2012年05月18日
やきもちは遠火にやいて・・・
先夜は久しぶりの大はしご、千登利〜アリラン〜ふるさとのゴールデン・トライアン
グル暗夜行路。
そんなんでも、持って出た酒手は余り、途中タクシーまで使えた。どの店もみんな、
こころ優しいママさんの店。個性も年代? も三人三様(詳しくは分からんことにして
おこう)、だから良い。ふところにも優しいし。

千登利で喰った「そら豆」。たしか、旬の様な・・・。
先日書いた「馬鹿まるだし」について、Hdちゃんにメール。
大昔、二人で観に行った銀座の松竹の映画館を想い出す。「馬鹿まるだし」か「馬鹿
が戦車<タンク>でやってくる」か「いいかげん馬鹿」だったか? 帰りに寄った「銀
座ライオン」で、映画を肴に呑んだサッポロ・ビールの「ハーフ&ハーフ」(ラガーと
スタウト)の美味かったこと。
Hdちゃんの返信には、「・・・桑野みゆきは何度見てもいいですね・・・今は本間
千代子に嵌ってます・・・」だって。
術後の経過も良さそうなので、近々裡に呑みましょう。僕もBS、CSで時代劇を観
てばかり。今、CS・時代劇チャンネルの「怒れ! 求馬」がお気に入り。一本気な求
馬にやきもちばかり妬いている隠密風の芸者、豆千代(野村真美)が素敵だ。
僕もあんな風に、素敵なおんなにやきもちを妬かれてみたい。も〜無理だけどね。
今日は午後から新宿御苑近くの某社へ。帰りに久しぶりの新宿東南口界隈をぶらり。

新宿御苑「大木戸口」横の古風な「番屋」?

そこを入って苑内には入らず、玉川上水の名残りに沿って、新宿高校から新宿駅へ。
西川口駅には3時ちょっと前に着いたが、昼飯がまだだったので、立食いそばの「天
亀」で「カツ丼」を。450円。かみさんに云って、夜は「ざる蕎麦」をリクエスト。
「天亀」を出て、どこぞをふらつき、時間をつぶし、4時になったら、どこかで一杯と
も思ったが、先夜の大はしごもあったことだし、身体の養生を考え、ミネラル・ウオー
ターを呑みながら家に帰りました。
今夜はゆっくり寝ようっと。
グル暗夜行路。
そんなんでも、持って出た酒手は余り、途中タクシーまで使えた。どの店もみんな、
こころ優しいママさんの店。個性も年代? も三人三様(詳しくは分からんことにして
おこう)、だから良い。ふところにも優しいし。
千登利で喰った「そら豆」。たしか、旬の様な・・・。
先日書いた「馬鹿まるだし」について、Hdちゃんにメール。
大昔、二人で観に行った銀座の松竹の映画館を想い出す。「馬鹿まるだし」か「馬鹿
が戦車<タンク>でやってくる」か「いいかげん馬鹿」だったか? 帰りに寄った「銀
座ライオン」で、映画を肴に呑んだサッポロ・ビールの「ハーフ&ハーフ」(ラガーと
スタウト)の美味かったこと。
Hdちゃんの返信には、「・・・桑野みゆきは何度見てもいいですね・・・今は本間
千代子に嵌ってます・・・」だって。
術後の経過も良さそうなので、近々裡に呑みましょう。僕もBS、CSで時代劇を観
てばかり。今、CS・時代劇チャンネルの「怒れ! 求馬」がお気に入り。一本気な求
馬にやきもちばかり妬いている隠密風の芸者、豆千代(野村真美)が素敵だ。
僕もあんな風に、素敵なおんなにやきもちを妬かれてみたい。も〜無理だけどね。
今日は午後から新宿御苑近くの某社へ。帰りに久しぶりの新宿東南口界隈をぶらり。
新宿御苑「大木戸口」横の古風な「番屋」?
そこを入って苑内には入らず、玉川上水の名残りに沿って、新宿高校から新宿駅へ。
西川口駅には3時ちょっと前に着いたが、昼飯がまだだったので、立食いそばの「天
亀」で「カツ丼」を。450円。かみさんに云って、夜は「ざる蕎麦」をリクエスト。
「天亀」を出て、どこぞをふらつき、時間をつぶし、4時になったら、どこかで一杯と
も思ったが、先夜の大はしごもあったことだし、身体の養生を考え、ミネラル・ウオー
ターを呑みながら家に帰りました。
今夜はゆっくり寝ようっと。
【日記の最新記事】
2012年05月16日
水底の愛/いつしか我赴かん
わが街の五月。

空は青く澄み渡り、風も初夏の爽風。わが友、公園のふたりの頭上には欅の新緑の天
蓋が覆う。

おそらくは、わが生涯にも至上の五月。
気怠い都会の倦怠も、夢見る田園の憂鬱も、日々の芥、泡沫(うたかた)も、絶えが
たき甘やかな孤独も悔恨も・・・やがて過ぎ去る五月の風の精霊と泉の汀に別れ、ウン
ディーネ待つ六月の水のくにの水底へ。
ああ、わが生涯最良の五月。一九六八年の五月。青春たちのメイ・フェアー。
水の底、水の底。住まばや水の底。
深き契り、深く沈めて、永く住まん、君と我。
黒髪の、長き乱れ。藻屑もつれて、ゆるく漾(ただよ)ふ。
夢ならぬ夢の命か。暗からぬ暗きあたり。
うれし水底。清き吾等に、譏(そし)り遠く憂(うれい)透らず。
有耶無耶の心ゆらぎて、愛の影ほの見ゆ。
夏目漱石「水底の感」
・・・・・・・・・・
音もなくしのつく雨。そこはまるで静かな泉の底。
時は昭和の二十四年。当て所ない流浪の行路、一宿の恩に与った寺で仏像泥棒を捕ま
えた縁で寺男になったシベリア帰りの復員兵、安五郎(ハナ肇)が寺の境内の隅に、裏
山で見つけたひともとの白木蓮の苗木を植えている。
傘(からかさ)の中でそれを見守る寺の美しいご新造さん(桑野みゆき)。彼女の夫
は寺の跡取り息子。夫のシベリア抑留後の生死はいまだ知れず、彼女の身の振り方も定
まらない。
物心ついてからは、数々の工事現場を渡り歩いてきたという天蓋孤独の風来坊、安五
郎は持ち前の「男気」から、腹黒い人間たちがあつらえた数々の修羅場を運よく切り抜
ける。
そんな男気はご新造さんから見れば、ただの馬鹿(生来お調子者で、ずる賢い人間の
おだてやそそのかしにすぐに乗せられてしまう、けして喧嘩も強くない)でしかない。
旅の一座の怪力男(東京ターザン)に入れあげた町の有力者の娘を救い出せたのも、
ただの「運」。殴り込みをかけて、やみくもに斬りつけた「どす」に当った椀から芝居
用の血糊を浴びた、修羅の形相の安五郎に恐れをなした東京ターザンが尻尾を巻いて逃
げ出しただけ。
針小棒大、白髪三千丈。「怪力男の腕をぶった切った。踏み込んだ警官のピストルに
も怯まなかった・・・」噂が噂を呼び、安五郎はいつしか、いっぱしの親分に祭り上げ
られ、得体の知れない子分(犬塚弘)まで舞い込む始末。
ご新造さんの「忠告」も聞かず(馬鹿だから、聞けず)、親分気取りの安五郎は、進
駐軍物資のヤミ屋に精を出し、情けない焼き餅焼きの男の痴話喧嘩から、煙突男まで登
場した労働争議にも「介入」し、「運」と「男」をアゲ続ける。
労働争議では町の英雄にまで登り詰める安五郎。
労働側の「特攻」たる煙突男をひきずり下ろすべく、おだてられ、そそのかされて登
った煙突だったが、実は安五郎、高所恐怖症。困ったのは煙突男。酒を呑ませなんとか
しようとするが、安五郎は酒を一滴も呑めない大の下戸だった。
恐怖から呑めない酒に酔った安五郎、煙突の縁をふらふらし、終いには歌い出して放
尿までする始末。これにまいった煙突男は、煙突の下の労働者の怒号の中、泣く泣く安
五郎を担ぎ下ろすが、もう登る気力は果てていた。
「人命救助」の美名のもと、人助けをしたと思い込んでいた安五郎は、争議のリーダー
に詰め寄られ、ことの成り行きのはなくそほどの「事実」を知る。今度はお偉いさんの
いる争議工場の事務所に乗り込み、匕首を机に突き刺し、まな板の上の鯉よろしく大の
字に寝転んでしまう。
ここは「懐柔」が一番の方便と察知したお偉いさんは、安五郎にいくらかの金を渡し
労働側には雀の涙ほどの賃上げを提案する(後の合理化<首切り>は織込み済み)。
労働者の歓喜の声に包まれて、颯爽と事務所を出る安五郎。束の間勝利の儚い夢に酔
った「インタナショナル」の歌声が響き渡る労働者の中央に迎えられた安五郎。唱和を
求められて歌い出したのは「人生劇場」。
起て飢えたる者よ〜・・・やると思えばどこまでやるさ〜〜〜いつしか歌声は赤旗ゆ
れる「人生劇場」になって・・・。
さすが山田洋次。やくざとインテリが「共闘」する、儚い「革命」の地平の「限界」
と「幻想」を「ゲバリスタ」登場の前に知っていた! Jリーグにゆれる、ゲバラの旗
の商業主義的な「欺瞞」も。
その後の安五郎。調子に乗って開かされた鉄火場を警察に踏み込まれ、「ちょっと別
荘に」といきがるムショ暮らしから帰れば、家はあばら屋、子分は二日も水だけのてい
たらく。街の呑み屋の女たちも、手のひらを返したように安五郎から遠ざかる。
そのうちに、いつもいつも安五郎を庇うご新造さんとの間には悪い噂もたって。
そんな、尾花打ち枯らした安五郎に舞い込んだのは、失地恢復、レコンキスタ、一発
逆転の大勝負。
アプレゲールな三人組の男(山田洋次の新左翼への皮肉か?)が、有力者の娘を拉致
し、意味も無くダイナマイトを爆発させながら、寺の裏山に立て籠った。またまた町の
ワルは安五郎をおだて、そそのかす。
ねじり鉢巻に長どす下げて、裏山に向かう安五郎を必死に説得するご新造さん。密か
に慕ってきたご新造さんに褒めてもらいたい一心の安五郎。気分は、いつか観た芝居、
「無法松の一生」の主人公。
そんな安五郎に向けられたご新造さんの一言は
「馬鹿なんだから・・・」
その言葉にとことん萎れた安五郎は、やけのやんぱち、山の頂きめがけ突進。見事、
三人組から娘を救出したものの、茫然自失に山を下ってくる安五郎の背後から、息を吹
き返した男が火のついたダイナマイトを投げつけた・・・。
ついに命運尽き果てたか安五郎?
しかし、安五郎は一命をとりとめた。ご新造さんの献身的な看病で、光を失いながら
も。
あの水の底のような雨の日に植えた白木蓮の花が匂い立つようなある夜。安五郎は寺
の縁側にご新造さんを訪ねる。一週間後、ご新造さんは大阪に旅立つ。数年前に夫の戦
死公報が届き、再婚するのだ。
「あっしはこんな身体でお見送りもできません」
「いいのよ、安さんも元気でね・・・」
「へぇい」
・・・
「ご新造さん。あっしは汚れています・・・」
「なぁに、安さん。どこも汚れていないわよ・・・」
「へぇい・・・」
あれから何度も芝居を観て憶えた「無法松の一生」の名台詞、安五郎一世一代の愛の
告白だった。
肩を落とす安五郎。その安五郎の告白は、けして空振りではなかった。安五郎の眼が
見えていたら、ご新造さんの頬をつたう一筋の涙が見えたはずなのに・・・。
水の底、水の底。住まばや水の底。
深き契り、深く沈めて、永く住まん、君と我。
黒髪の、長き乱れ。藻屑もつれて、ゆるく漾(ただよ)ふ。
夢ならぬ夢の命か。暗からぬ暗きあたり。
うれし水底。清き吾等に、譏(そし)り遠く憂(うれい)透らず。
有耶無耶の心ゆらぎて、愛の影ほの見ゆ。
・・・・・・・・・・
夕べNHKBS2チャンネルで、久しぶりに「馬鹿まるだし」を観た。ただただ、馬
鹿(安五郎のような)が愛おしく、懐かしく、涙が止まらなかった。
安五郎は僕らの「あんちゃん」だから。

空は青く澄み渡り、風も初夏の爽風。わが友、公園のふたりの頭上には欅の新緑の天
蓋が覆う。
おそらくは、わが生涯にも至上の五月。
気怠い都会の倦怠も、夢見る田園の憂鬱も、日々の芥、泡沫(うたかた)も、絶えが
たき甘やかな孤独も悔恨も・・・やがて過ぎ去る五月の風の精霊と泉の汀に別れ、ウン
ディーネ待つ六月の水のくにの水底へ。
ああ、わが生涯最良の五月。一九六八年の五月。青春たちのメイ・フェアー。
水の底、水の底。住まばや水の底。
深き契り、深く沈めて、永く住まん、君と我。
黒髪の、長き乱れ。藻屑もつれて、ゆるく漾(ただよ)ふ。
夢ならぬ夢の命か。暗からぬ暗きあたり。
うれし水底。清き吾等に、譏(そし)り遠く憂(うれい)透らず。
有耶無耶の心ゆらぎて、愛の影ほの見ゆ。
夏目漱石「水底の感」
・・・・・・・・・・
音もなくしのつく雨。そこはまるで静かな泉の底。
時は昭和の二十四年。当て所ない流浪の行路、一宿の恩に与った寺で仏像泥棒を捕ま
えた縁で寺男になったシベリア帰りの復員兵、安五郎(ハナ肇)が寺の境内の隅に、裏
山で見つけたひともとの白木蓮の苗木を植えている。
傘(からかさ)の中でそれを見守る寺の美しいご新造さん(桑野みゆき)。彼女の夫
は寺の跡取り息子。夫のシベリア抑留後の生死はいまだ知れず、彼女の身の振り方も定
まらない。
物心ついてからは、数々の工事現場を渡り歩いてきたという天蓋孤独の風来坊、安五
郎は持ち前の「男気」から、腹黒い人間たちがあつらえた数々の修羅場を運よく切り抜
ける。
そんな男気はご新造さんから見れば、ただの馬鹿(生来お調子者で、ずる賢い人間の
おだてやそそのかしにすぐに乗せられてしまう、けして喧嘩も強くない)でしかない。
旅の一座の怪力男(東京ターザン)に入れあげた町の有力者の娘を救い出せたのも、
ただの「運」。殴り込みをかけて、やみくもに斬りつけた「どす」に当った椀から芝居
用の血糊を浴びた、修羅の形相の安五郎に恐れをなした東京ターザンが尻尾を巻いて逃
げ出しただけ。
針小棒大、白髪三千丈。「怪力男の腕をぶった切った。踏み込んだ警官のピストルに
も怯まなかった・・・」噂が噂を呼び、安五郎はいつしか、いっぱしの親分に祭り上げ
られ、得体の知れない子分(犬塚弘)まで舞い込む始末。
ご新造さんの「忠告」も聞かず(馬鹿だから、聞けず)、親分気取りの安五郎は、進
駐軍物資のヤミ屋に精を出し、情けない焼き餅焼きの男の痴話喧嘩から、煙突男まで登
場した労働争議にも「介入」し、「運」と「男」をアゲ続ける。
労働争議では町の英雄にまで登り詰める安五郎。
労働側の「特攻」たる煙突男をひきずり下ろすべく、おだてられ、そそのかされて登
った煙突だったが、実は安五郎、高所恐怖症。困ったのは煙突男。酒を呑ませなんとか
しようとするが、安五郎は酒を一滴も呑めない大の下戸だった。
恐怖から呑めない酒に酔った安五郎、煙突の縁をふらふらし、終いには歌い出して放
尿までする始末。これにまいった煙突男は、煙突の下の労働者の怒号の中、泣く泣く安
五郎を担ぎ下ろすが、もう登る気力は果てていた。
「人命救助」の美名のもと、人助けをしたと思い込んでいた安五郎は、争議のリーダー
に詰め寄られ、ことの成り行きのはなくそほどの「事実」を知る。今度はお偉いさんの
いる争議工場の事務所に乗り込み、匕首を机に突き刺し、まな板の上の鯉よろしく大の
字に寝転んでしまう。
ここは「懐柔」が一番の方便と察知したお偉いさんは、安五郎にいくらかの金を渡し
労働側には雀の涙ほどの賃上げを提案する(後の合理化<首切り>は織込み済み)。
労働者の歓喜の声に包まれて、颯爽と事務所を出る安五郎。束の間勝利の儚い夢に酔
った「インタナショナル」の歌声が響き渡る労働者の中央に迎えられた安五郎。唱和を
求められて歌い出したのは「人生劇場」。
起て飢えたる者よ〜・・・やると思えばどこまでやるさ〜〜〜いつしか歌声は赤旗ゆ
れる「人生劇場」になって・・・。
さすが山田洋次。やくざとインテリが「共闘」する、儚い「革命」の地平の「限界」
と「幻想」を「ゲバリスタ」登場の前に知っていた! Jリーグにゆれる、ゲバラの旗
の商業主義的な「欺瞞」も。
その後の安五郎。調子に乗って開かされた鉄火場を警察に踏み込まれ、「ちょっと別
荘に」といきがるムショ暮らしから帰れば、家はあばら屋、子分は二日も水だけのてい
たらく。街の呑み屋の女たちも、手のひらを返したように安五郎から遠ざかる。
そのうちに、いつもいつも安五郎を庇うご新造さんとの間には悪い噂もたって。
そんな、尾花打ち枯らした安五郎に舞い込んだのは、失地恢復、レコンキスタ、一発
逆転の大勝負。
アプレゲールな三人組の男(山田洋次の新左翼への皮肉か?)が、有力者の娘を拉致
し、意味も無くダイナマイトを爆発させながら、寺の裏山に立て籠った。またまた町の
ワルは安五郎をおだて、そそのかす。
ねじり鉢巻に長どす下げて、裏山に向かう安五郎を必死に説得するご新造さん。密か
に慕ってきたご新造さんに褒めてもらいたい一心の安五郎。気分は、いつか観た芝居、
「無法松の一生」の主人公。
そんな安五郎に向けられたご新造さんの一言は
「馬鹿なんだから・・・」
その言葉にとことん萎れた安五郎は、やけのやんぱち、山の頂きめがけ突進。見事、
三人組から娘を救出したものの、茫然自失に山を下ってくる安五郎の背後から、息を吹
き返した男が火のついたダイナマイトを投げつけた・・・。
ついに命運尽き果てたか安五郎?
しかし、安五郎は一命をとりとめた。ご新造さんの献身的な看病で、光を失いながら
も。
あの水の底のような雨の日に植えた白木蓮の花が匂い立つようなある夜。安五郎は寺
の縁側にご新造さんを訪ねる。一週間後、ご新造さんは大阪に旅立つ。数年前に夫の戦
死公報が届き、再婚するのだ。
「あっしはこんな身体でお見送りもできません」
「いいのよ、安さんも元気でね・・・」
「へぇい」
・・・
「ご新造さん。あっしは汚れています・・・」
「なぁに、安さん。どこも汚れていないわよ・・・」
「へぇい・・・」
あれから何度も芝居を観て憶えた「無法松の一生」の名台詞、安五郎一世一代の愛の
告白だった。
肩を落とす安五郎。その安五郎の告白は、けして空振りではなかった。安五郎の眼が
見えていたら、ご新造さんの頬をつたう一筋の涙が見えたはずなのに・・・。
水の底、水の底。住まばや水の底。
深き契り、深く沈めて、永く住まん、君と我。
黒髪の、長き乱れ。藻屑もつれて、ゆるく漾(ただよ)ふ。
夢ならぬ夢の命か。暗からぬ暗きあたり。
うれし水底。清き吾等に、譏(そし)り遠く憂(うれい)透らず。
有耶無耶の心ゆらぎて、愛の影ほの見ゆ。
・・・・・・・・・・
夕べNHKBS2チャンネルで、久しぶりに「馬鹿まるだし」を観た。ただただ、馬
鹿(安五郎のような)が愛おしく、懐かしく、涙が止まらなかった。
安五郎は僕らの「あんちゃん」だから。
2012年05月07日
逝く春に短詩ふたつ
疲れて怠い月曜日だ。サラリーマンのパパさん(ずいぶん遠い昔に味わった記憶)の
気分がうっすらとよみがえる。
いろいろと、溜めに溜めた懸案を午前中に片付けた。先送り事項はたっぷり残り、ほ
ったらかして、逃げたい気分。逃げおおせられないけど。
さて、陽気はいよいよよくなってきた。もう半袖で街を歩ける。
書き溜めた原稿を、もう一つの出版社に送って、様子ながめ。どうなるやら。どうに
もならんだろうか?
次々と構想だけは湧いてくるのだが。 次、次の次・・・自分に期待し、鞭打って。
連休中、外で二度ほど酒を呑んだ。それなり、とことん、オレらしくだったが、戻っ
た日常の中での酒呑みも、「懐かしい」。
日中の用事を終えたら、明るい夕方に、出かけてみるかな。連休中、ご無沙汰だった
酒場に。
多分、出遇うだろう、顔も声も、どれも懐かしい。
新緑の街路樹の下を、ふらり、ふらり。
今夜は「これまで」と決めて出ても、いっかな定まらぬ酒の量。
こないだ「アリラン」で久しぶりに遇ったKnさんも、そう云ってたっけ。酒呑みは
かくも寂しき人種。
・・・・・・・・・・
春去りの乱痴気無惨罪科の彼岸を越えて李散りゆく
原罪の深淵ふたぎあまりある無花果青葉陽に向かいおり
気分がうっすらとよみがえる。
いろいろと、溜めに溜めた懸案を午前中に片付けた。先送り事項はたっぷり残り、ほ
ったらかして、逃げたい気分。逃げおおせられないけど。
さて、陽気はいよいよよくなってきた。もう半袖で街を歩ける。
書き溜めた原稿を、もう一つの出版社に送って、様子ながめ。どうなるやら。どうに
もならんだろうか?
次々と構想だけは湧いてくるのだが。 次、次の次・・・自分に期待し、鞭打って。
連休中、外で二度ほど酒を呑んだ。それなり、とことん、オレらしくだったが、戻っ
た日常の中での酒呑みも、「懐かしい」。
日中の用事を終えたら、明るい夕方に、出かけてみるかな。連休中、ご無沙汰だった
酒場に。
多分、出遇うだろう、顔も声も、どれも懐かしい。
新緑の街路樹の下を、ふらり、ふらり。
今夜は「これまで」と決めて出ても、いっかな定まらぬ酒の量。
こないだ「アリラン」で久しぶりに遇ったKnさんも、そう云ってたっけ。酒呑みは
かくも寂しき人種。
・・・・・・・・・・
春去りの乱痴気無惨罪科の彼岸を越えて李散りゆく
原罪の深淵ふたぎあまりある無花果青葉陽に向かいおり
2012年05月06日
連休後半の記
愉しかった(?)連休の最終日にふさわしく(?)フィナーレの雹が降ってきた。
青天の霹靂じゃなかったが、一天にわかにかき曇り、すさまじい稲妻も。茨城では竜
巻で被害も出たそうな。
それにしても、関越道の「激安ツアー・バス事故」。情報が明らかになるにつれて、
今の「社会」がいかに病んでいるか・・・。頼りの金にさえ裏切られ、人の魂、心は腐
り果てて。・・・もはや、何をか語るべき。こんなんだったら、いっそ「人間」なんて
止めちまえ・・・と、さえ。金の亡者の果てる先・・・。
ま、気をとりなおして(こんな中でみんな生きているんだ、因果なんだよ)。
人によっては9連休とかの前半、僕は、「両国にぎわい祭り」で、相撲、ちゃんこ、
お囃子、大道芸、投扇興、雅楽に法話、義賊の墓参り・・・。後半は浅草で東京漫才の
「大行進」。どちらも江戸からの行楽地、わが歳にも付き合っていただいた方々の御歳
にも相応しい行楽となりました。
4日金曜日、上野駅入谷口から浅草へ。いつもの仏壇街のメイン・ストリートを避け
て、一本元浅草寄りの裏通りを(訳あって、陽の当る表通りは通れません<ウソ>)。
裏通り。ここが東京かと思うほど人っ子一人おりません。新緑芽生える入谷神社の風
情のあることったら。境内の塀の石柱を見ると、「下谷車坂」の氏子衆の寄進柱。

下谷車坂と云えば、渥美清の生まれ故地。寅さん、空襲に焼け出され、家業が傾き、
欠食児童となり、腎臓、肝臓・・・果ては肺臓を病み、一時は暗い眼をして、闇社会の
一員に身を暗ましたのだとか。
お遍路が一列に行く虹の中
こんな下町の趣きが点々と残っています。「原発要らない!」のポスター。共産党さ
んのかな。原水禁、原水協に核禁・・・一昔前には保守系の反核運動も在ったのに。

ご存知、かっぱ橋のランド・マーク、ニイミのコックさん。近くには十二階に見立て
た仁丹塔もあったはずだが?

浅草演芸ホール、東洋館前には長蛇の列。途中のメール通りに、一足先に着いたTく
んが並んでくれておりました。

通りすがりの「浅草っ子」の囁きに耳をひそめれば
「今日の東洋館、どうしちゃったの。こんなに人が並んで」
だって。普段はどうなの?
木戸銭三千円也をはらって、件のエレベーターに乗って4階へ。携帯、撮影、録音等
の注意事項のアナウンスを兼ねた前説も、芸人のたまごさん? 撮影もここまで。

始まってから、終演まで笑いっぱなし。若手では、ロケット団にホンキー・トンク、
大御所、あした順子、ナンセンス、京丸・京平、京太・ゆめ子、遊平・かおり、とどめ
は、球児・好児・・・次の日、まる一日声がかれてしまった。
客席も折りたたみ椅子が出るほどの大入り満員でした。至福の一日。
昼席が終われば、一杯の時分。六区、にこみ横丁、伝法院通り、仲店を突っ切って、
いつもの「ニュー浅草」へ。Tくんはいつも通りに「ウーロン茶」。

僕は「にこみ」、「枝豆」、好物の「ハムカツ」を肴に「ウーロンハイ」。昔語りに
四方山話。浅草行楽はまたたく間にお開きに。
僕は帰りはやっぱり、春日三球師匠所縁の「地下鉄」に乗って、Tくんは歩きにて上
野まで。
次の東京遊びは、築地、月島、門仲、深川・・・いっそ京成、高砂、立石、小岩に柴
又?
Tくん、よろしく。
青天の霹靂じゃなかったが、一天にわかにかき曇り、すさまじい稲妻も。茨城では竜
巻で被害も出たそうな。
それにしても、関越道の「激安ツアー・バス事故」。情報が明らかになるにつれて、
今の「社会」がいかに病んでいるか・・・。頼りの金にさえ裏切られ、人の魂、心は腐
り果てて。・・・もはや、何をか語るべき。こんなんだったら、いっそ「人間」なんて
止めちまえ・・・と、さえ。金の亡者の果てる先・・・。
ま、気をとりなおして(こんな中でみんな生きているんだ、因果なんだよ)。
人によっては9連休とかの前半、僕は、「両国にぎわい祭り」で、相撲、ちゃんこ、
お囃子、大道芸、投扇興、雅楽に法話、義賊の墓参り・・・。後半は浅草で東京漫才の
「大行進」。どちらも江戸からの行楽地、わが歳にも付き合っていただいた方々の御歳
にも相応しい行楽となりました。
4日金曜日、上野駅入谷口から浅草へ。いつもの仏壇街のメイン・ストリートを避け
て、一本元浅草寄りの裏通りを(訳あって、陽の当る表通りは通れません<ウソ>)。
裏通り。ここが東京かと思うほど人っ子一人おりません。新緑芽生える入谷神社の風
情のあることったら。境内の塀の石柱を見ると、「下谷車坂」の氏子衆の寄進柱。
下谷車坂と云えば、渥美清の生まれ故地。寅さん、空襲に焼け出され、家業が傾き、
欠食児童となり、腎臓、肝臓・・・果ては肺臓を病み、一時は暗い眼をして、闇社会の
一員に身を暗ましたのだとか。
お遍路が一列に行く虹の中
こんな下町の趣きが点々と残っています。「原発要らない!」のポスター。共産党さ
んのかな。原水禁、原水協に核禁・・・一昔前には保守系の反核運動も在ったのに。
ご存知、かっぱ橋のランド・マーク、ニイミのコックさん。近くには十二階に見立て
た仁丹塔もあったはずだが?
浅草演芸ホール、東洋館前には長蛇の列。途中のメール通りに、一足先に着いたTく
んが並んでくれておりました。
通りすがりの「浅草っ子」の囁きに耳をひそめれば
「今日の東洋館、どうしちゃったの。こんなに人が並んで」
だって。普段はどうなの?
木戸銭三千円也をはらって、件のエレベーターに乗って4階へ。携帯、撮影、録音等
の注意事項のアナウンスを兼ねた前説も、芸人のたまごさん? 撮影もここまで。
始まってから、終演まで笑いっぱなし。若手では、ロケット団にホンキー・トンク、
大御所、あした順子、ナンセンス、京丸・京平、京太・ゆめ子、遊平・かおり、とどめ
は、球児・好児・・・次の日、まる一日声がかれてしまった。
客席も折りたたみ椅子が出るほどの大入り満員でした。至福の一日。
昼席が終われば、一杯の時分。六区、にこみ横丁、伝法院通り、仲店を突っ切って、
いつもの「ニュー浅草」へ。Tくんはいつも通りに「ウーロン茶」。
僕は「にこみ」、「枝豆」、好物の「ハムカツ」を肴に「ウーロンハイ」。昔語りに
四方山話。浅草行楽はまたたく間にお開きに。
僕は帰りはやっぱり、春日三球師匠所縁の「地下鉄」に乗って、Tくんは歩きにて上
野まで。
次の東京遊びは、築地、月島、門仲、深川・・・いっそ京成、高砂、立石、小岩に柴
又?
Tくん、よろしく。
2012年04月30日
連休前半の記
独り親方、独り職人の稼業だから、連休も何もないのだが、28日の連休入りから遊
び過ぎの呑み過ぎで、只今お疲れモード。
今日も出かける予定だったが予定変更。家でのんびり、創作と妄想(構想)三昧。考
え方を変えてみりゃ、贅沢なもんだ。金が一銭もかからずに、アリゾナ、ゴビの砂漠は
おろか、カンブリアの海の底まで往けるし、銀河鉄道にだって乗れる。
何でも金を費えば幸せってもんでもないだろう(若干僻みに嫌みw)。
子どもが大人になった今、うちは、三陸の津波の時の格言、「津波てんでんこ」じゃ
ないが「連休てんでんこ」だ。
それにしても、体力が落ちたもんだ。友だちからの愉しいお誘いもあるのだが、泣く
泣くお断り?
28日は前の会社の上司Ogさんと、Tkちゃんの未亡人(他に良い言い方ないか)
Y子さんと、Tkちゃんの一周忌を兼ねた集まりで、「両国にぎわい祭り」へ。
一周忌に「にぎわい」とは、何たる不謹慎と眉をひそめる向きもあろうが、元々お出
かけ好きなTkちゃんだったし、Y子さんも承知のうえ。故人を偲んだ「愉しい」一日
になった。
JR両国駅周辺のランド・マーク、国技館、江戸博物館、回向院をメインにしたお祭
りは、老若男女、多国籍な人出で大にぎわい。
先ずは、江戸博物館前のフリマをひやかして、国技館へ。Ogさんの「値切り」交渉
が功を奏して、Y子さんお目当てのトート・バッグ、1000円が2割オフの800円にな
った。江戸らしく、古い着物の生地をパッチ・ワークした粋なバッグだった。
次は国技館。中に入るのは初めて。意外に広い。高砂一門の後援会の集いも重なって
一門の現役力士を多数見かけた。土俵上では、高見盛、朝赤龍、総見席の真ん中には、
千代の富士、現九重理事長の姿も。


会場整理は若い力士。みんな博多人形みたいで可愛らしい。女性にしては相撲に詳し
いY子さんが、序の口の力士と仲良くなって、記念撮影。
たまに早い時間に、BSの相撲放送をのぞくことのある僕が、
「テレビに映る時あるんでしょう?」
と聞くと
「序の口の放送はないんです」
との答え。
四股名は「甲斐力(かいりき)」、甲州は甲府の出で、やはり甲州大月出身のOgさ
んは大喜びで、いっしょに記念撮影。みなさん気分はタニマチ。
甲斐力関、りっぱなお相撲さんに出世してくださいね。応援してます、速くBS、い
や地上波でその勇姿が拝見できますように。
国技館に漂う、びんつけ油の匂いが何ともよいものでした。
高砂一門の力士によそってもらう「ちゃんこ」は何とも云えず「おいしゅうございま
した」。野菜がこんなに美味しくなる料理は、多分初めて。500円。僕一人だけ、町内
会の屋台で、缶チューハイ。200円。

その後は、駅向こうの「回向院」会場へ。参道の竹林がすがすがしい。竹の根本には
旬の筍が頭を出していた。

参道で地元の「ゆるキャラ」がお出迎え(名前失念)。左方の、猫の芸者さんのスト
ラップを購入。500円。見立ては向島のおねえさんとのこと。
江戸の大義賊、鼠小僧の墓に詣で、境内で「南京玉すだれ」、講堂の「雅楽舞」を観
て、「投扇興」を楽しんで・・・両国駅に戻り、メインのご会食。
会場は、総武線特急の発着がなくなり寂れていた駅舎を一括借り上げして、食のテー
マ・パークに改装した「花の舞」。本物の相撲甚句が流れる席で、しばし歓談。
また、紅葉か尾花の頃の再会を約して散会後、僕は次の止まり木を求め、秋葉原乗り
換えにて蕨へ往還した次第。その後は睡魔に引き込まれるまで「ふるさと」にて痛飲。
久しぶりに遇ったTrちゃんと、ア・カペラにてハモリング。カラオケも良いがア・
カペラもね。
「哀愁のあるいい歌い方ですね」
ドゥー・ワップ、カントリーから「竹田の子守唄」・・・
音楽家Trちゃんの「よいしょ」に気をよくして、何曲歌った? 気持ちよかった!
今日はこれから、某出版社に送る原稿に付ける粗筋の作成。四作品ともなると、ちと
大事。頭はまだすっきり、していない。

明日は、母の顔を見に、てくてく旧中仙道を北上し、どこぞの飯屋で一杯かな?
び過ぎの呑み過ぎで、只今お疲れモード。
今日も出かける予定だったが予定変更。家でのんびり、創作と妄想(構想)三昧。考
え方を変えてみりゃ、贅沢なもんだ。金が一銭もかからずに、アリゾナ、ゴビの砂漠は
おろか、カンブリアの海の底まで往けるし、銀河鉄道にだって乗れる。
何でも金を費えば幸せってもんでもないだろう(若干僻みに嫌みw)。
子どもが大人になった今、うちは、三陸の津波の時の格言、「津波てんでんこ」じゃ
ないが「連休てんでんこ」だ。
それにしても、体力が落ちたもんだ。友だちからの愉しいお誘いもあるのだが、泣く
泣くお断り?
28日は前の会社の上司Ogさんと、Tkちゃんの未亡人(他に良い言い方ないか)
Y子さんと、Tkちゃんの一周忌を兼ねた集まりで、「両国にぎわい祭り」へ。
一周忌に「にぎわい」とは、何たる不謹慎と眉をひそめる向きもあろうが、元々お出
かけ好きなTkちゃんだったし、Y子さんも承知のうえ。故人を偲んだ「愉しい」一日
になった。
JR両国駅周辺のランド・マーク、国技館、江戸博物館、回向院をメインにしたお祭
りは、老若男女、多国籍な人出で大にぎわい。
先ずは、江戸博物館前のフリマをひやかして、国技館へ。Ogさんの「値切り」交渉
が功を奏して、Y子さんお目当てのトート・バッグ、1000円が2割オフの800円にな
った。江戸らしく、古い着物の生地をパッチ・ワークした粋なバッグだった。
次は国技館。中に入るのは初めて。意外に広い。高砂一門の後援会の集いも重なって
一門の現役力士を多数見かけた。土俵上では、高見盛、朝赤龍、総見席の真ん中には、
千代の富士、現九重理事長の姿も。
会場整理は若い力士。みんな博多人形みたいで可愛らしい。女性にしては相撲に詳し
いY子さんが、序の口の力士と仲良くなって、記念撮影。
たまに早い時間に、BSの相撲放送をのぞくことのある僕が、
「テレビに映る時あるんでしょう?」
と聞くと
「序の口の放送はないんです」
との答え。
四股名は「甲斐力(かいりき)」、甲州は甲府の出で、やはり甲州大月出身のOgさ
んは大喜びで、いっしょに記念撮影。みなさん気分はタニマチ。
甲斐力関、りっぱなお相撲さんに出世してくださいね。応援してます、速くBS、い
や地上波でその勇姿が拝見できますように。
国技館に漂う、びんつけ油の匂いが何ともよいものでした。
高砂一門の力士によそってもらう「ちゃんこ」は何とも云えず「おいしゅうございま
した」。野菜がこんなに美味しくなる料理は、多分初めて。500円。僕一人だけ、町内
会の屋台で、缶チューハイ。200円。
その後は、駅向こうの「回向院」会場へ。参道の竹林がすがすがしい。竹の根本には
旬の筍が頭を出していた。
参道で地元の「ゆるキャラ」がお出迎え(名前失念)。左方の、猫の芸者さんのスト
ラップを購入。500円。見立ては向島のおねえさんとのこと。
江戸の大義賊、鼠小僧の墓に詣で、境内で「南京玉すだれ」、講堂の「雅楽舞」を観
て、「投扇興」を楽しんで・・・両国駅に戻り、メインのご会食。
会場は、総武線特急の発着がなくなり寂れていた駅舎を一括借り上げして、食のテー
マ・パークに改装した「花の舞」。本物の相撲甚句が流れる席で、しばし歓談。
また、紅葉か尾花の頃の再会を約して散会後、僕は次の止まり木を求め、秋葉原乗り
換えにて蕨へ往還した次第。その後は睡魔に引き込まれるまで「ふるさと」にて痛飲。
久しぶりに遇ったTrちゃんと、ア・カペラにてハモリング。カラオケも良いがア・
カペラもね。
「哀愁のあるいい歌い方ですね」
ドゥー・ワップ、カントリーから「竹田の子守唄」・・・
音楽家Trちゃんの「よいしょ」に気をよくして、何曲歌った? 気持ちよかった!
今日はこれから、某出版社に送る原稿に付ける粗筋の作成。四作品ともなると、ちと
大事。頭はまだすっきり、していない。
明日は、母の顔を見に、てくてく旧中仙道を北上し、どこぞの飯屋で一杯かな?
2012年04月26日
それぞれの・・・
さっき友だちから電話があった。24日に泌尿器科系の手術を受け、退院して明日ま
で自宅療養なのだとか。今日はこれから、手術の立ち会い、介護をしてくれた彼女を、
車でちょっと遠い自宅まで送っていくという。
男の大事なところに関わる病気だけに、術後のケアを大切にしてね。一ヶ月くらいは
禁酒らしいから、しばらく呑めないやね。
彼女も老いた両親や、おぼっちゃま育ちで独身のお兄さんの日常の世話に追われ、な
かなか自由がきかない。彼女が立ち会えなかったら、僕がそのお役を仰せつかるところ
だったが、折り合いがついて、僕の出番はなくなった(当初は僕を頼ってくれたが、僕
は断固として、彼女の方を奨めたのが功を奏した)。
先日、「アリラン」に呑みにいって、ママとの世間話で
・・・どこのお店でも独り者が多いね。男も女も。
と、そんな話になった。
「わたしも独りだし外国人だから、病気で倒れたら、どうなっちゃうのか、心配で心配
で・・・」
と、心細気にひとりごちる。
「そんななったら、女の入院先に、男が見舞いにいくわけにもいかないしね」
僕が云うと
「いいよ、わたしは外国人だから、気にしないよ。来てよ」
隣りで飲んでいた、優しそうなおじさんが
「おれは酒とケーキをもって、お見舞いいくよ」
なんて冗談めかす。たぶん、そのおじさんも独り暮し・・・。
高齢化社会に国際化社会。人と人との関わりは、ますます多様化、複雑化していく。
酒場ではつらつらと、酔いにまかせておたがい身の上話になることも多い。どちらか
が亡くなる死別の話を聞くのがいちばん辛い。
ドラマか小説にでてくるような、劇的な出会い(略奪愛)があって、突然の病に襲わ
れ、あまりにも速すぎる別れが待っていて・・・そんな人も少なくない。
ひとはそれぞれの事情を抱えて生きている。
それぞれの顔、それぞれの空、それぞれの秋、それぞれの愛。
僕ら夫婦も、波風はないわけではないが、まあ平凡だなあ。お互いに、病気や入院に
なれば、面倒は見合っている(今はw)。それが、何よりなんだけどね。でも、平凡な
日常が崩れるのは、わけもないこと。油断大敵。
日々、何事にもいい気にならないで、謙虚でいたいものだ。富も健康も、愛も情も、
いつまでも続くかに思われる「まったり」とした日常も・・・砂上の楼閣。洋上の蜃気
楼。
欲望は地獄へのナビゲーター。夕べ観た「ハムナプトラ」の世界はファンタジーでも
それは、僕らのすぐ隣りにあるインフェルノのどんでん返し。
因と果の相関はどこまでも追いてきますぞ。人の世に、苦しみの種を蒔けば、毒の花
園にのたうちまわらなければならない。畢竟、人は生きたように死ぬ、のだから。
で自宅療養なのだとか。今日はこれから、手術の立ち会い、介護をしてくれた彼女を、
車でちょっと遠い自宅まで送っていくという。
男の大事なところに関わる病気だけに、術後のケアを大切にしてね。一ヶ月くらいは
禁酒らしいから、しばらく呑めないやね。
彼女も老いた両親や、おぼっちゃま育ちで独身のお兄さんの日常の世話に追われ、な
かなか自由がきかない。彼女が立ち会えなかったら、僕がそのお役を仰せつかるところ
だったが、折り合いがついて、僕の出番はなくなった(当初は僕を頼ってくれたが、僕
は断固として、彼女の方を奨めたのが功を奏した)。
先日、「アリラン」に呑みにいって、ママとの世間話で
・・・どこのお店でも独り者が多いね。男も女も。
と、そんな話になった。
「わたしも独りだし外国人だから、病気で倒れたら、どうなっちゃうのか、心配で心配
で・・・」
と、心細気にひとりごちる。
「そんななったら、女の入院先に、男が見舞いにいくわけにもいかないしね」
僕が云うと
「いいよ、わたしは外国人だから、気にしないよ。来てよ」
隣りで飲んでいた、優しそうなおじさんが
「おれは酒とケーキをもって、お見舞いいくよ」
なんて冗談めかす。たぶん、そのおじさんも独り暮し・・・。
高齢化社会に国際化社会。人と人との関わりは、ますます多様化、複雑化していく。
酒場ではつらつらと、酔いにまかせておたがい身の上話になることも多い。どちらか
が亡くなる死別の話を聞くのがいちばん辛い。
ドラマか小説にでてくるような、劇的な出会い(略奪愛)があって、突然の病に襲わ
れ、あまりにも速すぎる別れが待っていて・・・そんな人も少なくない。
ひとはそれぞれの事情を抱えて生きている。
それぞれの顔、それぞれの空、それぞれの秋、それぞれの愛。
僕ら夫婦も、波風はないわけではないが、まあ平凡だなあ。お互いに、病気や入院に
なれば、面倒は見合っている(今はw)。それが、何よりなんだけどね。でも、平凡な
日常が崩れるのは、わけもないこと。油断大敵。
日々、何事にもいい気にならないで、謙虚でいたいものだ。富も健康も、愛も情も、
いつまでも続くかに思われる「まったり」とした日常も・・・砂上の楼閣。洋上の蜃気
楼。
欲望は地獄へのナビゲーター。夕べ観た「ハムナプトラ」の世界はファンタジーでも
それは、僕らのすぐ隣りにあるインフェルノのどんでん返し。
因と果の相関はどこまでも追いてきますぞ。人の世に、苦しみの種を蒔けば、毒の花
園にのたうちまわらなければならない。畢竟、人は生きたように死ぬ、のだから。
2012年04月24日
アメリカ、か(化)!
今朝の一枚。ここのところの陽気で、家の小さな庭のあじさいも日毎に緑を増してい
く。夜半の雨のなごりの雫がみずみずしい。

昨日、大量にプリントしたので用紙が足りなくなってマツキヨに、朝一番の買い物に
出た。

買ったのは、プリント用紙一束、部分入れ歯用ポリデント、太田胃散、スプライト。
ファンタ復刻版グレープにしようか、スプライトにしようか迷ったが、スプライトにし
た。スプライトを飲むのは、十年ぶりくらいだが、あまり美味くない。TVコマーシャ
ルに毒されすぎw。
「メディア・セックス」という、TVコマーシャルなど、さまざまなメディア戦略の裏
側を暴いた面白い本があるが、それを読むと人間というものが、実に「情けない一面」
をもった存在であるかがよく分かる。これは余談。

昨日、子ども時代の飲み物、喰いもののことを少し書いたが、飲み物は、酒でもジュ
ースでもやっぱり瓶の方が旨いような。瓶のスプライトはもっと旨かった? ただ甘い
飲み物に飢えていただけ?
スプライトで思い出したことがある。
昭和三十年代後半から平成になる頃まで、母親の実家は冬の民宿を営んでいた。その
頃の冬のレジャーの王様はスキーで、約50軒ほどの村に、7〜8軒の民宿があった(
最盛期。今は通年営業の1軒だけ)。
僕の生まれ育った猪苗代には、昭和40年代でも7つものスキー場があり、冬場は大
勢のスキー客で賑わっていた。そのなかのひとつ、国設猪苗代スキー場には、往年の名
スキーヤー、トニー・ザイラーが訪れたこともあって、けっこう外国人(当時は欧米系
のみ)のスキーヤーも来ていた。
彼らのほとんどはホテルを利用するが、中には物好き(失礼)もいて、たまに村の民
宿の泊まる客がいた。そんな客が僕の村にも訪れ、泊まった宿に、外国人「見物」の村
人が集まったなんていうこともあった。ばあさんに聞いた、村に一番最初に灯った電灯
の話を思いだす。
まるで、浦賀の「黒船」か大江健三郎の「飼育」の中のエピソード。
学校給食が都会の食習慣を僕らの村に運んできたように、外国人観光客に象徴される
新しい時代のレジャーも、衣食住、さまざまな新しいカルチャー(文化と書かずあえて
カタカナの方がしっくりする。なにしろアメリカンの身上は軽くてポップなのがかっこ
いいからw)を運んできた。
その中でも象徴的なのが、スプライトの「親玉」、コーラ(なぜかコカ・コーラじゃ
なくてペプシだったが)。
三ツ矢サイダーが極上の清涼飲料だった時代、コーラの登場は衝撃的だった。
「薬臭せ〜」
「松ヤニ飲んでるみて〜だ」
「醤油みてぇな色して、気持ち悪りい」
都会から来る宿泊客のため、民宿で売られたコーラだが、初め、村人にはえらく不評だ
った。
「都会の人間は、よくこんなもん飲むな」
なんていいながら、内心では都会(アメリカ)にかぶれたくて、一口一口、慣しに飲ん
でいるうちに・・・木乃伊とりが木乃伊になって(適切な表現か?) すっかり身も心
も「にわか都会人」「なんちゃってアメリカ人」。
同時に、テレビが来て、電蓄が来て・・・ツイストにゴーゴー、モンキー・ダンスに
ベンチャーズ・・・テケテケテケ。昔からとっぽかったアニキ分は、どっかからドラム
・セット仕入れて、マンボ・ズボン穿いて、山の開拓村の一軒家でドカスカドコドコ。
そのうち、田舎版ヘルズ・エンジェルスになって、ブランドに身をかためてスキー場
でナンパに明け暮れ、そこで見つけた女の子といっしょになって、別れて、何度目かに
はステップ・ファミリーに。いつしか、回りもそんなんが多くなって・・・。
「黒船」が僕が生まれる100年前のことなら、「コーラとの遭遇」は40数年前の話。か
れこれ、ざっくり159年目。
何ともはや。やっぱり我が国は戦争で「アメリカ」に負けたんだなとしみじみ想う。
嗚呼、しみじみ日本、乃木大将!
く。夜半の雨のなごりの雫がみずみずしい。
昨日、大量にプリントしたので用紙が足りなくなってマツキヨに、朝一番の買い物に
出た。
買ったのは、プリント用紙一束、部分入れ歯用ポリデント、太田胃散、スプライト。
ファンタ復刻版グレープにしようか、スプライトにしようか迷ったが、スプライトにし
た。スプライトを飲むのは、十年ぶりくらいだが、あまり美味くない。TVコマーシャ
ルに毒されすぎw。
「メディア・セックス」という、TVコマーシャルなど、さまざまなメディア戦略の裏
側を暴いた面白い本があるが、それを読むと人間というものが、実に「情けない一面」
をもった存在であるかがよく分かる。これは余談。
昨日、子ども時代の飲み物、喰いもののことを少し書いたが、飲み物は、酒でもジュ
ースでもやっぱり瓶の方が旨いような。瓶のスプライトはもっと旨かった? ただ甘い
飲み物に飢えていただけ?
スプライトで思い出したことがある。
昭和三十年代後半から平成になる頃まで、母親の実家は冬の民宿を営んでいた。その
頃の冬のレジャーの王様はスキーで、約50軒ほどの村に、7〜8軒の民宿があった(
最盛期。今は通年営業の1軒だけ)。
僕の生まれ育った猪苗代には、昭和40年代でも7つものスキー場があり、冬場は大
勢のスキー客で賑わっていた。そのなかのひとつ、国設猪苗代スキー場には、往年の名
スキーヤー、トニー・ザイラーが訪れたこともあって、けっこう外国人(当時は欧米系
のみ)のスキーヤーも来ていた。
彼らのほとんどはホテルを利用するが、中には物好き(失礼)もいて、たまに村の民
宿の泊まる客がいた。そんな客が僕の村にも訪れ、泊まった宿に、外国人「見物」の村
人が集まったなんていうこともあった。ばあさんに聞いた、村に一番最初に灯った電灯
の話を思いだす。
まるで、浦賀の「黒船」か大江健三郎の「飼育」の中のエピソード。
学校給食が都会の食習慣を僕らの村に運んできたように、外国人観光客に象徴される
新しい時代のレジャーも、衣食住、さまざまな新しいカルチャー(文化と書かずあえて
カタカナの方がしっくりする。なにしろアメリカンの身上は軽くてポップなのがかっこ
いいからw)を運んできた。
その中でも象徴的なのが、スプライトの「親玉」、コーラ(なぜかコカ・コーラじゃ
なくてペプシだったが)。
三ツ矢サイダーが極上の清涼飲料だった時代、コーラの登場は衝撃的だった。
「薬臭せ〜」
「松ヤニ飲んでるみて〜だ」
「醤油みてぇな色して、気持ち悪りい」
都会から来る宿泊客のため、民宿で売られたコーラだが、初め、村人にはえらく不評だ
った。
「都会の人間は、よくこんなもん飲むな」
なんていいながら、内心では都会(アメリカ)にかぶれたくて、一口一口、慣しに飲ん
でいるうちに・・・木乃伊とりが木乃伊になって(適切な表現か?) すっかり身も心
も「にわか都会人」「なんちゃってアメリカ人」。
同時に、テレビが来て、電蓄が来て・・・ツイストにゴーゴー、モンキー・ダンスに
ベンチャーズ・・・テケテケテケ。昔からとっぽかったアニキ分は、どっかからドラム
・セット仕入れて、マンボ・ズボン穿いて、山の開拓村の一軒家でドカスカドコドコ。
そのうち、田舎版ヘルズ・エンジェルスになって、ブランドに身をかためてスキー場
でナンパに明け暮れ、そこで見つけた女の子といっしょになって、別れて、何度目かに
はステップ・ファミリーに。いつしか、回りもそんなんが多くなって・・・。
「黒船」が僕が生まれる100年前のことなら、「コーラとの遭遇」は40数年前の話。か
れこれ、ざっくり159年目。
何ともはや。やっぱり我が国は戦争で「アメリカ」に負けたんだなとしみじみ想う。
嗚呼、しみじみ日本、乃木大将!
2012年04月23日
隠者の思想
中学生の頃から、イギリスやアメリカのポップスを聴くようになった。
あなたとは、聴いてきてきた音楽だ。
あなたとは、読んできた本だ。
あなたとは、つきあってきた友だちだ。
あなたとは、歩いてきた街だ・・・・・・。
あなたとは、食べたものだ(正しい云い方はどうだっけ)、という言葉が最近気にな
る。今は、ジャンク・フードばかり喰っていて、娘にも時々バカにされているのに(で
もかみさんや娘よりは、身体の地力は強いと自負している)。
僕らが育った(身体の基礎が出来た)昭和30〜40年代の喰いものを思いだしてみる
と、インスタント食品はおろか、冷凍食品、レトルト食品なんてあまり見たこともなか
った。田舎から浦和の街に引っ越してきた頃(中学生)だって、母は街のマーケット(
小さな八百屋、魚屋、肉屋、酒屋、乾物屋・・・が集まった)で対面で買い物をして、
昔ながらの(お釜は電気炊飯器、囲炉裏、竃はガスレンジになったが)やり方で食事を
作ってくれた。
味噌、醤油は計り売り。魚や肉はその場で捌いて、経木と新聞紙で包んで・・・発砲
スチロールやプラスチックなどもなかった。酒やビール、醤油、油・・・瓶はみんなリ
ターナブルのガラス瓶。廃品回収は子どものいい小遣い稼ぎになった。あの頃、村の子
どものいちばんの友だちの大人は、廃品回収(くず屋)のおじさんとおばさん。ケチで
怖いおじさん、おばさんもいたけど。
東京オリンピックの頃まで(僕は田舎の小学校の五年生だった)、町から友だちが来
て食べるごちそうは、明星の「チキンラーメン」に日水の「ホモ・ソーセージ」を二三
枚薄く切って乗せたものだった。ホモ・ソーセージって、中学の頃までは、ガキの妄想
を刺戟する、変な喰いものだったが、今になってちゃんとした意味を知ったら、やっぱ
中学生(特に男の子のチュー坊って)バカで可愛い。
店もない辺鄙な村で生まれ育った僕たちにとって、僕が小学二年生から始まった、学
校給食は、まるで「洋食」。町に出て、お祭りかなんかで喰う「カツ丼」が「洋食」に
思えた時代、それは。とんでもない「ごちそう」だった。
「貧乏人は麦を喰え」。時の総理大臣の発言を子どもごころにも、よく憶えている。高
度経済成長期に入ってからの田舎の衣食住の変遷は、それは目まぐるしかったものだ。
話はだいぶ横道にそれたが、ガキの頃聴いた音楽、特にイギリスのポップスはまだビ
ートルズが駆け出しの頃。そんな中で今なぜか気になるのが、Herman's Hermits。
ハーマンズ・ハーミッツのヒット曲は「ミセス・ブラウンのお嬢さん」くらいしか憶
えていないがこのバンドを知ってからずっと気になっているのがハーミッツ(hermit)
=隠者という言葉。
キリスト教では、修道士という意味もあるようだが、東洋的には「隠遁者」「道士」
みたいな意味が強そうだ。老子、荘子の世界。
僕にしたら、もっと日本的に「隠居」かな。
隠居は、僕らの田舎では「耄碌じいさん」みたいなニュアンスもあるが、江戸では、
家督も家業も一切、倅、時には娘に譲って、好きなことをやる「好事家」の意味あいが
強かったんだとか。速い人で、四十前から!
そう云った意味の代表格は伊能忠敬。彼の生涯、実績を知る人は、はたと思い当たる
はずだ。彼はけして「隠遁者」ではなかったが。
僕の18歳の夢は、ずばり「隠遁者」「隠者」「ハーミット」=「隠居」。それを最近
強く意識するようになった。
先週末も西川口のある居酒屋で、三十代半ばの韓国人女性(日本の美大に留学し日本
で仕事をしている人)と、その話になった。韓国は老荘の思想・哲学よりも、儒教(特
に朱子学)が根強いから、その辺りはなかなか理解しがたそうだったが、興味があるよ
うで、話はペンディングに。
彼女、まだ若いから、枯れた「隠者」の思想なんかより、世に出ること、成功するこ
とが、まだまだ人生の第一の価値だと云うのは十分理解できることではあった。でも「
愛」が欲しいとは云っていたなあ。「愛」は金で買えるか? 成功に「愛」はセットで
付いてくるか? 永遠の悩ましきテーマだね。
・・・・・・・・・・
最近、よく読むブログに老人介護ホームの話が書いてあり、それを読んで「隠者」「
隠居」がとても大切なキー・ワードだなと実感した。
その人は、質の高い老人介護ホームに入るには、一定以上の財力がなくてはならない
し、国家財政破綻の危機と、ますます進行する「新自由主義経済」的な経済システムの
前に、公的なサービスの向上は望むべくもないだろうと、前途は悲観的だと断言してい
た。
いくら金を持っていても、自分の預金通帳の管理すら出来なくなったら(老人介護ホ
ームは概ねそういう人たちの施設だ)、最悪の場合ねこばばされ(家族に業者に、下手
すりゃ行政に)、そのまま金を残して死んでしまえば、有無をいわさずに国庫(なんか
ポッポに語感が似てる)へと没収されてしまう。
だから、金は生きているうちに使い切るのが望ましい、とはブログ主の弁。
ああ、なるほど、ひとは「人生ツーペイ」が最良だなと、思った次第。
ツーペイは商売ではよく「トントン」の意味で使われるが、正確には「プラス・マイ
ナス・ゼロ」と云うことだろう。ああ、金も、命も、それは憧れの境地。
「清く、貧しく、美しく」ではダメ。江戸の隠居に倣って、「賢く、正しく、面白く」
行かなくては。
それが「隠者」の生き方、のような気がしてきた、今日この頃である。ジャンク・フ
ードの「暴力資本主義」の思想に負けている場合ではない。いまさら、頭と身体が早々
とおシャカになるようでは、昭和28(1953)年の日本に生まれてきた甲斐がない、僕
を作ってくれた母親に申し訳なさ過ぎる(僕の場合、食とは即、母親でもある)。
ハーマンズ・ハーミッツ。「ハーマンの隠者(修道士)たち」。西洋では何か特別な
意味があるかと思い調べたが、今のところ手応えなし。
と云う訳で今日のYou Tubeからは彼らの「ミセス・ブラウンのお嬢さん」。商業主
義の権化のような音楽産業の申し子ではあるが、そこは何しろ、
あなたとは、聴いてきてきた音楽だ、から。
ずいぶん更新をサボった割には、何か訳の分からないブログw。
あなたとは、聴いてきてきた音楽だ。
あなたとは、読んできた本だ。
あなたとは、つきあってきた友だちだ。
あなたとは、歩いてきた街だ・・・・・・。
あなたとは、食べたものだ(正しい云い方はどうだっけ)、という言葉が最近気にな
る。今は、ジャンク・フードばかり喰っていて、娘にも時々バカにされているのに(で
もかみさんや娘よりは、身体の地力は強いと自負している)。
僕らが育った(身体の基礎が出来た)昭和30〜40年代の喰いものを思いだしてみる
と、インスタント食品はおろか、冷凍食品、レトルト食品なんてあまり見たこともなか
った。田舎から浦和の街に引っ越してきた頃(中学生)だって、母は街のマーケット(
小さな八百屋、魚屋、肉屋、酒屋、乾物屋・・・が集まった)で対面で買い物をして、
昔ながらの(お釜は電気炊飯器、囲炉裏、竃はガスレンジになったが)やり方で食事を
作ってくれた。
味噌、醤油は計り売り。魚や肉はその場で捌いて、経木と新聞紙で包んで・・・発砲
スチロールやプラスチックなどもなかった。酒やビール、醤油、油・・・瓶はみんなリ
ターナブルのガラス瓶。廃品回収は子どものいい小遣い稼ぎになった。あの頃、村の子
どものいちばんの友だちの大人は、廃品回収(くず屋)のおじさんとおばさん。ケチで
怖いおじさん、おばさんもいたけど。
東京オリンピックの頃まで(僕は田舎の小学校の五年生だった)、町から友だちが来
て食べるごちそうは、明星の「チキンラーメン」に日水の「ホモ・ソーセージ」を二三
枚薄く切って乗せたものだった。ホモ・ソーセージって、中学の頃までは、ガキの妄想
を刺戟する、変な喰いものだったが、今になってちゃんとした意味を知ったら、やっぱ
中学生(特に男の子のチュー坊って)バカで可愛い。
店もない辺鄙な村で生まれ育った僕たちにとって、僕が小学二年生から始まった、学
校給食は、まるで「洋食」。町に出て、お祭りかなんかで喰う「カツ丼」が「洋食」に
思えた時代、それは。とんでもない「ごちそう」だった。
「貧乏人は麦を喰え」。時の総理大臣の発言を子どもごころにも、よく憶えている。高
度経済成長期に入ってからの田舎の衣食住の変遷は、それは目まぐるしかったものだ。
話はだいぶ横道にそれたが、ガキの頃聴いた音楽、特にイギリスのポップスはまだビ
ートルズが駆け出しの頃。そんな中で今なぜか気になるのが、Herman's Hermits。
ハーマンズ・ハーミッツのヒット曲は「ミセス・ブラウンのお嬢さん」くらいしか憶
えていないがこのバンドを知ってからずっと気になっているのがハーミッツ(hermit)
=隠者という言葉。
キリスト教では、修道士という意味もあるようだが、東洋的には「隠遁者」「道士」
みたいな意味が強そうだ。老子、荘子の世界。
僕にしたら、もっと日本的に「隠居」かな。
隠居は、僕らの田舎では「耄碌じいさん」みたいなニュアンスもあるが、江戸では、
家督も家業も一切、倅、時には娘に譲って、好きなことをやる「好事家」の意味あいが
強かったんだとか。速い人で、四十前から!
そう云った意味の代表格は伊能忠敬。彼の生涯、実績を知る人は、はたと思い当たる
はずだ。彼はけして「隠遁者」ではなかったが。
僕の18歳の夢は、ずばり「隠遁者」「隠者」「ハーミット」=「隠居」。それを最近
強く意識するようになった。
先週末も西川口のある居酒屋で、三十代半ばの韓国人女性(日本の美大に留学し日本
で仕事をしている人)と、その話になった。韓国は老荘の思想・哲学よりも、儒教(特
に朱子学)が根強いから、その辺りはなかなか理解しがたそうだったが、興味があるよ
うで、話はペンディングに。
彼女、まだ若いから、枯れた「隠者」の思想なんかより、世に出ること、成功するこ
とが、まだまだ人生の第一の価値だと云うのは十分理解できることではあった。でも「
愛」が欲しいとは云っていたなあ。「愛」は金で買えるか? 成功に「愛」はセットで
付いてくるか? 永遠の悩ましきテーマだね。
・・・・・・・・・・
最近、よく読むブログに老人介護ホームの話が書いてあり、それを読んで「隠者」「
隠居」がとても大切なキー・ワードだなと実感した。
その人は、質の高い老人介護ホームに入るには、一定以上の財力がなくてはならない
し、国家財政破綻の危機と、ますます進行する「新自由主義経済」的な経済システムの
前に、公的なサービスの向上は望むべくもないだろうと、前途は悲観的だと断言してい
た。
いくら金を持っていても、自分の預金通帳の管理すら出来なくなったら(老人介護ホ
ームは概ねそういう人たちの施設だ)、最悪の場合ねこばばされ(家族に業者に、下手
すりゃ行政に)、そのまま金を残して死んでしまえば、有無をいわさずに国庫(なんか
ポッポに語感が似てる)へと没収されてしまう。
だから、金は生きているうちに使い切るのが望ましい、とはブログ主の弁。
ああ、なるほど、ひとは「人生ツーペイ」が最良だなと、思った次第。
ツーペイは商売ではよく「トントン」の意味で使われるが、正確には「プラス・マイ
ナス・ゼロ」と云うことだろう。ああ、金も、命も、それは憧れの境地。
「清く、貧しく、美しく」ではダメ。江戸の隠居に倣って、「賢く、正しく、面白く」
行かなくては。
それが「隠者」の生き方、のような気がしてきた、今日この頃である。ジャンク・フ
ードの「暴力資本主義」の思想に負けている場合ではない。いまさら、頭と身体が早々
とおシャカになるようでは、昭和28(1953)年の日本に生まれてきた甲斐がない、僕
を作ってくれた母親に申し訳なさ過ぎる(僕の場合、食とは即、母親でもある)。
ハーマンズ・ハーミッツ。「ハーマンの隠者(修道士)たち」。西洋では何か特別な
意味があるかと思い調べたが、今のところ手応えなし。
と云う訳で今日のYou Tubeからは彼らの「ミセス・ブラウンのお嬢さん」。商業主
義の権化のような音楽産業の申し子ではあるが、そこは何しろ、
あなたとは、聴いてきてきた音楽だ、から。
ずいぶん更新をサボった割には、何か訳の分からないブログw。
2012年04月19日
心安らかな淋しいひととき、を
僕は「詩」というものをほとんど読まない。夢中になって読んだ詩人もいない。
若い頃にはいくらかの詩(らしきもの)を書いたが、それは若気の至りの、真夜中の
ラブ・レターのようなもので、朝がくれば、多き恥のあまりに破り捨てられる類いのも
のでしかなかった。
先日、BSフジの報道番組で吉本隆明の追悼特集を観ていて、途中、フジの(女子)
アナが情緒纏綿とばかりに読む吉本の詩になぜか赤面(事実ちょっとした酩酊感のよう
なものを感じた)して、チャンネルを変えてしまった。この「時代」の落差!
手元にある詩集はといえば、藤原定、宮沢賢治、富岡多恵子、田村隆一、立原道造、
西脇順三郎、尾崎喜八、ランボー、アポリネール、ベルレーヌ、リラダン、マラルメ、
くらいなものだ。
詩が散文に較べ、「ことば」を「文字」を使う人間の精神の「営為」として「力」が
ないと思っているからではないが、なぜか、昔から肌に合わないだけなのだ。
学生時代の友人Sくんは詩を書き続け、独り同人誌を立ち上げ、自作がH氏賞の候補
になり、今は詩の出版社を経営して、朝鮮・韓国を中心にしたアジアの詩人たちの詩を
出版(紹介)し続けている。
数年前、広島の原爆の詩を集めた詩集がマスコミで評判になり、今、福島の原発事故
を受けた詩集を精力的に出版している。
彼にとって詩は、自分の生きる世界すべてを表出する営為であり、彼のアンガージュ
マン(世界、社会、政治参画)の、武力なき武器である(と僕は思っている)。
そうした人間の詩とのかかわりを傍でみるにつけ、詩には「力」がないなどと軽々し
く云うことは、僕にはできない。
久しぶりに、詩について考えたのは、さっきTくんのブログを読んだから。
彼は、黒田三郎という詩人についてちょっと書いていたが、僕は黒田三郎という人の
ことは全く知らないので、ネットで調べてみた。
こんな詩を見つけた。
ビヤホールで/黒田三郎
沈黙と行動の間を
紋白蝶のように
かるがると
美しく
僕はかつて翔んだことがない
黙っておれなくなって
大声でわめく
すると何かが僕の尻尾を手荒く引き据える
黙っていれば
黙っていればよかったのだと
何をしても無駄だと
白々しく黙りこむ
すると何かが乱暴に僕の足を踏みつける
黙っているやつがあるか
一歩でも二歩でも前に出ればよかったのだと
夕方のビヤホールはいっぱいのひとである
誰もが口々に勝手な熱をあげている
そのなかでひとり
ジョッキを傾ける僕の耳には
だが何一つことばらしいものはきこえない
たとえ僕が何かを言っても
たとえ僕が何かを言わなくても
それは同じこと
見知らないひとの間で心安らかに
一杯のビールを飲む淋しいひととき
僕はただ無心にビールを飲み
都会の群衆の頭上を翔ぶ
一匹の紋白蝶を目に描く
彼女の目にうつる
はるかな菜の花畑のひろがりを
・・・・・・・・・・
これは、いい詩だと思った。
あるぞ、あるぞ、僕にもこんな時が! 一昔前までは、いつもこうだったもんだ。
最近の僕の酒呑みは騒さすぎる。独り酒の善き淋しさに還ろう、か。

「せせらぎ公園」も、もうすぐ新緑の季節。なかよし二人組のお話も楽しそう。
若い頃にはいくらかの詩(らしきもの)を書いたが、それは若気の至りの、真夜中の
ラブ・レターのようなもので、朝がくれば、多き恥のあまりに破り捨てられる類いのも
のでしかなかった。
先日、BSフジの報道番組で吉本隆明の追悼特集を観ていて、途中、フジの(女子)
アナが情緒纏綿とばかりに読む吉本の詩になぜか赤面(事実ちょっとした酩酊感のよう
なものを感じた)して、チャンネルを変えてしまった。この「時代」の落差!
手元にある詩集はといえば、藤原定、宮沢賢治、富岡多恵子、田村隆一、立原道造、
西脇順三郎、尾崎喜八、ランボー、アポリネール、ベルレーヌ、リラダン、マラルメ、
くらいなものだ。
詩が散文に較べ、「ことば」を「文字」を使う人間の精神の「営為」として「力」が
ないと思っているからではないが、なぜか、昔から肌に合わないだけなのだ。
学生時代の友人Sくんは詩を書き続け、独り同人誌を立ち上げ、自作がH氏賞の候補
になり、今は詩の出版社を経営して、朝鮮・韓国を中心にしたアジアの詩人たちの詩を
出版(紹介)し続けている。
数年前、広島の原爆の詩を集めた詩集がマスコミで評判になり、今、福島の原発事故
を受けた詩集を精力的に出版している。
彼にとって詩は、自分の生きる世界すべてを表出する営為であり、彼のアンガージュ
マン(世界、社会、政治参画)の、武力なき武器である(と僕は思っている)。
そうした人間の詩とのかかわりを傍でみるにつけ、詩には「力」がないなどと軽々し
く云うことは、僕にはできない。
久しぶりに、詩について考えたのは、さっきTくんのブログを読んだから。
彼は、黒田三郎という詩人についてちょっと書いていたが、僕は黒田三郎という人の
ことは全く知らないので、ネットで調べてみた。
こんな詩を見つけた。
ビヤホールで/黒田三郎
沈黙と行動の間を
紋白蝶のように
かるがると
美しく
僕はかつて翔んだことがない
黙っておれなくなって
大声でわめく
すると何かが僕の尻尾を手荒く引き据える
黙っていれば
黙っていればよかったのだと
何をしても無駄だと
白々しく黙りこむ
すると何かが乱暴に僕の足を踏みつける
黙っているやつがあるか
一歩でも二歩でも前に出ればよかったのだと
夕方のビヤホールはいっぱいのひとである
誰もが口々に勝手な熱をあげている
そのなかでひとり
ジョッキを傾ける僕の耳には
だが何一つことばらしいものはきこえない
たとえ僕が何かを言っても
たとえ僕が何かを言わなくても
それは同じこと
見知らないひとの間で心安らかに
一杯のビールを飲む淋しいひととき
僕はただ無心にビールを飲み
都会の群衆の頭上を翔ぶ
一匹の紋白蝶を目に描く
彼女の目にうつる
はるかな菜の花畑のひろがりを
・・・・・・・・・・
これは、いい詩だと思った。
あるぞ、あるぞ、僕にもこんな時が! 一昔前までは、いつもこうだったもんだ。
最近の僕の酒呑みは騒さすぎる。独り酒の善き淋しさに還ろう、か。
「せせらぎ公園」も、もうすぐ新緑の季節。なかよし二人組のお話も楽しそう。
2012年04月13日
第七十七夜 不覚! 上から「おもらし」
朝起きたら、何か変?! どこかから、ほんのり抹茶の匂いが漂ってくる。トイレに
行っても、外に新聞をとりに行っても・・・。
呑んだ次の朝のならいで、先ずは朝飯。顔も洗わずに先ず飯を喰った(筍の炊き込み
ご飯が美味くて、二杯おかわり)後、鏡を見てびっくり!
右のこめかみ、もみあげ、髪のすそ、左顎から首にかけて、寝間着代わりのTシャツ
の襟首、何やら濃緑のぐにゃぐにゃした物体がこびり付いているではないか!
慌てて、まだたたんでない蒲団を調べたら・・・枕カバーにも同じ物体が。
それは、ガム。
前夜(早朝)、呑んで遅く帰ってきて、歯磨き代わりに噛んだガムだった。
すっ飛んだ記憶を辿れば
・・・歯磨きが面倒くさい。食べ滓も少しは取れて、寝起きすっきりするだろう。寝
る前に紙に包んで
と、枕元に包み紙を用意し・・・そのまま眠り込んで・・・いつの間に口から、「おも
らし」。
顔や首のこびりつきは何とか洗い流せたが、もみあげに付いたものは取れない。
恥をしのんで、かみさんに
「切ってくれ」
とはさみを渡すと
「はげるよ」
ともみあげとすそをジョキジョキしながら
「そう云えば、夜中くちゃくちゃ煩かった」
と、のたまうではないか。
「バカだねぇ」
かみさん、僕のきまりの悪い照れ笑いにも、冷たく「しかと」。
枕カバーとTシャツは、そのままゴミ箱行き。
あ〜〜、還暦前の、粗相、上からおもらし・・・。ダメだな〜〜。
また一つ、かみさんにアドバンテージ・ポイントを捧げて(取られて)しまった。
不覚! の夜。
行っても、外に新聞をとりに行っても・・・。
呑んだ次の朝のならいで、先ずは朝飯。顔も洗わずに先ず飯を喰った(筍の炊き込み
ご飯が美味くて、二杯おかわり)後、鏡を見てびっくり!
右のこめかみ、もみあげ、髪のすそ、左顎から首にかけて、寝間着代わりのTシャツ
の襟首、何やら濃緑のぐにゃぐにゃした物体がこびり付いているではないか!
慌てて、まだたたんでない蒲団を調べたら・・・枕カバーにも同じ物体が。
それは、ガム。
前夜(早朝)、呑んで遅く帰ってきて、歯磨き代わりに噛んだガムだった。
すっ飛んだ記憶を辿れば
・・・歯磨きが面倒くさい。食べ滓も少しは取れて、寝起きすっきりするだろう。寝
る前に紙に包んで
と、枕元に包み紙を用意し・・・そのまま眠り込んで・・・いつの間に口から、「おも
らし」。
顔や首のこびりつきは何とか洗い流せたが、もみあげに付いたものは取れない。
恥をしのんで、かみさんに
「切ってくれ」
とはさみを渡すと
「はげるよ」
ともみあげとすそをジョキジョキしながら
「そう云えば、夜中くちゃくちゃ煩かった」
と、のたまうではないか。
「バカだねぇ」
かみさん、僕のきまりの悪い照れ笑いにも、冷たく「しかと」。
枕カバーとTシャツは、そのままゴミ箱行き。
あ〜〜、還暦前の、粗相、上からおもらし・・・。ダメだな〜〜。
また一つ、かみさんにアドバンテージ・ポイントを捧げて(取られて)しまった。
不覚! の夜。
2012年04月11日
空しい時刻表
今日はまた嵐になるようだ。
夕べTくんから連休には福島に出かける、とメールがあった。原発のある浜通りの方
かも知れない。
ほんと、原発は、ウソばかり、汚い金塗れ、伏魔殿、百鬼夜行、地獄絵図だ。日本人
は、諦めがよすぎる! ふるさとを汚され、家族・友人を奪われ、退廃の生活を強いら
れ。右も左も、思想もイデオロギーもくそもあるか!
Tくんとは、近々、浅草で会って、昔ビートたけしがエレベーターボーイをやってい
た旧フランス座(現東洋館)で漫才でも楽しもうかということになっていたが、予定だ
った日、僕の友人の手術の付添いになる可能性があるので、5月に予定を変更してもら
った。
メールの最後には
「浅草はいいねえ。ダメな奴でも受け入れてくれそうだ」
と、あったが、何となく納得。
さすがTくん、街を<歩く>ひとだ。
4月は、たいしたことも無く過ぎるかと思っていたら、どうやらそうもいかなくなっ
た。Tくんと会うことにしていた日の次の土曜日は、友人の一周忌で浅草で会食に。
Tkちゃんがいなくなって、もう一年、速いものだ。
そんなこんなで、北アルプス「ぶらり鉄旅」もまた延期。その代わり、5月になった
ら、車で田舎の桜を見にいくことにした(これまた未定だが)。
僕の田舎の桜は、この辺りよりも一ヶ月遅い。連休明けが見頃だろう。
見所は、僕が通った小学校のお城山、「亀ヶ城(会津鶴ヶ城の支城)」、観音寺川、
福島三大桜(三春の滝桜など)の一、大鹿桜の磐椅(いわはし)神社、など。
日帰りの予定だから、車でないと回りきれない。
暇かと思っていたらけっこう仕事場に籠りきり。疲れた。今日は一杯呑みに出よう。
Ipくんに遇えるかもしれない。
今週の木曜日か金曜日に予定していた、信州ぶらりの予定メモ。せめて、行った気分
で、打ち込みだけでもしておこう。
(特)あずさ3号
新宿/07:30 10番線
↓
白馬/11:28 徒歩20分⇄白馬山荘
12:25
↓
松本/14:19
14:26
↓
長野/15:41 徒歩20分⇆善光寺(還暦参り)
16:50 長野新幹線
↓
大宮/18:06 いづみや・・・
ああ、行きたかった。
夕べTくんから連休には福島に出かける、とメールがあった。原発のある浜通りの方
かも知れない。
ほんと、原発は、ウソばかり、汚い金塗れ、伏魔殿、百鬼夜行、地獄絵図だ。日本人
は、諦めがよすぎる! ふるさとを汚され、家族・友人を奪われ、退廃の生活を強いら
れ。右も左も、思想もイデオロギーもくそもあるか!
Tくんとは、近々、浅草で会って、昔ビートたけしがエレベーターボーイをやってい
た旧フランス座(現東洋館)で漫才でも楽しもうかということになっていたが、予定だ
った日、僕の友人の手術の付添いになる可能性があるので、5月に予定を変更してもら
った。
メールの最後には
「浅草はいいねえ。ダメな奴でも受け入れてくれそうだ」
と、あったが、何となく納得。
さすがTくん、街を<歩く>ひとだ。
4月は、たいしたことも無く過ぎるかと思っていたら、どうやらそうもいかなくなっ
た。Tくんと会うことにしていた日の次の土曜日は、友人の一周忌で浅草で会食に。
Tkちゃんがいなくなって、もう一年、速いものだ。
そんなこんなで、北アルプス「ぶらり鉄旅」もまた延期。その代わり、5月になった
ら、車で田舎の桜を見にいくことにした(これまた未定だが)。
僕の田舎の桜は、この辺りよりも一ヶ月遅い。連休明けが見頃だろう。
見所は、僕が通った小学校のお城山、「亀ヶ城(会津鶴ヶ城の支城)」、観音寺川、
福島三大桜(三春の滝桜など)の一、大鹿桜の磐椅(いわはし)神社、など。
日帰りの予定だから、車でないと回りきれない。
暇かと思っていたらけっこう仕事場に籠りきり。疲れた。今日は一杯呑みに出よう。
Ipくんに遇えるかもしれない。
今週の木曜日か金曜日に予定していた、信州ぶらりの予定メモ。せめて、行った気分
で、打ち込みだけでもしておこう。
(特)あずさ3号
新宿/07:30 10番線
↓
白馬/11:28 徒歩20分⇄白馬山荘
12:25
↓
松本/14:19
14:26
↓
長野/15:41 徒歩20分⇆善光寺(還暦参り)
16:50 長野新幹線
↓
大宮/18:06 いづみや・・・
ああ、行きたかった。
2012年04月09日
花は桜木男は・・・
朝からうららかな桜日和。ちょっとそこまでのコンビニ通いの外出(そとで)すら愉
しくなる。
桜はどの枝もすでに満開。桜は梅や桃ほどに、妖艶でも、重た気に気怠い風情が感じ
られないところが、良い。
コンビニの行きと帰り、二組の老夫婦と出会った。行きは大通りで、ゆっくり歩くご
夫婦を追い越し、帰りは小学校裏通りの桜並木ですれ違った。どちらも、ご主人の方が
ちょっと足を引きずっていた。リハビリを兼ねた散歩なのだろうか。
二組四人とも、長い風雪を越えてきて、背は縮み、背中は丸くなり、脚は外側に彎曲
している。ゆっくり(のろのろ)と、お互いに気遣った、微妙な距離を保って。
僕はあと二十年(十数年か)も生きれば、あの人たちと似たような姿になるだろう。
そんな時、僕の傍らをいっしょに歩いてくれるひとはいるのだろうか。
土曜日、母のホームを訪ねた。特老ホームに移ってから、早いもの二ヶ月が経った。
最近は、訪ねる時間にもよるのだろうが、ベッドに寝ていることが多い。職員さんは、
「食事も普通ですし、お変わりありませんよ」と云ってくれるが、少し心配だ。
なるようにしかならない・・・のだろうが。
ホームの帰り、なじみの呑み屋でちょっと見知っている人とだいぶ長く話しこんだ。
彼の奥さんは、病気のために、若くして身体の自由を失い、施設に入所して亡くなっ
た。介護保険制度がスタートする前で、経済的な負担は、今とは較べられないほどの額
だったそうだ。
その後、いろんな話をしたが、久しぶりの外呑みで、やや、脱線、荒れ模様。それで
も、周りに迷惑が及ぶほどのことはなかった。
最近僕は、お互いに、云い負かすような議論じゃなくて、分かり合うための議論の方
が「ずっと面白い」ので、聞き役にまわるよう努めてはいるのだが、相変わらず思慮の
ない、「ぶっ跳んだ」発言も多い。
Hdちゃんじゃないが、「Yっちゃんは観念的だからなぁ」。自重、自重っと、ね。
さて、今日の朝の買い物は、「ラーク6mm・ハイブリッド」、伊藤園の「濃い1日
分の野菜」、サントリー・フーズの「ORANGINA /オランジーナ」。「オランジーナ」
はリチャード・ギア(?)のテレビCM(フランスの寅さん)に惹かれて買ってみた(
相変わらず、新しもの好き)。
フランス寅さんの恋の勘違いを笑う、ちりちり頭のガキが小憎らしくて可愛い(歳は
違うが蛾次郎の役どころ? 蛾次郎は子どもみたいなもんだ)。
が、この「オランジーナ」残念ながらあまり美味くない。同じサントリーなら、新し
い「なっちゃん」の方がまだ美味い。12%というオレンジ果汁からは、何となく南欧
のオレンジの風味が感じられるのだが、微炭酸と銘打った炭酸の粒が大き過ぎる。

本日の一枚は、タバコとペット飲料と、土曜日にプリント・アウトした、創作(のよ
うなもの)の束。これを校正しつつ推敲を加え、また「熟成」。
納得したら、文庫本くらいの本に纏めてみよう。
自分で創る、世界にたった一冊の本。執筆、校正、レイアウト、植字、印刷、装幀、
(ブック・デザイン)、製本まで、全部自分一人でやる。腰巻きも作っちゃおう。
こんな愉しみが味わえる「仕事」を覚えられて、ちょっぴりだが、「良かった」と思
える、暇な一週間の頭の一日。今週こそ何もなかったら、週末には信州「ぶらり鉄旅」
に出よう。
しくなる。
桜はどの枝もすでに満開。桜は梅や桃ほどに、妖艶でも、重た気に気怠い風情が感じ
られないところが、良い。
コンビニの行きと帰り、二組の老夫婦と出会った。行きは大通りで、ゆっくり歩くご
夫婦を追い越し、帰りは小学校裏通りの桜並木ですれ違った。どちらも、ご主人の方が
ちょっと足を引きずっていた。リハビリを兼ねた散歩なのだろうか。
二組四人とも、長い風雪を越えてきて、背は縮み、背中は丸くなり、脚は外側に彎曲
している。ゆっくり(のろのろ)と、お互いに気遣った、微妙な距離を保って。
僕はあと二十年(十数年か)も生きれば、あの人たちと似たような姿になるだろう。
そんな時、僕の傍らをいっしょに歩いてくれるひとはいるのだろうか。
土曜日、母のホームを訪ねた。特老ホームに移ってから、早いもの二ヶ月が経った。
最近は、訪ねる時間にもよるのだろうが、ベッドに寝ていることが多い。職員さんは、
「食事も普通ですし、お変わりありませんよ」と云ってくれるが、少し心配だ。
なるようにしかならない・・・のだろうが。
ホームの帰り、なじみの呑み屋でちょっと見知っている人とだいぶ長く話しこんだ。
彼の奥さんは、病気のために、若くして身体の自由を失い、施設に入所して亡くなっ
た。介護保険制度がスタートする前で、経済的な負担は、今とは較べられないほどの額
だったそうだ。
その後、いろんな話をしたが、久しぶりの外呑みで、やや、脱線、荒れ模様。それで
も、周りに迷惑が及ぶほどのことはなかった。
最近僕は、お互いに、云い負かすような議論じゃなくて、分かり合うための議論の方
が「ずっと面白い」ので、聞き役にまわるよう努めてはいるのだが、相変わらず思慮の
ない、「ぶっ跳んだ」発言も多い。
Hdちゃんじゃないが、「Yっちゃんは観念的だからなぁ」。自重、自重っと、ね。
さて、今日の朝の買い物は、「ラーク6mm・ハイブリッド」、伊藤園の「濃い1日
分の野菜」、サントリー・フーズの「ORANGINA /オランジーナ」。「オランジーナ」
はリチャード・ギア(?)のテレビCM(フランスの寅さん)に惹かれて買ってみた(
相変わらず、新しもの好き)。
フランス寅さんの恋の勘違いを笑う、ちりちり頭のガキが小憎らしくて可愛い(歳は
違うが蛾次郎の役どころ? 蛾次郎は子どもみたいなもんだ)。
が、この「オランジーナ」残念ながらあまり美味くない。同じサントリーなら、新し
い「なっちゃん」の方がまだ美味い。12%というオレンジ果汁からは、何となく南欧
のオレンジの風味が感じられるのだが、微炭酸と銘打った炭酸の粒が大き過ぎる。
本日の一枚は、タバコとペット飲料と、土曜日にプリント・アウトした、創作(のよ
うなもの)の束。これを校正しつつ推敲を加え、また「熟成」。
納得したら、文庫本くらいの本に纏めてみよう。
自分で創る、世界にたった一冊の本。執筆、校正、レイアウト、植字、印刷、装幀、
(ブック・デザイン)、製本まで、全部自分一人でやる。腰巻きも作っちゃおう。
こんな愉しみが味わえる「仕事」を覚えられて、ちょっぴりだが、「良かった」と思
える、暇な一週間の頭の一日。今週こそ何もなかったら、週末には信州「ぶらり鉄旅」
に出よう。
2012年04月07日
第七十六夜 三たび、言葉の「力」をめぐって。
夕べは、珍しく二日連続の家呑み。

チキン・フライ(キュウリ・キャベツ・レタスのサラダ添え)、流水解凍の枝豆、駿
河丼(しらすと桜えびのちらし寿司)で、キリンのチューハイ(グレープ・フルーツ)
菊水の五郎八を呑った。
四合瓶に三分目ほど残った五郎八はこれで空になった。最後は、瓶の底に沈殿したも
ろみだけになって、まるで「甘酒」状態。でも、旨かった。
次の家呑みのお伴は、稲川の七重郎だ(毎晩、ビールか缶チューハイの後に二合ずつ
呑って・・・一升瓶だから愉しみも長い)。
外呑みは、三月みそかの西川口「アリラン」を一回はさんで、約半月ご無沙汰だ。
最近、夜は、Macに載んだ、itext-expressと云うワープロ・ソフトで、今まで書き溜め
た小説(のようなもの)を、校閲(改訂)しながらせっせとプリント・アウトしている。
itext-expressは、四百字詰め原稿用紙(20字×20行)の画面に縦書きで書き込めるので
とても勝手が良い。
僕の場合、もの書き(創作)は道楽だとは云え、仕事の後のよなべ作業なのでけっこ
う疲れる。そんな時には一杯呑るに限る、と云う訳だ。
大きなクリップで、二束、三束と厚みと重みを増していく、プリント・アウトされた
原稿用紙を手にすると、内容はともかく、今までにない達成感がこみあげてくる。
ある程度まとまったら、家族や友人、知人たちに読んでもらおう。編集、出版に関わ
るひとに読んでもらうのも良いな。それがどんなもんか(どんなに厳しい批評でも)知
りたい。
こんなに長い文章に取り組むのは、卒論以来だ。
・・・・・・・・・・
どうしちゃったんだろう? 物事にこんなに「真剣」になるなんて。久しぶりの感覚
だ。
それは、ある日、仕事の合間にふとのぞいた、You Tube投稿動画コメント欄の見も
知らないひとの書き込みが発端だった。
つまりは、その「言葉」にinspire=触発された、励まされた、という訳だ。
演劇〜新劇〜青年座・・・、昔、知り合ったある脚本家Tkさんの消息を訪ねて、リ
ンクを巡っていたら、いつしか、俳優座〜佐藤オリエ(中高時代、大好きだった女優)
〜「若者たち」に辿り着いた。
それはドラマ「若者たち」のオープニング曲の映像だった。そして、そこに寄せられ
たある人のコメントが目に止まった。
・・・若く、貧しく、未熟だったあの時代・・・それでも、何かを求め、希望を求め、
みんなが励まし合いながら一生懸命に生きた時代・・・あの時代、そこに生きた、わた
しとわたしたちのこと・・・それを「文字」にしたい。なのに・・・
その人の切実な想いが伝わってきた。
文字=「言葉」。それは、時には人を潰し(殺し)もする。
でも、僕はもっと深い「言葉」に出会いたくなった。それを自分の力で生み出してみ
たくなった。僕の「言葉」を普遍性の高い「文字」にしたくなった。
浅学非才の身を顧みない、大それた考えだろう。無い物ねだりの見果てぬ夢だろう。
それでも良い。今しばらく、全身全霊で「言葉」と戯れながら、格闘してみたい。
You Tubeから。「若者たち」/ブロード・サイド・フォー。ドラマのOP。
チキン・フライ(キュウリ・キャベツ・レタスのサラダ添え)、流水解凍の枝豆、駿
河丼(しらすと桜えびのちらし寿司)で、キリンのチューハイ(グレープ・フルーツ)
菊水の五郎八を呑った。
四合瓶に三分目ほど残った五郎八はこれで空になった。最後は、瓶の底に沈殿したも
ろみだけになって、まるで「甘酒」状態。でも、旨かった。
次の家呑みのお伴は、稲川の七重郎だ(毎晩、ビールか缶チューハイの後に二合ずつ
呑って・・・一升瓶だから愉しみも長い)。
外呑みは、三月みそかの西川口「アリラン」を一回はさんで、約半月ご無沙汰だ。
最近、夜は、Macに載んだ、itext-expressと云うワープロ・ソフトで、今まで書き溜め
た小説(のようなもの)を、校閲(改訂)しながらせっせとプリント・アウトしている。
itext-expressは、四百字詰め原稿用紙(20字×20行)の画面に縦書きで書き込めるので
とても勝手が良い。
僕の場合、もの書き(創作)は道楽だとは云え、仕事の後のよなべ作業なのでけっこ
う疲れる。そんな時には一杯呑るに限る、と云う訳だ。
大きなクリップで、二束、三束と厚みと重みを増していく、プリント・アウトされた
原稿用紙を手にすると、内容はともかく、今までにない達成感がこみあげてくる。
ある程度まとまったら、家族や友人、知人たちに読んでもらおう。編集、出版に関わ
るひとに読んでもらうのも良いな。それがどんなもんか(どんなに厳しい批評でも)知
りたい。
こんなに長い文章に取り組むのは、卒論以来だ。
・・・・・・・・・・
どうしちゃったんだろう? 物事にこんなに「真剣」になるなんて。久しぶりの感覚
だ。
それは、ある日、仕事の合間にふとのぞいた、You Tube投稿動画コメント欄の見も
知らないひとの書き込みが発端だった。
つまりは、その「言葉」にinspire=触発された、励まされた、という訳だ。
演劇〜新劇〜青年座・・・、昔、知り合ったある脚本家Tkさんの消息を訪ねて、リ
ンクを巡っていたら、いつしか、俳優座〜佐藤オリエ(中高時代、大好きだった女優)
〜「若者たち」に辿り着いた。
それはドラマ「若者たち」のオープニング曲の映像だった。そして、そこに寄せられ
たある人のコメントが目に止まった。
・・・若く、貧しく、未熟だったあの時代・・・それでも、何かを求め、希望を求め、
みんなが励まし合いながら一生懸命に生きた時代・・・あの時代、そこに生きた、わた
しとわたしたちのこと・・・それを「文字」にしたい。なのに・・・
その人の切実な想いが伝わってきた。
文字=「言葉」。それは、時には人を潰し(殺し)もする。
でも、僕はもっと深い「言葉」に出会いたくなった。それを自分の力で生み出してみ
たくなった。僕の「言葉」を普遍性の高い「文字」にしたくなった。
浅学非才の身を顧みない、大それた考えだろう。無い物ねだりの見果てぬ夢だろう。
それでも良い。今しばらく、全身全霊で「言葉」と戯れながら、格闘してみたい。
You Tubeから。「若者たち」/ブロード・サイド・フォー。ドラマのOP。
2012年04月06日
願わくば野辺の小さな花のように
夕べの家呑みのお膳風景。かみさんが「何とか鰈」の鍋を作ってくれたので、呑む気
になった。
キリンのチューハイ「氷結・グレープフルーツ」と「菊水・五郎八」。にごり酒五郎
八は思いの外効くので、ぐい呑み猪口で2〜3杯のつもりで始めたが、けっきょく5〜
6杯と杯を重ねてしまった。
「何とか鰈鍋」の他は、頂きものの伊豆新島産「赤イカの塩辛」。ずっと苦手だった塩
辛だが、最近は「美味い」と感じるようになった。これも、個人的には「歳」をとった
せいだと思う。
プリンタの用紙が切れたので、「マツキヨ」に買い物へ。
途中の空地にタンポポが一輪咲いていたのでパチリ。僕は野辺に何気なく咲く、小さ
く可憐な花が好きだ。タンポポ、菫、しろつめ草、れんげ草、アザミ・・・。
小学校帰りの道草で摘んだ、花々を思いだす。ふるさとはまだ雪の中。これから、ふ
きのとう、土筆、そして辛夷が咲いて・・・山が笑いだす。帰りたいなぁ。
「マツキヨ」裏の「みずほ公園」の桜。もう散り始めて、満開。並木に爛漫と咲くのも
いいが、独りぽつんと咲いている、孤高で凛とした姿の桜木もいいものだ。自分もこう
ありたい、と願う。
「マツキヨ」では、コピー用紙の他、太田胃散、中国の水虫薬、ブルーベリーのタブレ
ット、グレープ・フルーツ・ドリンク、30%オフの昼飯用のカップ・やきそば(二日
連続で昼飯はカップ・やきそば)、シェービング・ジェルを買った。
おととい、鼻毛を切るのに明るい所で鏡を見たら、妙に肌が浅黒い。よく見ると、
目の回りに産毛がいっぱい生えている。ヒゲは毎日風呂で剃るのだが、その他の手入れ
はまったくしてこなかった。シェービング・ジェルで、明るい所で剃ろう。それで、顔
も少しは明るくなるだろう。
小ぎれいになって「モテおやぢに」とか、まったく意中にないが、自分で見て「老け
たなぁ」なんてぼやくのは、「いやだ!」。女のひとにも、そんな風に見られたくもな
いし、やっぱり。
それにしても、石田純一とかパンッェッタ何とか云うイタリア男・・・嫌だなあ。と
くに石田純一、恋愛、不倫、結婚を繰り返すごとに・・・。
(相手の女の人には悪いけど)
人間、幕引き時が大事。いちばん難しいことだけど。テレビは芸能人の「歳の差婚」
「逆歳の差婚」とか異常にもてはやしているが、何なのあの「現象」。いろいろ、裏が
見えて、気持ち悪い。くそメディアは世の中を、社会を、どんな風に誘導したいの?
まぁ、人気稼業の相互扶助事業だから、放っときゃいいだけのことだけど。
だいいち「お一人さま」のどこが問題なの? 孤立死、孤独死、あんなに騒ぎ立てな
くたっていいじゃない。人には、いろいろ、様々な「事情」があるんだから。「部分」
だけ都合良く切り取って騒ぎ立てる人ほど、自分じゃ何もしない、できない、本気で関
わる思想もないくせに。実体の分からない「不安」という「空気」だけ煽るなって。
できる範囲でやることやって、精神的にも、経済的にも、自分でオーライなら、ひと
はそれでいいじゃない。人の生きる意味は、けして「較べっこ」して見つけるものじゃ
ないと想う。
なんて、ちょっと気張って、自分に気合いを入れた、卯月四月六日、携帯メールに、
友の一周忌の知らせが届いた次の朝のことでした。
2012年04月05日
移りゆくは時代、桜の花は変わらねど。
コンビニにタバコを買いに出たら、桜並木の桜が四分から五分咲きになっていた。
大嵐が過ぎ去って、一気に開花した。桜祭りもスタートし、土日には屋台がいっぱい
出て賑やかになるだろう。

本日の桜並木、北部の様子。メイン・ストリートは両側に桜の木が並び、もっとあ
でやかだ。携帯カメラなので、花叢のボリューム感を捉えきれないのが、残念。
この枝はまさに、万朶(ばんだ)の桜。小学校裏通りの、いちばん陽当たりの良い
場所にある木の枝。

万朶の桜と云えば
万朶の桜か襟の色 花は吉野に嵐吹く
大和男子(おのこ)と生まれなば
散兵戦(さんぺいせん)の花と散れ
で始まる、旧日本軍の軍歌「歩兵の本領」を思いだす。
この歌は、ご存知、右翼の黒塗り街宣車がよくフル・ボリュームで流している軍歌
の一曲。その中で
加茂の河原に千鳥が騒ぐ・・・
なぜか時おり流れる「新撰組」の歌とともに耳に残っている曲だ。「歩兵の本領」
はこの後、兵の奮闘を鼓舞し、吶喊を奨め、潔い散華を謳い・・・十番まで続く。
明治44年に発表され、「歩兵の歌」とも称されているそうだ。
子どもの頃、毎年夏に裏磐梯のキャンプ場で開かれる、共産党系の青年集会の抗議
・妨害に、さまざまな右翼団体が日の丸を掲げ、軍歌を流しながら、数十台の街宣車
を連ね、どこからともなく集結してきていた。
普段はのんびりした町に、二、三日大音響が轟き、静かな高原のリゾート・ライフ
を求めて訪れた運の悪い観光客が、怖々眉をひそめていたものだ。
街宣車と云えば、20代後半に知り合った某さんを思いだす。
某さんは、70年代、左翼セクトのデパート、坩堝と謳われた(揶揄された)H大学
経済学部学生自治会の役員で、自称「無所属」、いわゆる「ノンセクト」だったが、
当自治会は新左翼党派C派の強い影響の元にあったことは周知の事実。
某さんは某党の機関誌「A」に名指しで「糾弾」されるほど「やんちゃぶり」を発
揮しながら、学部を無事卒業。
卒業した某さんは、ある区役所に就職したが、そこでの障碍(がい)者支援活動で
またまた「本領」を発揮し、裁判沙汰になって、クビになった。
その某さんが、学生運動へどうして加わっていったか、そのエピソードを聞いたこ
とがあった。
東京下町の生まれで、昭和の「ガキ大将」、ちょっと「いじめっ子」と云った風貌
と気性を持ち合わせた某さん。当然、曲がったことは嫌いで、「強きを挫き、弱きを
助ける」のが男の本分、と云った「侠気」「男気」も満々と漲っている。
高校生の時に、たまたま遊びに行った街の路上で、右翼と新左翼が衝突している現
場に出くわし、好奇心から見物を決め込んでいると、新左翼の一味と勘違いした右翼
が街宣車から下りてきて、木刀(真剣だったか?)を振り上げ、某さんを威嚇。
あまりの恐ろしさにびびっている某さんを助けてくれたのは、学生風の新左翼のお
兄さん。
「危ない真似はするなよ」
某さんを安全地帯に逃したお兄さんはまた、ストリート・ファイティングの渦の中に
戻っていった・・・。
「かっこいい」
某さんは、その時、単純にそう感じたそうだ。
右翼の「正義」に左翼の「正義」。その葛藤(ドラマ)の中、某さんは、左翼の「
正義」を選び、後にも波乱の人生を歩むこととなった(失職後もあれこれ、いろいろ
波瀾万丈)。
車が好きで、アクア・ダイビングが趣味だった、某さん。今でも、どうしても古典
的な「闘士」のイメージがわいてこない。ただ、一度だけ、内ゲバで虐殺(暗殺)さ
れた、C派の幹部をからかう、敵対党派の使う渾名を口走った時、僕を睨んだ目がと
ても怖かったのは憶えている。
・・・・・・・・・・
あの時代、右も左も、ヒーローは東映映画の健さんだった。鬱屈した情念が吹き出
す一歩手前の熱い肉体性とストイシズム、桜の花がよく似合う、民族の心性。
安田講堂が占拠・封鎖された頃の東大学園祭のポスターは、桜吹雪の刺青を背中(
せな)に背負いドスを抜いた、健さんとおぼしき侠客が描かれていた。
僕の通った高校でも、そんな時代の空気に当てられた剣道部の同級生が
「にっこり笑ってひとを斬る 男××さん ×高の庭に はな(桜)と散る」
とうそぶきながら、竹刀を剣に見立てていた。ちょっと座頭市風ではあったが。
その当時買った、赤塚行雄の「ゲバ・アン語展」。昭和44年、自由国民社刊。副題
には「ゲバルトからアングラまで若者文化のKEY WORD」とある。表紙のイラストは
東大学園祭のポスターを描いた、当時東大の学生で、今は「桃尻娘」シリーズの作家
で国文学者の橋本治。

綾小路きみまろじゃないが、あれから40年! 大学では「保護者懇談会」が開かれ
保護者宛に成績表が送られ、桜の入学式には保護者同伴・・・。
今の季節に似て、何とも、うららかなご時世でござんす。
大嵐が過ぎ去って、一気に開花した。桜祭りもスタートし、土日には屋台がいっぱい
出て賑やかになるだろう。
本日の桜並木、北部の様子。メイン・ストリートは両側に桜の木が並び、もっとあ
でやかだ。携帯カメラなので、花叢のボリューム感を捉えきれないのが、残念。
この枝はまさに、万朶(ばんだ)の桜。小学校裏通りの、いちばん陽当たりの良い
場所にある木の枝。
万朶の桜と云えば
万朶の桜か襟の色 花は吉野に嵐吹く
大和男子(おのこ)と生まれなば
散兵戦(さんぺいせん)の花と散れ
で始まる、旧日本軍の軍歌「歩兵の本領」を思いだす。
この歌は、ご存知、右翼の黒塗り街宣車がよくフル・ボリュームで流している軍歌
の一曲。その中で
加茂の河原に千鳥が騒ぐ・・・
なぜか時おり流れる「新撰組」の歌とともに耳に残っている曲だ。「歩兵の本領」
はこの後、兵の奮闘を鼓舞し、吶喊を奨め、潔い散華を謳い・・・十番まで続く。
明治44年に発表され、「歩兵の歌」とも称されているそうだ。
子どもの頃、毎年夏に裏磐梯のキャンプ場で開かれる、共産党系の青年集会の抗議
・妨害に、さまざまな右翼団体が日の丸を掲げ、軍歌を流しながら、数十台の街宣車
を連ね、どこからともなく集結してきていた。
普段はのんびりした町に、二、三日大音響が轟き、静かな高原のリゾート・ライフ
を求めて訪れた運の悪い観光客が、怖々眉をひそめていたものだ。
街宣車と云えば、20代後半に知り合った某さんを思いだす。
某さんは、70年代、左翼セクトのデパート、坩堝と謳われた(揶揄された)H大学
経済学部学生自治会の役員で、自称「無所属」、いわゆる「ノンセクト」だったが、
当自治会は新左翼党派C派の強い影響の元にあったことは周知の事実。
某さんは某党の機関誌「A」に名指しで「糾弾」されるほど「やんちゃぶり」を発
揮しながら、学部を無事卒業。
卒業した某さんは、ある区役所に就職したが、そこでの障碍(がい)者支援活動で
またまた「本領」を発揮し、裁判沙汰になって、クビになった。
その某さんが、学生運動へどうして加わっていったか、そのエピソードを聞いたこ
とがあった。
東京下町の生まれで、昭和の「ガキ大将」、ちょっと「いじめっ子」と云った風貌
と気性を持ち合わせた某さん。当然、曲がったことは嫌いで、「強きを挫き、弱きを
助ける」のが男の本分、と云った「侠気」「男気」も満々と漲っている。
高校生の時に、たまたま遊びに行った街の路上で、右翼と新左翼が衝突している現
場に出くわし、好奇心から見物を決め込んでいると、新左翼の一味と勘違いした右翼
が街宣車から下りてきて、木刀(真剣だったか?)を振り上げ、某さんを威嚇。
あまりの恐ろしさにびびっている某さんを助けてくれたのは、学生風の新左翼のお
兄さん。
「危ない真似はするなよ」
某さんを安全地帯に逃したお兄さんはまた、ストリート・ファイティングの渦の中に
戻っていった・・・。
「かっこいい」
某さんは、その時、単純にそう感じたそうだ。
右翼の「正義」に左翼の「正義」。その葛藤(ドラマ)の中、某さんは、左翼の「
正義」を選び、後にも波乱の人生を歩むこととなった(失職後もあれこれ、いろいろ
波瀾万丈)。
車が好きで、アクア・ダイビングが趣味だった、某さん。今でも、どうしても古典
的な「闘士」のイメージがわいてこない。ただ、一度だけ、内ゲバで虐殺(暗殺)さ
れた、C派の幹部をからかう、敵対党派の使う渾名を口走った時、僕を睨んだ目がと
ても怖かったのは憶えている。
・・・・・・・・・・
あの時代、右も左も、ヒーローは東映映画の健さんだった。鬱屈した情念が吹き出
す一歩手前の熱い肉体性とストイシズム、桜の花がよく似合う、民族の心性。
安田講堂が占拠・封鎖された頃の東大学園祭のポスターは、桜吹雪の刺青を背中(
せな)に背負いドスを抜いた、健さんとおぼしき侠客が描かれていた。
僕の通った高校でも、そんな時代の空気に当てられた剣道部の同級生が
「にっこり笑ってひとを斬る 男××さん ×高の庭に はな(桜)と散る」
とうそぶきながら、竹刀を剣に見立てていた。ちょっと座頭市風ではあったが。
その当時買った、赤塚行雄の「ゲバ・アン語展」。昭和44年、自由国民社刊。副題
には「ゲバルトからアングラまで若者文化のKEY WORD」とある。表紙のイラストは
東大学園祭のポスターを描いた、当時東大の学生で、今は「桃尻娘」シリーズの作家
で国文学者の橋本治。
綾小路きみまろじゃないが、あれから40年! 大学では「保護者懇談会」が開かれ
保護者宛に成績表が送られ、桜の入学式には保護者同伴・・・。
今の季節に似て、何とも、うららかなご時世でござんす。
2012年04月04日
第七十五夜 レトルトおさんどん日記
昨日の嵐はすごかった。昼過ぎから予兆が訪れ、夕方からは、家の周りに物が転がる
音、家が吹き飛びそうに軋む音など、が長く続いた。
仕事場のなかに、まだその余波の風音が聞こえてくる。
テレビは各局、特別報道モード。死傷者が多発し、鉄道、航空便、高速道路など、各
地で、運休、通行止めになっていることを、アナウンサーが伝えていた。
夕方遅くになるはずだった、かみさんと娘が早々と帰宅した。12時過ぎ、熱海の古い
建物と庭園の見学、散策もそこそこに切り上げたようだ。その頃すでに、空には暗雲た
れこめ始めていたのだとか。一足出立が遅れたら、当日中の帰宅も危うかったかも。帰
路の東名高速、海老名〜本厚木間は長らく通行止めになっていた。
二人がいない夜は、親父の夕食をみんなレトルトもので済ませ、小林稔侍の「駅弁刑
事」を観ながら、久しぶりに家呑みを愉しんだ。
親父の夕食のおかずは、パックの「おでん」と「鯵の干物」。味噌汁も作らず、イン
スタント「ジンジャー・コーン・スープ」。完全なる手抜き。おでんはともかく、鯵の
干物もパックを1分間湯煎するだけでOKとは。湯煎する干物。それは始めて知ったも
ので、ちょっとびっくりした。
久しぶりの「家呑み」。先ずはビール。

次に、菊水の田舎造り「五郎八」。にごり酒というよりは、「どぶろく」そのもの。
アルコール度数は21度だから、普通の日本酒よりも高い? たまに呑む韓国の「マッコ
ルリ」と違って、もろみが多く、舌にぴりっとくる微炭酸も無い。かすかに、酒米の粉
状の感覚が舌に残る。

数日間冷蔵庫でうんと冷やしたので呑み易く、四合瓶、半分強呑んだらもう、すっか
りいい気持ちに。当日はそこで打ち止めにした。
つまみは、流水解凍の「枝豆」、冷凍の「たこ焼き」、「かりかり梅」、QBBの「
スモーク・チーズ」、「白子のり」。
これぞ、男の独り酒。色気も味気も、何もなし。
次の日の親父の昼飯も、レトルト「白湯仕立て中華丼」、一人前パックの「冷や奴」
永谷園「昼餉」。またまた手抜きだったが、それでは芸も無く、申し訳なさすぎと思い
冷や奴には、鰹節と高知四万十産の「茗荷」を刻んで乗せた。
音、家が吹き飛びそうに軋む音など、が長く続いた。
仕事場のなかに、まだその余波の風音が聞こえてくる。
テレビは各局、特別報道モード。死傷者が多発し、鉄道、航空便、高速道路など、各
地で、運休、通行止めになっていることを、アナウンサーが伝えていた。
夕方遅くになるはずだった、かみさんと娘が早々と帰宅した。12時過ぎ、熱海の古い
建物と庭園の見学、散策もそこそこに切り上げたようだ。その頃すでに、空には暗雲た
れこめ始めていたのだとか。一足出立が遅れたら、当日中の帰宅も危うかったかも。帰
路の東名高速、海老名〜本厚木間は長らく通行止めになっていた。
二人がいない夜は、親父の夕食をみんなレトルトもので済ませ、小林稔侍の「駅弁刑
事」を観ながら、久しぶりに家呑みを愉しんだ。
親父の夕食のおかずは、パックの「おでん」と「鯵の干物」。味噌汁も作らず、イン
スタント「ジンジャー・コーン・スープ」。完全なる手抜き。おでんはともかく、鯵の
干物もパックを1分間湯煎するだけでOKとは。湯煎する干物。それは始めて知ったも
ので、ちょっとびっくりした。
久しぶりの「家呑み」。先ずはビール。
次に、菊水の田舎造り「五郎八」。にごり酒というよりは、「どぶろく」そのもの。
アルコール度数は21度だから、普通の日本酒よりも高い? たまに呑む韓国の「マッコ
ルリ」と違って、もろみが多く、舌にぴりっとくる微炭酸も無い。かすかに、酒米の粉
状の感覚が舌に残る。
数日間冷蔵庫でうんと冷やしたので呑み易く、四合瓶、半分強呑んだらもう、すっか
りいい気持ちに。当日はそこで打ち止めにした。
つまみは、流水解凍の「枝豆」、冷凍の「たこ焼き」、「かりかり梅」、QBBの「
スモーク・チーズ」、「白子のり」。
これぞ、男の独り酒。色気も味気も、何もなし。
次の日の親父の昼飯も、レトルト「白湯仕立て中華丼」、一人前パックの「冷や奴」
永谷園「昼餉」。またまた手抜きだったが、それでは芸も無く、申し訳なさすぎと思い
冷や奴には、鰹節と高知四万十産の「茗荷」を刻んで乗せた。
2012年04月02日
鉄に惹かれて善光寺詣り
昨日はゆっくり休んだので目の疲れもだいぶとれたようだ。土曜日だいぶ呑んだが(
焼酎ボトル1本とちょっと)ダメージはまったくない。本気で歌を歌って発散したから
だろうか? だいぶ残った2本目のボトルは「アリラン」では初のボトル・キープにし
た。
という訳で新しい一週間が始まった訳だが、かみさんと娘は車で、熱海に一泊二日の
旅行にでかけた。
「ヴィラ・デル・ソル」とか云う、フランス料理の旨い、ホテルのようだ。
「いいコースだったよ」
夕べ(今日の深夜)遅くスノボから帰ってきた(何時だったか僕は知らなかった。寝て
たから)娘の、今朝の感想。娘の滑った「グランデコ」は僕の田舎にあるスキー場。吾
妻連峰の南麓に広がっている。
「山、きれいだったろ」
と聞くと、これまであまり景色などに興味がなかった娘がうなずいた。何の理由もない
が、ふるさとの景色を褒められると、とても嬉しくなる。
娘は、夜討ち朝駆けのようなハード・スケジュールなのに、何ともないとは、やっぱ
り若いなあ〜。さすがの20代かぁ。
僕は約二日間、親父と猫のお世話係。ビール、缶チューハイ、日本酒と、なぜか酒の
ストックがいっぱいあるので、のんびりと、テレビでも観ながら(朝テレビ欄を眺めた
ら、夜には、僕の好きな小林稔侍主演の刑事物があるし)家呑みを決め込もうか? 食
費3000円もらったが、親父の飯はあり合わせの食材で作って、みんなつまみ代にしち
ゃおう(内緒)。
行きの行程を運転するかみさんは、神奈川方面には初めて首都高で抜けるようだが、
気をつけて。江戸橋ジャンクションで分岐してすぐのトンネル内で渋谷方面だから、初
心者にはけっこう難儀なコース。最新のナビ載んでるからOKか。
二人の旅行に触発されたか、僕も旅をしたくなった。僕は「乗り鉄」だから、断然、
旅は鉄道、レール・ウエイ。昨夜BSジャパンの再放送で観た、これまた小林稔侍の鉄
道警察ものの影響も受けたか?
早速、仕事前にネットで調べた(中央本線沿線)。
行き先は北アルプス、白馬、鹿島槍の麓の白馬。列車は南小谷行きの「あずさ3号」
新宿発7時30分に、ほぼ決めた。
白馬では訪ねてみたい「某山荘」がある。そこで1時間ほど、北アルプスを眺めなが
ら散歩して、松本に戻って、篠ノ井線で長野に出て。
長野では、大宮行きの新幹線の時間まで1時間ほどとって、善光寺参り。
善光寺のホーム・ページを開いたら、「還暦参り」のコーナーがあった。還暦を迎え
るのは、来年夏だが、早めにお参りしておこう。還暦六十は生涯二回当る男の大厄なの
だそうだ。
ご利益は、これからの心がけと実践しだい。
神仏は信じなくとも良いが、神仏に信じられる「人間に」と云ったところ、か。
若い頃何かに行き詰ると、田舎や信州の山、房総の海を見に小旅行をしたものだ。こ
の歳になると、感傷に浸るもなにもなく、日常も心象も、淡々としたものだが、あの頃
に比べると、だいぶ色あせたとは云え、まだまだ、簡単には癒えない屈託が心のなかに
沈んでいる。
雄大なアルプスの山々を眺めれば、束の間、晴れ間が見え、きっと、小さな、新しい
何かが始まるような気がする。
さあ、出かけよう! 「外」に開かれる、小さな窓を捜しに!
信州大町からの鹿島槍。双耳峰が美しい。

焼酎ボトル1本とちょっと)ダメージはまったくない。本気で歌を歌って発散したから
だろうか? だいぶ残った2本目のボトルは「アリラン」では初のボトル・キープにし
た。
という訳で新しい一週間が始まった訳だが、かみさんと娘は車で、熱海に一泊二日の
旅行にでかけた。
「ヴィラ・デル・ソル」とか云う、フランス料理の旨い、ホテルのようだ。
「いいコースだったよ」
夕べ(今日の深夜)遅くスノボから帰ってきた(何時だったか僕は知らなかった。寝て
たから)娘の、今朝の感想。娘の滑った「グランデコ」は僕の田舎にあるスキー場。吾
妻連峰の南麓に広がっている。
「山、きれいだったろ」
と聞くと、これまであまり景色などに興味がなかった娘がうなずいた。何の理由もない
が、ふるさとの景色を褒められると、とても嬉しくなる。
娘は、夜討ち朝駆けのようなハード・スケジュールなのに、何ともないとは、やっぱ
り若いなあ〜。さすがの20代かぁ。
僕は約二日間、親父と猫のお世話係。ビール、缶チューハイ、日本酒と、なぜか酒の
ストックがいっぱいあるので、のんびりと、テレビでも観ながら(朝テレビ欄を眺めた
ら、夜には、僕の好きな小林稔侍主演の刑事物があるし)家呑みを決め込もうか? 食
費3000円もらったが、親父の飯はあり合わせの食材で作って、みんなつまみ代にしち
ゃおう(内緒)。
行きの行程を運転するかみさんは、神奈川方面には初めて首都高で抜けるようだが、
気をつけて。江戸橋ジャンクションで分岐してすぐのトンネル内で渋谷方面だから、初
心者にはけっこう難儀なコース。最新のナビ載んでるからOKか。
二人の旅行に触発されたか、僕も旅をしたくなった。僕は「乗り鉄」だから、断然、
旅は鉄道、レール・ウエイ。昨夜BSジャパンの再放送で観た、これまた小林稔侍の鉄
道警察ものの影響も受けたか?
早速、仕事前にネットで調べた(中央本線沿線)。
行き先は北アルプス、白馬、鹿島槍の麓の白馬。列車は南小谷行きの「あずさ3号」
新宿発7時30分に、ほぼ決めた。
白馬では訪ねてみたい「某山荘」がある。そこで1時間ほど、北アルプスを眺めなが
ら散歩して、松本に戻って、篠ノ井線で長野に出て。
長野では、大宮行きの新幹線の時間まで1時間ほどとって、善光寺参り。
善光寺のホーム・ページを開いたら、「還暦参り」のコーナーがあった。還暦を迎え
るのは、来年夏だが、早めにお参りしておこう。還暦六十は生涯二回当る男の大厄なの
だそうだ。
ご利益は、これからの心がけと実践しだい。
神仏は信じなくとも良いが、神仏に信じられる「人間に」と云ったところ、か。
若い頃何かに行き詰ると、田舎や信州の山、房総の海を見に小旅行をしたものだ。こ
の歳になると、感傷に浸るもなにもなく、日常も心象も、淡々としたものだが、あの頃
に比べると、だいぶ色あせたとは云え、まだまだ、簡単には癒えない屈託が心のなかに
沈んでいる。
雄大なアルプスの山々を眺めれば、束の間、晴れ間が見え、きっと、小さな、新しい
何かが始まるような気がする。
さあ、出かけよう! 「外」に開かれる、小さな窓を捜しに!
信州大町からの鹿島槍。双耳峰が美しい。
2012年04月01日
第七十四夜 R&Bナンバーがご機嫌な夜
夕べは深夜0時くらいまで、西川口の「アリラン」で呑んだのと、ここ10日ほど、昼
夜PCの画面とにらめっこが続き、とても目が疲れているので、目の養生に昼まで寝て
いた。
9時頃に新聞を読みながら、朝飯はちゃんと喰った(たまごかけ飯、白子のり、ほう
れん草おひたし、ほうれん草入りワンタン・カップスープ)。
4月から朝日新聞から毎日新聞に変わった。主張の中身はともかく、レイアウト、企
画は朝日新聞が各紙を一歩リードしているような気がする(呆れるような記事や投稿が
多いけど)。昨日だかに読んだ阿呆おやぢの投稿のことはいつか書いてみたい。腹のた
つほどばかばかしい、勘違いフェミおやぢで、それを取り上げた、朝日の古くさいセン
スが透けて見えた。
昨日、田舎の伯母や従姉妹たち4人が母の特養ホームに訪ねてきてくれたので、ホー
ムまでコミュニティ・バスを駅前で乗り継いだ。小さなバスは、会社の路線バスと違っ
て、細い路地を細かく廻るので、時間がかかる。いつも歩いている街が、バスで走ると
どこか見知らぬ街のように見えて来て愉しい。
思考でも知覚でも、視点、視座が変わる(変える)と、世界が違って見えてくる。
それにしても、田舎の古い(失礼)女のひとたちは情が深い。お尻に傷が出来て寝て
いる母のベッドの周りは、昔語り、思い出語りにいつしかすすり泣きの輪。みんなに見
下ろされた母はどこか恥ずかしそうに笑っていた。
帰りは、嵐のピーク。ホーム中庭の桜の枝には今年初見の桜の花が一、二輪咲いてい
たが、せっかくほころんだのに、かわいそうになるくらいの強い雨風に吹きさらされて
いた。
従姉妹のご主人が運転する車で駅近くまで送ってもらった(元フジTVのK島Nっち
ゃんちの近く)が、外は相変わらず、強風と土砂降りの雨。傘をあおられながらようや
くコミュニティ・バスの乗り場まで着いたが、時刻表を見ると、家の近くに停まるバス
が出るまで40分ほど間がある。
ままよ、と雨風の中家まで歩いた。途中、お土産にもらった、酒とまんじゅうの入っ
た紙袋は案の定、雨に濡れて底が抜けそうに。それを抱え、なんとか家にたどり着くと
雨風は弱まっていた。
こんなもんだな。と玄関先に荷を置いて、タバコを一服した。
その後、濡れたズボンを着替え、ぐしょ濡れになった靴も履き替え、路上でかみさん
にいつもの「遅くなる」メールを入れて、西川口へ。
「アリラン」にはUっちーがいたが、どこか元気がない。ママも妙に静か。金曜日(土
曜日の朝、4、5時頃まで)、お客がいっぱいで、遅くまで店を開けて、二人もおおい
に呑んだらしい。
「今日は呑まないの?」
なかなか自分もエンジンのかからないママがUっちーに聞くと
「せっかく、Yっちゃんに遇ったんだから」
と、呑み始めた。ママが焼いてくれたイカの入った「チヂミ」が、とても美味かった。
しばらく、おなじみさんのことや四方山話をしていたら、酔いも回ってきて、カラオ
ケ・タイムに。十数曲、いつもの曲を歌って、〆にC・C・Rの「Lodi」を探したらな
かったので、Sam Cookの「Bring It on Home to Me」をラスト・ソングにしてタクシーで
帰宅。
なかなか上手く歌え、ちょっとご機嫌。でも、またママに、タバコの喫い過ぎをたし
なめられた。呑むと、一箱空いてしまう。気をつけよ。
いつもの西川口パターンでは、「千登利」〜「アリラン」のルーティンが多い。夕べ
は、たまには逆打ちしようかと先に入った「アリラン」だったが、「千登利」は休みだ
った。多分、オート・レースがなかったんだろう。
今日の一枚は、昨日のお土産の田舎の地酒、稲川酒蔵の「七重郎」と、他のひとから
頂いた、新潟新発田、菊水酒蔵のにごり酒「五郎八」。どちらも、日本酒はあまり呑ま
ない僕でも、とびきり好きな酒。

仲間と花見でもやる機会があったら、日本酒党のYっちゃんとHdちゃんに飲んでも
らいた酒だ。
今日は、PCの前にいるのはこのくらいにして、家でゆっくりしよう。娘は日帰りバ
スで、猪苗代の「グランデコ」まで、スノボ・ツアー。帰りは夜遅くだろうか。従姉妹
に聞けば、田舎は桜のつぼみどころか、まだまだ雪の中、だそうだ。
夜PCの画面とにらめっこが続き、とても目が疲れているので、目の養生に昼まで寝て
いた。
9時頃に新聞を読みながら、朝飯はちゃんと喰った(たまごかけ飯、白子のり、ほう
れん草おひたし、ほうれん草入りワンタン・カップスープ)。
4月から朝日新聞から毎日新聞に変わった。主張の中身はともかく、レイアウト、企
画は朝日新聞が各紙を一歩リードしているような気がする(呆れるような記事や投稿が
多いけど)。昨日だかに読んだ阿呆おやぢの投稿のことはいつか書いてみたい。腹のた
つほどばかばかしい、勘違いフェミおやぢで、それを取り上げた、朝日の古くさいセン
スが透けて見えた。
昨日、田舎の伯母や従姉妹たち4人が母の特養ホームに訪ねてきてくれたので、ホー
ムまでコミュニティ・バスを駅前で乗り継いだ。小さなバスは、会社の路線バスと違っ
て、細い路地を細かく廻るので、時間がかかる。いつも歩いている街が、バスで走ると
どこか見知らぬ街のように見えて来て愉しい。
思考でも知覚でも、視点、視座が変わる(変える)と、世界が違って見えてくる。
それにしても、田舎の古い(失礼)女のひとたちは情が深い。お尻に傷が出来て寝て
いる母のベッドの周りは、昔語り、思い出語りにいつしかすすり泣きの輪。みんなに見
下ろされた母はどこか恥ずかしそうに笑っていた。
帰りは、嵐のピーク。ホーム中庭の桜の枝には今年初見の桜の花が一、二輪咲いてい
たが、せっかくほころんだのに、かわいそうになるくらいの強い雨風に吹きさらされて
いた。
従姉妹のご主人が運転する車で駅近くまで送ってもらった(元フジTVのK島Nっち
ゃんちの近く)が、外は相変わらず、強風と土砂降りの雨。傘をあおられながらようや
くコミュニティ・バスの乗り場まで着いたが、時刻表を見ると、家の近くに停まるバス
が出るまで40分ほど間がある。
ままよ、と雨風の中家まで歩いた。途中、お土産にもらった、酒とまんじゅうの入っ
た紙袋は案の定、雨に濡れて底が抜けそうに。それを抱え、なんとか家にたどり着くと
雨風は弱まっていた。
こんなもんだな。と玄関先に荷を置いて、タバコを一服した。
その後、濡れたズボンを着替え、ぐしょ濡れになった靴も履き替え、路上でかみさん
にいつもの「遅くなる」メールを入れて、西川口へ。
「アリラン」にはUっちーがいたが、どこか元気がない。ママも妙に静か。金曜日(土
曜日の朝、4、5時頃まで)、お客がいっぱいで、遅くまで店を開けて、二人もおおい
に呑んだらしい。
「今日は呑まないの?」
なかなか自分もエンジンのかからないママがUっちーに聞くと
「せっかく、Yっちゃんに遇ったんだから」
と、呑み始めた。ママが焼いてくれたイカの入った「チヂミ」が、とても美味かった。
しばらく、おなじみさんのことや四方山話をしていたら、酔いも回ってきて、カラオ
ケ・タイムに。十数曲、いつもの曲を歌って、〆にC・C・Rの「Lodi」を探したらな
かったので、Sam Cookの「Bring It on Home to Me」をラスト・ソングにしてタクシーで
帰宅。
なかなか上手く歌え、ちょっとご機嫌。でも、またママに、タバコの喫い過ぎをたし
なめられた。呑むと、一箱空いてしまう。気をつけよ。
いつもの西川口パターンでは、「千登利」〜「アリラン」のルーティンが多い。夕べ
は、たまには逆打ちしようかと先に入った「アリラン」だったが、「千登利」は休みだ
った。多分、オート・レースがなかったんだろう。
今日の一枚は、昨日のお土産の田舎の地酒、稲川酒蔵の「七重郎」と、他のひとから
頂いた、新潟新発田、菊水酒蔵のにごり酒「五郎八」。どちらも、日本酒はあまり呑ま
ない僕でも、とびきり好きな酒。
仲間と花見でもやる機会があったら、日本酒党のYっちゃんとHdちゃんに飲んでも
らいた酒だ。
今日は、PCの前にいるのはこのくらいにして、家でゆっくりしよう。娘は日帰りバ
スで、猪苗代の「グランデコ」まで、スノボ・ツアー。帰りは夜遅くだろうか。従姉妹
に聞けば、田舎は桜のつぼみどころか、まだまだ雪の中、だそうだ。
2012年03月31日
ベロがひん曲がっちゃうよ
いつもなら土曜日は遅くまで寝ているのだが、今朝は早起き。8種類だかの野菜のシ
リアルに牛乳をかけ、きんかん3つ、オレンジ1個、朝飯に喰った。
新聞のスポーツ欄で、卓球女子の対韓国戦の結果を探したが出ていなかった。男子は
3位の銅メダル決定。夕べ、福原が13回目の正直とかで、世界ナンバー1のカットマン
(ウーマン)キム・キョンアに初勝利。次の石川も勝って、「これは」と思っていたら
平野が負けてしまった。
それにしてもキム・キョンア。いつもクールでかっこ良くて好きだったのだが、福原
に追い込まれて苛ついたのか、試合中コートに足を乗せて何やらしていた姿にはがっか
り。マナーが悪いというか下品というか。本性見えたりじゃないが、あれじゃ百年の恋
も醒めてしまう。
プロ野球もオープン。わが東京ヤクルトスワローズは讀賣ジャイアンツとの開幕戦だ
ったが(なんで東京ドームなの?)、頻繁に国際卓球とチャンネルを変えながら観てい
ると、石川が9回1死までノーヒット・ノーラン! こりゃ凄い! はらはらしながら
応援していたら、坂本の痛打が炸裂。打球は三塁手宮本のグラブをかすめ・・・そこで
僕の緊張の糸もぷっつん。
卓球にチャンネルを変えると、福原も負けてしまって、けっきょくフル・セットにも
つれこんだ。ここで、昼の疲れがどっと出て、風呂に入って寝てしまった。
さて、わが畠山くん、ヒット2本打って、スワローズも継投で0封で勝ったが、卓球
女子はどうなった? テレビを観ていないので結果が分からない。知りたいような、知
りたくないような。石川とキムの大将勝負だからなあ。
それにしても、ドルトムント大会の会場は、ウエストファーレン・ホール。なんか、
とても懐かしいドイツ語のひびきだ。ニーダーザクセンとかバイエルンとか、ちょこっ
とドイツ語を勉強した時に、一生懸命に憶えた州の名前だ。
僕は、街とひとの名前が好きだから、まずそれを先に憶える。ドイツなら、マグデブ
ルグ、シュトゥットゥガルトとか、ワルター・ベンヤミン、ティル・オイレンシュピー
ゲル。韓国なら、ウォンサン、スゥオン、チョンハー、ユ・ガンスン、イ・フェソン、
チェ・キョンスン、カン・ユギョン(この二人は身近なひと)、キム・オッキュン。ロ
シアならエヴゲーニャ・ヤーコヴレヴナ・チェーホワ、アレクサンドル・アレクサンド
ロヴィチ・ベススメルトヌイフとか、思いっきり、べろがひん曲がりそうなやつを。
さて、今朝の早起きの理由は・・・。
久喜の妹の家に遊びに来ている、田舎の従姉妹が伯母(母の妹)と、母の新しいホー
ムに面会に来ると連絡があったので、いつ電話がきても出られるように待機するため。
だが、まだ連絡がこない。今日は雨の予報。車はかみさんが使うことになっている。
雨なら、お土産もあるので、バスかタクシーになる。歩けば4〜50分、自転車なら15
分くらいなので、その予定をしていたのだが。
外は、雨もよいの強風がごーごー吹いている。厭だな。
バスは一度駅に出て乗り継ぎ、タクシーも簡単につかまらないし。ちょっと面倒なこ
とになった。
夕べ、風呂でひさしぶりに体重計に乗ったら、71キロを超えて(肥えて)いた。ここ
10日あまり、家でも外でも酒は一滴も呑んでいないのだが。
僕は酒を呑まないでいると太ってしまう。僕の酒は呑むととことん、の癖(へき)が
あるので、ついつい深酒になり、二日酔(酷い時は三日酔)になって、昼夜が逆転し、
食事が偏り(摂れない時も)、時間を浪費し・・・と心身ともに、自らに負荷を強いが
ちになる。
結果、いかに熱量を身体に取り込んでも体重は逆に減ってしまうのだ。
酒を呑まないと、規則正しく飯を喰って、寝て起きて、仕事して・・・頭と身体には
良いんだろうが、ストレスとかはどうなってんだろう? 今のところ、たいして影響は
なさそうだが。
何か、このまま、酒をやめられそうな気もする。禁断(依存)症状らしきものは、ひ
とつもない。
いやいや、それはやめておこう(一体どっちをやめるんだw)。酒には酒の愉しみが
あるではないの。
酒なくてなにがこの世の花見かな でござる。お猿のお尻はなぜ赤い。あのこのパン
ツもなぜ赤い。
今宵は、はてさて? 用事が済んだら久々にどこぞへ繰り出そう。歌でも歌おう。
これを書いていたら、従姉妹から連絡が入った。午後1時半の待ち合わせになった。
それにしても、今の母のいるホームは、洒落てはいるが、云いにくいカタカナの名前
がついている。日本人にはさらっと一、二回では云えない。僕も従姉妹に電話で伝える
時、小さなカタカナの「ュ」だとか、「ー」と伸びないとか、ベロがひん曲がりそうに
なった。
考えもんだよ、ありゃ。やさしい、その姿に合った名前をつけようよ。今時の子ども
の名前もさ。
リアルに牛乳をかけ、きんかん3つ、オレンジ1個、朝飯に喰った。
新聞のスポーツ欄で、卓球女子の対韓国戦の結果を探したが出ていなかった。男子は
3位の銅メダル決定。夕べ、福原が13回目の正直とかで、世界ナンバー1のカットマン
(ウーマン)キム・キョンアに初勝利。次の石川も勝って、「これは」と思っていたら
平野が負けてしまった。
それにしてもキム・キョンア。いつもクールでかっこ良くて好きだったのだが、福原
に追い込まれて苛ついたのか、試合中コートに足を乗せて何やらしていた姿にはがっか
り。マナーが悪いというか下品というか。本性見えたりじゃないが、あれじゃ百年の恋
も醒めてしまう。
プロ野球もオープン。わが東京ヤクルトスワローズは讀賣ジャイアンツとの開幕戦だ
ったが(なんで東京ドームなの?)、頻繁に国際卓球とチャンネルを変えながら観てい
ると、石川が9回1死までノーヒット・ノーラン! こりゃ凄い! はらはらしながら
応援していたら、坂本の痛打が炸裂。打球は三塁手宮本のグラブをかすめ・・・そこで
僕の緊張の糸もぷっつん。
卓球にチャンネルを変えると、福原も負けてしまって、けっきょくフル・セットにも
つれこんだ。ここで、昼の疲れがどっと出て、風呂に入って寝てしまった。
さて、わが畠山くん、ヒット2本打って、スワローズも継投で0封で勝ったが、卓球
女子はどうなった? テレビを観ていないので結果が分からない。知りたいような、知
りたくないような。石川とキムの大将勝負だからなあ。
それにしても、ドルトムント大会の会場は、ウエストファーレン・ホール。なんか、
とても懐かしいドイツ語のひびきだ。ニーダーザクセンとかバイエルンとか、ちょこっ
とドイツ語を勉強した時に、一生懸命に憶えた州の名前だ。
僕は、街とひとの名前が好きだから、まずそれを先に憶える。ドイツなら、マグデブ
ルグ、シュトゥットゥガルトとか、ワルター・ベンヤミン、ティル・オイレンシュピー
ゲル。韓国なら、ウォンサン、スゥオン、チョンハー、ユ・ガンスン、イ・フェソン、
チェ・キョンスン、カン・ユギョン(この二人は身近なひと)、キム・オッキュン。ロ
シアならエヴゲーニャ・ヤーコヴレヴナ・チェーホワ、アレクサンドル・アレクサンド
ロヴィチ・ベススメルトヌイフとか、思いっきり、べろがひん曲がりそうなやつを。
さて、今朝の早起きの理由は・・・。
久喜の妹の家に遊びに来ている、田舎の従姉妹が伯母(母の妹)と、母の新しいホー
ムに面会に来ると連絡があったので、いつ電話がきても出られるように待機するため。
だが、まだ連絡がこない。今日は雨の予報。車はかみさんが使うことになっている。
雨なら、お土産もあるので、バスかタクシーになる。歩けば4〜50分、自転車なら15
分くらいなので、その予定をしていたのだが。
外は、雨もよいの強風がごーごー吹いている。厭だな。
バスは一度駅に出て乗り継ぎ、タクシーも簡単につかまらないし。ちょっと面倒なこ
とになった。
夕べ、風呂でひさしぶりに体重計に乗ったら、71キロを超えて(肥えて)いた。ここ
10日あまり、家でも外でも酒は一滴も呑んでいないのだが。
僕は酒を呑まないでいると太ってしまう。僕の酒は呑むととことん、の癖(へき)が
あるので、ついつい深酒になり、二日酔(酷い時は三日酔)になって、昼夜が逆転し、
食事が偏り(摂れない時も)、時間を浪費し・・・と心身ともに、自らに負荷を強いが
ちになる。
結果、いかに熱量を身体に取り込んでも体重は逆に減ってしまうのだ。
酒を呑まないと、規則正しく飯を喰って、寝て起きて、仕事して・・・頭と身体には
良いんだろうが、ストレスとかはどうなってんだろう? 今のところ、たいして影響は
なさそうだが。
何か、このまま、酒をやめられそうな気もする。禁断(依存)症状らしきものは、ひ
とつもない。
いやいや、それはやめておこう(一体どっちをやめるんだw)。酒には酒の愉しみが
あるではないの。
酒なくてなにがこの世の花見かな でござる。お猿のお尻はなぜ赤い。あのこのパン
ツもなぜ赤い。
今宵は、はてさて? 用事が済んだら久々にどこぞへ繰り出そう。歌でも歌おう。
これを書いていたら、従姉妹から連絡が入った。午後1時半の待ち合わせになった。
それにしても、今の母のいるホームは、洒落てはいるが、云いにくいカタカナの名前
がついている。日本人にはさらっと一、二回では云えない。僕も従姉妹に電話で伝える
時、小さなカタカナの「ュ」だとか、「ー」と伸びないとか、ベロがひん曲がりそうに
なった。
考えもんだよ、ありゃ。やさしい、その姿に合った名前をつけようよ。今時の子ども
の名前もさ。
2012年03月30日
友がみな偉くみゆる朝に
朝飯を喰いながら朝刊を読もうと、新聞を開いたら、折り込みチラシに混じって、こ
の時期恒例の県内公立学校の人事異動特集がはさみ込まれていた。
若かった頃は出身校の、PTAの頃は娘の学校の教師の異動に関心があって読んだも
のだが、出身校の教師はもうみなとっくに定年、娘も大学生になり、学校とも縁がなく
なって、ここ五、六年は目も通さないでそのまま古新聞袋入りになっていた。
今朝もそうなるところだったが、偶然、一面に懐かしい名前を見つけた。写真を見る
と、面影のある顔だった。
高校の同級生のKくんだった。ある高校の校長に新任になったようだ。
数年前、同じ新聞の地方版で、やはり高校の同級生のYくんの某市助役昇進が写真入
りで掲載されているのを読んだことがあった。
時々、かみさんに、友だちが一部上場会社や有名企業の取締役や役員、その他役所や
学校などで重職についたことを話すことがある(それは、ちょっとした友人自慢からだ
けなのだが)。
「みんなそんな歳なのよ」
かみさんは、至極当たり前のように返事を返してくる。
そうなのである。それが世の「仕来り」であって、常識であって。それは重々承知し
てはいるのだが・・・暗に
「出世してないのは、あなただけよ」
みたいに云われてもいるようで、ややこころの苛つく(傷つく)ことがある。
今朝もかみさんは、昔のお隣りさんの市役所勤めの長男が、近所の公民館に部長待遇
の館長として異動してくる話をひとしきりしていた。公民館を拠点にさまざまな活動を
している立場からすれば
「なにかとやりやすくなる」
らしいのだとか。
あれは1970年代半ば。全国に学園紛争(闘争)の嵐が吹き荒れていた頃、その余熱
の中で、僕らの高校にもバリケードが築かれ、知り合い数人がその中に立てこもり、周
辺でさまざまな活動をする友人たちも大勢いた。
高校を出ても、大学で、職場で、街頭で、三里塚、大阪釜ヶ崎で・・・その、自らの
志を貫いた(いる)友人、知り合いは数多い。
・・・・・・・・・・
「大人たちがレールを敷いた卒業式を拒否しよう! 国歌、校歌を歌うのは止めよう」
さらさらした髪を長く伸ばし、どんな党派(性)にも属さないで、たった一人で自分
で書いたビラを同級生に配っていたKくん。背が高く、優しい目のきれいな顔をしてて
頭が良くて、女の子にもてたKくん。
W大の教育学部に入って、教師になったことは、風の便りに聞いていた。
・・・・・・・・・・
僕はKくんの来し方をどうこう云うつもりは全くない。そんなこと云える資格も義理
もない。KくんにはKくんの人生があるだけだ。高校の時だって、まともに話したこと
は一度もない。悩みも、夢も、理想も、思想も、さまざまな事情も、何も知らない。
昔読んだ、長谷川町子の「いじ悪ばあさん」の四コマまんがの、起承転結の結のコマ
だけを思いだす。
ばあさんは茶の間で、何喰わぬ顔をして、膝にのせた猫のヒゲをはさみ(和ばさみな
のがみそ)でちょん切ろろうとしてしている場面が描かれている。
石川啄木の歌のパロディなのだろう、ばあさんが諳んじる歌が添えられていた。
友がみな偉く見える日われ戯れに猫のひげ切る
とかなんとか。
まあ、そんな気分になった、今日の朝。さて、われは・・・。
僕はKくんたちと、同じ時代を同じような空気を吸って生きた。ただ僕は、今になっ
て思うに、「空気」を多く吸い過ぎた気がする。そして、まだその「空気」の中で生き
ているような気がする。
僕は、バリケードに入らなかったし、たった一人の勇気ある「行動」も出来ず、女の
子にももてず、ましてや憂世、憂国にまなじりを決するストリート・ファイティングマ
ンにもならなかった(なれなかった)。「志」なんて無かったし、それが何なのか、考
えさもしなかった。
それが、僕の若い頃の「空気」だった。とてつもなく茫洋とした、とても抽象的な。
真面目に勉強しないから、良い学校にも入れず、まともなシュウカツもしないから、
まともな会社にも入れなかったし、まともに勉強も修行もしないから、(まとも)な職
にも就けなかった(叩き上げの職人とか商人)。だから、まとまった金も財産も持って
ないし、絵に描いたような、まともな幸せもない。これからまともな年金もない、先が
見えない、当てのない人生の終盤が待っているのだと思う。
自虐して云えば「自業自得」、希望をもって云えば「自力更生」。
イデオロギーや政治のことなんて、あまり興味がないし、よく分からない。共産主義
もマオイズム、中国も中国人も、中国共産党の「大虐殺」もさっぱり分からないが、「
自力更生」、この言葉は好きだ。
これから先の、僕の物心両面の支えになるキー・ワードが、これだと思っている。
トロツキーの「永久革命論」と毛沢東の「自力更生」。
残り少ない日々を、新たに意識的に生き、物心両面、なるべく他に依らず、望むもの
(他人にしたらちっぽけでも、自分にはけっこう大きな)を求めて、「外」を目指し。
これ、18の頃に考えたことと、あんまり(全然)変わってない。あの頃はこんなに上
手い言葉で自分を、まるめ込めなかったけど(猾くなったのも年の功でOK)。あの時
代の「空気」に染まりきったまま、まったく進歩も成長もしていないや。
僕には、トロツキーも毛沢東も(サルトルもサリンジャーもストーンズも)、あの頃
はただ「空気」だったんだなぁ。
こんな気分の日には、僕はやっぱり、これだ。ちょっと切なくなるけど。
You Tubeから The Circle Game Buffy Sainte-Marie
の時期恒例の県内公立学校の人事異動特集がはさみ込まれていた。
若かった頃は出身校の、PTAの頃は娘の学校の教師の異動に関心があって読んだも
のだが、出身校の教師はもうみなとっくに定年、娘も大学生になり、学校とも縁がなく
なって、ここ五、六年は目も通さないでそのまま古新聞袋入りになっていた。
今朝もそうなるところだったが、偶然、一面に懐かしい名前を見つけた。写真を見る
と、面影のある顔だった。
高校の同級生のKくんだった。ある高校の校長に新任になったようだ。
数年前、同じ新聞の地方版で、やはり高校の同級生のYくんの某市助役昇進が写真入
りで掲載されているのを読んだことがあった。
時々、かみさんに、友だちが一部上場会社や有名企業の取締役や役員、その他役所や
学校などで重職についたことを話すことがある(それは、ちょっとした友人自慢からだ
けなのだが)。
「みんなそんな歳なのよ」
かみさんは、至極当たり前のように返事を返してくる。
そうなのである。それが世の「仕来り」であって、常識であって。それは重々承知し
てはいるのだが・・・暗に
「出世してないのは、あなただけよ」
みたいに云われてもいるようで、ややこころの苛つく(傷つく)ことがある。
今朝もかみさんは、昔のお隣りさんの市役所勤めの長男が、近所の公民館に部長待遇
の館長として異動してくる話をひとしきりしていた。公民館を拠点にさまざまな活動を
している立場からすれば
「なにかとやりやすくなる」
らしいのだとか。
あれは1970年代半ば。全国に学園紛争(闘争)の嵐が吹き荒れていた頃、その余熱
の中で、僕らの高校にもバリケードが築かれ、知り合い数人がその中に立てこもり、周
辺でさまざまな活動をする友人たちも大勢いた。
高校を出ても、大学で、職場で、街頭で、三里塚、大阪釜ヶ崎で・・・その、自らの
志を貫いた(いる)友人、知り合いは数多い。
・・・・・・・・・・
「大人たちがレールを敷いた卒業式を拒否しよう! 国歌、校歌を歌うのは止めよう」
さらさらした髪を長く伸ばし、どんな党派(性)にも属さないで、たった一人で自分
で書いたビラを同級生に配っていたKくん。背が高く、優しい目のきれいな顔をしてて
頭が良くて、女の子にもてたKくん。
W大の教育学部に入って、教師になったことは、風の便りに聞いていた。
・・・・・・・・・・
僕はKくんの来し方をどうこう云うつもりは全くない。そんなこと云える資格も義理
もない。KくんにはKくんの人生があるだけだ。高校の時だって、まともに話したこと
は一度もない。悩みも、夢も、理想も、思想も、さまざまな事情も、何も知らない。
昔読んだ、長谷川町子の「いじ悪ばあさん」の四コマまんがの、起承転結の結のコマ
だけを思いだす。
ばあさんは茶の間で、何喰わぬ顔をして、膝にのせた猫のヒゲをはさみ(和ばさみな
のがみそ)でちょん切ろろうとしてしている場面が描かれている。
石川啄木の歌のパロディなのだろう、ばあさんが諳んじる歌が添えられていた。
友がみな偉く見える日われ戯れに猫のひげ切る
とかなんとか。
まあ、そんな気分になった、今日の朝。さて、われは・・・。
僕はKくんたちと、同じ時代を同じような空気を吸って生きた。ただ僕は、今になっ
て思うに、「空気」を多く吸い過ぎた気がする。そして、まだその「空気」の中で生き
ているような気がする。
僕は、バリケードに入らなかったし、たった一人の勇気ある「行動」も出来ず、女の
子にももてず、ましてや憂世、憂国にまなじりを決するストリート・ファイティングマ
ンにもならなかった(なれなかった)。「志」なんて無かったし、それが何なのか、考
えさもしなかった。
それが、僕の若い頃の「空気」だった。とてつもなく茫洋とした、とても抽象的な。
真面目に勉強しないから、良い学校にも入れず、まともなシュウカツもしないから、
まともな会社にも入れなかったし、まともに勉強も修行もしないから、(まとも)な職
にも就けなかった(叩き上げの職人とか商人)。だから、まとまった金も財産も持って
ないし、絵に描いたような、まともな幸せもない。これからまともな年金もない、先が
見えない、当てのない人生の終盤が待っているのだと思う。
自虐して云えば「自業自得」、希望をもって云えば「自力更生」。
イデオロギーや政治のことなんて、あまり興味がないし、よく分からない。共産主義
もマオイズム、中国も中国人も、中国共産党の「大虐殺」もさっぱり分からないが、「
自力更生」、この言葉は好きだ。
これから先の、僕の物心両面の支えになるキー・ワードが、これだと思っている。
トロツキーの「永久革命論」と毛沢東の「自力更生」。
残り少ない日々を、新たに意識的に生き、物心両面、なるべく他に依らず、望むもの
(他人にしたらちっぽけでも、自分にはけっこう大きな)を求めて、「外」を目指し。
これ、18の頃に考えたことと、あんまり(全然)変わってない。あの頃はこんなに上
手い言葉で自分を、まるめ込めなかったけど(猾くなったのも年の功でOK)。あの時
代の「空気」に染まりきったまま、まったく進歩も成長もしていないや。
僕には、トロツキーも毛沢東も(サルトルもサリンジャーもストーンズも)、あの頃
はただ「空気」だったんだなぁ。
こんな気分の日には、僕はやっぱり、これだ。ちょっと切なくなるけど。
You Tubeから The Circle Game Buffy Sainte-Marie


