
今日は千秋楽でした。
懸念していた、北の富士勝昭さんの体調不良によって、
長らく続いている、テレビのNHKの大相撲中継の、千秋楽恒例の北の富士勝昭&舞の海秀平コンビの解説が見られないかもしれない
という件は、
すでに十一日目に、北の富士さんが予定通りに元気(?)に解説をしていたので、
千秋楽の今日は、特に心配することもなかったのです。
ま、もしも北の富士さんが千秋楽の解説を休まれることになったら、
向正面解説の舞の海さんが正面にまわるのか、
それとも舞の海さんはそのままで、正面に新たな解説者を呼ぶのか、
そうなると誰が呼ばれるのか、というのは、大相撲中継を見る上で、それなりに興味があるところだったのですけどね。
で、千秋楽の土俵上での興味といえば、
十三日目に優勝を決めてしまった把瑠都凱斗の全勝優勝なるか、
という点。
今まで、全勝優勝した大関というのは、そんなにいなくて、
15日制になってから、
1954年初場所 吉葉山潤之輔
1982年秋場所 隆の里俊英
1984年名古屋場所 若嶋津六夫
1987年夏場所 大乃国康
1994年名古屋場所 武蔵丸光洋
1994年秋場所 貴ノ花光司
1994年九州場所 貴乃花光司
2007年夏場所 白鵬翔
と、これだけいると、中継の中で紹介していました。
それが、5時5分頃のことでした。
※実際の画面では、西暦表示ではなく、力士の下の名前もなかったのですが、私のポリシーに従って、こういう書き方にしました。
ところが、5時38分ごろになって、実況の藤井康生アナウンサーが、
先ほど、今日のこの千秋楽の放送の中で、大関の全勝優勝という、画面でご覧いただきましたが、ひとり大変失礼しまして、抜けている力士がありまして、昭和48年の夏場所に、大関輪島が15戦全勝で優勝しています・・・
だって。
ま、輪島大士がその後、横綱になっていなかったり、優勝を重ねていなかったりしたら、大関時代の全勝優勝も印象に残っていたはずなので、忘れられることもなかったかと思うのですけどね。
私も大相撲については、それなりに知っているつもりですが、言われるまで全く気がつきませんでした。
私が大相撲を見はじめたときには、輪島はすでに横綱になっていたものですから。
ま、例えば、生まれる前のことはわかりません、とは言っても、江戸時代のことは、それなりに知っていたりするので、
輪島の大関での全勝優勝が、リアルタイムで見ていなかったから知らないというのは、理由にならないのですけど。
大相撲の人気が低迷しているとはいえ、まだまだ日本中に大相撲ファンはいますので、
30分あまりの間に、
輪島も全勝優勝してるぞ
とNHKに電話を掛けた、大相撲にやたらと詳しいおっさんとかがいたのでしょう。
きっと。
最近、大相撲中継の中で、紹介される昔の記録に、こういった漏れや間違いなどが、度々見受けられるような気がします。
輪島が抜けている大関全勝優勝力士の一覧を見たあと、中継を見るのをやめてしまったために、
そのあとの「大関輪島が15戦全勝で優勝しています」という訂正アナウンスを聞かなかった人にとっては、全勝優勝大関に輪島はいないという認識になってしまうことになりますが、
逆に訂正アナウンスを聞いた人にとっては、輪島が大関時代に全勝優勝していることは、頭の中にたたきこまれたのではないかと思います。
もしかしたら、「輪島もいるぞ」と電話してきたのは、輪島さん自身だったのかも(爆)。
で、今日の千秋楽の展開は、結局、把瑠都は白鵬翔に負けて、全勝優勝ならず。
先場所は、白鵬翔が千秋楽に把瑠都に負けて全勝を逃しているので、お返しになりました。
全勝優勝は逃した把瑠都ですが、白鵬以外の力士が十三日目に優勝を決めてしまうという展開など、場所前には誰にも予想はできなかったことでしょう。
独走が続いていた白鵬も、弱ってきたとは言いませんが、強さがちょっと落ち着いてきたようです。
今まで把瑠都が優勝ができなかったのは、白鵬翔が強すぎて、優勝レベルが高くなっていた上に、把瑠都自身が下位力士に取りこぼしてしまっていたことにあると思います。
それが今場所は、白鵬翔が五日目の取組で捻挫したのが影響したのか、十日目に鶴竜力三郎に負けてから、展開が変わりました。
その鶴竜、はじめて白鵬翔に勝って、はじめての殊勲賞受賞。
中継の中で、インタビューを受けていましたが、相変わらずの流暢な日本語。
最も日本語が上手な力士と言われているだけのことはあります。
あ、最も日本語が上手というのは、「外国出身力士の中で」ではなくて、
「日本人力士を含めた全力士の中で」というウワサもあります。
あ、日本語だけではなく、「顔」もある意味、日本人以上に日本人顔・・・。
とにかく、鶴竜は、もう、大関になるしかありません。
ただ、既存の大関が定員いっぱいとされる5人もいますから、鶴竜が大関なるためには、例えば、把瑠都が横綱になって、空きができないといけません。
そういう意味では、1987年夏場所で、小錦八十吉が大関になるときに、5大関の中から、13勝2敗で2差の準優勝ながら、北勝海信芳がところてん方式で横綱に押し出されたときのようなことが起こるのかもしれないです。
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