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    <title>仲摩邦彦建築設計事務所</title>
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    <description>仲摩邦彦建築設計事務所のブログです。 東京都小平市の設計事務所です。</description>
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    <itunes:summary>仲摩邦彦建築設計事務所のブログです。  東京都小平市の設計事務所です。</itunes:summary>
    <itunes:keywords>仲摩,邦彦,建築,設計,事務所,小平,東村山,住宅,家,インテリア,建物,建設</itunes:keywords>
    
    <itunes:author>k_nakama</itunes:author>
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      <title>モノと時間</title>
      <pubDate>Fri, 25 May 2012 17:28:48 +0900</pubDate>
      <description>小学生の頃だったと思いますが、『スーパーマン』の実写版映画が公開され、観に行った記憶があります…。当時は、『ウルトラマン』シリーズや、『仮面ライダー』シリーズが、何度も何度も、テレビで再放送をされていて、私も、それらの作品を浴びるように観ていました…。そのため、もしかしたら、そうしたSF活劇には、子供でありながら、ちょっとばかり目が肥えていたのかもしれません…。そのようなこともあったからか、『スーパーマン』は、子供から観ても、本当に、しょうもなかった…。一緒に観に行った友人と..</description>
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小学生の頃だったと思いますが、<br />『スーパーマン』の実写版映画が公開され、<br />観に行った記憶があります…。<br /><br /><br />当時は、<br />『ウルトラマン』シリーズや、<br />『仮面ライダー』シリーズが、<br />何度も何度も、<br />テレビで再放送をされていて、<br />私も、<br />それらの作品を浴びるように観ていました…。<br /><br /><br />そのため、もしかしたら、<br />そうしたSF活劇には、<br />子供でありながら、<br />ちょっとばかり目が肥えていたのかもしれません…。<br /><br /><br />そのようなこともあったからか、<br />『スーパーマン』は、子供から観ても、<br />本当に、しょうもなかった…。<br /><br /><br />一緒に観に行った友人と、<br />悪口を言いながら帰った覚えがあります…。<br /><br /><br /><br /><br />ウルトラマンも、仮面ライダーも、<br />必ず変身をして、<br />それまでの人間の時とは姿を変える、<br />という具合に、<br />日常が入り込まないように、<br />それなりに設定に気を配っていた、<br />と思います…。<br /><br /><br />そのような繊細な設定に、親しんできた眼から観ると、<br />別に素顔を隠すわけでもなく、<br />スーツを脱いで、ネクタイをはずし、<br />下着姿みたいになった、<br />馬鹿力のおじさんが暴れ回るという、<br />ガサツな設定は、<br />ちょっと受け入れ難いものでした…。<br /><br /><br />まあ、今だったら、<br />ツッコミどころ満載、<br />みたいな感じで笑えるのかもしれませんが…。<br /><br /><br />ストーリーの方も、<br />それこそ、ツッコミどころ満載だったのですが、<br />非常に印象深かったのが、<br />恋人（だったかな？）が死んだことを悲しんだスーパーマンが、<br />地球を逆回転させることによって、時間を戻し、<br />恋人を生き返らせる、<br />というシーンでした…。<br /><br /><br />今回、これを書くにあたって、<br />ネットで検索してみたら、<br />あのシーンは、<br />いろいろと別の解釈をされている方もいるみたいですね…。<br /><br /><br />当時の私は、完全に、<br />地球を逆回転させたことによって、時間も逆回転した、<br />というように理解しましたが…。<br /><br /><br />映画からの帰りに、友人と、<br />「あれはないよねー」、なんて話しました…。<br /><br /><br />「あれはない」と思ったのは、<br />地球を物理的に逆回転させたとしても、<br />それと一緒に、<br />時間までが逆回転するはずはない、<br />という意味です。<br /><br /><br />時間というものは、<br />そのような物理的な現象とは、別個に流れているもの、<br />という感覚を持っていたからです…。<br /><br /><br /><br /><br />ただ、ちょっと思ったのですが、<br />仮に、<br />地球の方を逆回転させるのではなくて、<br />時間の方を何らかの方法でいじって、<br />逆回転させることが出来たとしたら、<br />今度は逆に、<br />地球の方も、<br />それにつられて逆回転しそうな気がしませんか…。<br /><br /><br />時間を逆回転させたら、<br />ちょうどビデオテープの逆回転のように、<br />地球の方も、逆に回転しそうな気が、<br />私にはしてしまいます…。<br /><br /><br />そう考えてみると、<br />ちょっと不思議なのですが、<br />私は、<br />時間は、モノ（物理的な現象）とは無関係に流れている、<br />と感じている一方で、<br />モノは、時間と無関係ではない、<br />と同時に感じているみたいです…。<br /><br /><br />時間だけを考えると、モノとは無関係に思えるのですが、<br />モノの方を観ると、時間との関係が観えてくる…。<br /><br /><br />これは何故だろうと、さらに考えてみると、<br />多分、私たちは、<br />モノの方しか観ることが出来ないからではないか、<br />というように思いました…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E383ADE383BCE3839E003-2f9ab.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E383ADE383BCE3839E003-2f9ab-thumbnail2.jpg" width="320" height="221" border="0" align="" alt="ローマ003.jpg" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E383ADE383BCE3839E003-2f9ab-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />つまり、時間というものは、<br />概念としては理解出来ても、<br />それを直に感じることは出来なくて、<br />モノを介してしか、感じ取ることは出来ない、<br />ということではないかと思いました…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E383ADE383BCE3839E004-509e0.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E383ADE383BCE3839E004-509e0-thumbnail2.jpg" width="217" height="320" border="0" align="" alt="ローマ004.jpg" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E383ADE383BCE3839E004-509e0-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />時間とモノは、無関係どころか、<br />モノがあってこそ、時間がある…。<br /><br /><br />あるいは、<br />人間にとっての時間は、<br />モノによって、生み出される、<br />と言っていいのかもしれないなあ、<br />と思いました…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E383A1E383AAE38380003.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E383A1E383AAE38380003-thumbnail2.jpg" width="320" height="225" border="0" align="" alt="メリダ003.jpg" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E383A1E383AAE38380003-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />モノをつくるということは、<br />同時に、時間もつくり出している...、<br />そんな風に思ってみると、<br />古いモノも、そう易々と壊すことはできないでしょうし、<br />そもそも、<br />つくる時には、出来る限りよいモノを、<br />と考えてしまいますよね…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E383A1E383AAE38380006-e0d72.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E383A1E383AAE38380006-e0d72-thumbnail2.jpg" width="320" height="224" border="0" align="" alt="メリダ006.jpg" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E383A1E383AAE38380006-e0d72-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />きっと、そんなことを、<br />スーパーマンは、<br />子供たちに教えてくれようとしていたのでしょう…。<br /><br /><br />というわけでは勿論なく、<br />単にガサツなだけだと思いますが…。<br /><br /><br /><a name="more"></a>

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      <author>k_nakama</author>
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      <title>自由に選択した末に、画一的</title>
      <pubDate>Thu, 17 May 2012 19:53:28 +0900</pubDate>
      <description>ブライアン・イーノ、というミュージシャンのインタビュー記事を、雑誌で読みました...。と言っても、もうずいぶんと前のことで、今、その雑誌を引っ張り出してきて、見ると、2005年の雑誌だったので、もう7年も前のことになります...。なぜ今頃、そんな昔のことを思い出したのかわからないのですが、このインタビューは、とても印象に残っていて、だからこそ、この雑誌も捨てずに、部屋の中に残っていました...。内容は、いろいろと興味深いことだらけなのですが、たとえば、こんなことを言っています..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
ブライアン・イーノ、<br />というミュージシャンのインタビュー記事を、<br />雑誌で読みました...。<br /><br /><br />と言っても、もうずいぶんと前のことで、<br />今、その雑誌を引っ張り出してきて、見ると、<br />2005年の雑誌だったので、<br />もう7年も前のことになります...。<br /><br /><br />なぜ今頃、<br />そんな昔のことを思い出したのかわからないのですが、<br />このインタビューは、とても印象に残っていて、<br />だからこそ、<br />この雑誌も捨てずに、部屋の中に残っていました...。<br /><br /><br />内容は、<br />いろいろと興味深いことだらけなのですが、<br />たとえば、こんなことを言っています...。<br /><br /><br />「この数年での素晴らしい革命のひとつに、ipodがある。<br />今では誰もが一万もの曲をポケットに入れて歩き回っている。<br />それだけの曲を持つということは、<br />そのどれを選んで聴いていいのかが難しくなるということだ。<br />だから、<br />何を聴くかの選択に関する面白いアティテュードが生まれてくると思う」...。<br /><br /><br />「アティテュード」というのは、<br />多分、<br />態度とか、心構え、といった感じで解釈していいのだと思います。<br /><br /><br />アップルのジョブズ氏が亡くなった時にも、<br />ずいぶんと語られていたことですが、<br />好きな曲を、好きなだけ持ち運び、好きな時に、好きなだけ、<br />聴くことが出来る、という具合に、<br />音楽の聴き方が、より自由に変わった、<br />という感じでしょうか...。<br /><br /><br />ただ、イーノは、<br />そのように、<br />徹底的に個人の自由を追求していった末に、<br />個人の選択というものが、全く意味を失ってしまう、<br />というヴィジョンを語っているみたいで、<br />とても面白く感じました...。<br /><br /><br />もっとも、イーノは、<br />そのような状態を、<br />別にネガティヴなものとして捉えているわけではないみたいで、<br />その後の話は、このように続いていきます...。<br /><br /><br />「私は“ipodシャッフル”を持っているんだが、<br />勝手に曲を選択してくれる点が大変気に入っている（笑）。<br />…（中略）…<br />次に何がプレイされるのかわからないままに聴いている。<br />意外な曲がプレイされて驚くんだが、<br />その点がとても気に入っているんだ」...。<br /><br /><br /><br /><br />「アンビエント・ミュージック」という、<br />いわゆる「環境音楽」をつくってきたイーノにとって、<br />曲は、<br />人が主体的に「選択する」ものというよりも、<br />環境のように「出会う」もの、という感じの方が、<br />しっくりくるということなのかなあ、<br />と思ったりしました…。<br /><br /><br /><br /><br />この「アンビエント・ミュージック」は、<br />その雑誌の論考によると、<br />「あえて音楽の起承転結を否定し、<br />どこから始まり、どこから終わってもいい音楽、<br />さらにいえば聴衆が注意を傾けても、傾けなくてもいい音楽」、<br />とのことで、<br />そのため、<br />「不明瞭なビートや、深く静かな残響、<br />…（中略）…<br />単調なテープのリフレインなどを特徴」としているそうです...。<br /><br /><br />まさに、<br />「環境」としての音楽、という感じですよね…。<br /><br /><br /><br /><br />ところで、急に話が変わるのですが、<br />住宅街などを歩いていて、<br />一斉に、同じような家が、<br />たくさん、つくられたような一角などは、<br />とても画一的で、退屈に感じたりします...。<br /><br /><br />それはそれで、<br />ある程度は、当然だと思うのですが、<br />そのような場所だけではなくて、<br />それぞれが、個人の好みで、<br />好き勝手な色や形を選択し、<br />自分たちの使い勝手の良い家を、<br />好きなように選択して建てた結果としての家々が、<br />並んでいるような地域であっても、<br />そのほとんどが、<br />どこへ行っても同じような、画一的な感じがするのはなぜでしょうか...。<br /><br /><br />いろいろな人達が、自由に選択した結果が、<br />なぜこんなに画一的な感じがするのかな、と、<br />とても不思議に感じます…。<br /><br /><br /><br /><br />カタログなどを見るとわかるのですが、<br />外壁の材料なども、各社、相当な数をとりそろえていて、<br />さらに、スタイルも、<br />和風のようなものから、洋館風だったり、モダンな感じだったり、<br />それぞれに、様々な「商品」を持っています...。<br /><br /><br />ということになると、<br />ほとんど無限ではないかと思えるような、<br />相当な数の組み合わせが考えられるはずです…。<br /><br /><br />そうして、<br />個人個人が、<br />何の脈絡もなく、好きなように、<br />自由に選択していったにもかかわらず、<br />その結果としての風景が、<br />このように画一的な感じになるという、<br />この矛盾をどう説明すればいいものでしょうか…。<br /><br /><br /><br /><br />音楽とは、別の話ではありますが、<br />イーノが言うように、<br />選択肢をさらに、どんどんと増やしていった先に、<br />面白い環境との出会いが待っているのでしょうかね…。<br /><br /><br />私には、<br />このような選択肢をいくら増やしても、<br />その中から、<br />「選択に関する面白いアティテュード」が生まれてくるとは、<br />どうしても思えません…。<br /><br /><br /><br /><br /><br />となると、<br />どういうヴィジョンが考えられるのでしょうか...。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E4B8B8E4BA80E5B882E5A1A9E9A3BDE69CACE5B3B6E794BAE7ACA0E5B3B6001.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E4B8B8E4BA80E5B882E5A1A9E9A3BDE69CACE5B3B6E794BAE7ACA0E5B3B6001-thumbnail2.jpg" width="320" height="227" border="0" align="" alt="丸亀市塩飽本島町笠島001.jpg" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E4B8B8E4BA80E5B882E5A1A9E9A3BDE69CACE5B3B6E794BAE7ACA0E5B3B6001-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />もしかしたら、<br />ほとんど同じような家が並んでいたとしても、<br />そうした画一的なつまらなさから脱しているような環境を、<br />つくることが出来るのかもしれませんし、<br />それとも、<br />今たくさんあるようなものとは別の選択肢を増やしていった先に、<br />面白い環境をつくることが出来るのかもしれません…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E5B3B6E58E9F001-d308d.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E5B3B6E58E9F001-d308d-thumbnail2.jpg" width="320" height="219" border="0" align="" alt="島原001.jpg" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E5B3B6E58E9F001-d308d-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />結局、<br />今現在、そこら中にあるような選択肢ではない、<br />ということだけがわかっていて、<br />それ以外には、<br />正解のようなものは、わかりません...。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E7BE8EE9A6ACE5B882E88487E794BAE58D97E794BA003.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E7BE8EE9A6ACE5B882E88487E794BAE58D97E794BA003-thumbnail2.jpg" width="320" height="225" border="0" align="" alt="美馬市脇町南町003.jpg" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E7BE8EE9A6ACE5B882E88487E794BAE58D97E794BA003-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />まあ、だからこそ、<br />それぞれの場所で、<br />試行錯誤をする価値があるのかもしれませんが…。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><a name="more"></a>

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      <author>k_nakama</author>
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      <title>どうしても腑に落ちない</title>
      <pubDate>Wed, 09 May 2012 16:51:07 +0900</pubDate>
      <description>テレビで、経済の話などを観ていて、世の中に出廻っているお金が足りないから問題なのであって、お金が足りないのならば、お金を刷って、配ってしまえば、いろいろな問題は解決する、といったような話をされている人達がいます。説明を聞いていると、なるほど、経済とは、そういうものか、と、それなりに理解出来たりもするのですが、それでも、やはり、働いてもいないのに、全員にお金を配る、とか、「お金が足りないなら、もっと刷ればいい」とか、まるで、一見すると、子供が言うような話の内容に、どうしても、腑..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
テレビで、経済の話などを観ていて、<br />世の中に出廻っているお金が足りないから問題なのであって、<br />お金が足りないのならば、<br />お金を刷って、配ってしまえば、<br />いろいろな問題は解決する、<br />といったような話をされている人達がいます。<br /><br /><br />説明を聞いていると、<br />なるほど、経済とは、そういうものか、と、<br />それなりに理解出来たりもするのですが、<br />それでも、やはり、<br />働いてもいないのに、全員にお金を配る、<br />とか、<br />「お金が足りないなら、もっと刷ればいい」とか、<br />まるで、一見すると、子供が言うような話の内容に、<br />どうしても、<br />腑に落ちない気持ちが残ってしまいます…。<br /><br /><br />理屈が、頭で理解出来るということと、<br />腑に落ちる、と言いますか、<br />感覚まで含めて、心から納得出来る、ということとは、<br />きっと、別のことなのでしょうね…。<br /><br /><br /><br /><br />それでは、というわけで、<br />この「お金を刷ればいい」理論を、<br />かなり長時間にわたって、<br />徹底的に説明してもらったらどうか、<br />というと、<br />これはカンですが、<br />多分、それでも、<br />いくらかのモヤモヤは、ずっと残るのではないか、<br />という気がしています…。<br /><br /><br />人間というのは、かなり保守的に出来ていて、<br />そうした新しい考え方や技術が、<br />仮に、頭では理解出来たとしても、<br />そうそう容易には、<br />腑に落ちるところまではいかないように、<br />出来ているのだろうなあ、<br />という感じがします...。<br /><br /><br /><br /><br />それでは、<br />自分の感覚まで含めて、<br />心から納得出来るような考え方や技術だけを用いて生きていく方が、<br />しっくりときて、よいのではないか、という気もするのですが、<br />私たちの身の廻りは、<br />感覚的にはほとんど理解出来ない考え方や技術に、<br />囲まれているような状況になっているという気がします…。<br /><br /><br />これらをすべて排除しようと思うと、<br />江戸時代か、もっと前か、<br />下手すると、<br />縄文時代のような生活に戻らないといけなくなるのかもしれない…。<br /><br /><br />それでもいいではないか、という議論もあるでしょうし、<br />それも一理あるとは思いますが、<br />個人的には、<br />ちょっと、そこまでは、という気もしてしまいます…。<br /><br /><br />これまでの歩みを、<br />ほとんどすべて捨て去るような、<br />その考え方は、<br />それはそれで、<br />どこか腑に落ちません…。<br /><br /><br /><br /><br />それでは、<br />新しい考え方や技術を、<br />多くの人が完全には腑に落ちない状態でありながらも、<br />使っていこうという時には、<br />どうするのか...。<br /><br /><br />完全に理解出来ている人が、<br />その他の、<br />腑に落ちていない、<br />多くの人達へ、<br />相当な説明をすることが必要になるのだろうと思います。<br /><br /><br />近頃起こっている、多くの問題も、<br />この説明が足りていない、<br />ということが原因になっているように思います...。<br /><br /><br />ただ、<br />それでは、今度は、<br />この説明が、相当にたくさんの時間、徹底的に行われたとして、<br />それで、本当に、全員が腑に落ちるものなのかどうか…。<br /><br /><br />個人的には、<br />先の、「お金を刷ればいい」理論のように、<br />依然、モヤモヤが残りそうな気がしています…。<br /><br /><br />実際に、その新しい考え方や技術に関わる人と、<br />それ以外の人との間には、<br />多分、<br />どこまで行っても埋めることの出来ない、<br />ミゾのようなものがあるような気がします…。<br /><br /><br />これまでの歴史を振り返ると、<br />それでも、出来るだけの説明をして<br />（あるいは、説明を端折って）、<br />そして、最終的には、結局、<br />完全には腑に落ちていない、多くの人達をおいて、<br />新しいところに飛び込んできた、<br />ということなのでしょうね…。<br /><br /><br /><br /><br />横浜に今ものこる、<br />三井物産横浜ビルは、<br />構造部分すべてに、<br />鉄筋コンクリートを用いた、<br />日本最初の建築だそうです。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E4B889E4BA95E789A9E794A3E6A8AAE6B59CE38393E383AB003.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E4B889E4BA95E789A9E794A3E6A8AAE6B59CE38393E383AB003-thumbnail2.JPG" width="320" height="240" border="0" align="" alt="三井物産横浜ビル003.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E4B889E4BA95E789A9E794A3E6A8AAE6B59CE38393E383AB003-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />この建築を設計した遠藤於菟（えんどうおと）は、<br />鉄筋コンクリート造建築のパイオニアとして知られる建築家です。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E4B889E4BA95E789A9E794A3E6A8AAE6B59CE38393E383AB004.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E4B889E4BA95E789A9E794A3E6A8AAE6B59CE38393E383AB004-thumbnail2.JPG" width="320" height="240" border="0" align="" alt="三井物産横浜ビル004.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E4B889E4BA95E789A9E794A3E6A8AAE6B59CE38393E383AB004-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />遠藤於菟は、<br />1910年（明治43年）に、<br />この三井物産横浜ビルを完成させると、<br />その翌年、<br />地元の雑誌、『実業之横浜』に、<br />「鉄筋コンクリートと建築材料」という文章を寄稿したそうです。<br /><br /><br />そこでは、<br />建築専門家以外に向けて、<br />鉄筋コンクリートの性質・実例・長所などを列挙し、<br />説明を試みたのだそうです。<br /><br /><br />その内容も、<br />鉄筋は耐伸力に強い性質をもち、<br />コンクリートは圧力に対する力が強い。<br />互いに相手に無い力を持って助け合っている。<br />それは、<br />「唇と歯の関係」のようなもの、<br />とか、<br />「夫婦のような関係」などと、<br />わかりやすい説明に努めていたみたいです…。<br /><br /><br />でも、<br />砂利と水とセメントを混ぜて、固めたようなものが、<br />石積みと同じように頑丈である、<br />ということを、<br />多くの人達に、<br />果たしてどこまで、<br />腑に落ちてもらえたのでしょうね…。<br /><br /><br />多分、いくら聞いても、<br />なんとなく、モヤモヤが残ったのではないかなあ...。<br /><br /><br />ただ、現在、<br />この建築の廻りには、<br />その後に出来た、鉄筋コンクリート造の建築でいっぱいです…。<br /><br /><br /><br /><br />100年前も、今現在も、<br />本当に、同じようなことを繰り返しているみたいですね…。<br /><br /><br /><br />結局、<br />何か大きな出来事だけをきっかけに、<br />急速に事態が変わる、ということはないように思います…。<br /><br /><br />同じようなことを繰り返しているようで、<br />その積み重ねによって、<br />あとあと振り返ってみて、大きく事態は変わっていた...。<br /><br /><br />そんな感じなのではないでしょうか...。<br /><br /><a name="more"></a>

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      <author>k_nakama</author>
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      <title>街の文脈</title>
      <pubDate>Tue, 24 Apr 2012 18:11:44 +0900</pubDate>
      <description>ずっと工事をしていた東京駅ですが、いよいよ完成が近い、という話を聞きました。この東京駅は、辰野金吾設計で、大正3年（1914年）に完成したものです。元々は、丸屋根の架かった、三階建てだったものが、昭和20年の空襲で消失し、修復される時に、丸屋根ではなくて、もっと簡単な三角屋根の、二階建てに変えられていました...。今回の工事では、構造や機能上の補強・拡大とともに、この丸屋根を復元し、創建当時の外観が再現されることになるのだそうです...。創建当時の、元々の姿が見られるのは、と..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
ずっと工事をしていた東京駅ですが、<br />いよいよ完成が近い、という話を聞きました。<br /><br /><br />この東京駅は、<br />辰野金吾設計で、<br />大正3年（1914年）に完成したものです。<br /><br /><br />元々は、<br />丸屋根の架かった、三階建てだったものが、<br />昭和20年の空襲で消失し、<br />修復される時に、<br />丸屋根ではなくて、<br />もっと簡単な三角屋根の、<br />二階建てに変えられていました...。<br /><br /><br />今回の工事では、<br />構造や機能上の補強・拡大とともに、<br />この丸屋根を復元し、<br />創建当時の外観が再現されることになるのだそうです...。<br /><br /><br />創建当時の、元々の姿が見られるのは、<br />とても楽しみなのですが、<br />一方で、<br />こうした話題の時に、いつも気になることがあります。<br /><br /><br />それは、<br />三角屋根の東京駅として過ごした60年の時間や記憶は、<br />どこにいってしまうのかなあ、<br />ということです…。<br /><br /><br /><br /><br />すでに、<br />再建されてから、<br />60年以上の歳月が経っているわけですから、<br />多くの人にとって、<br />東京駅と言えば、<br />創建当時の丸屋根三階建ての姿ではなくて、<br />これまでの、<br />三角屋根二階建ての姿なのではないでしょうか…。<br /><br /><br /><br /><br />古い建築が取り壊されそうになった時、必ず、<br />多くの人びとが愛着を持っている建築なので、<br />そのままの姿で保存すべきである、<br />といった主張がされるのですが、<br />そういった議論は、<br />この東京駅のオリジナルの復元については、<br />どのように当てはめられるのでしょうか…。<br /><br /><br />多くの人にとって、<br />「愛着を持っている」のは、むしろ、<br />今現在の姿であるわけですから、<br />ほとんどの人が、一度も見たことがないような、<br />オリジナルの状態を復元するというのは、<br />どういうことなのか…。<br /><br /><br /><br /><br />少し話はそれますが、こんなことも…。<br /><br /><br />2010年だったと思いますので、<br />もう2年前になりますが、<br />東京駅のすぐ近く、<br />丸の内の一角に、<br />三菱一号館が「再建」されました。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E4B889E88FB1E4B880E58FB7E9A4A8001.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E4B889E88FB1E4B880E58FB7E9A4A8001-thumbnail2.JPG" width="320" height="240" border="0" align="" alt="三菱一号館001.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E4B889E88FB1E4B880E58FB7E9A4A8001-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />この三菱一号館は、<br />元々は、<br />日本の近代建築の父とも言うべき、<br />ジョサイア・コンドル設計による、<br />丸の内で最初の洋風事務所建築だったのだそうです。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E4B889E88FB1E4B880E58FB7E9A4A8002.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E4B889E88FB1E4B880E58FB7E9A4A8002-thumbnail2.JPG" width="320" height="240" border="0" align="" alt="三菱一号館002.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E4B889E88FB1E4B880E58FB7E9A4A8002-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />この建築は、昭和43年（1968年）に、<br />老朽化を理由に解体されました。<br /><br /><br />多くの、解体反対の声の中でのことだった、<br />と聞きます…。<br /><br /><br />その建築が、21世紀になって、<br />レプリカ（複製品）として、<br />「再建」されました…。<br /><br /><br />一部には、<br />保存されていた材料を使ったそうですが、<br />多くは、<br />資料を元に再現された、新しい材料によって、<br />かつての三菱一号館に似せて建てられた、<br />いわば、「新しい建築」です…。<br /><br /><br />建っている位置も、<br />かつてのものとは、<br />微妙にズレているみたいですし...。<br /><br /><br />こういったものは、<br />一体、何なのでしょうね…。<br /><br /><br />解体されてから、<br />すでに40年以上が経っていて、<br />この建築への愛着を、<br />変わらずに、ずっと維持していたような人は、<br />ほとんどいないだろうと思います。<br /><br /><br />その姿だけからは、<br />一見、<br />街の歴史、文脈に沿っているかのようですが、<br />かつての建築を解体したのも、<br />もっと大きな建物にしたいという、<br />経済的な理由であり、<br />亡霊のように蘇らせたのも、また、<br />同じ理由だったのでしょうね…。<br /><br /><br /><br /><br />まあ、それはともかく、<br />ここでも、<br />40年間途切れていた歴史を、<br />再度つなぐ、という、<br />東京駅と似たようなことがされているように思います…。<br /><br /><br />こういったことは、<br />どのように考えればいいのでしょうか...。<br /><br /><br />過去に途切れたものこそが正統で、<br />それを復活させるべきなのか、<br />それとも、<br />その後に現れた、新しいものが、すでに定着していて、<br />ある程度の歴史を持ってしまっているため、<br />それへの愛着をこそ、重視すべきなのか…。<br /><br /><br />歴史が二股に分かれてしまっているみたいですよね…。<br /><br /><br /><br /><br />こういったことは、<br />珍しいことのようで、<br />実は、割と頻繁にあって、<br />結構判断の難しい問題なのではないか、<br />と思っています…<br /><br /><br />例えば、<br />明治以来、洋館が、数多く建ち並ぶような場所に、<br />新たに建築をしようと思った時に、<br />どのように、その街の文脈を読むことが、<br />周囲の街並、環境に配慮したことになるのか...。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E69DB1E5B1B1E6898BE6B48BE9A2A8E4BD8FE5AE85E7BEA4001.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E69DB1E5B1B1E6898BE6B48BE9A2A8E4BD8FE5AE85E7BEA4001-thumbnail2.JPG" width="320" height="212" border="0" align="" alt="東山手洋風住宅群001.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E69DB1E5B1B1E6898BE6B48BE9A2A8E4BD8FE5AE85E7BEA4001-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />明治以来、<br />ここ100年の歴史を踏まえて、洋館風のものにするのか...。<br /><br /><br />それとも、<br />ここは、そもそも日本なので、<br />この100年間に失われていた歴史を、改めて繋ぎ直し、<br />明治以前にはあったであろう、<br />日本風をモチーフにした建築をつくるべきなのか…。<br /><br /><br />あるいは、<br />すでに明治以来の洋館が減ってきて、<br />戦後に出来てきた新しい建築の方が多くなってきており、<br />新しい環境が出来上がってきたことを考えると、<br />今現在にしかつくることの出来ない、<br />新しいものをつくっていくことこそが、<br />今建てることの意義と考えて、<br />積極的に新しいものをつくっていく、<br />なんていう考え方もあるのかな…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E69DB1E5B1B1E6898BE6B48BE9A2A8E4BD8FE5AE85E7BEA4002.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E69DB1E5B1B1E6898BE6B48BE9A2A8E4BD8FE5AE85E7BEA4002-thumbnail2.JPG" width="320" height="212" border="0" align="" alt="東山手洋風住宅群002.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E69DB1E5B1B1E6898BE6B48BE9A2A8E4BD8FE5AE85E7BEA4002-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br /><br /><br />「街の文脈」なんていうものも、<br />考え方次第、都合次第で、<br />実は、<br />どうとでも読めてしまうのではないか、<br />という気がしてしまいます…。<br /><br /><br />歴史は、まっすぐな一本道と言うわけには、<br />なかなかいかないため、<br />その道筋も、<br />二股、三股、と複雑に分かれたり、<br />また、くっついたり…。<br /><br /><br />きっと、<br />確かな正解といったものは、ないのでしょうね…。<br /><br /><br />ただ、<br />こういった「街の文脈」に関わる例をいろいろと考えてみると、<br />歴史ある建築が壊れるとき、壊すときが、<br />いつも、<br />そうした歴史の分かれ道になっているような気がします…。<br /><br /><br />道が分かれてしまった後では、<br />どちらの道をとっても、<br />必ず何らかの違和感が残ってしまうということを考えてみると、<br />やはり、<br />そのように道が分かれる直前、<br />つまり、<br />歴史ある建築がなくなる時には、<br />今よりも、もっと熟慮することが必要だということだけは、<br />確かなことのような気がします…。<br /><a name="more"></a>

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      <author>k_nakama</author>
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      <title>信念と運命</title>
      <pubDate>Tue, 17 Apr 2012 22:10:32 +0900</pubDate>
      <description>最近、城山三郎『男子の本懐』を読みました。とても有名な本なので、今更私が何か書くこともないのですが、第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の時期に、当時の政治課題であった、「金解禁」に、文字通り、生命を賭けた、浜口雄幸と井上準之助のお話です。すさまじい反発や抵抗にあっても、信念を貫いて、信じる政策を断行し、結果、二人とも、凶弾に倒れることになる、という、胸の熱くなるようなお話でした…。その中では、そうした信念というものは、そこに至るまでの、長年の蓄積の上に培われてきたものであるこ..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
最近、<br />城山三郎『男子の本懐』を読みました。<br /><br /><br />とても有名な本なので、<br />今更私が何か書くこともないのですが、<br />第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の時期に、<br />当時の政治課題であった、「金解禁」に、<br />文字通り、生命を賭けた、<br />浜口雄幸と井上準之助のお話です。<br /><br /><br />すさまじい反発や抵抗にあっても、<br />信念を貫いて、信じる政策を断行し、<br />結果、<br />二人とも、凶弾に倒れることになる、という、<br />胸の熱くなるようなお話でした…。<br /><br /><br />その中では、<br />そうした信念というものは、<br />そこに至るまでの、<br />長年の蓄積の上に培われてきたものであることが、<br />静かに、描き出されていました...。<br /><br /><br />最近でも、<br />「生命を賭ける」なんていう言葉を聞くことがありますが、<br />そこでは、当然、<br />果たして、そのような蓄積があるのか、<br />ということが問われてしまうのではないか、<br />と思います…。<br /><br /><br />結局、そのような言葉は、<br />長年にわたって、<br />暖め、深めてきた思いのようなものにだけに許されるものであり、<br />そもそも、<br />ちょっとした思いつきや、聞き齧りのようなことに、<br />「生命を賭ける」ようなマネが出来るほど、<br />人間は単純ではない、という、<br />考えてみれば、当たり前のことに、<br />改めて、気付かせてもらいました…。<br /><br /><br /><br /><br />それはそうと、<br />別のことで、興味深く感じたのですが...。<br /><br /><br />総理大臣浜口雄幸が撃たれ、<br />蔵相井上準之助が撃たれたことで、<br />代わってなった総理大臣犬養毅、蔵相高橋是清の新内閣は、<br />浜口・井上が文字通り「生命を賭けて」断行した「金解禁」を、<br />撤回することになります…。<br /><br /><br />まあ、<br />犬養、高橋らにしても、<br />きっと、<br />単に、そうした反発や抵抗に屈したわけではなく、<br />これはこれで、<br />彼らなりの信念に従ったのであろうとは思います…。<br /><br /><br />ただ、ご存知のように、<br />その後、<br />この犬養、高橋も、<br />それぞれ、<br />五・一五事件、二・二六事件で暗殺されてしまいます…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E9AB98E6A98BE698AFE6B885E982B8001.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E9AB98E6A98BE698AFE6B885E982B8001-thumbnail2.JPG" width="320" height="240" border="0" align="" alt="高橋是清邸001.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E9AB98E6A98BE698AFE6B885E982B8001-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br /><br /><br />こういうのをみると、<br />当時の重要な政策課題について、<br />それに賛成であろうと、反対であろうと、<br />つまり、<br />個々が、どのような方向に、いかに信念を貫こうとも、<br />どちらにしても、結局は、<br />同じように暗殺されてしまい、<br />そして、<br />どちらにしても、結局は、<br />時代は、<br />ある一つの方向へと流れていってしまっているのではないか、<br />といった、<br />一種の無力感に襲われてしまいそうですね…。<br /><br /><br />要するに、<br />時代の大きなうねりというか、<br />ある種の運命のようなものの前では、<br />個人の信念といったようなものには、何の意味もない、<br />ということなのでしょうか…。<br /><br /><br /><br /><br />こんな話になると、<br />終戦直後の、ある座談会での、<br />小林秀雄の有名な発言、<br />「利巧な奴はたんと反省してみるがいいじゃないか」、<br />というのを思い出してしまいます…。<br /><br /><br />ちょっと引用してみると、<br /><br /><br />「僕は政治的には無智な一国民として事変に処した。<br />黙って処した。<br />それについて今は何の後悔もしていない。<br />大事変が終わった時には、<br />必ず若しかくかくだったら事変は起らなかったろう、<br />事変はこんな風にはならなかったろうという議論が起る。<br />必然というものに対する人間の復讐だ。<br />この大戦争は一部の人達の無智と野心とから起ったか、<br />それさえなければ起らなかったか。<br />どうも僕にはそんなお目出度い歴史観は持てないよ。<br />僕は歴史の必然性というものをもっと恐ろしいものと考えている。<br />僕は無智だから反省なぞしない。<br />利巧な奴はたんと反省してみるがいいじゃないか。」<br /><br /><br /><br /><br />戦後すぐの時代、<br />それまで、ある価値観を当然の正義として認めてきた人達が、<br />手のひらを返したように、反省と言い出していたような時期に、<br />このような複雑さをはらんだ、深く微妙な発言をしてしまう、<br />小林秀雄の勇気というか信念というか、<br />そういうものに、圧倒されてしまうのですが、<br />この発言自体も、<br />全く古びないどころか、<br />今でも、<br />大きな問題提起をし続けているように思います…。<br /><br /><br />今は、<br />当時と同様に、<br />歴史的な、大きな出来事があった時なので、<br />特に…。<br /><br /><br />最近語られているような、様々な事柄をみると、<br />尚更、<br />突き刺さってくるような気がします...。<br /><br /><br /><br /><br />この言葉には、<br />いろいろな読み方があるとは思うのですが、<br />大きな時代の流れ、歴史といったものに対する、<br />一種の畏れのようなものが語られているようで、<br />また、<br />「利口な奴」が「反省」出来るようなことは、<br />所詮、瑣末なことでしかなく、<br />長い年月にわたって培われたものを、<br />安易な思いつきなどで「反省」し、<br />改革しようとするような態度を戒めているようにもとれて、<br />誰にでも、<br />ある程度は、腑に落ちるところがあるように思うのですが、<br />どうでしょうか…。<br /><br /><br />ただ、それと同時に、<br />この言葉には、<br />それぞれの時代に生きる、個々の人間の意志を否定してしまい、<br />時代の流れに逆らうことを諦めさせて、<br />現状を安易に追認してしまうようなことを、<br />手助けするような面もあるような気がします…。<br /><br /><br />要するに、<br />一種の毒のようなものも含まれている言葉で、<br />そのために、<br />今でも突き刺さってくるのかもしれませんね…。<br /><br /><br /><br /><br />こういった、いわば、<br />歴史的な「運命」と、<br />人間の「信念」は、<br />多分、<br />どちらか一方だけが正しいということではないのでしょう、<br />今でも、その流れを汲むものが、<br />代わる代わるのようなかたちで、<br />現れてきているような気がします…。<br /><br /><br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E382B3E383A0E38387E382AEE383A3E383ABE382BDE383B3001.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E382B3E383A0E38387E382AEE383A3E383ABE382BDE383B3001-thumbnail2.JPG" width="320" height="240" border="0" align="" alt="コムデギャルソン001.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E382B3E383A0E38387E382AEE383A3E383ABE382BDE383B3001-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />建築でも、<br />歴史的に、<br />人間の生活を改変するような実験的な、<br />大きな動きがある一方で、<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E4B8ADE98A80EFBDB6EFBE8CEFBE9FEFBDBEEFBE99EFBE80EFBE9CEFBDB0EFBE8BEFBE9EEFBE99007.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E4B8ADE98A80EFBDB6EFBE8CEFBE9FEFBDBEEFBE99EFBE80EFBE9CEFBDB0EFBE8BEFBE9EEFBE99007-thumbnail2.JPG" width="320" height="240" border="0" align="" alt="中銀ｶﾌﾟｾﾙﾀﾜｰﾋﾞﾙ007.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E4B8ADE98A80EFBDB6EFBE8CEFBE9FEFBDBEEFBE99EFBE80EFBE9CEFBDB0EFBE8BEFBE9EEFBE99007-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />やっぱり、<br />昔ながらの家が一番、みたいな考え方も、<br />何度も何度も、繰り返し繰り返し、<br />復活してきます…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E6B19FE688B8E69DB1E4BAACE3819FE381A6E38282E381AEE59C92008.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E6B19FE688B8E69DB1E4BAACE3819FE381A6E38282E381AEE59C92008-thumbnail2.JPG" width="240" height="320" border="0" align="" alt="江戸東京たてもの園008.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E6B19FE688B8E69DB1E4BAACE3819FE381A6E38282E381AEE59C92008-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br /><br /><br />自然環境や、歴史的な街並等とのつながりよりも、<br />経済性や利便性だけを追求したり、<br />個人的な都合や表現のみでつくっていくような立場は、<br />現代では、ある程度当たり前のようになってはいますが、<br />実は、<br />もっと遠いところから、ひいて見ると、<br />「お目出度い歴史観」しか持たない、<br />「利口な奴」でしかない、<br />ということになるのかもしれません…。<br /><br /><br />何かあったら、また、すぐに、<br />「たんと反省」してしまうのかもしれないですね…。<br /><br /><br /><br /><br />そんな中で、<br />気候風土や、昔ながらの在り方から、<br />家を語り、つくる立場は、<br />それはそれで、なるほどとは思うのですが、<br />一方で、実のところ、<br />今現在、個々に生きている人間の、意志や創造性を軽視し、<br />結果的に、<br />現状を追認しているだけなのではないか<br />と思ったりもします…。<br /><br /><br />つまり、<br />「歴史の必然性」を重視することは、<br />実は、<br />今現在を生きている人間の意志を蔑ろにし、<br />未来の可能性を縛っている、<br />と言えるのかもしれません…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E6B19FE688B8E69DB1E4BAACE3819FE381A6E38282E381AEE59C92009.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E6B19FE688B8E69DB1E4BAACE3819FE381A6E38282E381AEE59C92009-thumbnail2.JPG" width="320" height="240" border="0" align="" alt="江戸東京たてもの園009.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E6B19FE688B8E69DB1E4BAACE3819FE381A6E38282E381AEE59C92009-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br /><br /><br />まあ、<br />少々オーバーな言い方ではありますが、<br />多くの事柄には、<br />大抵、そのような、<br />どちらか一方だけをとるのは容易ではないような問題が、<br />含まれているような気がします…。<br /><br /><br />人間というのは、<br />本当に多くの矛盾の中で生きているものだなあ、<br />なんて思ったりもしてしまいますね…。<br /><br /><br />そして、<br />そんな風に思うと尚更、<br />そのような矛盾の中で、<br />「生命を賭ける」ほどに強い、<br />一つの信念を持つというのは、<br />本当に難しいことだなあ、<br />なんて思ってしまいました…。<br /><br /><a name="more"></a>

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      <author>k_nakama</author>
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      <title>長持ちする住まい</title>
      <pubDate>Tue, 10 Apr 2012 16:37:36 +0900</pubDate>
      <description>「長期優良住宅の普及の促進に関する法律」というのがあります。長持ちする住まいづくりを推進するために、平成21年に施行されたものです。ここで言う「長期優良住宅」というのは、大雑把に言うと、長期間の使用に耐えるような性能を確保することと、維持保全計画をつくること、この2点について、一定の認定基準を満たしている住宅のことです。そして、この認定基準を満たした住宅は、所管行政庁に申請することで、「長期優良住宅」の認定を受けることができる,という制度になっています。さらに、「長持ちする住..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
「長期優良住宅の普及の促進に関する法律」というのがあります。<br /><br /><br />長持ちする住まいづくりを推進するために、<br />平成21年に施行されたものです。<br /><br /><br />ここで言う「長期優良住宅」というのは、<br />大雑把に言うと、<br />長期間の使用に耐えるような性能を確保することと、<br />維持保全計画をつくること、<br />この2点について、<br />一定の認定基準を満たしている住宅のことです。<br /><br /><br />そして、<br />この認定基準を満たした住宅は、<br />所管行政庁に申請することで、<br />「長期優良住宅」の認定を受けることができる,<br />という制度になっています。<br /><br /><br />さらに、<br />「長持ちする住まい」を建てようと思うと、<br />一般の住宅よりもコストが高くなる傾向があるということで、<br />この認定を受けた場合のメリットとして、<br />住宅ローンの金利引下げや、税金の軽減が用意されています。<br /><br /><br />ただ、<br />認定を受けると、<br />維持保全の記録を残す必要があり、<br />その家を売買するときや、<br />リフォームをしたり、維持保全計画を変更したりする時には、<br />手続きが必要になったり、<br />といった具合に、<br />後々まで、いろいろとありますので、<br />その辺のことまでよく考えてから、<br />取り組んだ方がいいのかもしれませんが…。<br /><br /><br />この制度は、<br />ちょっと前の、検討段階では、<br />「200年住宅」なんて呼ばれて、<br />話題にもなっていたものです。<br /><br /><br />つまり、<br />「いい家をつくって、きちんと手入れして、長く住まう」ことを、<br />目標にしているのだそうです。<br /><br /><br />私も、<br />その目標について、<br />反対するようなところはどこにもありませんので、<br />「長期優良住宅に関する技術講習会」というのを受けて、<br />「長期優良住宅の設計を行う建築士事務所」というものにも、<br />登録させてもらっています…。<br /><br /><br />ただ、<br />よくよく考えてみると、<br />簡単に「200年」と言いますが、<br />相当に大変なことですよね…。<br /><br /><br />たとえば、<br />今から200年前というと、<br />1812年、文化9年です。<br /><br /><br />日本は江戸時代…。<br /><br /><br />ネットで調べてみると、<br />杉田玄白が、79歳。<br />伊能忠敬が、67歳。<br />松平定信が、54歳。<br />雷電為右衛門が、45歳。<br />遠山金四郎が、19歳。<br />歌川広重が、15歳。<br /><br /><br />鼠小僧次郎吉が、<br />年齢不詳ながら、活躍していた時代だそうです…。<br /><br /><br />その年に建った住宅が、<br />今現在からみた「200年住宅」ということになります…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E5B08FE5B9B3E381B5E3828BE38195E381A8E69D91008.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E5B08FE5B9B3E381B5E3828BE38195E381A8E69D91008-thumbnail2.jpg" width="320" height="212" border="0" align="" alt="小平ふるさと村008.jpg" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E5B08FE5B9B3E381B5E3828BE38195E381A8E69D91008-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />この建築が、<br />文化2年に竣工だそうです。<br />ほぼ200年…。<br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E5B08FE5B9B3E381B5E3828BE38195E381A8E69D91009.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E5B08FE5B9B3E381B5E3828BE38195E381A8E69D91009-thumbnail2.JPG" width="320" height="212" border="0" align="" alt="小平ふるさと村009.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E5B08FE5B9B3E381B5E3828BE38195E381A8E69D91009-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br /><br /><br />また、これも、<br />江戸後期（19世紀初）に出来たものらしいので、<br />ほぼ200年…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E5B08FE5B9B3E381B5E3828BE38195E381A8E69D91010.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E5B08FE5B9B3E381B5E3828BE38195E381A8E69D91010-thumbnail2.JPG" width="320" height="212" border="0" align="" alt="小平ふるさと村010.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E5B08FE5B9B3E381B5E3828BE38195E381A8E69D91010-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E5B08FE5B9B3E381B5E3828BE38195E381A8E69D91011.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E5B08FE5B9B3E381B5E3828BE38195E381A8E69D91011-thumbnail2.JPG" width="320" height="212" border="0" align="" alt="小平ふるさと村011.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E5B08FE5B9B3E381B5E3828BE38195E381A8E69D91011-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E5B08FE5B9B3E381B5E3828BE38195E381A8E69D91012.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E5B08FE5B9B3E381B5E3828BE38195E381A8E69D91012-thumbnail2.JPG" width="320" height="212" border="0" align="" alt="小平ふるさと村012.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E5B08FE5B9B3E381B5E3828BE38195E381A8E69D91012-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br /><br /><br />200年というのは、大変な時間の経過ですね…。<br /><br /><br />生活の仕方も、建築の姿も、<br />現在では、<br />すっかり変わってしまいました…。<br /><br /><br />こんなのを見ると、<br />200年というのは、<br />物理的な耐久性や、<br />利便性のようなことだけで、<br />乗り越えられる時間とは到底思えません…。<br /><br /><br />そのような長い時間を超えて、のこっていくものには、<br />多くの偶然もあるでしょうし、<br />そもそも、<br />多くの人がのこしたいと思うような、<br />何か別の、<br />大きな力があるのだろうと思います…。<br /><br /><br />いわば、<br />家が、<br />実用品であることを超えた、<br />なにものかであることが必要なのではないでしょうか…。<br /><br /><br /><br /><br />私は、<br />現在、日本で、数多く建っているような住宅のほとんどは、<br />単なる実用品でしかないと思っていますので、<br />そのようなものが、<br />それこそ、200年後もそのままのこっている、というような状況は、<br />逆に、<br />悪夢だと思います…。<br /><br /><br />200年後の人たちにとっては、<br />大変な迷惑ではないかとすら思ってしまいます…。<br /><br /><br />ちょっと失礼な言い方でしょうか…。<br /><br /><br />でも、そもそも、<br />単なる実用品であるならば、<br />200年も保つ必要がないと思いますよ…。<br /><br /><br />それをつくった家族、2世代、<br />せいぜい50年も保てば、<br />それで、実用品としての役割を十分に果たしているじゃないですか…。<br /><br /><br />それ以上、保たせようとする必要がありますかね…。<br />むしろ、保たないでもらいたいような気がしますけど...。<br /><br /><br /><br /><br />実用品としての、耐用年数を超えてまでも、<br />生き残ることを望まれるものは、<br />当然、<br />実用品を超えたなにものかにならざるを得ないのではないか、<br />と思います…。<br /><br /><br />こうした制度が、<br />物理的な耐用年数や、維持管理の方法、<br />といったようなことしか問題に出来ないということは、<br />仕方のないことだとは思います。<br />ただ、<br />そうした即物的な対処の仕方というのは、<br />素晴らしい建築をのこすための、援護射撃にはなると思いますが、<br />やはり問題の本質ではないように感じています…。<br /><br /><br />実際、<br />建築が老朽化してきて、建て直そうか、と考える時に、<br />新築と同じぐらいの費用を補修にかける気持ちがあれば、<br />その建築を、<br />物理的に、のこしていく方法は、<br />多分、いくらでもあると思いますよ…。<br /><br /><br />要するに、<br />同じ費用をかけてでも、<br />新しいものを建てるより、<br />今ある、この建築をのこしたいということになれば、<br />自然と解決していくことになるわけです...。<br /><br /><br />そんな風に考えてみると、<br />200年保たせるには、<br />物理的に保ちこたえるということ以外にも、<br />必要となる資格のようなものがあるのではないか、<br />と思います…。<br /><br /><br />別に、私がその資格を決めるというわけではありませんが、<br />今現在建っている多くの住宅には、<br />その資格があるものはほとんどないだろう、<br />と、感じています…。<br /><br /><br />だから、そういった多くのものは、<br />その実用品としての耐用年数が切れたら、<br />それで終わり、<br />200年ものこらなくても、いいと思います...。<br /><br /><br /><br /><br />まあ、<br />そんな風に、好き勝手なことを言っていると、<br />それでは、お前の仕事はどうなのだ、<br />と、つっこまれそうですが、<br />そもそも、<br />そのような資格は、私だけで判断することではなくて、<br />時間が経過するなかで、<br />その家に関わる多くの人達とともに、<br />歴史的に判断されることなので、<br />なかなかはっきりと言うことが出来ません…。<br /><br /><br />ただ、少なくとも、<br />いつも、<br />単なる実用品を超えた、<br />なにものかになることを目標にして、<br />試行錯誤しています…。<br /><a name="more"></a>

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      <author>k_nakama</author>
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      <title>地面はそもそも歪んでいます</title>
      <pubDate>Sat, 31 Mar 2012 16:22:38 +0900</pubDate>
      <description>スペインの建築家ガウディは、自然や生命など、独特のテーマをもった、とても個性的な建築をのこしています。「創造するのは神だ。人間は発見するのである」、という言葉をのこした、と聞きます…。実は、ガウディは、ほとんど文章をのこしていないそうで、さらには、人前に出ることもきらい、インタビュー記事なども、ほとんどのこされていないのだそうです…。そういった意味では、よく語られる上の言葉も、本当に言ったのかどうか、怪しいところですよね…。まあ、いかにも言いそうですけど…。そんな風に、謎だら..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
スペインの建築家ガウディは、<br />自然や生命など、独特のテーマをもった、<br />とても個性的な建築をのこしています。<br /><br /><br />「創造するのは神だ。人間は発見するのである」、<br />という言葉をのこした、と聞きます…。<br /><br /><br />実は、ガウディは、<br />ほとんど文章をのこしていないそうで、<br />さらには、<br />人前に出ることもきらい、<br />インタビュー記事なども、<br />ほとんどのこされていないのだそうです…。<br /><br /><br />そういった意味では、<br />よく語られる上の言葉も、<br />本当に言ったのかどうか、<br />怪しいところですよね…。<br /><br /><br />まあ、いかにも言いそうですけど…。<br /><br /><br />そんな風に、謎だらけのガウディなので、<br />そうした自然や生命といったテーマを、<br />どのようにして持つに至ったのかも、<br />当然よくわかりません…。<br /><br /><br />北川圭子著『ガウディの生涯』という本によると、<br />ガウディが、<br />学生時代から、死のその日まで愛読していた、<br />ゲーテの『自然論』の影響による、<br />としています…。<br /><br /><br />その一節とのことで、<br />「…生命体の曲線はもっとも合理的で美しく、<br />自然に直線は存在しない…」<br />といったような文章が抜粋して、<br />ガウディの作品との関連性を指摘しています…。<br /><br /><br />しかし、この本、<br />かなり物語調で、<br />本当のことなのかなあ、と、正直疑問に感じています…。<br /><br /><br />参考文献すら、きちんと挙げられていないし…。<br /><br /><br />何冊か、ガウディの研究本を読んだことがあるのですが、<br />ガウディが、ゲーテの本を愛読していた、<br />という話もここでしか読んだことがないし、<br />そもそも、<br />ゲーテに『自然論』という題名の著作があるのかなあ…。<br />他で聞いたことがないんだよなあ…。<br /><br /><br />研究者ではないので、<br />確かめることすら出来ませんけど...。<br /><br /><br />まあ、<br />小説みたいな内容の本なので、<br />別に、目くじらを立てるようなことでもないのですが、<br />なんとなく、<br />その後の、一般誌などのガウディ特集や、<br />多くのネット上での紹介記事の内容には、<br />当然のことのように、<br />この辺りの話が載ってしまっているみたいなので、<br />本当にいいのかなあ、と思ってしまって…。<br />ちょっと、からみたくなってしまいました…。<br /><br /><br /><br /><br />それはそうと、<br />確かに、ガウディは、<br />自然や生命をテーマとしているようで、<br />そのせいか、<br />曲線が強調された、<br />グニャグニャとした建築をつくっています...。<br /><br /><br />バルセロナに建つ集合住宅カサ・ミラを見ると、<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E382ABE382B5E383BBE3839FE383A9005.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E382ABE382B5E383BBE3839FE383A9005-thumbnail2.jpg" width="320" height="223" border="0" align="" alt="カサ・ミラ005.jpg" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E382ABE382B5E383BBE3839FE383A9005-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />壁も、屋根も、<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E382ABE382B5E383BBE3839FE383A9006.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E382ABE382B5E383BBE3839FE383A9006-thumbnail2.jpg" width="218" height="320" border="0" align="" alt="カサ・ミラ006.jpg" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E382ABE382B5E383BBE3839FE383A9006-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />バルコニーの手摺も、窓も、<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E382ABE382B5E383BBE3839FE383A9007.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E382ABE382B5E383BBE3839FE383A9007-thumbnail2.jpg" width="320" height="220" border="0" align="" alt="カサ・ミラ007.jpg" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E382ABE382B5E383BBE3839FE383A9007-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />天井も、<br />グニャグニャとしていて、あまり直線がありません…。<br /><br /><br />確かに、<br />「自然に直線は存在しない」という具合に、<br />考えていたのかもしれませんね…。<br /><br /><br /><br /><br />ところで、<br />そのように、曲線が目立つ、このカサ・ミラ、<br />確かに、<br />間取りを見ると、グニャグニャしていますし、<br />外壁も波打っているのですが、<br />意外にも、<br />床は、平らなんですよね…。<br /><br /><br />まあ、勿論、<br />床が平らなのは、普通は当たり前なのですが、<br />これだけ、その他の部分はグニャグニャとしているのに、<br />床だけが平らだと、かえって不思議に感じませんか…。<br /><br /><br />床もグニャグニャにすればいいのに…。<br /><br /><br />「自然に直線は存在しない」というならば、<br />自然の地面も、平らではないですよね…。<br /><br /><br /><br /><br />先にも書きましたが、<br />ガウディは、ほとんど何も語っていない人なので、<br />その答えはわかりません…。<br /><br /><br />なので、これは完全な想像になりますが、<br />「創造するのは神」で、「人間は発見する」だけではあっても、<br />やはり、建築は、<br />あくまでも「人間の空間」であって、<br />自然そのものではないと考えていたのではないか、<br />と思います...。<br /><br /><br />そして、<br />人間というものは、<br />自分が立っている地面が、<br />あまりにもグニャグニャだと居心地が悪い、<br />という具合に、考えたのではないでしょうか…。<br /><br /><br />つまり、<br />ガウディなりに、実用と美学のバランスをとったのではないか、<br />ということです…。<br /><br /><br />多分、ガウディも、<br />美意識だけからいうと、<br />床もグニャグニャとさせたかったのではないかなあ…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E382ABE382B5E383BBE3839FE383A9008.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E382ABE382B5E383BBE3839FE383A9008-thumbnail2.jpg" width="320" height="226" border="0" align="" alt="カサ・ミラ008.jpg" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E382ABE382B5E383BBE3839FE383A9008-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />その証拠に、<br />集合住宅の、各住戸の床は平らですが、<br />屋上は、このように、波打っています…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E382ABE382B5E383BBE3839FE383A9009.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E382ABE382B5E383BBE3839FE383A9009-thumbnail2.jpg" width="320" height="223" border="0" align="" alt="カサ・ミラ009.jpg" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E382ABE382B5E383BBE3839FE383A9009-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />たまにならば、<br />あるいは、一部ならば、<br />グニャグニャの床でもいいだろう、<br />というわけです...。<br /><br /><br />床というのは、<br />建築の中で、<br />常に、直接人間に触れている、<br />唯一の部位ではないかと思うのですが、<br />そのために、機能的には、どうしても、<br />保守的にならざるを得ないのかもしれません...。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/KOIZUMIEFBE97EFBDB2EFBE83EFBDA8EFBE9DEFBDB8EFBE9EEFBDBCEFBDB1EFBE80EFBDB0001.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/KOIZUMIEFBE97EFBDB2EFBE83EFBDA8EFBE9DEFBDB8EFBE9EEFBDBCEFBDB1EFBE80EFBDB0001-thumbnail2.JPG" width="240" height="320" border="0" align="" alt="KOIZUMIﾗｲﾃｨﾝｸﾞｼｱﾀｰ001.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/KOIZUMIEFBE97EFBDB2EFBE83EFBDA8EFBE9DEFBDB8EFBE9EEFBDBCEFBDB1EFBE80EFBDB0001-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />そういえば、以前に、<br />建築で、<br />斜めに歪んだようなかたちが流行したこともあったのですが、<br />そこでも、やはり、床は平らでした…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/KOIZUMIEFBE97EFBDB2EFBE83EFBDA8EFBE9DEFBDB8EFBE9EEFBDBCEFBDB1EFBE80EFBDB0002.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/KOIZUMIEFBE97EFBDB2EFBE83EFBDA8EFBE9DEFBDB8EFBE9EEFBDBCEFBDB1EFBE80EFBDB0002-thumbnail2.JPG" width="320" height="240" border="0" align="" alt="KOIZUMIﾗｲﾃｨﾝｸﾞｼｱﾀｰ002.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/KOIZUMIEFBE97EFBDB2EFBE83EFBDA8EFBE9DEFBDB8EFBE9EEFBDBCEFBDB1EFBE80EFBDB0002-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />一部には斜めの部分があったりもしますが、<br />建築の床全体が、歪んでいるようなものは、<br />なかなか難しかったのでしょうね...。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/KOIZUMIEFBE97EFBDB2EFBE83EFBDA8EFBE9DEFBDB8EFBE9EEFBDBCEFBDB1EFBE80EFBDB0003.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/KOIZUMIEFBE97EFBDB2EFBE83EFBDA8EFBE9DEFBDB8EFBE9EEFBDBCEFBDB1EFBE80EFBDB0003-thumbnail2.JPG" width="320" height="240" border="0" align="" alt="KOIZUMIﾗｲﾃｨﾝｸﾞｼｱﾀｰ003.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/KOIZUMIEFBE97EFBDB2EFBE83EFBDA8EFBE9DEFBDB8EFBE9EEFBDBCEFBDB1EFBE80EFBDB0003-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br /><br /><br />そんな風に考えてみると、<br />建築をつくるということは、<br />自然の、歪んだ大地の中に、<br />人間のために、平らな床をつくる行為である、<br />なんていう言い方も、出来るのかもしれない、<br />というようにも思えてきました…。<br /><br /><br /><br /><br />ただ、<br />そう考えたら、そう考えたで、<br />そのように、自然とかけ離れた、人工的な空間ではなくて、<br />もっと自然に近いような、<br />人間のための空間をつくることができないか、<br />といったようなことを考えるのもまた、人間というもので、<br />自然の大地ように、歪んだ床への挑戦も、<br />繰り返されています...。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E6A8AAE6B59CE6B8AFE5A4A7E38195E38293E6A98B001.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E6A8AAE6B59CE6B8AFE5A4A7E38195E38293E6A98B001-thumbnail2.JPG" width="320" height="240" border="0" align="" alt="横浜港大さん橋001.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E6A8AAE6B59CE6B8AFE5A4A7E38195E38293E6A98B001-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />およそ10年前にできた、<br />横浜港大さん橋国際客船ターミナルは、<br />当時、<br />そういった挑戦の、一種の集大成のような感じのものでした…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E6A8AAE6B59CE6B8AFE5A4A7E38195E38293E6A98B002.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E6A8AAE6B59CE6B8AFE5A4A7E38195E38293E6A98B002-thumbnail2.JPG" width="320" height="240" border="0" align="" alt="横浜港大さん橋002.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E6A8AAE6B59CE6B8AFE5A4A7E38195E38293E6A98B002-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />さん橋全体が、<br />グニャグニャとうねった、地形のような感じになっていて、<br />ウッドデッキと、芝生で覆われています。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E6A8AAE6B59CE6B8AFE5A4A7E38195E38293E6A98B003.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E6A8AAE6B59CE6B8AFE5A4A7E38195E38293E6A98B003-thumbnail2.JPG" width="320" height="240" border="0" align="" alt="横浜港大さん橋003.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E6A8AAE6B59CE6B8AFE5A4A7E38195E38293E6A98B003-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />壁も柱もなくて、<br />床も屋根も、一続きにつながって、<br />自然の地形のように、<br />うねうねと、うねっている、その姿は、<br />確かに、これまでの、<br />人間のために、平らな床をつくる行為としての建築とは違った、<br />新しいものであるように思いました…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E6A8AAE6B59CE6B8AFE5A4A7E38195E38293E6A98B004.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E6A8AAE6B59CE6B8AFE5A4A7E38195E38293E6A98B004-thumbnail2.JPG" width="320" height="240" border="0" align="" alt="横浜港大さん橋004.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E6A8AAE6B59CE6B8AFE5A4A7E38195E38293E6A98B004-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E6A8AAE6B59CE6B8AFE5A4A7E38195E38293E6A98B005.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E6A8AAE6B59CE6B8AFE5A4A7E38195E38293E6A98B005-thumbnail2.JPG" width="320" height="240" border="0" align="" alt="横浜港大さん橋005.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E6A8AAE6B59CE6B8AFE5A4A7E38195E38293E6A98B005-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />ただ、<br />それでも、やはり、<br />出入国ロビーなどの、機能上必要な空間の床は、<br />平らなんですけどね…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E6A8AAE6B59CE6B8AFE5A4A7E38195E38293E6A98B006.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E6A8AAE6B59CE6B8AFE5A4A7E38195E38293E6A98B006-thumbnail2.JPG" width="320" height="240" border="0" align="" alt="横浜港大さん橋006.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E6A8AAE6B59CE6B8AFE5A4A7E38195E38293E6A98B006-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />それについては、どうなんでしょうね…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E6A8AAE6B59CE6B8AFE5A4A7E38195E38293E6A98B007.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E6A8AAE6B59CE6B8AFE5A4A7E38195E38293E6A98B007-thumbnail2.JPG" width="320" height="240" border="0" align="" alt="横浜港大さん橋007.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E6A8AAE6B59CE6B8AFE5A4A7E38195E38293E6A98B007-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />多分、こういうストーリーなのではないでしょうか…。<br /><br /><br />つまり、<br />「自然に直線は存在しない」ため、<br />全ての床は、うねうねとうねっています...。<br /><br /><br />ただ、<br />そのように、全てがうねっている自然の大地の中にも、<br />ほんの一部であれば、平らな部分もあるでしょう...。<br /><br /><br />その、たまたま平らな部分を見つけて、<br />人間のための場所として使用している…。<br /><br /><br />そんな風な物語を考えてみれば、<br />「創造するのは神だ。人間は発見するのである」、<br />といった考え方にも、<br />それなりに合致しているような気もします…。<br /><br /><br />ちょっと、こじつけっぽいですか…。<br /><br /><br />でも、人間の世界というのは、<br />少々強引な物語に支えられているところもありますので、<br />そんなところも含めてこその、<br />「建築」というものだろうと思います…。<br /><a name="more"></a>

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      <author>k_nakama</author>
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      <title>「使い勝手がいい家」、つくります</title>
      <pubDate>Sat, 24 Mar 2012 18:26:34 +0900</pubDate>
      <description>主婦という視点から、とか、民間を経験した立場から、などというキャッチフレーズで選挙に出る方がいます。ただ、そういった視点や経験を、実際に、政治に活かすことが出来るものなのかは、私には、よくわかりません。同じように、建築を設計する人でも、雑誌等をみていると、よく、主婦の立場なので、使い勝手がよくわかる、とか、スムーズな家事動線が提案出来る、とかいったようなことを、キャッチフレーズにしている方がいます…。人様の売り文句にケチをつけるつもりは全くありませんので、小さい声で言いますが..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
主婦という視点から、<br />とか、<br />民間を経験した立場から、<br />などというキャッチフレーズで選挙に出る方がいます。<br /><br /><br />ただ、<br />そういった視点や経験を、<br />実際に、政治に活かすことが出来るものなのかは、<br />私には、よくわかりません。<br /><br /><br />同じように、建築を設計する人でも、<br />雑誌等をみていると、よく、<br />主婦の立場なので、<br />使い勝手がよくわかる、<br />とか、<br />スムーズな家事動線が提案出来る、<br />とかいったようなことを、<br />キャッチフレーズにしている方がいます…。<br /><br /><br />人様の売り文句にケチをつけるつもりは全くありませんので、<br />小さい声で言いますが、<br />そういった立場や経験は、<br />あんまり関係ないのではないかなあ、<br />と個人的には思っています…。<br /><br /><br />ちょっとキツい喩えで、どうかとは思うのですが、<br />人を殺したことがなければ、<br />推理小説は書けないものなのだろうか、<br />という具合に思ったりしますが、<br />どんなものでしょうか…。<br /><br /><br />経験が、大事な素材になる、<br />ということを否定するわけではありませんが、<br />推理小説を書くにあたって、<br />より大事なのは、<br />何らかの罪を犯した、といったような経験よりも、<br />そういったことをした人、あるいは、その周辺の人の、<br />心境などを想像する「想像力」と、<br />その想像を作品というかたちにする「表現力」、<br />といったものなのではないか、と思います。<br /><br /><br />仮に、<br />実際に、罪を犯した経験がある人が、<br />その経験を元に作品を書いたとしても、<br />それは、どこまでいっても、<br />その人だけの経験であって、<br />別の同様の経験をした人にとっては、<br />共感出来ないものかもしれません。<br /><br /><br />また、そもそも、それを読む人の多くは、<br />そのような経験を持たない人ばかりであり、<br />そういった人たちにとっては、<br />それが共感出来るか、理解出来るか、ということが、<br />もっとも重要なことであって、<br />実際のところがどうか、というのとは、<br />本質的には、無関係ではないか、という気がします。<br /><br /><br />そういう意味で、<br />経験の有無ということよりも、<br />共感や理解を得られるものを提案出来る「想像力」の方が、<br />より重要なのではないか、<br />というように思っています。<br /><br /><br />そしてまた、<br />いくらそのような経験があったり、<br />「想像力」を持っていたりしたとしても、<br />「表現力」がなければ、<br />それをかたちにすることも出来ないだろうと思います。<br /><br /><br />そういった意味で、<br />その二つの力の方が、<br />よい作品を生む上で、<br />はるかに重要なのではないか、と思っています。<br /><br /><br />ただ、<br />例えば、殺人の経験がある、ということを、<br />作品を読む前に聞いていると、<br />なんとなく説得力があり、読み手側の読み方が変わってくるため、<br />共感を得やすい、というようなことはあるかもしれませんね。<br /><br /><br />でも、それは、<br />本の帯の、売り文句等にはいいかもしれませんが、<br />経験が、作品の本質に、直接関わっている、<br />ということではないような気がしますが…。<br /><br /><br /><br /><br />虚構（フィクション）である小説と、<br />実際に、現実のものとなる建築とでは、<br />そもそも違うので、<br />喩えとして適切ではないのではないか、<br />という意見もあろうかと思いますが、<br />私は、<br />実は、思いのほか、似ているような印象を持っています…。<br /><br /><br /><br /><br />そもそも、<br />「使い勝手がいい」という状態は、<br />使う人、環境等によっても異なる上に、<br />客観的な数値等で測ることが出来るようなものでもありません。<br /><br /><br />何かをみて、<br />あるいは、<br />家事の経験豊富な方の提案等をみて、<br />「ああ、これは使いやすそうだなあ」と、<br />共感し、満足出来れば、それでいいわけで、<br />それが実際に、自分にとって「使い勝手がいい」状態かどうかを、<br />客観的に検証することも出来なければ、その必要もありません。<br /><br /><br />そういった意味では、<br />共感の上にたつ、フィクションに近いものかもしれない、<br />というように思ってしまいます…。<br /><br /><br />結局、<br />「使い勝手のいい建築」をつくるということは、<br />何か経験的に導き出された、単一の答えがあるわけではなく、<br />要するに、<br />「ああ、なるほど、これは使いやすそうだなあ」と、<br />共感出来るようなものをつくる、<br />ということではないかと思っています…。<br /><br /><br />経験豊富な専門家が導き出した、<br />ただ一つの正しい答え、<br />そんなものはありません...。<br /><br /><br />そんなふうに考えると、<br />実は、<br />今思っているよりも、<br />もっと、<br />ずっと自由なものだと思えてくるのではないでしょうか…。<br /><br /><br /><br /><br />まあ、<br />普段の設計のプロセスでは、<br />建て主の方が共感出来るように、<br />ああでもないこうでもない、と、<br />具体的に、いろいろと考え、話し合う、というだけで、<br />何もこんな理屈っぽい議論をするわけではないですよ…。<br /><br /><br />やたらに理屈っぽくて、面倒なヤツだなあ、と思われて、<br />設計を依頼してくださる方が躊躇してしまいそうで、<br />何となく、心配になってきましたので、<br />早々に話を変えようと思います…。<br /><br /><br /><br /><br />建築は、様々な顔を持っているのですが、<br />その中でも、実用品という面も大きいため、<br />常に、<br />使い勝手の問題は、議論の的になります…。<br /><br /><br />そうした中には、<br />実用的であることが最も大切で、<br />実用的であればあるほど、美しい、<br />という考え方があります。<br /><br /><br />機能主義、なんて呼ばれたりします。<br /><br /><br />現代でも、よく、<br />機能美、なんていうように使われたりしますが、<br />その考え方の起源をたどれば、<br />ソクラテスだ、プラトンだ、といったあたりまで、<br />容易に遡ることができるみたいです…。<br /><br /><br />ただ、<br />この機能主義の考え方が、大きな議論になったのは、<br />20世紀になって、<br />それまでの建築とは違う、<br />近代建築というものが現れてきてから、<br />と言っていいのかもしれません…。<br /><br /><br />20世紀はじめの、アメリカの建築家、<br />ルイス・サリヴァンの言葉...。<br /><br /><br />「形態は機能に従う」、<br />が有名です...。<br /><br /><br />要するに、<br />機能性を追求していけば、自然とよい建築になる、<br />という考え方ですね...。<br /><br /><br />建築には、<br />それまでの数千年にわたって培われてきたルールがあったわけですが、<br />そういうものをすべて無視して、<br />とにかく機能的であれば、自然とよい建築になる、<br />という考え方は、<br />ある意味、革命的で、<br />そして、あまりにも過激なものでした...。<br /><br /><br />このサリヴァンという人は、<br />実は、<br />日本でも有名な建築家、<br />フランク・ロイド・ライトの師匠にあたる人です。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E887AAE794B1E5ADA6E59C92E6988EE697A5E9A4A8001.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E887AAE794B1E5ADA6E59C92E6988EE697A5E9A4A8001-thumbnail2.JPG" width="320" height="240" border="0" align="" alt="自由学園明日館001.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E887AAE794B1E5ADA6E59C92E6988EE697A5E9A4A8001-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />弟子のライトは、<br />「形態と機能は一つのものである」、<br />という言葉をのこしています…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E887AAE794B1E5ADA6E59C92E6988EE697A5E9A4A8002-198e9.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E887AAE794B1E5ADA6E59C92E6988EE697A5E9A4A8002-198e9-thumbnail2.JPG" width="320" height="240" border="0" align="" alt="自由学園明日館002.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E887AAE794B1E5ADA6E59C92E6988EE697A5E9A4A8002-198e9-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />過激派の師匠と較べると、<br />ちょっと穏健派という感じもしますね…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E887AAE794B1E5ADA6E59C92E6988EE697A5E9A4A8003.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E887AAE794B1E5ADA6E59C92E6988EE697A5E9A4A8003-thumbnail2.JPG" width="240" height="320" border="0" align="" alt="自由学園明日館003.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E887AAE794B1E5ADA6E59C92E6988EE697A5E9A4A8003-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />ただ、<br />当時のアメリカは、<br />まだ世界の田舎、という感じであって、<br />サリヴァンやライトの過激な考え方が、<br />直接、インパクトを与えるということにはなりませんでした...。<br /><br /><br />当時の中心は、あくまで、ヨーロッパでした…。<br /><br /><br />そして、<br />サリヴァンやライトから少し遅れて、<br />ヨーロッパで興った近代建築運動も、<br />似たような主張を掲げます…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E59BBDE7AB8BE8A5BFE6B48BE7BE8EE8A193E9A4A8001-2487b.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E59BBDE7AB8BE8A5BFE6B48BE7BE8EE8A193E9A4A8001-2487b-thumbnail2.JPG" width="320" height="240" border="0" align="" alt="国立西洋美術館001.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E59BBDE7AB8BE8A5BFE6B48BE7BE8EE8A193E9A4A8001-2487b-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />その代表的な巨匠、ル・コルビュジェの言葉...。<br /><br /><br />「住宅は住むための機械である」…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E59BBDE7AB8BE8A5BFE6B48BE7BE8EE8A193E9A4A8002-84a2b.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E59BBDE7AB8BE8A5BFE6B48BE7BE8EE8A193E9A4A8002-84a2b-thumbnail2.JPG" width="320" height="240" border="0" align="" alt="国立西洋美術館002.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E59BBDE7AB8BE8A5BFE6B48BE7BE8EE8A193E9A4A8002-84a2b-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />機械のように、<br />ある目的のために、合理的に機能する建築のイメージ…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E59BBDE7AB8BE8A5BFE6B48BE7BE8EE8A193E9A4A8003-af5ed.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E59BBDE7AB8BE8A5BFE6B48BE7BE8EE8A193E9A4A8003-af5ed-thumbnail2.JPG" width="320" height="240" border="0" align="" alt="国立西洋美術館003.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E59BBDE7AB8BE8A5BFE6B48BE7BE8EE8A193E9A4A8003-af5ed-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />こうした考え方は、相当な破壊力があって、<br />それまでの建築のルールを、<br />非合理的なもの、使い勝手の悪いもの、<br />という具合に葬って、<br />現代にもつながる、<br />新しい建築の時代を切り拓くことになりました…。<br /><br /><br /><br /><br />ただ、よくよく考えてみると、<br />単純な機械は、目的がはっきりしているので、<br />話は簡単なのですが、<br />建築の方は、そうはいきません...。<br /><br /><br />先の、家事の使い勝手の話ではありませんが、<br />建築の「機能」というものは、<br />そもそも曖昧で、<br />複雑、かつ、多岐に渡っています…。<br /><br /><br />「住むための機械」といわれても、<br />どのようなものが「住む」ために機能的なのか、<br />ということがよくわからない、ということです。<br /><br /><br />そして、<br />それをはっきりさせようとすると、<br />そもそも、<br />「住む」とはどういうことなのか、<br />とか、<br />そこに住む「人間」とは、そもそも何なのか、<br />という、<br />ある意味、哲学的なテーマへと、<br />踏み込んでいかなければいけなくなってしまいます…。<br /><br /><br />そこに突き当たって、<br />近代建築は、<br />いわゆる機能主義から、大きく方向転換していったのではないか、<br />という気もします…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E4BBA3E38085E69CA8E59BBDE7AB8BE5B18BE58685E7B78FE59088E7ABB6E68A80E5A0B4001.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E4BBA3E38085E69CA8E59BBDE7AB8BE5B18BE58685E7B78FE59088E7ABB6E68A80E5A0B4001-thumbnail2.jpg" width="320" height="240" border="0" align="" alt="代々木国立屋内総合競技場001.jpg" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E4BBA3E38085E69CA8E59BBDE7AB8BE5B18BE58685E7B78FE59088E7ABB6E68A80E5A0B4001-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />ル・コルビュジェに大きな影響を受けた、<br />日本の建築家、丹下健三さんには、<br />こんな言葉があります...。<br /><br /><br />「美しきもののみ機能的である」…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E4BBA3E38085E69CA8E59BBDE7AB8BE5B18BE58685E7B78FE59088E7ABB6E68A80E5A0B4002-34c7f.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E4BBA3E38085E69CA8E59BBDE7AB8BE5B18BE58685E7B78FE59088E7ABB6E68A80E5A0B4002-34c7f-thumbnail2.JPG" width="320" height="240" border="0" align="" alt="代々木国立屋内総合競技場002.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E4BBA3E38085E69CA8E59BBDE7AB8BE5B18BE58685E7B78FE59088E7ABB6E68A80E5A0B4002-34c7f-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />これはもはや、<br />サリヴァン、ル・コルビュジェ等の話とは、<br />すっかり逆転してしまっていますよね…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E4BBA3E38085E69CA8E59BBDE7AB8BE5B18BE58685E7B78FE59088E7ABB6E68A80E5A0B4003.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E4BBA3E38085E69CA8E59BBDE7AB8BE5B18BE58685E7B78FE59088E7ABB6E68A80E5A0B4003-thumbnail2.jpg" width="320" height="240" border="0" align="" alt="代々木国立屋内総合競技場003.jpg" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E4BBA3E38085E69CA8E59BBDE7AB8BE5B18BE58685E7B78FE59088E7ABB6E68A80E5A0B4003-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />「機能」という考え方は、<br />それまでの建築のルールを突破する、絶大な破壊力がありましたが、<br />やはり、<br />過去のルールと同じように、<br />共感の上にたつ、<br />一種のフィクションだったということなのかもしれませんね…。<br /><br /><br /><br /><br />それにしても、<br />「機械」のように、クールで、合理的に、「機能」を考えたり、<br />あるいは、<br />経験的に、家事の「使い勝手」などを語ろうとすると、<br />たちまち、その先には、<br />「住む」とはどういうことなのか、<br />とか、<br />「人間」とは何なのか、<br />といったような、<br />一種の観念的な問題が浮かび上がってきてしまう...。<br /><br /><br />本当に、深いですね...。<br /><a name="more"></a>

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      <author>k_nakama</author>
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      <title>無限の円環</title>
      <pubDate>Sat, 17 Mar 2012 16:32:51 +0900</pubDate>
      <description>夏目漱石は、実は、建築家になりたかったのだそうです…。こんなことを書いています。15、6歳の頃のこと、「…何か好い仕事がありそうなものと考えて日を送って居るうちに、ふと建築のことに思い当った。建築ならば衣食住の一つで世の中になくて叶わぬのみか、同時に立派な美術である。趣味があると共に必要なものである。で、私はいよいよそれにしようと決めた」…。しかし、ご存知のように、そうはなりません...。そのいきさつというのが…。「ところが丁度その時分（高等学校）の同級生に、米山保三郎という..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
夏目漱石は、<br />実は、<br />建築家になりたかったのだそうです…。<br /><br /><br />こんなことを書いています。<br /><br /><br />15、6歳の頃のこと、<br />「…何か好い仕事がありそうなものと考えて日を送って居るうちに、<br />ふと建築のことに思い当った。<br />建築ならば衣食住の一つで世の中になくて叶わぬのみか、<br />同時に立派な美術である。<br />趣味があると共に必要なものである。<br />で、私はいよいよそれにしようと決めた」…。<br /><br /><br />しかし、ご存知のように、<br />そうはなりません...。<br /><br /><br />そのいきさつというのが…。<br /><br /><br />「ところが丁度その時分（高等学校）の同級生に、<br />米山保三郎という友人が居た。<br />それこそ真性変物で、常に宇宙がどうの、人生がどうのと、<br />大きなことばかり言って居る。<br />ある日此男が訪たずねて来て、<br />例の如く色々哲学者の名前を聞かされた揚句の果に<br />君は何になると尋ねるから、<br />実はこうこうだと話すと、<br />彼は一も二もなくそれを却けてしまった。<br />其時かれは日本でどんなに腕を揮ったって、<br />セント・ポールズの大寺院のような建築を<br />天下後世に残すことは出来ないじゃないかとか何とか言って、<br />盛んなる大議論を吐いた。<br />そしてそれよりもまだ文学の方が生命があると言った。<br />元来自分の考は此男の説よりも、ずっと実際的である。<br />食べるということを基点として出立した考である。<br />所が米山の説を聞いて見ると、<br />何だか空々漠々とはしているが、<br />大きい事は大きいに違ない。<br />衣食問題などは丸で眼中に置いていない。<br />自分はこれに敬服した。<br />そう言われて見ると成程又そうでもあると、<br />其晩即席に自説を撤回して、<br />又文学者になる事に一決した。<br />随分呑気なものである」…。<br /><br /><br />この米山保三郎という友人のせいもあってか、<br />建築家夏目漱石は、実現しませんでした…。<br />うーん、残念…。<br /><br /><br />ただ、まあ、<br />建築にとっては、残念なことではありますが、<br />その後の業績を見てみると、<br />これでよかったような気もしますね…。<br /><br /><br />この米山保三郎という人は、<br />大変な異才であったそうで、<br />彼に会って、<br />正岡子規も、<br />哲学の道を諦め、文学へと進んだのだそうです…。<br /><br /><br />米山保三郎自身は、<br />その才能にふさわしい業績を残す前に、<br />若くして亡くなってしまったそうですが、<br />こうしてみると、<br />文学への功績は計り知れないものがありますよね…。<br /><br /><br /><br /><br />ところで、<br />そうして建築家への道を諦めた夏目漱石には、<br />悪妻説で有名な、鏡子という夫人がいました。<br /><br /><br />そして、<br />その鏡子の妹、時子と結婚したのが、<br />建築家、鈴木禎次でした。<br /><br /><br />つまり、<br />夏目漱石の義弟にあたります。<br /><br /><br />面白いのは、<br />この鈴木禎次は、<br />漱石が建築への道を諦めた、<br />ちょうど同じぐらいの年頃には、<br />文学を志していたのだそうです…。<br /><br /><br />その後、道を変え、<br />当時の帝国大学造家学科<br />（現在の東京大学建築学科）へと進み、<br />東京駅の設計等で有名な、辰野金吾等から、<br />学びます。<br /><br /><br />夏目漱石と鈴木禎次は、<br />ちょうど交錯するような道を進み、<br />義兄弟になったわけですね…。<br /><br /><br />家が近かったこともあり、<br />両者は親しく行き来していたのだそうです。<br /><br /><br />また、<br />入れ違いのようにして、<br />英国へと留学したりもしています。<br /><br /><br />何とも、<br />不思議な巡り合わせを感じてしまいます…。<br /><br /><br /><br /><br />その後、<br />帰国した鈴木禎次は、<br />新設された名古屋高等工業学校<br />（現在の名古屋工業大学）に、<br />教授として赴任します。<br /><br /><br />そして、その地で、<br />多くの建築をのこしていきます。<br /><br /><br />ということで、<br />その作品は、<br />東海地方がほとんどのようですが、<br />横浜にもあります…、<br />というのか、ありました...。<br /><br /><br />横浜松坂屋本店です。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E6A8AAE6B59CE69DBEE59D82E5B18BE69CACE5BA97001.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E6A8AAE6B59CE69DBEE59D82E5B18BE69CACE5BA97001-thumbnail2.JPG" width="240" height="320" border="0" align="" alt="横浜松坂屋本店001.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E6A8AAE6B59CE69DBEE59D82E5B18BE69CACE5BA97001-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />元々は別の人の設計だったそうですが、<br />増築時に鈴木禎次が担当したのだそうです。<br /><br /><br />このような外観となったのは、<br />彼の手によるとのことです。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E6A8AAE6B59CE69DBEE59D82E5B18BE69CACE5BA97002.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E6A8AAE6B59CE69DBEE59D82E5B18BE69CACE5BA97002-thumbnail2.JPG" width="320" height="240" border="0" align="" alt="横浜松坂屋本店002.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E6A8AAE6B59CE69DBEE59D82E5B18BE69CACE5BA97002-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />しかし、<br />この建築は、<br />つい最近、取り壊されてしまったそうです…。<br /><br /><br />本当に残念ですね…。<br /><br /><br />歴史的なつながりの糸が、<br />また一本切れてしまいました…。<br /><br /><br /><br /><br />ところで、<br />その鈴木禎次は、<br />およそ15年にわたって、<br />名古屋高等工業学校で、<br />多くの建築家を育てています。<br /><br /><br />その中には、<br />現在ものこる、<br />設計事務所大手、松田平田設計の創始者、<br />松田軍平などもいました…。<br /><br /><br />この松田軍平は、<br />名古屋高等工業学校で学んだ後に、<br />アメリカでも学んだ人で、<br />アメリカ流の組織設計事務所のかたちを、<br />日本に持ち込んだ人と言っていいのかもしれません…。<br /><br /><br />今でものこっている代表的な作品には、<br />旧三井物産門司支店があります…。<br />下の写真の建築です…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E697A7E99680E58FB8E4B889E4BA95E580B6E6A5BDE983A8001.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E697A7E99680E58FB8E4B889E4BA95E580B6E6A5BDE983A8001-thumbnail2.JPG" width="320" height="212" border="0" align="" alt="旧門司三井倶楽部001.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E697A7E99680E58FB8E4B889E4BA95E580B6E6A5BDE983A8001-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />といっても、<br />それは、<br />写真右上にチラッと写っている、<br />くすんだような色のビルのことですが…。<br /><br /><br />松田軍平の代表作をさえぎるようにして、<br />手前に大きく見える建築は、<br />旧門司三井倶楽部です。<br /><br /><br />設計したのは、<br />実は、<br />松田軍平の兄、松田昌平です…。<br /><br /><br />兄の松田昌平の方も、<br />名古屋高等工業学校で学んだ建築家でした…。<br /><br /><br />その代表作でもある、<br />この旧門司三井倶楽部も、<br />ちょっと不思議な経緯を持っています…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E697A7E99680E58FB8E4B889E4BA95E580B6E6A5BDE983A8002.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E697A7E99680E58FB8E4B889E4BA95E580B6E6A5BDE983A8002-thumbnail2.JPG" width="320" height="212" border="0" align="" alt="旧門司三井倶楽部002.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E697A7E99680E58FB8E4B889E4BA95E580B6E6A5BDE983A8002-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />この建築は、<br />旧三井物産門司支店の社交倶楽部として建てられたのですが、<br />元々は、別の場所にあったのだそうです。<br /><br /><br />それが、近年のまちづくり事業の中で、<br />駅前の、現在の場所に移築されてきて、<br />結果的に、<br />兄弟の作品が向かい合うようなかたちになりました...。<br /><br /><br />本当かどうかは知りませんが、<br />この移転の際に、<br />松田昌平の作品であることが判明した、<br />というような話も聞いたことがあります…。<br /><br /><br />もしも本当だったら、<br />兄弟の作品が、<br />偶然向かい合うようなかたちになったということなので、<br />これまた、<br />何とも不思議な巡り合わせ、という感じがします…。<br /><br /><br />元々建っている場所から、<br />建築だけを引きはがして、動かしてしまうことへの、<br />賛否はあろうかと思いますが、<br />でも、<br />このような不思議な運命による、兄弟の再会というのも、<br />とても不思議で、面白いような気もします…。<br /><br /><br />この旧門司三井倶楽部には、<br />来日したアインシュタインも宿泊したことがあり、<br />ことのほか気に入っていたとのことです…。<br /><br /><br />ここで、<br />話のはじまりの夏目漱石に無理矢理つなげますが、<br />彼の代表作『三四郎』には、<br />「光線の圧力」を測定する実験の話が出てきます。<br /><br /><br />アインシュタインの光量子仮説の論文が出たのが1905年だそうで、<br />『三四郎』が発表されたのが1908年だそうです。<br /><br /><br />夏目漱石は、寺田寅彦を通じて、<br />アインシュタインの論文のことを知っていたみたいですね。<br /><br /><br />漱石が亡くなるのが1916年、<br />その6年後の1922年に、アインシュタインは来日し、<br />旧門司三井倶楽部に宿泊します…。<br /><br /><br />結局、<br />実際に二人が出会うことはかないませんでしたが、<br />人を介して、建築を介して、<br />すでに出会っていたのかなあ、などと、<br />ロマンチックなことを考えてしまいました…。<br /><br /><br /><br /><br />なかば強引に、<br />無限に続くと思われる円環のひとつを辿ってみましたが、<br />人も建築も、<br />時空を超えたつながりを想像してみることが出来そうですね…。<br /><br /><br />そんなことを考えてみると、<br />無闇に過去の名建築を取り壊すことも出来なくなるのではないかなあ、<br />なんて思ったりしました…。<br /><a name="more"></a>

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      <author>k_nakama</author>
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      <title>明日への希望について</title>
      <pubDate>Sat, 10 Mar 2012 17:27:13 +0900</pubDate>
      <description>ひとつ思い出話を…。私が建築学科の学生の頃のことです。私が通っていた大学に、ある先生が、教授として赴任してきました。当時の建築の世界は、19世紀末から20世紀初頭に始まった、いわゆる近代建築（モダン）というものの問題点が、しばしば指摘されるようになり、それに対する反省から、「ポストモダン」と呼ばれる、それまでとは少し違った建築が、盛んにつくられ、議論されていました。その時に赴任されてきた先生は、日本を代表する「ポストモダニスト」といえるような人で、いわば、当時のスター建築家の..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
ひとつ思い出話を…。<br /><br /><br />私が建築学科の学生の頃のことです。<br /><br /><br />私が通っていた大学に、<br />ある先生が、教授として赴任してきました。<br /><br /><br />当時の建築の世界は、<br />19世紀末から20世紀初頭に始まった、<br />いわゆる近代建築（モダン）というものの問題点が、<br />しばしば指摘されるようになり、<br />それに対する反省から、<br />「ポストモダン」と呼ばれる、<br />それまでとは少し違った建築が、<br />盛んにつくられ、議論されていました。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E4B88AE784A1E794B0E69DBEE5B0BEE7A59EE7A4BE001.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E4B88AE784A1E794B0E69DBEE5B0BEE7A59EE7A4BE001-thumbnail2.jpg" width="320" height="222" border="0" align="" alt="上無田松尾神社001.jpg" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E4B88AE784A1E794B0E69DBEE5B0BEE7A59EE7A4BE001-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />その時に赴任されてきた先生は、<br />日本を代表する「ポストモダニスト」といえるような人で、<br />いわば、<br />当時のスター建築家の一人でした...。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E4B88AE784A1E794B0E69DBEE5B0BEE7A59EE7A4BE002.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E4B88AE784A1E794B0E69DBEE5B0BEE7A59EE7A4BE002-thumbnail2.jpg" width="320" height="222" border="0" align="" alt="上無田松尾神社002.jpg" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E4B88AE784A1E794B0E69DBEE5B0BEE7A59EE7A4BE002-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />私が当時所属していた研究室と同じフロアに研究室を持っていたり、<br />講義を受けせていただいたり、といったようなことで、<br />よくお見かけしていたのですが、<br />何となく、<br />本や雑誌に載っている写真で、これまで見ていたよりも、<br />かなり痩せているなあ、と思っていました…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E4B88AE784A1E794B0E585ACE6B091E9A4A8001.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E4B88AE784A1E794B0E585ACE6B091E9A4A8001-thumbnail2.jpg" width="320" height="222" border="0" align="" alt="上無田公民館001.jpg" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E4B88AE784A1E794B0E585ACE6B091E9A4A8001-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />そんな感じでしばらくすると（多分1年もせずに）、<br />その先生が、身体の具合を悪くされて、<br />あまり学校に来ていない、という話を聞きました。<br /><br /><br />なんでも、後で聞いた話によると、<br />元々、別の地方の大学にお勤めだったのが、<br />病気をされて、<br />病院の関係もあって、<br />この大学に移って来られた、とのことでした…。<br /><br /><br />そんなことで、またしばらくすると、<br />とうとう、<br />その先生が亡くなられた、<br />という話が伝わってきました…。<br /><br /><br />赴任されてから、<br />本当に、あっという間のことだったので、<br />とても驚いたのですが、<br />当時、私もまだ研究室にのこっていましたので、<br />お葬式のお手伝いで、駅前の案内係をしたりしました…。<br /><br /><br />当然、しばらくは、<br />建築の雑誌等に、<br />その先生を惜しむ記事がたくさん載っていました...。<br /><br /><br /><br /><br />そんな頃のこと...。<br /><br /><br />実は、<br />その先生は、亡くなる数ヶ月前に、<br />テレビの取材を受けていた、<br />という話を聞きました。<br /><br /><br />しかし、結局、<br />その番組の放送日を待たずに亡くなってしまったため、<br />放送されることはなくなってしまった、<br />とのことでした...。<br /><br /><br />ただ、<br />その映像を、学校で借りてくることが出来た、ということで、<br />ある日、<br />先生方や、当時の私のような学生が集まって、<br />その映像を観る会が行われました…。<br /><br /><br /><br /><br />そこに映っていたのは、<br />もはや別人のように痩せてしまっている、<br />その先生の姿でした…。<br /><br /><br />声もあまり出ないようで、<br />苦し気に、かすれた声で、話をしていました…。<br /><br /><br />そのような姿で、<br />そして、<br />かなり聴き取りづらい、細くかすれた、その声で、<br />話されていた内容というのが...。<br /><br /><br />次回作の構想、<br />いわば、<br />明日への希望、<br />でした…。<br /><br /><br />これまでに自分がつくってきたものについて語り、<br />今後は、それをより発展させ、<br />新しい建築を構想していくつもりだ、<br />といったような話を、<br />苦しい息づかいの中で力説されていました...。<br /><br /><br />会場にいる誰もが圧倒されて、<br />言葉を発することが出来ないような雰囲気になりました…。<br /><br /><br />気迫というのか、執念というのか…。<br /><br /><br />そのような絶体絶命のピンチにあっても、<br />決して希望を捨てない、その姿に、<br />私も、胸を打たれて、<br />その話についての感想すら、<br />何も思い浮かびませんでした…。<br /><br /><br /><br /><br />考えてみれば、<br />そのような身体の状態では、<br />そうした構想を実現するのは無理だろう、<br />などというのは、<br />その後の結果を知ってしまっているから言えることです…。<br /><br /><br />生きているということは、<br />後から振り返って見る状態ではなく、<br />あくまでも渦中にいるということなので、<br />常に、<br />先が見えない状況にあるわけですよね…。<br /><br /><br />ということは、結局、<br />この先生が、その強い意志で示されていたように、<br />明日への希望を手放さない、<br />ということ以外に出来ることは何もないのかもしれないなあ、<br />と思ったりしました…。<br /><br /><br /><br /><br />3月11日がもうすぐ、ということもあるのか、<br />そんな学生時代のことを思い出してしまいました…。<br /><a name="more"></a>

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      <author>k_nakama</author>
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      <title>内か外か</title>
      <pubDate>Fri, 02 Mar 2012 22:36:35 +0900</pubDate>
      <description>子供の頃、『奥さまは魔女』という、アメリカのテレビドラマを観ました。夕方の時間のテレビ番組は、最近では、なぜか、ほとんどがニュース番組ばかりになっていますが、こうした番組の編成には、時代の流行というのがあるのでしょうか…。その当時は、これまたなぜか、子供向けのアニメやドラマの再放送を繰り返しやっていました。そのせいで、リアルタイムで観ることが出来なかったような番組を、小学生ぐらいの頃に、かなり大量に観ることになりました…。『奥さまは魔女』は、そうした再放送で、何度も観ました…..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
子供の頃、<br />『奥さまは魔女』という、アメリカのテレビドラマを観ました。<br /><br /><br />夕方の時間のテレビ番組は、最近では、<br />なぜか、ほとんどがニュース番組ばかりになっていますが、<br />こうした番組の編成には、時代の流行というのがあるのでしょうか…。<br /><br /><br />その当時は、これまたなぜか、<br />子供向けのアニメやドラマの再放送を繰り返しやっていました。<br /><br /><br />そのせいで、<br />リアルタイムで観ることが出来なかったような番組を、<br />小学生ぐらいの頃に、かなり大量に観ることになりました…。<br /><br /><br />『奥さまは魔女』は、<br />そうした再放送で、何度も観ました…。<br /><br /><br />子供が観ても、まあまあ面白かったのと、<br />吹き替えドラマであるための不自然な感じと、<br />海外のドラマであることからくる違和感によって、<br />とても印象に残っています…。<br /><br /><br />自分の生活とはかなり違っていたことで感じた違和感は、<br />いろいろとあったのですが、<br />例えば、こんなのがありました…。<br /><br /><br /><br /><br />主な舞台になっている、<br />サマンサとダーリンの家に、<br />度々、<br />ダーリンの会社の上司であるラリーが訪れます。<br /><br /><br />ラリーは、いつも、<br />呼び鈴を鳴らし、ドアを開けてもらうと、<br />玄関に留まることなく、<br />そのまま土足で、<br />家の奥の、リビングルームまで、<br />ズカズカと入ってきてしまいます…。<br /><br /><br />このラリーという人は、<br />ちょっと口うるさくて、<br />せっかちな感じのあるおじさんなのですが、<br />別にこの人に限らず、<br />この家を訪れる人は皆、<br />当然のように、<br />リビングルームまで、どんどんと入ってきてしまいます…。<br /><br /><br />土足であることについては、<br />向こうは室内でも靴を脱がないと聞いていましたから、<br />まあ、理解していましたが、<br />何も言われる前から、その家の奥深くまで、<br />どんどんと入っていくというのは、<br />やはりなかなかの違和感がありました…。<br /><br /><br />その家の住人にしてみれば、<br />いくら自らドアを開けた知人とはいえ、<br />このように、家の中まで頻繁に入って来られてしまうようでは、<br />部屋の中をかなりキレイにしておかないといけないので、<br />なかなか大変なのではないか、と、<br />ちょっと心配になったりしました…。<br /><br /><br />日本の家のように、<br />ちょっとした用件ならば、玄関で応接できた方が、<br />ずっと気が楽なのではないかと思いました…。<br /><br /><br /><br /><br />ドラマの中の話だけを頼りに、いろいろと言うのは、<br />あまりにも強引で、デタラメな話だとわかってはいますが、<br />面白いので、この際、いろいろと考えてみると、<br />これはやはり、<br />あちらの家では、<br />リビングルームというのは、「外」という認識である、<br />ということなのではないでしょうか…。<br /><br /><br />「外」というか、<br />「公的（パブリック）な場所」という感じなのかな…。<br /><br /><br />逆に、日本の家では、<br />いわゆるリビングルームは、<br />当然、「内」と考えられています。<br /><br /><br />家のつくりからみると、<br />どちらかというと閉鎖的で、<br />「外」を遮断している感じの、あちらの家が、<br />家の中に「外」を持っている...。<br /><br /><br />一方、<br />開放的に見え、<br />「外」に対して開いている感じに見える、日本の家が、<br />家の中から「外」を締め出している...。<br /><br /><br />この逆転した感じが、<br />なんとなく面白く感じました…。<br /><br /><br />なぜだろうかと、さらに考えてみると、<br />あちらの家のリビングルームは、<br />一種の「外」とは言っても、<br />あくまでも、<br />住人がドアを開けて、<br />承認した人にのみ開かれている「外」です...。<br /><br /><br />家の周囲にひろがる、本当の「外」からは、<br />あくまでも遮断されていて、<br />家の中にあるのは、<br />家の中仕様になった「外」と言っていいように思います…。<br /><br /><br />そういえば、これは、<br />西洋によくある、<br />中庭（パティオ）を持った家の形式に似ているようにも感じました…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E382B3E383ABE38389E38390004.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E382B3E383ABE38389E38390004-thumbnail2.jpg" width="320" height="219" border="0" align="" alt="コルドバ004.jpg" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E382B3E383ABE38389E38390004-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />本当の「外」に対しては、閉鎖的にする代わりに、<br />家の中に、擬似的な「外」を持つ構造…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E382B3E383ABE38389E38390005.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E382B3E383ABE38389E38390005-thumbnail2.jpg" width="218" height="320" border="0" align="" alt="コルドバ005.jpg" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E382B3E383ABE38389E38390005-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />一方で、<br />日本の家のつくりは、<br />西洋の石積みや重厚な扉の家と違って、<br />誰でも、中にドンドンと入っていこうと思えば、<br />簡単に出来るような、弱々しいつくりになっています…。<br /><br /><br />しかし、礼儀というか常識というか、<br />一種の社会的なルールによって、<br />入ってはいかないことになっています…。<br /><br /><br />そして、そのようなルールに「内」が守られているため、<br />かえって、<br />より開放的なつくりで、<br />ダイレクトに、本当の「外」につながっているようです…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E5B08FE5B9B3E381B5E3828BE38195E381A8E69D91007.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E5B08FE5B9B3E381B5E3828BE38195E381A8E69D91007-thumbnail2.jpg" width="320" height="212" border="0" align="" alt="小平ふるさと村007.jpg" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E5B08FE5B9B3E381B5E3828BE38195E381A8E69D91007-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />これは、<br />すごしやすい、比較的温暖な気候を信頼して、できたかたち…。<br />そして、<br />互いに、そのルールがわかっている、<br />同質性の高い社会の産物と言っていいのかもしれませんね…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E6B19FE688B8E69DB1E4BAACE3819FE381A6E38282E381AEE59C92007.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E6B19FE688B8E69DB1E4BAACE3819FE381A6E38282E381AEE59C92007-thumbnail2.jpg" width="320" height="240" border="0" align="" alt="江戸東京たてもの園007.jpg" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E6B19FE688B8E69DB1E4BAACE3819FE381A6E38282E381AEE59C92007-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br /><br /><br />そういえば、<br />何故日本の家では、靴を脱ぐのか、という疑問があって、<br />高温多湿であること等の自然条件から説明されることが多いようですが、<br />実は、<br />「内」と「外」を分ける、そのルールを表現している、<br />というように、<br />文化的な面からも説明できるのかもしれないなあ、<br />と思いました…。<br /><br /><br /><br /><br />と、まあ、あやし気な理屈で、強引に結論づけてみましたが、<br />それはともかく、<br />「外」を、どのようにして内にとり込むか、<br />とか、<br />「外」へ向かって、どのように、どのぐらい開くか、<br />といったようなことは、<br />家を設計する時に、必ず、問題になることです。<br /><br /><br />外部を完全に遮断した、<br />核シェルターのようなものをつくるわけではないですから<br />（そういうのも考えてみたいような気はしますが…）、<br />「外」とどのように関係づけるか、ということは常に問題になり、<br />先の、<br />『奥さまは魔女』の家と、日本の家のくだりのように、<br />あーでもない、こーでもない、と考えることになります…。<br /><br /><br />すべての家は、<br />それぞれの条件によって当然違うのですが、<br />狭い室内で完結した空間をつくるよりも、外部に対して開いたかたち、<br />先の分類で言えば、日本の家的な手法の方が、<br />適しているのではないか、と思うことの方が多いような気がします…。<br /><br /><br />ただ、その一方で、<br />あまりにも開けっぴろげに開くことで起こってくる問題、<br />例えば、プライバシーの問題等を考慮する時に、<br />どのようにして家の中に「外」をとり込むかという、もう一つの考え方、<br />これまた先の分類で言うところの、あちらの家的な手法が、<br />常に参考になるような気もします…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/YK-05.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/YK-05-thumbnail2.JPG" width="320" height="212" border="0" align="" alt="YK-05.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/YK-05-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />大きく開くことが可能な場合もあれば、<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/EE982B8011.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/EE982B8011-thumbnail2.JPG" width="320" height="225" border="0" align="" alt="E邸011.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/EE982B8011-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br /><br />なかなかダイレクトに開くことが難しく、<br />周囲の「外」をまるごと囲ってしまい、<br />結局のところ、<br />考えた末に、一周廻って、<br />あちらの家的な、<br />中庭型住宅に接近したような家もあります…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/MS-07.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/MS-07-thumbnail2.JPG" width="320" height="213" border="0" align="" alt="MS-07.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/MS-07-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br /><br /><br />住む人の考え方、周囲の環境、敷地のかたち、予算、等々…、<br />答えは一つではなく、<br />その方法には、<br />無数のバリエーションがあるのではないか、と思います。<br /><br /><br />しかも、<br />家をつくるときに考えるべきことは、<br />この「内」「外」問題以外にも、数限りなくあります…。<br /><br /><br />それなのに、<br />どこへ行っても、同じような家ばかり並んでいるなんて…。<br /><br /><br />本当に、<br />不思議でならないですよね…。<br /><a name="more"></a>

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      <author>k_nakama</author>
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      <title>古くて新しい、別の何か</title>
      <pubDate>Fri, 24 Feb 2012 20:51:14 +0900</pubDate>
      <description>なんとなく頭にのこっていて、時々ふと思い出し、またすぐに忘れてしまうことがあります。今、偶々思い出したので、忘れてしまう前に、書いてしまおうと思います…。それは、かなり前のことなのですが、ギタリストのパット・メセニーが、『オーケストリオン』というアルバムを出し、来日公演を行った時の、雑誌の紹介記事です…。パット・メセニーが、ジャズ系のギタリストであることは知っていましたが、ちょっと耳にしたことがあるぐらいで、特別にファンというわけでもありません…。それどころか、この『オーケス..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
なんとなく頭にのこっていて、<br />時々ふと思い出し、またすぐに忘れてしまうことがあります。<br /><br /><br />今、偶々思い出したので、<br />忘れてしまう前に、書いてしまおうと思います…。<br /><br /><br />それは、<br />かなり前のことなのですが、<br />ギタリストのパット・メセニーが、<br />『オーケストリオン』というアルバムを出し、<br />来日公演を行った時の、雑誌の紹介記事です…。<br /><br /><br />パット・メセニーが、<br />ジャズ系のギタリストであることは知っていましたが、<br />ちょっと耳にしたことがあるぐらいで、<br />特別にファンというわけでもありません…。<br />それどころか、<br />この『オーケストリオン』というアルバムも、<br />まだ聴いていません…。<br /><br /><br />それにもかかわらず、<br />なぜ、その記事が頭にのこっているかというと、<br />それが、<br />とても変わった、不思議なものだったからです...。<br /><br /><br />そもそも、<br />この「オーケストリオン」というのは、<br />「本物のオーケストラ楽器を自動で鳴らす装置」のことなのだそうです。<br /><br /><br />多くの楽器を自動で鳴らす、<br />大掛かりな、自動演奏機械、<br />といった感じのもののようです...。<br /><br /><br />19世紀の前半から、<br />20世紀初頭にかけて使われていたのですが、<br />19世紀後半にレコードが生まれる等、再生機器が進歩して、<br />そのような大掛かりな音楽機械は、<br />廃れていくことになったのだそうです。<br /><br /><br />音楽家でもある祖父が、<br />この「オーケストリオン」に近いものを使っていて、<br />パット・メセニー自身も、幼い頃に夢中になっていたのですが、<br />その後、いつのまにか離れてしまっていたのだそうです…。<br /><br /><br />ところが、あるとき、<br />日本のホテルで、自動演奏するピアノを見て驚いたといいます…。<br /><br /><br />それは、あくまでも「自動演奏するピアノ」でしたが、<br />そのような幼い頃の記憶が蘇ったのか、<br />別の楽器、別の音色がまじりあう、文字とおりの機械によるオーケストラ、<br />「オーケストリオン」の実現を目指した、とのことです…。<br /><br /><br />そういったことで出来上がった「オーケストリオン」は、<br />ピアノ、マリンバ、ヴィブラフォン、ベル、太鼓類、ギター等に、<br />専用のアタッチメントと動力を取り付けることで、<br />それぞれの楽器に演奏者が付いていなくても、<br />一斉に鳴らすことが出来るというものだそうです。<br /><br /><br />多分、<br />コンピュータでコントロールされているのだとは思うのですが、<br />機械が演奏しているといっても、<br />音そのものは生の楽器による、というところが、<br />古くもあり、新しくもあり、<br />面白いところなのだろうと思います。<br /><br /><br />で、<br />その巨大な演奏機械を持って、<br />パット・メセニーは来日コンサートを行ったわけです。<br />そして、<br />その雑誌の紹介記事に、<br />その時のステージの写真が載っていたのですが、<br />これが、とても不思議なもので、<br />そのために、ずっと頭の片隅にのこっていました…。<br /><br /><br />ステージには、<br />ピアノ、ヴィブラフォン、ギター等が並んでいるのですが、<br />その背後には、大きな棚のようなものがあり、<br />そこには、打楽器類が収まっています…。<br /><br /><br />それは、<br />ドラムスのように、セットになっているのではなく、<br />タムはタム、シンバルはシンバル、といった具合に、<br />それぞれの部分がバラバラにされて、<br />棚の中に配列されていました…。<br /><br /><br />確かに、<br />一人のドラマーが演奏するわけではありませんので、<br />叩きやすいように並べてセットにする必要はありません。<br /><br /><br />その棚が、どのようなルールで並んでいるのかわかりませんが、<br />少なくとも、<br />これまでの、一人の人が演奏するための配列とは別のルールによって、<br />並べられているのだろうと思います…。<br /><br /><br />それを見て、<br />ドラムスは、<br />人が演奏するからこそ、あの形をしているのであって、<br />人が演奏しないのであれば、あの形である必要はないという、<br />考えてみれば、当たり前のことに、<br />改めて気付かせてもらいました…。<br /><br /><br />このステージでは、<br />ピアノ等は、そのままの形で置かれていましたが、<br />もっと突き詰めれば、<br />これだって、人が演奏するわけではありませんので、<br />別の形があり得るということですよね…。<br /><br /><br />バラバラにされた、様々な打楽器類の並ぶ、大きな棚の前で、<br />一人でギターを弾いているパット・メセニーの写真が、<br />なんとも不思議だったので、印象深く、<br />頭にのこっていました…。<br /><br /><br />そして、<br />ルールというものは、<br />あくまでも、何か一つの目的のためのものであって、<br />別の方向から見た時にも、常に有効であるとは限らない、<br />ということを、改めて見せてもらったような気がしました...。<br /><br /><br /><br /><br /><br />建築で、よく、「動線」という言葉が使われます。<br /><br /><br />人の動きを予測して、それを線であらわすことです。<br /><br /><br />建築の設計で、間取りを考える時に、<br />この「動線」が、<br />スムーズにいくように、<br />交錯しすぎないように、<br />長くなりすぎないように、等々、<br />いろいろと考えます…。<br /><br /><br />ただ、考えてみると、<br />当たり前の話なのですが、<br />これはすべて、人が動くことを前提にして考えています...。<br /><br /><br /><br /><br />近年、住宅内の機器類が、いろいろと便利になってきて、<br />それらが、<br />この「動線」の考え方と、<br />ぶつかっているように感じることがあります...。<br /><br /><br />例えば、住宅で、<br />お客さんが来て、玄関の呼び鈴が鳴らされた時、<br />人は、これまでは、<br />その時にいた場所から、玄関の方に向かって動いていたわけですが、<br />最近では、<br />まずはインターホンの受け口の方に行き、<br />そこで誰が来たかを確かめた上で、<br />改めて、玄関の方に行き、カギを開ける…。<br /><br /><br />こういった時には、<br />建築の間取り上の「動線」だけを考えていたのでは、<br />実は、「動線」が長くなってしまい、<br />かえって不便になってしまうこともあるような気がします…。<br /><br /><br />さらに進んで、<br />いろいろな機器がワイヤレス化して、<br />人がその時にいる場所から、一歩も動くことなく、<br />来客を確認し、<br />カギを開けるようになれば（すでにそういうのもありますが…）、<br />人が動くことを前提にして、<br />その「使い勝手の良さ」を拠り所に、間取りを考えるということ自体が、<br />必要なくなるのではないか、という気もしてしまいます…。<br /><br /><br /><br /><br />そもそも、現在では、<br />建築にとって、<br />「使い勝手の良さ」ということが、<br />一つのルールにのようになっています。<br /><br /><br />でも、<br />通信等で、<br />技術的に、<br />もっともっと「使い勝手の良さ」が進んだら、<br />その結果、<br />人がほとんど動く必要がなくなり、<br />建築に「使い勝手の良さ」を求めるということ自体がなくなる、<br />ということもあるのではないでしょうか...。<br /><br /><br />そうなったら、<br />今では当たり前のようになっている、<br />「使い勝手の良さ」ということ以外に、<br />どんなことを目指して、<br />建築や住宅は考えられていくのかなあ、と思ったりします…。<br /><br /><br />パット・メセニーは、<br />人が演奏する必要がなくなった「オーケストリオン」で、<br />一体どういったルールで、<br />バラバラにした打楽器類を、並べたのでしょうか…。<br /><br /><br />その新しいルールは、残念ながら、わからないのですが、<br />その雑誌の記事によると、<br />これまでのように、<br />一箇所に集められていたドラムセットでは、<br />まとまって届いていた音が、<br />「オーケストリオン」では、<br />バラバラに分離されて置かれていたために、<br />あちらこちらから音が飛んできて、<br />立体的な響きをもった、と伝えていました…。<br /><br /><br />そして、<br />その並び方は、新しいルールに基づいていますが、<br />飛んでくる音は、<br />あくまでも生の楽器による、馴染みの音です…。<br /><br /><br />ここでは、<br />そのような、<br />古いような、新しいような音楽を、<br />目指したのかな、と思いました…。<br /><br /><br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E38390E38381E382ABE383B3002.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E38390E38381E382ABE383B3002-thumbnail2.jpg" width="216" height="320" border="0" align="" alt="バチカン002.jpg" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E38390E38381E382ABE383B3002-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />考えてみれば、<br />昔の洋館だって、<br />千年以上にわたって続いてきた、<br />あるルールに基づいてつくられています。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E38390E38381E382ABE383B3003.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E38390E38381E382ABE383B3003-thumbnail2.jpg" width="217" height="320" border="0" align="" alt="バチカン003.jpg" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E38390E38381E382ABE383B3003-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />ただ、<br />現代の私たちは、<br />そのルールを使ってはいません。<br /><br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E3839FE383A9E3838E010-3bea3.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E3839FE383A9E3838E010-3bea3-thumbnail2.jpg" width="320" height="222" border="0" align="" alt="ミラノ010.jpg" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E3839FE383A9E3838E010-3bea3-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br /><br />「使い勝手の良さ」を最も重視する、という考え方は、<br />今では当たり前のようになっていますが、<br />そうした過去のルールに取って代わって、<br />およそ100年前に、主役の座についた、<br />新しいルールの一つに過ぎない、とも言えます…。<br /><br /><br />そんな風に思ってみると、<br />今あるものとは違った、<br />別の何かもあるように思えてきます...。<br /><br /><br />そしてそれは、<br />「オーケストリオン」で観られたような、<br />古いような、新しいようなもの...、<br />そういったものなのかもしれない...。<br /><br /><br />そんなことを、<br />その記事から、思いました...。<br /><a name="more"></a>

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      <author>k_nakama</author>
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      <title>「普通」は、それほど、「普通」ではない...。</title>
      <pubDate>Thu, 16 Feb 2012 17:07:42 +0900</pubDate>
      <description>先日、新聞で、脚本家の岡田利規さんのエッセイを読みました。大変面白かったので、少し紹介させていただこうと思います。このエッセイは、1ヶ月ごとに、書く人が交代しているみたいで、4回で完結ということになっているようです。今月は、今のところ、3回目まで、話が進んでいます。私は、演劇については、全くの無知で、この岡田利規さんという方も、失礼ながら、知らなかったのですが、ここまでの話を、乱暴に要約すると、こんな感じの話です…。この岡田さんは、いわゆる「現代演劇」とか、「実験的な演劇」と..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
先日、新聞で、<br />脚本家の岡田利規さんのエッセイを読みました。<br /><br /><br />大変面白かったので、<br />少し紹介させていただこうと思います。<br /><br /><br />このエッセイは、<br />1ヶ月ごとに、書く人が交代しているみたいで、<br />4回で完結ということになっているようです。<br />今月は、今のところ、<br />3回目まで、話が進んでいます。<br /><br /><br />私は、演劇については、全くの無知で、<br />この岡田利規さんという方も、<br />失礼ながら、知らなかったのですが、<br />ここまでの話を、乱暴に要約すると、<br />こんな感じの話です…。<br /><br /><br />この岡田さんは、<br />いわゆる「現代演劇」とか、<br />「実験的な演劇」というのをやっているそうなのですが、<br />これを、ご本人は、「ヘンテコな演劇」と呼んでいます。<br /><br /><br />そして、<br />なぜ自分が「ヘンテコな演劇」をするようになったのか、<br />ということを、振り返り、分析をしています。<br /><br /><br />そもそも、最初から、<br />そういった「ヘンテコ」なものを目指していたわけではなく、<br />むしろ、<br />「普通」ということに関心を持っていた、と言っています…。<br /><br /><br />つまり、<br />「普通」とは何だろう、と考え続けていくなかで、<br />気付くと、いつのまにか、<br />「ヘンテコな演劇」をつくっていた、<br />とのことです…。<br /><br /><br />例えば、<br />「普通の話し方に限りなく近いセリフをかきたいものだ」と考えた末に、<br />こんなセリフに辿り着いたのだそうです…。<br /><br /><br />「…大通りに一応、面しているところにあるライブハウスがあってなんかカナダから来たかなーりマイナーなバンドのその日はあれがあって、なんででもそんなのを見に行ってたのかって言うとっていうのはすっごい、でもそのライブよかったんですよすごい、よかったなーっていう、すごいいいライブで…」<br /><br /><br />岡田さんは、このセリフを、<br />「普通」だと考えた、といいます…。<br /><br /><br />「だって私たちは普段、<br />こんなふうに要領を得ない、冗長な話し方をしていますから」...。<br /><br /><br />また、<br />セリフだけではなく、<br />俳優の演技も「ヘンテコ」なのだそうです…。<br /><br /><br />それは、<br />「手足を意味もなくブラブラ、ダラダラさせている。<br />一種のダンスみたいに見える」ようなものなのだそうです。<br /><br /><br />「しかし、これも、<br />『普通』ということを捉えようとしたことの予期せぬ結果であって、<br />なにも私たちは、<br />ヘンテコな動きをすることを目指してそうした身ぶりをやるようになったわけではないのです」。<br /><br /><br />つまり、<br />「ちょっと観察してみると、日常において人は、案外と意味のない動きをしているものです」。<br /><br /><br />そして、<br />そのような「普通」のものが、<br />舞台上に乗せられると、<br />ただそれだけのことなのに、<br />なぜか「ヘンテコ」なものに見えてくる、<br />それが、とても面白い…。<br /><br /><br />そんなようなお話でした…。<br /><br /><br />私は、演劇に関して、何の知識もないのですが、<br />自分の知っている方面に引きつけるようなかたちで理解し、<br />大変共感しました…。<br /><br /><br />というのも、<br />よく思っていたことがあって、<br />それは、<br />考えれば考えるほど、<br />「普通」のものは、「普通」ではなくなってきて、<br />むしろ「ヘンテコ」なものになってくる、<br />ということです…。<br /><br /><br />例えば、住宅を設計していて、<br />住む人が、そこで、どんな具合に暮らすだろうか、<br />といったことを、<br />合理的に、真面目に考えれば考えるほど、<br />どんどんと、<br />いわゆる「普通」の家とは違ったものに、<br />なってくるように思っています…。<br /><br /><br />また、<br />周囲の環境を考え、<br />そこに相応しい建築はどんなものか、といったことを、<br />これまた考えれば考えるほど、<br />その周囲にたくさん建っている、いわゆる「普通」の家とは違った、<br />一風変わった家、といった感じになり、<br />ちょっと目を惹くようになってきてしまいます…。<br /><br /><br />つまり、<br />「普通」というのは、<br />考えれば考えるほど、<br />「ヘンテコ」になってくるのではないだろうか、<br />という風に思っています…。<br /><br /><br />そうしてみると、今度は逆に、<br />周囲にある、いわゆる「普通」のもの（家）は、<br />失礼ながら、<br />あまり考えていないのではないか、<br />と思えてきてしまいます…。<br /><br /><br />いわゆる「普通」のものは、<br />実は、<br />思っているほど、大して「普通」ではないような気がします…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E38390E383ABE382BBE383ADE3838A003.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E38390E383ABE382BBE383ADE3838A003-thumbnail2.jpg" width="218" height="320" border="0" align="" alt="バルセロナ003.jpg" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E38390E383ABE382BBE383ADE3838A003-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />建築で（他の多くの分野でもそうだと思いますが）、<br />名作といわれるものの多くに、<br />ある種の「異形（ヘンテコ）」なものが多いのも、<br />こうした、「普通」とは何か、ということへの洞察と、<br />その結果としての、<br />いわゆる「普通」のものへの疑い、<br />のようなものがあるからではないかと思います...。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E38390E383ABE382BBE383ADE3838A011-e3cd2.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E38390E383ABE382BBE383ADE3838A011-e3cd2-thumbnail2.jpg" width="320" height="223" border="0" align="" alt="バルセロナ011.jpg" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E38390E383ABE382BBE383ADE3838A011-e3cd2-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br /><br /><br />ただ、一方で、<br />建築の場合には、<br />使い勝手等のような、いわゆる実用性という面も、<br />大変重要であることから、<br />アートや演劇のようなものと、同列に扱ってよいのか、<br />という議論もあります…。<br /><br /><br />つまり、<br />そもそも、建築は「ヘンテコ」である必要があるのか…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E9A699E5B79DE79C8CE5BA81E8888E001.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E9A699E5B79DE79C8CE5BA81E8888E001-thumbnail2.jpg" width="320" height="224" border="0" align="" alt="香川県庁舎001.jpg" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E9A699E5B79DE79C8CE5BA81E8888E001-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />実用性だけを考えて、<br />いわゆる「普通」でいいのではないか、<br />といった疑問ですね…。<br /><br /><br />建築を「作品」と呼ぶことを疑問視するような意見もありますから…。<br /><br /><br />ただ、<br />先の岡田さんのエッセイを読んでみたりすると、<br />ますます感じる疑問、<br />つまり、<br />いわゆる「普通」のものが、果たして本当に「普通」なのか…。<br /><br /><br />または、<br />建築に限ってみると、<br />こんな風に言い換えてもいいかもしれません…。<br /><br /><br />実用性だけを考えると、<br />本当に、<br />あちらこちらに溢れているような、<br />いわゆる「普通」の家になるのか…。<br /><br /><br />いわゆる「普通」の家は、本当に使い勝手がいいのか…。<br /><br /><br />それらはただ、<br />何も考えずに出来ているだけではないかのか…。<br /><br /><br />アートなどとは違った特性・役割を持つ建築（特に住宅建築）に、<br />それでも、<br />「作品」と呼べるような部分が、もしあるとすれば、<br />そうした、<br />「普通」と「ヘンテコ」とは何かを見直す作業の中にあるのかもしれないなあ、<br />そんな風に、改めて思いました…。<br /><a name="more"></a>

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      <author>k_nakama</author>
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      <title>都市を観る眼</title>
      <pubDate>Wed, 08 Feb 2012 16:59:27 +0900</pubDate>
      <description>菊岡倶也編著『建築・土木365日「今日は何の日」』、という本があります。1年365日、その日に建築・土木の分野で起こった出来事が書かれています。例えば、明日2月9日のページを見てみると、「東京書籍館、文部省の所管へ」となっています。明治8年のこの日に、東京書籍館（しょじゃくかん）が、太政官内の博覧会事務局の所管から、文部省の所管となり、それは、現在の国立国会図書館の源流となったようです。そして、この時の館長は、永井久一郎という人で、作家永井荷風の父だったのだそうです…。だから..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
菊岡倶也編著『建築・土木365日「今日は何の日」』、<br />という本があります。<br /><br /><br />1年365日、<br />その日に建築・土木の分野で起こった出来事が書かれています。<br /><br /><br />例えば、<br />明日2月9日のページを見てみると、<br />「東京書籍館、文部省の所管へ」となっています。<br /><br /><br />明治8年のこの日に、<br />東京書籍館（しょじゃくかん）が、<br />太政官内の博覧会事務局の所管から、<br />文部省の所管となり、<br />それは、<br />現在の国立国会図書館の源流となったようです。<br /><br /><br />そして、<br />この時の館長は、永井久一郎という人で、<br />作家永井荷風の父だったのだそうです…。<br /><br /><br />だから何なのかといった感じの、<br />何やらマニアックな知識なのですが、<br />時々パラパラめくると、<br />面白い話がたくさん載っていて、<br />結構気に入っています…。<br /><br /><br />ついでに2月のページをパラパラと見ていくと、<br />2月16日のページには、<br />「森鴎外の『妄想』　東京改造への希望を述べる」、<br />とありました。<br /><br /><br />明治43年のこの日、<br />森鴎外（当時48歳）は、<br />慶応義塾大学文学科顧問に就任したのだそうです。<br /><br /><br />その森鴎外は、<br />あまり知られていないように思いますが、<br />晩年まで、<br />東京の現況、都市の改造等について、<br />積極的に発言をつづけたのだそうです…。<br /><br /><br />その年の5月に発表された短編『妄想』では、<br />「今まで横に並んでいた家を、竪に積み畳ねるよりは、<br />上水や下水でも改良するが好かろう」、<br />とか、<br />東京の家の軒の高さを一定にして、<br />整然たる外観の美を成そうという意見に対して、<br />「そんな兵隊の並んだような町は美しくない。<br />強いて西洋風にしたいなら、むしろ反対に軒の高さどころか、<br />あらゆる建築の様式を一件ずつ別にさせて、<br />エネチアの町のように<br />参差錯落（しんしさくらく）たる美観を造るようにでも心がけたら好かろう」、<br />などと、<br />皮肉っぽく書いたりもしているのだそうです…。<br /><br /><br />「参差錯落」とは、<br />一様ではなく、様々なものが入り混じっている状態のことだそうで、<br />要するに、乱雑ということのようです…。<br />また、<br />エネチアは、イタリアのヴェネチアのこと…。<br /><br /><br />森鴎外は、<br />ドイツに留学したことが知られていますが<br />（小説『舞姫』なんか有名ですよね）、<br />その当時のドイツは、過密化した都市が悲惨な状況となっていて、<br />衛生学的見地からの都市改造論議が盛んだったのだそうです。<br /><br /><br />医者でもあった鴎外は、<br />そういった議論の影響を強く受けていたのか、<br />美観よりも、<br />上下水道の整備など、<br />公衆衛生の観点から、都市を見ていたのかもしれません…。<br /><br /><br /><br /><br />ところで、<br />この『建築・土木365日「今日は何の日」』の次のページ、<br />2月17日のページには、<br />「臨時建築局発足　官庁営繕組織の原型がスタート」とあります。<br /><br /><br />当時、外務大臣だった井上馨は、<br />不平等条約を改正し、先進諸国と肩を並べるべく、<br />鹿鳴館を建てるなどの、<br />いわゆる欧化政策をすすめていたのですが、<br />その総仕上げとして、<br />当時の一流の建築家をドイツから招聘し、<br />国会議事堂や裁判所などを含む諸官庁を日比谷に集中し、<br />放射状道路などを配した、<br />ヨーロッパの都市のような、壮大な都市計画を作成します。<br /><br /><br />そして、<br />明治19年のこの日、<br />その建設を目的に、創設されたのが、臨時建築局で、<br />総裁には、井上馨自身が就任します。<br /><br /><br />パリやウィーンなどの、<br />先進諸国の実例を踏まえた、<br />当時の最先端をいくものであったらしい、この計画は、<br />明治20年の不平等条約改正交渉が不調となると、<br />事態が急変し、<br />外務大臣井上馨の辞任により、<br />事実上頓挫します…。<br /><br /><br />翌年には、この計画は廃棄され、<br />臨時建築局は、2年後に消滅します。<br /><br /><br />東京がパリになる機会は、<br />幸か不幸か、失われました…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E6B395E58B99E79C81E697A7E69CACE9A4A8001.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E6B395E58B99E79C81E697A7E69CACE9A4A8001-thumbnail2.JPG" width="320" height="240" border="0" align="" alt="法務省旧本館001.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E6B395E58B99E79C81E697A7E69CACE9A4A8001-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />その壮大な計画は、結局実現しませんでしたが、<br />裁判所と司法省の建物だけは、計画通りに完成します。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E6B395E58B99E79C81E697A7E69CACE9A4A8002.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E6B395E58B99E79C81E697A7E69CACE9A4A8002-thumbnail2.JPG" width="320" height="240" border="0" align="" alt="法務省旧本館002.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E6B395E58B99E79C81E697A7E69CACE9A4A8002-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />裁判所の方は、その後、建替えられてしまいましたが、<br />司法省の方は、<br />「法務省旧本館・赤れんが棟」として、<br />今でものこっています…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E6B395E58B99E79C81E697A7E69CACE9A4A8003.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E6B395E58B99E79C81E697A7E69CACE9A4A8003-thumbnail2.JPG" width="320" height="240" border="0" align="" alt="法務省旧本館003.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E6B395E58B99E79C81E697A7E69CACE9A4A8003-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />また、<br />その都市計画から、およそ50年後、<br />その計画で提案されていた通りの場所に、<br />国会議事堂は建設されました…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E59BBDE4BC9AE8ADB0E4BA8BE5A082001-17a9c.JPG" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E59BBDE4BC9AE8ADB0E4BA8BE5A082001-17a9c-thumbnail2.JPG" width="320" height="240" border="0" align="" alt="国会議事堂001.JPG" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E59BBDE4BC9AE8ADB0E4BA8BE5A082001-17a9c-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br /><br /><br />ところで、<br />この、2月16日と17日の、<br />二つの隣り合ったエピソード、<br />「森鴎外の指摘」と、<br />「井上馨の目指した計画」は、<br />現在でも、<br />都市（あるいは建築）を観る上での、<br />主要な二つの視点といってもいいように思います。<br /><br /><br />わざと乱暴に言ってしまうと、<br />つまり、<br />「実用性」が「美」か…。<br /><br /><br /><br /><br />歴史的に観てみると、<br />総じて日本人は、<br />都市の美観なんかよりも、<br />実用性、経済性を重視した都市をこしらえてきたように思いますので、<br />森鴎外の勝ちですね、きっと…。<br /><br /><br />でも、<br />さすがの森鴎外も、<br />現在のような、<br />ここまで乱雑な都市になるとは思っていなかっただろうなあ…。<br /><br /><br />何しろ、<br />「参差錯落」たる町の代表が、<br />あのヴェネチアだというのですから…。<br /><a name="more"></a>

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      <author>k_nakama</author>
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      <title>実際の場所</title>
      <pubDate>Tue, 31 Jan 2012 15:15:45 +0900</pubDate>
      <description>20年ぐらい、ずっと、パソコンは主にマッキントッシュを使っているせいもあって、昨年スティーブ・ジョブズ氏が亡くなった時には、とても感慨深いものがありました…。その後のいろいろな報道などで、「世界を変えた」とか、「ライフスタイルを変えた」とかいったような、たくさんの賛辞が贈られているのを観て、本当にその通りだ、と思ったのですが、ただ、よくよく振り返ってみて、私個人についてに限ってみると、思っていたほど、ライフスタイルを変えてもらってはいなかったかもしれない、とも思いました…。こ..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
20年ぐらい、ずっと、<br />パソコンは主にマッキントッシュを使っているせいもあって、<br />昨年スティーブ・ジョブズ氏が亡くなった時には、<br />とても感慨深いものがありました…。<br /><br /><br />その後のいろいろな報道などで、<br />「世界を変えた」とか、<br />「ライフスタイルを変えた」とかいったような、<br />たくさんの賛辞が贈られているのを観て、<br />本当にその通りだ、と思ったのですが、<br />ただ、よくよく振り返ってみて、<br />私個人についてに限ってみると、<br />思っていたほど、<br />ライフスタイルを変えてもらってはいなかったかもしれない、<br />とも思いました…。<br /><br /><br />これは、<br />スティーブ・ジョブズ氏の業績とは全く関係がなく、<br />私が単純に遅れているだけだとは思いますが…。<br /><br /><br />というのも、私は、<br />iPadも、iPhoneも持っていない上に、<br />iPodも買ったことがありません…。<br /><br /><br />いや、そもそも、<br />ウォークマンすら買ったことがなかったので、<br />それ以前の話、という感じですよね…。<br /><br /><br />電車の中では、<br />本を読んでいるか、ぼーっと廻りを眺めているか、寝ているかで、<br />そこで音楽を聴く習慣は、いまだにありません…。<br /><br /><br />外を歩いている時も同じで、<br />廻りをキョロキョロと見廻しながら歩いているので、<br />音楽やインターネットは、その時には、別に必要ありません…。<br /><br /><br />そんな状態なので、<br />街中で、<br />歩きながら、自転車に乗りながら、<br />スマートフォンをいじっているような人を見かけると、<br />危ないなあ、と思うと同時に、<br />どうしても、<br />何をそこまで、という感じに思ってしまいます…。<br /><br /><br />そういった人達が、よくない、というつもりは全然ありませんが、<br />ただ、<br />実際の場所を歩きながら、<br />わざわざ仮想空間にばかり入っていなくてもいいのではないかなあ、<br />と思ってしまいます…。<br /><br /><br />ネットを見ながら、音楽を聴きながらでも、<br />廻りの人と話したり、周囲を見ることは出来る、と思うかもしれませんが、<br />多分、ご本人たちが思っている以上に、<br />街中にある多くのものを、気付かずに、見落としている、<br />と思いますよ…。<br /><br /><br /><br /><br />全然違う話なのですが、<br />私は、七、八年前ぐらいまで、煙草を吸っていました。<br /><br /><br />その頃には、<br />自分が通る道の、どの辺りに煙草の自動販売機があるか、<br />また、どこの自動販売機には、どの銘柄があるか、<br />といったことを、実によく把握していました…。<br /><br /><br />それどころか、<br />はじめて訪れるところでも、<br />煙草の自動販売機の場所を、自然にチェックしていて、<br />いざ煙草が切れてしまうと、<br />あそこにあったなあ、と思い出して、<br />すぐに買いに行くことが出来ました…。<br /><br /><br />煙草をやめてしばらくすると、<br />こういった一種の特殊技能は失われてしまい、<br />今では、どこに煙草の自動販売機があるか、<br />といったようなことは、<br />全くわからなくなってしまいました…。<br /><br /><br />このつまらない話から、何を言いたかったかというと、<br />要するに、<br />人は、いろいろと見ているようで、実は、<br />気になっているもの以外は、大して見ていない、<br />ということです…。<br /><br /><br />そんなことで、<br />街中でネットをやっている人は、<br />現実に身を置いている街よりも、<br />ネットの方により深くアクセスしていて、<br />実在するものの多くを見逃しているのではないか、<br />と思いました…。<br /><br /><br />よく言われるような、<br />現実と、仮想空間にあるものとの区別がつかなくなる、<br />といった批評が、<br />本当かどうかはわかりませんが、<br />少なくとも、<br />多くの人にとって、<br />自分が実際に身を置いている場所や、そこに実在するものの重要性が、<br />以前と較べて、<br />だんだんと減ってきている、というのは本当のような気がしています…。<br /><br /><br />実際にある街や、そこにあるものは大して見ずに、<br />ネットの中の空間により深く入り込んでいるわけですからね…。<br /><br /><br />ただ、こいうったことは、<br />もうすでに、当たり前のようになっていて、<br />誰かと一緒にいながら、別の人と携帯電話で話す、<br />といったことはよくあることのように思います…。<br /><br /><br />将来的には、<br />実際に会うとか、実際に見るとか、<br />といったようなことは、<br />大した意味を持たなくなってくるのかもしれませんね…。<br /><br /><br />実際に会ったり、行ったりしなければ、<br />触れる事も出来ないので、そんなことにはならないのでは、<br />と思ったりもしていましたが、<br />先日テレビで、<br />指先に電気的な刺激を与えることで、<br />実際に触れなくても、<br />まるで何かを触っているような感覚を得ることが出来る、<br />というような研究を紹介しているのを観ました。<br /><br /><br />多分、そう遠くない将来、<br />遠くにいて、実際に物に触れなくても、<br />それに触れたのと同じような感覚を、<br />得ることが出来るようになるのではないでしょうか…。<br /><br /><br />人はそのうち、<br />一歩も動くことなく、<br />誰かと話し、<br />何かを見たり、触ったり、味わったり、<br />といったようなことが出来るようになるのかもしれません…。<br /><br /><br />もう、<br />何もない部屋の中に、脳だけがある、といったような、<br />SF的なイメージすら浮かんできます…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E382ABE382BBE383ACE382B9004-2d267.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E382ABE382BBE383ACE382B9004-2d267-thumbnail2.jpg" width="218" height="320" border="0" align="" alt="カセレス004.jpg" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E382ABE382BBE383ACE382B9004-2d267-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />旅に出る、<br />などというのも無くなるのかもしれませんね…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E38396E383ABE382B4E382B9001-81624.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E38396E383ABE382B4E382B9001-81624-thumbnail2.jpg" width="320" height="223" border="0" align="" alt="ブルゴス001.jpg" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E38396E383ABE382B4E382B9001-81624-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />今のところは、<br />旅に出ると、<br />そこの街並を見、建築を見たりしながら、<br />その場所の雰囲気を味わいます。<br /><br /><br />建築は、<br />その場所と切り離すことが出来ないが故に、<br />その場所を最も強く表現するものになっているように思います。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E3839DE383ABE38388001.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E3839DE383ABE38388001-thumbnail2.jpg" width="320" height="227" border="0" align="" alt="ポルト001.jpg" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E3839DE383ABE38388001-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />ということは、<br />実際の場所に行くということの意味が薄くなるにつれて、<br />建築の意味もなくなっていくのだろうなあ、と思います…。<br /><br /><br />そう言えば、<br />建築を設計する時には、いつも、<br />その場所の、<br />気候風土、歴史、環境、等々を考えて、<br />その場所に出来るだけ相応しいものをつくりたいと考えるのですが、<br />現在でもすでに、<br />他の場所にはない、その場所の個性のようなものを見つけるのは、<br />とても難しくなっているように思っています…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E4B8B8E4BA80E5B882E5A1A9E9A3BDE69CACE5B3B6E7ACA0E5B3B6001.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E4B8B8E4BA80E5B882E5A1A9E9A3BDE69CACE5B3B6E7ACA0E5B3B6001-thumbnail2.jpg" width="320" height="226" border="0" align="" alt="丸亀市塩飽本島笠島001.jpg" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E4B8B8E4BA80E5B882E5A1A9E9A3BDE69CACE5B3B6E7ACA0E5B3B6001-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />要するに、<br />どこへ行っても、<br />あまり変わらないような場所になってしまっているみたいです…。<br /><br /><br />もう一度、<br />煙草の自動販売機の場所に敏感になるためには、<br />また煙草を吸い始めなければダメだと思うのですが、<br />もう吸わないと思いますので、<br />私の中で、<br />煙草の自動販売機の場所の重要性が帰ってくることは、<br />多分ないと思います…。<br /><br /><br />それと同じように、<br />実際の場所の重要性を取り戻そうとすると、<br />インターネットのような、便利な情報通信技術をやめて、<br />自分の感覚器官だけで、その場所を捉えるということしかないと思うのですが、<br />もう多分無理ですよね、私も無理です…。<br /><br /><br />ということになると、<br />今後、<br />実際の場所というものは、ますます、大した意味がなくなってくるので、<br />それならば、<br />どこへ行ってもあまり変わらなかったとしても、それはそれで構わない、<br />ということになるのではないでしょうか…。<br /><br /><br />そんな感じで、<br />そういった方向に向かっていくのだろうなあ、<br />ということは十分想像できるのですが、<br />でも、一方で、<br />そうなると嫌だなあ、とも思っています…。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E7ABB9E794B0001-3dea6.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/k_nakama/image/E7ABB9E794B0001-3dea6-thumbnail2.jpg" width="320" height="219" border="0" align="" alt="竹田001.jpg" onclick="location.href = 'http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/upload/detail/image/E7ABB9E794B0001-3dea6-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />今後もますます、<br />どこへ行っても同じような感じになっていくと思いますし、<br />人にとって、実際の場所というものは、<br />どんどんと意味が薄れていく、と思います…。<br /><br /><br />そんな中で、<br />場所と切り離すことが出来ない建築のようなものをつくるというのは、<br />ずいぶんと分が悪いなあ、とは思っています…。<br /><br /><br />それはわかってはいるのですが、<br />それでも、<br />出来るだけ、流れに逆らって、<br />あるかないかの、ほんの微かな、その場所の個性を探して、<br />それを踏まえた建築をつくるしかないのかなあ、とも考えています…。<br /><br /><br />まあ、別に、<br />そんなオーバーな理由で、<br />スマートフォンやタブレット型のパソコンを使っていないわけではなくて、<br />単に遅れているだけなのですが…。<br /><a name="more"></a>

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      <author>k_nakama</author>
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