2010年01月29日

ホコリを食べて、、、、、

霞を食べて生きる、とは言いますが、まさかホコリを食べるとは!

27日の記事“太歳”にいただいたコメントの内容にびっくりしました。
粘菌を食べるというのですから。
http://musikui.exblog.jp/6015221/

付着していた草や木や実の風味のようなものが残っていて、香辛料のような役割をするのでしょうか。
粘菌の成分と言っても、ほとんど水分のような気がするのですが、子実体の段階では、歯ざわりがあるような、ある程度の固さのものになることもあるのでしょうか。
太歳が粘菌だとすれば、かなりしっかり固い粘菌というのもあるのかもしれません。。。

海外のページなどでは、食べる粘菌、caca de luna(月の糞)を
マンジュウホコリEnteridium lycoperdon
のこと、としているところが多いようです。

それにしても、以前、月の糞について書き込みましたが、こちらにもちょっとありましたが、ひょんなところで、また月の糞に出くわしました。
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2010年01月27日

太歳

年末に“大歳(おおどし)”について検索していて、太歳(たいさい・タイスイ)というのに行き当たりました。

太歳

実体は粘菌、という説があるとのことですが、
粘菌といえばこれも年末、テレビで見た“爆笑問題のニッポンの教養”の「単細胞は天才なのだ」

内容は、だいたい以下のリンク先のようなことでした。

迷路と粘菌(1)

迷路と粘菌(2)

粘菌の時間と記憶

迷路を解く粘菌から発展して、情報科学の難題“巡回セールスマン問題”などを解析する、粘菌コンピュータという構想まであるようです。

巡回セールスマン問題についてはWikipediaの説明では難しくて、何が何だかさっぱり分かりませんが、
こちらの例題をちょっとやってみて、
ページ内、リンク先の解説を読むと、“おぼろげながら”わかったような“つもり”になります。

↓こちらは
粘菌について諸々

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2010年01月22日

Curio shop

さてさて、そういうわけで   (どういうわけで?)
更新が滞っているわけですが  (どういうわけで?)

以前、F・ベアトが撮影した幕末の写真などにリンクをしましたが(あちらこちら)、
こんなものが↓
http://www.mr-hobby.com/vance/art/index3.html

なかなか良く出来ています。この完成度でこの価格。とくに“骨董店”はお買い得ですね。^_^
(2,000円前後で未塗装のキット出ないかしら。。。)

それにしても、“シリーズ化” とはっ。。。。。

魚屋と骨董店の写真は日本のサイトでは見つけられませんでしたが、ニューヨーク公立図書館のサイトにありました。(画像クリックで拡大)

魚屋

骨董店

各々ワンクリック拡大して閲覧出来るので、長崎大図書館サイトよりこちらの方が見易く手軽です。
http://digitalgallery.nypl.org/nypldigital/dgkeysearchresult.cfm?parent_id=137202&word=

Posted by ゆきうり at 22:02  |Comments(4)TrackBack(0) | インターネットから | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月13日

風のつよい日


th_pict1875.jpg




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2010年01月12日

海の


PICT1862


(Etching, Engraving, Roulette 156mm x 102mm)

このごろは、ブログ記事を書きかけで保存して、結局そのままになってしまうことが多くなりました。
いま数えてみると、下書きのまま保存してある記事が四十以上ありました。

過去記事を読み直しみると、推敲はしているつもりですが、やはり論旨のもうひとつはっきりしないものや、なんとなく生煮えな記事が多くて、すこし落ち込んでしまったわけです。

そんなわけで画像をアップしておきます。

スキャナーがなくなったので、電池蓋が壊れて蓋をガムテープで固定しているデジカメで撮りました。

プリンタもスキャナーもデジカメも壊れて、もう、ほんとうに至れり尽くせりです。
Posted by ゆきうり at 23:07  |Comments(0)TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月07日

虎頭柑


sho_shun.jpg


もう今年は、年賀状は出さないことにして、歳を越してからも、お屠蘇気分でぼんやりと遣り過ごしていましたが、ふと、みかんに虎班を描くというプランが浮かんで(後から考えると、どこかでこんなみかんを見かけたような気もします)、一晩で一気に、マジックで縞模様を描いて写真に撮って画像加工して印刷しました。

で、例のごとくちょっと検索してみますと、みかんの仲間で、どちらかと言えば橙や柚子に近い、虎頭柑(ことうかん、フゥートウガン)という柑橘類がありました。
主に台湾や中国の南部で栽培されているもので。柚子のような風味で結構酸っぱいようです。

虎頭の謂われはよく分かりませんが、このような写真を見ると
http://www.envi.org.tw/twtrees/book4/190.htm
(↑リンク切れ)

だいぶん大振りでゴツゴツしていて、厳つい立派な果実ということで虎頭なのかもしれません。

そう言えば虎頭蛇尾という言い方もありましたね。



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2009年12月31日

(つぶやき)

空の低いところに大き過ぎる月が出ているので

湯船の中で微睡んでしまいました

空の低いところに大き過ぎる月が出ているので

蕎麦湯には柚子が入りました

空の低いところに大き過ぎる月が出ていたので

みなさま どうぞ

良いお年を
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2009年12月27日

?号

12/26のつづき(の、ようなもの))

長谷川潔と航空ということで思い浮かぶ版画があって、

「ニューヨーク上空のポアン・ダンテロガシオン号」

渡仏してから10年後の1930年 、第1回「航空と美術」国際展(パリ)に出品して航空大臣1等賞を受賞し、二十部がフランス航空クラブの買上げとなった作品です。

ポアン・ダンテロガシオン(Point d'interrogation)というのは疑問符?のことだそうですが、この疑問符号は1930年9月、パリからニューヨークへの無着陸飛行に成功した機体で、実機はフランスの航空宇宙博物館に保存されています。

実機の画像と見比べてみると、版画はマーキングや機体の特徴などもよく捉えているようです。

「航空と美術」展に出品されたもうひとつの作品

アレクサンドル三世橋とフランスの飛行船

に描かれている飛行船は、気嚢(ガス袋)に段があるように見えるので、以前から少し気にはなっていたのですが、どうやらこの飛行船はこのような断面形が特徴的なアストラ社のAT-16かAT-18かもしれません。AT-16は第一次大戦後、パリの遊覧飛行に使用されていたようです。

 Astra-Torres ~ AT- 16“Transaerien VI” (1918)

 Astra-Torres ~ AT- 18(1919)

また、
長谷川潔の版画は、もしかすると↓このような絵葉書を元にしているのかもしれません。

エッフェル塔とアレクサンドル3世橋の絵葉書
http://www.3etoiles.jp/221_8645.html

ちなみにGoogleのストリートビューで見てみると、こんなでした。
(表示までに少し時間がかかることがあります。街路樹越しで見にくいですが、左の + ボタンで拡大してみてください)
Posted by ゆきうり at 20:35  |Comments(0)TrackBack(0) | インターネットから | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月26日

長谷川潔

バロン滋野(12/25)のつづき)

さて、どうして唐突にバロン滋野かと云いますと、銅版画家 長谷川潔の遺稿集『白昼に神を視る』を読み直していて、長谷川から弟の弘に宛てた書簡のなかに、滋野清武がちょこっと出て来たからです。

長谷川潔は1918年(大正7)に横浜を出航して、翌年フランスの土を踏んでいます。第一次大戦が終わってから間もない頃です。
到着後四ヶ月ぼどしてからの書簡の中で、パリ到着以来住まいの算段に苦労していて、滞仏中の邦人画家は皆、アパートやアトリエを借りることが出来ずにホテル住まいである、という消息を伝えたあとに、

“画家以外に就て云えば滋野(清武)氏はパンテオンの近くなる 7 Rue Toulliez のアパルトマンに居られ、”

という一節があります。

長谷川潔がフランスに着いたのが1919年4月、滋野清武が日本に帰り着いたのが1920年1月ですから、ふたりが親交を深めるほどの期間はなかったように思われます。

滋野清武は陸軍幼年学校を神経衰弱のため中退した後、しばらく静養の期間があって、このころ姉たちの英語の家庭教師として、滋野家に頻繁に出入りしていた山田耕筰と親しくなり、山田の勧めで東京音楽学校を受験しています。
音楽学校では山田の一年後輩に当たりますが、ふたりの間柄は親密だったようで、山田耕筰は後年、兄弟のように暮らして来た、と懐古しています。

一方長谷川潔は、渡仏前の時期、創作版画の手法を駆使して雑誌や書籍の挿画、装訂を精力的に行なったこともあって、文学者や画家、さらには舞踏家、音楽家などとも広く交流があり、山田耕筰もそのなかの一人だったようです。
当時を回想しているなかで

洋楽の世界にも魅せられて、ベルリン高等音楽学校で作曲を学んで帰朝した山田耕筰とも親しくなった。私より五歳年長のこの苦学力行の新進音楽家は、六人のヴァイオリニストを基本とする日本最初のフィルハーモニーを創設し、未来の国際的栄光への道を着々とひらきつつあった。フィルハーモニーの演奏会はもちろん、その練習所でのリハーサルにいたるまで、ひんぴんと私は聴きにでかけたが、山田はいつも作曲や指揮に関する興味津々たる話をきかせたり、またピアノを弾きながら名曲のモチーフについて蘊蓄をかたむけるというふうで、そのおかげで音楽と絵画の関係がおぼろげながらもだんだんとつかめてきた。
(前掲書「回想録」)

とあります。

長谷川の初期木版画に頻繁に現れるダンスや躍動するモチーフには、山田耕筰が試みていた舞踏詩の影響が見られる、と指摘する向きもあります。
またフランスへの渡航の途中、経由地のアメリカに2ヶ月間滞在した際にも、カーネギーホールで自作の交響詩を上演するなど活躍していた山田耕筰と、ニューヨークで毎日のように会って旧交をあたためていたようです。

山田から、バロン滋野の学生時代についてもいろいろ聞かされていたかもしれません。

あ、それから、
そう言えば三人には、それぞれフランス政府からレジオン・ド・ヌール勲章が授与されていますね。
滋野清武は1915年、長谷川潔は1935年、山田耕筰は1936年に。
Posted by ゆきうり at 20:40  |Comments(0)TrackBack(0) | インターネットから | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月25日

バロン滋野

バロン滋野とは、日本航空界のパイオニアの一人、滋野清武(しげのきよたけ 1882-1924)です。

Wikipediaが比較的詳しいので、
Wikipedia 滋野清武

補足をいくつか、

父親の滋野清彦男爵(長州出身で陸軍少将・名古屋鎮台司令官)
の写真がひょんなところにありました。
http://www.old-japan.co.uk/librarydetail.asp?id=1586

滋野清武は東京音楽学校を卒業後まもなく渡仏し、飛行技術習得と並行して鋼管骨格・羽布張りの軽飛行機「わか鳥号」を製作していますが、これはフランス人の飛行機製作家シャルル・ルーの援助を得ながら完成させたもので、万国飛行免状の試験には、この機体を駆って受験するなど、なかなか優秀な機体だったようです。

彼の地ではバロン滋野と呼ばれて、音楽家・飛行家の邦人貴族ということで、パリの社交界でも有名だったとのこと。

第一次大戦でフランス陸軍航空隊の義勇将校として従軍し、戦後1920年(大正9)に帰国してからは、端緒についたばかりの民間航空事業の普及に尽力して、航空路線開拓の上申を提出し、航空会社設立に向けて奔走しますが、事業規模が大きいことや法令が未整備であることなどを理由に、陸軍省航空局からの設立許可がなかなか下りず、その間にも中小の航空会社が各地に相次いで興り、結局滋野の計画は実現しないまま、1924年(大正13)に、志半ばて42年の生涯を終えています。

フランス陸軍航空隊のバロン滋野(右から二人目)
http://i263.photobucket.com/albums/ii133/DefaultSetting/captain_baron_kiyotake_shigeno_135.jpg

↓下の2点は軍籍簿か何か、そんなもののようです。ちょっと良くわかりませんが。
評伝『バロン滋野の生涯』や他の資料にも載っていないようなので

Shigeno-1

Shigeno-2
(↑右ページには、転属した部隊が記載してあるようです。)
(N.26とあるのが、エースパイロットで編成された精鋭部隊の“こうのとり飛行大隊(Escadrille des Cigognes)”)

(つづく)
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2009年12月24日

蜘蛛

(mixi日記 '06 12/10、 増補改訂版)
風呂に入っていてふと気づくと、湯舟の縁に、水滴にでも当たったのか、体幹が2ミリにも満たない小さな蜘蛛がひっくり返っていて、長過ぎて細過ぎる脚だけが、湯気にあおられてすこし揺れているようにも見えました。(fig.1)

kumofig1.jpg


体を洗おうと湯舟から出て支度をしていると、いつのまにか蜘蛛はゆっくり探りながら壁を登っていて、(fig.2)

kumofig2.jpg


おうい蜘蛛よ ぎくしやくと 馬鹿にあわててゐるぢやないか 
どこまでゆくんだ ずつと天井裏の方までゆくんか

体の石鹸を流しながら見ていると、しかしやはり足元が滑るのか、蜘蛛はやがて、するすると湯舟の縁へと落ちて、さらに縁から湯舟へとなだれて行って、あれよという間にお湯のうねりに身を任せてしまいました。
掬い出そうと近づけた手のひらを外れながら漂い、掌にするものの指の間から流れ落ち、(fig.3)

kumofig3.jpg


やっとのことで水から揚げて、湯船の縁に垂らしてみると、水滴の中で脚をひとつに束ねられて、小さな糸屑のようで、はたして蜘蛛なのかどうかも判然としません。(fig.4)

kumofig5.jpg


ひょうめんちょうりょくのじゅばく 表面張力の呪縛

下手にいじると脚がもげると思い、そのままにしておいて、風呂から上がるとティッシュペーパーを持って来て、蜘蛛を包んでいる水滴に角をそっと近付けていくと、水が吸い取られるやいなや、八つの脚がワンタッチ傘のようにあっという間にぴょこりんと開いて、せっせと動き出しました。(fig.5)

kumofig5.jpg

それから蜘蛛を、ティッシュペーパーに載せて運び、本棚の上へ放しました。
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2009年12月23日

(ひとりごと)のようなもの

Yahoo!ゲームの囲碁で対局していると、対局中にチャットができるようになってはいるものの、挨拶や会話は省いてどんどん打っているプレーヤーがほとんどなのですが、できるだけ最後の挨拶だけはするように心掛けていて、上級者と対局して終局後、ありがとうございました、とメッセージを送り、がんばりましたネ、と返信があったりすると、少し嬉しいです。

ePianoというオンラインでピアノが弾けるサイトがあり、パソコンのキーボードがキーボードになるのですが、夜が更けて、誰も聴いていないだろうと、適当にキーボートをいじっていると、いつのまにかアクセスしているユーザーがあり、パチパチと拍手を貰ったりすると、少し嬉しいです。

自作のメゾチントを時々、ブログに掲載していて、たまに褒めてもらたりすると、少し嬉しいです。

あ、これは、少しでなくかなりうれしいです。


ちなみに、囲碁・ピアノ・メゾチントには共通項があります。
さて、それは何でしょう。

(↓Commentsに答えが↓)





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2009年12月18日

虫めがねで

ブラタモリという番組、昨日は横浜の特集でしたが、中で横浜絵葉書が取り上げられていました。
明治の頃の横浜の風物を写した絵葉書で、これを虫めがね片手に見れば、いろいろなことが見えてくる、というわけで、行き交う人々の服装の様子や荒物屋の店頭に山と積まれたカンカン帽や往来の看板の文字などが映し出されていました。

で、またまた、ふと思い出したのですが(^_^;
横浜と写真と虫めがねで思い出したのですが、
11月18日の記事にある、生麦事件の現場を写した写真、ページ右下の“超高精細画像を見る”でご覧になってみてください。
開いたページの写真下欄メニューの + ボタンをクリックしてから写真内左下にいる人物を何度かクリック。
下欄メニューの手のひらツールでドラッグ移動できます。
(↓うまく閲覧できないときのために一応。クリックで拡大)

namamugi

手前に天秤棒の振り分け荷物が写っていて、この荷の主ではないかと思うのですが、「お、おぃ、ちょいと待っとくんなっ」とか「どっ、どうかご勘弁を」といった仕草をしているような気がして仕方ないのです。

異人がごそごそ何をしているのだろう、と近づいてみると、おもむろに三脚を据え、器械を載せてこちらを狙い出したので、慌てて荷を捨て後ずさりし。
といった場面を妄想してしまいました。

でも、じっさいは、カメラの前で見得を切っているだけなのかもしれませんが。


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2009年12月16日

今日の一語(4)

トイレの電灯が点かなくなってしまい、とりあえず、玄関で使っているコンセントに直差しのセンサー式常夜灯を持って来て、トイレに灯してみると、ナツメ球に照らされ、赤みを帯びた仄暗い室内が新鮮で、昔はこんな風だったのだなぁ提灯を提げて厠へ、と思ったところで、ふと、アリストテレスの提灯という言葉が浮かびました。

  アリストテレスの提灯

ウニ類の咀嚼器の呼び名で、これが生物学上の正式名称とのことです。
英語で Aristotle's lantern
http://hobbit.exblog.jp/10369021/

http://www.coldsplinters.com/2009/04/aristotles-lantern/

古代ギリシャのランタンに形が似ている、とアリストテレスが述べたことからこう呼ばれるそうですが、この似ているという、ギリシャの提灯というのは、一体どのようなものなのか知りたくて、いろいろ検索してみますが、なかなかわかりません。

こちらにそれらしきものが↓
http://echinoblog.blogspot.com/2008/11/true-meaning-of-aristotles-lantern.html

ずっと下へスクロールして、下から二番目の画像が、アリストテレスの時代のランタン。
透かし彫りの施された青銅や陶器、透けるほど薄手の皮革などで出来た外装容器は風除けで、中に石油ランプ(灯明)やろうそくなどの光源が仕組まれているようです。

ブログの記事によると、
ウニの咀嚼器について触れたアリストテレス『動物誌』の文脈では、ランタンが、咀嚼器を指したものなのか、ウニ全体について言及したものなのか、はっきりしないと述べていて、どうやら、咀嚼器自体をランタンに喩えたのではなく、ウニの殻と咀嚼器を、ランタンの外装と中の光源とに見立てたという可能性もあるようです。

ウニ全体が提灯と言われてみると、なるほど殻の中の咀嚼器の様子は、ちろちろと燃える炎のようにも見えてきます。

ウニの殻に電球を仕込んだ写真のようなランタンは、まさにアリストテレスの提灯、ということになるのかもしれません。
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2009年12月10日

古墳(2)

古墳(1)のつづき)

『古墳とかアレ(仮)』サイトの中で、いくつか印象に残った古墳を抜粋してみました。
(ページの下、コメント欄横にムービーカメラのアイコンがあるものは、クリックで動画が閲覧できます。)

命懸け(兵庫県加古川市 面向谷古墳)

物置(岡山県赤磐市 畑古墳)

史跡等無指定(岡山県備前市 片山塚古墳)

コントみたいなオチ(奈良 権現堂古墳)

天井石(岡山県総社市 鳶尾塚古墳)

名も無い古墳(岡山県岡山市)

佇まい-1(島根県鹿足郡吉賀町 抜月古墳)

佇まい-2(大阪府泉南郡岬町 西小山古墳)

佇まい -3(島根県奥出雲町 堂の前古墳)

梱包石棺(鳥取県岩美郡岩美町 小畑3号墳)

巨石(岡山県総社市 鳶尾塚古墳)

シャープ(奈良県天理市 赤土山古墳)

庭(福岡県上毛町 吉岡巨石塚古墳)

石碑(福井県若狭町丸山塚古墳)

尾根(滋賀県湖南市 園養山古墳群 169号墳)

アパートのお向かい(長野県飯田市 上溝天神塚古墳)

全てのページを閲覧できたわけではありませんので、まだまだ興味深いページがたくさんあると思われます。
また、何気ない古墳の佇まいにも、写真からはそれなりの風情が感じられますので、じっくりご覧になってみてください。

古墳への、肩のチカラを抜いたアプローチがとても新鮮に感じられるサイトです。

お近くの古墳をお探しでしたら、
↓全国の古墳を網羅した探墳ページ
http://www.jpn-hayashi.com/

メニューにある[古墳]クリックで開いたページ、左上の[地域]から選択。
東京タワーのお膝元、芝公園内にも古墳があるとは、知りませんでした。

↓こちらも圧倒的です。
http://kofun.fan.coocan.jp/

トップページの[一覧表]や下方の地図から、県名→市名と選んで、左フレーム古墳名の下の番号クリックで写真が表示、見学記の表記がある場合は、クリックで詳細表示。

Posted by ゆきうり at 23:28  |Comments(4)TrackBack(0) | インターネットから | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする