2007年03月26日

絵画の庭〜ジェーン・グレイの処刑〜


Execution de Jane Grey.jpg「ジェーン・グレイの処刑」(1834年)
ポール・ドラローシュ/ロンドン・ナショナル・ギャラリー



巨大なライオンの石像が見下ろすトラファルガー・スクウェア(ライオンなのにトラ(^_^;)あれ、違うか)の前に威風堂々と佇むナショナル・ギャラリー。そこは、二千点のコレクションを有する英国屈指の絵画の殿堂。
その作品群の質・量に圧倒されるだけでなく、それらが惜しげもなく内外の人々に無料で公開されているところに大英帝国の懐の深さを感じさせられます。
その国の大きさというのは、国土の広さでも、国力の豊かさでもなく、こういうところにあるのだと私に教えてくれたのでした。

名画傑作がズラリと陳列されている中で、最も圧倒されたのがこの作品。
わずか16才で処刑された悲劇の女王ジェーン・グレイ。
2.5m×2.9mという画面の大きさもさることながら、緻密に描かれた人物描写に圧倒されます。
若くなめらかな白い肌の女王が目隠しをされ、司祭に支えられながら、断頭台に身をかがめる瞬間。処刑のために、流れるような黄金の髪は束ねられ、白い首筋が露わになっています。若い女王の血の通った肌が美しすぎて、かえって悲劇的で痛ましい。
「これは絵だ」とわかってはいるのに、思わず手を伸ばして彼女の腕をつかんで、絵から引っ張り出したい衝動に何度も駆られました。
女王の白いサテンのドレスはまるで花嫁衣裳のようで、女王が「白」(潔白、無実)であることを証しているかのようです。
実際、女王は処刑の前年に結婚したばかり。左手の薬指には、まだ新しい結婚指輪が光っています。
傍らでは、侍女が女王の脱いだマントと宝石を膝にのせたまま、嘆きのあまり失神。その後ろで、もう一人の侍女が柱に手をついて嘆いています。やや芝居がかったポーズではありますが、それ程、女王の死を悼む者ばかりであることを伝えています。
女王の顔を覗き込み、そっと手を添える司祭ですら、まるで優しく娘を送り出す父親のよう。斧を持って佇む死刑執行人までも、無言の同情をこの若き女王に寄せているのがわかります。
床には黒い布が敷かれ、断頭台の下には血を吸い取るための藁が敷かれています。処刑後を想像させる道具仕立てが、処刑の悲劇性を一層強めています。
周囲の嘆きと憐れみの中、もっとも表情が見えないのが、目隠しをされた女王本人ですが、抵抗したり恐れおののく様子もなく、黙して殉ずる姿に、かえって胸打たれます。
歴史に翻弄された若い女王の悲劇。絵から伝わる生々しいほどの迫力に、その前から我が身を引き離すのがしばしできないほどでした。

ヘンリー7世の曾孫であったジェーン・グレイは、エドワード6世の死後、ノーサンバーランド公(ジェーンの夫ギルフォードの父)の策略により王位継承者として女王に祭り上げられますが、ノーサンバーランド公の陰謀に反対した議会は、ジェーンの王位を否定、ヘンリー8世の長女メアリーこそ正当な女王とします。女王として即位することを発表したメアリーは挙兵し、即位後わずか9日間でジェーンは廃位に追い込まれ、一転して囚人としてロンドン塔に幽閉されてしまいます。
その時点ではまだ、メアリーはジェーンを処刑するまでにいたりませんでしたが、メアリーがスペインのフェリペと結婚することになると、それに反発した国民が反乱を起こします。その反乱に関与していたのが、ジェーンの父ヘンリー・グレイでした。
メアリーはそれでも、ジェーンがカトリックに改宗すれば命を助けようと言いますが、ジェーンは改宗を拒否、処刑を受け入れます。
ジェーンを処刑し、女王となったメアリーはフェリペと結婚し、プロテスタントの弾圧に乗り出します。多くのプロテスタントを虐殺したメアリーは後に“Bloody Mary”(血まみれのメアリー)(カクテルの名前にもありますね)と呼ばれるようになりました。
王位をかけた争いは、根底にはカトリックとプロテスタントの争いという問題もあったのですね。

イギリスの歴史を扱ったこの作品を描いたポール・ドラローシュはフランス人(^_^;)。
ダヴィッドの流れを汲むグロの弟子であったドラローシュは、1831年、「エドワードの息子たち」というイギリスの歴史画をサロンに出品し、翌年アカデミー会員となります。さらに、その翌年にはエコール・デ・ボザールの教授となり、続く年にサロンに出品したのがこの「ジェーン・グレイの処刑」でした。
当時、フランス画壇は新古典主義に対抗するようにロマン主義が台頭してきた時代。
古代ギリシャ・ローマ芸術の完成された理想美の世界を手本とする新古典主義に対して、理想化されない真の姿を描き出そうとしたのがロマン主義でした。
その点において、ドラローシュの歴史画は、古代ギリシャ・ローマに題材を求めるのではなく、伝説化されない史実を描き出すという点でロマン主義的でした。主題はロマン主義的でも、様式は新古典主義を汲んでいると言われるドラローシュは、新古典主義からロマン主義への過渡期にあって、それゆえ「中庸派の画家」と呼ばれています。


The meeting of artists.jpg実物を見たことはないのですが、ドラローシュの作品で、生で見てみたい作品があります。
エコール・デ・ボザールの半円形講堂に描かれた「大芸術家たちの集い」(1837−1841)という壁画です。
4m×25mという大画面の中に、時代も国も異にする芸術家たち―ラファエロ、ミケランジェロ、ダ・ヴィンチ、フラ・アンジェリコ、カラヴァッジョ、ギベルティ、コレッジョ、プッサン、ロラン、ライスダール、ムリーリョ、ティツィアーノ、レンブラントなど―総勢50人も描かれています。これら時代も国も異なる芸術家たちを描くに当たって、ドラローシュは、自画像が残っていればそれを参考にし、あるいはヴァザーリの「芸術家列伝」の木版挿絵を参照するなどして、徹底した時代考証と精緻な写実描写で描いたそうです。
まさに絵で見る「芸術家列伝」です。
まぁ、壁画なので、日本に来日することもないし、この先、私が行く機会もないので、生で見ることはないでしょう。
でも、「ジェーン・グレイの処刑」を生で見られたので、それで十分かな(^^)


Posted by imamura_histuji at 22:48  |Comments(4)TrackBack(0) | 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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この記事へのコメント
こんにちは。
はじめまして。

私はこの間修学旅行でこの絵を見ました。
ロンドンのナショナルギャラリーで、友達とあてもなく館内を回っていたときのことです。
私も友達もそのお姫様(ということだけはわかったのです)の白く透き通ったまるでいきているような様子と絵の迫力に思わず立ち止まって見入ってしまいました。
そのすぐあとにジェーン・グレイは息をひきとってしまうなんて信じられませんでした。
絵自体も古く、ジェーンが処刑されたのはもっと前なのに、現代にずっとそのシーンだけを再現し、とどめているようでした。

ロンドン塔にも行きました。アン・ブーリンやエリザベス一世、ジェーン・グレイなどが400年も前にあの場所に実際にいたのかと思うととても不思議な気持ちになります。

日本へ帰ってきてまた見たいと思っていたけれどタイトルを覚えていませんでした。しかも当初はメアリーだと思っていたのです。
ですが歴史書でメアリーではないとわかりました。
そして画像検索でここへとんできたのです。
あなたがこの絵をとりあげていてくれてよかった。感謝いたします。
Posted by 白薔薇 at 2009年11月30日 22:43
白薔薇さん、はじめまして。

白薔薇さんは、修学旅行でナショナルギャラリーに行かれたんですね。リッチな修学旅行ですね〜(驚)

>白く透き通ったまるでいきているような様子と絵の迫力に思わず立ち止まって見入ってしまいました。
ホントにそうですね。私もそうでした。
白い肌のジェーンが美しすぎて、それが痛ましすぎて・・・。
本文にも書きましたが、絵だとわかっているのに、彼女をそこから引っ張り出したい衝動に何度も駆られました。
とても衝撃的な作品でした。

ロンドン塔にも行かれたんですね。私は、ちょっとコワくて行けませんでした(^_^;)
『ワールド・ミステリツアー ロンドン編』『同じく イギリス編』という本に、ロンドン塔のミステリーが載っていますヨ(^^)

>そして画像検索でここへとんできたのです。
タイトルがわからなくても、画像検索で調べられるんですね。
私も、調べたい画像があるので勉強になりました。
こちらこそ、過去ログを探しあてて、読みにきてくださって感謝です。ありがとうございました!
Posted by ひつじ at 2009年12月01日 19:45
はじめまして。こんにちは。私も修学旅行でイギリスに行きました。ナショナルギャラリーや油絵、またイギリスの歴史などにほとんど無知でしたが、ゴッホのひまわりなど沢山の絵がある中で、私はこの絵に強く惹かれ立ち止まりました。その時の感情は、実に悲しいものでした。同じくらいの歳の女性が死を目の前にしている・・・・。そんな状況がとても私の心を複雑にさせました。処刑人や神父さんの表情、従者の絶望がひしひしと伝わってきました。ひつじさんの文章の通りに私も感じられました。ヨーロッパには親族や宗教の問題により理不尽に殺害が起こっていたようです。とても悲しくなりました。また、この絵を見てジェイン・グレイさんの過去や生活がなんとなくうっすらとわかる気がしてきました。



駄文、長文を読んでいただきありがとうございました。
Posted by 軍鶏 at 2010年01月06日 21:53
軍鶏さん、はじめまして。
軍鶏さんも修学旅行で、この絵をご覧になったんですね。 最近の修学旅行って、ホント、リッチなんですね〜!(驚)
感性豊かな若い時期に、「本物」に触れるということ、そこから刺激を受けることは、とても良いことだと思います。
年をとってからわかるようになることもあるし、若いときにしか感じられないこともある。そのどちらも貴重なことだと思います。

特に、この絵のジェーン・グレイは、軍鶏さんと同じ年代ですから、感慨も一入だったのですね。 歴史に翻弄されたうら若き乙女。。。

上記にも書きましたが、この絵のあまりの生々しさに、手を伸ばしたら、彼女の腕をつかめるんじゃないか、そんな風に思えてしまうほどでした。
救えないで佇むしかない自分が、もどかしい気さえしました。

名画傑作がズラリと陳列される中でも、この絵は、私には最も圧倒された作品ですが、こうしてブログに書くと、同じように感じてくれた人がいるのだと、とても嬉しく思いました。
書いて良かった(^^)
そして、読みにきてくださって、ありがとうございました!!
Posted by ひつじ at 2010年01月09日 20:51
 
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