2011年08月11日
「手塚治虫のブッダ展」
特別展「手塚治虫のブッダ展」
仏像と漫画 トーハクでまさかの共演! 公式サイト
東京国立博物館 2011年4月26日(火)〜6月26日(日)
「漫画の神様」手塚治虫の「ブッダ」の直筆原画と重要文化財を
含む日本の仏像によってブッダの生涯をたどる日本初の試み。
東京国立博物館、本館です。

仏像と漫画のコラボってどんな?と思いましたが、漫画の展開通りにブッダの生涯に沿って仏像などが展示されているので、ブッダの事を漠然としか知らなくても、とてもわかりやすかったです。
手塚治虫さんの漫画で好きだったのは「火の鳥」。あとは「アトム」と「ブラックジャック」を読んだことがあるくらい…。しかし、原画は素晴らしかったです。色の濃淡がよく見てとれるし、やはり印刷された物を見るのとは違いますね。
音声ガイドは映画のミゲーラ役でもある水樹奈々さん。さすが声優さん!なにより聞きやすかったです。落ち着いた感じのナレーションされてましたが、映画のキャラクター紹介でアニメ風(?)になり、おぉ〜、やっぱり水樹さん!だったのでした。
手塚さんがブッダに言わせている「人間の心の中にこそ神がいる。」これって、宗教や民族を超えてよく言われていることですね。その神を輝かすのも殺すのも自分自身の行い…ということでしょうか。神とは良心みたいなもの…?なぜかとても気になった言葉です。
展示品で一番のお気に入りが、テーマ「悟り」にあった「仏立像」です。パキスタン・ペルシャワール周辺出土のクシャーン朝2〜3世紀のもの。まるでギリシャ彫刻のような優美な像でした。柔らかそうなゆったりしたヒダの衣に、緩くパーマのかかったような結い髪。特に髪の表し方なんて繊細です。こんな仏像があるのかとびっくりです!ちなみに、日本の仏像が大仏のような感じなのは中国の影響だそうです。画像はこちら
クシャーン朝:中央アジアから北西インドにかけて、1〜3世紀頃まで栄えたイラン系王朝。紀元前1世紀頃バクトリアの王侯の一人が大月氏の支配から独立して成立。大乗仏教・ガンダーラ美術が栄えた。日[クシャナ朝・クシャーナ朝] 英[Kushan] 中[貴霜]
2〜3世紀の日本:弥生時代〜古墳時代初期。鉄器が普及し始める‐倭国大乱‐卑弥呼が女王となる(魏志倭人伝)‐壱与が女王となる‐西日本各地に壺形・器台形土器を供献した墳丘墓が現れる。

左下のは、原作「ブッダ」の試し読み本です。漫画の「シッダールタの誕生」他1エピソードが載っていました。右のはパンフレットですが、ジュニアガイドだったので易しい…。他にもあったのかは不明です^^;。
このジュニアガイドによると…
“ブッダ”とは、もともとは「真理に目覚めた人」のことで、その一人がお釈迦さま(ゴータマ・シッタルダ)だったのが、ブッダというとお釈迦さまの事となった。紀元前5世紀頃、今のネパールとインドの国境付近で生まれ、ブッダとなる。ブッダが人々に「どのように生きたらいか」を説いたお寺が祇園精舎。
この特別展のレビューを書かれていますが素晴らしいです。
詳しく内容が知りたくなった方、kei☆の殴り書きではよくわからない!
と気になった方は、ぜひご覧ください〜。
今日のお土産はこちら…

鳥獣絵や浮世絵などのいろいろなサイズのクリアファイルと、
お気に入りの石像のポストカード♪

アンデルセンで見かけた、スカイツリーパンと、あんパンダ(笑)。
上野らしい〜お土産をゲットです!おいしかった〜♪
今回の博物館行きは、新聞屋さんから券を頂けたので。といってもポイントと交換ですが…。国立博物館の展示なんて倍率高そうですが、今のところ毎回入手できてます。読売バンザイ〜!
それに比べて、朝日はなにもくれません。国立の博物館・美術館か、もしくは歴史関係の展示を…と、そうお願いした次の月の集金の時に、なんとなく持ってきて、良くてそごう美術館のなど。でもキルトの展示…だったり(ーー;)
行きたいものはもちろんお金を出してでも行きますが、それ以外はなるべく券を頂きたいものです。なんといっても交通費が高いっ!ので。前売り券で2回見られるくらい…。あとランチ代もありますし(爆)。
おかげさまで、楽しく観覧させていただきました。ありがとう御座います♪
[6/25(土)]
2011年01月05日
世界ふしぎ発見!「トルコ奇想天外遺跡紀行」
第1162回
トルコ奇想天外遺跡紀行 地底の迷宮から天空のピラミッド
2010/10/16(土)放送のこの回。
カッパドキアで有名な東トルコ・アナトリア高原。その中央に聳える標高2000mを越すネムルト山の頂で発見された不思議な天空のピラミッドと、世界史を塗りかえるかもしれない遺跡。
見たことのない不思議なピラミッドでした。東のテラス、西のテラスには巨大な王や神々の像が座り、石を上空からこぼして積み上げたような墳墓です。
築造したのはコンマゲネ王国のアンティオコス1世(在位:BC69年-BC36年)。彼は強力なローマ帝国への対応に苦慮していたが、ローマの属国になることは避けられなかった。
コンマゲネ王国(BC163年-AD72年)の時代。
コンマゲネとはギリシャ語で2つの遺伝子の意で、コンマゲネ王は自らの祖先をペルシアとセレウコス朝(アレキサンダー大王の血を引く)双方とし、神々も古代ギリシャとペルシアの双方が混合していた。
Mr & Mrs Abraham's 世界紀行 > コンマゲネ王国-ネムルト山
こちらのサイトに遺跡の写真や王の言葉など、紹介されています。
さらに世界を驚愕させる世界史を塗り替えるかもしれないという遺跡が発掘されている…とのこと。
通説では、アナトリア高原には野生の麦があり、古代人はそれを採取し食糧にしていたが、その後、約1万年前には麦を栽培する農業が誕生し、その結果、豊かなメソポタミア文明やエジプト文明が生まれたとされているそうですが…。
このギョベクリ・テペの遺跡は、BC1万2000年頃の神殿と見られ、動物や鳥、虫など彫刻された5mもある巨大なT字形の石柱が、30m前後の円形に並んでいるそうです。同時代の他の場所の物とは異なり、狩猟をしていたことが分かるが、農耕が始まる前の文明にも関わらず、巨大なモニュメントを作る技術を持っていた…。もしくは、農業の誕生の歴史が繰り上がるのか…?とのこと。
彫刻されたいろいろな生き物は、とても不思議な感じがします。ナスカの地上絵のような意匠?なんの生物かわからないものも…。これを本当に人類の祖が…?と思うような謎はたくさん。本当にミステリーです♪
歴史・古代文明と世界のミステリー > ギョベクリ・テペ
遺跡の写真や説明などこちらを参考に…
世界ふしぎ発見! TBS毎週土曜日21:00〜
トルコ奇想天外遺跡紀行 地底の迷宮から天空のピラミッド
2010/10/16(土)放送のこの回。
カッパドキアで有名な東トルコ・アナトリア高原。その中央に聳える標高2000mを越すネムルト山の頂で発見された不思議な天空のピラミッドと、世界史を塗りかえるかもしれない遺跡。
見たことのない不思議なピラミッドでした。東のテラス、西のテラスには巨大な王や神々の像が座り、石を上空からこぼして積み上げたような墳墓です。
築造したのはコンマゲネ王国のアンティオコス1世(在位:BC69年-BC36年)。彼は強力なローマ帝国への対応に苦慮していたが、ローマの属国になることは避けられなかった。
コンマゲネ王国(BC163年-AD72年)の時代。
コンマゲネとはギリシャ語で2つの遺伝子の意で、コンマゲネ王は自らの祖先をペルシアとセレウコス朝(アレキサンダー大王の血を引く)双方とし、神々も古代ギリシャとペルシアの双方が混合していた。
こちらのサイトに遺跡の写真や王の言葉など、紹介されています。
さらに世界を驚愕させる世界史を塗り替えるかもしれないという遺跡が発掘されている…とのこと。
通説では、アナトリア高原には野生の麦があり、古代人はそれを採取し食糧にしていたが、その後、約1万年前には麦を栽培する農業が誕生し、その結果、豊かなメソポタミア文明やエジプト文明が生まれたとされているそうですが…。
このギョベクリ・テペの遺跡は、BC1万2000年頃の神殿と見られ、動物や鳥、虫など彫刻された5mもある巨大なT字形の石柱が、30m前後の円形に並んでいるそうです。同時代の他の場所の物とは異なり、狩猟をしていたことが分かるが、農耕が始まる前の文明にも関わらず、巨大なモニュメントを作る技術を持っていた…。もしくは、農業の誕生の歴史が繰り上がるのか…?とのこと。
彫刻されたいろいろな生き物は、とても不思議な感じがします。ナスカの地上絵のような意匠?なんの生物かわからないものも…。これを本当に人類の祖が…?と思うような謎はたくさん。本当にミステリーです♪
遺跡の写真や説明などこちらを参考に…
2010年06月25日
世界ふしぎ発見!「グリーンスペイン」
第1147回
グリーンスペイン 森と美食とミステリーの王国
2010/06/05(土)放送のこの回。
前回「スペイン横断!」同様、またまたよく知らなかったスペインで気になること満載です。気になったところメモメモ。
スペインの北部、海に面したバスク、カンタブリア、アストゥリアス、ガリシアの4州は、一年を通し雨や霧が多く、大地は海岸まで森に覆われていてグリーンスペインと呼ばれている。
■バスク州
ビルバオ : バスク人。独特の文化を持つ。黒いベレー帽が民族衣装。
バスク語:おいしい「オッショ・オンド」 こんにちは「エウオン」。州の公用語ともなりスペイン語と併記。ヨーロッパのどの言語とも全く違い、ルーツは未だに謎。
ハンプローナ(ナバラ州) : バスク人の中で日本人なら誰でも知っている人物。ビルバオから車で東へ2時間、緑がいっぱいの渓谷の古城ザビエル城。フランシスコ・ザビエルの生家。ナバラ王国の砦だった。父はナバラ王国の宰相まで務めたが6歳のときスペインに併合。
ザビエルのようにバスクの男たちは海外に飛躍。大航海時代、司令官の多くはバスク人だった。
バスクで有名な珍しい食材、昔から九州や北陸の一部で食べられて戦国時代に宣教師が伝えたというイカスミ料理。
■カンタブリア州
コミージャス : ガウディの初期作品エル・カプリチョ。富豪の別荘。日本人のオーナー、イベントやウェディングを行うスペース。
サンティアゴ巡礼路 : 巡礼手帳(途中の村でスタンプ)、ホタテ貝(サンティアゴのシンボル・お守り)が必需品。発音はサンチャゴ?
■ガリシア州
サンティアゴ・デ・コンポステラ : サンティアゴ(聖ヤコブ)、死後800年も行方不明だった彼の遺体がみつかり大聖堂が建てられた。
ビーゴ湾 : 大西洋。細長い入り江=リア(リアス式の語源のスペイン語)
クンカ : 白い厚手の茶碗、もしくは大きなおちょこ。これで白ワインを飲む。戦国時代の武将がこんな風に飲んでいそう♪
サンタ・テクラ遺跡 : 1917年に発見。円形の石積みがたくさん。屋根は藁ぶきの住居の跡。およそ2000年前、ローマ帝国支配下のスペイン。ローマの影響は少なく独特の形。
石に刻まれた渦巻きやかざぐるま?の模様のレリーフ、全てデザインが違う。金製のペンダントヘッド(3cm)にも渦巻きとかざぐるまの模様。高度な金属の加工技術があった。
バローニア遺跡など他に30か所以上も発見されている。これらはガリシア先住民のものとみられ、スペインでも独特の文化があった。
ガリシアの人たちが民族の象徴と考えている楽器はガイタ(バグパイプ:古代エジプトまで遡ると言われている楽器)。有名なスコットランドのより小型で構造も違う。
その他:ビスカヤ橋・バル・ピンチョス(小皿料理)・美食クラブ(19c〜)・サンティアゴケーキ・パラドール(歴史的建造物の国営ホテル)
知れば知るほど気になるスペインです。
そしてどこへ行っても必ずあるローマ帝国の残り香(?)。
世界ふしぎ発見、楽しい〜です♪
世界ふしぎ発見! TBS毎週土曜日21:00〜
おもしろそうな本、たくさんありますね〜。
グリーンスペイン 森と美食とミステリーの王国
2010/06/05(土)放送のこの回。
前回「スペイン横断!」同様、またまたよく知らなかったスペインで気になること満載です。気になったところメモメモ。
スペインの北部、海に面したバスク、カンタブリア、アストゥリアス、ガリシアの4州は、一年を通し雨や霧が多く、大地は海岸まで森に覆われていてグリーンスペインと呼ばれている。
■バスク州
ビルバオ : バスク人。独特の文化を持つ。黒いベレー帽が民族衣装。
バスク語:おいしい「オッショ・オンド」 こんにちは「エウオン」。州の公用語ともなりスペイン語と併記。ヨーロッパのどの言語とも全く違い、ルーツは未だに謎。
ハンプローナ(ナバラ州) : バスク人の中で日本人なら誰でも知っている人物。ビルバオから車で東へ2時間、緑がいっぱいの渓谷の古城ザビエル城。フランシスコ・ザビエルの生家。ナバラ王国の砦だった。父はナバラ王国の宰相まで務めたが6歳のときスペインに併合。
ザビエルのようにバスクの男たちは海外に飛躍。大航海時代、司令官の多くはバスク人だった。
バスクで有名な珍しい食材、昔から九州や北陸の一部で食べられて戦国時代に宣教師が伝えたというイカスミ料理。
■カンタブリア州
コミージャス : ガウディの初期作品エル・カプリチョ。富豪の別荘。日本人のオーナー、イベントやウェディングを行うスペース。
サンティアゴ巡礼路 : 巡礼手帳(途中の村でスタンプ)、ホタテ貝(サンティアゴのシンボル・お守り)が必需品。発音はサンチャゴ?
■ガリシア州
サンティアゴ・デ・コンポステラ : サンティアゴ(聖ヤコブ)、死後800年も行方不明だった彼の遺体がみつかり大聖堂が建てられた。
ビーゴ湾 : 大西洋。細長い入り江=リア(リアス式の語源のスペイン語)
クンカ : 白い厚手の茶碗、もしくは大きなおちょこ。これで白ワインを飲む。戦国時代の武将がこんな風に飲んでいそう♪
サンタ・テクラ遺跡 : 1917年に発見。円形の石積みがたくさん。屋根は藁ぶきの住居の跡。およそ2000年前、ローマ帝国支配下のスペイン。ローマの影響は少なく独特の形。
石に刻まれた渦巻きやかざぐるま?の模様のレリーフ、全てデザインが違う。金製のペンダントヘッド(3cm)にも渦巻きとかざぐるまの模様。高度な金属の加工技術があった。
バローニア遺跡など他に30か所以上も発見されている。これらはガリシア先住民のものとみられ、スペインでも独特の文化があった。
ガリシアの人たちが民族の象徴と考えている楽器はガイタ(バグパイプ:古代エジプトまで遡ると言われている楽器)。有名なスコットランドのより小型で構造も違う。
その他:ビスカヤ橋・バル・ピンチョス(小皿料理)・美食クラブ(19c〜)・サンティアゴケーキ・パラドール(歴史的建造物の国営ホテル)
知れば知るほど気になるスペインです。
そしてどこへ行っても必ずあるローマ帝国の残り香(?)。
世界ふしぎ発見、楽しい〜です♪
おもしろそうな本、たくさんありますね〜。
2009年12月31日
「THE ハプスブルグ」展
ウィーン、ブタペスト〜二都の至宝、ここに集結
ウィーン美術史美術館(オーストリア)とブダペスト国立西洋美術館(ハンガリー)から、ハプスブルク家ゆかりの絵画・工芸品、約120点を展覧。
13C〜20C初頭までの600年以上、結婚政策によって政略を拡大し、ヨーロッパに君臨したハプスブルク家。歴代の王たちは芸術を重んじ、膨大なコレクションを残した。これらは、ハプスブルク家の威光を示すだけでなく、歴史的意義や学術的な価値もとても高いものである。
友人少ないので、結局、誰も捕まらず、会期ギリギリの土曜、やっと観に行けました。
迷いながら美術館に到着したのが13時過ぎ。ロッカーに荷物を預け、音声ガイドを借りて入場したら、結構混んでいました。
見づらくて時間がかかるうえに、多めの展示量…。夕方に用事を入れてしまっていたので、音声ガイドにある展示物を中心に流し観してきました(うかつ…)。
絵画は地域別にイタリア、オランダ・フランドル、ドイツ、スペインとまとめられ、よく知らないkei☆でも、それぞれの絵の特徴や雰囲気が違うのが観てとれて、わかりやすかったです。全体的に観て、イタリア絵画が一番優しいタッチで、色も淡く、絵柄もkei☆的にお気に入りでした。
歴代皇帝や王妃などの宮廷肖像画が並ぶ中で、「白衣の王女マルガリータ・テレサ」など有名なものもたくさんありましたが、「11歳の女帝マリア・テレジア」が一番眼を惹きました。鋭い眼光とただものならないゆったりとして面もちは、若干11歳にして既に女帝の貫禄でした。
他にも、皇帝が実際に装着した甲冑や盾や、とても使えないような豪華な食器類や調度品類など、豪華絢爛な品々が展示してありました。その中でも珍しかったのが、140年前の1869年、日本と当時のオーストリア・ハンガリー二重帝国間で修好通商航海条約が締結され、明治天皇が皇帝フランツ・ヨーゼフ1世に贈った日本画帖(風景や暮らしを描いた100点の絵画)などが、初めて里帰りをしたとのことで展示されていました。状態のよさに大事にして頂いていたようで!とまあ、あまりわからない絵画中心の展示会でしたが、そこはハプスブルグ家、とても楽しめました〜♪
で、とにかく時間がないので、大好きな展示会グッズのお土産物コーナーもそこそこに外に出てみると、なんと長蛇の列!4うねりくらいありました。待ち時間なしだったので、あれで空いていた方だったようです…。
この展示会のチケットの半券で、数か所のカフェで割引やサービスがあったようなのですが、何せ時間がなく、急いで六本木を後にしたのでした。もっと早く家を出てくれば良かったです〜。本当にうかつ(>_<)
最近、上野よりも行く機会が多い「国立新美術館」
あの独特なフォルムが気になります。
今回は天気も良く、空もキレイだったので写真に撮ってきました♪


ガラス張りのようで、特にこのぷっくりした感じがなんとも言えません
■国立新美術館(東京・六本木) 公式サイト
■2009年9月25日(金)〜12月14日(月)
■10:00〜18:00
金曜は20時まで
■「THE ハプスブルグ」 公式サイト
ウィーン美術史美術館(オーストリア)とブダペスト国立西洋美術館(ハンガリー)から、ハプスブルク家ゆかりの絵画・工芸品、約120点を展覧。
13C〜20C初頭までの600年以上、結婚政策によって政略を拡大し、ヨーロッパに君臨したハプスブルク家。歴代の王たちは芸術を重んじ、膨大なコレクションを残した。これらは、ハプスブルク家の威光を示すだけでなく、歴史的意義や学術的な価値もとても高いものである。
友人少ないので、結局、誰も捕まらず、会期ギリギリの土曜、やっと観に行けました。
迷いながら美術館に到着したのが13時過ぎ。ロッカーに荷物を預け、音声ガイドを借りて入場したら、結構混んでいました。
見づらくて時間がかかるうえに、多めの展示量…。夕方に用事を入れてしまっていたので、音声ガイドにある展示物を中心に流し観してきました(うかつ…)。
絵画は地域別にイタリア、オランダ・フランドル、ドイツ、スペインとまとめられ、よく知らないkei☆でも、それぞれの絵の特徴や雰囲気が違うのが観てとれて、わかりやすかったです。全体的に観て、イタリア絵画が一番優しいタッチで、色も淡く、絵柄もkei☆的にお気に入りでした。
歴代皇帝や王妃などの宮廷肖像画が並ぶ中で、「白衣の王女マルガリータ・テレサ」など有名なものもたくさんありましたが、「11歳の女帝マリア・テレジア」が一番眼を惹きました。鋭い眼光とただものならないゆったりとして面もちは、若干11歳にして既に女帝の貫禄でした。
他にも、皇帝が実際に装着した甲冑や盾や、とても使えないような豪華な食器類や調度品類など、豪華絢爛な品々が展示してありました。その中でも珍しかったのが、140年前の1869年、日本と当時のオーストリア・ハンガリー二重帝国間で修好通商航海条約が締結され、明治天皇が皇帝フランツ・ヨーゼフ1世に贈った日本画帖(風景や暮らしを描いた100点の絵画)などが、初めて里帰りをしたとのことで展示されていました。状態のよさに大事にして頂いていたようで!とまあ、あまりわからない絵画中心の展示会でしたが、そこはハプスブルグ家、とても楽しめました〜♪
で、とにかく時間がないので、大好きな展示会グッズのお土産物コーナーもそこそこに外に出てみると、なんと長蛇の列!4うねりくらいありました。待ち時間なしだったので、あれで空いていた方だったようです…。
この展示会のチケットの半券で、数か所のカフェで割引やサービスがあったようなのですが、何せ時間がなく、急いで六本木を後にしたのでした。もっと早く家を出てくれば良かったです〜。本当にうかつ(>_<)
最近、上野よりも行く機会が多い「国立新美術館」
あの独特なフォルムが気になります。
今回は天気も良く、空もキレイだったので写真に撮ってきました♪


ガラス張りのようで、特にこのぷっくりした感じがなんとも言えません
2009年08月02日
西の魔女“おばあちゃんの家”へ
2008年公開の映画『西の魔女が死んだ』(感想はこちら)のロケ地、
清里・清泉寮にある“おばあちゃんの家”に行ってきました♪
山梨県清里高原 キープ協会 > 西の魔女・おばあちゃんの家

[左]下から登っていくと、清泉寮の向かいにこの看板が見えてきます。
駐車場はこのだいぶ手前(下)です。
[右]林の中の道にはところどころにこんな目印が♪

[左]この看板が入り口のようです。
[右]この道を抜けるとおばちゃんの家?!ドキドキ。

[左]受付を済ませて門の前まで。もう家が見える♪
[右]左の林の木にはこんな可愛らしいえさ台も…
↓おばあちゃんの家に着きました〜♪
★続きを読む
清里・清泉寮にある“おばあちゃんの家”に行ってきました♪

[左]下から登っていくと、清泉寮の向かいにこの看板が見えてきます。
駐車場はこのだいぶ手前(下)です。
[右]林の中の道にはところどころにこんな目印が♪

[左]この看板が入り口のようです。
[右]この道を抜けるとおばちゃんの家?!ドキドキ。

[左]受付を済ませて門の前まで。もう家が見える♪
[右]左の林の木にはこんな可愛らしいえさ台も…
↓おばあちゃんの家に着きました〜♪
★続きを読む
2009年07月31日
世界ふしぎ発見!「スペイン横断!」
第1103回
スペイン横断! 行列のできる世界遺産の旅
2009/06/13(土)放送のこの回。
スペインと言うと、食べ物がすごくおいしそう!という以外は旅行の目的地としてあまり興味がなかった場所ですが、この番組見て俄然行きたくなりました!想像以上においしそうな料理にバルのシステム。やっぱり南の方は魚介類&料理がおいしそうですね〜。そして建物の素晴らしさに感嘆〜。建築、彫刻、風景を楽しみに行ってみたいです。昨年、最高時速300kmのAVE(スペイン高速鉄道・鳥の意・上の2つのクラスには食事つき)が全線繋がったそうで、AVEで巡る旅。良さそうですね〜。と言う訳でメモメモ…。
サグラダ・ファミリア聖堂で有名なガウディ。ガウディの「神の作った自然こそ手本」という信念に感銘!そうなんですよね。自然界に直線なんてないんです。なるほど〜と目から鱗状態。あの建物たちが急にステキに見えてきました。おまけに実用的ないろいろな設計がツボです。
■カタルーニャ地方 バルセロナ
かつて独立した国だったので独自の文化。カルソッツというネギを直火で焼いて中だけ食べる…これ、親戚のネギ畑の横でやりました(もちろん日本)。わ、一緒ですね♪それにしても芸術を重んじるって街自体がおもしろそう!
カサ・ミラ:屋上のロボットのようなたくさんのオブジェは煙突などの排気口とは!
グエル公園:市場に使う予定だった広場の地下の貯水槽の構造に感嘆。
サグラダ・ファミリア:木のように枝分かれした柱が素晴らしい〜。
カサ・カルベット:富豪の邸宅兼事務所。100年前のインテリアを生かして高級レストランに。
レアル広場の街灯:若きガウディの作。バルセロナは商業が盛んだったのにちなんでヘルメスのヘルメット付き♪
■首都マドリッド
マヨール広場:周辺にタパスがたくさん♪立ち飲みスタイルのバル。夜10時以降に混雑。メゾン・デ・シャンピニオン/トルティージャ/ボケロネス。
■アンダルシア地方 ゴルドバ
メスキータ:イスラム風で柱&アーチがステキ。
白い壁の街:イスラムの名残り。アーチ形石造りの遺跡のような橋が素晴らしい!
■(マラガ〜)グラナダ
アルハンブラ宮殿:スペイン最後のイスラム王朝の宮殿として13Cに建てられたもの。彫刻が素晴らしい!ほんとに観光客のすごい行列…。
バル クニーニ:グラナダならではのタパスが無料で付く習慣。馬車が走っていた昔、埃と虫よけにコップに蓋したパンがルーツ。その上に生ハムやチーズをサービスしたのが発展したとのこと。
看板広告の規制:唯一OKの看板!これ、スペイン土産のお酒に看板そっくりのチャームがくっついてました♪
アーチ形の装飾がされた回廊、中庭のパティオ形式、太い柱がたくさん並ぶ広場の上は屋根でなくまた広場、タイルのモザイク、公衆浴場などなど、なんとなく古代ローマの公共の巨大な建築物や貴族の館の遺跡に通じるものがあって興味津々です!
聖堂はガウディの没後100年の2026年を目標に工事は進められているそうですが、建築費は入場料と寄付に頼っているそうです。もし行くことができたら、少しでも完成に近づくところを見てみたいのでしっかり寄付をしてきたいものです。
「地球の歩き方」 > 国別基本情報 > ヨーロッパ > スペインの概要
世界ふしぎ発見! TBS毎週土曜日21:00〜
スペイン横断! 行列のできる世界遺産の旅
2009/06/13(土)放送のこの回。
スペインと言うと、食べ物がすごくおいしそう!という以外は旅行の目的地としてあまり興味がなかった場所ですが、この番組見て俄然行きたくなりました!想像以上においしそうな料理にバルのシステム。やっぱり南の方は魚介類&料理がおいしそうですね〜。そして建物の素晴らしさに感嘆〜。建築、彫刻、風景を楽しみに行ってみたいです。昨年、最高時速300kmのAVE(スペイン高速鉄道・鳥の意・上の2つのクラスには食事つき)が全線繋がったそうで、AVEで巡る旅。良さそうですね〜。と言う訳でメモメモ…。
サグラダ・ファミリア聖堂で有名なガウディ。ガウディの「神の作った自然こそ手本」という信念に感銘!そうなんですよね。自然界に直線なんてないんです。なるほど〜と目から鱗状態。あの建物たちが急にステキに見えてきました。おまけに実用的ないろいろな設計がツボです。
■カタルーニャ地方 バルセロナ
かつて独立した国だったので独自の文化。カルソッツというネギを直火で焼いて中だけ食べる…これ、親戚のネギ畑の横でやりました(もちろん日本)。わ、一緒ですね♪それにしても芸術を重んじるって街自体がおもしろそう!
カサ・ミラ:屋上のロボットのようなたくさんのオブジェは煙突などの排気口とは!
グエル公園:市場に使う予定だった広場の地下の貯水槽の構造に感嘆。
サグラダ・ファミリア:木のように枝分かれした柱が素晴らしい〜。
カサ・カルベット:富豪の邸宅兼事務所。100年前のインテリアを生かして高級レストランに。
レアル広場の街灯:若きガウディの作。バルセロナは商業が盛んだったのにちなんでヘルメスのヘルメット付き♪
■首都マドリッド
マヨール広場:周辺にタパスがたくさん♪立ち飲みスタイルのバル。夜10時以降に混雑。メゾン・デ・シャンピニオン/トルティージャ/ボケロネス。
■アンダルシア地方 ゴルドバ
メスキータ:イスラム風で柱&アーチがステキ。
白い壁の街:イスラムの名残り。アーチ形石造りの遺跡のような橋が素晴らしい!
■(マラガ〜)グラナダ
アルハンブラ宮殿:スペイン最後のイスラム王朝の宮殿として13Cに建てられたもの。彫刻が素晴らしい!ほんとに観光客のすごい行列…。
バル クニーニ:グラナダならではのタパスが無料で付く習慣。馬車が走っていた昔、埃と虫よけにコップに蓋したパンがルーツ。その上に生ハムやチーズをサービスしたのが発展したとのこと。
看板広告の規制:唯一OKの看板!これ、スペイン土産のお酒に看板そっくりのチャームがくっついてました♪
アーチ形の装飾がされた回廊、中庭のパティオ形式、太い柱がたくさん並ぶ広場の上は屋根でなくまた広場、タイルのモザイク、公衆浴場などなど、なんとなく古代ローマの公共の巨大な建築物や貴族の館の遺跡に通じるものがあって興味津々です!
聖堂はガウディの没後100年の2026年を目標に工事は進められているそうですが、建築費は入場料と寄付に頼っているそうです。もし行くことができたら、少しでも完成に近づくところを見てみたいのでしっかり寄付をしてきたいものです。
2009年07月30日
世界ふしぎ発見!「アイルランド 消えた魔法の民」
第1106回
アイルランド 消えた魔法の民 ダーナ神族を追う
2009/07/04(土)放送のこの回。
ケルト神話のトゥアハ・デ・ダナーン(女神ダーナを母とする神族)。エリン(アイルランド)の先住民族を敗り、エリンに4番目に上陸した種族。後に5番目の種族(人間?ケルト人?)に敗れ、海の彼方の「常若の国(ティル・ナ・ノグ)」と地下に逃れ、妖精(シー)となった。4つの宝、ヌアザの剣、ルーの槍、ダグザの大釜、運命の石を持つ。
…と神話の世界と思っていたのですが、実在の種族なのですか?!ケルト民族がこの地に来たのはBC500年頃。ダーナ神族はそれ以前のおよそ1万年前の巨石文明からとの説があるようです。
遺跡群といろいろな伝説、おもしろかったです。
・ノックナレア山麓のキャロウモア遺跡群に、BC7400年の最古のストーンサークルがある。
・BC4000年、ロッホクルー。マウンド(盛り土)を作り、春分と秋分の朝日だけが通路の奥に当たる。謎の記号(絵)があるが解明されていない。この頃は、新石器時代と呼ばれる人類が農業を始めた時代のに、高度な黄金製品のルヌラ(三日月形首飾り)、サンディスク(円盤型装飾品)、螺旋を描くデザインなど技術が高かった。同じ場所にダーナ神族の武器と楽器の展示。
・BC3700年、ナウス(光の丘の意)。春分秋分の日の朝日と夕日が入る2本の通路がある大きなマウンドの回りに、16個のそれぞれの時期の陽が入るようになっている小さなマウンドがある。
・BC3200年、ボイン渓谷のニューグレンジ(Ie語で太陽の家の意)。天体と関係がある建物。謎の記号や石に記された天体の記録がびっしり。冬至の朝日が通路にまっすぐ入る。奥に水盤。ダーナ神族の宮殿だったとも。墓と言われているのはケルト人がそう使っていたから。もう一つのダウス(暗闇の意)には冬至の夕日が入る。
・ケルト民族は馬と鉄。ダーナ神族を恐れたケルトの民が玄関に魔よけとして蹄鉄を飾った。
アルウィー洞窟:地下にある別世界への抜け道。
ベンブルベン山:キャロウモア近くのテーブルマウンテン。中腹に異界への出入り口がある。
ノックナレア山:この辺りには強い魔力を持った女王メーヴが治めた魔法使いの国がある。その女王が眠るのはこの丘(山?)の上。立ったまま埋葬されている。
ダーナ神族:光の人々とも言われていた。
カッコウの鳴き声:アイルランドでは左の肩越しに聞くと不吉。ヨーロッパでは悪魔は左の肩越しに囁くと言われている。
ケルトの民以前に高度な技術を持っていたダーナ神族。確かに高度な技術は魔法のように見えたのかもしれません。この種族がどうなったのか…、伝説は何を伝えているのか…、たくさんの記号の意味など、いろいろ解明されるのを楽しみにしています!
knowth.com
英語のサイトなのでよくわかりませんが、
ダーナ神族に関わる遺跡の写真がたくさんあります。
世界ふしぎ発見! TBS毎週土曜日21:00〜
アイルランド 消えた魔法の民 ダーナ神族を追う
2009/07/04(土)放送のこの回。
ケルト神話のトゥアハ・デ・ダナーン(女神ダーナを母とする神族)。エリン(アイルランド)の先住民族を敗り、エリンに4番目に上陸した種族。後に5番目の種族(人間?ケルト人?)に敗れ、海の彼方の「常若の国(ティル・ナ・ノグ)」と地下に逃れ、妖精(シー)となった。4つの宝、ヌアザの剣、ルーの槍、ダグザの大釜、運命の石を持つ。
…と神話の世界と思っていたのですが、実在の種族なのですか?!ケルト民族がこの地に来たのはBC500年頃。ダーナ神族はそれ以前のおよそ1万年前の巨石文明からとの説があるようです。
遺跡群といろいろな伝説、おもしろかったです。
・ノックナレア山麓のキャロウモア遺跡群に、BC7400年の最古のストーンサークルがある。
・BC4000年、ロッホクルー。マウンド(盛り土)を作り、春分と秋分の朝日だけが通路の奥に当たる。謎の記号(絵)があるが解明されていない。この頃は、新石器時代と呼ばれる人類が農業を始めた時代のに、高度な黄金製品のルヌラ(三日月形首飾り)、サンディスク(円盤型装飾品)、螺旋を描くデザインなど技術が高かった。同じ場所にダーナ神族の武器と楽器の展示。
・BC3700年、ナウス(光の丘の意)。春分秋分の日の朝日と夕日が入る2本の通路がある大きなマウンドの回りに、16個のそれぞれの時期の陽が入るようになっている小さなマウンドがある。
・BC3200年、ボイン渓谷のニューグレンジ(Ie語で太陽の家の意)。天体と関係がある建物。謎の記号や石に記された天体の記録がびっしり。冬至の朝日が通路にまっすぐ入る。奥に水盤。ダーナ神族の宮殿だったとも。墓と言われているのはケルト人がそう使っていたから。もう一つのダウス(暗闇の意)には冬至の夕日が入る。
・ケルト民族は馬と鉄。ダーナ神族を恐れたケルトの民が玄関に魔よけとして蹄鉄を飾った。
アルウィー洞窟:地下にある別世界への抜け道。
ベンブルベン山:キャロウモア近くのテーブルマウンテン。中腹に異界への出入り口がある。
ノックナレア山:この辺りには強い魔力を持った女王メーヴが治めた魔法使いの国がある。その女王が眠るのはこの丘(山?)の上。立ったまま埋葬されている。
ダーナ神族:光の人々とも言われていた。
カッコウの鳴き声:アイルランドでは左の肩越しに聞くと不吉。ヨーロッパでは悪魔は左の肩越しに囁くと言われている。
ケルトの民以前に高度な技術を持っていたダーナ神族。確かに高度な技術は魔法のように見えたのかもしれません。この種族がどうなったのか…、伝説は何を伝えているのか…、たくさんの記号の意味など、いろいろ解明されるのを楽しみにしています!
英語のサイトなのでよくわかりませんが、
ダーナ神族に関わる遺跡の写真がたくさんあります。
2009年03月18日
日テレ「古代ローマ大発掘SP」
古代ローマ好きな皆さま、ご覧になりました?!
すっかり忘れてて…というか、あまり乗り気でないので油断して30分も見逃しました。民放でやるのって、どうでもいい再現ドラマやいらないレポーターのコメント&顔のアップなどが多くて、どーも見る気が失せるので…(^^;
感想としては…
見たことのないポンペイが見られたのと、発掘途中の皇帝ネロの黄金宮殿と思われる内部が見られたのと、意外に再現ドラマが凝っていたのとで楽しく見られました!
ポンペイの石膏像。実際に見たり(街に展示してあったのはレプリカかも)、写真や映像で見たことのあるものばかりでしたが、パン屋のロバ(でしたか?)は初めて見ました。逃げ出す時に荷物を積んだり、いい乗り物になると思うのですが、なぜ残っていたのでしょう…?
実際のパン屋で焼き窯のすぐ近くに巨大な粉ひきがありましたが、あそこでロバ(?)がパカパカ働いていたんですか?う〜ん、現代だったら衛生上どうのこうのとなりそうですね…。でもあんなに大きな石…というより岩臼。人間では動かせないかも…。
※写真はこちらに↓
■4日目:ポンペイ・ナポリ/ローマ泊
皇帝ネロの黄金宮殿の一部ではないかという発掘現場。素晴らしいっ!何千年も経っているのにモザイクの色の鮮やかなこと!いつか公開する日が来るのでしょうか?う〜〜、楽しみです。
再現ドラマ、実際に降ってきた軽石や岩などのデータも入れて街並み含めてCGで再現という凝ったものでしたのでとても楽しめました。それにしてもあんな大きな岩が降ってきたんですね。街角に置きっぱなしの岩、見学通路は片づけられていたのでしょうか?記憶にありません。いつか、ポンペイの街に今度はじっくりと行ってみたいです。
最近の研究でわかった火砕サージ。エルコラーノは白骨、ポンペイは石膏像という違いがあったのは、温度の差だったんですね。その凄まじさはエルコラーノの遺跡を見るとよくわかります。
※エルコラーノの人型の複製、遺品の展示がありました↓
「ポンペイの輝き」展
いろいろ詳細を調べようと番組のサイトを探したら、これ、再編集した再放送なんですね?!そういえば以前すっかり見逃した…。
本放送ではコロッセオや皇帝カリギュラ、ローマ水道の事もやっていたんですか?!見たかったかもー
日テレ「古代ローマ大発掘SP」
ところで、ローマ水道ページの2枚目の写真。あれはイギリスのバースの遺跡では?かえすがえすも見たかった〜。今度は民放でもしっかりチェックします。反省。バースの遺跡へ行った時の旅行記も一向にアップする気配がないし…反省×2。
すっかり忘れてて…というか、あまり乗り気でないので油断して30分も見逃しました。民放でやるのって、どうでもいい再現ドラマやいらないレポーターのコメント&顔のアップなどが多くて、どーも見る気が失せるので…(^^;
感想としては…
見たことのないポンペイが見られたのと、発掘途中の皇帝ネロの黄金宮殿と思われる内部が見られたのと、意外に再現ドラマが凝っていたのとで楽しく見られました!
ポンペイの石膏像。実際に見たり(街に展示してあったのはレプリカかも)、写真や映像で見たことのあるものばかりでしたが、パン屋のロバ(でしたか?)は初めて見ました。逃げ出す時に荷物を積んだり、いい乗り物になると思うのですが、なぜ残っていたのでしょう…?
実際のパン屋で焼き窯のすぐ近くに巨大な粉ひきがありましたが、あそこでロバ(?)がパカパカ働いていたんですか?う〜ん、現代だったら衛生上どうのこうのとなりそうですね…。でもあんなに大きな石…というより岩臼。人間では動かせないかも…。
※写真はこちらに↓
■4日目:ポンペイ・ナポリ/ローマ泊
皇帝ネロの黄金宮殿の一部ではないかという発掘現場。素晴らしいっ!何千年も経っているのにモザイクの色の鮮やかなこと!いつか公開する日が来るのでしょうか?う〜〜、楽しみです。
再現ドラマ、実際に降ってきた軽石や岩などのデータも入れて街並み含めてCGで再現という凝ったものでしたのでとても楽しめました。それにしてもあんな大きな岩が降ってきたんですね。街角に置きっぱなしの岩、見学通路は片づけられていたのでしょうか?記憶にありません。いつか、ポンペイの街に今度はじっくりと行ってみたいです。
最近の研究でわかった火砕サージ。エルコラーノは白骨、ポンペイは石膏像という違いがあったのは、温度の差だったんですね。その凄まじさはエルコラーノの遺跡を見るとよくわかります。
※エルコラーノの人型の複製、遺品の展示がありました↓
「ポンペイの輝き」展
いろいろ詳細を調べようと番組のサイトを探したら、これ、再編集した再放送なんですね?!そういえば以前すっかり見逃した…。
本放送ではコロッセオや皇帝カリギュラ、ローマ水道の事もやっていたんですか?!見たかったかもー
ところで、ローマ水道ページの2枚目の写真。あれはイギリスのバースの遺跡では?かえすがえすも見たかった〜。今度は民放でもしっかりチェックします。反省。バースの遺跡へ行った時の旅行記も一向にアップする気配がないし…反省×2。
2009年01月20日
「オーラの泉」1/17 #140
今回のゲストは間 寛平さん。
収録時点では、アースマラソン出発前とのこと。
アースマラソン「足と風で、地球一周挑戦。」
12/17、大阪を出発して無事マラソンを終え、今は太平洋上とのこと。
この地球一周が、修験者の「千日回峰行」のようだと言われてました。
「千日回峰行」?…聞き慣れない言葉だったので調べてみました。
大阿闍梨 酒井雄哉師のサイト
こちらの「用語説明」のページに解説があります。
どうやら、7年かけて合計1000日を回峰し、その千日で歩く距離は約4万キロ、地球を一周するに等しい距離になるそうです。アースマラソンは順調にいくとゴールは1000日弱とのこと。そしてまさしく地球一周。本当に共通点がいっぱいです!
マラソンが好きな人の中には前世が修験僧だった人も多いとの江原さんのお言葉ですが、妙に納得!!(マラソンどころか年1回の体力測定の持久走も死にそうでした
≠修行僧)
で、この回で一番反応した言葉は…
え、「スパルタスロン」?
え、ゴールってその台座と足はスパルタのレオニダス王像ではっ?!
大興奮っ
そんな大会があるんですか?!
ぎょえ〜、走ることに全く興味無いので知りませんでした…。
RUNNER's Wellness > スパルタスロン > 旧サイト
こちらによるとスパルタスロンは、紀元前490年の“マラトンの戦い” でアテネ軍の将軍がスパルタ軍に応援を依頼するため派遣したフェイディピデスが出発の翌日にアテネからスパルタに着いたという、ヘロドトスの書に由来しているそうです。アテネ〜スパルタ、約246kmの道のりを、36時間以内で走破するそうです。過酷ですね
それにしても、マラトンでの戦勝をアテネに知らせた使者に由来するマラソンの他にも有名な話があるんですね〜。おまけになんといっても現地を走るっていうのが素晴らしいっ!!スパルタスロンには到底参加はできないけれど、スパルタには行ってみたかったので、いつかぜひ見学&応援にでも?!
話は思いっきり逸れ、脳内スパルタンで染まったのは言うまでもありません
間寛平 担当マネージャー日記
スパルタスロンでの記事があります。
SPARTATHLON 公式サイト(English)
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収録時点では、アースマラソン出発前とのこと。
12/17、大阪を出発して無事マラソンを終え、今は太平洋上とのこと。
この地球一周が、修験者の「千日回峰行」のようだと言われてました。
「千日回峰行」?…聞き慣れない言葉だったので調べてみました。
こちらの「用語説明」のページに解説があります。
どうやら、7年かけて合計1000日を回峰し、その千日で歩く距離は約4万キロ、地球を一周するに等しい距離になるそうです。アースマラソンは順調にいくとゴールは1000日弱とのこと。そしてまさしく地球一周。本当に共通点がいっぱいです!
マラソンが好きな人の中には前世が修験僧だった人も多いとの江原さんのお言葉ですが、妙に納得!!(マラソンどころか年1回の体力測定の持久走も死にそうでした
で、この回で一番反応した言葉は…
え、「スパルタスロン」?
え、ゴールってその台座と足はスパルタのレオニダス王像ではっ?!
大興奮っ
そんな大会があるんですか?!
ぎょえ〜、走ることに全く興味無いので知りませんでした…。
こちらによるとスパルタスロンは、紀元前490年の“マラトンの戦い” でアテネ軍の将軍がスパルタ軍に応援を依頼するため派遣したフェイディピデスが出発の翌日にアテネからスパルタに着いたという、ヘロドトスの書に由来しているそうです。アテネ〜スパルタ、約246kmの道のりを、36時間以内で走破するそうです。過酷ですね
それにしても、マラトンでの戦勝をアテネに知らせた使者に由来するマラソンの他にも有名な話があるんですね〜。おまけになんといっても現地を走るっていうのが素晴らしいっ!!スパルタスロンには到底参加はできないけれど、スパルタには行ってみたかったので、いつかぜひ見学&応援にでも?!
話は思いっきり逸れ、脳内スパルタンで染まったのは言うまでもありません
スパルタスロンでの記事があります。
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2008年08月25日
「世界ふしぎ発見!」赤毛のアン誕生100年
第1066回
赤毛のアン誕生100年 カナダからの贈り物
8/23(土)放送のこの回。“赤毛のアン”は小さい頃に読んで好きな本ではあったし、アニメも欠かさず見ていたけれど、そんなに思い入れもないので流すように見ようかと思ったら…。なんと!
え、スコットランド?ケルト?!こ、これは見なくては!今までカナダのイメージと言うと、メープルシロップ・森や湖・自然がキレイ・赤毛のアンの舞台・フランス…くらいしかなかったので(^^;
■モンゴメリの一族はスコットランドからの移民
モンゴメリ自身もスコットランド出身を誇りに思い、物語の中にアーサー王やスコットランドの詩がたびたび登場し、アンの出身もノバスコシアとなっているとのこと。
このノバスコシア、ニュー・スコットランドと言う意味だそうです。
ノバスコシアはプリンスエドワード島の隣りの州で橋で行くことができるとのこと。色とりどりの家が並ぶルーネンバーグの街は世界遺産に指定されているそうです。
■ケルトの民
ノバスコシア州一番北の端、ケープブレトン島は大西洋に面し対岸はイギリス。海を渡ってここに来たスコットランド系移民は、ケルト人と呼ばれる独特の文化を持った人たちで、ノバスコシアの中でも古いケルトの伝統が最も色濃く残っている場所だそうです。
島の住民の大部分がケルト人で、中にはケルトの言葉・ゲール語を話し、伝統を受け継いでいる人たちが現在でもいるそうです。
ケルトの人々にとって音楽も欠かせないもの。ここでは昔からの音楽が良く守られ、本国スコットランドからケルト音楽を学びに来る人もいるとのこと。
ハロウィンは元々ケルトの新年のお祭りだったもの。この世とは別の世界があって、1年に1度、年の初めだけその境の壁が薄くなり、別の世界の生き物がやってくると考えられていたので、その日は恐ろしい扮装をして別の世界の生き物を追い返そうとしたのが始まりだそうです。
その他にもいろいろ↓
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赤毛のアン誕生100年 カナダからの贈り物
8/23(土)放送のこの回。“赤毛のアン”は小さい頃に読んで好きな本ではあったし、アニメも欠かさず見ていたけれど、そんなに思い入れもないので流すように見ようかと思ったら…。なんと!
カナダ東海岸。ここは北大西洋に面しヨーロッパと向かいあっている。そのため早くからスコットランドやフランスの移民によって開拓された。
“赤毛のアン”の作者モンゴメリのルーツでもあるスコットランドのケルト文化が根づいている…。
え、スコットランド?ケルト?!こ、これは見なくては!今までカナダのイメージと言うと、メープルシロップ・森や湖・自然がキレイ・赤毛のアンの舞台・フランス…くらいしかなかったので(^^;
■モンゴメリの一族はスコットランドからの移民
モンゴメリ自身もスコットランド出身を誇りに思い、物語の中にアーサー王やスコットランドの詩がたびたび登場し、アンの出身もノバスコシアとなっているとのこと。
このノバスコシア、ニュー・スコットランドと言う意味だそうです。
ノバスコシアはプリンスエドワード島の隣りの州で橋で行くことができるとのこと。色とりどりの家が並ぶルーネンバーグの街は世界遺産に指定されているそうです。
■ケルトの民
ノバスコシア州一番北の端、ケープブレトン島は大西洋に面し対岸はイギリス。海を渡ってここに来たスコットランド系移民は、ケルト人と呼ばれる独特の文化を持った人たちで、ノバスコシアの中でも古いケルトの伝統が最も色濃く残っている場所だそうです。
島の住民の大部分がケルト人で、中にはケルトの言葉・ゲール語を話し、伝統を受け継いでいる人たちが現在でもいるそうです。
ケルトの人々にとって音楽も欠かせないもの。ここでは昔からの音楽が良く守られ、本国スコットランドからケルト音楽を学びに来る人もいるとのこと。
ハロウィンは元々ケルトの新年のお祭りだったもの。この世とは別の世界があって、1年に1度、年の初めだけその境の壁が薄くなり、別の世界の生き物がやってくると考えられていたので、その日は恐ろしい扮装をして別の世界の生き物を追い返そうとしたのが始まりだそうです。
その他にもいろいろ↓
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2007年10月21日
FIGARO japon voyage イギリス
フィガロ ジャポン voyage
「イギリスの美しい田舎町」
・コーンウォール Cornwall
・コッツウォルズ The Cotswolds
・湖水地方 The Lake District
AndyさんのAndy(kosotto)Net「特集、スコットランド!」こちらで教えていただいた上記の雑誌。昨年夏に発売されたものですが、旅行先で寄った本屋さんに、偶然にもありました(嬉)!
特集されている、コーンウォール、コッツウォルズ、湖水地方は、どこも美しい田舎町として名高い地方。一度は行ってみたい!と思っていたところ。特に、湖水地方は最後にUKに行った時、どうしても日程が合わず諦めたところなので…。
まだ当分行けませんが、いつか行けるときの為に、この雑誌で地理等のお勉強しつつ、美しい風景やステキなホテル、いろいろなおいしそうなものの写真を眺めていたいと思います〜。
気になったところメモ↓
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「イギリスの美しい田舎町」
・コーンウォール Cornwall
・コッツウォルズ The Cotswolds
・湖水地方 The Lake District
AndyさんのAndy(kosotto)Net「特集、スコットランド!」こちらで教えていただいた上記の雑誌。昨年夏に発売されたものですが、旅行先で寄った本屋さんに、偶然にもありました(嬉)!
特集されている、コーンウォール、コッツウォルズ、湖水地方は、どこも美しい田舎町として名高い地方。一度は行ってみたい!と思っていたところ。特に、湖水地方は最後にUKに行った時、どうしても日程が合わず諦めたところなので…。
まだ当分行けませんが、いつか行けるときの為に、この雑誌で地理等のお勉強しつつ、美しい風景やステキなホテル、いろいろなおいしそうなものの写真を眺めていたいと思います〜。
気になったところメモ↓
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2007年08月29日
インカ・マヤ・アステカ展
インカ・マヤ・アステカ世界、堪能してきました。行く前に、NHKの特集を観たのですが、やっぱり本物は違います!日曜の午前中に行ったのですが、「待ち時間0分」ながらもなかなか混んでいて、展示物を人垣の間から見ることもしばしば…。
ともすると、ごちゃ混ぜになってしまう、この3つの文明。まとめておこうと思います。
前回の記事「インカ・マヤ・アステカ展」はこちら
場所は北から、アステカ、マヤ、インカの順。
■マヤ文明 〜密林が生んだ2000年の王国〜
中米ユカタン半島中心(メキシコ・グァテマラ中心)。
BC500年頃から16Cにスペインに滅ぼされるまで2000年にわたって繁栄。
70もの都市国家で文字も言葉も同じだが統一はない。
マヤ文字は表音文字。近年、解読が進み、歴史が紐解かれつつある。
川沿いの肥沃な土地でなく、川もない密林に高度な文明。
マヤの都市国家は2000年近くも共存していた。それぞれの都市が独立し、国家の多様性のため、繁栄は持続した。
マヤが生み出した形:自然を敬い、その恵みを大切に分け合いながら暮らそうとした、人々の知恵の姿
1519年、スペイン艦隊がマヤを征服。決定的だったのは、スペイン人が持ち込んだ伝染病で、約9割が死に絶えた。
とにかく、王や貴族のヒスイ製の面が見事でした。権威の象徴とされたヒスイは珍重されたとのこと。意匠を凝らした顔一面と大きな耳飾りが展示されていました。
あと印象に残ったのは、ティカルで発見された王の役割を伝える品々や、儀式の絵が描かれた貴重なカカオを入れて飲んだ容器、聖なる動物ジャガーの紋(?)のあるマヤ文字の王の名、そして、王が自らの性器を傷をつけ、その血を神に捧げる放血儀礼の場面が彫られたレリーフ…。これは恐ろしい〜。
アステカ・インカはこちら↓
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ともすると、ごちゃ混ぜになってしまう、この3つの文明。まとめておこうと思います。
前回の記事「インカ・マヤ・アステカ展」はこちら
場所は北から、アステカ、マヤ、インカの順。
■マヤ文明 〜密林が生んだ2000年の王国〜
中米ユカタン半島中心(メキシコ・グァテマラ中心)。
BC500年頃から16Cにスペインに滅ぼされるまで2000年にわたって繁栄。
70もの都市国家で文字も言葉も同じだが統一はない。
マヤ文字は表音文字。近年、解読が進み、歴史が紐解かれつつある。
川沿いの肥沃な土地でなく、川もない密林に高度な文明。
マヤの都市国家は2000年近くも共存していた。それぞれの都市が独立し、国家の多様性のため、繁栄は持続した。
マヤが生み出した形:自然を敬い、その恵みを大切に分け合いながら暮らそうとした、人々の知恵の姿
1519年、スペイン艦隊がマヤを征服。決定的だったのは、スペイン人が持ち込んだ伝染病で、約9割が死に絶えた。
【ティカル】(世界遺産)
大都市で6万人と推定(グァテマラ)。金属を知らない。最高64mのピラミッド。8世紀の王のもの。神殿でもあり王の墓でもある。ピラミッドは増築するたびに大きくなった。
地下水脈が低く井戸は困難、川もない石灰岩の大地。その石灰岩から漆喰を作り、ピラミッドのある4km四方の中央広場の足元が全て塗られていた(漆喰の表面は赤)。広場に高低差1mの人工的な傾きを作り、雨水が一方方向に流れるようにして、巨大な貯水池へ溜めていた。
貯水池の底は10〜30cmの漆喰が塗られ、斜面に上中下3段の貯水池が作られていた。汚染度は下へ行くほど高くなる。
【チチェン・イツァー】(世界遺産)
マヤ北部(メキシコ)。4万人と推定。ここには地下10mにセノーテという泉がある。水深15mの底に118体以上の人骨。歯をギザギザに削るのは独特の風習。顔を強打された子供の頭蓋骨には、石のナイフで皮を剥がされた跡が残る。これらは神に捧げられた古代マヤの人々。天候不良や雨の為に生贄にされた。
1年は雨季と乾季に分かれる。春分の午後3時ごろ、ピラミッドに豊穣の神・大蛇のククルカンが姿を現す。このあと雨季となる。ククルカンが顕在するよう、このピラミッドは真西から17度の角度をずらして建てられている。
焼畑でトウモロコシを作っていた。森を休めつつ行うので限界があり、大きくならなかった。が、都市間は緩いネットワークがあり、交易をしていた。王の権威に貴重なヒスイは南部のごく一部の地域からしか取れないが、全都市に行き渡っている。
【ボナンパック】
1200年前の戦争の様子を描いた壁画がある。
戦うのは王と貴族のみ。ジャングルなので大軍はムリ。住民は巻き込まなかった。武器は石槍や斧。戦う日にちも決まっていた。生け捕りにした方が勝ち。徹底的な破壊や殺傷はなかった。
およそ1200年前に作られた天文台。1000年前にすでに、1年は365.24日と正確に算出していた。戦争は明けの明星か宵の明星だけ。戦争を頻繁にさせない知恵。
【アグアテカ】
ティカルから150km。これまで例に無い、戦争によって徹底的に破壊され、焼き尽くされた街。焼け焦げたものが大量に出土。
ティカルは人口が急増し、森が破壊され、食糧難のため、周辺の街を略奪し破壊した。戦争のモラルが崩れた。1000年栄え、巨大化の果てに限界を超え、滅び放棄された。
とにかく、王や貴族のヒスイ製の面が見事でした。権威の象徴とされたヒスイは珍重されたとのこと。意匠を凝らした顔一面と大きな耳飾りが展示されていました。
あと印象に残ったのは、ティカルで発見された王の役割を伝える品々や、儀式の絵が描かれた貴重なカカオを入れて飲んだ容器、聖なる動物ジャガーの紋(?)のあるマヤ文字の王の名、そして、王が自らの性器を傷をつけ、その血を神に捧げる放血儀礼の場面が彫られたレリーフ…。これは恐ろしい〜。
アステカ・インカはこちら↓
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2007年08月10日
■4日目:ナポリ(つづき)/ローマ泊
ロマンティック街道・スイスアルプスと代表3都市(ロンドン・ローマ・パリ)
'89.12/21(木)〜'90.1/01(月) 12日間
4日目:12/24(日)
ナポリ・ポンペイ終日観光(つづき)〜
カンツォーネ・ディナー〜ホテル
Napoli ナポリへ
Castel Nuovo ヌオーヴォ城 別名:Maschio Angioino マスキオ・アンジオイーノ
13世紀、当時の支配者アンジュー家の城。15世紀、アラゴン家によって改築。
内部は博物館になっている。名前の意味は“新しい城”

海沿いの道に強固な感じのお城が見えて来ました。大きな4基の塔が印象的です。

確か、メディチ家縁の建物だった気が…。全く違うかも(^^;
紋章の細工があまりに見事なので撮っておきました。

アップにすると、一番下に羊がぶら下がっている…?!

一望できる高台でバスを降りて、ナポリ港を見学。
目の前にヴェスピオ山が見えます。

左端のアップ。
この高台は高級住宅街だそうで、整然と邸宅が並んでいました。高級車もたくさん。
ちなみに今日の観光バスは真っ赤なベンツのバスでした
ナポリは、陽射しが暖かでコートがいらなかったです。
ここで、今日の終日観光も終わり。
一路、ローマへ。
と、そんな車内から急いで撮ったこの一枚!

アップです↓

なんとカリメロが!小さい頃アニメで見ていた…。懐かしい〜!
ピヨ ピヨ カリ〜メロ〜 歌〜っちゃお〜
たま ごの ぼぉしを〜 かぶ〜っちゃお〜
プリシラ〜 大〜好き〜 あ〜いしちゃお〜♪(確かこんな歌)
タマゴのぼうしはすばらしい
こちらのサイト様によると、なんと原作はイタリアの漫画だそうです。
知らなかったです〜。へ〜〜。
Rome ローマへ
まずは、カメオ店と高級バッグの免税店などへ
ツアーだと、予定にかかれてなくてもこういうのが組まれています。
まぁ、商品の歴史も聞けるし、トイレを借りられたり、水が飲めたりもしますが…。
ここで小さなカメオを、記念だしお土産にでもと買ったら、相当高かったようです。
相場を知らずして、衝動買いはいけません
このあとは、カンツォーネ・ディナーショー♪
Canzoneとは本来“民謡”の事で、地方地方にそれぞれあるのに、
日本ではなぜか、“ナポリ民謡”限定になってしまってるそうです。
他の地方で、ナポリ民謡を歌ってというのはちょっと…だそうです。
Ristorante QVO VADIS
ROME - VIA APPIA ANTICA, 38 ('89現在)
席へ付いて食事が始まると、楽団(?)の女性とカメラマンが各テーブルを回り、
記念撮影をして、帰りまでに用意するので買ってくれとの事。
イタリアの観光客相手の方々は商魂豊かです(^^;
でも、今日はクリスマス・イブ。こんな日まで仕事をして大変かも。
というわけで、またまた記念でと、店名入り台紙付きの大き目の白黒写真を
購入して来ました。660円くらいだったので安い方かも。
ディナーショーと言っても、舞台があるわけでなく、
歌い手とギターやアコーディオンの楽団が演奏しつつ、
各テーブルを回るようです。
オ・ソーレ・ミオや、サンタ・ルチアなど聞きなれている歌も歌ってくれるのですが、
とにかくチップを渡すまで、テーブルから離れてくれないんです(^^;
頭の上でガンガン演奏された日には…
早く向こうへ行ってください〜〜といった感じでした。
いつもこんな感じなんでしょうか…?だとしたら、一度で結構です。堪能しました。
この夜はクリスマス・イブ。
せっかくカトリック総本山のお膝元にいるのに、ミサに参加しない手はないと、
急遽、希望者のみ添乗員さんが引率してくれることになりました。
今晩から、すべてのお店がお休みになり、なんと地下鉄までお休みなので、
サンピエトロ寺院まで歩いて行くとの事!
私と友人は、なんの迷いもなく不参加。
疲れていたし、日本人特例のある今、ミサを見学に行くのも…と思って。
信者ではないけれど、カトリック系の学校に通っていたので、
その真摯さ重要さはわかってるつもりです…一応。
と、いうわけで、ホテルでゆったりと過ごし、すぐに寝たのでした。
明日はなんと、午前中、フリータイムです!楽しみ〜♪
チップは500Lit.
もくじは「kei☆の独り言;Blog」のこちらへ
編集後記↓
続きを読む
'89.12/21(木)〜'90.1/01(月) 12日間
4日目:12/24(日)
ナポリ・ポンペイ終日観光(つづき)〜
Castel Nuovo ヌオーヴォ城 別名:Maschio Angioino マスキオ・アンジオイーノ
13世紀、当時の支配者アンジュー家の城。15世紀、アラゴン家によって改築。
内部は博物館になっている。名前の意味は“新しい城”

海沿いの道に強固な感じのお城が見えて来ました。大きな4基の塔が印象的です。

確か、メディチ家縁の建物だった気が…。全く違うかも(^^;
紋章の細工があまりに見事なので撮っておきました。

アップにすると、一番下に羊がぶら下がっている…?!

一望できる高台でバスを降りて、ナポリ港を見学。
目の前にヴェスピオ山が見えます。

左端のアップ。
この高台は高級住宅街だそうで、整然と邸宅が並んでいました。高級車もたくさん。
ちなみに今日の観光バスは真っ赤なベンツのバスでした
ナポリは、陽射しが暖かでコートがいらなかったです。
ここで、今日の終日観光も終わり。
一路、ローマへ。
と、そんな車内から急いで撮ったこの一枚!

アップです↓

なんとカリメロが!小さい頃アニメで見ていた…。懐かしい〜!
ピヨ ピヨ カリ〜メロ〜 歌〜っちゃお〜
たま ごの ぼぉしを〜 かぶ〜っちゃお〜
プリシラ〜 大〜好き〜 あ〜いしちゃお〜♪(確かこんな歌)
こちらのサイト様によると、なんと原作はイタリアの漫画だそうです。
知らなかったです〜。へ〜〜。
まずは、カメオ店と高級バッグの免税店などへ
ツアーだと、予定にかかれてなくてもこういうのが組まれています。
まぁ、商品の歴史も聞けるし、トイレを借りられたり、水が飲めたりもしますが…。
ここで小さなカメオを、記念だしお土産にでもと買ったら、相当高かったようです。
相場を知らずして、衝動買いはいけません
このあとは、カンツォーネ・ディナーショー♪
Canzoneとは本来“民謡”の事で、地方地方にそれぞれあるのに、
日本ではなぜか、“ナポリ民謡”限定になってしまってるそうです。
他の地方で、ナポリ民謡を歌ってというのはちょっと…だそうです。
ROME - VIA APPIA ANTICA, 38 ('89現在)
席へ付いて食事が始まると、楽団(?)の女性とカメラマンが各テーブルを回り、
記念撮影をして、帰りまでに用意するので買ってくれとの事。
イタリアの観光客相手の方々は商魂豊かです(^^;
でも、今日はクリスマス・イブ。こんな日まで仕事をして大変かも。
というわけで、またまた記念でと、店名入り台紙付きの大き目の白黒写真を
購入して来ました。660円くらいだったので安い方かも。
ディナーショーと言っても、舞台があるわけでなく、
歌い手とギターやアコーディオンの楽団が演奏しつつ、
各テーブルを回るようです。
オ・ソーレ・ミオや、サンタ・ルチアなど聞きなれている歌も歌ってくれるのですが、
とにかくチップを渡すまで、テーブルから離れてくれないんです(^^;
頭の上でガンガン演奏された日には…
早く向こうへ行ってください〜〜といった感じでした。
いつもこんな感じなんでしょうか…?だとしたら、一度で結構です。堪能しました。
せっかくカトリック総本山のお膝元にいるのに、ミサに参加しない手はないと、
急遽、希望者のみ添乗員さんが引率してくれることになりました。
今晩から、すべてのお店がお休みになり、なんと地下鉄までお休みなので、
サンピエトロ寺院まで歩いて行くとの事!
私と友人は、なんの迷いもなく不参加。
疲れていたし、日本人特例のある今、ミサを見学に行くのも…と思って。
信者ではないけれど、カトリック系の学校に通っていたので、
その真摯さ重要さはわかってるつもりです…一応。
と、いうわけで、ホテルでゆったりと過ごし、すぐに寝たのでした。
明日はなんと、午前中、フリータイムです!楽しみ〜♪
チップは500Lit.
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編集後記↓
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2007年08月10日
『ヨーロッパ5ヶ国周遊』
近畿日本ツーリスト F-23F ハイライト周遊
ロマンティック街道・スイスアルプスと代表3都市(ロンドン・ローマ・パリ)
'89.12/21(木)〜'90.1/01(月) 12日間
あまりにも古い記憶なので、参考にはならないと思いますが
旅行記として、残そうと思います〜。
何かの参考になればいいのですが…。
少しずつアップしていきます〜。
『ヨーロッパ5ヶ国周遊』
もくじ
■プロローグ 06.2/03up
■1日目:成田〜フランクフルト(モスクワ経由) … フランクフルト泊 11.6/29up
■2日目:フランクフルト→ロンドン・半日観光 06.2/07up
ロンドン(つづき) … ロンドン泊 06.2/21up
■3日目:ロンドン→ローマ半日観光 … ローマ泊 07.7/27up
■4日目:ローマ→ナポリ・ポンペイ一日観光 07.8/8up
ナポリ(つづき) … ローマ泊 07.8/10up
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ロマンティック街道・スイスアルプスと代表3都市(ロンドン・ローマ・パリ)
'89.12/21(木)〜'90.1/01(月) 12日間
あまりにも古い記憶なので、参考にはならないと思いますが
旅行記として、残そうと思います〜。
何かの参考になればいいのですが…。
少しずつアップしていきます〜。
『ヨーロッパ5ヶ国周遊』
もくじ
■プロローグ 06.2/03up
■1日目:成田〜フランクフルト(モスクワ経由) … フランクフルト泊 11.6/29up
■2日目:フランクフルト→ロンドン・半日観光 06.2/07up
ロンドン(つづき) … ロンドン泊 06.2/21up
■3日目:ロンドン→ローマ半日観光 … ローマ泊 07.7/27up
■4日目:ローマ→ナポリ・ポンペイ一日観光 07.8/8up
ナポリ(つづき) … ローマ泊 07.8/10up
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2007年08月08日
■4日目:ポンペイ・ナポリ/ローマ泊
ロマンティック街道・スイスアルプスと代表3都市(ロンドン・ローマ・パリ)
'89.12/21(木)〜'90.1/01(月) 12日間
4日目:12/24(日)
ホテル出発〜ナポリ・ポンペイ終日観光
〜
カンツォーネ・ディナー〜ホテル
グランド・ホテル(GRAND HOTEL)の朝食は、なんと焼きたてのクロワッサンでした。
おいしい〜。牛乳をたっぷり入れてくれるコーヒーもすごくおいしい♪
今日もいい天気です!
暖冬ということもあり、イタリアは暖かです。
ポンペイ Pompeiへ

ヴェスヴィオ山(Vesuvio)が見えて来ました。
近年まで噴火しているだけあって、頂上付近は平らで草木が生えてない〜。

ポンペイの遺跡に到着。ヴェスヴィオ山が遠くに見えます。
色鮮やかな券をもらって中に入ると、すぐに色彩の残る遺跡があります。

街中心の広場。後ろがヴェスヴィオ山。

遺跡&山のアップ。

街中の大通り。両端は歩道。
先の四角いのは水場で、女性の意匠の口から水が常時出ていたようです。
ただ水道管は鉛だったようで、身体に悪そうです…。

大通りのアップ。

商店が並んでいたようで、こちらはパン屋さん。
中央が焼き釜で、右が粉挽き機だそうです。
他にも、カウンターの残っている飲み屋や、 石造りの長椅子に穴が開いただけの
公衆トイレ(でも下を水が流れているので水洗!)などなど、通り沿いにいろいろ。
復元された貴族の館は、壁画の色も鮮やかで、入口は狭いながらも
中庭を囲んでたくさんの部屋がありました。
そして入口には必ず、カブトを被り凛々しい戦士の絵があって、
え〜と、下半身がすごいんです。
繁栄のシンボルだったそうで、入口に必ず書いていた絵だとか…。
通りの四つ角の地面に、今度は下半身のあの物だけの浮彫りがあり、
ルパナーレ(娼館)の場所を指しているそうで…。
公衆浴場…といっても、現代のスパよりもはるかに広大な施設で、
壁にあいた穴からスチームの出るサウナもあったそうです。
この時代、日本では縄文式土器を作っていたのに…。
浴室の中央には噴水のような水飲み台があって、縁に文字が…。
なんと、その水飲み台を寄付した政治家の名前だそうです。
いつの時代もこういう事はあまり変わらないんだなぁと感心しました。
公衆浴場は展示室も兼ねていて、あの有名な資料集に載っていた
石膏の人型も置いてありました。奴隷首輪の後もクッキリとわかりました。
ポンペイの街はいろいろ質問したかったので、
現地ガイドのコロンボさん(仮名)にピッタリくっついて♪
で、念願の遺跡の中を歩いていることに興奮して、写真がほとんどありません。
残念〜〜〜(^^;。

馬車の轍の跡がついた石畳。
車輪の幅に規格があったのでしょうか?こんな石が彫れてしまうなんて!
ところどころに、横断歩道のように、歩道と同じ高さの飛び石が
2つ設置されていて渡れるようになっていました。

遺跡にいた数頭の犬達は、みんなフレンドリーで、
なでてあげるとこんなに嬉しそうです。
でも今から考えると、危ない〜〜!(良い子の皆さんは真似しないように)
名残惜しい中、「ナポリを見てから死ね」のナポリ港見物に出発です。
つづく…
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編集後記↓
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'89.12/21(木)〜'90.1/01(月) 12日間
4日目:12/24(日)
ホテル出発〜ナポリ・ポンペイ終日観光
〜
グランド・ホテル(GRAND HOTEL)の朝食は、なんと焼きたてのクロワッサンでした。
おいしい〜。牛乳をたっぷり入れてくれるコーヒーもすごくおいしい♪
今日もいい天気です!
暖冬ということもあり、イタリアは暖かです。

ヴェスヴィオ山(Vesuvio)が見えて来ました。
近年まで噴火しているだけあって、頂上付近は平らで草木が生えてない〜。

ポンペイの遺跡に到着。ヴェスヴィオ山が遠くに見えます。
色鮮やかな券をもらって中に入ると、すぐに色彩の残る遺跡があります。

街中心の広場。後ろがヴェスヴィオ山。

遺跡&山のアップ。

街中の大通り。両端は歩道。
先の四角いのは水場で、女性の意匠の口から水が常時出ていたようです。
ただ水道管は鉛だったようで、身体に悪そうです…。

大通りのアップ。

商店が並んでいたようで、こちらはパン屋さん。
中央が焼き釜で、右が粉挽き機だそうです。
他にも、カウンターの残っている飲み屋や、 石造りの長椅子に穴が開いただけの
公衆トイレ(でも下を水が流れているので水洗!)などなど、通り沿いにいろいろ。
復元された貴族の館は、壁画の色も鮮やかで、入口は狭いながらも
中庭を囲んでたくさんの部屋がありました。
そして入口には必ず、カブトを被り凛々しい戦士の絵があって、
え〜と、下半身がすごいんです。
繁栄のシンボルだったそうで、入口に必ず書いていた絵だとか…。
通りの四つ角の地面に、今度は下半身のあの物だけの浮彫りがあり、
ルパナーレ(娼館)の場所を指しているそうで…。
公衆浴場…といっても、現代のスパよりもはるかに広大な施設で、
壁にあいた穴からスチームの出るサウナもあったそうです。
この時代、日本では縄文式土器を作っていたのに…。
浴室の中央には噴水のような水飲み台があって、縁に文字が…。
なんと、その水飲み台を寄付した政治家の名前だそうです。
いつの時代もこういう事はあまり変わらないんだなぁと感心しました。
公衆浴場は展示室も兼ねていて、あの有名な資料集に載っていた
石膏の人型も置いてありました。奴隷首輪の後もクッキリとわかりました。
ポンペイの街はいろいろ質問したかったので、
現地ガイドのコロンボさん(仮名)にピッタリくっついて♪
で、念願の遺跡の中を歩いていることに興奮して、写真がほとんどありません。
残念〜〜〜(^^;。

馬車の轍の跡がついた石畳。
車輪の幅に規格があったのでしょうか?こんな石が彫れてしまうなんて!
ところどころに、横断歩道のように、歩道と同じ高さの飛び石が
2つ設置されていて渡れるようになっていました。

遺跡にいた数頭の犬達は、みんなフレンドリーで、
なでてあげるとこんなに嬉しそうです。
でも今から考えると、危ない〜〜!(良い子の皆さんは真似しないように)
名残惜しい中、「ナポリを見てから死ね」のナポリ港見物に出発です。
つづく…
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編集後記↓
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2007年07月28日
■3日目:ロンドン→ローマ/ローマ泊
ロマンティック街道・スイスアルプスと代表3都市(ロンドン・ローマ・パリ)
'89.12/21(木)〜'90.1/01(月) 12日間
3日目:12/23(土)
6:00ホテル出発〜8:00ロンドン出発(AZ285)−10:55ミラノ空港着
〜11:55ミラノ空港出発(AZ0071)−13:00ローマ着〜ローマ市内観光〜ホテル
4:45モーニングコールで、5:00バゲージアウト。
モーニングコールで起きていたんでは、絶対に間に合わない!
5時ちょうどに部屋の前にスーツケースを置かなければならないので。
5:15に朝食。6:00バスに乗って、ヒースロー空港へ
空港では税関へ行き、V.A.Tの書類にハンコを押してもらう。
ガイドには品物も見せると書いてあったけれど、
係員の方はほとんど見てないので簡単でした。
横に、郵便物を入れる袋が置いてあって、封筒はその中へ。
周りに水らしきものがなかったのと、急いでいたのとで、
封筒をベロベロなめることに…。
今思うとキチャない〜(^^;
ヒースロー空港 Alitaliaに搭乗

8:00出発。やっと明るくなって来ました。

スイスアルプス上空。白銀の山の頂がすっごくキレイでした!
アリタリア航空のスチュワーデス、スチュワートさん達は
とーっても陽気で明るくて感じが良かったです
ミラノ MILANO
REPUBBLICA ITALIANA
Lenate(レナーテ)空港
10:55到着。
前日、添乗員さん(&一組)は別便と散々脅されましたが(笑)、
仮添乗員さんの下、すんなりと搭乗機もわかり、解散〜。
乗り継ぎなので、空港どころか、登場口から外にも行けませんが…。
さっそく公衆電話と記念撮影

公衆電話のアップ

ミラノ〜ローマへ AZ0071
11:55発。
いい加減と聞いていたわりには、今まで全てほとんど定刻どおり。
機内で斜め前に座ったおじさんが、新聞を広げながらも、
どうも私たちが気になるらしく、何度も振り向いていた。
日本人が珍しいのかな…?興味津々と入った感じ…。
ローマ ROMA
Aeroporto Intercontinentale Leonardo da Vinci
(レオナルド・ダ・ヴィンチ空港)
やっぱりやってくれたか、アリタリア!
ここで問題発生!! [
7]
なかなかスーツケースが出てこないで、何時間も待たされ、
挙句の果てに、一個足りない!
友人のスーツケースでした…。
スーツケースの盗難がよくあると聞いていたので、まさか…?!
他のところもあちこち探したけれど無い!
ガイドさん二人もやって来たけど、イタリア人でイマイチ通じない〜。
(注:イタリアではイタリア人の添乗員もつけなければいけない)
結局、みんなはバスに乗り込んで待つことに。
友人は仮添乗員さんとクレームを出しに行きました。
バスの中ではみんなグッタリ…。
ガイドさんの日本語まじりの英語も聞く気になれず…。
時刻は15時をまわっていました。
ローマ市内観光
とりあえず、レストランに入って遅い昼食。
フルコースなのに急がされる、急がされる!
でもやっぱり、本場のスパゲティはうっま〜〜〜い
疲れもとれる〜♪
IL TINELLO
Roma - Via Porta Pinciana, 16-b ('89現在)
現地ガイドさん(添乗員さんの他に現地で案内する日本人ガイド)が到着。
背の高くない刑事コロンボのような髪型&トレンチコートを着た人でした。
つまりイタリアでは、出発から帰国までの添乗員さんと、日本人の現地ガイドさん、
日本語が全くしゃべれない(英語も?)イタリア人の現地ガイドさんと、
なんだか大勢〜♪
その後、バスに乗り込み、市内観光に出発!
車窓から、ローマ時代の遺跡がそこここに観られます。
道路に沿ってずら〜っと駐車している車、なんと車間距離なし!
どうやって出るんだろうと思ったら、コロンボさん(仮名)曰く、
前の車にガンとぶつけて、後ろの車にガンとぶつけて出るんだそう(^^;。
バンパーはぶつけるためにある!らしい。車は走ればいい!と。
確かに廃車かと思われるくらいホコリまみれのボコボコの車ばかり。
イタリア人は車を大切にしないそうです。('89の情報)
それでも、ベンツやアウディもちゃんと走っていて、そういう車はピッカピカでした。
バチカン市国
State of the City of Vatican Status Civitatis Vaticanæ
ローマ市街の西、テベレ川の右岸に位置する世界最小の独立国家。
国といっても国境はないが、独自の切手や通貨を発行し、絶大な権力を有している。
市国への出入り口には、ミケランジェロがデザインしたカラフルな
縞模様の制服を着たスイスの衛兵(スイスガード)が立っている。
Basilica di San Pietro サン・ピエトロ大聖堂
世界最大規模を誇るカトリックの総本山。
326年、コンスタンティヌス帝がサン・ピエトロ(聖ペテロ)の墓所といわれる上に
寺院を建設したのが始まり。
入口中央の青銅の扉には、サン・ピエトロの殉教場面が描かれている。

すっかり夕焼け。イギリスより日が長いとは言え、やっぱり冬至。

クリスマス時期なので、広場の真ん中に大きなツリーと、馬小屋が建設されていて、
聖書の中のクリスマス場面がたくさんの人形で再現されていました。

すごく大きいのがわかります?近くに立っているのは人ですので…。
この後、大聖堂の中を見学するのですが、この時期、恥ずかしいことに、
日本人観光客は一切話してはいけない。ガイドもいけない。
というバチカンからのお達しがあったんです。
それというのも、日本で「土曜の夜のある番組」が大ヒットしていて、
その番組最後の「懺悔の部屋」で、NGを出したなど失敗した出演者が呼ばれ、
イエスの格好をした人が手でバツを出すと上から水がザバーッと降ってくる
…というもの。
肩や足を出した服装だと入れてもらえないくらい厳かで、
敬虔なカトリック信者が世界中から集まり、ミサが一日に何度も行われている
神聖な聖堂内で、こともあろうに日本人観光客が「ザンゲ!ザンゲ〜!」
と大声を出して笑って、大騒ぎしたそうです。
この事態を重く見て、当初は「日本人立ち入り禁止」でした。
本当に恥ずかしい!全世界のカトリック信者に伝わったんですよ?!
幸いにも中に入ることができましたが、ツアーの皆さんも同じ気持ちだったんでしょう。
話したとしてもヒソヒソ声で静かに見学していました。
この「話してはいけない」の他にも注意が一つ。
「聖堂の壁に無数の扉が開いているけれど、中に入ってはいけない」でした。
展示部屋や小道に通じていて、必ず道に迷う人がいるから、だそうです。
中に入ってみると確かにたくさんの扉があり、でもたくさんの人が出入りしてる。
うぅ〜〜、入ってみたい!でもまぁ、他にも見るものはいっぱい。
一面モザイクの壁や、いろんな像・装飾が素晴らしかったです。
暗くてよく見えなかったですけど、すごく大きなパイプオルガンがありました。
ミケランジェロ24歳の作品「ピエタ」素晴らしい〜〜。
ちなみに「ピエタ」とは、磔から降ろされたイエスを聖母マリアが
抱えている場面の事を言うそうです。
イタリア人ガイドさんがたまに一言で説明をしてくれました。
壁を指して“モザイク”とか、像を指して“ピエタ”とか…。
集合時間が近づいたので外に出ると、あたりはすっかり真っ暗に。

広場にあった噴水です。ライトアップされてました。
コロッセオ Colosseo
紀元72年にヴェスバシアヌス帝の命により着工され、5万人を収容した円形闘技場。
紀元80年、息子のティトゥス帝の時代に完成。

大好きなローマ遺跡!待ってました!バスから降りて観光♪
…できたことはできましたが、もう遅いので閉まってます。
わずかにライトアップされている外周を見学。

以前はアーチ一つ一つに像が飾られていたそうですが、今はほとんどなし。
外壁も取られて、中世に貴族の館などに使われたそうです。

外壁に文字が彫られたプレートが…。「グレゴリウス16世」?教皇の??

柵の隙間から覗いた中心に続く通路。今みるとなんか怖いかも…。
次は、トレヴィの泉に移動。
なんと、彫像は工事中で足場でなにも見えず
おまけに冬なので、水はなし〜。
それでも投げてきました、コイン!
「またここに来れますように」と願いながら…。
その後、食事でまた美味しいイタリアンを頂き、土産物屋をはしご。
ベネチアンガラスのお店とローマの三越でした。
みんなが三越に行っている間に、友人はスーツケースがないので、
パンツを買いに…。子供用でピッタリくらいだそうです。
Ristorante RE DEGLI AMICI
Roma - Via della Croce, 33B ('89現在)
たぶん、ディナーはここ。お店の絵葉書が残ってました。
イタリア:1Lit.(リラ)=¥0.114
この日本円に換算するのが難しい!
ベネチアンガラス、高価で手がでないので、お土産にリングを買って来たのですが、
23,500Lit = 2,680円
だいたい、“0”を一個とって、1.2倍すると良いようです。
見た目が一桁多いので、毎回ビックリします
近くにあった巨大なモニュメント。
訳もわからず写してきました。今でもなんだかわかりません
どなたか、読めます?

全体はこんな感じ。前を歩いている人の小さいこと!

上部の彫刻。紋章?

中央の像

左側

右側
う〜〜ん。聖書の一場面?海っぽい?右側にローマ兵?
よし、モーゼの海渡りで!…適当です。
【後日談】これ当たってました。モーゼの噴水です。
やっとホテルに到着。
いろいろあったので、特に今日はみんなお疲れのよう…。
で、このホテル。最高でした!!
『ローマの休日』で有名なスペイン階段まで歩いて行ける
中世の貴族のヴィラを改装したホテルで、重厚感たっぷりです。
グランド・ホテル GRAND HOTEL
ROMA - Via del Corso, 126
高い天井、古めかしい調度品、雰囲気たっぷりでしたが、
広い浴室はとにかく寒かったです(^^;。
おまけにシャワーのお湯が弱くしか出ないので寒い!
出たあと、すぐに服を着て、ベッドに入りました。
チップの500Lit.を用意して…。
明日は朝から、バスで遠出。
ナポリ・ポンペイ観光です!
このツアーにした理由の一つ、ポンペイ♪
小学生の時からの憧れ(?)
ローマ時代の生活そのまま残っている遺跡。
楽しみです!
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'89.12/21(木)〜'90.1/01(月) 12日間
3日目:12/23(土)
6:00ホテル出発〜8:00ロンドン出発(AZ285)−10:55ミラノ空港着
〜11:55ミラノ空港出発(AZ0071)−13:00ローマ着〜ローマ市内観光〜ホテル
4:45モーニングコールで、5:00バゲージアウト。
モーニングコールで起きていたんでは、絶対に間に合わない!
5時ちょうどに部屋の前にスーツケースを置かなければならないので。
5:15に朝食。6:00バスに乗って、ヒースロー空港へ
空港では税関へ行き、V.A.Tの書類にハンコを押してもらう。
ガイドには品物も見せると書いてあったけれど、
係員の方はほとんど見てないので簡単でした。
横に、郵便物を入れる袋が置いてあって、封筒はその中へ。
周りに水らしきものがなかったのと、急いでいたのとで、
封筒をベロベロなめることに…。
今思うとキチャない〜(^^;

8:00出発。やっと明るくなって来ました。

スイスアルプス上空。白銀の山の頂がすっごくキレイでした!
アリタリア航空のスチュワーデス、スチュワートさん達は
とーっても陽気で明るくて感じが良かったです
REPUBBLICA ITALIANA
Lenate(レナーテ)空港
10:55到着。
前日、添乗員さん(&一組)は別便と散々脅されましたが(笑)、
仮添乗員さんの下、すんなりと搭乗機もわかり、解散〜。
乗り継ぎなので、空港どころか、登場口から外にも行けませんが…。
さっそく公衆電話と記念撮影
公衆電話のアップ

ミラノ〜ローマへ AZ0071
11:55発。
いい加減と聞いていたわりには、今まで全てほとんど定刻どおり。
機内で斜め前に座ったおじさんが、新聞を広げながらも、
どうも私たちが気になるらしく、何度も振り向いていた。
日本人が珍しいのかな…?興味津々と入った感じ…。
Aeroporto Intercontinentale Leonardo da Vinci
(レオナルド・ダ・ヴィンチ空港)
やっぱりやってくれたか、アリタリア!
ここで問題発生!! [
なかなかスーツケースが出てこないで、何時間も待たされ、
挙句の果てに、一個足りない!
友人のスーツケースでした…。
スーツケースの盗難がよくあると聞いていたので、まさか…?!
他のところもあちこち探したけれど無い!
ガイドさん二人もやって来たけど、イタリア人でイマイチ通じない〜。
(注:イタリアではイタリア人の添乗員もつけなければいけない)
結局、みんなはバスに乗り込んで待つことに。
友人は仮添乗員さんとクレームを出しに行きました。
バスの中ではみんなグッタリ…。
ガイドさんの日本語まじりの英語も聞く気になれず…。
時刻は15時をまわっていました。
ローマ市内観光
とりあえず、レストランに入って遅い昼食。
フルコースなのに急がされる、急がされる!
でもやっぱり、本場のスパゲティはうっま〜〜〜い
疲れもとれる〜♪
Roma - Via Porta Pinciana, 16-b ('89現在)
現地ガイドさん(添乗員さんの他に現地で案内する日本人ガイド)が到着。
背の高くない刑事コロンボのような髪型&トレンチコートを着た人でした。
つまりイタリアでは、出発から帰国までの添乗員さんと、日本人の現地ガイドさん、
日本語が全くしゃべれない(英語も?)イタリア人の現地ガイドさんと、
なんだか大勢〜♪
その後、バスに乗り込み、市内観光に出発!
車窓から、ローマ時代の遺跡がそこここに観られます。
道路に沿ってずら〜っと駐車している車、なんと車間距離なし!
どうやって出るんだろうと思ったら、コロンボさん(仮名)曰く、
前の車にガンとぶつけて、後ろの車にガンとぶつけて出るんだそう(^^;。
バンパーはぶつけるためにある!らしい。車は走ればいい!と。
確かに廃車かと思われるくらいホコリまみれのボコボコの車ばかり。
イタリア人は車を大切にしないそうです。('89の情報)
それでも、ベンツやアウディもちゃんと走っていて、そういう車はピッカピカでした。
State of the City of Vatican Status Civitatis Vaticanæ
ローマ市街の西、テベレ川の右岸に位置する世界最小の独立国家。
国といっても国境はないが、独自の切手や通貨を発行し、絶大な権力を有している。
市国への出入り口には、ミケランジェロがデザインしたカラフルな
縞模様の制服を着たスイスの衛兵(スイスガード)が立っている。
Basilica di San Pietro サン・ピエトロ大聖堂
世界最大規模を誇るカトリックの総本山。
326年、コンスタンティヌス帝がサン・ピエトロ(聖ペテロ)の墓所といわれる上に
寺院を建設したのが始まり。
入口中央の青銅の扉には、サン・ピエトロの殉教場面が描かれている。

すっかり夕焼け。イギリスより日が長いとは言え、やっぱり冬至。

クリスマス時期なので、広場の真ん中に大きなツリーと、馬小屋が建設されていて、
聖書の中のクリスマス場面がたくさんの人形で再現されていました。

すごく大きいのがわかります?近くに立っているのは人ですので…。
この後、大聖堂の中を見学するのですが、この時期、恥ずかしいことに、
日本人観光客は一切話してはいけない。ガイドもいけない。
というバチカンからのお達しがあったんです。
それというのも、日本で「土曜の夜のある番組」が大ヒットしていて、
その番組最後の「懺悔の部屋」で、NGを出したなど失敗した出演者が呼ばれ、
イエスの格好をした人が手でバツを出すと上から水がザバーッと降ってくる
…というもの。
肩や足を出した服装だと入れてもらえないくらい厳かで、
敬虔なカトリック信者が世界中から集まり、ミサが一日に何度も行われている
神聖な聖堂内で、こともあろうに日本人観光客が「ザンゲ!ザンゲ〜!」
と大声を出して笑って、大騒ぎしたそうです。
この事態を重く見て、当初は「日本人立ち入り禁止」でした。
本当に恥ずかしい!全世界のカトリック信者に伝わったんですよ?!
幸いにも中に入ることができましたが、ツアーの皆さんも同じ気持ちだったんでしょう。
話したとしてもヒソヒソ声で静かに見学していました。
この「話してはいけない」の他にも注意が一つ。
「聖堂の壁に無数の扉が開いているけれど、中に入ってはいけない」でした。
展示部屋や小道に通じていて、必ず道に迷う人がいるから、だそうです。
中に入ってみると確かにたくさんの扉があり、でもたくさんの人が出入りしてる。
うぅ〜〜、入ってみたい!でもまぁ、他にも見るものはいっぱい。
一面モザイクの壁や、いろんな像・装飾が素晴らしかったです。
暗くてよく見えなかったですけど、すごく大きなパイプオルガンがありました。
ミケランジェロ24歳の作品「ピエタ」素晴らしい〜〜。
ちなみに「ピエタ」とは、磔から降ろされたイエスを聖母マリアが
抱えている場面の事を言うそうです。
イタリア人ガイドさんがたまに一言で説明をしてくれました。
壁を指して“モザイク”とか、像を指して“ピエタ”とか…。
集合時間が近づいたので外に出ると、あたりはすっかり真っ暗に。

広場にあった噴水です。ライトアップされてました。
コロッセオ Colosseo
紀元72年にヴェスバシアヌス帝の命により着工され、5万人を収容した円形闘技場。
紀元80年、息子のティトゥス帝の時代に完成。

大好きなローマ遺跡!待ってました!バスから降りて観光♪
…できたことはできましたが、もう遅いので閉まってます。
わずかにライトアップされている外周を見学。

以前はアーチ一つ一つに像が飾られていたそうですが、今はほとんどなし。
外壁も取られて、中世に貴族の館などに使われたそうです。

外壁に文字が彫られたプレートが…。「グレゴリウス16世」?教皇の??

柵の隙間から覗いた中心に続く通路。今みるとなんか怖いかも…。
次は、トレヴィの泉に移動。
なんと、彫像は工事中で足場でなにも見えず
おまけに冬なので、水はなし〜。
それでも投げてきました、コイン!
「またここに来れますように」と願いながら…。
その後、食事でまた美味しいイタリアンを頂き、土産物屋をはしご。
ベネチアンガラスのお店とローマの三越でした。
みんなが三越に行っている間に、友人はスーツケースがないので、
パンツを買いに…。子供用でピッタリくらいだそうです。
Roma - Via della Croce, 33B ('89現在)
たぶん、ディナーはここ。お店の絵葉書が残ってました。
イタリア:1Lit.(リラ)=¥0.114
この日本円に換算するのが難しい!
ベネチアンガラス、高価で手がでないので、お土産にリングを買って来たのですが、
23,500Lit = 2,680円
だいたい、“0”を一個とって、1.2倍すると良いようです。
見た目が一桁多いので、毎回ビックリします
近くにあった巨大なモニュメント。
訳もわからず写してきました。今でもなんだかわかりません
どなたか、読めます?

全体はこんな感じ。前を歩いている人の小さいこと!

上部の彫刻。紋章?

中央の像

左側

右側
う〜〜ん。聖書の一場面?海っぽい?右側にローマ兵?
よし、モーゼの海渡りで!…適当です。
【後日談】これ当たってました。モーゼの噴水です。
やっとホテルに到着。
いろいろあったので、特に今日はみんなお疲れのよう…。
で、このホテル。最高でした!!
『ローマの休日』で有名なスペイン階段まで歩いて行ける
中世の貴族のヴィラを改装したホテルで、重厚感たっぷりです。
グランド・ホテル GRAND HOTEL
ROMA - Via del Corso, 126
高い天井、古めかしい調度品、雰囲気たっぷりでしたが、
広い浴室はとにかく寒かったです(^^;。
おまけにシャワーのお湯が弱くしか出ないので寒い!
出たあと、すぐに服を着て、ベッドに入りました。
チップの500Lit.を用意して…。
明日は朝から、バスで遠出。
ナポリ・ポンペイ観光です!
このツアーにした理由の一つ、ポンペイ♪
小学生の時からの憧れ(?)
ローマ時代の生活そのまま残っている遺跡。
楽しみです!
もくじは「kei☆の独り言;Blog」のこちらへ
編集後記はこちら↓
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2007年07月12日
インカ・マヤ・アステカ展
NHKをつけていたら「インカ・アステカ・マヤ文明」の事が始まりました〜♪
なんと、「インカ・マヤ・アステカ展」の宣伝らしいですっ!
どわ〜〜〜〜〜〜!これ行きたいですっ!
中学生以下無料ですって?!すっごい太っ腹!
小学生の頃、こういう文明にハマりましたね〜〜。
あの当時にこんなのがあったら連れて行ってもらえたかな…?
こういうのが好きな子供とか姪っ子とか甥っ子とかいたら、
喜んで連れて行ってあげるのに〜。
って、飽きて「疲れた〜」なんて言っても
全部観るまで引きずり回すと思うけど…
たまたま見られたのが「第1集:アンデス ミイラと生きる」だったようで。このあと再放送が無いようなので良かった…。そのほかも忘れずに見なければ!小学生の頃、ワクワクした気持ちが甦る〜♪
こちらは地上波のスケジュールなので、BSハイビジョンだとまだ放送があるようです。サイトでお確かめ下さい〜。
なんと、「インカ・マヤ・アステカ展」の宣伝らしいですっ!
■世界遺産の宝庫
中南米三大文明「インカ・マヤ・アステカ展」
国立科学博物館 7/14〜9/24 公式サイト
どわ〜〜〜〜〜〜!これ行きたいですっ!
中学生以下無料ですって?!すっごい太っ腹!
小学生の頃、こういう文明にハマりましたね〜〜。
あの当時にこんなのがあったら連れて行ってもらえたかな…?
こういうのが好きな子供とか姪っ子とか甥っ子とかいたら、
喜んで連れて行ってあげるのに〜。
って、飽きて「疲れた〜」なんて言っても
全部観るまで引きずり回すと思うけど…
■NHKスペシャル
失われた文明 インカ・マヤ・アステカ
Secret Civilizations 公式サイト
第1集 アンデス ミイラと生きる
7月10日(火)深夜 0:40〜1:39
第2集 マチュピチュ 天空に続く道
7月17日(火)深夜 0:10〜1:09
7月29日(日)午前 9:00〜9:59
第3集 密林が生んだ二千年の王国
7月15日(日)午後 9:00〜9:59
7月18日(水)深夜 0:20〜1:19
失われた文明「空から見たインカ・マヤ」
7月30日(月)午後10:15〜10:50
たまたま見られたのが「第1集:アンデス ミイラと生きる」だったようで。このあと再放送が無いようなので良かった…。そのほかも忘れずに見なければ!小学生の頃、ワクワクした気持ちが甦る〜♪
こちらは地上波のスケジュールなので、BSハイビジョンだとまだ放送があるようです。サイトでお確かめ下さい〜。
2007年07月05日
300の真実 〜勇猛なるスパルタ兵〜
LAST STAND OF THE 300
その後の西洋史を決定づけたともいえる戦闘のなかで、たった300名でギリシア軍を支援し、その勇敢さを発揮したスパルタ兵。
紀元前480年、テルモピュライの狭い山道で、クセルクセス王に率いられたペルシア軍と、レオニダス王に率いられたギリシア連合軍の戦いが行われた。戦闘国家の精鋭であり、本物の戦士であるスパルタ兵は、剣が折れても素手や歯を使って全員が玉砕するまで戦ったといわれている。
誇りと祖国のために戦ったスパルタ人とは?The History Channel (サイトはこちら)
リチャード・ガブリエル博士、マシュー・ゴンザレス博士、考古学者デヴィット・ジョージ、「炎の門」著者スティーヴン・プレスフィールド、ガイ・ロジャーズ学者、古典学者リンダ・ラルマンらの語りと共に、CGを用いた戦闘状況の地図や映画さながらの映像を交えた映画公開記念番組。
前編後編の2部構成で内容は…
テルモピュライの戦いに繋がったそれ以前のペルシャとの確執。その時代のペルシャ帝国、ギリシャの都市国家の説明。テルモピュライの戦い、それを支えた海軍の軍事行動。それぞれの防具武器の説明。スパルタ人の掟、習慣など。
なんとタイムリーな番組!こちらの衣装や装備、レオニダス王他スパルタンも、とても格好良かったです。映画のトレイラーも盛り込まれていて、至れり尽くせり。メモのような感じで、大事なところだけ…と言いつつも長くなります〜。
続きはこちら↓
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2007年06月14日
300/世界ふしぎ発見!
■2007.6.3 Sun 「テルモピュライ・300人の奇跡」
ネット上で小さな写真は見るものの、なかなか実感の湧かなかった
「炎の門:テルモピュライ(あくまでもこの読み方で!)」
あああありがとうございます〜。
『300』の映像もはさみつつ…。
全くスパルタの国の痕跡は無く、遺跡や史跡がな〜んにも整備されてなくて、それでも、観光地化されているより、本当に好きな人だけが訪れる場所として静かな佇まいのまま、残っていきそう…。いつか、行きたいです!
しかし約2500年の時が経つと、海があんなに後退するとは…。土地の隆起ですか?それとも…?(思いつかない^^;)
今後のために覚書きを…
アテネ北西250kmのラミアの温泉近くに、テルモピュライがある。テルモは「熱い」、ピュライは「門」。英雄ヘラクレスを労うため、女神アテナが湧き出させたと言う、ギリシャ神話にも出てくるヨーロッパ最古の温泉とのこと。
この街道で、今から2500年前のBC480年8月、ヨーロッパの歴史を変える戦いがあった。
スパルタ兵300人に対し、ペルシャ兵200万と、圧倒的に数が劣勢なギリシャ連合軍がここを選んだのは、山と断崖に阻まれた道の幅が15mほどしかなったから。
スパルタ軍が命を懸けて、一週間ペルシャ軍を足止めしたため、市内は焼き払われたが、アテナの住人は避難でき海戦でペルシャに打ち勝った。そして、二度とペルシャが襲ってくる事は無かった。
陸での戦いに強いスパルタ、海軍が強かったアテネ、
鎖国をしていたスパルタに、古くから貿易で栄えたアテネ
…と二つの都市国家は対照的だった。
アテネと並ぶ強大な都市国家のスパルタだったが、もともと質素を旨とした為、巨大建造物は作らず、当時の面影を偲ばせる物はほんの少しの石組みの劇場跡のみ。
伝説では、産まれたばかりの赤ん坊を捨てたのは、スパルタの町から6kmのタイゲストス山とのこと。
この山の中腹にある、世界遺産に指定されたミストラスは、時代的には1000年ほど下るが、ふもとにあったスパルタ遺跡の石を使っているとの事。
古代スパルタ人の切り出したであろう石…。
うわ〜、絶対に観に行きたい!
大丈夫、礎石だけでもうっとりできるので♪
「この地を過ぎ行くものよ、ラケダイモンに行きて伝えよ
我ら、ラケダイモンの掟に従い、ここに死すと…」
(TT)ど〜〜〜〜
レオニダス王よ、
あなた方の偉業は世界中に知れ渡っております…
読んでみたい…
関連記事
■300(原題)[1] / ■300(原題)[2] / ■300(原題)[3]
ネット上で小さな写真は見るものの、なかなか実感の湧かなかった
「炎の門:テルモピュライ(あくまでもこの読み方で!)」
あああありがとうございます〜。
『300』の映像もはさみつつ…。
全くスパルタの国の痕跡は無く、遺跡や史跡がな〜んにも整備されてなくて、それでも、観光地化されているより、本当に好きな人だけが訪れる場所として静かな佇まいのまま、残っていきそう…。いつか、行きたいです!
しかし約2500年の時が経つと、海があんなに後退するとは…。土地の隆起ですか?それとも…?(思いつかない^^;)
今後のために覚書きを…
アテネ北西250kmのラミアの温泉近くに、テルモピュライがある。テルモは「熱い」、ピュライは「門」。英雄ヘラクレスを労うため、女神アテナが湧き出させたと言う、ギリシャ神話にも出てくるヨーロッパ最古の温泉とのこと。
この街道で、今から2500年前のBC480年8月、ヨーロッパの歴史を変える戦いがあった。
スパルタ兵300人に対し、ペルシャ兵200万と、圧倒的に数が劣勢なギリシャ連合軍がここを選んだのは、山と断崖に阻まれた道の幅が15mほどしかなったから。
スパルタ軍が命を懸けて、一週間ペルシャ軍を足止めしたため、市内は焼き払われたが、アテナの住人は避難でき海戦でペルシャに打ち勝った。そして、二度とペルシャが襲ってくる事は無かった。
陸での戦いに強いスパルタ、海軍が強かったアテネ、
鎖国をしていたスパルタに、古くから貿易で栄えたアテネ
…と二つの都市国家は対照的だった。
アテネと並ぶ強大な都市国家のスパルタだったが、もともと質素を旨とした為、巨大建造物は作らず、当時の面影を偲ばせる物はほんの少しの石組みの劇場跡のみ。
伝説では、産まれたばかりの赤ん坊を捨てたのは、スパルタの町から6kmのタイゲストス山とのこと。
この山の中腹にある、世界遺産に指定されたミストラスは、時代的には1000年ほど下るが、ふもとにあったスパルタ遺跡の石を使っているとの事。
古代スパルタ人の切り出したであろう石…。
うわ〜、絶対に観に行きたい!
大丈夫、礎石だけでもうっとりできるので♪
「この地を過ぎ行くものよ、ラケダイモンに行きて伝えよ
我ら、ラケダイモンの掟に従い、ここに死すと…」
(TT)ど〜〜〜〜
レオニダス王よ、
あなた方の偉業は世界中に知れ渡っております…
読んでみたい…
関連記事
■300(原題)[1] / ■300(原題)[2] / ■300(原題)[3]
2007年04月25日
「レオナルド・ダ・ヴィンチ−天才の実像」展
The Mind of Leonardo − The Universal genius at Work
友人と約束をしていましたが、お互いにいろいろと用事が入り、やっとのことで券の有効期限最終日の4/22(日)に観に行くことができました。15時少し前に到着。さっそく!と思ったら、なんと『受胎告知』を観るのに30分待ち…だそうです。本館から繋がっている列は、東洋館の前を通り中庭まで
仕方なく並んでいると、結構進むので意外に待たずに入れたような気がします。入口で検査があり、金属探知機をくぐり抜け、音声ガイド(500円)を借り、ようやく絵が観られる
と思ったら中も混雑〜〜〜。七曲のように上段と下段で観ることができますが、立ち止まって動かない人が大勢いて、人の頭の影から観るのがやっとでした
でも、本物が観られました
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■東京国立博物館 公式サイト
第1会場:本館 特別5室
第2会場:平成館 特別展示室
■2007年3月20日(火)〜6月17日(日)
■9:30〜17:00
但し、金曜・4/27〜5/6は、20時まで
土・日・祝は、18時まで
■特別展「レオナルド・ダ・ヴィンチ−天才の実像」 公式サイト
友人と約束をしていましたが、お互いにいろいろと用事が入り、やっとのことで券の有効期限最終日の4/22(日)に観に行くことができました。15時少し前に到着。さっそく!と思ったら、なんと『受胎告知』を観るのに30分待ち…だそうです。本館から繋がっている列は、東洋館の前を通り中庭まで
仕方なく並んでいると、結構進むので意外に待たずに入れたような気がします。入口で検査があり、金属探知機をくぐり抜け、音声ガイド(500円)を借り、ようやく絵が観られる
でも、本物が観られました
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