2008年01月13日
エデンの遷都
あるところで、「エデンはアフリカ北部のどこか」という発言を見た・・・(ああ・・・懐かしいフレーズだ・・・)
確かに見た。はっきり見た。[^^:]誰のコメントとは言わんが。
この発言は、「あながち」間違いでも無いが、しかし正しくない。
「エデン」とは、通常聖書に描かれている人類発祥の地を言う。
神は最初の人間をそこに住まわせた。
「エデンの園」を検索してみると判るが、その候補地は「アルメニアかその近辺」であって、アフリカでは無い。
しかし「あながち」間違っていないのは、
・エデン=人類発祥の地
・人類発祥の地=アフリカ
・即ち、エデン=アフリカ
という三段論法に頼る限り、この答えは正当化され得るためである。
このバカで無知なコメントを残した平べったい中年は、きっと・・・いや間違いなくその様な根拠でアフリカをエデンと呼んだのである。
しかしアルメニア説の根拠となっているのは、そこが「ユーフラテス川の源流」だからで、聖書にエデンから「ユフラテ」が流れているという記述がある以上、エデンはアフリカではあり得ない。
一方人類発祥の地については現在ではアフリカというのが定説で、今のところエチオピアがその候補に上がっている。
この両方の説を同時に採用すると、三段論法の一つ目、「エデン=人類発祥の地」という前提が崩れる事となる。
とすると、聖書の記述は、これを以ってして、「誤りであった」となるのだろうか。
しかし・・・
聖書の著者-神であるか人であるかはさておき-は、比喩的・象徴的表現を多用する傾向がある事はよく知られている。
現在では聖書を全く記述通りに解釈する人はほぼいない。
記述通りに読み取れば、地動説からして否定せざるを得ない筈だ。
しかしエデンがもし、「人類発祥」ではなく、「ヨーロッパ人発祥」の地であったとした場合。
少なくとも、聖書の「人間の著者」の、その先祖が定住していた地域を示していた場合、アルメニアが候補であっても、決して不思議な事ではない。
その前提で書かれているこの記述によれば、アダムとイブは「ウルの洪水」を生き延びた人々の「悲劇からの再出発」を象徴している事になる。
だとすればこの時エデンで歴史を刻み始めた村人は、アダムとイブの二人だけでは無かったであろう。
この時代には、ホモ=サピエンスは既に地に満ちていたと思われる。
洪水に滅ぼされ肥沃な更地となったこの地に、辿り着き、定住を試みる流入者は沢山いて当然だし、洪水を生き延びた「原住民」も皆無では無かったと考えると、平和の象徴の様に描かれがちなエデンには似つかわしくない生臭い世界をイメージせざるを得ないが、その実がどうであったのか、まさしく神のみぞ知るところである。
しかし、アダムとイブは、今や聖書を信じる人々だけの象徴では無い。
人類共通の先祖、「ミトコンドリア・イブ」と「Y染色体・アダム」はアフリカにいたらしく(もちろんこのふたりは夫婦では無い。)、人類の源流を辿るに当たって重要な存在だが聖書に描かれている伝説とは直接には関係が無い。
それでも彼らをイブ・アダムと名付けるのは、聖書が人類の起源を語るものとして最も有名だからであろう。
そしてイブ・アダムの名が象徴するものは、「人類の発祥」である。
しかし、考古学がどこまで解明しようと、「にわとりが先か卵が先か」という命題よろしく、「どこからが人類か」というのは解決不可能な命題となるだろう。
その先は解釈論の世界である。
考古学的イブには「ミトコンドリア・イブ」の他に「出アフリカ・イブ」がいる。
これはアフリカ以外のすべての地域の民族の祖先であり、つまりアフリカからユーラシアに進出したグループの一員だった女性である。
ざっと10万年くらい前らしい。
このイブが経験した世界とは、アフリカを旅立ち、新天地を、恐らく海岸沿いにエジプトからインドへと人口を増やしては溢れ返って開拓を繰り返した時代である。
当然その途中にはアルメニアがあり、その肥沃な地が、その後の縄張り争いのるつぼとなった事は想像に難くない。
その果てにヨーロッパの開拓があり、その先に聖書の想定した古代があるとすれば、確かにエデンは、人類発祥とは別に、ユフラテの流域のどこかにあって不思議は無い。
しかし人を人たらしめた神が、初めて人を誕生させた地。
それをエデンと呼ぶならば、やはりそれはアフリカに求めたい。
そこに裸の楽園があった事そのものは、今更否定する事もないと思うからである。
・・・とは言え、「エデンはアフリカ」と当たり前に断言してしまうのはいかがなものか。
どこぞのおっさんには猛省を求めたい。
[ -"-]そら。→[m_ _]mも、申し訳ありません。
確かに見た。はっきり見た。[^^:]誰のコメントとは言わんが。
この発言は、「あながち」間違いでも無いが、しかし正しくない。
「エデン」とは、通常聖書に描かれている人類発祥の地を言う。
神は最初の人間をそこに住まわせた。
「エデンの園」を検索してみると判るが、その候補地は「アルメニアかその近辺」であって、アフリカでは無い。
しかし「あながち」間違っていないのは、
・エデン=人類発祥の地
・人類発祥の地=アフリカ
・即ち、エデン=アフリカ
という三段論法に頼る限り、この答えは正当化され得るためである。
このバカで無知なコメントを残した平べったい中年は、きっと・・・いや間違いなくその様な根拠でアフリカをエデンと呼んだのである。
しかしアルメニア説の根拠となっているのは、そこが「ユーフラテス川の源流」だからで、聖書にエデンから「ユフラテ」が流れているという記述がある以上、エデンはアフリカではあり得ない。
一方人類発祥の地については現在ではアフリカというのが定説で、今のところエチオピアがその候補に上がっている。
この両方の説を同時に採用すると、三段論法の一つ目、「エデン=人類発祥の地」という前提が崩れる事となる。
とすると、聖書の記述は、これを以ってして、「誤りであった」となるのだろうか。
しかし・・・
聖書の著者-神であるか人であるかはさておき-は、比喩的・象徴的表現を多用する傾向がある事はよく知られている。
現在では聖書を全く記述通りに解釈する人はほぼいない。
記述通りに読み取れば、地動説からして否定せざるを得ない筈だ。
しかしエデンがもし、「人類発祥」ではなく、「ヨーロッパ人発祥」の地であったとした場合。
少なくとも、聖書の「人間の著者」の、その先祖が定住していた地域を示していた場合、アルメニアが候補であっても、決して不思議な事ではない。
その前提で書かれているこの記述によれば、アダムとイブは「ウルの洪水」を生き延びた人々の「悲劇からの再出発」を象徴している事になる。
だとすればこの時エデンで歴史を刻み始めた村人は、アダムとイブの二人だけでは無かったであろう。
この時代には、ホモ=サピエンスは既に地に満ちていたと思われる。
洪水に滅ぼされ肥沃な更地となったこの地に、辿り着き、定住を試みる流入者は沢山いて当然だし、洪水を生き延びた「原住民」も皆無では無かったと考えると、平和の象徴の様に描かれがちなエデンには似つかわしくない生臭い世界をイメージせざるを得ないが、その実がどうであったのか、まさしく神のみぞ知るところである。
しかし、アダムとイブは、今や聖書を信じる人々だけの象徴では無い。
人類共通の先祖、「ミトコンドリア・イブ」と「Y染色体・アダム」はアフリカにいたらしく(もちろんこのふたりは夫婦では無い。)、人類の源流を辿るに当たって重要な存在だが聖書に描かれている伝説とは直接には関係が無い。
それでも彼らをイブ・アダムと名付けるのは、聖書が人類の起源を語るものとして最も有名だからであろう。
そしてイブ・アダムの名が象徴するものは、「人類の発祥」である。
しかし、考古学がどこまで解明しようと、「にわとりが先か卵が先か」という命題よろしく、「どこからが人類か」というのは解決不可能な命題となるだろう。
その先は解釈論の世界である。
考古学的イブには「ミトコンドリア・イブ」の他に「出アフリカ・イブ」がいる。
これはアフリカ以外のすべての地域の民族の祖先であり、つまりアフリカからユーラシアに進出したグループの一員だった女性である。
ざっと10万年くらい前らしい。
このイブが経験した世界とは、アフリカを旅立ち、新天地を、恐らく海岸沿いにエジプトからインドへと人口を増やしては溢れ返って開拓を繰り返した時代である。
当然その途中にはアルメニアがあり、その肥沃な地が、その後の縄張り争いのるつぼとなった事は想像に難くない。
その果てにヨーロッパの開拓があり、その先に聖書の想定した古代があるとすれば、確かにエデンは、人類発祥とは別に、ユフラテの流域のどこかにあって不思議は無い。
しかし人を人たらしめた神が、初めて人を誕生させた地。
それをエデンと呼ぶならば、やはりそれはアフリカに求めたい。
そこに裸の楽園があった事そのものは、今更否定する事もないと思うからである。
・・・とは言え、「エデンはアフリカ」と当たり前に断言してしまうのはいかがなものか。
どこぞのおっさんには猛省を求めたい。
[ -"-]そら。→[m_ _]mも、申し訳ありません。
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