2004年08月09日
文系的、理系の人々
おつかれー。みんなおつかれー。晩飯食ってストレスモリモリー。ああスタミナか。どっちでもいーんだよ。
つーことで。さーーーて、なんか書くか。
俺様の仕事は基本的にアレっつーか、それなわけだが、まーようするに理科系のズノー労働系な仕事をしてたりするわけだ。フッフフフフ。
でだ。そゆ現場でここんとこ目につくっつーか目についたよーな気がすることについて書くこととする。
日本ちう国は世界的に見てもわりかし理系に強いよーなイメージがあったりして、外人的に日本つーと寿司とか天ぷらとか芸者とかフジヤマとかチョンマゲとかサムライとか以外には、アキハバーラ、デンキガーイとゆーイメージがあるように思われる。ようするにチョンマゲが電気街歩いているようなイメージだ。
そんな世界に誇る優れた理科系野郎、理科系美少女(いねーよってつっこみはなしな)たちがいまくる日本であったわけだが、最近はそんな感じが薄くなってきてんじゃねえのかオヤジ!?みたいな雰囲気になってきつつある。らしーよ。
というのも、技術開発の現場であるにも関わらず、ものすんげー基本的な技術ですら疎いやつが平気でいたりするし、何ヶ月もプロジェクトに関わっているのに一向にその技術に詳しくなかったりするやつがいたりするからだ。
で、そーゆーやつは大半どこぞのアホ大学出なのかと思ってしまうわけだが、これがさにあらず。意外にも有名なとこの出だったりする。そして、技術うてーなーという反面、文書書いたり、英会話したりとかいう文系方面には意外と強かったりするので益々もって、あ?なんだこいつ?とか思ってしまうわけなのだ。
今回はここら辺のメカニズムをちと解明してみようかと思う。
そもそも有名大学だのは選抜試験で入るわけだが、これはほぼすべてペーパー試験である。そして試験内容はすべて教科書や参考書に書いてあるわけだ。書いてあることを把握して暗記すればいい点が取れてしまう。
卒業に際しても、ペーパー試験以外では発表だの論文だのをクリアすれば良い。どっちも言述中心であり、それなりの理屈でもっともらしいことを言えば通ってしまう程度のものであって、実際の技術がどんなに世の中で通用しないヘナチョコなものであろうと関係ない。大半の教授連中は論文と発表だけ見て、現物を一切見ようともせずに評価を行う。
つまりは、日本においては理系と言えども大半の通過点が言述のやり取りだけを通じて審判されるということである。もちろん、必修で実習科目などもこなすわけだが、これができてるかどうかも最終的には提出したレポートで判断される。要するに技術のことなんざよく分かってなくても、要領よく文章書いて巧いことしゃべっておけばスイスイ通過できてしまうのだ。
天下一レベルの科学技術をバンバン排出してきたかのMITはなによりも実技を重んじ、「実技できねーやつは卒業させねー」みたいな雰囲気でやっているそーだが、日本は割とそうでもない。いわば理系ですら「文系的に」評価を行ってしまう。
こういう日本の傾向は学校に限らず企業などでも割と強く現れていて、実践的でない詰め込み的な意識でずーっと素直にやってきた連中ばかりで作られた組織たらしさを如実に現している。
とゆーことで、日本て社会はもともとかなり文系社会だったわけで、今までは時折才能のあるやつが出てきて時折はいい夢見れたのかもしれんが、これからはそーはいかんぜーへっへっへっと別に思ってもいないことを長々と書き綴ってみたがどうか。
つーことで。さーーーて、なんか書くか。
俺様の仕事は基本的にアレっつーか、それなわけだが、まーようするに理科系のズノー労働系な仕事をしてたりするわけだ。フッフフフフ。
でだ。そゆ現場でここんとこ目につくっつーか目についたよーな気がすることについて書くこととする。
日本ちう国は世界的に見てもわりかし理系に強いよーなイメージがあったりして、外人的に日本つーと寿司とか天ぷらとか芸者とかフジヤマとかチョンマゲとかサムライとか以外には、アキハバーラ、デンキガーイとゆーイメージがあるように思われる。ようするにチョンマゲが電気街歩いているようなイメージだ。
そんな世界に誇る優れた理科系野郎、理科系美少女(いねーよってつっこみはなしな)たちがいまくる日本であったわけだが、最近はそんな感じが薄くなってきてんじゃねえのかオヤジ!?みたいな雰囲気になってきつつある。らしーよ。
というのも、技術開発の現場であるにも関わらず、ものすんげー基本的な技術ですら疎いやつが平気でいたりするし、何ヶ月もプロジェクトに関わっているのに一向にその技術に詳しくなかったりするやつがいたりするからだ。
で、そーゆーやつは大半どこぞのアホ大学出なのかと思ってしまうわけだが、これがさにあらず。意外にも有名なとこの出だったりする。そして、技術うてーなーという反面、文書書いたり、英会話したりとかいう文系方面には意外と強かったりするので益々もって、あ?なんだこいつ?とか思ってしまうわけなのだ。
今回はここら辺のメカニズムをちと解明してみようかと思う。
そもそも有名大学だのは選抜試験で入るわけだが、これはほぼすべてペーパー試験である。そして試験内容はすべて教科書や参考書に書いてあるわけだ。書いてあることを把握して暗記すればいい点が取れてしまう。
卒業に際しても、ペーパー試験以外では発表だの論文だのをクリアすれば良い。どっちも言述中心であり、それなりの理屈でもっともらしいことを言えば通ってしまう程度のものであって、実際の技術がどんなに世の中で通用しないヘナチョコなものであろうと関係ない。大半の教授連中は論文と発表だけ見て、現物を一切見ようともせずに評価を行う。
つまりは、日本においては理系と言えども大半の通過点が言述のやり取りだけを通じて審判されるということである。もちろん、必修で実習科目などもこなすわけだが、これができてるかどうかも最終的には提出したレポートで判断される。要するに技術のことなんざよく分かってなくても、要領よく文章書いて巧いことしゃべっておけばスイスイ通過できてしまうのだ。
天下一レベルの科学技術をバンバン排出してきたかのMITはなによりも実技を重んじ、「実技できねーやつは卒業させねー」みたいな雰囲気でやっているそーだが、日本は割とそうでもない。いわば理系ですら「文系的に」評価を行ってしまう。
こういう日本の傾向は学校に限らず企業などでも割と強く現れていて、実践的でない詰め込み的な意識でずーっと素直にやってきた連中ばかりで作られた組織たらしさを如実に現している。
とゆーことで、日本て社会はもともとかなり文系社会だったわけで、今までは時折才能のあるやつが出てきて時折はいい夢見れたのかもしれんが、これからはそーはいかんぜーへっへっへっと別に思ってもいないことを長々と書き綴ってみたがどうか。
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「モテないという問題」はなぜ解決できないのか?
モテナイ評論家? ユビキタス社長 清水さん
問題解決大好きの理系がモテナイ論を解決できないのは、
解答が無いからでわ?と清水さんは書いている..
分母がゼロ x/0【▲▽ ゴッゴルな愛欲の解毒場 ▽▲】 at 2004年11月16日 08:52
理系の人々
よしたに
中経出版
¥ 1,000(税込)
ついに9/27に発売されます。
知りません?
ブログをどうぞ。
エンジニア★流星群 @Tech総..
理系の人、手ぇ上げて【ハズレ社会人】 at 2008年09月12日 16:12
あなたはテレビCMを見ているだけでお金をもらう権利があります
http://123.moto-nari.com/
テレビCMを見る【テレビCMを見る】 at 2009年08月10日 23:44
この記事へのコメント
過去記事ですが、面白かったのでリンクさせていただきました。
TBさせていただきます。
理系だったけど、レポートとかムチャムチャ書かされたので、それは社会にでて役立ちましたね。
報告書を書く練習に大学行ったみたいな気分です(笑)
TBさせていただきます。
理系だったけど、レポートとかムチャムチャ書かされたので、それは社会にでて役立ちましたね。
報告書を書く練習に大学行ったみたいな気分です(笑)
Posted by うな at 2004年11月16日 08:52

