2012年05月27日
(仮)さよならは言わないで-7
るみを送るついでに、家電量販店に立ち寄った。携帯電話を購入する
ためだ。メールを見るためにいちいちパソコンを開くのが面倒だったし
仕事用に持っていた方がいいと思ったのだ。機種の選定からアドレスの
設定まで、当然のごとく全部るみがやった。
「ちゃんとメール見てよ」
「ああ」
気がつくと、商店街の外れまで来ていた。
「もうひとりで帰れるだろ」
「ウチに寄っていけばいいのに」
「遠慮しとくよ。あの親父に見つかると、やっかいだからな」
「リカのおじいちゃんね。いい人なんだけど、ちょっと慌て者なの」
「だろうな」
「じゅんじゅん、どこに住んでるの?」
「銀座のホテル」
「すごーい、お金持ちなんだ」
「バカ、取りあえず滞在してるだけだ」
「ガッカリ。お小遣い、いっぱい貰えると思ったのに」
「残念だったな。今、友達に安いアパート捜してもらってるんだ」
「ふーん」
「じゃあな」
「うん、バイバイ」
るみはスキップのような足取りで、家の方へ走り出した。途中で振り
返ったるみが、夕日の中で微笑んでいる。順平はその姿にカメラを向け
シャッターを切った。
るみと別れた順平は、公園に立ち寄った。子供たちの歓声が、こだまの
ように響いている。のどかで穏やかな風景だ。順平は隅のベンチに座り
子供たちを眺めた。
「思い出にでも浸ってるの?」
振り返ると、かおりが立っていた。
「またイチャモンつけに来たのか」
「失礼ね」
かおりは隣りに座った。
「写真集見たわ」
「ほお、サインしてやろうか?」
「買ったわけじゃないわ。立ち読みしただけ」
「チェッ、印税、稼ぎそこなったか」
「20年分の贖罪のつもり?」
「何の話だよ」
「写真集のあとがきに載ってた写真、アッ子じゃんでしょ?」
「ああ」
「あなたがアッ子ちゃんをどんなに思ってるかは判ったわ。でもね
アッ子ちゃんの気持ちは、あなたの気持ちと関係ないでしょ。今さら
愛情を示されたって、素直になれないの当たり前だわ」
「・・・」
「今さら親らしいことしようなんて、虫が良すぎるわ」
「・・・そんなんじゃねえよ」
順平は立ち上がると、煙草に火を点けた。
「一年365日、20年なら7300日よ。それだけの長い時間を
たった一日で取り戻そうったって無理な話よ」
「・・・」
かおりも立ち上がり、順平の背中を見つめた。
「何の予告も無しに現れるなんて、アッ子ちゃん可哀想すぎるわ」
「君に言われなくたって、判りすぎるほど判ってるさ!」
「じゃあ、どうして急に来たのよ?」
「・・・見たんだよ」
「なにを?」
「・・・20年前、オリエから手紙が来た。『あなたは、あなたの思う
ように自由に生きてください』。それだけしか書いてなかったが、俺は
あいつに愛想を尽かされたんだと思った。好き勝手に生きてたからな
無理のねえ話さ」
「当たり前だわ」
「2年前だったかな、ガラクタを片付けてたら、古い書類の中に、捨て
たと思ってたオリエの手紙が入ってた。それを読んだ時、俺は初めて
オリエの気持ちがわかった。あいつは、待つことに疲れたから自分で
背を向けたんだ、本当は帰って欲しかったんだとな」
「今ごろ判ったって、もう遅いわよ」
「その通りさ・・・」
「それで、20年分のお詫びのつもりで、アッ子ちゃんに何かして
やろうってわけ?」
「そんなんじゃねえんだよ。俺ももう歳だ。あと何年生きられるか
わからねえ。だから最後の時間だけは、あの子を見ていてやりたい
そう思っただけさ」
かおりが見つめる順平の肩に、寂しさがこぼれ落ちていた。
「見かけによらずおセンチなのね」
順平は、かおりの言葉で我に返った。
「なんで君にこんなこと喋らなきゃなんねんだ!・・・じゃあな」
順平は照れくささを隠すように、憮然とした顔で足早に立ち去った。
その背を見送るかおりの口元に、柔らかい微笑みが広がった。
2012年05月26日
(仮)さよならは言わないで-6
中学校から出てくる生徒たち。
るみ、携帯をいじりながら歩いている。
「るみー」
リカが後ろから駆けてくる。
「もう、先行っちゃうんだもん」
「ごめんごめん」
「今日でテストも終わったね」
「うん」
「昨日大変だったらしいわね。いきなりおじいちゃんが現れて」
「まあね」
「おじいちゃんとかおりおばちゃんがボロクソに言ってたけど、そんなに
ひどい人なの?るみのおじいちゃん」
「よくわかんない。お母さん何にも言わないし」
「大人は何でも複雑にしやうからな、大したことないのかもね」
「じゅんじゅんって、けっこうすごいんだ」
「誰?新しいアイドル?」
るみの携帯を覗き込むリカ。
カメラマン組織のホームページに、順平についての記事がある。
「誰よ、このおじさん」
「おじいちゃん」
「あ、この人なの」
「そう」
『柴田順平、社会問題をテーマにした写真で知られるカメラマン。1970年
交通問題を扱った"激化する交通戦争”で、第×回協会グランプリ受賞。
その後も山谷の労働者や断絶世代の若者たちを、斬新な構図で表現。高い
評価を受ける。1990年ニューヨークに渡り、社会の底辺に暮らす人々の
写真をとり続けている。今月6日より、銀座スペース21にて、20年
ぶりに日本での写真展が開催される』
「わりかし有名なんだ」
「そうみたい」
「ねえ、テストも終わったしさ、アイス食べに行かない?」
「ごめん、私、これから用があるんだ、アイスはまた今度にして、じゃね」
るみは携帯を持っている手を振り、駅の方に駆け出した。
「付き合い悪いんだから」
駅ビルの中の書店。
料理のレシピ本を手に取り、書棚を眺めながらレジの方に向かっていた
かおりは、写真集のコーナーで、順平の名前を見かける。『彼らの笑顔』
という写真集だ。写真集を書棚から出しページをめくると、子供たちの
笑顔が並んでいた。最後のページに、「あとがきに代えて」という短い文と
幼い明子の写真が載っていた。
『ふやけた社会へのアンチテーゼとして、綺麗ごとではない写真を撮って
きた。地べたを這いずり回り、自分がどこに立っているかさえ解らなく
なる毎日だった。そんな俺を、いつも原点に引き戻してくれた写真がある。
何の変哲もないその写真の笑顔が、俺の20年を支えてくれた。この写真集は
その笑顔への感謝でもある。「ふやけやがって」と思うやつは、そう思え。
Thank you for umail』
かおりは何か思うように、幼い明子の笑顔を見つめた。
銀座スペース21、額に入った"激化する交通戦争”を中心に、70年代から
現在までの順平の写真が飾られている。中年の夫婦と、初老の男性が写真を
ゆっくりながめている。写真集の積まれた長机の前に座る、受付の女性。
ドアが押し開き、制服姿のるみが入ってくる。
「あの」
「はい?」
「柴田さん、いますか?」
「どちらさまでしょう?」
受付の女性が怪訝な顔で尋ねた。
るみは、いかにもこの場所には不似合いだったのだ。
「えーと、孫です」
「あ、そうですか、少々お待ちください」
女性が奥へ引っ込むと、待つほども無く順平が現れた。
「どうしたんだ、お前」
「あ、じゅんじゅん」
「とにかく出よう」
順平は、るみを押し出すように会場の外へ出た。
銀座の裏通りにある小さな喫茶店。向かい合って座る順平とるみ。
「よくここがわかったな」
「ネットで調べたの」
「便利な世の中になったもんだ」
ウェイトレスが注文の珈琲とレモンティーをふたりの前に置いた。
「でもさ、じゅんじゅんすごいんだね、ビックリしちゃった」
「なんだ、そのじゅんじゅんってのは」
「だってさ、おじいちゃんて呼び方、なんか恥ずかしいんだもん。
じゅんじゅんの方が気軽に言えるの」
「俺はそっちの方が恥ずかしいよ」
「ウフフ」
「えーと、名前なんだっけ?」
「るみ」
「いい名前だ」
「私も気に入ってるの」
順平は煙草に火をつけた。
「じゅんじゅん、お砂糖いくつ?」
「ブラックでいいんだ」
「あ、メタボ気にしてる系なんだ」
「そうじゃねえよ」
「ねえねえ、チーズケーキ食べていい?」
「え?ああ」
「すいませーん」
昨日会ったばかりだというのに、るみは以前から知っているように遠慮なく
振舞っている。順平は、乙姫に惑わされる浦島太郎のような気分になった。
「変な女の子だな」
「そりゃそうよ、じゅんじゅんの孫だもん」
「調子狂っちまうよ、全く」
「気にしない、気にしない」
「ここに来たこと、お母さんは知ってるのか?」
「メールしといた」
「そうか・・」
「ねえ、もうウチには来ないの?」
「お母さんに嫌われてるからな」
「そんなことないよ」
「どうして?」
「おばあちゃんのことで怒ってるだけなんじゃない?、じゅんじゅんの
ことは嫌いじゃないと思う」
「・・・だといいけどな」
「メアド教えて」
「なんだ、そりゃ」
「メールアドレスよ」
「携帯まだ持ってない。パソコンならあるけど」
「じゃ、書くもの貸して」
「ああ」
順平はメモ帳を出そうと、ポケットの中の物をテーブルに並べた。こうしな
いと、何がどこにあるかわからないのだ。「だらしないわねえ」と昔オリエ
に言われたことを思い出した。さっき買ったフィルター、輪ゴム、食べ残し
のガム、財布と並べて、ようやくメモ帳を見つけた。
「ほら、これに書け」
るみは、財布を手に取り、中を見ている。
「札束なんか入ってねえぞ」
「この写真、お母さんも持ってたよ」
写真集にも載せた幼い明子の写真を、財布に入れていたのだ。
「この写真、じゅんじゅんが撮ったんでしょ?」
「・・ああ」
「お母さんね、この写真、大事に取ってあったよ。じゅんじゅんが嫌いなら
捨てちゃうんじゃない?」
「・・・」
「お母さん、意地っ張りだから、すぐには無理だろうけど、少しずつ仲良く
なれると思う。親子なんだもん」
「・・そうだな」
るみの言葉で、順平は昨日までの沈んだ心が、少し晴れたような気がした。
2012年05月25日
(仮)さよならは言わないで-5
綾香の美容院。思い思いの場所に座っているかおりたち。
建造、ソワソワして窓から表を見ている。
「座ってなよ」
「え?ああ」
「でも驚いたわねえ」
「アッ子ちゃんのお父さん、死んだんじゃなかったっけ?」
「違うわよ。アメリカに写真を撮りに行って、それっきりだったの。
ねえ、お父さん」
鏡の前で髪をとかしながら春代が言った。
「死んだも同じだ。オリエさんとアッ子ちゃんを置き去りにしたんだから」
「顔見てわかんなかったのかい?」
煙草に火を点ける綾香。
「結婚式で一度見かけただけだからね」
「なんで急に現れたのかしら?」
「さあ」
「お金でも借りにきたんじゃないの?」
「それはあるね。身なりもパッとしなかったしな」
「もしそんなことしやがったら、ただじゃおかねえ!四つに畳んでそこの
川に流してやらあ」
「よしなさいよ、みっともない」
「アッ子ちゃん、どうするのかな?」
「どうするって、あんあ男に父親の資格なんてないわよ」
「ああ、何か言ってきたら返り討ちにしてやるさ」
「お姉ちゃんのたちの武勇伝が増えそうね」
カランコロンとドアのベルが鳴り、客が入ってくる。
「いらっしゃいませ。ほら、客じゃない人は帰った帰った」
菜々美、客を鏡の前に座らせる。
かおりたち、店を出て行く。
安ホテルの一室。
くわえ煙草で寝転んでいる順平。所在無げにソファに座っている玄一。
順平の脳裏に、さっきの出来事が甦る。
「まさか・・・お父さん」
「お父さん?」
順平と明子を交互に見るかおりたち。
照れたように口元で微笑む順平。
「・・・」
「元気そうだな」
順平、サングラスを外して笑顔で語りかける。
「・・・」
「安心したよ、俺な・・」
「帰って」
「?」
「帰ってください、あなたとお話することはありません」
固い表情のまま答える明子。
「・・・わかった・・ちょっと様子見に来ただけだから・・じゃな」
順平、サングラスをかけ、そのまま立ち去る。
慌てて後を追う玄一。
携帯の呼び出し音で、回想から引き戻される順平。
「ああ、私だ・・うん、そのことは昨日の打ち合わせ通りやってくれ
うん?ああ、夕方には事務所に戻る・・ああ」
玄一、携帯をポケットにしまう。
「急がしそうだな」
「え?まあ、貧乏ヒマ無しですよ」
順平、ベッドから起き上がり窓の前に立つ。
「それにしても、アッ子ちゃん、すっかり大人の女性でしたねえ」
「あたりめえだろ、子持ちだぞ」
「何となくオリエさんに似てましたよね」
「・・・」
「やっぱり親子なんだなあ」
「お前、もう帰れ」
「なんですよ、急に。久しぶりに会ったんだし、どっかで一杯やり
ましょうよ」
「いいから帰れ。社長さんを引き止めちゃ、申し訳ねえからな」
「先輩」
「ああ?」
「あの・・・大丈夫ですか?」
「なにが?」
「アッ子ちゃんにあんなこと言われたから、ひょっとして・・」
「俺がこっから飛び降りるとでも思ってんのか?」
「いえいえ、先輩は殺しても死なない人ですから」
「どういう意味だ」
「ただあの、自棄になって無茶するんじゃないかと思って」
「あほんだら、俺はもうすぐ還暦だぞ」
「いやあ、先輩に歳は関係ないでしょ」
「とにかく帰れ。何もしねえから」
「お願いしますよ、ホントに」
「ああ、わかってる」
「それじゃ、また連絡します」
玄一、心配そうな顔で出て行く。
「あいつの心配性もかわんねえな」
嬉しそうに微笑んで見送る順平。
新橋ガード下、焼き鳥屋「鳥平」。
10人も入ればいっぱいになってしまう狭い店内。煙と煙草の煤で変色
した壁と黒光りした柱が、この店の長い歴史を物語っている。
立て付けの悪いガラス戸が開き、順平が入ってくる。
隅の空席に座ると、ビールと焼き鳥を頼む。
主人の忠助は、酔客に小言を言いながら焼き鳥をウチワで扇いでいる。
順平はビールを飲みながら、そんな様子を懐かしそうに眺めていた。
「へい、おまち」
忠助が順平の前に焼き鳥を置いた。
「かわらねえな、親父さんも」
「初めての客に、そんなふうに言われる覚えはねえよ」
「焼き鳥の味は同じでも、目は耄碌したらしいな」
「なんだと?」
「忘れたのかい?俺だよ」
順平はサングラスを外し、人懐っこい目で笑った。
「うん?お前さんどっかで・・・ひょっとして順公かい?」
「ああ、しばらくだな」
「おめえ、生きてやがったのか」
「当たり前だろ、そう簡単にくたばりゃしねえよ」
「憎まれっ子世に憚るってやつだ」
「ハハハ」
「おめえたしか、外国に・・」
「アメリカに20年。先月、帰ってきたんだ」
「里心でもついたのか?」
「まあ、いろいろな」
忠助は新しいビールの栓を開け、順平のコップに注いだ。
「俺のおごりだ」
「ありがと」
「気色悪いこと言うな、こそばゆいぜ」
「アハハ」
順平は忠助とは、再会を喜び酒を飲んだ。たわいない会話が、やけに
懐かしい。20年ぶりなのに、昔通りに笑いあい、語り合った。
「いいな、やっぱり」
「これが男同士てもんよ。女相手じゃ、こうはいかねえ」
「だめかな?」
「女ってやつは過去に生きてるからな」
「・・・過去か」
「何十年前の浮気を死ぬまで言いやがる」
「それ、親父さんの体験談でしょ?」
隣りの客が茶々を入れたので、それで話は終わってしまったが、順平の
心には今の言葉が、碇のように沈んでいた。
「それじゃ、ごっそさん」
「なんでえ、もう帰るのか?」
「また来るよ」
「20年後じゃねえだろうな?」
「ハハ、そんな先じゃお互い生きてねえだろ」
「バカヤロウ」
順平はカウンターに金を置いて店を出た。
千鳥足のサラリーマンを避けながら、日比谷通りをトボトボ歩く順平。
歩道に捨てられた古新聞が、夜風に舞って落ちた。
2012年05月24日
(仮)さよならは言わないで-4
商店街、蕎麦屋から出てくる順平と玄一。
「あー、食った食った」
「あんな蕎麦が700円だなんて、バカにしてるぜ」
「自分で払ったわけじゃないでしょ」
「ひと言多いんだよ」
商店街をブラブラ歩く二人。
近くのスーパーから、エコバッグを提げたかおりが出てくる。
バッグの中には買ったばかりの肉。
「あ、トマト無かったんだわ」
八百屋の店先にリンゴが並んでいる。
「美味しそう」
リンゴに手を伸ばすかおり。横から同じように伸びてきた手が、リンゴ
ではなくかおりの手をつかむ。
「キャ!なにするの!」
思わず手の主の頬を引っ叩く。
「イテエ!」
目の前に、頬を押さえて立っている順平。
「何しやがんだ、バカヤロウ!」
「あたしの手を握ったでしょ!この痴漢!」
「痴漢?冗談じゃねえや、誰が年増の手なんか握るかよ!」
「まあー、失礼ね!」
「失礼なのはどっちだよ、いきなり人の顔引っ叩きやがって。どういう
つもりなんだよ!」
順平、かおりの腕をつかむ。
「離してよ!」
「ちゃんと謝れ!」
買い物客がふたりの周りに集まってくる。
お節介そうな中年女性がかおりに近寄る。
「どうしたんですか?」
「この人、痴漢なんです!」
「え?そりゃ大変。おまわりさーん!」
「ババアは引っ込んでろ!」
「ババアとはなんだい!」
中年女、食材の入ったビニール袋で順平の頭を叩く。
「イテエ!やめろやめろ!ゲン、なんとかしろ!」
「アワワ、あのですね、これは誤解で・・」
「誤解も六回もあるかい!」
見かねた八百屋の主人が、止めに入る。
「まあまあ、落ち着いて。店先なんだしさ」
「そうですよ。みなさん、落ち着いて」
騒ぎを聞きつけた警官が、自転車でやって来る。
「どうしました?」
「痴漢です!」
「違うったら!」
「ここじゃなんですから、交番まで来てください」
「なんで俺が交番に行かなきゃなんねえんだよ!」
「逮捕されたいんですか?」
「いえ、行きます」
即座に答える玄一。憮然とした顔でかおりを見る順平。
交番、警官の前に座っている順平と玄一。
「話はわかりました。単なる誤解と、こういうわけですな」
「もちろん!」
「奥さんもいいですね?」
「誤解とは思えないわ」
「どうしてですか?」
「だって、いやらしい顔してたんですよ、この人」
「人がどういう顔しようが自由だろ!」
「フン!」
「まあまあ、お互い大人なんですから、ここは穏便に済まそうじゃ
ありませんか」
「そうですね」
「調子いいんだよ、お前は」
「それじゃ、失礼します」
「おいおい」
「なによ」
「人を引っ叩いといて黙って帰る気かよ」
「もう一度叩かれたいの?」
「なんだと!」
「先輩!」
「捕まらなかっただけでも、ありがたく思いなさいよ。それから私
奥さんじゃありませんから」
かおり、つんとした顔で交番を出て行く。
「なんて女だ!」
「綺麗な人だなあ」
「バカヤロウ、テメエの目は節穴か。あんな女、その辺にゴロゴロしてるよ」
「そうですかねえ」
「ケッ!」
「ところであなた、えーと、柴田さん」
「あん?」
「中東に行ったことは?」
「何で?」
「国際手配されてるテロリストに似てるような気がして・・」
「俺がいたのはアメリカ!嘘だと思うなら成田の税関調べてみろ!」
「さっき調べました。確かに成田に記録がありましたがね」
「ほれみろ」
「でも、密入国って手もあるし・・」
「ば、ば、バカなこと言うな!俺はな」
「先輩、先輩、行きましょう、失礼しまーす」
玄一、順平を引きずるように出て行く。
再び田中ビルの前に戻ってきた順平と玄一。
「まったく、とんでもねえ目にあっちまった」
「先輩、昔から誤解され易かったですもんねえ」
「バカヤロウ!」
玄一の頭を小突き、ポケットから煙草を出すが、箱の中は空。
「チェッ、ついてねえ」
コンビニに入る順平。仕方なくついていく玄一。
「いらっしゃいませえ」
「ショートピース」
煙草の並んだ棚に目を近づけ、ショートピースを捜す春代。
「一番左の上から三番目だよ」
「一番左の上から三番目・・・」
春代、ショートピースを探し当て、足元のダンボールにぶつかながら
レジの前に戻る。
「410円です」
順平、金を置いて煙草を手に取る。
「ありがとうございました」
見当違いな方向を見て愛想笑いをする春代。
呆れ顔で出て行く順平。
コンビニの前で煙草の封を開け、一本くわえる。
少し遅れて出てきた玄一、缶コーヒーを差し出す。
「いつの間にかっぱらったんだ?」
「人聞きの悪い。ちゃんと買いましたよ」
「そうか」
煙草に火を点け、缶コーヒーをひと口飲む。
「これからどうします?」
「どうするって・・」
コンビニ横のコーポの入口から、私服に着替えたるみが出てくる。
「あれ?」
「あ、君はさっきの」
「ここに住んでるのか?」
「ええ、おじさんたち、何してるんですか?」
「ちょっと野暮用でな」
「ふ〜ん」
酒屋の前掛けをした建造が、ゴミ袋を持って出てくる。
「るみちゃん」
「あ、おじさん」
「何してるんだい?」
「別に」
建造、順平たちを上から下までしげしげと見る。
「あんたたち、見かけない顔だねえ」
「え?」
「そういや、怪しい男がうろついてるって学校のプリントにあったなあ」
「なんだよ、変な目で見やがって」
「るみちゃんに何の用だい?」
「ちょっと立ち話してるだけだよ」
「立ち話ねえ」
疑り深い目でジロジロ見る。
「ゲン、行こう」
「そうですね」
「あ!」
買い物袋を抱えたかおりが、小走りで近づいくる。
「あ!さっきの女!」
「ちょっとあんたたち、何してるのよ!」
「何にもしてねえよ」
「かおり、お前の知り合いか?」
「冗談じゃない。こいつ痴漢よ!」
「痴漢!やっぱりそうか、お前るみちゃんを狙って」
建造、順平の襟首をつかむ。
「やめろ!やめろってんだよ!」
「うるせえ!るみちゃんは俺の親友の息子の一人娘だ。何かあったら
親友に顔向けできねえんだよ!」
「親友の息子の一人娘?赤の他人じゃねえか」
「黙れ、痴漢野郎!」
建造、順平の襟首を締め上げる。
「く、苦しい」
コンビニから春代が出てくる。
「あんたたち、こんなとこで何してるのよ、誰?その人」
「るみちゃんを狙う痴漢だ」
「痴漢!」
「誤解だって言ってんだろ!」
慌てて隣りの美容室に駆け込んだ春代、綾香を連れて出てくる。
綾香、順平の腕を取ってねじ上げる。
「昼間っから痴漢とは、ふてえ野郎だな」
「違うったら!ゲン、何とかしろ!」
「あの、あの、この人はですね」
もみ合う一同。
仕事から帰って来た明子、騒動に気づき駆け寄る。
「あ、お母さん」
「どうしたの?」
「それがわかんないのよ。おじさんが急に怒り出して」
綾香に腕を捕まれ、身動きできない順平。
「イテテ、離せよ!」
「そうはいかないね」
「違うって言ってんだろ!」
順平の顔を見た明子、思わず息を呑む。
「まさかそんな・・」
「え?」
「・・お父さん」
「お父さん?」
驚く建造たち。
明子、瞬きもせず順平を見つめている。
順平と明子を交互に見る建造たち。
順平、照れたように口元で微笑む。
2012年05月23日
(仮)さよならは言わないで-3
喫茶店、向かい合って座る順平と玄一。
珈琲をひと口飲み、くわえ煙草で窓外の往来を眺めている順平。
玄一が話しかけても、生返事を繰り返すばかり。あきらめた玄一は
テーブル脇のブックスタンドから雑誌をて取り、パラパラとページ
をめくる。
「あれ?先輩、岩手に行ったんですか?」
「あん?」
「これ」
玄一が広げて見せたページには、被災地を写した白黒のグラビアが
載っている。隅に撮影柴田順平の文字。
「昔のダチに会いに行っただけだ」
「ふーん・・ああ、そうか、そうだったんですね、うん、そうか」
「なにひとりで納得してるんだよ」
「いやね、日本には戻らないって言ってた先輩が、急に帰国したのが
どうにも不思議だったんですよ。もしかしたら大病でも患って、余命
少ないのかなあとか」
「人を勝手に重病人にするな」
「でもこれ見てわかりましたよ。震災の惨状を見て、アッ子ちゃんの
ことが心配になったんでしょ?親子の絆、いいもんですねえ」
「だからお前は単純バカだって言われんだよ」
「どうしてですか?誰かが誰かを思いやるのが絆でしょ?」
「絆ってのはな、そんなお子様ランチの世界じゃねえんだよ」
「じゃ、なんなんですか?」
「馬や牛を繋いどくことを絆って言うんだ。簡単に言や、束縛するって
ことさ。男と女は別れりゃ他人だが、親子の縁は切りたくっても切れねえ
クソ親父と思ってても、他人にはなれねえのさ。だからおもてえんだよ」
「・・・先輩」
「別に、泣いて抱きついて欲しいわけじゃねえんだ。まっとうに暮らして
ることが解れば、それでいいのさ・・」
順平は二本目の煙草に火を点けると、目をしばたたかせた。
煙が目に染みたのか、涙を隠したのか、玄一にはわからなかった。
喫茶店を出たふたりは、近くの公園に行った。
「アッ子ちゃんの勤め先に行ってみますか?」
「いや、いい」
どこかの工場から、昼を知らせるサイレンが鳴った。
「あ、もう昼か。道理で腹が減ると思った。そばでも食います?」
公園の滑り台で、親子連れが無邪気に遊んでいる。
順平はカメラを出すと、親子連れにレンズを向け、シャッターを切った。
「平和だな」
「はあ」
順平が向けているカメラのフレームに、制服姿のるみが入り込んでくる。
その顔が何故か気になり、順平はるみの姿をレンズで追っていた。
「ワン!」
カメラから目を放すと、リールから解き放たれた大型犬が、猛スピードで
るみの方に走ってくるのが見えた。
「危ない!」
声を出したのと殆ど同時に大型犬がるみぶつかり、るみは前のめりに地面
に転んだ。駆け寄る順平と玄一。
「大丈夫か?」
るみは膝を押さえて、痛そうに顔をゆがめている。石で切ったのか、血が
滲んでいる。犬の飼い主が慌てて近づいてきた。
「す、すいません」
「バカヤロウ!ここは犬の運動場じゃねえんだぞ!」
「そうですよ、子供が怪我したらどうすんですか」
「ど、ど、どうも」
飼い主は犬をリールに繋ぎ、バツの悪そうな顔でそそくさと立ち去る。
「ふざけた野郎だな」
「全く」
「血が出てるな、ゲン、なんとかしろ」
「なんとかって言われても・・・」
「いいからやれ!」
るみをベンチに座らせ、玄一がバンドエイドを渡す。
「なんでそんな物持ってんだ」
「撮影の小道具ですよ」
「フン!どうせ、いかがわしい撮影だろ」
「ひと聞きの悪いこと言わないでくださいよ」
るみは、バンドエイドを膝下に貼る。
「大丈夫かい?」
「はい、ありがとうございした」
るみは跳ねるように立ち上がると、ペコリと頭を下げた。
「高校生?」
「いえ、中学3年です」
「学校さぼったのか?」
「違いますよォ、今日は中間試験だから、学校は午前中までなんです」
「ふ〜ん、ま、寄り道しないで帰れよ。こいつみたいなスケベ親父に
声かけられるからな」
「先輩!」
「ウフフ、それじゃ失礼しまーす」
るみは小鳥が舞うように、軽いステップで公園を出て行った。
「かわいいなあ、ウチのプロダクションにスカウトしようかな」
「お前んとなんか、一億積まれても断るってよ」
「わかってないんだから。ま、先輩の目は節穴だからな」
「うるせえ!行くぞ」
「いい気なもんだよ、ここまで付き合ってやってるのに」
「なんか言ったか?」
「空耳でしょ」
「ああ、そうか」
歩き出す時、わざとらしく玄一の足を踏む。
「グエッ!」
「カラスが絞め殺されたような声だすなよ、みっともねえ」
「なんでボクがこんな目に・・」
先を立って歩く順平、足を引きずってついて行く玄一。
2012年05月22日
(仮)さよならは言わないで
※先も決めずに書いています(笑)
××商店街の外れに、4階建てのビルがある。2階から上がコーポ田中
というアパートで、1階にはコンビニと美容室が入っている。元々は
田中酒店という酒屋だったのだが、バブル時代、倉庫用に使っていた
土地が目の玉が飛び出るような値段で売れたたため、ビルに立て直し
たのだ。祖父の隆三が闇市から始めた酒屋を、息子である建造が継ぎ
細々と商売を続けていたが、長女春代の強い要望でコンビニに改装。
建造は今でも酒屋に未練があるのか、酒屋時代の前掛けをつけて店に
出てくるので、そのたびに春代から嫌味を言われていた。
春代の夫秀治は入り婿で、妻に頭が上がらない。来年定年を迎えるが
マイホームのローンが残っているので、当分ゆっくり出来そうにない。
外人娘と結婚した一人息子の公平は、ニューヨークに住み、めったに
家には寄り付かない。
次女かおりは、コーポの最上階に建造と住み、近所の子供たちにピアノ
を教えている。50台とは思えない清楚な美人だが、若くして夫と死
に別れているので、時折表情に影が走ることがある。姉妹の中で一番
の父親思いだ。
美容室の女主人である三女綾香は、男まさりの性格で、美容師に似つ
かわしくない武道の達人でもある。中学生の娘リカの母でもあるが
結婚という形式にこだわらなかたったため、戸籍上は未婚のままだ。
美容室でパートの美容師をしている末っ子の菜々美は、お喋り好きな
平凡な主婦だ。商社に勤める夫は九州に単身赴任中、小学生の息子と
娘との三人暮らし。
綾香の娘リカと、明子の娘るみは同級生で親友同士。そのため、明子
と綾香も親しく、かおりは自分の身と重なるのか、何かと明子親子の
世話をやいている。
朝、るみとリカが登校し、明子が勤めに出た後、順平と玄一がアパート
にやってくる。
「先輩、ここですよ」
「なんか、しょぼいアパートだな」
「母子ふたり暮らしですからねえ、いろいろ大変なんですよ」
2階の明子の部屋の前に立つふたり。
「いよいよ世紀のご対面ですね」
チャイムに指を伸ばす玄一。
「ちょっと待て!心の準備が・・」
「なんですよ、ここまで来て」
「こういうことはな、最初が肝心なんだよ。だいいち、なんて言や
いいんだ?」
「おはようございます」
「バカヤロウ、御用聞きじゃねえんだぞ!」
「そんなこと言われてもですね、こういう時は素直にぶつかるのが
一番いいんじゃないですか?」
「それが一番難しいんだよ!お前と違って俺はデリケートなの」
「へっ、バリケードみたいな顔してるくせに」
「なに?」
「いや、別に。とにかく、ここでグダグダ言っててもしかたないでしょ」
玄一、チャイムを押す。
「あ、ああー!」
ソワソワする順平。だが、中から返事はない。
「留守みたいですね。あ、そうか」
「なんだ?」
「彼女、朝9時から近くのスーパーで働いてるんですよ。きっともう
出かけちゃったんですね」
「だったら、それを先に言え!ドキドキしちまったじゃねえか」
「ウフフ、以外に気が弱いんですね」
「気持ち悪い笑い方すんな!」
玄一の頭を小突く順平。
相手が留守では仕方がない。
ふたりは、近くの喫茶店で時間をつぶすことにした。

