2007年11月09日
ビートルズ。

写真はクリックで拡大。
町内にある最大の公園。
丘に近い規模の山を開発して、芝生広場に長いローラー滑り台のある子供広場、別の場所にはテニスコートと温泉施設が作られている。
何を隠そうこの私、かつて短い期間、ここで働いていたことがある。このブログを見ている方の中に、「公園で働く」という経験がある方がどれほどあるかわからないが、不思議な経験、不快な経験、いろいろと味わったものである。
写真の奥に見える白いパルテノン宮殿風はステージになっていて、ここでは音楽イベントをやった。
ビートルズのコピーバンドを呼んでの入場無料の音楽イベント。
さすがに当日の運営は多くのスタッフにお願いはしたものの、企画・予算取りから宣伝活動、終了後のゴミ処理までほぼひとりで運営したイベントだった。今からちょうど10年前の秋のことだ。準備中にダイアナ妃が事故死したニュースを見たのでよく憶えている。(今年、十回忌のニュースをさんざん見たものな)
出演のバンドは東京からめぼしいバンドのテープを取り寄せて、地元プロモーターと一緒に聴きながら選んだ。ちなみにこのプロモーター氏、私と同い年ということもあり、イタズラを算段する子供のようにいろいろと細部を詰めることができた。もう何年も会っていないが、元気にしているかな。
選んだバンドはウィッシングというバンドだった。通常の4人+キーボードという編成により、ビートルズ初期の「せーの、はいっ」で録音した曲だけでなく、中期以降のスタジオワーク中心となったナンバーまで演奏可能という。世界で初めて「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」を全曲通しで生演奏した、というホントかどうか怪しい伝説まで持っている。このアルバム、オーバーダビングの時代の本格的な幕開けを象徴するアルバムであり、その意義は大きい。わかる人にしかわからないセールスポイントではあるが、ないよりははるかにいいだろう。音質云々を議論するレベルの音ではないため、演奏技術についてはよくわからない。現在のようにインターネットが普及している時代ではないために調べることもできない。でも六本木の、その名も「キャヴァン・クラブ」というビートルズ専門のライヴハウスで長いことやっているということで、まあ安心していいだろう。この世界の生き残り合戦の激しさについては、よく理解しているつもりである。自身がミュージシャンであり、ジャズのサックス・プレーヤーでもあるプロモーター氏も「いい」という。
平日は準備に追われ、休みの日には周辺の地方都市にポスター貼りの依頼に回った。ポスターは友人によるデザインで、予算の関係でモノクロ刷りではあったが、そんな負の条件なんか軽々と吹き飛ばす美しいものができた。これは展示を依頼する側としてはとても頼もしいことだ。誰も大事な店頭にセンスの悪いポスターなんか貼りたくはないだろう。平安堂という本のチェーン店のある支店では、かなり目立つ場所にアクリル製のケースに入れて展示してくれた。
あとは地元の情報誌や新聞に広告の掲載。もちろんでかでかと載せるような金はないので、無料のスペースにひっそりと滑り込ませてもらう。でもその後、このイベントを聞きつけた新聞社の記者が取材にきて、事前に比較的大きな記事を書いてくれた。写真付きで、ポスターを持ってにっこりと笑う私が写っている。恥ずかしかったが、この宣伝効果は高かったはずだ。
また、テレビにも情報を送り、「週末のイベント情報」みたいなコーナーで告知してもらった。電話に出た局の人が「楽しそうなイベントですねぇ」と言ったことが印象的だった。
それにしても宣伝というのは難しい。イベントのテーマはビートルズ、なおかつ入場無料とあれば人はそこそこ来るだろう。ただし「そんなイベントがある」ということを知らなければ来ようがないわけで、まずは「伝えること」「分母を増やすこと」が大前提となる。
前日、土砂降り。
数週間続いた晴天が嘘のような土砂降り。
恐る恐る天気予報を見ると、翌日の降水確率もかなり高い。
参ったな。
ポスターやら看板やらで、それまでもけっこう金はつかっている。自分の金ならともかく、他人の金だ。契約にはキャンセル料の項目もある。企画からずいぶん無理を押し切るようにやってきた。天候という不可抗力なこととはいえ、ここまでやって中止なんてことになったらかなり自分の立場が危うくなるだろう。こんな時、収入なし、支出のみの入場無料のイベントであるという条件が更に重く自分の肩にのしかかる。それよりなにより注いできた努力がうたかたのように流れてしまうなんて、信じられない。
祈る。
もともと無神論者ではないが無宗教、どの神様かは別にして、こんな時に祈る以外にすることがあったら教えて欲しいものだ。
「一生懸命やりました。お願いですからこの努力に報いてください。そうしたらこの先の人生、どんなつらいことがあっても構いませんから」
当日、晴れている!
スタッフが言うには、衛星写真では全国的に雨の中、長野県のこの地域だけぽっかりと雲の隙間ができているらしい。
PA氏が来て、訊く。
「予報はあまりよくありませんけどどうします? やります?」
「いや、やらない理由はないでしょう」と私。実質的なGoサイン。でも不安。開演まであと5時間、終演までなら9時間近くあるのだ。
そのうち、オンボロワンボックスでバンドが到着する。車から降りていきなりキャッチボールを始めるJohnとPaul。ボールを追って植え込みに手をつっこむのはいいが、蜂に大事な指を刺されんようにな。
PAのセットが終わって、バンドのメンバーがサウンドチェックをする。いきなりホワイト・アルバムからの曲「ディア・プルーデンス」をやるあたり、さすがはマニアックな選曲で知られるバンドだけある。
風が強い。サイケっぽい雰囲気を演出しようと、会場のあちこちに風船を上げる予定だったが、それも叶わず。考えてみれば当然のことで、全国的に荒れた天気が広がっているのだ。この地域を除いては。
事務所にはこの公園の場所と「今日は予定通りやるか」という問い合わせが続いている。臨時駐車場として「一応」抑えておいた近くの小学校の校庭にもそこそこ車が入り始めているらしい。宣伝による効果を体感する。あとは最後まで天気がもってくれることをただひたすら願うだけだ。
祈りの一日。
前座のバンドが終わる。最初に出た地元高校生の評判がいい。会場にはかなり人が入っている。この手のイベントにしては年齢層が幅広いのは「ビートルズ効果」であることは間違いなく、こちらの思惑通りである。
続いてメインであるウィッシングが登場。
演奏は素晴らしい。曲目はリーダーであるPaul氏が会場の雰囲気を見ながら指示しているようである。各メンバーの技術も高そうだ。キーボード氏が音に厚みを与えるとともに、忙しく音色を切り替えてスタジオ録音の音を再現している。キーボード加入のいきさつを語ったあとにエリナー・リグビーを演るのは定番の流れと見えた。
途中、全曲フルコーラス一緒に歌っている中学生か高校生くらいの少年が、最前列にいることに気づく。よっぽと好きと見えて、満面の笑み。そりゃ嬉しいだろう。「目の前でビートルズが演奏している」んだから。もちろんもっと大人になれば東京にでも行ってビートルズ専門店で聴けばいいし、これからの時代、本場リヴァプールのパブで、本場のコピーバンドの演奏を聴くことだって、叶えるにそれほど難しくない夢だろう。でもこんな地方にいては機会はなかなかない。これから数々のビートルズ体験を重ねるかもしれないが、今日のこの日のことを決して忘れてほしくないな、と強く願った。主催者として、同じビートルズファンとして。
あと、テープでは知り得なかったことではあるが、Paul氏の「しゃべり」がおもしろかったのがとても印象に残っている。この辺は経験というより本人の持って生まれた才能によるところが大きいと思う。ステージを職場として選び、演奏活動を続けていく上では大事なことだ。結果として最高のバンドを選んだと今でも自負している。
客席からのリクエスト・コーナー等をはさみ、約2時間の演奏終了。
ハードな一日が終わった。
あれから10年。
この間、(ホンモノの)Georgeは鬼籍に入り、(ホンモノの)Paulはリンダと死別→再婚→ワイフ・ビーティング(?)→離婚→100億円訴訟、と、はた目にはいささか不細工な、言葉を換えれば人間らしい「晩年」を過ごしている。
私はというと(ホンモノの)Johnが天に与えられた寿命を跨いだ。人間としてのデキはずいぶん違うので、特別な感慨はないけれど。
イベント当日、強風ながらも快晴でもったことはある種の奇跡だ。祈りが通じたのだろうか。
「一生懸命やりました。お願いですからこの努力に報いてください。そうしたらこの先の人生、どんなつらいことがあっても構いませんから」
10年経った今でもこの祈りのことを思い出す。いやなこと、つらいことがある度に。
「しょうがないな、あの時、晴れちゃったんだから」
気分の上では、どこかの神様との約束を守っているつもりだ。こんな風に考えざるを得ない過去を持っているというのは、個人として幸せなことなのか、それとも不幸なことなのだろうか。「諦念」が生きていく上でひとつの「救い」であることは紛れもない事実だが。
この項つづく・・・











