2008年08月12日

「切羽へ」・・井上荒野


きりはへ.jpg直木賞受賞作品
受賞後そう待たずに図書館から来たのは、候補に上がってすぐに図書館に予約を入れたからです。

導入から九州弁で、「あ、そうなの?」という感じ。
ぐいぐい読みすすむようなサスペンスタッチとかそういうのではないんだけれど、なんとなく惹き込まれる雰囲気はある。

直木賞?芥川賞じゃなくて?
と、つい思っちゃうくらい芥川賞っぽい。
純文学でしょこれ。
エンターテインメント作品ではないよ。

桜庭さんの「私の男」ってどっちでしたっけ?
今って、ほんと直木賞と芥川賞の境目がよくわからなくなってる気がするのは、巷でも言われてるが、ますますその度合いは強まってませんかね。

九州弁も、なかなか見事なんだけれど、最後の
「学校ば行ったら発表せんば」
これ、変。
九州弁の助詞の「ば」は、「を」の意味なんだから
「学校をいったら〜」になる。

「なっばしよるとね。おくれるとよ」
これも変。
「〜とよ」は、「〜なのよ」の意味なんですから。
「おくれるんですよ」って事になる。
「遅れますよ(急ぎなさい)」の意味なら
「とよ」は、おかしいんだよねえ。

前編通して100%OKなのに、ラスト1ページにこういう事書くのってどういうことなんですかね。
不思議。


内容です。

もともと島の生まれのセイは、絵描きの夫と生まれ故郷に戻ってきて小学校の養護教諭として暮らしている。
父がやっていた診療所は今は夫のアトリエ。
いわゆるシモネタ(っていうのはどうかなとは思うけれど)なんだけど、九州弁で語られるその切り口が、審査員には新しかったか。

申し分ない夫。
その夫に愛情を100%恋心も100%捧げてるにも関わらず、転任してきた男、石和にどこがどうというわけでもなく妙な惹かれかたをしてしまうセイ。
そして、「これ以上先には進めません」そういう暗喩をこめて切羽へ。
この切羽と言う言葉の美しさに惹かれて作者はこれを書いたんじゃないかと思ってみましたが・・。


一方、夫はそれをなんとなく感じているんだと思う。

口には一切出さずに。

そのニュアンスの理解はなかなか難しいし、セイの気持ちって、かなり微妙なもの。

夫婦というつながり 男と女として
人間の心 男心 女心

石和の心 月江の気持ち 本土さん 本土さんの奥さん

人間の心理の達観度としては上級者に向けたストーリーである。 と、そう思う。

今、画像UPしようとして気付いたんだけど、これって帯に書かれてる文は、内容の補足じゃないのかな。

最近はこうやって読ませるのね、となんだか妙な納得をした。

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