2012年01月28日
民家から伝わってくるメッセージ
吉備中央町の民家です。
高梁から賀陽インターに向う途中で見つけました。
一般の人には、錆びたトタン屋根の田舎の農家といったころでしょうが、見とれて
しまいました。
屋根が上手に錆びていて、鉄も以外と周りの風景にあっています。
覆ったトタンは、茅葺き屋根の形状を留めています。
その下には、県南でオダレと呼ばれる特徴的な庇がついています。吉備高原以南に
特徴的な民家の形式をよく留めていたのです。
写真にあるように緩い勾配の庇は、帽子のツバのように外の光のまぶしさを和らげ
てくれます。山陽の明るい光にぴったりな庇ということです。
おまけに、庭の土に反射した光を庇の裏に反射させて室内を明るくしてくれます。
美星町にある中世夢が原の民家には、こんな庇は付いてなかった記憶があります。
まだ中世の時代には、この庇は考案されてなかったのかもしれません。だから外
は晴れていても中は暗かったことを憶えています。
農繁期には民家の庭は作物の乾燥などの作業場でしたが、土のままの庭は室内に
光を届ける反射板でもあったのです。
翻って私たちの暮しには、このような「ゼイタクな」庭は持ちようがありません。
現代住宅の庇はだんだん小さくなっていき、無くなったものも今ではそこここに
見られます。
近代化の果てに個人化や効率化を求めた暮らしは、光を情緒豊かにコントロール
してきた庇を作れなくしています。
それと同時に、庇の下で繰り広げられた様々な暮らしのシーンも無くしてしまい
ました。夏のスイカやビールのシーンは、 CMのなかだけになろうとしています。
近所の人が腰かけて語らうこともできません。
民家と現代住宅のどちらの方が、豊かな暮らしができるのでしょうか。そんな疑問
を投げかけても、実は現代人は過去には戻れません。光が反射する庭をもった大き
な敷地は、望むべくもないのですから。
近代的なモダンな暮しにあって、オダレ庇に代わって様々な生活シーンを作れる住
宅や地域の語らいや絆を育てられる住宅が求められているように思えます。
この民家には、そんなことを建築家に考えさせるメッセージがいっぱいあるのです。
【日記の最新記事】
東日本大震災の報告会を聞いて
先日、岡山から東日本大震災で被災した地区を視察・交流してきた方々の
報告を聞く会が中小企業家同友会の岡山支部例会であり、途中からだった
が参加させてもらった。現地であったこれまでのこと、これからのことを
見聞した生の声は、心に迫る話が多かった。
なかでも、一度大津波で無くなった街は人が戻って来れないと街は消えて
しまうという事実に驚愕した。これまでの場所で経済的に喰っていけなく
なれば帰るに帰れないという自明の理をグサッと突きつけられました。
地域社会と地域の雇用・産業を担う中小企業の大きな存在価値を再確認さ
せてもらいました。大企業では、逆にそれができないことに気づきます。
今をどうするか現地では日々の戦いですが、設計の仕事をしているせいか、
こんなことが起らないようにするにはどうしたらいいのか、昨日もそのこ
とをずっ〜と考えながら聞かせていただいた。その答えは十何メートルの
高さの物理的な楯のような一つのことで済むものではない気がします。い
ろんな分野やいろんな生活から沢山の備えを拾い集めて1000年以上忘
れない智慧を身につけることなのだろうと思った。それを設計にどう落し
込んで行くか、考え続けていきたい。
昨夜の会の関係者の皆さん、お疲れ様でした。ありがとうございました。
(佐野のFacebookより抜粋)
報告を聞く会が中小企業家同友会の岡山支部例会であり、途中からだった
が参加させてもらった。現地であったこれまでのこと、これからのことを
見聞した生の声は、心に迫る話が多かった。
なかでも、一度大津波で無くなった街は人が戻って来れないと街は消えて
しまうという事実に驚愕した。これまでの場所で経済的に喰っていけなく
なれば帰るに帰れないという自明の理をグサッと突きつけられました。
地域社会と地域の雇用・産業を担う中小企業の大きな存在価値を再確認さ
せてもらいました。大企業では、逆にそれができないことに気づきます。
今をどうするか現地では日々の戦いですが、設計の仕事をしているせいか、
こんなことが起らないようにするにはどうしたらいいのか、昨日もそのこ
とをずっ〜と考えながら聞かせていただいた。その答えは十何メートルの
高さの物理的な楯のような一つのことで済むものではない気がします。い
ろんな分野やいろんな生活から沢山の備えを拾い集めて1000年以上忘
れない智慧を身につけることなのだろうと思った。それを設計にどう落し
込んで行くか、考え続けていきたい。
昨夜の会の関係者の皆さん、お疲れ様でした。ありがとうございました。
(佐野のFacebookより抜粋)
2012年01月24日
ありがとう
義理の母がいなくなって、一週間が経つ。
胸の中に大きな穴がうっすらとあいたような感覚が今もある。
自分のことを後回しにして、さり気なくいつも気を使ってくれていた。
すばらしい人間性をもたれていたと思う。
はじめてお会いしてから、もう24年が経っている。
いろんな悲しみと苦労を乗り越えて来られた女性だった。
生き抜くことのすばらしさを、私たちに教えてくれたような気がする。
タタミの上で亡くなる少し前まで、ご近所の人と仲良く会話していた。
まだまだ大丈夫と思っていたのだが、虚をつかれたように突然の悲報だった。
それも周りへの気遣いと思えば、最後まで義母さんらしかったのかもしれない。
身近な親族とご近所の人に感謝されながら旅だっていった。
この一週間、無言のなかで人が生き抜くことの難しさと素晴らしさを教えてく
れたように思う。
ありがとう。義母さん
胸の中に大きな穴がうっすらとあいたような感覚が今もある。
自分のことを後回しにして、さり気なくいつも気を使ってくれていた。
すばらしい人間性をもたれていたと思う。
はじめてお会いしてから、もう24年が経っている。
いろんな悲しみと苦労を乗り越えて来られた女性だった。
生き抜くことのすばらしさを、私たちに教えてくれたような気がする。
タタミの上で亡くなる少し前まで、ご近所の人と仲良く会話していた。
まだまだ大丈夫と思っていたのだが、虚をつかれたように突然の悲報だった。
それも周りへの気遣いと思えば、最後まで義母さんらしかったのかもしれない。
身近な親族とご近所の人に感謝されながら旅だっていった。
この一週間、無言のなかで人が生き抜くことの難しさと素晴らしさを教えてく
れたように思う。
ありがとう。義母さん
2012年01月06日
天空の村 発見!
正月明けの昨日、現場に寄ったあと気分転換に吉備高原をドライブして来た。
目的のない寄り道行脚のドライブです。
岡山飛行場を越えて吉備新線を登っていった。
途中で折れて、足守の奥に迷い込んだら、見上げる山の頂上付近に集落が見えた。
上の写真がその集落です。岡山市と吉備中央町の境に位置する岡山市間倉(まぐら)
地区。来てみてびっくりした。
標高400メートル。見返せば、吉備の平地は見えるし、岡山市中心部の超高層が
楊枝のように見える。なんて見晴らしのいい場所なんだろうと見とれてしまった。
駅前のグランビアホテルも、グレースタワーも、シンフォニービルも見える。
20キロメートル先に焦点を結ぶ景色が集落という日常のなかにあることに新鮮に
驚いた。ここに住んでる人は、「下界」の四方山ごとをどのように考えているのだろう。
この景色のなかで、遥か先を見通しているのかもしれない。
やっぱり、いました。
集落のなかにある養東院のお庭に、ちゃんとおわしました。
ここで暮せることができたら幸せだ。
人間が生きて行く上で、経済活動や子育てさえしっかり整えば、
引き続き若い人がこういう場所に住めるようになってほしいものだ。
このデザイン、最高です。
ニワトリもここでは、いい暮らしをしています。
青空のなかで雲が光にふれて踊っています。
この道の先に、何があるのだろう。
今年一年、未来が少しでもよくなるように努力したいものです。
岡山市間倉地区の特産 ごぼう
間倉ごんぼう村
福ちゃんの里ラーメン
[追記]
間倉のごぼうについて、昔こんな紹介もありました。
「山陽路の地理散歩」岡山文庫77 昭和52年初版発行の
なかに、
「、、吉備高原のせまっている高原域であって、土壌の深いね
ば土で、根菜には適している。なかでも間倉のゴボウは、岡山
の城下でも鳴っていた。」P64
とあります。昔から知っている人は知っていたんだ。
2012年01月02日
2012年始りました
2011年12月29日
手を合わせた2011年
2011年も残すところあと2日となりました。
今年は、いろんなことがありました。
朝晩の散歩で近くの寺社によっては手を合わせることが習慣になってしまいました。
発達したテクノロジーと自然の間には、まだまだ大きな溝があることが分かりました。
その溝を少しでも埋めあわせるのが祈りだと思えるのです。
杏もその時は、いい子でおすわりしてくれます。
上の写真は、このところの年賀状作りで出て来た生後一ヶ月の杏の秘蔵写真です。
杏を見ているとすくわれます。
仕事の方では、年末年始にかけて二つの仕事がほぼ同時に完成を迎えます。
この1年間、節目節目のスケジュールに追いかけられるような毎日の心境
でしたが、やっと開放されそうです。
また、嬉しいこともありました。
今月初めには、病気で里帰りしていたヤンさんが回復して我が家に寄って
くれました。
嬉しいこと悲しいこと、急ぎのこと責任の重いこと。
いろんなことがあった忘れられない2011年でした。
来年は、みなさまにとって素晴らしい年になりますようお祈りいたします。
よい年をお迎え下さい。
今年1年、ありがとうございました。 佐野宜夫
2011年12月26日
かわいいサイン
店舗の仕上工事
施工中の内装工事が、だいぶ仕上がってきました。
上の写真は廊下部分。
廊下の奥は明るく見えます。
職人さんも見上げています。
このところ毎日のように現場に通っている。
その現場では、「設計者の人は良く来るなあ!」と職人さんの間でも話題
になってるとか。
本当は、現場監理の人はあまり来てほしくないのかも知れませんが、あな
たがた職人さんが私を呼んでくれているんです。と、思う。
行けば、何かを見つけたり気づくことが必ずある。
そのなかでいいところは味わうように確認したり、今後の使い方に思いが
走る。ちょっと気になることに気づいたら、現場監督さんとその場で協議
を行う。
正面ドアの上に白く見えるのは室名のサインです。当所ドアの右手に考え
ていましたが、廊下でケられるのでドアの上センターにもっていくように
現場で支持を出しました。
完成まじかのこのタイミングは、なかなか気がぬけません。
現場を立ち去るのに、やっぱり後ろ髪を引かれる思いです。
ということで、滞在時間が長くなる。
それは、使い勝手や、床壁の素材、寸法や光の反射など設計の時に考えたものと実
際出来あがったものと、無意識に比べている時間なのかもしれない。
そんなとき、ああすればよかった、こうすればよかったということが浮かんで来な
ければ、出来映えもいいということ。これまでの数々の打合せの成果がここに詰ま
っている。
この空間体験を体にしみ込ませることで、次の設計につながっていく。
2011年12月19日
所在建築論のはじまり
その場所が持っている魅力を住む価値に変換する設計手法を使って創る
建築を、「所在建築」と名づけることにした。
この単語をGoogleしてみたがヒットがなかった。
これは、ある場所の魅力というものをそこに暮す人が見つけて住む価値
に変換するように設計しようというものです。別な言い方をすれば、地
域の特徴を一つでも設計に盛り込む従来のやり方ではなく、場所の魅力
の創出を設計の基本に据えてそこから建築を組み立て直そうというもの
です。
その場所に心が響くということ。それは能動的に働きかける行動や意識
を通して自分(家族)の居場所=所在というものになっていくことに気
づくのです。居場所のない行動は、気楽だが根無し草になってしまう。
行動のない居場所は、受け身になってしまう。
好きな家を選んで決めて、ステージのように土地を用意してその上にセ
ットすれば出来上がる暮らしの器というもの以上のことを目ざしていま
す。
その土地に働き掛けるということが、重要ではないでしょうか。専門的
に設計する人はその土地の魅力を住む価値に変換するアイデアをもっと
もっと発揮して提案しましょう。住む人はもっともっと居場所の良さを
追求しましょう。その方が絶対いいのではないですか。例えば、
1岡山の建材なら、いい材木や石があるのでそれを工夫して使ってみよう。
中国産の石もあるけれど、大事な部屋には身近な地元の万成石がいい。
あなたはこの場所に住んでいて感謝や恩恵を感じていますか。感じてい
たら、地元の石が傍にあるだけで嬉しくなるはずです。
2岡山の気候なら、日向ぼっこをもっと気持ちよく楽しめるようにしよう。
日向ぼっこのありがたさは、朝の厳しい冷込みのお陰です。
その寒い体験があるから、一層日向が魅力的なのです。
ペアガラスの窓では、かえってその恩恵が半減される場合がある。
おしなべて自然はいいように出来ている。どこかで自然の摂理で帳じり
をあわせてくれます。いいことばかりはいいことではないのです。
なせなら、いいことに慣れるからです。
この地域は、残念乍ら!!(笑)朝の冷込みに感謝する地域なのです。
3岡山の土地柄なら、時代性デザインよりは、時代の積み重なりをデザイ
ンしよう。
今の時代はどうなのかといった時代性のデザインは東京等にまかせまし
ょう。岡山にいるならそういった鋭く研いでいくようなデザインをする
のはやめましょう。当然それを目ざしてやってもいいのですが、二番煎
じ以上にはまずなりません。なぜなら岡山に時代性の胎動もニーズも希
薄だからです。それが希薄なところで、研いだ時代性をめざしても根無
し草です。もちろん例外もあるかもしれません。インターネットで世界
とつながっている現代の社会で、岡山もニューヨークも同じ時代性のな
かに生きているといったお話は、メディアのなかのことではないですか。
柄谷行人が言っているように現代人は、三つの空間に住んでいる。実際
に歩く感性空間と国家や共同体の幻想空間と地図やメディアの均質空間
の三つです。そのなかでどこに重点を置くかを考えたら、やっぱり歩く
感性空間を重視したい。
東京の売れっ子建築家のデザインは、単純に楽しみましょう。そこに本
質の魅力を見つけたときだけ、ファイリングして熟成を待ちましょう。
それよりは、時代を積み重ねるようなデザインが、この場所に適ってい
いるのではないですか。そこに均質化を超えていく本当の新しさの希望
があるように思えてなりません。
低時代性(これもGoogleしてみたがヒットしなかった)を逆手にとって
所在建築という岡山の魅力を住む価値に変えて行くチャレンジは、長い
スパンでみたらかなり最先端ではないかと思う。
4岡山の屋根瓦なら、キメの細やかな岡山サイズの小型瓦で葺くようにし
よう。
以前のブログにも書いたが、岡山サイズと言う少し小振りの瓦が岡山だ
けに流通している。葺き上がったときのキメ細かさが、上品で優しく山
陽の風景によく似合う。
岡山弁は、連続する母音を融合して口の動きが横着だということらしい
が、この長閑な景色を見れば横着にもなろう。シャープな発声は似合わ
ない。だからかどうか、反横着のような手間のかかる細かい瓦の上品さ
が引き立っている。どこで横着して、どこに拘るのか、岡山人の特性は
、設計のうえでも重要な研究対象である。
5地産地消から地産地残へ
こんな地域密着的なことを書き連ねると、それって地産地消と同じよう
に思うかもしれないが、全然別のことです。地産地消は文字通り地域に
あるものを地域で消費しましょうという囲い込み型の地域経済活性化の
手法です。
しかし所在建築は地域の魅力を住む価値に変えるということですから、
地域に価値を残していこうということです。消費されない大事な価値が
地域の未来の財産になっていくという文化的な視点を持っています。そ
して、その価値が人類共通の普遍的な価値になって行けば、世界に発信
して地球に残っていきます。
南仏のプロバンスの生活に憧れる日本人がいるように、岡山県南の生活
にヨーロッパ人が憧れてもいいのです。その場所がもっている魅力を西
欧的な手法で価値に変換することではそれはたぶん達成できません。し
かし、東洋的、日本的、個別的な感覚を盛り込んだ西欧と東洋の融合的
な視点でやれば、その場所がもってる魅力を価値に変換していく創造作
業はいっぱい可能性を感じる。
そのもとになる自然を天人地の三才で見る習性は、本来我々が得意とし
ていたことではないでしょうか。
「円山ステッチ」は、そんな思いのなかから生まれてきた。
振り返れば、これまでも所在建築論をやっていた。そのやってきたこと
にその言葉をあてた。
これから所在建築論をさらに鍛えながら、実作に取組みたい。そしてこ
の考えを地域に広げていきたいと思う。
建築を、「所在建築」と名づけることにした。
この単語をGoogleしてみたがヒットがなかった。
これは、ある場所の魅力というものをそこに暮す人が見つけて住む価値
に変換するように設計しようというものです。別な言い方をすれば、地
域の特徴を一つでも設計に盛り込む従来のやり方ではなく、場所の魅力
の創出を設計の基本に据えてそこから建築を組み立て直そうというもの
です。
その場所に心が響くということ。それは能動的に働きかける行動や意識
を通して自分(家族)の居場所=所在というものになっていくことに気
づくのです。居場所のない行動は、気楽だが根無し草になってしまう。
行動のない居場所は、受け身になってしまう。
好きな家を選んで決めて、ステージのように土地を用意してその上にセ
ットすれば出来上がる暮らしの器というもの以上のことを目ざしていま
す。
その土地に働き掛けるということが、重要ではないでしょうか。専門的
に設計する人はその土地の魅力を住む価値に変換するアイデアをもっと
もっと発揮して提案しましょう。住む人はもっともっと居場所の良さを
追求しましょう。その方が絶対いいのではないですか。例えば、
1岡山の建材なら、いい材木や石があるのでそれを工夫して使ってみよう。
中国産の石もあるけれど、大事な部屋には身近な地元の万成石がいい。
あなたはこの場所に住んでいて感謝や恩恵を感じていますか。感じてい
たら、地元の石が傍にあるだけで嬉しくなるはずです。
2岡山の気候なら、日向ぼっこをもっと気持ちよく楽しめるようにしよう。
日向ぼっこのありがたさは、朝の厳しい冷込みのお陰です。
その寒い体験があるから、一層日向が魅力的なのです。
ペアガラスの窓では、かえってその恩恵が半減される場合がある。
おしなべて自然はいいように出来ている。どこかで自然の摂理で帳じり
をあわせてくれます。いいことばかりはいいことではないのです。
なせなら、いいことに慣れるからです。
この地域は、残念乍ら!!(笑)朝の冷込みに感謝する地域なのです。
3岡山の土地柄なら、時代性デザインよりは、時代の積み重なりをデザイ
ンしよう。
今の時代はどうなのかといった時代性のデザインは東京等にまかせまし
ょう。岡山にいるならそういった鋭く研いでいくようなデザインをする
のはやめましょう。当然それを目ざしてやってもいいのですが、二番煎
じ以上にはまずなりません。なぜなら岡山に時代性の胎動もニーズも希
薄だからです。それが希薄なところで、研いだ時代性をめざしても根無
し草です。もちろん例外もあるかもしれません。インターネットで世界
とつながっている現代の社会で、岡山もニューヨークも同じ時代性のな
かに生きているといったお話は、メディアのなかのことではないですか。
柄谷行人が言っているように現代人は、三つの空間に住んでいる。実際
に歩く感性空間と国家や共同体の幻想空間と地図やメディアの均質空間
の三つです。そのなかでどこに重点を置くかを考えたら、やっぱり歩く
感性空間を重視したい。
東京の売れっ子建築家のデザインは、単純に楽しみましょう。そこに本
質の魅力を見つけたときだけ、ファイリングして熟成を待ちましょう。
それよりは、時代を積み重ねるようなデザインが、この場所に適ってい
いるのではないですか。そこに均質化を超えていく本当の新しさの希望
があるように思えてなりません。
低時代性(これもGoogleしてみたがヒットしなかった)を逆手にとって
所在建築という岡山の魅力を住む価値に変えて行くチャレンジは、長い
スパンでみたらかなり最先端ではないかと思う。
4岡山の屋根瓦なら、キメの細やかな岡山サイズの小型瓦で葺くようにし
よう。
以前のブログにも書いたが、岡山サイズと言う少し小振りの瓦が岡山だ
けに流通している。葺き上がったときのキメ細かさが、上品で優しく山
陽の風景によく似合う。
岡山弁は、連続する母音を融合して口の動きが横着だということらしい
が、この長閑な景色を見れば横着にもなろう。シャープな発声は似合わ
ない。だからかどうか、反横着のような手間のかかる細かい瓦の上品さ
が引き立っている。どこで横着して、どこに拘るのか、岡山人の特性は
、設計のうえでも重要な研究対象である。
5地産地消から地産地残へ
こんな地域密着的なことを書き連ねると、それって地産地消と同じよう
に思うかもしれないが、全然別のことです。地産地消は文字通り地域に
あるものを地域で消費しましょうという囲い込み型の地域経済活性化の
手法です。
しかし所在建築は地域の魅力を住む価値に変えるということですから、
地域に価値を残していこうということです。消費されない大事な価値が
地域の未来の財産になっていくという文化的な視点を持っています。そ
して、その価値が人類共通の普遍的な価値になって行けば、世界に発信
して地球に残っていきます。
南仏のプロバンスの生活に憧れる日本人がいるように、岡山県南の生活
にヨーロッパ人が憧れてもいいのです。その場所がもっている魅力を西
欧的な手法で価値に変換することではそれはたぶん達成できません。し
かし、東洋的、日本的、個別的な感覚を盛り込んだ西欧と東洋の融合的
な視点でやれば、その場所がもってる魅力を価値に変換していく創造作
業はいっぱい可能性を感じる。
そのもとになる自然を天人地の三才で見る習性は、本来我々が得意とし
ていたことではないでしょうか。
「円山ステッチ」は、そんな思いのなかから生まれてきた。
振り返れば、これまでも所在建築論をやっていた。そのやってきたこと
にその言葉をあてた。
これから所在建築論をさらに鍛えながら、実作に取組みたい。そしてこ
の考えを地域に広げていきたいと思う。
2011年12月16日
素直さ
座禅を初めて、三年目に入ろうとしている。
このところ気になってきたというか、本質というか、
素直な活動をされている人が、一番輝いていることを実感します。
講演を聴きに行っても、直接会って話してもそうです。
このところ、今をときめく中沢新一や山崎亮にあった。
自分の感じたままに、自分がやりたいことを素直に出来てる人は、
充実している。
佐野もそうじゃないか!と言われそうですが、まだまだ素直でない
ところがあるのではないかと自問している。
座禅を続けることで、自分を見直す力が少しは増したのかもしれな
い。
建築の設計の仕事にも、それはたぶん出ているだろう。
座禅では、最初に心に浮かぶ第一念を重視します。
以下は、妻の明子が曹源寺で老師にインタビューしているのを
傍で聞かせてもらった話です。
(詳しいことは、「日暮らし 13号」をご覧下さい。)
寒いな、熱いな、いいなあ、面白い、といった思いが心に浮かぶのを第一念
という。
そのあとで、寒いから暖房がほしいと人は思う。暖房は記憶です。その記憶
があるから、それを知っているから欲も生まれてくる。それを第二念という。
座禅は、心に浮かぶことを第一念に留めるための修行でもあるのです。
なかなか直ぐに空の境地にまでは到達できないようです。
こうしてみると、素直さは座禅でいうところの第一念に近いものです。
過去の記憶に惑わされず、そのため欲を考えずに、思った通りに行動するこ
とで、人は魅力を感じ、喜んで、その周りに集まってくる。
人間が為す建築も同じように、第一念で創れば、人は魅力を感じ、喜んで、
その周りに集まってくる。
私のアトリエの棚には、多くの書物がある。著名な建築家も書棚の前で写真
に納まっています。しかしその背景なるものは全て過去のものなのです。
現代の建築家は第一念で、設計しているのだろうか。
だから、森の大木のなかで写ったりといった差別化が起る。
そう言えば、私は新しい設計を始めるとき県立図書館に行きたくなる。何か
を求めて1階から2階の書棚をぐるりと見て回る。そして最後はいつもの同じ
で諦める。
欲しいものは、ここにない。あるのは過去だけで新しいものはないと身に分
かる。分からせるための儀式かもしれない。それを体験すれば、しっかり諦
めがついてアトリエにもどれる。
その後では、腰が落着いて本当の設計が始る。
座禅を始めて三年目。
諦めるとは第一念に集中することではないか。
素直に、今はそう思う。
このところ気になってきたというか、本質というか、
素直な活動をされている人が、一番輝いていることを実感します。
講演を聴きに行っても、直接会って話してもそうです。
このところ、今をときめく中沢新一や山崎亮にあった。
自分の感じたままに、自分がやりたいことを素直に出来てる人は、
充実している。
佐野もそうじゃないか!と言われそうですが、まだまだ素直でない
ところがあるのではないかと自問している。
座禅を続けることで、自分を見直す力が少しは増したのかもしれな
い。
建築の設計の仕事にも、それはたぶん出ているだろう。
座禅では、最初に心に浮かぶ第一念を重視します。
以下は、妻の明子が曹源寺で老師にインタビューしているのを
傍で聞かせてもらった話です。
(詳しいことは、「日暮らし 13号」をご覧下さい。)
寒いな、熱いな、いいなあ、面白い、といった思いが心に浮かぶのを第一念
という。
そのあとで、寒いから暖房がほしいと人は思う。暖房は記憶です。その記憶
があるから、それを知っているから欲も生まれてくる。それを第二念という。
座禅は、心に浮かぶことを第一念に留めるための修行でもあるのです。
なかなか直ぐに空の境地にまでは到達できないようです。
こうしてみると、素直さは座禅でいうところの第一念に近いものです。
過去の記憶に惑わされず、そのため欲を考えずに、思った通りに行動するこ
とで、人は魅力を感じ、喜んで、その周りに集まってくる。
人間が為す建築も同じように、第一念で創れば、人は魅力を感じ、喜んで、
その周りに集まってくる。
私のアトリエの棚には、多くの書物がある。著名な建築家も書棚の前で写真
に納まっています。しかしその背景なるものは全て過去のものなのです。
現代の建築家は第一念で、設計しているのだろうか。
だから、森の大木のなかで写ったりといった差別化が起る。
そう言えば、私は新しい設計を始めるとき県立図書館に行きたくなる。何か
を求めて1階から2階の書棚をぐるりと見て回る。そして最後はいつもの同じ
で諦める。
欲しいものは、ここにない。あるのは過去だけで新しいものはないと身に分
かる。分からせるための儀式かもしれない。それを体験すれば、しっかり諦
めがついてアトリエにもどれる。
その後では、腰が落着いて本当の設計が始る。
座禅を始めて三年目。
諦めるとは第一念に集中することではないか。
素直に、今はそう思う。
2011年12月15日
ひょんなことからAKB
先日の新聞に、奈良県立大学の今年の推薦入試の小論文テストが2社の教科書
に載っている論説文が使われていたそうです。それを大学側は不適切と思って
いないという内容でした。しかし、私が注目したのは、その論説文のタイトル
が「場所と経験」だったからです。彼は、人間が経験する空間を三つに分けて、
歩いて往復しえる「感性的空間」
共同体や国家といった「幻想的空間」
地図上やテレビで見る「均質な空間」
ついて説明する内容です。
内容が少し気になって調べたら、面白い分析に出会いました。AKBがここまで社
会現象になったのは、従来のアイドルがITやテレビで見る「均質な空間」から歩
いて往復しえる「感性的空間」に寄っていく作戦が時流にあっていたというレポ
ートにであってのです。
先の大学の学部は地域創造学部。設問は「筆者がいう空間の三つの次元は、それ
ぞれ『地域』とどのように関係するか」というものでした。
教科書の載っている文章を入試に使うのは不公平感はあるが、こういう設問をし
て学生の考えを聞きたくなった大学側の意図もまんざら悪くはないと思えた。
今、幻想的空間の幻想性が薄れ、均質な空間だけでは充たされない地域は、一番
身近である感性的な空間も先細ってきています。
現代人はこの三つの次元の空間に生きていますが、そのなかで地域がより良くな
るためには、この三つの空間を新しく再編していくことが必要です。
場所と行動(経験)は本来一体のものです。しかし、三つの次元を用意された現
代人は、この三つに分断された暮らしを普通と感じてきたことで、無意識に地域
を軽んじていたのではないでしょうか。
そのスキマを、新しくAKBという商品開発で埋めようとした戦略が当たったよう
です。だからでしょうか、各地にAKB亜種が派生していくのは自然な流れでしょ
う。
に載っている論説文が使われていたそうです。それを大学側は不適切と思って
いないという内容でした。しかし、私が注目したのは、その論説文のタイトル
が「場所と経験」だったからです。彼は、人間が経験する空間を三つに分けて、
歩いて往復しえる「感性的空間」
共同体や国家といった「幻想的空間」
地図上やテレビで見る「均質な空間」
ついて説明する内容です。
内容が少し気になって調べたら、面白い分析に出会いました。AKBがここまで社
会現象になったのは、従来のアイドルがITやテレビで見る「均質な空間」から歩
いて往復しえる「感性的空間」に寄っていく作戦が時流にあっていたというレポ
ートにであってのです。
先の大学の学部は地域創造学部。設問は「筆者がいう空間の三つの次元は、それ
ぞれ『地域』とどのように関係するか」というものでした。
教科書の載っている文章を入試に使うのは不公平感はあるが、こういう設問をし
て学生の考えを聞きたくなった大学側の意図もまんざら悪くはないと思えた。
今、幻想的空間の幻想性が薄れ、均質な空間だけでは充たされない地域は、一番
身近である感性的な空間も先細ってきています。
現代人はこの三つの次元の空間に生きていますが、そのなかで地域がより良くな
るためには、この三つの空間を新しく再編していくことが必要です。
場所と行動(経験)は本来一体のものです。しかし、三つの次元を用意された現
代人は、この三つに分断された暮らしを普通と感じてきたことで、無意識に地域
を軽んじていたのではないでしょうか。
そのスキマを、新しくAKBという商品開発で埋めようとした戦略が当たったよう
です。だからでしょうか、各地にAKB亜種が派生していくのは自然な流れでしょ
う。
2011年11月30日
薬局本店増築
工事中の店舗の現場が目下、佳境に入って来た。
上の写真は、廊下の壁の下地が進んでいる状態です。
一週間に一度の現場通いでは間に合わなくなって来た。
先週は二回、先々週は三回現場に行っている。
自分でも期待感が徐々に高まっていく。
来月には、完成して引き渡しの仕事です。
昨日は、クライアントさんの前で残っていた仕上の見本と色の承諾をいただいた。
サインの内容も決まり、あとはほぼ進めるだけになってきた。
今までの経験から提案した色もある。新たにチャレンジしたデザインもある。
いろんな意味で手間ひまかかる住宅一棟をやる密度で店舗にチャレンジした作品
です。
企業を家庭に喩えてコンセプトを練り上げ、パーツのディテールにも創意を凝ら
している。
各種窓枠の施工図のチェックでは、こんなに見る設計者はいませんよ。と現場監
督にいわれてしまった。こう口に出して言ってくれる現場監督さんは腕のいい監
督さんです。自分に自信があるから言える言葉です。
すかさず、こうやってチェックするのが設計事務所なら普通でしょう。とうそぶ
く。建設会社に任せた納まりと設計事務所の納まりは自ずと差がでます。
またその窓枠は「風通しのいい会社」が社是ということで、部屋に文字通り風が
抜けるように網戸を多用している。
健康にも良いケイソウ土を、住宅の居間で使うように事務室に塗る。
なんと言ってもこの建築は「朝早く社員が行きたくなる本店」が目ざすところな
のです。
自分でも、ちょっと面白い建築になってきそうだ。
訪れるお客様とともに,社員さんのやる気と愛着の起こる空間になってほしい。
この会社の経営理念が、さわやかな風となって流れてくれたら最高なのだから。
年末に向けて気の抜けない現場通いがつづいていく。
2011年11月28日
牧野富太郎記念館に行って来た
前から行ってみたかった高知の牧野植物園へ行って来た。
植物園とともに牧野富太郎記念館の本館と展示館を見学してきた。
車を止めるなり、駐車場のそばのトイレの建築がよかった。
まずは,土着の意匠をまとったデザインが目に留まって、歓迎された
気分を味わう。
土佐の蔵にある瓦一枚の庇(水切瓦)を外壁に何段も回した
特徴をデザインに活かしていたのです。
一般の人は気づかないところで、さり気なく、土着の意匠を取り込んでいて納得。
内部に入ると牧野博士についての展示の密度に、地元の人が博士をどれだけ愛し
ているのか想像できるようだった。
岡山では,誰がこんなに愛されてるだろうかと考えた。
それに応えようとした建築家の内藤廣の思いも伝わってきた。
内部のデザインに違和感が全然ないのです。
疲れない建物です。
全国で内藤廣が受ける訳の一端が分かるようだった。
でも、ちょっと気になるところも見えた。
一つは、木のデッキを貼った半屋外の大屋根の下は、ちょっと暗いのです。
晩秋の曇り空ではあったが、植物が光の恩恵をうけるように、
この建築空間でも、人間もそれを味わせて欲しかった。
展示施設として見れば、デザインを押えた空間はすごく良いのだが、
人のアクティビティや場を誘起させる仕立てを、どのように
彼は考えているのだろう。
大屋根下の大きなイベント空間らしきところも、どこか寂しかった。
内部の展示がすばらしかった分、気になった。
もう一つは、昔専門誌で見たときは、山の山頂にあるかのように
思いこんでいたのですが、
いざ車で見え始めた建物の遠景は、頂上ではなくやや中腹だった。
そのこには大きな屋根だけが見えて、ほとんど壁が見えないことに
なにか違和感があった。いぶし銀のカーブした屋根だけが見えたのです。
現代デザインと一線を画して景観と調和するどこかで見たような造形が,
彼にかかると新鮮でそれが最大の特徴ではなかったか。
樹木に覆われた丘の上に建つ建築に壁はいるでしょう。
屋根以外の、普通に光があたる壁の存在をなんで彼は用意しなかったのだろう。
そんなこと気にしてないのか、少し疑問が残ったのでした。
でも、全体はすごくよかった。
また、季節のいい時期に訪ねたくなった。
展示館の入口近くに「サノザクラ」と銘打った桜の樹を妻が見つけた。
もちろん命名者は牧野博士です。
うちにも植えたい!
高知の日曜市
後楽園での芸術回廊を見て来た
後楽園でやっている、岡山芸術回廊の特別展を見に行って来た。
8人の現代美術家が、後楽園を舞台にその場所のための作品を展示するというので、
これは行かなくてはとチェックをいれていました。
写真には載せていないが、園の奥、茶祖堂でよしもと正人さんのお茶をいただいた。
ここははじめて入ったお茶室だった。薄明かりの清楚な空気が気持ちよかった。
偶然にも知り合いの方々3人とご一緒出来たのも嬉しいひと時となった。
この日のための美味しいお茶とお菓子だった。
欲を言えば、既存のお茶を壊してなんかしているところを見たかった。
上の写真は、小林照尚さんの作品群です。
凹んだ加工を施した万成石をランダムを並べたのを見ていると,
この凹みは人間だから残せる痕跡だと気づいた。
タイトルが「連動:Lost Garden」。尖ってなくて凹んだ造形とその配置から
何かの波長が発せられているようだった。
南門の西で、なにやら得体のしれないオブジェにであった。
黒い鉄の筍が何本も生えていた。
生命力の成長が空気を突き刺して延びていく。
この時期に梅の木は、細い枝を天につき差すように伸びていくが、
それを見る度に、昔見たハリウッドの怖い地球外生命の旺盛な生命力を思い出す。
この鉄の筍も、キワドさが光っていた。
2011年11月16日
我が家の光
昼間、我が家の吹抜けのダイニングは美しい光に包まれる。
優しい光にあふれてくるのだ。
いろんなところから,光が差しこむ。
そうすると,柔らかい光になる。
窓ガラスの内はロールカーテン。
窓ガラスの外は、木々と青空が見える。
乱反射して、いろんな角度から入ることで、
光が遊んでいる。
透過と反射をくり返すことで、
川の小石のように、光もまるくなるのかもしれない。
外の自然も光の透過と反射に関わっている。
中だけでは、生まれない光。
それはまるで、自然の手で優しく揉まれた光のよう。
その光の影は薄い。
だけど、たっぷり至福を感じさせてくれる光なのだ。
テーブルの器もきれいに見せてくれる。
優しい光にあふれてくるのだ。
いろんなところから,光が差しこむ。
そうすると,柔らかい光になる。
窓ガラスの内はロールカーテン。
窓ガラスの外は、木々と青空が見える。
乱反射して、いろんな角度から入ることで、
光が遊んでいる。
透過と反射をくり返すことで、
川の小石のように、光もまるくなるのかもしれない。
外の自然も光の透過と反射に関わっている。
中だけでは、生まれない光。
それはまるで、自然の手で優しく揉まれた光のよう。
その光の影は薄い。
だけど、たっぷり至福を感じさせてくれる光なのだ。
テーブルの器もきれいに見せてくれる。
2011年11月09日
偶然と必然
アトリエをやっていると、偶然と必然に出会う。
時には、歓迎したいことと歓迎したくないことが同時にやってくることがある。
なぜか、飛び切りの歓迎したいことがやって来たときに、そうなり易い。
昨日の朝は、五時に目が覚めた。
そうだ、同時に来訪は必然なんだ。いままでそれを偶然の巡り会わせと考えていただけ
で、そういうものとして諦めていただけではないか。
引き続きベッドで考えた。
必然なら、同時にこないように対策も考えることができる。
うまく行けば歓迎したくないことを減らしたり、なくせる。
気の持ち方しだいで、嫌いなこともウェルカムとなろう。
こちらの判断で、どちらの情報かを勝手に選別しているだけの場合も多いに違いない。
嫌な時は避けたい気持ちが働くものだ。
しかし、そう思うことで目先の苦労は減らせても,長い人生の豊かさと面白さは萎んでいく。
ならば偶然も必然も、同じことではないか。
目の前に起る前に最善はつくすことは大事。
でも起きたことは、まずは歓迎すること。
そこから次が始る。
時には、歓迎したいことと歓迎したくないことが同時にやってくることがある。
なぜか、飛び切りの歓迎したいことがやって来たときに、そうなり易い。
昨日の朝は、五時に目が覚めた。
そうだ、同時に来訪は必然なんだ。いままでそれを偶然の巡り会わせと考えていただけ
で、そういうものとして諦めていただけではないか。
引き続きベッドで考えた。
必然なら、同時にこないように対策も考えることができる。
うまく行けば歓迎したくないことを減らしたり、なくせる。
気の持ち方しだいで、嫌いなこともウェルカムとなろう。
こちらの判断で、どちらの情報かを勝手に選別しているだけの場合も多いに違いない。
嫌な時は避けたい気持ちが働くものだ。
しかし、そう思うことで目先の苦労は減らせても,長い人生の豊かさと面白さは萎んでいく。
ならば偶然も必然も、同じことではないか。
目の前に起る前に最善はつくすことは大事。
でも起きたことは、まずは歓迎すること。
そこから次が始る。
2011年11月04日
18年を詰めた原稿書き
800字の原稿依頼が出版社からあった。
忙しい仕事と重なって、やっと書き終えた。
1993年のある日のこと当時のアトリエの窓の外を流れる旭川を眺めていたら
自分でもビックリするような天と地を糸で縫い合わるイメージが湧いてきてスケ
ッチブックに書き留めた。
突飛すぎて彫刻ならまだしも建築のデザインにはすぐにならないと直感した。
それから15年後の2008年、この敷地に出会ってそのイメージが蘇った。
いろんな創作上の格闘が設計にあって、2010年に一応完成した。そうし
たら2011年の今年、この建築について文章を書くことになったのです。
非力乍ら岡山に建築文化の花を咲かそうとの思いで設計事務所をやっている。
地域の建築文化を追い求めていくなかで、浮かんだ一つがこのイメージだっ
た。ちょっと堅い話になるのですが、
岡山のこれからの建築文化をどう捉え、どう表現するのか。
個人のお客様の望まれることと地域の建築文化をいい形でむすびつけて設計す
ることの大事さはずっと守り通してきたつもりです。
お施主さまとそのご家族は、まだ見ぬ岡山らしさというすばらしい舞台の主人
公であってほしい。そのお役にたてる設計が目ざすところです。
要は、住むこととその場所を融合させた新鮮な空間のアイデンティティが、心
の根っ子に関わる住まいが、誇りと愛着や生きる力を与えてくれる上で理想と
考えているのです。それをクリエーションしていくことが私の仕事なのだと。
その原稿書きは、この18年間考えてきたことを800字に圧縮して詰める作
業となったのです。その文章は、今月下旬の雑誌に掲載されます。
今それが終って、ある意味「岡山」に拘束されてきた長〜い思いは、これで少
し開放された気がしています。
皆様に、こけからもっともっと身近ですばらしい建築文化をお届けしたい。今、
そんな思いでいます。
忙しい仕事と重なって、やっと書き終えた。
1993年のある日のこと当時のアトリエの窓の外を流れる旭川を眺めていたら
自分でもビックリするような天と地を糸で縫い合わるイメージが湧いてきてスケ
ッチブックに書き留めた。
突飛すぎて彫刻ならまだしも建築のデザインにはすぐにならないと直感した。
それから15年後の2008年、この敷地に出会ってそのイメージが蘇った。
いろんな創作上の格闘が設計にあって、2010年に一応完成した。そうし
たら2011年の今年、この建築について文章を書くことになったのです。
非力乍ら岡山に建築文化の花を咲かそうとの思いで設計事務所をやっている。
地域の建築文化を追い求めていくなかで、浮かんだ一つがこのイメージだっ
た。ちょっと堅い話になるのですが、
岡山のこれからの建築文化をどう捉え、どう表現するのか。
個人のお客様の望まれることと地域の建築文化をいい形でむすびつけて設計す
ることの大事さはずっと守り通してきたつもりです。
お施主さまとそのご家族は、まだ見ぬ岡山らしさというすばらしい舞台の主人
公であってほしい。そのお役にたてる設計が目ざすところです。
要は、住むこととその場所を融合させた新鮮な空間のアイデンティティが、心
の根っ子に関わる住まいが、誇りと愛着や生きる力を与えてくれる上で理想と
考えているのです。それをクリエーションしていくことが私の仕事なのだと。
その原稿書きは、この18年間考えてきたことを800字に圧縮して詰める作
業となったのです。その文章は、今月下旬の雑誌に掲載されます。
今それが終って、ある意味「岡山」に拘束されてきた長〜い思いは、これで少
し開放された気がしています。
皆様に、こけからもっともっと身近ですばらしい建築文化をお届けしたい。今、
そんな思いでいます。
鉄骨現場にて
工事中の増築で、ようやく鉄骨が立上がりました。
前にも紹介しましたが、平屋の営業中の店舗にまるごと二階を載せるというアクロバットな仕事です。
今の建築の法律では、上への増築はほとんど不可能なのですが、既存の建物をまたぐ
アイデアで可能になった計画です。
18メートルの幅の床を、両端の柱で支持しています。
協働してくれる構造事務所があってこそ、可能になりました。
この水曜日、定例監理の日に初めて二階に上がりました。
大梁の上に立つと気持ちのいい空間が出来つつあることを実感できて、
自分の設計ながら心ゆさぶられてしまいました。
川上建設の桑島現場監督さん、がんばってくれていてご苦労さんです。
これからも、お互い気の抜けない日々が続きそうですが、
よろしくお願いします。
木の構造も面白いが、鉄骨工事も面白いのです。
鉄骨が組み上がるこの2ヶ月の間、鉄骨を担当する鉄骨所、施工図担当者、工場検査、
その打合せなどを構造事務所と一緒にこなして来ましたが、どこまでも論理に裏打ち
された明解さとその安心感は本当に美しいと思いました。
その明解さが、鉄骨が建ち上がったとき現場に現れます。
その魅力が、建築が完成しても引き立つような設計に本当になっていればと思う。
構造がもつ素の魅力をインテリアの魅力に生かすことは、やっぱり大事なこと
なのです。
担当してくている構造家の西さんが、円山ステッチで打合せしたとき、
構造の組み上がり方が部屋にいて分かるのは安心感があると言っていました。
食べ物もなんでもそうだが、いわれや作り方のわかったモノには安心感が出ます。
使えればいい、間に合えばいい、という判断で決まることが多い世の中ですが、
自分の関わる建築は、そうであってはいけないと再確認しました。
2011年11月03日
円山マルシェ2011
佐野アトリエ 「暮しの文化部」では、円山ステッチでの2回目のイベント
「円山マルシェ2011aki」を11/1に行いました。
ウィークデイにも関わらず、300人近い方々が集まって盛り上げていただき、
ありがとうございました。
静かな円山の青空のもと、開始前には沢山の方々の行列ができていて
主催者も驚いてしまいました。
多彩な食事や飲み物に歌声、本や雑貨にバラやハーブ、各種のお店が並びました。
多くの笑顔に出会い、きっと円山ステッチも喜んでいると思います。
引き続き、11/7まで「ひつじからのおくりもの〜手紡ぎ手織りのこもの展」
を開催しています。
これからも、皆様に喜んでいただけるように、暮らしの文化部では新たな
企画を準備しながらがんばって行きます。よろしくお願いいたします。
ありがとうございました。
「暮らしの文化部」は、佐野アトリエが円山ステッチ(設計事務所+自宅)
を建てた2010年に会社の副代表である佐野明子が担当して生まれました。
「円山生活の会」をはじめ各種メニューを通して、地域の生活文化の提案を
行っています。
マルシェの詳しい様子は、ブログ「日暮らしの日々」でどうぞ



