2005年03月08日

「火天の城」・・山本兼一

安土城について、今まで殆ど関心を持たずに来た。
今はもう すでに無いという事は、知っていたが、それも、「たぶんそうなんじゃないか。だって、見た記憶ないもん。」程度。

信長の野望とともにこの世に姿を現し、信長の滅亡とともにその姿を消してしまった安土城。

もちろんその目で確かめたことのあるものは、もうこの世にはいない。
当たり前だが、写真も無い。

が、南蛮の文化が流れ込み、わが国におけるキリスト教布教の最も盛んだった時代の建造物らしく、その姿は異型だったようだ。

岡部又衛門。
熱田神宮の宮大工だった彼が、今川との戦いを前に必勝祈願に訪れた信長と出会い、ともに野戦を駆け、のちに、安土城築城に生涯をささげることとなった。

又衛門の息子 以俊。
父の後姿を追う彼に、父はあくまで厳しく、あくまで冷徹であり続けた。
親の目から見た息子は、いつも頼りない。
褒めてもらったことのない息子は父を疎む・・・。
この物語は、築城の物語であるとともに、又衛門が、息子の以俊を一人前の城郭建築士に育て上げる物語であるのかもしれない。


そして、築城に関わる匠は、大工だけではなかった。

木曽檜(ひのき)は、川を流れて運ばれてくる。
岡部又衛門のめがねにかなった檜は、長さ八間太さ五尺。
その大檜は、二十里の川を旅することになる。
杣の大庄屋甚兵衛の命がけの仕事。その成果は、又兵衛の心を打つ。

石工頭、清兵衛。
安土城築城のため、山から石を掘り出していた時のこと。
少し赤みを帯びた巨大な石が掘り出された。

これを城の本丸入り口に据えよとの信長の言葉に、清兵衛は断固たる拒否の姿勢を貫いた。

「なぜ、試しもせず無理だという。」

「地に埋もれたる石は、熱く滾る御神火の化身にして、本性はきわめて猛々しいもの。動かせば5〜10人の死者が出ましょう。」

「もう良い。お前はどこにでも行け。頚だ。」

「お役に立てず、申し訳ありませぬ。」

「待て。気にくわぬ。こやつの首、刎ねても面白うない。やらぬと言うなら、嫁、せがれの首を刎ねるが、どうだ。」

「嫁とせがれの首でよければご随意に。あの石を動かすとなれば死者は数十では済みますまい。嫁とせがれ、喜んで命を差し出すはずにござりまする。」


く〜!!こういう話には、私はめっぽう弱い。
(しかし、石は・・・・。)

そして、南蛮人オルガンティーノ。
彼は故郷イタリアでは建築の勉強をしながらイエズス会に所属していた。
いつかジパングに行ってかの地で立派な教会堂が建てたい、その願いが叶い、摂津でセミナリオ建築の準備を進めていた。
その彼の元へ、又衛門の息子以俊が尋ねていった。

西洋建築の美しさに魅了された以俊は、父も感嘆する指図を書くことになる。


様々な事件や事故。金に糸目をつけない贅。
狩野永徳の襖絵。

安土の山ごと石垣で覆い、どっしりとした三重の城郭の上に八角の楼閣そして三重の天主閣。
赤い瓦、金箔の欄干。

信長みずから、足しげく通い築城の様を眺めたと言う。
現代の男が、「家」を建てる様子に似通うものがある。
あの壁は、もっと石を詰めて厚く・・
あの屋根はもっと・・・・と。

そうやって出来上がった城は、果たして、どのような出来栄えだったのだろうか。

今、再現の話が着々と進んでいるようだ。
発掘作業の進む現地は立ち入り禁止。

一時代の、贅を尽くせる限り尽くした、信長そのものとも思える安土城。

本能寺で謀反を果たした明智が、この安土城にやってきた時に感じた尻のすわりの悪さは、この城が信長と一心同体ですらあった事の証である。


本能寺の変の後、オルガンティーノと修道士たちは、安土城を見た。
「放漫」の権化に見えたというそれは、彼らにとって「悪趣味」でしかなかった。

織田信長がなりたかったのは、神ではなく悪魔ではないのか・・。

そうつぶやいた修道士たち。


とは言っても、後の世の我々にも一目見せて欲しかったと思わずにはいられない。

しかし、同時代に築かれた桃山城の行く末を考えると・・・

あの時代に、一瞬きらめいたことこそ安土城の美意識かもしれない。




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nanao > 積読してあるんですが、やはり興味をそそりますね。
新築の時でも、地中に埋まった大きい石がでてきたんですが、
このままのほうがいいでしょうということでそのまま基礎をしました。よかったです。
確かに第六天魔王といわれる(作品名は忘れました)信長は悪魔を
目指したのかもしれません。
一瞬のきらめき、だからこそというのはありますね。 (2005/03/09 12:07)
あしか > 実は、これを読んでnanaoさんは、これ、お好きじゃないかなあと思っていたところでした。やっぱりもう持っていらっしゃったんですね。結構内容書き出してしまっていてすみませんペコm(_ _;m)
私は歴史、好きな方なのですが、どうも戦国武将とあの時代に興味がなかったんです。時代小説の題材に事欠かない頃だし作品も多く興味を持てばそれこそ一生かかっても読みきれないほどあるんでしょうね・・・・。
安土城完成の折にはまた賑わうのでしょうか。nanaoさんの日記楽しみにしています。 (2005/03/09 12:28)
あさこ > あしかさん、こんにちは〜。お久しぶりです。ココさんのブログでニアミスしたようで!本プロではすっかり幽霊部員だったので、覚えていてくださってうれしかったです〜!! (2005/03/09 13:10)
あしか > あさこさ〜ん。寂しかったですよ、最近お目にかかれなくて。ブログを立ち上げていらっしゃったんですね。我が家の家族も最近それぞれブログを開設して盛り上がり中です。ココさんのブログで、“五條瑛ときてあさこさん。”思い出さないわけがない!ということで、私も久々お会いできて嬉しかったですヽ(*⌒∇⌒*)ノ::・'゜☆。.::・'゜★。.::・'゜☆。 (2005/03/09 14:16)



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