2006年03月12日
[ 「スローフードな日本!」作家島村菜津さん
【3月9日(木)】(いろいろあったので、ランダムに記録)
この日のお客さんは「スローフード」の提唱で知られるノンフィクション作家島村菜津さん。昼に柳井で講演を行った。その講演の進行をつとめた、県内で交流事業をコーディネイトするNさんが鯛の里にお連れになった。初対面であるはずなのに、どうもそんな気がしない。明るくてテンポがいいのだ。
スローフードの取材でイタリアと日本を行ったり来たりするそうで、イタリアの陽気な気質がこの島の気質に似ているのだろうか、島村さんには島の香りがするのだ。その明るい性格にすっかりファンになってしもうた。
地元からは、S.O.comのEくん、グリーンツーリズム関係のNPO事務局のTさん、農林関係の地元事務所Kさんと、広島からカラオケ好きのなじみの記者Sさん。論客のうるさいメンバーである。夜遅くには出張から帰った住職も加わった。
酒も一升瓶2本以上が転がる酒豪そろいでもある。他にも生ビール、焼酎などなど・・・・。
話も多岐にわたり、いろいろありすぎてぜーんぶ忘れた。(おいおい・・・)
フードは風土で生まれ育つ。この島流にいえば、身の丈の食卓であろうか。畑で取れ、海で捕れるもので生活をする。というかそれで済ます。足らないものだけ買えばよい。つまり足るを知るということだ。菜津先生からはもっといろいろな話が聞けそうだ。今一度、食を考えてみようっと。
【3月10日(金)】
いつ寝たのだろうか。テーブルの下には、.comのEくんが転がっている。そういえば2時は過ぎていただろうか。Eくんがラーメンを食べたいと言うので、当店特製の味噌ラーメンを夜中に作った記憶がある。いや〜旨いと、スープまで全部たいらげた。
(朝)・・・・・7時か。そろそろ起きなくてはと思っていたら、肩をツンツン。目を開けるとTさん。「あの、仕事がありますので、先に失礼します」。(あらあら、どうしましょ。朝ごはんも作ってやれなかった)
8時過ぎには皆さん起きてきた。しかし、.comEくんはまだ転がっていた。
茶粥の朝ごはんも済ませ、再会を約束し、菜津先生と玄関先で記念写真を撮り、鯛の里を後にされた。ご縁をいただいたコーディネーターのNさんには感謝。宮本常一の視点で人をつなぐ、いまでは良き仲間である。
(この日のお客さんは一般の方なので、プライバシーの問題もあるので書きません)
【3月12日(日)】雨のち曇り
10時頃に、ボランティア・ガイドの会長の高田さんが、ガイドをうける熊本から来たTさんと挨拶に来られる。宮本常一のファンで、ウチに予約を申し込まれたのだが、すでに先客が予約をしていてお受けすることが出来なかった。にもかかわらず訪ねてくださって嬉しい。次回は是非鯛の里でと、挨拶する。
その後、郷土大学役員の(どういうわけだか人呼んで稲垣五郎と呼ばれる)山根さんが、郷土大学、読む会などの打ち合わせに来る。彼が担当していた郷土大学のNPO法人の手続きが今月には完了するらしい。なんとか新年度に間に合って良かった。
※上の写真は島村菜津さんのサイン
※著書の「スローフードな日本!」
http://www.d3.dion.ne.jp/~shouji/sub82.htm
2006年03月08日
漁師になるための支援策
午後、役場水産課の職員の方が、百選に選定されたのをうけて、紹介のページを作りたいので、沖家室の祭りなど、行事を教えてほしいと訪ねてきた。職員の方も、この沖家室を推して良かったと、喜んでいた。
パンフをいただいたので、載せてみた。
表紙
http://www.d3.dion.ne.jp/~shouji/sub78.htm
県内選定箇所
http://www.d3.dion.ne.jp/~shouji/sub79.htm
選定趣旨
http://www.d3.dion.ne.jp/~shouji/sub80.htm
選定委員
http://www.d3.dion.ne.jp/~shouji/sub81.htm
ちょうど良い機会だったので、「若い夫婦がこの島に移り住み、漁業を始めるから町の支援策があれば教えて欲しい」とお願いをした。「担当課に伝えておきます」と応えられた。
その後、役場から担当の職員の方から電話があった。
「サイト上に『海鳴りネットワーク』というのがあるので、そこに支援事業が紹介されているからみてください」
開いてみた。
http://www.uminari.pref.yamaguchi.jp/
が、どうも本人の希望するこの沖家室で支援をうけることは難しいようだ。興味ある人はサイトをご覧いただきたいが、選任された指導員のもとでの修行が条件となっている。この地区(旧東和町)には油宇に一人いる。つまり、この沖家室の伝統的な一本釣りを古老学びたく、例えば、ウチの父が教えようとも、ウチの父が指導員として登録しなければ支援は受けられないしくみになっているのだ。それが悪いというのではない。80歳近くのウチの父が指導員の資格をとれといっても、もはや「エエで」とは言わんだろうし、そんな悠長なことは言ってられない。
では頼りはこの町の独自の支援策なのだが、サイトを紹介してすますようでは、期待は薄かろう。
さしむきは準組合員として登録し、周りの漁師に指導を仰ぎながら、正組合員に登用されるまで自力で頑張るか、あるいは本人が沖家室に住みながら、指導員の下に通うとすれば月額15万円の助成が受けられる。研修期間は2年間。あとは本人がどうするかだ。
2006年03月07日
船出間近
一才の子連れ20代後半の若夫婦がホントに引っ越してくることになった。住む家の家主にはすでに挨拶をすませた。ウチの父と若漁師ペ・横チンが後見で来月から猛特訓が始まる。漁業で暮らすのは決して楽ではない。食っていけるのかどうか。いや、もし食っていけなかったら、この漁村そのものの将来が問われる。畑もある。ワザも伝授される。船も世話をする。可能な限り支援体制は探ろうと思う。あとはこの若夫婦の頑張りに期待するのみだ。写真拡大
http://www.d3.dion.ne.jp/~shouji/sub77.htm
2006年03月05日
伊陸の棚田
きょうはひな祭りということで、海外の自宅にいる妻と娘にと、大島大橋手前にある「菓子乃季」でケーキを買って帰る。娘が「やったー:と喜んだが、妻は先日の健康診断で胃にポリープが見つかったということで、翌日内視鏡検査を受けることになり、食事制限で食べることが出来なかった。子どもたちは美味しそうに食べた。
3月4日(土)快晴
きょうの予約の客がキャンセルとなったので、土曜日でもあるし、自宅にいることにした。昼頃、妻から悪性ポリープではなかったと連絡が入り、ホッとした。
時間がとれたので、ブログの設定をした。それがこのブログなのである。ハッハッハ!!
3月5日(日)快晴
きょうは移動性の高気圧の真ん中にあるとかで、そういえば春の日差しが気持ちよい。カムロに向けて家を出る10時頃、みずのわのドラねこしゃちょーからケータイがかかってきた。
「まいど まいど ねこしゃん大魔王でごじゃいましゅ〜〜」
(ハッハッハ!! なんじゃ そりゃ)
「松本っさん、そっちは桜がいつころ咲くでごじゃいますかね? 今年はちょっと早くなるそうで・・・・」
「ほじゃの。例年だと回向に咲き始めて回向で散るんじゃが、今年はどうじゃろの。ヤクジョのヨッちゃんが桜情報を出すんじゃないかの」
「ほで ほで」
その後、ふだんは大竹から高速に入るのだが、きょうは久しぶりに国道を通った。岩国駅方向には向かわず、2号線をそのまま走り、岩国インター前を通り過ぎた。錦川の川面はキラキラ光り、霞がかった山はすっかり春の装いである。
柳井で買い物があるため、伊陸地区の方へ向けた。ところでこの「伊陸」、なんと読むか知ってますか? イカチと読みます。伊陸の読み方を知らなくても、イカチを知る人は多い。肩が痛い、腰が痛いというと、決まったように「イカチへ行け」という。神業ともいえる整体師がここにいるからだ。伊陸交差点を大島方面(左)に曲がると左手にすぐに建物が見える。ただし、すでに代替わりしているそうで、いまどうなのかは知らない。
この地区を車で走ると実に気持ちよい。棚田が広がる田園風景はまさに絶景。四季折々に美を演出する。かつては雪深いところでもあったのだろう。茅葺屋根の形を残した三角屋根がところどころに見当たる。もちろんすでに茅葺ではなくて、トタン屋根などだ。
やはり季節は変わりつつある。田んぼが少し緑がかってきた。海で育ったぼくにはたまらなく新鮮なのだ。
ひと月もすれば青色黄色の花が芽吹いてくる。
写真の拡大はこっち↓
http://www.d3.dion.ne.jp/~shouji/06.3.5-2.jpg
2006年03月04日
引っ越してきました
今までホームページで日記を掲載していたのですが、ナマカじゃなかった仲間の勧めでブログに引っ越してきました。
よろしくお願いしまーす。
前の日記はホームページをみてね。
http://www.d3.dion.ne.jp/~shouji/sub76.htm
それから、この沖家室が、
水産庁選定「未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選」に選ばれました。
漁村風景を写真で紹介していきます。プロ・アマカメラマンの名前入りで登場します。ご期待ください。
拡大写真は
↓
http://www.d3.dion.ne.jp/~shouji/06.3.4-2.jpg
★民宿 鯛の里の情報は
HP「よう来たのんた沖家室」へ
http://www.h3.dion.ne.jp/~kamuro/

