでいきます。
ちょっとでも遅れるとお皿に向かって突進する勢いで皆が大笑い。
この食欲の強さは長男譲りのようです。
歩行器も気に入ったようで体をのけぞらせて何とか動こうとしますがうまく動かないと私に催促。
そこで押したり引いたりしてあげるとキャッキャキャッキャと大はしゃぎ。
くーちゃんと歩行器で遊んでいるとリリーがやきもちを焼いて大騒ぎ。
くーちゃんはりりーにも雷にもまったく動じず、どちらかというと襲い掛かる勢いでスキンシップ。
2匹は困った顔をしていましたが我慢してました。

ku8.JPG

家の中に赤ちゃんがいると家中が赤ちゃんを中心に明るい色に染まった気がしますね。
笑い声があふれるお正月です。
 
Posted by 黒猫 at 19:02  |Comments(2) | 日記

明けましておめでとうございます

kinnga.jpg
自分の連のイラストを描き始めた

今年は明るく楽しいことで満ち溢れた年であることを願ってスタート。
イエーイッ!!
今年もぼちぼちつぶやいたり叫んだりします。
よろしくお願いします。
 
Posted by 黒猫 at 00:47  |Comments(8) | 日記

2011年12月31日

今年もお世話になりました

IMG_4273.JPG

ばたばたばたばたーと、風邪も治らず大晦日になりました。
9月まで元気だったのになあ。
今年はどうしちゃったんだろうなあ。
来年になったら復活しよう。

今日嬉しいことがありました。
近所に住んでいた女の子(次男の同級生)がそのお姉ちゃんと1歳の子供を連れて10年ぶりにやって来ました。
辛い思いをいっぱいして悲しい別れをしたその子が大人になって、それもお母さんになった姿で笑顔で・・・。
嬉しかった。
大晦日に心が熱くなりました。

年賀状、今年も写真(阿波おどり )で作りました。
イラストを描かないのは本当に手抜きだと思ってます
さらに複数パターンで書き分けていた文章も省略しました。
年末に自分を追い込む無理をやめて、手を抜けるところは手を抜きました。
ただ1年に1回しか通信しない人も居るのにこれではいけないと思いつつエネルギー不足で申し訳ありません。
苦し紛れにシールを張っちゃった人もいてあれで良かったのかとちょっと後悔。

7時に夕食も終わりました。
ベルギーで食べたチコリとハムのグラタンを作ってみました。
ソーセージを焼いてドイツで買ったワインを開けて家族に私が体験した旅行の一部をおすそ分けです。
早々にストーブの前に座って今年は久しぶりに紅白を最初から終わりまで観れそうです。

健康で、平和で、安全な来年を迎えましょう。
良いお年を。




 
Posted by 黒猫 at 21:27  |Comments(0) | 日記

2011年12月28日

人形の家の大掃除

dollhouse2.JPG

仙台に住んでいた頃です。
何かのイベントだったと思うのですが勾当台公園の噴水広場のところで大工さんが建てた人形の家を売っていました。
会場をぐるぐる回っている間、見かけた3階建てのその家が心から離れません。
末の娘がまだ2歳代でシルバニアファミリーが流行っていた時代です。

当時社宅があったのは通町という戦争で焼け残った古い家が残りお寺がたくさん並んでいる界隈です。
江戸時代の建物がまだ残っていてその中に横田屋という古い日本家屋の絵本とおもちゃのお店がありました。
ウィンドウはいつもクリスマスのようでドイツ製の質のいいおもちゃと良書の絵本が置いてあり、大人だって夢膨らむお店で私は娘を連れてしょっちゅう行っていたのです。
そこに行くとミニチュアの家具やミニチュアの食器がありました。
陶器で作ったカップやお皿、木製のキッチンや食器棚、金属製のケーキ型、鍋類を見つけるとこつこつと買って溜め込んでいました。
ただ持っていなかったのがそれを収める家です。
仙台で住んでいたのは東北大震災のときにも倒れなかった古ぼけた社宅。
そこは床から忍び込んだ虫が這い回る畳、二階の人がお風呂を使うと床上水害になるお風呂場、きのこの生える洗面所。水道管もガス管もむき出しのとても平成時代の家とは思えない、暗くて古い社宅でした。

現実の世界で住むのはは老朽家屋ですが人形の家なら夢のような家がそこにあった。
それも大工さんが建てたしっかりした3階建ての家なのです。
それは出会いだったのだと思います。
娘も連れていたしどうやって持って帰ったかもう覚えていませんが、その大きな家は私のものになりました。

dollhouse1.JPG
年末は築20年のこの家も大掃除しなくては。


またまたおまけ
私の作ったクリスマスdollhouseを狙う雷
3-1.JPG
 
Posted by 黒猫 at 09:15  |Comments(2) | 日記

2011年12月27日

カラフルな色を楽しもう

病気で病院と家の往復しかしていないうちにクリスマスが終わっちゃいました。
なんだか損した気分です。
冬は色が少なくなるからクリスマスの時期の色合いは好きなのに日本では何にも見ずに年の暮れになっちゃう。

色といえば新しいクレヨンや色鉛筆の箱を開けたときわくわくしませんか?
色が音楽のように聞こえてきませんか?
最近ピンクやスカイブルーのものを良く買っています。
先日の旅行のときもピンクの手袋を買ったように最近きれいな色のものを買うようになったなあと思います。
学生のころアーミーカラーとかモスグリーンとかくすんだ色のものを着て帰省するので、祖母に「もっと女の子らしいきれいな服を買ってもらいなさい」と言われたものですが若いときはどんな色でもいいのです。
それが年をとってそんな色を着ていたら絶対NG。

昔真冬に日本を出て桜のころに日本に帰って上野の駅を出た時、道行く人々に色がないんです。「暗っ、日本の色ってこんなに黒っぽかった?」と改めて認識しました。
ヨーロッパのお年よりは赤やブルー、グリーンのきれいな色合いの服をどんどん着ていました。
日本ではヨーロッパの町でみたカラフルな色合いの服を着ている人はほとんど居ない上、髪の色が黒いものだから全体がが黒っぽく見えたのです。
唯一桜のピンクが春の華やかさをカバーしていました。

色彩学でも言われましたけど年をとるとくすんだ色は返って老けて見えるから明るい色目を選んだほうが良いのだそうです。
やっぱりきれいな色のものに手が伸びるようになったのは年のせいかしらね。

年と言えば己の手の甲を見てもこのごろ愕然とします。
昔はまっすぐ長く伸びた指だけが自慢だったのに今ではしわがいっぱいで同じ長さとは思えない。
そう言って嘆いていたら娘がクリスマスプレゼントにこれをくれました。
XmasP2.jpg

カタツムリのハンドクリーム(韓国製)です。
カタツムリ粘液抽出物成分が乾燥した肌へ保湿と再生力を与えるのだそうです。
それにしてもこのパッケージのカタツムリの色、ビビットです。
カタツムリが這った後につくあのぎらぎらした物質が成分かと思うと使うのには勇気が要りました。
成分もグロイけどビビットなカタツムリもちょっとグロイかな。

そう思うとクリスマスに「これが欲しい」と買ってもらったバッグも
XmasP1.jpg
かなーりビビットカラーでした。
高いバックじゃないのだけど色の魔法で気分はアップしそうでしょ。

 
Posted by 黒猫 at 00:28  |Comments(4) | 日記

2011年12月25日

クリスマスプレゼント

MerryXmas
毎年楽しみにしていたシアトルのお友達から頂いくご主人のサンタさんです。
加工して雷を抱っこしてもらいました。
お友達は神様に召されたので今年からサンタさんが届きません寂しいです。
ままちさん天国のXmasは綺麗ですか?
1228868906.jpg

今朝、夫の年賀状の投函にくっついて街に出た。
娘と息子と私へのXmasプレゼントを選ぶのは彼にとっては至難の業だそうで「着いて来てくれ」と言うのでくっついていった。

そういえばMr.ヨッヘンが言っていたなあ。
「Xmasプレゼントは欲しいものをあげるのが一番。」
だから1年中これが欲しいとアピールするのだとか。
ドイツの人たちは無駄なことが嫌いなので普段は買い物はしないのだそうです。
だから年に一度Xmasに思いっきり買いたいものを買うのだそうです。
だから一番欲しいものは1年中アピールすることが大事なのです。
とっても自慢げに見せた写真は彼のママがプレゼントしてくれた車でした。
それは5年分のプレゼントなんですって。
きっと5年間これが欲しいといったのでしょうね。

ママには何をプレゼントするのって聞いたら「お金」でした。
ママは5年間そのお金をためて買ってくれたのかしら?


夫の買い物は無事出来ました。
私が選んだのでたぶん的ははずしてないと思います。
夫も着いてきてくれて助かったと喜んでいました。


つぶやき
私の年賀状・・・まだ出来ていない。

郵便やさんが間違えたのか来年の年賀状が入っていた。
送った人には内緒にしておこう。

 
Posted by 黒猫 at 12:59  |Comments(0)

2011年12月24日

結婚して始めて

おまけの写真 マーケットにはたくさんのオーナメントが売られています
PC070115.jpg

年末もあとわずかです。
なかなか治らない体調にとうとう最終手段プレドニン投与になりました。
9月から何度となく使ってきているので不安ではありますが仕方がありません。
ちょっと呼吸が出来やすくなりました。

さすがに年末の雑用はもう私一人ではどうしようもないと夫も分かってきたようで、手伝うと言ってくれました。
やって欲しいことを言えというのです。


レンジフードの取り外しと取り付け。
私が汚れを取りやすいようにはずしたものをリビングに運んでもらい新聞の上に広げて貰いました。
台所の大掃除の手伝いなんて結婚して初めてしてくれました。

夫用の年賀状の表書き450枚。
 裏の印刷と書き込みするのは私ですが、表書きすら自分でやらなかったのでこれも結婚して初めてやったことです。

リリーのシャンプー。
 乾かしてトリミングするのは私ですが夫がシャンプーを手伝ったのは犬を飼い始めて始めてです。

家のことは一切何もしなかった夫がこれだけ手伝ったというのはかなり驚異的な変化です。
今年は無理だと諦めていた台所の油汚れを年内に取れてほっとしてます。

普通、世の男性はどの程度奥さんの手伝いってするのかなあ。

難を申せば3日くらいに分けて手伝って欲しかった。
1日に一気にやるので其れに伴って私の作業は一気に増え、夜には体力と気力とも精根尽き果てました。
そのせいだったのでしょうか夕ご飯の塩加減を間違えてかなり落ち込みました。
一口食べて生きる気力を失いそうでした。

娘がそんなに落ち込まなくても食べれるからと慰めてくれました。
 
Posted by 黒猫 at 12:45  |Comments(2) | ペット

2011年12月22日

忘れているわけではないのだが

おまけの写真 ドイツのお菓子IMGA0100.jpg

今日は冬至なのでかぼちゃを炊いて、ゆず湯で温まる。
師走になってもう22日も過ぎている現実に目を向けなければ。
あと9日で今年が終わるのになにをのんびり過ごしているのか。
いつもならやってることをまだやっていないなんて。

年賀状500枚が真っ白。
大掃除・・・・
リリーのシャンプー・・・・・
長男家族が泊まりに来るための部屋の準備・・・・・
全部手付かずです。

やばい状況・・・
とりあえず夫の420枚の裏面印刷だけ取り掛かろう。
夜は喘息で寝ると苦しいからとりあえず1時まで作業をした。
14日から長引く咳はいまだに収まる気配なし。
 
Posted by 黒猫 at 19:13  |Comments(4) | 日記

2011年12月21日

腰に命中

おまけの写真 アントワープ 留守番中の犬ジャーマンシェパード
手前に見える雑誌はSUSKE en WISKEという昔からベルギーで愛されている有名な漫画
120930.jpg

14日から始まった咳は治まる事を知らない暴れん坊でこれ以上続くとあばらが折れそうです。
なかなか治らない咳は鳥もちのようなねばい痰を気管支からはがそうと体が反応している。
喋ると咳が出て止まらなくなるのでお医者さんとは筆談です。
咳で会話にならないので電話が一番困ります。

上半身が突っ張って腹筋が痛い。
今朝起き上ろうとした時腹筋がかなり痛かったので一瞬力が抜けた。
その時咳が出て、ウィークポイントの腰に爆撃弾を発射。
不意打ちだった。
イテテテテ。
毎朝受ける気管拡張の注射を早めにすませ接骨院にも回った。


 
Posted by 黒猫 at 18:34  |Comments(0) | 健康

2011年12月20日

日本に帰って10日目 点滴生活再開

おまけの写真 アムステルダムのサンタさん120828.jpg

案の定風邪はうつりました。
14日から咳が発症し喘息発作を引き起こしてます。
咳がひどいので腹筋が痛いです。
昨日からまた点滴生活です。
ドイツの1週間ですっかり元気になっていたのは夢だった?
この10日間記憶を薄めないようにずーーーとパソコンで日記を書いていましたので気持ちはまだドイツにいる気分です。

一つ良いニュース。
肝臓の数値がガクーーーーンとさがって正常値の中間です。
γGTがわずかに高いけど、3ヶ月の間3桁あったのがドイツに居た、たった1週間でもとの状態に戻りました。
私の病気はストレスだったのかもしれません。
自由を手に入れると健康を取り戻すんだわ。
 
Posted by 黒猫 at 10:06  |Comments(2) | 日記

2011年12月11日

帰国したよ

おまけの写真 アムステルダムの馬車120825.jpg

フランクフルトを出発したのはドイツ時間の20:25でした。
成田に着くのは日付変更して翌日12月11日日本時間15:55。
機内で目が覚めたのはロシア上空だった。
腕時計の針を8時間進めた。

成田に着いてパスポートのチェックが終わると荷物を受け取り解散です。
ほとんど他のメンバーと個人情報の交換はしなかったので添乗員さんに挨拶を済ませるとぱらぱらと散らばっていった。
バイクバアバともご主人が出口で待っておられ現地解散。
私はエアポートバスなので切符を買いにカウンターに行くとすぐのバスは満席。
次の17:25まで45分も待つことになった。
12月11日はいつの間にか消えていく。
最寄の駅に着いたのは20時でした。
ここには夫が迎えに来てくれました。
ですがなんだか様子が変。
ものすごい咳をしています。
もう1週間咳が続いているというのです。
もしかしてマイコプラズマ?
頭をよぎったのは・・・・
私は感染しやすい体質なのでうつる

家に帰ると娘も咳をしている。
2人発症中なら確実にうつる

思わずのどのリンパを触った。
出発する4日前まで点滴だったというのにドイツで健康を取り戻してすっかり小さくなっていた。
マスクしなくっちゃ。

男たちへのお土産
 
Posted by 黒猫 at 09:32  |Comments(0) | 旅行