November 15, 2010
翌日は朝から雨で
翌25日は朝から雨でした。朝一で温泉を堪能し、美味しいビュッフェスタイルの朝食をいただいて。
いえ〜もう〜ほんとに、美味しかった!!
いしる汁最高!
おかゆも最高!
それはともかく、今日は帰る日なので、朝から欲張って21世紀美術館へ行ってきます。
一人まだホテルで留守番ですが、幸いチェックアウトが11時半だったので、急いで出かけました。
この道を雨の中、ひたすら歩きました。
この写真を一枚撮るために、やっと立ち止まったくらいです。
この道、右手は『金沢城公園』。
左手は『兼六園』です。

やっと入り口にたどり着きました。
小学生や中学生の団体が、校外授業で来てました。
なかなか面白い。
まるで迷路のよう。
展示も斬新。
面白い。。
しつこく言うけど『21世紀美術館』は確かに面白い。。
この建物の屋根には「ファーブル昆虫記」で有名なファーブルの孫のヤン・ファーブルが作ったブロンズ像が乗っています。
この話は昨日の観光バスのガイドさんから聞いたのですが、その時はバスの中からよく見えなかった。
で、来てみたけどやっぱりよく見えない。
小さいのです。
入り口の上、黄色っぽいのが見えますか?
人間が両手を空に向けて広げて立っている像が。
『雲を測る男』と言うこの像は、手に物差しを持っているそうです。

こんなプールもあります。
泳げます。 いえ、ウソです。
『雲を測る男』についての
美術館の説明です。
映画『アルカトラズの鳥男』
(1961年米)から着想を得た作品。
サンフランシスコ沖のアルカトラズ島にある監獄に収監された主人公が独房で小鳥を飼ううちに、鳥の難病の薬を開発し鳥の権威となったという実話に基づく話。
映画の終わりの場面で「研究の自由を剥奪された時は何をするか」と問いに主人公が答えた台詞が「雲でも測って過ごす」というものであった。
彫刻の顔の部分は亡くなったヤンの双子の弟のエミールから取られ、胴体部分は作者の体から型取りされている。
つまりこの作品には作者のもう一つの自我への思いが込められている。
世界に物差しをかざして測ろうとする姿には、パスカルやカントへとつながる西洋の知の系譜を重ねあわせてみることもできる。
さてこの後、慌ててホテルへ戻る私たちでした。
でも、行きの道とは違います。
どうしても兼六園を見たいと言う二人に、兼六園を突き抜けてホテルまで戻ろうと提案したのです。
ますます忙しい事になりました。
300円の入園券を買って、ダッシュです。
『長町武家屋敷跡』の続きの続き

実は友人の一人が具合が悪くなって、長町武家屋敷跡ではバスを降りずに中で休んでいたのです。
食べ過ぎてしまったようです。
手術で胃を取っていたので無理もないです。
その上バスに酔いやすかったのです。
観光バスが金沢駅へ戻ると、体調の悪い友人にバスの案内所の中で休んでいてもらって、他の三人は隣接する『金沢百番街』で、思い思いに弁当を買いました。
私はまた『むっつぼし』へ駆けつけておにぎりを買いました。
友人の分は小さいお弁当を買いました。
ホテルまではタクシーで10分ほどでしたが、友人はかなり辛そう。
救急車を呼ぼうかと思ったくらい。
夜は部屋でお弁当を食べて、温泉に入って遅くまでしゃべっておとなしく過ごしました。
友人はもちろん休んでましたが、夜更けには少し元気になり、お弁当が食べられました。
November 08, 2010
『長町武家屋敷跡』続き

ガイドさんの説明によると、「これは武家屋敷の特徴になっている箇所で、中が暗く外が明るいので、門の外がよく見えて、誰が来たのかすぐ分かるのです。」
ということでした。
武士はいつも周囲に警戒怠らなかったのです。
格子の中のすだれのような細かい目がきれいです。

門のすぐ脇に、出窓の様に付いています。
セキュリティーすごいです。
ガイドさんが「実は今日が二十歳の誕生日です。」
と教えてくれました。
そんなに若かったのか!
一生懸命勉強中とのこと。
道理で、たどたどしい話しぶりでしたが、素朴な優しさを感じる方でした。
彼女の好物というお勧めのお土産も教えてくれました。

塀の上の方からも外の様子を見ることができるのです。
厳重です。
武士は緊張感に満ちた生活だったのです。
短い時間に盛りだくさんの満足できるツアーでした。
バスを降りる時、ガイドさんが、今後も自信と誇りを持って活躍をされることを祈りながら「お誕生日おめでとう!」と言って別れました。
November 03, 2010
長町武家屋敷跡
次にバスが向かったのはここ。
『長町武家屋敷跡』です。
加賀藩の上、中級武士が暮らしていたところだそうです。
雨の中、綺麗な土塀に沿って歩きました。
商店ではないので、長い土塀を眺めながらただ歩きました。
塀の内側には普通に人が住んでいます。
外からはその生活感は分かりません。

「ここで解散します。 バスには50分までに戻ってください。」とガイドさんに言われても、行くか戻るかしかない通りなので、結局バスガイドさんについて歩きました。
「塀さえ変えなければ、中はどんな家でも構わないのですよ。」
と、ガイドさんが教えてくれました。
中も武家っぽい家を作って欲しいなあ。

通りを歩いていると、私たちと変わらない洋服を着た人達が住んでいるとは思えない。
中には武士が住んでいるような気がしてしまう。
現代ではないような、不思議な感覚。
October 31, 2010
キンキラキン☆☆
〈ひがし茶屋街続き〉静かな雰囲気の通りを歩いていると、店の中から
オーラが・・
『箔座ひかり蔵』
と、オシャレな、しかも目立たないような、板が入り口にあります。
覗いてみるととっても粋なお店です。
キンキラキンのチョコレートケーキがあります。
いつか妹にお土産にもらったのと同じです。
奥の中庭に金の蔵が!!
プラチナの混ざった金箔を使って作ってある!!!
触りたいけど触れない。
金縛りにあったようで手を触れるのもはばかれます。
(触ってはいけないものだったと思います。)
重々しくも、柔らかい黄金の輝きです。
プラチナがケバさを抑えて品のいい輝きです。
ひっそりと中庭に建っています。
中心には金のイスが1つありました。
あそこに座って黄金に取り囲まれたら、いったいどんな気持ちでしょう。
パワーがみなぎるでしょうか。
瞑想したら、頭がクリアーになって、心も平安になるでしょうか。
う〜〜ん、想像もつかない。

店内には器からアクセサリー、スカーフ、バックなども。
どれも洗練されたデザインです。
金箔のついたかわいい飴をお土産に買いました。
これが私にはピッタリです。
蔵の内側のキラキラも興味があったけど、雨にぬれて小枝の陰に、何かを守るように建つ姿に引かれました。
東京に帰ってから、テレビのニュースで、金沢の『箔座』が初めて東京の銀座に店を出したと報道されてました。
銀座にはよく合うお店と思いました。
本当はひっそりしていたそうな、じろじろ見られたくなさそうな、『ひがし茶屋街』の黄金の蔵の姿が目に浮かびました。
ひがし茶屋街

金沢にはお茶屋街が三つあるそうな。ここはその一つ『東山ひがし』の『重要伝統的建造物群保存地区』に平成13年に選定された街です。
もともとお茶屋さんの建物なので当たり前なのだけど、中が見にくく、お店の看板やサインもなく、通りを見渡しても、歩いていても、何があるのか分からない。
建物だけかと思いきや、歩き始めてよく見れば、一軒一軒何かのお店をやってます。
お茶屋さんをやっているお店もあるそうですが。
目立たないサインが付いていたり、目立たないよいうに食べ物屋さんのメニューが貼ってあったりします。
日本風の街並みはほんとに落ち着きます。
昔は街灯もなかったので、夜の通りは並んだ家々の玄関先の提灯か、漏れてくるろうそくの灯りだけ。
そのほの暗い灯りは夜道を歩いて来た人の心を落ち着かせ、さらに人恋しさを募らせたことでしょう。
テレビも携帯もパソコンもない時代です。
合って顔を合わせて話すしかない、濃〜い人間関係だったことでしょう。
そんな事を思ってしまいました。
この街の中に宿もあったような。
一度泊まって、二階の窓から表を眺めてみたい、少しでも昔の人と同じ気分になってみたいと思いました。
写真左の縦格子はあんまり綺麗だったので写真を撮り、帰ってから観光案内文の中に『木虫籠』(きむすこ)という言葉を見つけ、「これだったのか!」と思いました。
October 30, 2010
藩老本多家は破格の大名家だった

次にバスが止まったのは『藩老本多蔵品館』でした。ここでちょっと藩主に仕える重臣へ視点が移ります。
パンフレットなどによると。
藩の統治は常に藩主が一人ですべて取り仕切る訳ではなく、最上級の家柄の「八家」と呼ばれる8人の重臣達が加賀藩の藩政を統括したり、戦の時には軍団の長となって出陣したりして藩主を支えていました。
その中でも藩主前田家の姫様が二人も輿入れするなど代々藩主の信頼を得て、破格の扱を受けていのが本多家だったのです。
初代本多氏は徳川家康の重臣として仕え、息子は加賀藩で重臣として仕え、優れた政務を取り行っていました。
幕府と加賀藩の領有地争いでも本多氏の能力が発揮され、幕府側との交渉の結果、加賀藩の領地になりました。
その功績として藩主から石高を倍に(つまり給料が倍に!)するという申し出がありました。
ところが本多氏はそれを辞退して、そのかわり『村雨の壷』を拝領したといいます。
なんとも本多氏の深い懐を感じさせる話ではないですか。
目の前のガラスケースの中の壷は、重く、深く、濃厚な色合いと、ゆったりと包み込むような曲線で、歴史を静かに見つめてきたのです。
壷は今でも生き続けていて、何か話かけているかのようです。
この壷は、ずっと本多家の家宝として大切にされてきました。
ここには実際に戦で使われだ様々な用具や、資料、道具などが飾られていて、その時代の空気と、生きていたあかしを身近に感じます。
『村正』や『兼光』などの剣も飾ってあります。
柄がなく、刀身だけが鈍い銀色を放ちながら。
まるで「その時」を待っているかのように。(物騒な妄想だ〜)
残念なことに、ここの写真はないのです。
さっさと移動したので時間がなかった。
というわけで、この写真は『ひがし茶屋街』です。
まだ続きます
October 28, 2010
金沢観光

金沢に着いて駅ビル『金沢百番街』の『むっつぼし』で昼食を食べました。
農家風和食です。
白米、五穀米、舞茸ご飯、玄米の中から選べ、おかわり自由なので、すっごい嬉しい。
私は玄米をいただきました。
美味しい!
私の向かい側に座っていたご婦人に「兼六園、武家屋敷、21世紀美術館日へ行こうと思っているけど、どこかお勧めはありますか?」と聞いたら『近江市場』とのこと。
時々この『むっつぼし』で食事をされるとの話。
私たちもすっかりこのお店が気に入ってしまった。
お値段も良心的なのです。

それから半日観光バスに乗り、まず『金沢市立安江金箔工芸館』です。
金箔職人だった安江孝明氏が記念館を建設したので名前が付いているのです。
金箔ができるまでの工程を映像で見たり(すごい手間なのです)、古い道具類の展示を見たりしました。
日本での金箔の製造量は金沢が90%以上!
びっくりですね。
でも、この静かな金沢のいったいどこで作っているのかな?
大きな工場ではないらしいのですが、きっと誰にも言わない方がいいのでしょうね。
シークレットですね。
October 25, 2010
七尾の一本杉通り商店街
October 24, 2010
和倉温泉に着きました

午後2時35分、和倉温泉到着です。雨がパラつきはじめました。
タクシーの観光で『山の寺寺院群』を巡り、前田利家が、能登方面からの攻撃に備えて29の寺を防御陣地として配置し、北側の守りを固めた歴史を知りました。
その中の長寿寺には加賀藩士山瀬三郎兵衛の娘『八百屋お七』の供養塔が母親、法春比丘尼にって建てられています。
『八百屋お七』にちなんだ歌『夜桜お七』の縁で、二年前に坂本冬実さんがお参りに訪れたと、お寺の案内をしているお年寄リが、額に入れた写真を見せてくださいました。
綺麗な着物を着た綺麗な坂本冬実さんが写っていました。
また釣鐘は有名な茶釜師、宮崎彦九朗儀一という人の作ということです。
右の写真の長齢寺には前田利家の両親のお墓があります。
そこには利家や両親の肖像が描かれた掛け軸がありました。
また綺麗にされた位牌もありました。
庭も手入れが行き届いた感じで、こじんまりとかわいらしいお寺です。
檀家がないお寺なので、「来た時には荒れていて、ここまでにするのに大変でした」と案内役の若いお坊さんが話してくれました。
友人が朱印を押してもらっている時、そばに梅干しがあったので買いました。
梅干から何か御利益がありそうなパワーを感じたので。
ハクタカに乗って
March 24, 2009
館山ファミリーパーク
July 29, 2008
あっつい日々
25日(金曜日)は前から予約していた健康診断に行ってきました。汗だくで。
今回は初めて行った西新宿にある病院で、物珍しかったので窓からパチリと写真を撮ってきました。
なんか涼しげなビル風景だと思ったので。
帰りにハーゲンダッツで抹茶アイスと白玉と小豆が乗ったフラッペを食べたよ〜。
バリウムでお腹いっぱいになってたのでますますお腹一杯になって残念だった。
もしかして、巷で売ってる食べるダイエット食品って、バリウムが素材なのかも知れない。
などなど暑さのせいで妄想しながら、帰りに食べようと思っていたおいしそうなお店の前を通過した。。
アイスだけで満腹になったのがとっても残念だった〜。
暑くて暑くて、ヨドバシカメラと紀伊国屋で買い物してヘタヘタ。
バリウムで満腹の1日だった。
May 14, 2008
館林つつじが岡公園
時々雨が降る薄ら寒い土曜日(10日)に友達とバスツアーに参加しました。
最初は『館林つつじが岡公園』です。
つつじはもう終わっていたけどほんの少し残っているのもありました。
小雨にぬれたわずかなつつじがみずみずしくも鮮やかでした。
最盛期はさぞやと思わされました。
ところがところが、たくさん写真を撮ってきて意気込んで選んだ写真をアップしたら、何度やってもみんなエラーになってしまうのです。
久しぶりに携帯からの投稿ではなくデジカメの写真をアップロードしてから使うので、どこかやり方違ったかしら。
途中で目的外の所に飛んだりしながら、写真が投稿できない原因を調べていたらこんな時間になってしまった。(;_;
おお!
最後にやっと何とか工夫して1つ載せる事ができた。
こんな記事になってしまって申し訳ないけど、明日のこともあるのでもう休みます。
ザンネン
【後記:『記事の編集』ページでアップロードした写真が『記事に挿入』ボタンを押しても載らないので手作業で写真を追加しました】
最初は『館林つつじが岡公園』です。
つつじはもう終わっていたけどほんの少し残っているのもありました。
小雨にぬれたわずかなつつじがみずみずしくも鮮やかでした。
最盛期はさぞやと思わされました。
ところがところが、たくさん写真を撮ってきて意気込んで選んだ写真をアップしたら、何度やってもみんなエラーになってしまうのです。
久しぶりに携帯からの投稿ではなくデジカメの写真をアップロードしてから使うので、どこかやり方違ったかしら。
途中で目的外の所に飛んだりしながら、写真が投稿できない原因を調べていたらこんな時間になってしまった。(;_;
おお!
最後にやっと何とか工夫して1つ載せる事ができた。

こんな記事になってしまって申し訳ないけど、明日のこともあるのでもう休みます。
ザンネン
【後記:『記事の編集』ページでアップロードした写真が『記事に挿入』ボタンを押しても載らないので手作業で写真を追加しました】

館林といえば狸も名産(?)
月夜に踊る♪
月夜に踊る♪

April 29, 2008
日曜日・照姫祭りがありました
私が働いている職場が「照姫まつり」に参加したので、27日は朝から手伝いで、忙しかった〜。
会場の石神井公園に久しぶりに行って(多分10年は行ってなかったと思う)初めて照姫まつりを見たのです。
池のそばに藤棚があって満開でした。
白鳥ボートも浮かんでて、人出は多いけどのどかな休日でした。
ずっとテントで手伝っていたのでお昼の時しか離れられず、やっとなんとか照姫様の写真がとれました。
この衣装は「花拍子」
毎年、石神井城主の豊島秦経と、奥方、そして次女の照姫が区民の中からオーディションで選ばれているそうです。
照姫様はとっても役にピッタリの可愛らしい方でした。
今年で21回目の「照姫まつり」
大田道灌との戦いにはかなく消えた城主一族の伝説を伝えています。

この衣装は「鳴り物武者」
人が集まって、みんなが楽しそうにわいわいやっているのを見るのもいいものです。
地域のイベントっていうのやっぱり何かいいものですね。

この衣装は「女武者」
人ごみの中でやっと写真を撮って、後は隣のテントでお菓子を買ったり、お昼に焼きそばを買ったぐらいしかできなかった。
(ーー;)
慣れないことをやる緊張感や疲れもあったけど、無事役割を果たしてテントを片付け、達成感を充分味わいました。(^・^)
そうそう、それに、このお祭で美味しいお菓子のお店も発見しました。
「かすたねっと」
練馬の駅のそばに二軒あります。
「ケーキの店」と「クッキーの店」です。
素材にこだわった、手作りの暖かさが伝わるような、人に優しいお店なのでした。
照姫まつりについて
October 14, 2007
日本舞踊の発表会だそうで

以前の会社の同期入社以来の友達がプログラムを送ってくれて。。
昔やっていた日本舞踊を再開して数年。初めて案内があったんで、これから市民センターへ行くところです。
衣装だけでも見応えあると言ってます。しっかりと見てくるぞー。
昨夜遅くまでラッピングした祝の品です。
中身を写さず、アホでした。。
中身はアロマスプレーなどです。
お花はご遠慮ください、とのことなのでアロマならいいのかな〜。
June 28, 2007
6月の小石川植物園

いつもの樹木ウォッチング。
23日の土曜日に文京区の小石川植物園に行きました。
この建物は「東京大学総合研究博物館小石川分館」と言う長い名前がついてます。
小石川植物園も通称で、本当は「国立大学法人 東京大学大学院理学系研究科附属植物園」と言うたいそうな名前がついてます。
暑い日だったけど、風がまだ涼しく感じられる一日、木影にいれば気持ちよい。。
また少し木のこと学習できたかな。

この写真のアジサイは突然変異種の珍しいものだそうです。普通のアジサイの花とは違ってます。











