2010年06月26日
「東福門院和子の涙」・・宮尾登美子
「天章院篤姫」の宮尾さん。
篤姫が幕末が舞台であったのに対し、これは徳川の初期の時代。
篤姫の時代に、和宮が皇武合体政策として江戸城にやってきたが、この和子(まさこ)さんは逆。
二代将軍の秀忠の娘、三代将軍家光の末の妹で、後水尾天皇に嫁いだお方。
このあたりの時代の話に限らないけれど、歴史上の登場人物って表舞台に出てくる人々がまあだいたい全てであると思い込みがちで、秀忠は家康の三男であった事すら、私は知りませんでございました!
それ以外にも知らなかったことオンパレードで、いかに私の歴史的知識が、受験仕様のあっさりしたものであるかが露見する。
(なんだけど、こういうのって、色々知ってると言いたくなって、挙句に子どもたちはその話の中の何が重要だったかわからなくなりがちなので、知ってても言わないことは重要なことだったりして・・というのも、いろんな歴史好きの講師がいろいろと授業中にのたまわると、大抵の場合聞いてきた子は、試験に出ないところばっかり覚えてくる)
あんまり歴史小説、読まないからな・・・。
というのはさておいて。
家康の正妻として名高い築山殿が産んだ長男信康は、信長から切腹させられ、妻も子も亡くしている。
壮絶!戦国の世!
その後、側室お万の方に次男、結城秀康
そして秀忠(二代将軍)、忠吉 信吉、忠輝、幼くして死んだ二人の男児。
その後、御三家を建てた義直、信頼、頼房・・・・
で、その中で三男であった秀忠を後継ぎにしたというのは、先見の目以上のものがあるような気がする。
秀忠の愛妻ぶりはよく知られていて、秀吉の側室の茶々(淀君)の末の妹のお江与なんだけれども、このお江与さんは、まあ、たっくさん産んでる。
茶々さんたち三姉妹は信長の姪っ子でお市の方の娘、お市に横恋慕してたらしい助平じじいの秀吉が、三人とも側室にと望んでいたのを、姉の茶々が自分ひとりでその毒牙を食い止めようと、側室に上がったと言われているという。
このあたりの「欲しいもんは欲しいんだもんね」的な秀吉の性向は、「利休にたずねよ」を読んでると、信憑性を感じちゃうわけです。
側室を持たなかった(ほんとは一人子どもがいた)と言われる秀忠にあって、お江与さんは一人でいっぱ〜い産んだ。
お江与さんは、戦国の姫君そのもの。それまでにバツ2で秀忠に嫁いできたんだけど、その間に本当は子どもも産んでたんじゃないかと言われてるけれど、本人は頑として言わなかったらしい。
女の子をたくさん産んだ後に、竹千代(家光)、国松、そしてその後もいっぱい産んで、この和子様となる。
武家の家は男の子を望まれるかと思うけれど、言ってみれば、男児は、後継ぎ一人でよくて、(とはいっても、昔はなんんだかよくわからないままあっさり死んじゃうから、控え的な意味で必要はあっただろうけれど)、どっちかというと、女の子をいっぱい産んだ方が、あっちにこっちに親戚付き合いできて良かったらしい。
とまあ、文庫にして500ページ以上の厚さの本にあって、まだまだここまででも十分の一の50ページにも満たない内容。
というわけで、もうじっくり読もうと思ったら、時間かかるったらありゃしない。
しかも、ちょっと文語調で、ひらがな多め。
ゆき という和子さんのお付きの人の語り口。
布団の中でしか読書しない私は、ちょっと読んだらうとうと寝てしまうと言うのを繰り返し。
一週間はゆうにかかった。
本筋に入るのは、四章目から。
この時代、まだまだ京のプライドは健在で、っていうか、幕末だって相当そうだったんだから、当り前。
なにかにつけても、武士の出という身分は生涯乗り越えることはなかった。
なかで、興味深かったのは、家康があの藤原氏みたいに、皇室の外戚としての権威を狙ってたというくだり。
今更そんなのどうだって良かったんじゃないの?
と、のちの世から歴史を眺める私にはおもえるんだけれども、
やはり、万世一系の天皇というのは、日本の国においてゆるぎないものがあるのね。
お金なんか全然なくてもね。
当時、金と権力において圧倒的に勝っていた徳川が、天皇家に対して「禁中並びに公家諸法度」とか押し付けてた時代。
その天皇家の側が、その相手方の娘である和子に対していい顔が出来るはずがない。
としても、和子さんは柔和で美しく、いつも微笑みを絶やさなかったそのいで立ちに、後水尾天皇は寵愛を以て示したという。
しかし、その京の底意地の悪い陰謀に翻弄され、次第に遠のいていく・・・。
結局。この題名。
幸せなんだか不幸なんだか、よくわからない不運なお嫁さんと言う和子さんでした。
篤姫が幕末が舞台であったのに対し、これは徳川の初期の時代。
篤姫の時代に、和宮が皇武合体政策として江戸城にやってきたが、この和子(まさこ)さんは逆。
二代将軍の秀忠の娘、三代将軍家光の末の妹で、後水尾天皇に嫁いだお方。
このあたりの時代の話に限らないけれど、歴史上の登場人物って表舞台に出てくる人々がまあだいたい全てであると思い込みがちで、秀忠は家康の三男であった事すら、私は知りませんでございました!
それ以外にも知らなかったことオンパレードで、いかに私の歴史的知識が、受験仕様のあっさりしたものであるかが露見する。
(なんだけど、こういうのって、色々知ってると言いたくなって、挙句に子どもたちはその話の中の何が重要だったかわからなくなりがちなので、知ってても言わないことは重要なことだったりして・・というのも、いろんな歴史好きの講師がいろいろと授業中にのたまわると、大抵の場合聞いてきた子は、試験に出ないところばっかり覚えてくる)
あんまり歴史小説、読まないからな・・・。
というのはさておいて。
家康の正妻として名高い築山殿が産んだ長男信康は、信長から切腹させられ、妻も子も亡くしている。
壮絶!戦国の世!
その後、側室お万の方に次男、結城秀康
そして秀忠(二代将軍)、忠吉 信吉、忠輝、幼くして死んだ二人の男児。
その後、御三家を建てた義直、信頼、頼房・・・・
で、その中で三男であった秀忠を後継ぎにしたというのは、先見の目以上のものがあるような気がする。
秀忠の愛妻ぶりはよく知られていて、秀吉の側室の茶々(淀君)の末の妹のお江与なんだけれども、このお江与さんは、まあ、たっくさん産んでる。
茶々さんたち三姉妹は信長の姪っ子でお市の方の娘、お市に横恋慕してたらしい助平じじいの秀吉が、三人とも側室にと望んでいたのを、姉の茶々が自分ひとりでその毒牙を食い止めようと、側室に上がったと言われているという。
このあたりの「欲しいもんは欲しいんだもんね」的な秀吉の性向は、「利休にたずねよ」を読んでると、信憑性を感じちゃうわけです。
側室を持たなかった(ほんとは一人子どもがいた)と言われる秀忠にあって、お江与さんは一人でいっぱ〜い産んだ。
お江与さんは、戦国の姫君そのもの。それまでにバツ2で秀忠に嫁いできたんだけど、その間に本当は子どもも産んでたんじゃないかと言われてるけれど、本人は頑として言わなかったらしい。
女の子をたくさん産んだ後に、竹千代(家光)、国松、そしてその後もいっぱい産んで、この和子様となる。
武家の家は男の子を望まれるかと思うけれど、言ってみれば、男児は、後継ぎ一人でよくて、(とはいっても、昔はなんんだかよくわからないままあっさり死んじゃうから、控え的な意味で必要はあっただろうけれど)、どっちかというと、女の子をいっぱい産んだ方が、あっちにこっちに親戚付き合いできて良かったらしい。
とまあ、文庫にして500ページ以上の厚さの本にあって、まだまだここまででも十分の一の50ページにも満たない内容。
というわけで、もうじっくり読もうと思ったら、時間かかるったらありゃしない。
しかも、ちょっと文語調で、ひらがな多め。
ゆき という和子さんのお付きの人の語り口。
布団の中でしか読書しない私は、ちょっと読んだらうとうと寝てしまうと言うのを繰り返し。
一週間はゆうにかかった。
本筋に入るのは、四章目から。
この時代、まだまだ京のプライドは健在で、っていうか、幕末だって相当そうだったんだから、当り前。
なにかにつけても、武士の出という身分は生涯乗り越えることはなかった。
なかで、興味深かったのは、家康があの藤原氏みたいに、皇室の外戚としての権威を狙ってたというくだり。
今更そんなのどうだって良かったんじゃないの?
と、のちの世から歴史を眺める私にはおもえるんだけれども、
やはり、万世一系の天皇というのは、日本の国においてゆるぎないものがあるのね。
お金なんか全然なくてもね。
当時、金と権力において圧倒的に勝っていた徳川が、天皇家に対して「禁中並びに公家諸法度」とか押し付けてた時代。
その天皇家の側が、その相手方の娘である和子に対していい顔が出来るはずがない。
としても、和子さんは柔和で美しく、いつも微笑みを絶やさなかったそのいで立ちに、後水尾天皇は寵愛を以て示したという。
しかし、その京の底意地の悪い陰謀に翻弄され、次第に遠のいていく・・・。
結局。この題名。
幸せなんだか不幸なんだか、よくわからない不運なお嫁さんと言う和子さんでした。
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この記事へのコメント
最近歴史物からはほとんど足を洗った感がある私ですが、二十歳前後の頃は戦国時代と幕末にはまっていました。
当時は戦国武将たちは知り合いのように感じていたものです。
ただその頃はやはり男性達のことが主流で、私が親しみを持ったのはお江与さんまでで、娘さんのことまでは目が行きませんでした。
徳川家やその家臣についてはかなり知っていたので、結婚3年目にして岡崎市に引っ越せた時は嬉しかったです。ここから江戸の歴史が始まったのだからと思って。
当時は戦国武将たちは知り合いのように感じていたものです。
ただその頃はやはり男性達のことが主流で、私が親しみを持ったのはお江与さんまでで、娘さんのことまでは目が行きませんでした。
徳川家やその家臣についてはかなり知っていたので、結婚3年目にして岡崎市に引っ越せた時は嬉しかったです。ここから江戸の歴史が始まったのだからと思って。
Posted by ときわ at 2010年07月01日 16:36
私は、戦国時代の武将の話があんまり好きじゃなかったらしく、宮本武蔵も佐々木さんも含めてあの時代のは、あまり読んでないんですよね。
風林火山系の時代もあまり好き好んで読んでなくて、上っ面の話しか知らないです。
幕末ものも、本プロで読むようになった程度で、これも通り一遍の知識程度。
どっちかというと、歴史ものだと、太平洋戦争期のような近代のほうに興味があったみたい。
で、この人の話。
全然知らなかったです。
お江与さんなんて、家光と国松しか産んでないのかもくらいに思ってた気がしますよ。
ここに書きだした以外にも、春日さんの話やら家康の側室たちの話やら盛りだくさんで、かなり楽しみました。
めずらしくこれは図書館のじゃなくて、古本屋で買い求めたものなので、手元に置いておけるのもまた嬉しいです。
たまたま時間つぶせそうな感じだったから買っただけだったんですけどね。良かったです。
風林火山系の時代もあまり好き好んで読んでなくて、上っ面の話しか知らないです。
幕末ものも、本プロで読むようになった程度で、これも通り一遍の知識程度。
どっちかというと、歴史ものだと、太平洋戦争期のような近代のほうに興味があったみたい。
で、この人の話。
全然知らなかったです。
お江与さんなんて、家光と国松しか産んでないのかもくらいに思ってた気がしますよ。
ここに書きだした以外にも、春日さんの話やら家康の側室たちの話やら盛りだくさんで、かなり楽しみました。
めずらしくこれは図書館のじゃなくて、古本屋で買い求めたものなので、手元に置いておけるのもまた嬉しいです。
たまたま時間つぶせそうな感じだったから買っただけだったんですけどね。良かったです。
Posted by あしか at 2010年07月02日 22:37
歴史マニア(今で言うなら歴女か?)の私ですが、この人のことはあんまりよく知らなかったです。
帝に嫁いだものの、かなりつらい目にあった・・・くらいしか。
お江与は大河ドラマの主人公になるので、和子さんも出てきますかね。
このへんをどういうふうに描くのか、楽しみです。
帝に嫁いだものの、かなりつらい目にあった・・・くらいしか。
お江与は大河ドラマの主人公になるので、和子さんも出てきますかね。
このへんをどういうふうに描くのか、楽しみです。
Posted by まゆ at 2010年07月04日 11:19
まゆさん。
そうですよね、歴女です。まちがいなく♪
2011年の大河がお江与さんだったとは、今初めて知りました。
上野樹理なんですって?
お市の方が鈴木保奈美、茶々が宮沢りえだそうでした。
ふううううん。
どうも大河が続けて見てられない私なのできっとまた見逃がすことでしょうが・・・そうでしたか・・。
この本の大半は、実はお江与さんの話なんです。
脚本の田淵さんのオリジナルだそうなので、きっとこれも資料になってるのかなとか、思いました。
全然知らずに読んじゃった・・・。
でも相当、知識欲の満たされるおもしろい本でしたよ。
そうですよね、歴女です。まちがいなく♪
2011年の大河がお江与さんだったとは、今初めて知りました。
上野樹理なんですって?
お市の方が鈴木保奈美、茶々が宮沢りえだそうでした。
ふううううん。
どうも大河が続けて見てられない私なのできっとまた見逃がすことでしょうが・・・そうでしたか・・。
この本の大半は、実はお江与さんの話なんです。
脚本の田淵さんのオリジナルだそうなので、きっとこれも資料になってるのかなとか、思いました。
全然知らずに読んじゃった・・・。
でも相当、知識欲の満たされるおもしろい本でしたよ。
Posted by あしか at 2010年07月04日 13:58

