2012年01月28日
民家から伝わってくるメッセージ
吉備中央町の民家です。
高梁から賀陽インターに向う途中で見つけました。
一般の人には、錆びたトタン屋根の田舎の農家といったころでしょうが、見とれて
しまいました。
屋根が上手に錆びていて、鉄も以外と周りの風景にあっています。
覆ったトタンは、茅葺き屋根の形状を留めています。
その下には、県南でオダレと呼ばれる特徴的な庇がついています。吉備高原以南に
特徴的な民家の形式をよく留めていたのです。
写真にあるように緩い勾配の庇は、帽子のツバのように外の光のまぶしさを和らげ
てくれます。山陽の明るい光にぴったりな庇ということです。
おまけに、庭の土に反射した光を庇の裏に反射させて室内を明るくしてくれます。
美星町にある中世夢が原の民家には、こんな庇は付いてなかった記憶があります。
まだ中世の時代には、この庇は考案されてなかったのかもしれません。だから外
は晴れていても中は暗かったことを憶えています。
農繁期には民家の庭は作物の乾燥などの作業場でしたが、土のままの庭は室内に
光を届ける反射板でもあったのです。
翻って私たちの暮しには、このような「ゼイタクな」庭は持ちようがありません。
現代住宅の庇はだんだん小さくなっていき、無くなったものも今ではそこここに
見られます。
近代化の果てに個人化や効率化を求めた暮らしは、光を情緒豊かにコントロール
してきた庇を作れなくしています。
それと同時に、庇の下で繰り広げられた様々な暮らしのシーンも無くしてしまい
ました。夏のスイカやビールのシーンは、 CMのなかだけになろうとしています。
近所の人が腰かけて語らうこともできません。
民家と現代住宅のどちらの方が、豊かな暮らしができるのでしょうか。そんな疑問
を投げかけても、実は現代人は過去には戻れません。光が反射する庭をもった大き
な敷地は、望むべくもないのですから。
近代的なモダンな暮しにあって、オダレ庇に代わって様々な生活シーンを作れる住
宅や地域の語らいや絆を育てられる住宅が求められているように思えます。
この民家には、そんなことを建築家に考えさせるメッセージがいっぱいあるのです。
東日本大震災の報告会を聞いて
先日、岡山から東日本大震災で被災した地区を視察・交流してきた方々の
報告を聞く会が中小企業家同友会の岡山支部例会であり、途中からだった
が参加させてもらった。現地であったこれまでのこと、これからのことを
見聞した生の声は、心に迫る話が多かった。
なかでも、一度大津波で無くなった街は人が戻って来れないと街は消えて
しまうという事実に驚愕した。これまでの場所で経済的に喰っていけなく
なれば帰るに帰れないという自明の理をグサッと突きつけられました。
地域社会と地域の雇用・産業を担う中小企業の大きな存在価値を再確認さ
せてもらいました。大企業では、逆にそれができないことに気づきます。
今をどうするか現地では日々の戦いですが、設計の仕事をしているせいか、
こんなことが起らないようにするにはどうしたらいいのか、昨日もそのこ
とをずっ〜と考えながら聞かせていただいた。その答えは十何メートルの
高さの物理的な楯のような一つのことで済むものではない気がします。い
ろんな分野やいろんな生活から沢山の備えを拾い集めて1000年以上忘
れない智慧を身につけることなのだろうと思った。それを設計にどう落し
込んで行くか、考え続けていきたい。
昨夜の会の関係者の皆さん、お疲れ様でした。ありがとうございました。
(佐野のFacebookより抜粋)
報告を聞く会が中小企業家同友会の岡山支部例会であり、途中からだった
が参加させてもらった。現地であったこれまでのこと、これからのことを
見聞した生の声は、心に迫る話が多かった。
なかでも、一度大津波で無くなった街は人が戻って来れないと街は消えて
しまうという事実に驚愕した。これまでの場所で経済的に喰っていけなく
なれば帰るに帰れないという自明の理をグサッと突きつけられました。
地域社会と地域の雇用・産業を担う中小企業の大きな存在価値を再確認さ
せてもらいました。大企業では、逆にそれができないことに気づきます。
今をどうするか現地では日々の戦いですが、設計の仕事をしているせいか、
こんなことが起らないようにするにはどうしたらいいのか、昨日もそのこ
とをずっ〜と考えながら聞かせていただいた。その答えは十何メートルの
高さの物理的な楯のような一つのことで済むものではない気がします。い
ろんな分野やいろんな生活から沢山の備えを拾い集めて1000年以上忘
れない智慧を身につけることなのだろうと思った。それを設計にどう落し
込んで行くか、考え続けていきたい。
昨夜の会の関係者の皆さん、お疲れ様でした。ありがとうございました。
(佐野のFacebookより抜粋)

